第1話 馬鹿の青春
今から数千年、数万年…いやもっと昔の時代。
冥界と呼ばれる異世界では、悪魔・天使・堕天使が、文字通りの総力戦を行っていた。
血で血を洗い、憎しみが次の憎しみを呼ぶこの三つ巴の戦いは、すでに最高潮にまで達していた。
だがそこへ、その争いを待ちわびたかのように、二体のドラゴンが乱入し、次第に戦争は混沌化…
始めは敵対していた三つの勢力は、ドラゴンを封印しようと団結するが、想像を絶する強さに手を焼き、ついには神様が降臨してくる始末だった。
ドラゴンも次々と同族を呼び、戦争は冥界全土に影響し、地形も環境も変わっていった。
その影響は冥界でとどまることを知らず、しまいには人間界にまで及んでしまった。
人間は地球を守るため戦うことを決意するも、冥界の者からしてみれば取るに足らない存在。瞬く間に命を刈り取られていき、人口の半分が失われ、地球にも自然の大変動が起きてしまった。
その時、ひっそりと息を潜めていた王が目を覚ましてしまった…
まさに「怒り」そのものを体現した怪物は、黒い巨体で全てを威圧し、向けられた攻撃を全てその身に受け、怯むことなく争いの原因に向かって歩き続ける。
そして神・龍族・悪魔・天使・堕天使は、黒き怪物前に多くの犠牲を出した。
そこで戦争をやめ、この黒い怪物を封印しようと、5つの勢力は最後の力を振り絞って、やっとの思いで海へと鎮めることができた。
神すらも殺し、震え上がらせたこの怪物は「黒き王」と呼ばれ、恐ろしさのあまりに一切の書物にその存在を書き残そうとはしなかった…
人間界のごく一部では、二度と目覚めることがないよう、石碑を立てて魂を鎮めようと試みた。
その石碑には、「荒ぶる神の化身」という意味で…
…「呉爾羅」と書かれていた………
どこにでもあるようなごくごく普通の一軒家。
その家の目の前に、まだ小学生にもなっていない幼い男の子と、杖をつきながら一緒に手を繋ぐ媼の姿があった。
二人の前には、この家に住んでいると思われる家族総出で佇んでいた。
男の子は垂れてくる涙を、小さな手で拭っていると、媼は、
「男の子がいつまでも泣いてはいけません」
と、少し口調を鋭くして叱咤した後、シルクのハンカチを取り出して、優しくその涙を拭いてやった。
「別にもう2度と会えないわけではないのですよ…ただ坊ちゃんには不自由な思いをしてほしくないの…」
媼は優しく諭すように、男の子の肩を持ちながらにっこりと笑顔を向けた。
男の子は震える声で返事をするが、その瞳には力強さもあった。
「ご両親の分まで、しっかりと強く生きなさいな」
そして媼は男の子に小指を差し出した。
意図を汲んだ男の子は、同様に小指を出して結んだ。
ゆびきりげんまん
男の子は媼に、「惨めに泣かない」ということを誓った。
媼はずっと柔らかな笑みを向けている。
言葉に発せずとも、全てがわかったように、一つ大きく点頭。
その様子を見守る家族は、温かい気持ちで満たされ、感慨深く頷いた。
男の子は家族の方を向き直り一礼すると、温かく「兵藤家」として受け入れられた。
そして、元々その家族にいた同じくらいの年齢の子と苦楽を共に過ごし、血のつながりがなくとも、まるで本当の兄弟のような仲になっていった。
ばあさんとの約束を心に刻みながら時は流れ、僕はすっかり高校生になっていた。
6時ちょうどにセットした目覚まし時計で目覚めると、すぐに自室を出て隣の扉を勢いよく開けた。
「おはよう!イッセー!」
元気溌剌と、今目の前のベッドでだらしなく寝ている青年に声をかける。
眠そうに目を擦った後、その青年は痛い目覚まし時計を見ると、
「…まだ6時だろ〜…俺セットしたの7時だぜ…もう…少し…だけ…」
と、徐々に呟く言葉が小さくなったと思ったら、そのまま崩れるように二度寝の体勢に入ってしまった。
僕は
自慢じゃないけど、僕は結構力があるんだ。
リビングに入るとイスにイッセーを勢いよく降ろし、すぐ隣に座ってご飯を食べる。
「一誠、いい加減ちゃんと起きれるようになりなさい」
と、忠告するのは、兵藤五郎さん。
この兵藤家の大黒柱で、小さい頃からずっと頼ってきた優しい人だ。
「ホント、一誠もこういうところ見習ってほしいわね」
と、若干呆れて嘆くのは、兵藤三希さん。
真面目な性格は僕も素直に尊敬しているんだ。
二人は血の繋がりはないけど、僕の両親なんだ。
本当に二人の優しさには助けられているよ。
そして隣で眠そうにご飯を食べるのは兵頭一誠、僕はイッセーと呼んでる。
少し…いや、かなりスケベな変態だけど、とても頼り甲斐のある人だと思ってる。事実、この家に馴染めない時、ずっと話しかけてくれたのもイッセーだ。
半目になって口に米粒をつける姿は滑稽だが、長い付き合いで一番助けてもらった恩人でもある。本人は全くそんなつもりはなさそうだけど。
自覚のないまま人を助けられる彼は、本当に根っからの善人だと思うな。
変態だけど。
「お前は朝からよく食うな…」
「そうかな?成長期の男子高校生はこんなものじゃないかな?なんならイッセーが少ない感じがするけど…」
「お前な…朝っぱらからラーメンどんぶりに2杯はよ…さすがに食いすぎだろ…」
「う~ん…そうかな?あ、おかわり」
2杯目を食べ終わり、おもむろに3杯目にいく僕を、イッセーはジト目で見てくる。
さらにそのまま流して母さんが用意している僕たちの弁当を見て、ひきつった顔をしていた。
普通の弁当の隣に、三段重箱が置いてあるが、これが
確かに他よりたくさん食べてるのは自覚しているけど…やっぱり心配してくれるイッセーは、なんやかんやで優しいな。
でもこれだけ食べないと冗談抜きで餓死しそうになるんだよね。
「「ごちそうさんした」」
同時に食べ終わった僕たちは急いで身形を整え、玄関で「いってきます」と言ってから飛び出す。
こうして僕の1日は始まる。
「イッセー、自転車今パンクしてるからケツに乗せてって」
「おう、大丈夫か?自転車」
「まぁ今日の帰りにでもチューブを買って自分で直すさ」
そうして僕は後輪のハブの部分に足をかけ、イッセーの肩を掴む。
吹き抜ける春の風が気持ちいい。
暫く自転車をこいだイッセーは、僕にとって心臓に悪い話をしてきた。
「そういや、松田と元浜のやつが言ってたんだが…」
松田も元浜も僕らの友達だが、イッセーとともに「エロ馬鹿トリオ」として有名になっている。なんとも不名誉な…
「お前、バイトしてんのバレたらしいな」
その一言で一気に今日の学校が嫌になった。
「ということは生徒会に…」
「朝に指導部、昼に担任、放課後に生徒会に行かねえとな」
どデカいため息をついて項垂れる僕。
指導部の先生は聞き流すとして、問題は生徒会だ。
あの眼鏡から放たれる眼光と、死刑宣告並みに緊張する罰則は心臓に悪い。
「なんでお前はそこまでしてバイトやんだよ…」
「そりゃあ…僕が一番食べてるからさ…ちょっとでも還元したいなーと思って…」
「まぁ別にいいが、悪いのは『届出も出さずに無断でバイトした』っていうことだろ?」
「ぐ…善処します…」
先程の「エロ馬鹿トリオ」に僕も加え、「問題児カルテット」としてマークされている。
イッセー、松田、元浜には女子が敵として立ちはだかるが、僕の場合は教職員と生徒会…
よし、しっかり反省しよう。
その後、松田と元浜と合流して学校に向かい、到着してすぐ生徒指導部に連行された…
説教と御高説を聞くのも何度目だろ。
1年の時に掃除の最中に窓ガラスを割って…体育のバスケでダンクしてリング壊して…卒業生のお祝いで打ち上げ花火して………
…思い当たる節が多すぎてわかんねえや。
最終的に必殺技の土下座懇願で解放されたが、先輩後輩の笑いの的になっちゃった…
昼休みになり、僕は件のエロ馬鹿トリオと共に職員室にいた。
「なんでさ」
すると元浜がため息をつきながら、
「実は昨日女子剣道部の着替えを覗こうと…」
「そんなの犯罪じゃん」
「失礼な!我々は人生の中でセンチメートルにすぎない青春を謳歌しようとな!」
ダメだ、さも当たり前のように語っちゃってるよこの人。
しかもイッセーも松田も真剣な表情でうなずいていた。うんうんじゃないよ。
「青春を謳歌するのは私も応援したいところだ。だが犯罪に手を染めてまでしようと言うのなら、看過するわけにはいかない………
…思春期真っ只中の君たちの気持ちもわからんでもないさ」
「「「先生!」」」
「だが」
3人は一瞬表情を輝かせるが、先生はこう付け加えた。
「これでもし、女子に一生消えない傷が残ったらどうする?君たちだけがいい思いをして、その子が一生その傷を背負って生きていかなければならなくなったら…一瞬の幸福のために、一生の絶望を与えてしまってもいいのか?」
この言葉の重さに、3人は黙りこくった。
ただガミガミと捲し立てず、いろんな人の立場になって考えさせ、生徒に気づかせようとするこの先生は好きだ。
男子女子に分け隔てなく接し、優しいながらも甘やかしたりはしない真っ直ぐな信念を持つのが、全生徒の人気者だ。それにそもそも顔がいい。
モテないエロ馬鹿トリオは、イケメンに対しての当たりは強いが、この先生だけは別だ。
そうして僕も説教を受け、イッセーたちには10枚、僕には5枚の反省文を課してお開きになった。
僕たちは揃って頭を下げた。
「すみませんでした。そしてありがとうございました………
………『神永』先生」
時刻は午後7時。
生徒会から反省文5枚の宣告を受け、結局イッセーたちと同じ量を書かないといけなくなり、ついつい時間がかかってしまった…
なんとか今日中に終わらせ、帰ろうとしたころだった。
「?」
「どうした?」
旧校舎の方に違和感を感じたが、気のせいということにした。
(人…なのか?何かの気配を感じたんだけどな…)
何かと最近感覚が研ぎ澄まされた気がするんだよな。
現に目の前でビラ配りしている女性が、とても人のように思えないし。
とりあえずイッセーとその紙をもらうが、なんとも胡散臭い感じがするな。
まぁこの手のことは今に始まったことでもないから気にも留めなかったけど。
閉店間際の自転車屋に寄っていき、チューブを購入し、外で待たせているイッセーのためにも早く出る。
戻ってくると、驚くことに、
「一目ぼれしました!付き合ってください!」
あのイッセーに春が訪れていた。
長い艶のある黒髪で、顔立ちは世の9割は「かわいい」と言いそうなほどだった。
当然これだけの美女に告白されたら断るわけない。
イッセーは快諾し、素性も知らない女性を彼女にしてしまった。
ドクン…ドクン…ドクン…
僕の心臓の鼓動が速くなった。
同時に野性的な勘が危機を伝える。
(こいつは危険だ!)
僕は一瞬たりともその女から目を離さなかった。
女はこちらに気づくと、不自然にいそいそと去っていった。
その華奢な体が闇に消えるまで僕は見続けた。
すると不意に肩に衝撃を受けた。
「おい!春雄!」
イッセーが肩を叩いていた。
「どうした?夕麻ちゃんをすっげー睨んでたぜ」
「…何でもないよ」
「いくら嫉妬してるからって女の子に殺意向けてるとモテねえぞ?」
「変態じゃなかったら、今頃彼女の一人くらいできてたんじゃないの?」
「馬鹿ばっかやりすぎなんだよお前は。顔もそこそこ良いし、頭も運動神経も悪くねえんだから…」
「イッセーも黙ってれば男前、喋れば変態なんだから…」
お互い悪態をついて罵り合いをしていると、気がつけば家に着いていた。
彼女ができて浮かれ気味なイッセーは軽やかに家に入っていく。
とりあえずパンクを直すが、夕麻という女が気になってしまう。
あの笑顔が作り偽っているようにしか思えなかった。
そして何より…
(あいつは…人間なのか?)