この世の全てのものには表と裏がある
社会…学校…政治…人間関係…。
あらゆるものに裏の世界が存在する。
見えてる世界が全てじゃない。見えないものもあるんだ…。
「渋谷で人が木になる怪奇現象が多発、か…」
ここは『喫茶タチバナ』。
東京にあるしがない喫茶店。俺、月浪透弥はこの店のマスターを務めている。
繁盛しているわけではないが、常連客も多く、細々とやっている。
今はお客もおらず暇な時間なので、新聞を読んでいる。
新聞の一面にはこう書かれている。
『スクランブル交差点で人が木になる!?』
突如として人間が血のように赤い色をした木となる怪奇現象。今世間はこの話題で持ちきりだった。
専門家たちは化学兵器の可能性や、宇宙人の仕業、有害物質による遺伝子異常など、様々な説を挙げているのだが、この調子では真相に辿り着くことはできそうにないだろう。
なにせ相手は妖怪。普通の人間には視認することすら不可能な存在なのだから。
「マスター、来たよ!」
店の扉が開き、一人の女の子が入ってくる。
「いらっしゃい、まなちゃん」
彼女の名は犬山まなちゃん。うちの常連さんで、とても人懐っち性格で、人一倍正義感が強く好奇心も旺盛な子だ。
「マスター、アイスコーヒーお願い!あともパンケーキも!」
「いいよ」
まなちゃんはいつものようにうちの定番メニューを注文した。
「ねぇ聞いてよマスター!蒼馬がね!」
彼女はよく愚痴りにくる。来店が遅かったのも、また蒼馬くんとやらがなにかしたのだろう。
話を聞けば、蒼馬くんがお隣の悠太くんにちょっかいを出していたとのこと。
そして、悠太くん曰く、今渋谷で起きている怪奇現象は妖怪の仕業だから、ゲゲゲの鬼太郎を呼んで事件を解決してもらおうという話になったそう。
「そっか…」
そして妖怪ポストに手紙を出したと…。
まさかまなちゃんが彼を呼ぶなんて…これも何かの縁なのかな…。
「頼りになるよ、彼は」
「えっマスターもしかして、鬼太郎に会ったことあるの!?」
おっと、少し口が滑ったようだ。
「さあ?どうだろうね」
「えー!教えてよマスター!」
「ダーメ」
案の定まなちゃんに言い寄られたが、適当にはぐらかしておいた。
にしても、ここ最近は人間界に来てないみたいだけど、一体何をしているのやら。
日が暮れた頃、まなちゃんも家に帰った。
本来であれば閉店するところだが、うちの店はここからが本番だ。
カランカラン
お、ちょうどお客さんが来たようだ。
「マスター…久しぶり」
入ってきたのは、黒と黄色の縞模様のちゃんちゃんこを羽織り、下駄を履いた隻眼の少年。そして少年の頭には、目玉に人の体が生えたような奇妙な生物。
「いらっしゃい。鬼太郎、親父さん」
彼こそがゲゲゲの鬼太郎。カランコロンと下駄の音を鳴らして、人間に悪事を働く妖怪を退治する幽霊族の末裔。
そして目玉親父。鬼太郎の実の父親で、その豊富な知恵で鬼太郎をサポートする。
なぜ彼がここにいるのか、その理由は簡単。うちの店は彼ら妖怪にとって、数少ない憩いの場なのだから。
SNSの普及を始め、より一層妖怪の存在が忘れ去られようとしている今の世は、彼らにとってもストレスが多い。だからこそ、うちの店みたいに、吐き口となる場所は必要なんだ。
「マスター、すまんがいつものアレ、頼めるかのぉ?」
「いいよ。今日は特製のコーヒー風呂だ」
俺がコーヒーを出すと目玉の親父さんはそのままカップの中に入った。
この人はうちに来ては、いつもこのような変わり種風呂に入っている。
「ふぅ、極楽極楽じゃ」
お気に召したようで何より。
鬼太郎には日本茶と干し芋をだす。彼にはコーヒーよりこっちの方がいいだろう。
「知ってるか?今渋谷で怪奇現象が起こっていることを」
「いや…」
「だと思った」
彼は人間界について興味を持とうとしない。ここ最近は妖怪ポストの依頼もほとんどなく、人間界に行くことも少なくなっていたから、多分スマホも知らないかもしれない。
だからこそ、うちである程度はこっちの情報を教えている。
「人間が木になってしまう…」
「映像を見る限り、この木は吸血木だ。そこらにいる妖怪たちでは、こんな芸当は不可能だ」
「しかし、吸血木を操る妖怪は何百年も前に封印されたはずじゃが…」
親父さんの言う通り。
おおかた誰かが遊び半分でその封印を解いて、解放された妖怪が暴れ回ってるといった感じか…。
「マスターは、どうするつもりなんだ?」
「そりゃ、鉢合わせでもすれば退治するさ。俺の力はそのためのものだからね」
「その妖怪が、人間の自業自得で現れたものだったとしても?」
俺の考えを察してか否か、鬼太郎はそう問いかけてくる。
彼は人間と妖怪が必要以上に関わるのをあまりよく思っていない。互いの両分を弁える必要があるといつも言っている。本当は人間たちと仲良くしたいはずなのに…素直じゃないなぁ。
「当然だ。君だって、同じ立場ならそうするだろ?」
これは俺の罪滅ぼしでもあるんだ。人間のせいだとか妖怪のせいだとかで、双方の良し悪しを決めるつもりなんて毛頭ない。
「…まあ」
「もうすぐ妖怪ポストに手紙が来るはずだ。うちの常連のお嬢さんが、君に送った手紙がね」
「……」
鬼太郎はそれ以上何も言わず、静かにお茶を啜るのだった。
「よし、着いたぞ!」
「えっ、ここって…タチバナ?」
「ん?」
数日後、妖怪の常連も帰り、そろそろ店じまいしようかと思っていた矢先、店の外から聞き覚えのある声が聞こえた。
何事かと思って出てみれば、そこには鬼太郎を抱えたまなちゃんが息を切らして立っていたのだ。
「鬼太郎!」
俺は慌てて、鬼太郎の元へ駆け寄った。
「親父さん…一体何があった?」
「背後から何者かのに打たれたのじゃ!」
「なんだって…!?」
「これなんだけど…」
まなちゃんの手には一本の矢が握られている。それはその矢を受け取ると、矢から漂うその怪しい気配から、ただならぬ悪意を感じ取った。
「これは……よくないな」
矢には、逆さになった五芒星が掘られている。逆五芒星は悪魔を意味する。
これは妖怪にとっては猛毒にも等しい効果を及ぼすものだ。
「ご先祖様のちゃんちゃんこが鬼太郎を守ってくれたんじゃ。しかし意識が戻らん。マスター、鬼太郎の傷を癒してほしい!頼む!」
「わかった…やれるだけのことはやってみる」
俺は服の袖を捲り、下にあった黒い腕輪を露わにする。
「マスター、それって…」
「憑依、幻魔・お松!」
腕輪に備え付けられたダイヤルを回転し、三時に方向に合わせる。そして側面の爪のような装飾を押すと、腕輪の盤面が飛び出す。
腕輪から呪文が暗唱され、体に力が溢れ出す。
「我に力を!!!」
うちから溢れ出すものを受け入れ、腕を天に掲げ、腕輪の盤面を押し込む。
腕輪から大量の妖力が溢れ出す。その妖力は巨大な羽衣へと変化し、俺の体を包み込む。
俺の姿は、羽衣を纏った美しい女性の姿に変貌した。
「ま、マスターが変わった!?ていうか女の人……?ど、どういうことなの!?」
姿が変わったことに、まなちゃんはパニックを起こしてしまう。しかし今はそれどころではない。
「お松頼む!お主の癒しの力が頼りじゃ!」
「お任せあれ…。ハァッ!」
お松と呼ばれる女性は、空中を美しく舞い、手に持った扇子を仰ぐと、扇子から優しい光が溢れ出す。
すると、苦しんでいた鬼太郎の表情が安らかになった。
役目を終えたことを悟ったお松の姿が消え、俺の姿に戻った。
「これでひとまずは大丈夫だ。でも油断はできない…。急いでゲゲゲの森へ行こう。念のため、おばばの治療が必要だ」
「よし、急ぐぞ!」
目玉親父が俺の肩に飛び乗り、そして鬼太郎を背負う。
「待ってマスター!私も行く!」
「ダメだ。まなちゃんは早く帰るんだ」
ここから行く場所は、人間が簡単に立ち入ってはならない世界だ。
「嫌!鬼太郎をほっておけない!」
「……」
この子の世話焼きもここまでだったとは…でもここで言い争ってる暇はない。仕方がない…。
「わかった。親父さん、いいよね?」
「仕方がない…」
俺は急いで、布多天神社へと向かった。
鬼太郎…必ず助けるからな…!
月浪透弥
喫茶店タチバナのマスターを務める青年。
感情の起伏が控えめな非常にクールな性格をしている。常に気だるげで淡々とした言動をしているが、根は優しく、人間と妖怪分け隔てなく接する。
鬼太郎と同様に、人間と妖怪の共存を強く願っている。
王我封珠鏡
幻魔と呼ばれる上位妖怪を召喚する腕輪。
所有者の体に憑依させることで、幻魔は顕現する。
憑依にはタイムリミットがあり、時間がくれば元の姿に戻る。
幻魔・お松
傷ついたものを癒す力を持つ慈愛に満ち溢れた幻魔。
空中高くに舞い 扇子で宙を仰げば 町にいる生き物全てをまるごと癒してしまうという。