作者の生命線が伸びます
なにとぞ
とある病院のとある病室。一人の女性がベットに横たわり目を閉じていた。
日にちは飯泉が勅使河原に会う一日前の夜である。
この時間帯には見舞客はもちろんナースさえもやってこない。
突然、眠っているはずの日野が声を出した。
「いい加減出てきたらどうですか」
むろん病室には彼女以外いない。独り言は誰にも聞かれることなく消えるはずだった。
「おっと、ばれてた?」
返事があった。しかし、奇妙なのは声の出どころが病室の出入り口ではないことだ。
「窓から失礼するよ」
日野は三階にいるはずだった。にもかかわらず、女性に見間違えてしまいそうな中世的な美男子、勅使河原は窓からやってきたのだ。
異常事態、だが日野は動揺をしない。いつものように冷静さをふるまって、勅使河原と相対していた。
「普通に扉から入っていただければよろしいのに。私はいつだってあなたを歓迎しますよ」
「ボクもそうしたいんだけどね。ほら、君のチームメイトってボクに厳しいじゃない。こっちだっていろいろ気をまわしているんだよ」
勅使河原もまた、妙な気軽さを持っていた。
一見、穏やかに見える会話は続いていく。
「今日はね、約束の話をしに来たんだ」
「約束?」
日野はとぼける。彼女がそのような様子を見せるのは非常に珍しいことであった。
「……しらじらしいね。ボクたち三人がした約束だよ。彼のためにも、もう彼をあきらめるって。そういう約束を、したよね?彼自身とも二度と会わないって約束したよね?」
空気が一気に重くなる。二人はいぜん、お互いの顔を見たまま目をそらさない。
「ええしました。そして、破りました。申し訳ないと思っていますよ」
「っ、とぼけた後は開き直りかい?ねえ、ボクだって彼に会いたかったんだよ。一年間ずっと思ってた。でも、彼のためにもずっと、ずっっと我慢してたんだ。ボクだって
勅使河原は続ける。声を荒げ、息を切らしながらも。
「それなのに、それなのに君はのうのうとっ、しかも、ボクを引き合いに出してっ、ボクと敵対させようとして!どういうつもりなんだいっ!?」
『彼女と敵対しているチームのリーダーになれと?かなりの無茶を言ってる自覚はあるのか』
『あります。
たしかに、日野はそういった。
そして、勅使河原は『知ろうとしたことは何でも知れる』。
ならば、彼が飯泉の情報を一片たりとも見逃すはずがない。
彼の怒りは本物であった。
しかし、日野は。
「ふふっ」
「……なにがおかしいの?」
「うふふっ、だって勅使河原。あなた、『私と同じ気持ち』とおっしゃっていたじゃありませんか。では、どうして私の行動が理解できないのですか?」
勅使河原の怒りが、猛攻が、闘争心が、一気に飲み込まれていく。
目の前に狂気が、自身かそれ以上の狂気が見える。
「どうしても会いたいなら、会えばいいのです。どうしても手に入れたいのなら、手に入れればいいのです。私はこの一年でようやく気が付きました。それだけの話なのです」
目が、光を失っていた。
それは愛する者に会えなかったが故なのか、あるいはようやく愛する者に会えたが故なのか、誰にもわからないだろう。
狂気であった。ただ、狂気であった。
その眼が、いぜんと勅使河原に訴えかける。
『あなたは、どうしますか?』
「……いいね、最高だ。そっちがその気ならボクもそのつもりで挑ませてもらう」
息を吸う。戦闘は、争いは今ここで始まっていた。
「ボクは君に宣戦布告をする!ボクが用意した八人の刺客に、君たち部下の八人が打ち勝てれば君の勝ち。負ければ君の負け。勝った方が彼を連れてく。これでいいかい?」
「ふふっ、もちろん」
こうして話はつながる。
俺は八つ穴の祠に来て、ひさのたちを見送っていた。
正直俺がここまで来る必要はなかったが、チームを鼓舞するためにもと日野に言われ、のこのこやってきた次第だ。
「それじゃあ、行ってきますね飯泉先輩。よい報告を待っていてください」
「ああ、気をつけろよ」
妙にひさのが張り切っていた。
思えば、彼女がまともに異能が使えるようになったのはつい最近で、こういう仕事も初体験であろう。
そりゃあ、張り切るわけである。
直前になってあみだくじを使い、誰がどの穴に向かうか決めた。
勅使河原の対策はこれで十分なはずである。
「しかし、なんか胸騒ぎが……がっ!?」
鈍痛。
背後から殴られたのだろうか。俺は地面に倒れこんでいた。
「まったく、なんで明日樹さんはこんな人間を……」
明日樹?勅使河原の部下か。だとしたら、何でこんなとこに――
「こんな奴がいるから……まったくもっていやっすね。いっそここで――」
俺はその女の言葉を最後まで聞き取ることができなかった。
ただ、足を引っ張り、どこかへ移動していることを感じながら。俺の意識ははっきりと闇の中へと落ちてしまった。こんなとここなきゃよかったな。
つい、日野に乗せられてここまで来ちまった。
まったく、来なければよかった。