斬捨嗚呼面   作:民根絶

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寺乃門武血壊死太郎の野望
悲哀山円略奪寺にて


ゴウゴウと燃え続ける森の熱さを全身で味わいながら、寺乃門武血壊死太郎(てらのもん ぶちこわしたろう)はこの地に眠る即身仏に思いを馳せていた。

 

寺乃門は鳥居を破壊し、寺や神社に巣食う僧侶を殺して回り生計を立てているごく一般的な人斬りである。

しかし僧侶の斬り方には人一倍こだわるタイプであった。

ただ刀で人を斬って殺すという所業は誰にでもできることである。

それを僧侶に限定したとて、特別で孤高なものに成り代わるわけではない。

そんな一般的な人斬り行為をするのは、何者かになりたいという欲求を持つ彼自身が許さぬ。

 

故に彼は斬り方にこだわり、何百何千という僧侶を様々な方法で斬り殺した。

踊りながら斬り殺す、拷問した後斬り殺す、口笛を吹きながら斬り殺す、手で三つ数えた後斬り殺す。

だが次第に彼のアイディアも底を尽きてきていた。

何者かになりたいという欲求のみを頼りにひたすら走り、修練を怠り、ただ僧侶を斬り続けてきた人斬りの末路がこれである。

 

(だが俺は一つのアイデアを得た。銀河中でもたった俺一人だけができる、最高の人斬り行為を!)

 

この地獄の如き光景が広がるのは、悲哀山円略奪寺(ひあいざんえんりゃくだつじ)跡地。

かつて僧侶達が略奪拳と呼ばれる強盗殺人武術に励んでいた道場であり、それ故に聖なる場所であった。

その聖なる場所はニューオーダー信長による”焼き討ち”爆弾投下により誰をも寄せ付けぬ地獄と化したのだが、これが寺乃門にとっては好都合となった。

 

寺乃門の得たアイディアとは、自身専用の刀を用いて人斬りをするというものである。

これだけ聞けばそう大したものでもないのだが、彼はこの一つのアイデアを深掘りし更なる特別で孤高なアイデアへと昇華させた。

 

(即身仏……それもニューオーダー信長が”焼き討ち”を投下したあの悲哀山円略奪寺に眠る僧侶の即身仏! これを素材にして刀を作らせれば、世界でたった一つの即身仏でできた刀を持つ人斬り、寺乃門武血壊死太郎が穢土の世に爆誕する!)

 

狂っている。

しかし、良きアイデアとは時に狂った状態の脳からごま油めいて絞り出されるものである。

彼は僧侶を斬り殺すという行為の連続の中から、銀河中でただ一つのアイデアを絞り出すことに成功したのだ。

 

寺乃門は燃える森の中を前進する。

彼の装備は人斬りとしてはごく一般的なものだ。

合成ケブラー製の道着に、動きやすさを重視したピッタリとフィットする強化袴。

特殊環境用の酸素マスクをつけるその頭部は、彼が斬り殺し続ける僧侶達と同じ丸刈りになっている。

とはいえ火の森の中でずっと活動していれば、いかな彼とて”焼き討ち”の炎に呑まれるだろう。

だが寺乃門の執念は”焼き討ち”の炎の痛みを振り払った。

彼は本気であり、狂っていた。

 

「……ほう」

 

悲哀山の中心部に辿り着いた寺乃門は、思わずマスクの内で声を漏らした。

なんたることか、”焼き討ち”の炎に呑まれながらも円略奪寺の本殿はその姿を保ち続けているではないか。

それは彼が資料で見た本殿とまったく同じ姿であった。

背景こそ浮世絵のような炎に彩られているが、円略奪寺の本殿は焼け落ちることなくずっと資料の中の姿のまま佇んでいる。

 

寺乃門はマスクの内側で舌なめずりした。

きっと即身仏が納められている即身仏庫も無事であろう。

だが同時に嫌な予感も脳裏に引っ掛かった。

円略奪寺がこれほど無事であるということは、ニューオーダー信長が”焼き討ち”を投下してから約三十年の間、誰かがここを訪れていたかもしれないのである。

彼は駆けた。

より勢いのある炎の中に突っ込んでなお、彼は駆けた。

 

「止まれ!」

 

寺乃門が約一秒で本殿へと辿り着こうとした時、背中に声が掛けられた。

彼は刀の柄──ムラサマ重工製電磁ブレード刀モデル四九──に手を添え、振り返る。

 

「ここは神聖なる円略奪寺。ニューオーダー信長に焼かれようとも、ただ一人としてこの地を辱めることは許されん!」

 

そこには燃え盛る僧侶がいた。

それも、四名。

寺乃門は目を歓喜に見開いた。

 

「やったぞ」

 

燃え盛る僧侶達が寺乃門を追い返す言葉を発するより早く、彼は地を蹴っていた。

橙に燃える火の広間に青白い線が一筋刻まれる。

それは寺乃門の持つ電磁ブレード刀の刃が描く軌跡であった。

彼は素早かった。

燃え盛る僧侶の内三名が、橙に燃える肉体を二分割させ灰となった。

 

「まさか土産話に、燃え盛る僧侶を斬ったことを語れるようにもなるとはなあ……どうやら俺にも宇宙のツキが回ってきたようだ」

「ま、待て! 攻防死師(こうぼうDIEし)の系譜に連なる我が寺の僧侶を殺すことは冒涜的行為──」

 

残る燃え盛る僧侶の一人がつらつらと言葉を並べ終わる前に、寺乃門は彼を斬り灰と化させた。

 

「燃えながら生きてる僧侶自体が冒涜的だろうが。笑わせるな!」

 

電磁ブレードのスイッチをオフにすると、寺乃門はその刀身を僧侶の衣で作ったハンカチで拭い、手を震わせながら納刀した。

体が笑っている。

彼は今日起きた出来事の数々を思い返しながら、マスクの奥で笑みを浮かべた。

再び本殿へと向かう足も不思議と軽やかなものになっていた。

 

 

殺人剣歴37564の時を永遠と過ごすこの穢土時代において、寺や神社には即身仏を管理するための倉庫を設けることが義務付けられていた。

特に異能を宿す亡骸は貴重であり、それは異能を宿す僧侶となれば尚更のことであった。

異能を宿す即身仏は銀河ブラックマーケットにおいて億万長者たちの競り合いのネタになる程である。

 

寺乃門にはただの即身仏をネタにしたとしても銀河億万長者や宇宙貴族たちと競り合う程の財力はないし、無論競り落とすことなど不可能である。

だが彼が求めるのは、今の彼しかその価値を知らぬ即身仏であり、やがてその価値が銀河中に知れ渡るであろうものであった。

銀河ブラックマーケットで競り落とされるようなただの商品ではない、正真正銘の聖遺物。

悲哀山円略奪寺(ひあいざんえんりゃくだつじ)の即身仏、そしてそれを素材にした刀を持つ唯一の存在となること──それが彼が見出した、自らの特権である。

 

即身仏庫の扉は、寺乃門の前には障子戸に等しい。

電磁ブレード刀の一閃で鋼鉄の扉を二分割してから蹴り破り、即身仏庫へと侵入する。

 

「あ、貴方は……」

 

意外にも明るい即身仏庫の中から、女の声がした。

その女は即身仏庫の中央で佇み、水色のオーラを周囲に漂わせていた。

女は質素な僧衣を身に纏っていたが、その顔立ちが彼女の価値をぐんと高めさせる。

 

「何故この即身仏庫にいる」

 

寺乃門は問うた。

マスクの内側で舌なめずりをし、電磁ブレード刀の柄に手を掛けながら。

これまでも斬り殺してきた女の僧侶は数多くいたが、即身仏庫で眠る女の僧侶など殺したことはない。

初めての体験、独自的な状況に寺乃門は目を細め笑う。

 

「この地を守る役目を負っているのです。ニューオーダー信長がここを焼き払ったあの頃から、私はこの本殿を守るために神秘を使い続けています」

 

神秘──言うなれば、異能。

この女は超自然的な力を引き起こし本殿を資料と同じ姿に保ち続けていた、といったところであろうか。

寺乃門は頷いた。

二度、三度頷き、マスクでは隠せぬほどの笑みを浮かべた。

 

「ではこれよりお前の役目は終わる。そしてこの悲哀山円略奪寺は燃え尽き、俺以外の誰一人この寺を見ることがなくなるわけだ」

「ど、どういうことですか」

「お前は死に、俺は伝説の始まりへと立つ!」

 

女が後退った。

寺乃門が刀を抜いた。

青白い一線の軌跡が宙に刻まれ──色付きの一線の軌跡によって阻まれた。

 

キィン。

 

甲高い音が即身仏庫に遅れて響く。

即身仏庫には今、生きる影が三つあった。

一つ目は残心する寺乃門、二つ目は僧衣の女、三つ目は──少年。

抜き身の刀を両手に残心し、強化インナーに強化袴を身に纏う少年である。

寺乃門へ一瞥を向けたその少年の顔立ちは整っており、小姓と説明をすれば誰もが納得するであろう幼さを残した美貌であった。

だがその一瞥は間違いなく人斬りのそれであり、寺乃門は心臓へ刃を突き立てられたような感覚を覚えた。

 

「……名を名乗れ、ガキ」

 

このイレギュラーは次で確実に殺す。

寺乃門はその一心で、いつでも飛び掛かれるように構えた。

 

(ざん)……死屍累々斬殺丸(ししるいるい ざんさつまる)。それが俺の名だ」

 

少年は振り返り、その体躯に似合わぬ無骨な機甲鞘に納刀した。

それとほぼ同時に寺乃門が地を蹴る。

直線的なまでの電磁一閃が、斬殺丸の喉元を捉え──ない。

寺乃門の視界から少年が消えた。

それに気が付いた頃には、彼は宙に浮いていた。

翻る肉体。

くるくると空中で回転しながら僅かに視界で捉えることができた少年は、蹴りの動作を終え残心していた。

 

KARAAAASH!

 

即身仏庫の天井を突き破り、再び本殿の外へと身を放り出される寺乃門。

地に刃を突き立て着地することには成功したものの、ここまで吹っ飛ばすほどの威力を持った蹴りを食らった肉体は悲鳴を上げている。

それから一秒も経たずに空中へと高く跳躍した斬殺丸が、寺乃門と畳十畳分離れた位置に着地した。

 

「お前……何が目的だ」

「この地に隠された活人剣の書を借りに来た。ただそれだけだよ」

「笑わせるな! 活人剣だと? この強盗殺人武術に励んでいた僧侶しかいないこの寺に、そんなしみったれた教えを説く剣術の書がある筈がねえ」

「それがあるんだな。攻防死師(こうぼうDIEし)の系譜に連なる寺には、必ずそれが置かれている」

「そう言って……お前もここの即身仏が目的なんだろう。何故妨害した!」

「焼け落ちてほしくないから、だよ。単純だろ。寺乃門武血壊死太郎にも分かる筈だぜ」

「何……?」

 

斬殺丸がにぃと笑みを浮かべる。

本殿の外はやはりゴウゴウと火が燃え続けているが、彼は特殊環境マスクすらつけずに立っていながらも平然としていた。

恐るべき、強敵。

寺乃門は目の前の少年の実力を見誤ることがないよう注意した。

きっとこれは宇宙の女神がもたらした即身仏刀を得るための最期の試練なのだろう。

この人斬りを殺した暁に、自らの欲望が満たされるのだ。

 

「何故俺の名を知っているのかは知らんが……俺は俺のために、お前を斬る」

「望むところだ。俺も、僧侶ばかり斬り殺してるようなヤツを斬ってやらないとなと思ってたところだよ」

 

炎の揺らめきが静止したかのような静寂だった。

一秒にも満たぬ長い時間の間彼らは睨み合い──ごう、と二人の目が燃える。

彼らは地を蹴った。

 

二人は炎を越え、互いに死の間合いへと突入する。

寺乃門はきらりと目を、刀身を輝かせた。

彼の用いる殺人剣の名は「仏滅流(ぶつめつりゅう)」。

僧侶をひたすら斬り殺す中で、その殺人センスを磨き上げていった末に出来上がった独自の剣術。

仏滅流とは、そこらの人斬りよりも素晴らしい戦闘センスを持つ僧侶すら殺してきた生粋の殺人剣であった。

寺乃門は戦いに慣れている。

 

だが人斬りと正面切って斬り結んだことは彼にはなかった。

目の前の少年はどうであろうか?

 

電磁ブレード刀を振り下ろす最中、寺乃門の目には炎のような殺意を漲らせる斬殺丸の動きが一つ、一つと確実に自らの脳裏に描く「勝利」の文字を斬り捨てていく様が浮かび上がっていた。

死が勝利を斬り捨てている。

人斬りが人を斬ろうとしている。

 

(そうか)

 

寺乃門はただ一言、そう脳裏で呟いた。

当然のことであった。

僧侶を斬る人斬りが己であるならば、人を、人斬りを斬る人斬りが斬殺丸である。

であれば、人斬りを斬ることなど到底叶わぬ。

勝負は初めから決していたのだ。

血飛沫が舞い、血は炎によって蒸発した。

 

背後には斬殺丸の気配。

しんと張り詰めた、鈴のような納刀の音が聞こえた。

 

「人斬りを斬る人斬りの技巧……これが、何者か、か」

「……もう十分、何者かなんだけどね」

 

寺乃門は驚いたように体を震わせる。

それが彼の最期であった。

彼の肉体は炎に呑まれた。

 

「……仏滅流。僧侶を殺すために洗練された殺人剣。もし彼が、人斬りを斬るために剣術を編み出したのであれば……結果は、違ったのかもしれないな」

 

斬殺丸は目を細め、炎の中で祈りを捧げた。

斬捨嗚呼面(きりすてああめん)、と。

 

「大丈夫かな?」

 

斬殺丸は本殿の即身仏庫へと戻り、僧侶の女へと話しかける。

彼女は破壊された天井を仰いでいた。

 

「大丈夫では、ありません……よもや、このような事態が起こるとは……」

「まあ、確かにここは大丈夫じゃないね。だけど、良い考えがある。もうこの地に誰も寄せ付けない方法が」

「それは一体……?」

 

斬殺丸は人差し指を口元に近づけ、ウィンクしながらしーっとジェスチャーした。

 

「秘密だよ」

 

その後、僧侶を斬る人斬り「寺乃門武血壊死太郎(てらのもん ぶちこわしたろう)」の名はスペースネット上で密かに取り上げられていた。

彼は唯一、悲哀山円略奪寺の”焼き討ち”の中へと身を投げ、その炎の中で何者かと決闘をした人斬りであると。

その決闘は壮絶ながら僅か一度の斬り結びで終わったとされ、”焼き討ち”が投下された地帯がいかに恐ろしいかも同時に語られることとなった。

今も銀河人斬り名鑑には独自性のある人斬りとして彼の名が載せられている。

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