黒き王の原罪   作:イテマエ

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 完全オリジナルですみません…

 今回は主人公の過去に少し触れますが、かなり重い展開です。




第13話 孤独

 誰もが寝静まる駒王町の夜。

 本来ならば誰もいないはずである深夜の駒王学園では、学校には似つかわしくない音が響いていた。

 若者の叫び、生々しい乾いた打撃音や、時折聞こえる骨が折れたような鈍く低い音、そして野獣のように唸る声…

 

「はぁ…はぁ…なんつー奴だ…」

 

 肩で息をしながら、目の前の強大すぎる存在に自信を失くし、投げやりに呟いたのは一誠だ。

 とある偶然の出来事が幾十にも重なり、一度は命を落としたが、彼のうちに眠るものに興味と期待を抱いた上級悪魔のリアス・グレモリーによって転生、悪魔として新たな生を受けたのだ。

 煩悩まみれの自分を生き返らせてくれた主人に尽くすべく、一誠は少しずつではあるが力はつけてきた。

 契約はなかなか結べず、主人の地位向上と上への信頼を勝ち取るための働きはできていないものの、伸び代は感じられていた。

 

 曲者揃いのグレモリー眷属だが、「一誠」と言う存在は間違いなく、今後大きな意味を持つに違いない。

 そんな尖りつつも、若さの中にある「強さ」も申し分ないグレモリー眷属に立ちはだかっているのは、一誠からしてみればある意味、最強又は最凶と呼べる者だろう。

 

「勘弁してくれよ…春雄…」

 

 

 

『仲間や家族に迷惑をかけたくない』

 

 春雄は自身の置かれた立場にずっと疑問を持っていた。

 悪魔ではないにしろ、一誠たちに協力しているのはもちろんだが、やはり眷属ではないことが周りにも影響を与えていた。

 悪魔、堕天使を凌駕する謎の力が一部に知られてしまったため、冥界の上層部の方ではチラホラと噂になっていた。

 悪魔と敵対する堕天使の意見として、詳細は定かではないが、危険であることに変わらないため、神器と思わしきものは調査のために鹵獲、やむを得ない場合は殺害することも挙げられた。

 言ってしまえば春雄を生かすつもりがないのが堕天使側の総意であった。

 

 悪魔側では表面上保護することは挙がったのだが、ただの協力者であり、イマイチ信憑性に欠けるため、上の多くの判断としては堕天使側と同じ殺害であったが、情愛の深いグレモリー眷属に協力しているのもあり、「様子を見て慎重に行動すべき」と思慮深い者もいれば、貴重な研究対象として身柄を拘束し完全に悪魔側に置き、監視すべきとする者などが多かった。

 最終的に、監視下に置いているリアス・グレモリーの兄であり、悪魔を率いる現魔王でもある鶴の一声によって保護としているが、結局両者は春雄の存在にいい感情は持っていない。

 それも無理ないだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…彼の両者に対する怒りは尋常なものではないのだから…

 その怒りの矛先が、全てを滅さんとする殺意が両者に向き、いつそれが本格的に牙を剥くかもわからない…

 

 

 

 一誠は膝をつき、悲鳴をあげる体が自分の思い通りに動かなくなり始めた。

 ふと視線を上げて春雄を見れば、彼は対照的に全く疲れた様子はなかった。

 

「こんなに強かったなんて…」

 

「想像以上ですわ…」

 

 後衛として「滅びの力」や「雷の巫女」としての力を存分に行使したリアスと朱乃だったが、春雄の活動停止までに追い込むことができなかった。

 特にあらゆるものを消し飛ばす「滅びの力」が決定打になり得なかったことが衝撃的だった。

 また、朱乃の雷を纏った魔力攻撃は、その気になれば敵を消し炭にできるほどの威力を誇るものだったが、それすらも通じていない。

 2人の息のあったコンビネーションで放った攻撃は全て命中、それにもかかわらず、春雄の体にかすり傷を負わせる程度だった。

 

(…特にこれといった身体能力を強化する魔力があるわけでもない…つまり純粋な地のパワーだけで僕たちを圧倒している…)

 

 魔剣を手に油断なく構える木場は、冷静に春雄を見極める。

 リアスや朱乃による途方もない質量攻撃の他、木場のスピードを活かした翻弄攻撃、一誠と子猫のパワー特化の打撃も意に返さずと言ったところ。

 ここまでくると各々自分の腕を疑いにかかるが、全くそんなことはなかった。

 

(部長も朱乃さんも…二人の攻撃で彼の着ていた上着は間違いなく消し飛んでいた…それに彼の立つ地面も抉れている…)

 

 木場はタラタラと冷や汗を流し、剣を握る手に緊張が伝い、鋒を震わせていた。

 誠に信じられないことだったが、自分たちの攻撃を全く避けず、ただ自身に備わったパワーと防御力だけで耐えていたのだ。

 

「…こんな強さ…並の存在ではあり得ません…それこそイッセー先輩に宿った『赤龍帝』ほどの、他とは一線を画す存在であるはずです…」

 

 子猫もあまり表情には出さないが、瞳からは動揺が伺え、春雄の桁外れな力を戦々恐々と呟いた。

 もっとも、ただ彼の強さだけに驚いているわけではない。

 

「…もしそれだけの存在なら、日常でもオーラや魔力は感じ取れるはずです…でも…」

 

 子猫は生唾をごくりと飲み込む。

 もし赤龍帝ほどの強さを持つ神器を所有すれば、意図せずとも宿主から力の鱗片として、オーラや魔力が溢れ出し探知はできるはずだった。

 しかし今目の前に立つ存在からは、一切の魔力を感じない。さらに普段の春雄からもその未知な力は感じ取れなかった。

 つまりそれが表すことは…

 

 誰もがその頭に恐怖を浮かべた。

 魔力も何も感じ取れない、そもそも春雄自身に魔力が無い。

 完全なる地球から生まれ、冥界とは一切関わりのない存在…言ってしまえば…

 

「じゃあアイツに宿った力は…ただの()()()()()()ということか…?」

 

 一誠が、その場にいる者を代弁して言った仮説は間違いではない。

 春雄に宿った力をもっと詳しく言うなら…それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…人知を超えた()()()()だったのだ…

 

 

 

 よう…俺は…兵藤一誠だ…

 どう言う訳か、今アイツは力に飲まれている。

 そしてアイツに宿った存在は、悪魔である俺たちを、春雄を悪魔に転生させようとした俺たちを憎むように、白目で睨みつけてくる。

 なんでだよ…なんでだよ!

 アイツは散々迷って、やっと出した答えなんだぞ!?

 どうして黒いアイツは春雄の出した答えを拒もうとするんだ!?

 

『今でも悪魔は憎んでいるさ…』

 

 少しでも悪魔を受け入れたくない気持ちがある限り、お前は拒むんだな…

 宿主の思いすら跳ね除けて…

 自分の都合にいいようにするなんて…そんなの横暴で聞き分けのない頑固な王じゃねえか…

 

 だが、それにしても妙だ。

 さっきまであれだけ苦しそうにしていたのに、今はただ憎しみと怒りが赴くまま俺たちに闘志を見せつけてくる。

 

「しっかし…一体どうすりゃ………うん?」

 

 俺はここで違和感に気づき、急いで部長に確認を取ってみた。

 

「部長!今の春雄から悪魔の気配を感じますか!?」

 

「イッセー!もう駒は彼の体に取り込まれてしまったのよ!?」

 

 俺はついつい言葉を強くしてしまった。

 

「部長!時間がありません!早くしてください!」

 

 部長は俺に押し切られた様子で、ひとまず乱れた呼吸を整え、アイツに意識を集中させていた。

 すると部長は目を開いて驚いていた。

 

「彼はまだ悪魔に転生していない…!」

 

 部長の言葉に、俺以外のオカ研のみんなが動揺していた。

 確かに俺たちはアイツの体の中に駒が取り込まれていったのは見たし、暴れてからもその駒が取り出される様子はなかった。

 だがその駒は特に作用するわけでもなく、ただアイツの体の中にいるままだったんだ。

 

「部長!その駒を取り出せませんか!?可能であればそうしましょう!何か変わるかもしれません!」

 

「そう言えば…春雄さんはあの駒が取り込まれた瞬間すごく苦しそうにしていました…きっと駒が離れていけば、苦しむ必要はなくなると思うんです…そうすれば宿主である春雄さんに危険がないとして、あの黒い主さんは引っ込んでくれるんじゃないでしょうか」

 

 アーシアも俺の考えに気づいたらしい。

 俺の『赤龍帝の籠手』はやばい気配を感じたり、俺の身に危険が迫った時、防衛本能が働くのかは知らねえが俺を守るように現れる。

 あの黒いのも春雄から守るために、一時的に表面に現れたとすれば…

 

 じゃあ一体どうすんだ?

 考えとして、もう一度儀式をし、駒を春雄の体に馴染ませようとする。

 そうすれば防衛本能で黒いのは、その駒を取り出そうと躍起になるだろう。

 そこを俺たちでアシストする感じで行けば、多少強引でもアイツから駒を引き摺り出せんだろ。

 かなりいい加減な憶測に基づき、賭けに近いようなことだし、強引だし…

 それでも俺は、俺たちは縋るしかない。

 少しでも可能性がある方へと…

 

 

 

 リアスは恐怖により荒くなった呼吸と、それによって乱れていた魔力を整え、そっと意識を集中させる。

 目を閉じ、転生の呪文のようなものを唱える。

 するとオカルト研究部の部員たちは魔力が濃くなっていくのを感じると、いつでも行けるように構える。

 

ア"ァァァア"ア"ア"

 

 目に見えて春雄は苦しみ、大地を、空を揺らす咆哮をあげる。

 一瞬怯みそうになる一誠だったが、大切な兄弟を救う一心で踏みとどまり、先陣を切って春雄に突撃する。

 その後に続くように、木場と子猫も続き、後方では朱乃が先ほど以上の数と質量の電雷をいつでも発射できるようにしていた。

 

 苦しみ悶える春雄は、低い唸り声にも聞こえる悲鳴のようなものを発しながら、自身の胸をズタズタにしていく。

 深く食い込ませた爪を、そのまま縦横無尽に動かし、あれだけ攻撃の通らなかった肉を裂いていく。

 夥しい量の血が流れ出るが、春雄はまだやめない。

 

「春雄ぉぉぉおおお!」

 

 彼を止めるべく、一誠は自身の身体能力を強化して突っ込み、強引に取り出そうとするその怪力の腕を抑える。

 

(嘘だろ!?こんだけやってまだ動くのかよ!)

 

 肉薄する手前まで一誠は「赤龍帝の籠手」で何重にも強化したが、春雄に眠る力はそれを上回っていた。

 悪魔であり、神滅具(ロンギヌス)所有者でもある一誠は、人間で、あくまでただの生物である春雄にスピード以外全て敗北していることに自信を失くしかけるが、

 

(俺は…諦めねぇ!)

 

 とにかく熱い男はしぶとかった。

 必死に食らいつく一誠に、春雄は彼を引き剥がそうとするが、

 

「させない!」

 

 木場か目にも留まらぬ速さで魔剣をその腕に突き刺す。

 しかし、魔剣は春雄の腕に当たった瞬間、甲高い音を立てて砕けてしまった。

 

(とんでもないね…春雄くんは!)

 

 それでも注意を引けたのだから十分だった。

 

「子猫ちゃん!」

 

 木場の合図で子猫が死角から春雄の懐まで飛びつく。

 小柄な彼女でなければできない動きであった。

 

 すると、ここで初めて春雄がよろけた。

 地面には夥しい流血によりできた血溜まりができ、片腕は一誠に抑えられており、不安定で危険な状態の春雄に、子猫が『戦車』を生かして飛びついたのだ。

 ここに来てようやく隙を見せてくれた。

 だが子猫の突撃を持ってしても押し切れないところは、もはや化け物の範疇にもない力を持っていた。

 

「そのまま抑えて!」

 

 一誠は上空を見上げると、切羽詰まった様子の朱乃がおり、留めておいた電雷を圧縮し、細い棒状のエネルギーの塊にすると、それを思い切り春雄に向けて投げつけた。

 それがぶつかる直前、一誠たちは素早く離れると、瞬間に当たりは昼よりも眩い明るさに包まれた。

 

「春雄…」

 

 その時一誠は、目の前の真っ白な世界で春雄に宿る主の最後の遠吠えを聞いたのであった。

 

 

 

 眩い光が散っていき、あたりには静寂な夜が帰ってきた。

 いまいち生きた心地のしなかった戦いだった。

 一誠は目の前で横たわる、駒を摘出し終わった春雄を見て安心すると、深く息を吐き、その場に座り込んだ。

 春雄は胸部がズタズタで見るも無惨であり、朱乃の電雷が炸裂した背中は重度の火傷を負っており、全身からは血が流れていた。

 それでも呼吸は安定し、春雄の表情だけは解放されたように穏やかであった。

 

 あの戦いの中で、春雄の凄まじい防御力は前面であって、背中側はやや前面に劣っていることに気づき、活動を止めるため朱乃の最大火力をもってして漸く打ち破れたのであった。

 それでも春雄は死ぬことはなかった。

 防御力、パワーもそうだったが、目を見張るのはこの生命力であった。

 並大抵の相手なら塵すらも残らなそうな攻撃を食らって生き残った春雄…

 

(これからコイツは…いろんな奴から目をつけられちまうのか…)

 

 一誠は奥歯をギリリと噛んだ。

 春雄が散々悩んで、自分のことも、一誠たちのことも、家族のことも考えた決断は、春雄の中の黒いものに拒絶された。

 悪魔にもなれず、堕天使たちからは殺害対象とされ、立場をはっきりさせようとした時は黒いものに拒まれ…

 

 孤独

 

 今の春雄は誰からも受け入れてもらえない。

 あらゆるものから拒絶され…彼には味方はいない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ないで…」

 

 ボソリと聞こえた春雄の声に、一誠はバッと彼の方を見る。

 

「意識が戻ったのかしら…」

 

 リアスや他の眷属たちも警戒しながら彼に近づく。

 そして彼を見て皆瞠目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…一人にしないで…どこにも…行かないで…」

 

 彼の意識はまだ夢の中であった。

 だがその余りにも悲壮に溢れる声色は、聞いた者の胸をギュッと締め付ける。

 

「…父さん…母さん…なんで…みんな…置いてくの…」

 

 無意識に虚空へ伸ばす手は震えており、閉じた目からは雫が垂れていた。

 一誠はその手をそっと握ると、

 

「言ったろ…俺は…俺だけはお前を独りぼっちにさせねえって…」

 

 そう呟き、ギュッと握る力を強めた。

 すると、今度こそ春雄は安らかな表情となり、そのまま眠り続けた。

 規則正しく呼吸していることに心配はないが、リアスたちは一誠と春雄の様子を見て複雑な心情になっていた。

 察するに、過去に何かがあったのは間違いない。それもとびきりに辛いものの。

 彼らのことをもっと知りたい気持ちがあり、何か助けになりたいとも思っている。

 しかし、果たして自分たちが深く突っ込んでいいものだろうか。

 下手に詮索すれば、今よりも関係は壊れてしまうかもしれない。

 だが何もせずにこのままモヤモヤしたままになるのは、間違いなく今後に響く。

 リアスは腹を括った。

 

「イッセー…無理強いはしないわ…話したくなかったら話さなくてもいい…可能な範囲で私たちに教えてくれないかしら…?」

 

 暫く沈黙が流れる。

 リアスは一誠の哀愁漂う背中を見て、些か後悔の念を抱いた。

 

(やっぱり…聞くべきじゃなかったわね…)

 

 また自分は人を苦しませてしまった。

 春雄の時といい、今の一誠もそうだ。

 ただ誰もが今この状況は辛いだろう…誰が悪いなんてものはなかったのだから…

 

 後悔と責任に押しつぶされそうになった頃、一誠は徐に立ち上がり、まだ夜明け前の、真っ暗な空を見上げて言う。

 

「あいつには…もう家族も仲間もいないんです…」

 

 その後一誠から明かされたことは衝撃的なものだった。

 

 

 

 春雄の元の姓は「牧」だった。

 4〜5歳ほどまでは、駒王町ではなく、千葉県館山市と烏場山に挟まれる黒那(くろいだ)村(架空村)に住んでいた。

 振り向けば山があり、観光地として発展した館山と違って、村人も建物少なく、道路も舗装されていないところがあり、かと言って樹木や草木が繁茂するかと言えばそうでもなく、本当に何もない非常に小さな村だった。

 

 しかしその村は人が少ない分、付き合いが非常に良く、当時たった一人の子供であった春雄をまるで家族のように可愛がっていたそうだ。

 活発に動き回る年齢となった春雄は、朝から遊びに歩き、昔ながらの畑仕事をする家に赴き、夕方まで作業を手伝ったり、野生の生物を捕まえて遊んだりと、一日中村の人たちと関わっていった。

 

 家族だけでなく、村の人たちの温かさに触れ、順調に育っていき、誰もがこのまま「優しさに溢れる男の子」になると思っていた。

 

 ゆっくりと流れる平和な時が、その村の誰もの心を落ち着かせる。

 

 長閑な、「ありきたりな幸せ」がずっと続いていくものだと思っていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アイツが5歳の誕生日を迎えたその日…アイツの両親は死んじまった…いや…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…殺されたんだ…」

 

 一誠が重い口を開き、声を震わせながら呟く。

 その日も春雄は村の人たちと交流し、畑仕事の手伝いの他、虫取り網を持って水路の付近で自然と戯れていた。

 しかしいつもより春雄は顔が綻んでいた。

 

 何かいいことでもあったのかい?

 

 普段お世話になっている老夫婦が春雄に問う。

 

『今日僕の誕生日なんだ!それでご馳走を用意してくれるって!』

 

 嬉々と答える春雄からは、満面の笑みが窺える。

 よほど楽しみなのか、あどけない花のような笑顔が絶えなかった。

 老夫婦もつられるように笑顔になり、お祝いとして()()()()()の中に沢山の野菜や干物、漬物を入れてやった。

 より一層喜びて目を輝かせる春雄を、老夫婦は頭を撫でてやった。

 

 大きく育つんだよ…

 

 

 

 他の村にも子供がよく言う自慢をして回った春雄。

 それには不思議と悪意は全く感じさせず、村の人たちはお祝いとして山菜や川魚などを籠の中に入れていった。

 いつしか籠の中は村人たちの温かい思いで一杯になっていた。

 

 帰路に着く途中、春雄はふと足を止めた。

 別に籠の重さに疲れた訳でもなく、ただなんとなく足を止めたのだった。

 そして彼自身、どうして立ち止まったのかもわからない。

 しかし、彼は道の横、林に囲まれ、春にもかかわらず薄暗い獣道のような小道を進んでいった。

 まるで何かに誘われるかのように。

 

 暫く歩くと、不意に視界が良くなった。

 闇から突然光が差した感覚になり、一瞬目の前は光に包まれた。

 明順応によって次第に鮮明に景色が瞳に映っていく。

 そこで彼は呆然と遠くを眺めた。

 その先には青い海が見えていた。生まれて5年、見慣れた海を見ていた。

 

『あれ…?』

 

 突拍子もなく林が騒めきだすと、彼は漸く気付かされた。

 

『なんで…』

 

 彼は胸を締め付けられたような思いとなっていた。

 頰に違和感を覚え、手をそっと触れると、慣れていたことに戸惑ってしまう。

 

『なんで…泣いてるの…なんで…こんなに苦しいの…』

 

 初めて感じる「悲壮感」と言うものだった。

 そしてふと視線を移した先に、自分と同じように海を向く石碑があった。

 春雄は不思議な感覚に陥り、その石碑に寄り添い、体を預ける。

 すると先ほどまでの悲壮感がなくなっていき、むしろ安心感が強くなった。まるで家族、自分の父親に抱かれるような、奇妙な感覚だった。

 そして春雄はそのまま目を閉じ、人知れない場所で穏やかに寝てしまった。

 

 

 

 春雄は気がつけば帰路のところで佇んでいた。

 ついさっきのように思えた不思議な時間には、特に疑問を抱かず、そのまま家に向かって歩き始める。

 

 5歳を迎える幼いその体で、沢山の頂き物が詰まった籠は中々の重さであった。

 家に戻るため、勾配が緩い砂利の坂道を登り、石階段を登っていくのは骨が折れる。

 それでも嫌な気持ちがしないのは、その重さは自分が愛されているからであり、登り切った先では家族が村人たち以上の愛を注いでくれるのを知っていたからだった。

 

『ただいま!』

 

 玄関に入ってすぐ、春雄は叫んだ。

 ただ、帰ってくるのは耳が痛くなるほどの静けさだった。

 いつもなら両親が笑顔で出迎えてくれるのだが、今日に限ってそれがない。

 視線を下にすると、父と母の履物が見えるため、家にいることは確かだ。

 何か良くない予感がした彼は、籠を玄関に置き、ゆっくりとした足取りで居間に向かう。

 まだ日が沈むまでは時間があると言うのに、家の中は妙に暗い。

 建造して時間が経った木造建築は、幼い彼が歩いても音を鳴らす。

 

『お父さん…?お母さん…?』

 

 居間を覗き込むと、夕日も差していないのに赤く染まった床に倒れ込む両親の姿が映った。

 その後何度呼びかけたことか…

 父と母を呼ぶその声はいつしか悲鳴に変わり、彼は一人で家を飛び出すのだった。

 

 

 

 黄昏時のこの村はいつにも増して静かであった。

 裸足のまま飛び出した彼は、溢れる涙を拭い、誰かに助けを乞うように喚き続けた。

 だがそれに応える者は誰もいなかった。

 彼は重い足取りで関わってきた村人たちの家を回った。

 だがどの家でも広がる光景は同じようなものだった。

 

 幼い彼には残酷すぎるものだった…

 

 泣きつかれた彼は、もう目覚めることもない両親がいる自宅に戻り、腹を満たすため、貰った漬物に齧り付いた。

 そしてその安心する味を噛み締め、同時に悟った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…もう二度と、あの日は戻らないと…

 

 

 

 

「…アイツが発見されたのは誕生日から2ヶ月経った後らしい…11月3日からその2ヶ月の間、アイツはたった一人で生きていた…冬の寒さ、喉の渇きに耐え、空腹に襲われ続け、たった一人の恐怖に怯えながら…」

 

 一誠は春雄を部室のベットに横たわらせ、ずっと彼の傍につきながら、心憂い気持ちで語る。

 幼き日の春雄は相当酷だっただろう。

 日が過ぎるごとに両親は異臭を放ちながら崩れていき、食料も徐々になくなっていき、厳しく肌に痛いほどの寒さが彼を襲ったのだから…

 あまりにも辛過ぎる話に、リアスたちは途轍もないショックを受け、言葉が何も生まれなかった。

 アーシアに至っては涙が抑えられず、心の痛さに耐えられずにいた。

 

 皆、それぞれ特殊な出生であり、追々彼女たちにも辛い過去はあったが、一切宗教や勢力に関係のないただの少年が地獄を経験していたのだ。

 手を差し伸べてやる人は皆、その一瞬の短い時間で殺されてしまったのだ。

 

 全滅し、地図から消された村…

 当時そこまで大きなニュースになっていなかったのは、きっと、国からも消されたのだろう…

 

 2ヶ月と言う期間は長くはない。

 だが、当時の彼にはあまりにも長すぎた。

 

「部長…こいつは…本当は誰よりも寂しがり屋なんです…」

 

 一誠は改めて向き直り、深々と頭を下げた。

 

「こいつを独りにしたくないんです…あんなことがあって…色々思うところもあるかもしれませんが…お願いします…!こいつを見捨てないでください!」

 

 普段騒動を起こす彼からは想像もつかない態度だった。

 エロいことばかり考える変態であり、それでも今日のように大切な人のために行動に移す熱いところがあったりした彼が、今まで誰にも見せたことのないような表情をしていた。

 

「ええ…もちろんよ…見捨てるわけないじゃない…眷属とか関係なく、彼は私の、私たちの大切な仲間だもの…」

 

「大切な後輩ですもの…例え得体の知れない力があっても、今日のように彼を見捨てませんわ…」

 

「こんな辛いことがあったのに…春雄君は…僕も彼のことを支えてあげたいさ」

 

「…私からして見ても、大切な先輩です…ライバルでもありますし、大切な仲間ですから…」

 

「春雄さんは…もう…救われてもいいはずです…春雄さんには…幸せに生きてほしいです…」

 

 一誠はオカルト研究部のみんなの声を聞き、頭を下げたまま涙を流し、震える声で感謝の言葉を言った。

 

 

 

 これからグレモリー眷属は、彼を守っていくことを決心した。

 もう辛い思いをさせないため、もっと幸福に生きてほしいため。

 

 そう決意した時、一誠以外のオカ研の皆は一つ、どうしてもわからないことがあった。

 彼の過去がわかったところだが、どうも繋がらないのだ。

 

 

 

 なぜ彼はあれほどまで悪魔を憎んでいたのか…

 

 

 

 だがこの疑問を追求するのは今ではない。

 もっと時間をかけて、彼と仲が深まった時、自然と彼が話すのを待つことにしよう。

 そう思ったのだった。

 

(言えるわけがねえ…あの真実は…)

 

 

 

 

 

 

 

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