俺は兵藤一誠。
今とんでもなくヤバい状況にいる!
ことの発端は、春雄が様々な懸念を考え抜いた末、少しでも周りの人たちへの危害を減少させるため、悪魔になると覚悟を決めたことだった。
これで部長たちオカルト研究部のみんなともよく馴染めると、俺も嬉しかったんだが、その矢先だった。
転生の儀式が行われ、俺やアーシアがそうだったように
「ガァァァア"ア"ア"!!」
駒が春雄の身体に取り込まれた瞬間、あいつは苦しみ出したんだ。
激しく床をのたうち回ったところから、その痛みと苦しみは想像を絶するものだったんだろう。
慌てて部長は儀式を止めてくれたけど、まだあいつは苦しんだまま。いや、むしろどんどん酷くなってないか?
春雄はまるで駒を取り出すかのように、自身の胸や腹を抉るように引っ掻いたり、襲われる強烈な頭痛に耐えようとするあまり、あいつの頭を抑える手が深く食い込んで血を流したり…
俺は見ていられなくなった。
助けたい一心でアーシアと一緒に春雄を押さえ込もうとしたが、いかんせんあいつの力が強すぎて、逆に俺とアーシアが振り回されている感じだった。
木場と子猫ちゃんも押さえ込むのに協力してくれたけど、それでもあいつは止まらない。
さらに、俺たちに構うことなくあいつはこんな状況で不意に、驚くほどにゾッとする笑みを浮かべていた。
そして野獣のような、だがそれとは似て非なる恐ろしさ、悍ましさ、威厳さを感じる咆哮をあげやがった。
その咆哮を聞いた途端、俺の中の危険信号が「待った」をかけた。
あれだけはヤバい
言葉にはできない威圧感と恐怖を与える咆哮で、俺たちはしばらく動けず、その間に春雄は窓を突き破って外へ出ていた。
部室は物が散乱し、いくつか物品が壊されているのもあったが、あれだけ暴れた後と考えると、意外と保ったほうだろう。
あいつが居なくなって一瞬の静寂が訪れる。
俺たちは目の前の光景に呆然としていると、先ほど以上の雄叫びが深夜の駒王町に響き渡った。
その叫びは空間を揺らし、俺たちの魂を震わせた。
その叫びを聞いたみんなは呆然とし、アーシアに至っては豹変した春雄の恐ろしさによってメンタルをやられ、涙をポロポロと流していた。
ここで俺は黙ったままでいいのか?
元はと言えば、あいつの事情を良く知る俺が支えにならねえとダメだったんじゃねえか?
今になって冷静に考えれば、悪魔である部のみんな、そして俺が悪魔になった頃からあいつに翳りが見え始めていた。
普段のあいつ、俺たちに気を配るばかりに思いを全て仕舞い込んでやがる。
本当は誰よりもメンタルにきていたのはあいつだったんだ…
くそったれ!
ここで俺が何もしねえのは、まさしくあいつを見捨てることだ。
神永先生が、あの時あそこに現れて言い残してくれたのも、きっと俺以上に悩んでいたあいつに気づいていたからだ。
二人だったから近づいたんだろうな…
それぞれ俺たちに気づかせるために…
俺は勢いよく立ち上がり、部室を出ようとドアノブに手をかけると、
「イッセー、あなた何をしに…」
「俺はあいつを助けます!せっかくあいつが覚悟決めたのに、せっかく受け入れられる体制ができたのに…こんな結果に終わったままなんて…兄弟として悲しすぎます!危険も承知ですが、俺は絶対助けます!」
俺は力強く宣言して出ようとした時、
「ぶ、部長さん…わ、私も行きます!」
アーシアも涙を流しながらも立ち上がった。震えや高まる感情を必死に抑えようとなるあまり、声がしゃくりあがっていたが、涙を流すその目にはまっすぐな決意が感じられた。
そういや、アーシアも色々あいつに助けられてたしな…
アーシアを助けたのも、あいつの功績がでかいし、何より本当の兄妹みたいだしな…
アーシアにとってあいつは特別な存在なんだろうな。
覚悟を決めた俺たちは今度こそ部屋を出て廊下を走った。
普段部活のために通るこの廊下が異様なほど長く感じる。
深夜、身体能力が強化されるこの時間帯、まだ走って間もないが、俺の心臓はバクバクと暴れている。
汗だってダラダラだ…
だが特別今暑いわけじゃない。
玄関に近づくたび、流れ出る冷や汗は滝のように俺の首を伝って落ちる…
俺の心の中は不安で仕方がなかった。
あいつを果たしてもとに戻せるだろうか…
あいつを助けてやれるだろうか…
そして最も懸念するのが………
…あいつが元の居場所に戻れるかだった。
部屋を出る直前、俺は部長たちの表情が見えてしまった。
みんな怯えを隠せていなかった。
部長は多分一番ショックを受けたはずだ。呆然としたまま立ち直れていなかったしな。
俺の握る拳に力が入っていく。
「イッセーさん…?」
不意にアーシアに俺は呼び止められた。
俺は足を止めアーシアの方を振り向くと、すぐ彼女が俺の握る拳を包み込むように優しく手を添えてくれた。
アーシアの手が温かい…
これだけで俺の心の中を支配し、縛っていたものが緩くなったように思えた。
一番怯えて、一番ショックを受けていたのは俺だったかもしれない。
みんなの前では、俺は春雄を助けるためなんとかしようと躍起になってあの静まった雰囲気を払拭しようとしたが、俺はいつの間にか悪いことばかり考えちまったんだ…
呼吸も荒くなり、頭もまともに考えるほど回らなくなり…俺は焦燥に駆られるまま動いちまったわけだ。
だから…
「ありがとな…アーシア…」
俺はアーシアの頭を撫で、素直に礼を言った。
彼女のおかげで俺はまだ失わずに済むかもな…あいつもな…
俺は玄関を出ようとしたところ、背後に気配を感じて振り向くと、そこには部長たちがいた。
しかし、みんなの表情は先ほどまでの怯えや恐怖ではなく、凛々しく引き締まったものになっていた。
「部長…みんな…」
「イッセー」
部長は俺の目の前まで来ると、視線を落として謝ってきた。
ごめんなさい
と。
あの部長が俺なんかに頭を下げるなんてダメですよ!
それにあいつは覚悟を決めたうえで自分からそうしたのであって、部長に負い目を感じることなんてないはずですよ。
俺は内心慌てながらそのようなことを伝えるが、何せ動揺しちまって言葉がうまく出なかった。
さらに後ろの朱乃さんに木場に子猫ちゃんまでもが頭を下げた。
どうしたんすか?
少し居心地悪くなり始めた俺に、部長が疑問に答えてくれた。
「誰よりもあなたは兄弟である春雄君のことを思って、あんなことになってしまって、きっと誰よりも辛いはずなのに…アーシアだってそう…まだ一緒にいる期間は短いけど、紛れもなく家族の一員なのだから…
二人はそれでも押し潰されることもなく、すぐ助けに行こうとした。
あの二人が立ち上がったんですもの。眷属であるあなた方が諦めてないのだから、二人をまとめる部長でもある私が動かないのは、そんなことダメでしょう?」
父さん、母さん、俺もあいつも、周りには素晴らしい心を持った最高の人たちがいます。人、悪魔の垣根を超えた固い絆を結んだ最高の人がいます!
俺は目頭が熱くなった。なんか涙もろくなってきたな…
「イッセー君、私たちも手伝いますわ。彼が私たちを受け入れたんですもの。大丈夫、まだ可能性はありますわ」
「そうだよイッセー君。彼が僕たちを『信じる』と言ってくれた時の目は偽りのない本当の目だった」
「せっかくいい方向に向かっていたのに…ことはうまく運ばないものです。ですけど、イッセー先輩もアーシア先輩も諦めてないですから、私も諦めるわけにもいかないです。それに、春雄先輩にはこのまま勝ち逃げしてほしくないですし」
みんな心の丈を語ってくれた。
それぞれ考えていることは違うだろうけど、みんな春雄がいなくなってほしくないのは確かだ。
俺も表情を引き締めるため、両頬をパチンと平手で叩いた。
痛みで俺の懸念も全て吹き飛んだ感じがする。
「行きましょう!」
覚悟はできた。
待ってろ、春雄!
そんな彼らを旧校舎から一人眺める者がいた。
全身白い着物で包まれ、顔も隠されてはいるが、背丈や体つきから見るに男であろう。
「見極めだな…果たして…あの悪魔はかつての仲間にどう挑む…」
裁定者はちらりと別なところへ視線を移すと、黒い尻尾を生やし、ところどころ血を流す男がいた。
傷を負い、白目を剥き、時折見える歯が鋭く…完全に化け物であった。
あれが春雄だ。
「随分と豹変したものだ…」
ボソリと無機質な声で呟く裁定者。だがその手はギュッと握られていた。
「心とは…複雑なものだ…だが人間が感情任せに行動し、思考を放棄して徒になってしまうのも頷ける…」
彼が見つめる先では、春雄と一誠たちオカルト研究部がとうとう出会った。
俺たちの目の前に現れた春雄を見て、息を飲んじまった。
他のみんなもそうだ。
あの圧倒的なプレッシャーが、どこを見ているかわからない白目が、俺たちの方向にあの獰猛な歯を見せつけている。
はっきり言って、はぐれ悪魔とか、レイナーレとかそんな次元じゃなかった。本当なら今にも逃げ出したいくらい、それだけ春雄には何かヤバかった。
だけどここで逃げるわけにはいかない!
俺が左手に
子猫ちゃんはグローブをはめた拳を軽く突き出し、拳闘の構えをし、後ろの方ではいつでもサポートできるよう、アーシアがおり、彼女を魔力を纏う部長と朱乃さんで守りつつ、前衛組の俺たちを援護すると言った感じだ。
客観的に見て1対6、どう考えても人間である春雄に勝ち目は薄いと思えるだろうし、むしろ俺たちがやりすぎと思う人もいるかもしれない。
逆だ。
こうして対峙してわかる。
春雄に宿る力は途方もない。俺は冷や汗が止まらないし、木場は武者震いし、子猫ちゃんもいつになく緊張した面持ちだし、後衛・サポートの3人のピリピリした雰囲気が背中越しで伝わってくる。
ドガァァァアアアァァァ…
思わずビクッと、電気でも流されたかのような反応しちまった。
轟音が辺りに木霊し、俺たちは心臓に直接攻撃を食らったんじゃないかと錯覚しちまった。
春雄のやつ、あの尻尾を地面に思い切り叩きつけやがった。
さらに驚くことに、その叩かれた地面はボロボロにひび割れ、大きく凹んでいた。
俺たちがそれに少しビビってると、白目を剥いたままの春雄がこちらに少しずつ歩み寄る。
立ち向かわなければ…
…どうすればいい…?
俺たちは助けるために覚悟を決め、戦うためにこうして立ったのに、恐怖に飲まれつつある。
目の前にいるのが「春雄」と言う人間に思えねえ…
溢れ出る黒い殺気、この数相手に一切逃げようとせず、堂々とした王たる佇まい、まるで頂点に立つ者だった。
『寄り添ってやれる人であれ』
俺の頭の中に、どことなく無機質な声が響く。
神永先生みたいだな。
俺はその言葉を聞いてハッとなる。
春雄は自分の力に悩み、悪魔であるオカルト研究部のみんなとの距離感に悩み、自分の過去にも悩み…
苦しみ続けてきたこの数日間…
俺が行かねえでどうすんだ!
俺は頭から恐怖が完全に消え、『助けたい』という純粋な思いだけが頭に残った。
戦う理由はこれだけで十分だ!
『Boost!』
俺の想いに応えてくれ!赤龍帝!
『Boost!』
もっとだ…もっと吠えろ!
『Boost!』
もっと…
『Boost!』
「もっとだぁぁぁあああ!!」
『Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Explosion!』
俺が叫ぶと、あいつも叫んだ。
その叫びはもはや人ではない。
荒ぶる神の化身、全てを恐怖で震え上がらせる雄叫びだった。
次回、怪獣王と赤龍帝と悪魔がぶつかります!