作者が飛びます
なにとぞ
「にゃあ、お兄ちゃんに手紙が届いてるにゃあ」
この頭の悪い語尾をつけているのは、残念なことに頭の悪い妹である飯泉月音だ。
現役の中学生であり、毎日どうでもいいことで悩み、しょうもない解決法をもって問題を打破に、なんでもない日常を謳歌している。
この前、目の前に猫が通り過ぎた際、「猫ってかわいくない?つまり、語尾ににゃーにゃ―つけてれば私もかわいくなるってことじゃん!」とのたまったきり、雑なキャラ付けみたいな語尾になってしまった。そのうち飽きるだろう。
「手紙?残念なことにそんな友達は持ち合わせていないな。何かの勘違いじゃないか」
「うわー、お兄ちゃんがコミュ障なのは知ってるけど、開き直られるといらっとするにゃあ。普通に引く」
自分の能力を客観的に見た結果である。なじられる要素はない。
月音は自分の体を抱き、いかにも気持ち悪いですという態度をとりつつも、俺宛の手紙らしきものを持ってきた。
「友達少ないと言いつつ、お兄ちゃんには幼なじみがいるじゃん。高校が別々になった程度で切れるような縁でもないでしょ」
「いや、その友達は……」
絶縁する約束をしたんだ。出しかけた言葉を飲み込む。こんな話、月音に話してもしょうがない。
「その友達の一人とはすでに連絡を取ったんだ。今更手紙をよこすとは思えないな」
「あーだこーだいってないで、さっさと開けてみにゃよー。めんどくさいにゃー」
まったくもってその通りだった。
もらった手紙はやけに高そうな封筒に入っていて、格式ばった、相手になめられないように、といった風だ。
「ねー見せて―」
「ちょっと待て。ふーむ?」
月音は俺の首に腕をまわし、体を密着させるような態勢を取り始めた。
あつい、うざい。
何とか手紙を見られないようにしながら、中身を確認する。
手紙は以下のものである。
『二人っきりで会って話したい』
とある喫茶店と日程だけが書いてあった。
差出人は――勅使河原
二人目の幼なじみであった。
「ふーむ」
「ねー見せてってば。誰から?だれからー」
背後から兄のプライベートを覗き見ようとべたべたしてくる妹をよそに、今の状況を整理する。
まず、勅使河原が俺と日野の関係を知っているかどうかだ。これによって事情が大きく変わってくる。
「おりゃあ」
「おい、痛いからひっかくな」
知っていないならそれでいい。用件を聞いて、おしまいだ。しかし、知っていると面倒になる。そも、こちらは約束を破っている身である。三人でした約束を勝手に破って、二人は楽しくしているとなると、さすがに体裁が悪すぎる。
どうしたものか。行こうか行くまいか、日野に伝えようか伝えまいか、非常に迷う。この一手を間違えると本当に詰みかねない。なんたって相手は――
「わかった、お相手は幼なじみであってたんでしょ。女性の立場から言わせてもらうと、二人ともお兄ちゃんのこと――」
「月音」
「?なに」
「『にゃあ』を忘れてるぞ」
「……にゃあっ!?」
まずは、このうるせー奴がいないところに行かねーとな。
「どういうことですかっ」
避難先にもうるせえ奴がいるとは思わなかったなぁ。
「だから、勅使河原にあってくるつってんの」
「っだからどうして会うのですか!必要ないでしょうそんなこと」
なぜか怒っているうるせーやつ二号のひさのは、慌てた様子で詰め寄ってくる。
どことなく寮っぽいチームのアジトとは、実際に寮の側面を持っていた。
ひさのの部屋を訪れ、寮内の客室で会話をしていた。
勅使河原に会っていたことが後々になってばれ、裏切り者の烙印を押されてはたまったものではない。だからとりあえず、ひさのだけに知らせようと思ったのだが。なぜか難色を示している。
「話をするってのは何も悪いことだけじゃない。停戦や休戦、あるいは和解って線もある。俺とあいつの仲だし急に襲われる線も少ない。いったい何が不満なんだ」
ひさのは下を向いたまま、悪事を働いた児童が親に恐る恐る秘密を暴露するかのように、か細い声で説明をした。
「……じゃないですか」
「ん?」
「行っちゃうかもしれないじゃないですか」
行っちゃう?ああ、そうか。
俺が勅使河原の方につくと思ってんのか。
「行くわけねーだろうが。少なくとも日野が返ってくるまでお前のそばにいるよ」
「……ほんとうですか?」
ひさのは俺の手を握って、上目遣いでこちらを見上げる。黒い目が涙によって美しく輝いていた。
「本当だ」
「ほんとうのほんとうに?」
「本当の本当に」
「……やったー!」
俺の手をぶんぶん振って喜びをアピールする。よほどうれしいのか、いつもしている敬語も抜けてしまっていた。
どことなくバカっぽいな、と思ってふと気づく。こいつ、月音に似ているんだ。
「じゃあ、全然あってきていいですよ。あっでも一応警護とかつけましょうか」
「必要ねーよ。それに、お前ら勅使河原嫌いだろ?変に揉めたらめんどくさい」
実のところ、俺と日野を除いた八人は基本的に勅使河原が嫌いであるらしい。
そりゃあ、チームの裏切り者だからある程度のヘイトを買ってはいるだろうが、それにしたって異常である。
マジで尋常ではないぐらいはちゃめちゃに嫌われているのだ。
「それじゃあ、行ってくるかな」
約束の時間も割と近くなってきた。
さて、勅使河原のやつはどんな感じになっているのか。今から楽しみだ。
明らかになった名前
飯泉 月音
勅使河原 明日樹