黒き王の原罪   作:イテマエ

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 今回も長くなってしまった…


第20話 大切な者のため

 オカルト研究部部長・リアスの政略結婚を阻止すべく、ライザーとのレーティングゲームを()()()()行ってしまったイッセーたち。

 いや、あらかじめ用意されたシナリオ通りに動いてしまったと言うべきか…

 

 結果は敗北。

 少ない駒、乏しい経験を加味すればそれなりに頑張った方だろうが、負けは負けである。

 

 そもそも正式なレーティングゲームに何度か出場していたライザーとは、埋められないほどハッキリとした経験の差があった。

 いくら強力な下僕を揃えているリアスとは言え、駆け引きや機転のきいた発想など、『王』としての技量はまだまだ未熟。

 

 誰もがリアスの負けを知っていた。

 

 そうなるように仕組んだのだから。

 

 婚約を決定づけるため、リアスには勝ち目のない条件を与え、上級悪魔としてのプライドを刺激し、戦闘意欲をたぎらせたところで、完膚なきまでにその心を叩き潰す…

 

 

(なんか…悪魔らしい一面がよく見えたような…そんなゲームだったな…)

 

 時刻は深夜2時くらい。

 暗雲が立ち込める夜空、その黒い雲から垣間見える月は、いつも以上に輝いて見える。

 

 そう、この自然が好きなんだよ。

 鳴り止むことのない風は、僕の肌をひんやりとした手で撫でていくかのように心地よく流れていく。

 日が昇る時を待つ草木は、その風に揺られ、曲でも奏でるかのように僕の耳に安らぎを与える。

 

(それにしても…)

 

 結婚とか、そんな人生において大切な行事を、たかだかゲームで決めてしまおうとする悪魔に、つくづくうんざりする。

 

 きっと、数万年単位で生き、価値観も基本的に自分の欲に忠実な悪魔は、結婚なんてさほど重大に捉えていないのだろう。

 

 純血悪魔こそ至高とする大戦の生き残りの屑は、ただただ力欲しさに魔王の妹すら利用するつもりなのだ。

 

(権力がうんぬん…この結婚で、当の本人は幸せにはなれるわけがないな…)

 

 僕は一つため息をつき、ベッドに横たわる。

 今頭の中にあるのは、その野望を打ち砕くために奔走する兄弟を応援する気持ちだけだ。

 

「頼んだよイッセー」

 

 悪魔でも類を見ないほど、慈愛に満ちた部長とその眷属たちを救ってくれ。

 

 

 

…僕は行かないのかって?

 行くわけないでしょう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…皆殺しにするまでこの怒りは収まらないよ。

 

 

……

 

………

 

 あれから3日ほど過ぎただろうか。

 今日もイッセーが目覚めるのを朝から待ち続けていたが、気がつけば既に日は沈み、闇が支配する夜がやってきた。

 

 流石に眠い。

 

(少し横になろう…)

 

 ベッドに横になった瞬間、強烈な睡魔が僕を襲う。

 いよいよ意識が深い眠りへと誘われようとした時である。

 イッセーの部屋から微かな物音を感じ取ると同時に、ただならぬ猛者の気配を察知したのだ。

 

 僕は慌てて飛び起き、蹴破る勢いで扉を開け、イッセーの部屋へと突撃する。

 ドアノブにかける手はそのままに、片方の手はいつでも獲物を狙えるよう変化させ、尻尾も生やす。

 

「イッセー!」

 

 バンッと大きな音と共に扉は開かれた。

 そこには目が覚めたイッセーと、それを喜んで抱きつくアーシア、そしてどこかで見たことのある女性…

 

「この気配はあんたのものでしたか」

 

「驚かせてしまったようですね。申し訳ございません」

 

 容姿端麗、クールな印象を受けるこの悪魔は、僕に淡々と謝罪して頭を下げるが、発する雰囲気は異常だ。

 戦闘慣れ…それも生半可なものではなく、長いこと戦い、生き抜いてきたんだろう…

 

(微かに…血の匂いも感じるな…)

 

 て言うか、レーティングゲームが始まる前に、イッセーが喋ってたっけ。

 話の通り、美しい女性だが…

 

「そう警戒されなくてもよろしいのですよ?私に戦闘意欲はございません」

 

「であれば、なおさらあなたから警戒を解いて欲しいですけどね」

 

 耳が痛くなるほどの沈黙が流れる。

 確か…グレイフィアさんって方だっけか。

 彼女の敵意が無いのは確かだけど、その佇まい、目標を捉える目、発する雰囲気全てに油断がない。

 だからこそ僕も、発言させた黒い主のものはそのままに、真っ直ぐと標的だけを捉える。

 

 今にも戦いが勃発するかのようなビリビリとした緊張感に、怯えながら震えるアーシアはイッセーの服を強く掴んでいた。

 

「春雄、この人は大丈夫だからさ…その…落ち着けよ…」

 

 起きたばかりだからか、弱々しくややかすれた声が僕に訴える。

 ゆっくりとそちらを見ると、目に涙を浮かべるアーシアを宥めつつ、キリッとした決意の固い瞳を向けるイッセーがいる。

 

「イッセーこそ…もう大丈夫なの?」

 

「ああ…この通り、だいぶ寝ちまったからな」

 

 それよりも…と、イッセーは話を続ける。

 

「グレイフィアさん、あなたがここに来たってことは…」

 

「はい、兵藤イッセー様がお休みになられているこの数日間の間で、ほとんど準備は完了いたしました。あと数時間もすれば、婚約パーティーが開かれます」

 

 なるほど。

 つまりグレイフィアさんは、眷属であるイッセーとアーシアを迎えにきたと言うわけか。

 軽く説明を受けたイッセーは悔しそうに、静かに拳を握りしめていた。

 そんなイッセーに特に言葉を送るわけでもなく、グレイフィアさんは平静を装う。

 でも彼女の無愛想な表情にはどこか、自分の気持ちを押し殺して我慢する様子も見られる。

 

「グレイフィアさん、ただ迎えに来るだけなら…こんな早く来る必要はないんじゃないですか?」

 

 唐突に口を開いた僕に、イッセーはまるで質問の意図がわからない様子だった。

 その隣でキョトンとするアーシアも同様だ。

 

 僕は一つため息を吐き、

 

「いい加減好きになさったらどうです?」

 

 呆れた口調で、この場にいる全員に向けて言い放つ。

 イッセーはいつまで己の無力さを嘆く?

 アーシアはいつまで恐れている?

 グレイフィアさんはいつまで本心を隠す?

 

「グレイフィアさん、自分では気づいてないかもしれませんが、淡々と話すその口調、どこか内から込み上げてくるものを無理矢理抑えている感じがするんですよ」

 

 僕はイッセーの椅子にドカッと腰を下ろし、所在なく適当に一点だけを眺める。

 

 

……

 

………

 

 黙り続けるのもあれなので、引き出しからルービックキューブを取り出して時間を潰しているこの間数分。

 イッセーの部屋に4人居るにも関わらず、ただカチャカチャと色を揃える音だけが流れる。

 イッセーもアーシアも何か言いたそうにしていたが、僕は睨みを効かせて彼らを抑える。

 

「…」

 

 まだ黙ったままなのか、グレイフィアさん。

 表向きグレモリー家に仕えている悪魔なんだし、いろいろ婚約パーティーの準備もあるだろうからさっさと二人を連れてけばいいのに。

 なんて、やや皮肉めいた視線を送ってみる。

 

 さっきまでのオーラはどこに行ったのか…

 全く取るに足りないほどの小動物にしか見えない。

 

(ま…そんな高上な悪魔が、赤龍帝とか言うものを宿しただけのしがない転生悪魔に、部長の命運を託すんだもんな…)

 

 不安なのはわかる。

 忙しい両親に代わって部長をここまで立派に育て上げたのも、このグレイフィアさんの力添えがあったからだろう。

 グレモリーとしての優しさは両親と兄である魔王から、部長として皆を率いるほどの真っ直ぐな強さは、恐らくこの人のおかげだな。

 

 妹同然に生活を共にし、成長していく様を間近で見守ってきた彼女だからこそ、さまざまな思惑で振り回されるリアスのこと、そして魔王と言う強力な立場を利用されようとしているグレモリー家のことが心配でしょうがないだろう。

 

(彼女の立場上、あまり下手なことは言えない…いや、あの感じは何か魔王から伝言を頼まれているが、それを言い出す勇気がない…と言ったところか?)

 

 本当ならすぐイッセーに、「なんとかして欲しい」とでも言えばいいのだが…

 

 目だけをイッセーの方に向ける。

 これといって普通。

 世間的にはそれなりにカッコいい部類に入る程度で、敵をねじ伏せる力も明晰な頭脳も持ち合わせていない。

 強力かつ凶悪な神滅具(ロンギヌス)を宿す者でもあるが、まだその力に振り回されているところもある。

 

 総じてイッセーは平凡。

 強いて言えば、どうしようもないほどの煩悩を持つ変態。

 所詮はそんなところ。

 

(こんな奴に、部長も魔王のことも託したくないだろう…)

 

 

「なぁイッセー」

 

 僕は普段通りの調子で、己の無力さに失望し、静かに悔し涙を呑むイッセーに問う。

 

「もし、部長の身に危険が及んで、二度と笑顔が見られないと…二度と会えなくなるとしたら…どう思う?」

 

「そんなの…悲しいし、悔しいに決まってんだろ!」

 

「じゃあ、部長を助ける最後のチャンスがあるとすれば、どうしたい?」

 

 するとイッセーは、先ほどまでの様子とは変わって、確固たる意志を持って、力強く答えるのだった。

 

 

 

「当然、この命に替えてでも、なんとしても部長を助ける!俺は部長のたった一人の『兵士(ボーン)』だから!」

 

 

 

 なんて力強いんだ。

 一瞬イッセーの背後に龍でもいたのかのような緊張感が伝わってきた。

 それと同時に僕の中の闘争本能が暴れようとするのを抑え、溜まったものを吐き出すように大きくため息をつき、

 

「グレイフィアさん」

 

 呼ばれた彼女は、わかりづらくはあるが、微かに目を大きく開いていた。

 

「魔王が頼ろうとした男は、ただ力を持った木偶の棒じゃないんです。部長が本音を晒すほど信じた男は、ただの変態ではないんです」

 

 だろ?と言わんばかりにイッセーを見ると、顔をいつも以上に引き締め、真っ直ぐな瞳を向けることで応えてくれた。

 

「兵頭一誠は熱い男…やる時はやる男なんです」

 

 そう、このことは幼い頃から共にいた僕がよく知っている。

 イッセーは昔からそうだった。

 今はどこかエロに取り憑かれた馬鹿になったけど、根本だけは変わらない。

 

 誰かのために本気で悩む。

 誰かのために本気で悲しむ。

 誰かのために本気で怒る。

 誰かのために本気で取り組む。

 

 誰かのために本気で手を差し伸べる。

 

「そんな男です」

 

 僕は一通り言い終わると、呆気に取られているグレイフィアさんは、次にイッセーを見る。

 

「目が覚めました。覚悟はできています!」

 

 真っ直ぐな揺るぎない意志は、もはや誰にも止められない。

 

「…魔王サーゼクス様より伝言を賜っています」

 

 

 

 

 

 

『好きなようにしなさい。そして、妹を頼む』

 

 

 

 

 

 

 春雄が俺に発破をかけてくれたおかげで、悪い方に沈んでばかりだったものが前を向けた気がするぜ。

 

 俺たちオカルト研究部は、不甲斐ない戦いをして負けた。

 これは変えられない揺るぎない事実だ。

 そも部長を本気で守るための戦いが、眷属の敵討ちや、プライドのための戦いになってしまった。

 そんな中、ただ一人本気で勝とうと揺るがない強い意志を持って臨んだ奴がいた。

 そいつは俺たち悪魔に協力する、強力な力を有する「人間」。

 

 他でもない春雄だった。

 

 アイツは置かれた特殊な立場上、勝ってこのオカルト研究部を、そして部長たちグレモリーとの繋がりを存続させる必要があった。

 

(今アイツはいろんな奴に狙われている…アイツはいろんな苦労を抱えてきた…だからこそこの戦いは勝たなくちゃならねえはずだった…)

 

 忘れていたわけじゃない。

 確かにアイツはきっと、誰よりも強い。

 体に宿す力の主は、俺の持つ赤龍帝のものとは桁違いの力を秘めている。

 

 だから俺は、アイツは自衛ができるから大丈夫だ。

 勝手にどこかでそう決めつけた。違うだろ。

 アイツは自分のこと以上に、周りの仲間や家族を心配していた。

 神経をすり減らす生活に息苦しさを感じ、いつ崩壊するかわからない日常に怯えながら、何度も何度も悩んで、考えて、みんなが生き残るために動いていた。

 もう大切なものを失わないために…

 

 バンッ!

 

 俺は目一杯の力をこめた右腕で壁を殴った。

 

 高を括るのは何度目だ?

 この単純な思考ばかりの俺自身に嫌気が差す。

 これも何度目だ?

 どれだけ悔いても、過去の事実は当然変えられない。

 いつもそうだ。

 

「いい加減にしろよ…俺…」

 

 また俺の感情はマイナスの方へと堕ちていく。

 ホント俺はダメだな…

 

 

 

『困ったことがあれば、俺になんでも言えよ!』

 

『…うん!イッセー!』

 

『だって俺たち…』

 

 

 

 ハッとなって俺は、打ちつけた右腕の先、小指を見る。

 なんで今になってこんなこと思い出すんだろうな。

 

 

 まだ俺が小さいガキで、初めて家に春雄を迎え入れた時だった。

 その日の夜、俺は微かに聞こえる、必死に泣くまいと嗚咽を漏らす音で目が覚めた。

 眠くて重い瞼を擦り、隣で眠る新しい兄弟、春雄に視線を向け、その頭を小さい手で撫でてやったっけ。

 

『どうしたんだよ、春雄』

 

 優しく声をかけてやると、途端に春雄は俺に抱きつき、

 

『お父さん…お母さん…』

 

 と、泣くのだった。

 今でも覚えてる。

 

 帰ってこない両親を求める、どこまでも切ない声。

 

 俺の服を鷲掴みにする、力強い小さな手。

 

 生暖かい涙。

 

 その悲しみとか、小さい子ながらの欲求を受け止めてやる存在、コイツの両親はもうどこにもいない。

 

 俺は春雄の気が済むまでそのままでいた。

 

 そしてしばらくすると、あれだけ悲しみを叫んでいた涙はピタリと止まり、放心状態となって闇夜を見続ける春雄。

 その腫れた目は、同じ年齢とは思えないほど疲れ切っていた。

 

(コイツから悲しみは消えない…)

 

 怒りすら…

 

『春雄』

 

 だから俺は決めた。

 

『困ったことがあったら、俺になんでも言えよ!』

 

 その悲しみすら越えられるほど、コイツとの楽しい思い出を作っていけたらと。

 

『…うん!イッセー!』

 

『だって俺たち…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()だろ!』

 

 

 アイツは俺を信じて託していた。

 

『あとはよろしく』

 

 部屋を出ていく直前、俺の耳元で呟いたあの言葉。

 あの短い言葉にどれだけの思いがこめられていたのか、俺にはわかる。

 

「イッセーさん…」

 

 依然として心配そうに見つめてくるアーシア。

 聖女たる彼女、これまでに起きてきたことにかなり心を痛めただろう。

 

「ありがとうアーシア。必ず部長は俺が取り戻す」

 

 俺は優しくその頭を撫でてやる。

 もう誰の笑顔も曇らせねえ。

 

『随分な変わりようだな。相棒』

 

 ちょうどベストなタイミングで、俺の中にいる主も目覚めてくれた。

 役者は揃ったぜ。

 

 コンコンコン…

 

 俺は春雄の部屋のドアをノックする。

 しかし、アイツから返事が返ってくることはなかった。

 

 寝たか?

 いや、まさか…

 つい5分前まで起きてただろ。

 何狸寝入り決めてやがるんだ。

 

「入るぞ」

 

 アイツの返事もなく入室する。

 ベッドの方を見ると、横になって規則正しく寝息をたてる春雄がいた。

 マジで寝てたのかよ。

 つーか早えよ。

 せっかく覚悟してきたのによ…

 

 まあいい。

 

 俺は春雄の近くまで寄り、何も飾らないで真っ直ぐに言葉を伝えた。

 

「あとは任せとけ」

 

 さて、このこと言わねえうちはスッキリしなかったからな。

 とは言っても困った。

 今からやること、とてもじゃねえがアーシアの前ではできねえしな。

 でも決定事項だ。

 

(またみんなと、部長と一緒にいるために!)

 

 俺は部屋を出ていこうとドアノブに手をかけようとしたその時、

 

「そんな後ろ髪にひかれてるようじゃ任せられないよ」

 

 ふと俺のよく知る男の声が聞こえた。

 

「なんだ…起きてたのかよ…」

 

「うん」

 

「つーことは…聞いてたわけか?」

 

「うん。折角覚悟も決まり、相棒である赤龍帝にも応えてもらったところだったんでしょ」

 

 コイツ、俺の左手の力のこと…

 

「僕は宿ってるその力の主の影響なのか、そういった類のものに強く反応してしまうんだ」

 

 すると春雄は、俺の左腕の龍に語りかけるように、

 

「初めまして…ではないか」

 

『だな。お前さんの中にいる奴とは既に相見えた。今でもそのことを思い出せば、体の震えが止まらん…できれば二度と会いたくなかったがな』

 

「それはなんか…すまないね。僕は兵藤春雄。君の宿主とは義兄弟だ」

 

『我の名はドライグ。今はこんな形だが、かつては二大天龍として恐れられていた…と言っても、その恐れられた期間は短かったがな』

 

 なんか普通に話してんな。

 て言うかその感じじゃ、ドライグは既に春雄の中の存在と戦ったってことか?

 しかも、二大天龍を恐れさせたってことは、やっぱりコイツの宿してるものは化け物なんてレベルじゃねえ。

 

「春雄、ドライグのこと知ってんのか?」

 

「うん。時折見るんだ。僕の中にいる力の主の記憶を夢として知るんだよ」

 

 俺はドライグがどんな奴か率直に気になったため夢の話を聞いてみた。

 ドライグの言っていることは、なんか俄にも信じられないんだよな。

 

「確か…白い龍と喧嘩起こして…それが冥界とか天界を巻き込んで…だったかな?」

 

 おおよそ合っていた。

 なんだよドライグ。お前自分の喧嘩のためにいろんな人を巻き込んだのかよ。

 しかも神様にまで牙を向けるとか、罰当たりにも程があんだろ…

 

「ま、ただ見てた僕が言うのもなんだけど、ホント傍迷惑な子供の小競り合いみたいな、馬鹿げた理由で殴る蹴るの繰り返しだったね」

 

「やってることは簡単に死人が出るレベルだぞ…」

 

『ぐぅ…やはり()()()からして見れば、ただの小っぽけで幼稚な喧嘩でしかないのか…』

 

「『そりゃそうだろ』」

 

 瞬間、室内の温度がズーンと下がり、辺りには圧倒的な殺意が流れていた。

 言うまでもなく、その殺意を発していたのは春雄だった。

 

 改めてその殺意の塊を一身に受けると、心臓が飛び出そうなほど鼓動し、身体中の筋肉は緊張して硬直、汗は滝のように噴き出てくる。

 

「ドライグ、君と白いのと喧嘩したことが、今になって大きく混乱を招いていることに気付いているのか?」

 

 普段の口調のまま叱責する様子は、言い表せない凄みがあった。

 

「冥界、天界を巻き込むまではいい。そちらの世界の都合は知ったことじゃないからね。でも君が封印されて道具に成り下がると、いろんな人に宿り、いろんな人が赤と白の戦いの因縁を背負ってしまう…いや、君たちに背負わされているのかな?」

 

「春雄、何言って…」

 

 本日2度目、冷徹な視線を向けられた俺は、蛇に睨まれた蛙の如く動けなかった。

 

「ドライグ。君たちの宿命を背負って一体どれだけの人が犠牲になった?君という存在はあらゆる勢力に恐れられているんだ。それを宿すだけでもはやその人の居場所がなくなるってことなんだよ。

 現にイッセーも殺されて悪魔になっているわけだし」

 

 そう…

 俺は確かにこの力を持ってしまったがために、堕天使のレイナーレに目をつけられて殺された。

 でも俺はそれ以上に、誰かのために力を使って助けてきたことだって事実だ。

 もう人ではなくなったが、俺はそれでもいい。

 

 今の俺には守れる力がある。

 

 

 

…部長やアーシア…他のみんなも…

 

 

 

 

 

…家族も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…お前も…

 

 

 

 俺は自分の右手を見つめる。

 これからどんなヤバい奴が来ようと、この気持ちだけは折られないようにしよう。

 その気持ちが逃げないように、俺はギュッと拳を握る。

 

 すると、春雄の奴はフッと笑った。

 なんだよ。

 

「覚悟が決まったのは嘘ではないらしいね」

 

 ため息一つついたアイツは、改めてドライグの方は視線を送った。

 だがその瞳に、先ほどまでの蔑みとか殺意はなく、いつもの様子に戻っていた。

 

「別に認めたくないけど、白いのと戦うのが運命なら…いろんな奴に狙われるのが運命なら…

 

 

 

 

 

…イッセーを死なせないであげて…」

 

 その言葉に、偽りはない。

 アイツの瞳は揺れている。

 心配なんだろうな。

 

 今思えば、俺はいろんな戦いをしてきたものの、近くには必ず春雄がいた。

 俺よりもはるかに強いアイツが、気付かないうちに俺を、そして部長たちを助けていた。

 

(こんな弱い俺が戦うなんて一丁前にほざけば、そりゃ心配か)

 

 でも俺にも譲れないものがある。

 あの日、俺は部長と約束した。

 

 俺は部長のたった一人の『兵士』。

 兵士の役目は『王』を守ること。

 

 あの日流した涙の味は知ってる。

 無力な自分を嘆く悔し涙。

 

 ライザーに負け、部長を守り通せなかった悔し涙。

 

 俺はもう負けねえ!

 もう涙を呑みたくねえし、流させもしねえ!

 

 俺が最後に見た部長の顔は、涙で濡れていた。

 もうあんな思いするのは真平ごめんだ!

 

「春雄…見ててくれ。こんな弱い俺が、覚悟を決めるところを…そして許してくれ!」

 

 

 はあ…

 ホント、イッセーは単純で、熱くて…一途だ。

 昔から良くも悪くもそんな男だった。

 

「覚悟を決めるって、何かしでかすつもりなの?」

 

 僕はイッセーの言葉をしっかりと聞く。

 まあ言おうとしていることはわかる。

 しかし、改めてその単純さには本当に驚かされた。

 

 左手をドライグに捧げる。

 

 そして、それを引き換えに力を得る。

 

「自分で決めたの?」

 

「ああ。これは紛れもなく、他でもない俺の意思だ!」

 

 そう言ってイッセーはドライグに一言話すと、みるみるうちに左腕は変化していった。

 普通の人間の手が、徐々に龍のものへと飲み込まれていく。

 声を上げぬよう、滝のように汗を流し、必死に苦痛に耐えるイッセー。

 その姿はさながら武将のように力強い。

 

 なぜ彼はここまで必死になれるのか。

 

 『馬鹿』がつくほど真っ直ぐな思い。

 そのように話すイッセーには、何か惹きつけるような力があった。

 

(なるほど…部長があそこまでイッセーに拘るのも…)

 

 こういうことね。

 世間一般で見ればカッコいい部類であるものの、テレビの俳優やモデルのような顔立ちかと言われればそうではない。

 ではなぜそんな男が、アーシアや部長の心を動かしたのか。

 

 その真っ直ぐなところであり、熱いところであったり。

 一番はそれが彼の『優しさ』からくるものだからだろう。

 故に暖かさを感じる。

 悪魔になったイッセーはなおも暖かいのだ。

 

 そしてそれは…

 

(僕にないもの…)

 

 イッセーの強さが優しさからくるものなら、僕の強さは真っ黒な殺意と怒り。

 

 正に白と黒。

 

 正に善と悪。

 

 イッセーの力は仲間に手を差し伸べるための、人を、仲間を助ける力。

 であれば僕は…

 

(自身を狙う敵を殺し尽くす力…)

 

 あれ…?

 いつから僕はこんな物騒なことをよく考えるようになったんだろ…

 もはや黒い殺意に全く違和感を抱かず、むしろなぜ今まであれだけ穏やかな心を保ち続けられたのだろう…

 

 居心地の良かった黒い殺意に、僕はそれが()()()()()な気がしてきた。

 

 家族で兄弟であるイッセーとの溝が、いつの間にか深くなっていた。

 僕はいつか孤独になってしまうのだろうか…

 

 

 イッセーの左手は完全に龍のものへと成り果てた。

 確かに本物。

 僕の中で確信が持てる。根拠はない。

 なぜそう言えるのか。

 

 それは簡単。

 

 僕の高まった本能が警笛を鳴らし、警戒を強めていた。

 

 

 

 もう戻れない。

 そう思えば、やはり名残惜しい。

 自分のものではないが、やはり普段日常的にあったものが失われた時の、なんとも言えない寂しさがある。

 

 イッセーはそんな僕の気持ちを汲んだのか、垂れる汗を拭って、

 

「心配すんな。後悔はねえよ」

 

 そう答える顔は清々しい。

 本当にイッセーは強いな。

 考えなしに力を手にするばかりの無鉄砲な野郎ではなかった。

 何度も悔しい思いをし、何度も涙を呑み、何度も自分自身に問い、そして長い葛藤の末に答えを出したのだろう。

 生半可な気持ちじゃ、腕が無くなるような痛みとかショックに耐えられないもの。

 

「じゃあ、行ってくるぞ…部長を取り返しに」

 

「ああ…行っておいでよ…でも、死なないでね」

 

 僕の言葉に、イッセーはニカッと笑って答えた。

 

「ドライグ、イッセーを頼むぞ」

 

『無事でとは約束できんが、死なせはせん』

 

 その言葉を最後に、イッセーは部屋を出て行った。

 そしてしばらくすると、あれだけ強く放っていた龍のオーラがピシャッと無くなってしまった。

 恐らく転移したのだろう。

 冥界へ。

 

 

 今日の風は一段と強く、草木がザワザワと鳴らす音は一段と大きい。

 どうも落ち着かないな。

 まるで自分の心の中でも表してるかのようだ。

 

 イッセーが行ってから数時間は経っただろうか。

 

(別に心配しているわけではないが…)

 

 今頃部長を取り戻そうと躍起になってるだろう。

 本当なら、僕もあそこに参戦したい。

 そしてあそこにいるだろう大王派の老害悪魔どもを皆殺しにしてやりたいなんて思ってる。

 だが、僕の特殊な立場上、そんなことをするのはイッセー以上のリスクを伴う。

 万が一歯止めが効かなくなれば、悪魔というものを殺し尽くすまで、またはその前に自分が殺されでもしない限り『破壊』はやめないだろう。

 

(今回は待って正解かな)

 

 大丈夫。イッセーならできる。

 先程から何度も言い聞かせるけど、やはりソワソワしてしまう。

 眠れない。

 まぁ兄弟が戦ってんのに、呑気に寝てられないけど。

 

 コンコンコン…

 

 僕の部屋の扉をノックする音が響く。

 

「どうぞ」

 

 こんな時間、僕の部屋に入ってくるのはあの人だけだろう。

 扉が開かれると、やはりアーシアがそこにいた。

 

「ちょっと…良いですか?」

 

 彼女の表情からは不安がいとも容易く読み取れる。

 そんな彼女が僕なんかで不安を紛らわせることができるのなら、喜んで協力しよう。

 外を眺める僕の隣に立ったアーシア。

 彼女の美しい金色の髪が、淡い月の光で照らされ、神秘的な様子を届けてくれた。

 そして月の光が反射するエメラルドの大きな目は、どこか遠くを眺めており、どことなく生気はない。

 

(彼女のことだ。イッセーのことで気が気でないのだろう…)

 

 それに優しい聖女のような人だ。

 イッセーや他のみんなが頑張ってるのに、自分だけ何もできないなんて、簡単に悔しいだけで片付けられないはずだ。

 

 か弱そうなその手で握られる拳がそれを物語っている。

 

「アーシア」

 

 僕も外を呆然と見ながら、彼女に話しかけてみた。

 

「イッセーなら大丈夫。必ず部長を連れてくるさ」

 

 アーシアは何も答えない。

 

「…何もできないことが悔しい?」

 

 この問いに、アーシアは俯き、しばらくするとコクッと小さく首を上下した。

 

「そう…でもアーシアにはアーシアにしかできないことがあるんだよ」

 

「え…」

 

 ここで初めて声を上げたアーシア。

 

「それは、『みんなの帰るところを守ってあげること』さ。イッセーや部長が帰ってきた時、『おかえり』って言ってあげて」

 

「それだけ…で良いんですか?」

 

「『それだけ』なんてことはないよ。誰かが待ってくれているだけでイッセーたちは頑張れるし、安心するさ」

 

 だから、戦いで疲れきったイッセーたちの心を優しく包み込んで欲しい。

 そんな役目、僕には絶対できない。

 優しさで満ち溢れる彼女だからこそ、安心できるんだ。

 

「じゃあ…春雄さんも一緒に居てください」

 

 これは予想外。

 自分でもわかる。今目が大きく開いている。

 

「春雄さんも大切な仲間ですし、それ以上に家族じゃないですか」

 

 すると彼女は僕の服の裾をギュッと掴んだ。

 

「最近の春雄さんを見てると、いつかどこかへ行ってしまいそうな気がして…」

 

 そう言う彼女は、僕を逃すまいと掴む手に力をこめた。

 

 こんだけ悪魔が嫌とか言って、なりたいとかほざけば、今度はひたすらありとあらゆるものに敵意を向け、最終的には帰りを待つ部長をこの手で…

 

「迷惑じゃないの…?」

 

 恐る恐る訪ねてみた。

 

「そんなことは絶対ありません!私はイッセーさんも、部長さんも、春雄さんとも居たいです!」

 

 

 なんだろう…

 彼女と居れば、あの黒く歪んだ殺意が晴らされていく。

 

 ああ…

 なんか洗われた気分だ。

 優しい彼女だからできるのか…いや、優しいなら他の人もそうだ。

 彼女の優しさは僕と周りにできた溝を埋められるほどなのだろう。

 

 心が落ち着く…

 あの黒い主も、黙ったまま…

 

 彼女の優しさが届いたのかな…?

 

「…?」

 

 気がつけば、僕は彼女を自然に撫でていた。

 上目遣いでこちらを見る彼女は愛おしさを感じる。感じない奴はいないだろうが。

 

 なんだろう…守ってやりたいと純粋に思える…

 

 彼女の優しさは、僕と黒い主の殺意すら受け止めてくれるのだろうか。

 ここ最近ピリついていたものはなくなり、今はいい気分。

 

 外の草木が奏でる音も今ならよく聞こえる。

 

「ありがとう…アーシア」

 

「…はい!春雄さん!」

 

 こうしてしばらく一緒の夜空を眺めていると、夜が明けそうになったころ、彼らはやって来た。

 ボロボロになったが、やり遂げだと誇らしげなイッセーと、帰ってきたことへの喜びと安心で顔を綻ばせる部長が、朝の青い光に照らされていた。

 

 日はまた昇る。

 

「「おかえり(なさい)」」

 

 今お互い言いたいことは多い。

 だけどまずは、無事だったことを素直に祝福し、喜ぶべきだろう。

 

 空気を読んでか、黒い主も黙ったままでいてくれた。

 

 おつかれ、イッセー。

 おかえり、部長。

 ありがとう、アーシア。

 

 

…平和とは良いものだな…

 

 神永は心の中で呟いた。

 無表情だが、どこか嬉しそうに笑っているようにも見える。

 仏のような表情の彼は、欠席者のいない出席簿を閉じた。

 

『リピア』

 

 あの男の呼ぶ声で、彼の雰囲気はガラリと変わる。

 とりあえず朝のうちに片付けられる仕事はこなし、立ち上がるとすぐ職員室を出て行った。

 

「あれ、神永先生授業入ってましたっけ?」

 

「いや、そんなことはないが…」

 

 職員室の中では、そんな彼にみんな疑問を浮かべていた。

 

 屋上に到達した神永は、手すりに手をかけ、静かに目を閉じた。

 

(ゾーフィ。一時的に活動を活性化させた2体の禍威獣だが、突如鎮静化。2体とも自分の元いた場所に戻り、あれから動きはない。監視は無論続けていくが、今は問題ないだろう)

 

 『光の国』への定時連絡をする神永。

 たった今報告した通り、南極から日本を目指していた禍威獣と、東京駅地下にいた禍威獣は突如大人しくなり、被害を出さないままそれぞれ元いた場所へ戻るのだった。

 

『それはやはり…『王』が関係するか?』

 

(…つい最近まで、『王』の精神は不安定な上に攻撃性が高かった。それに触発された配下の禍威獣たちは動きを見せたのは肝を冷やしたが、『王』を抑えたのはやはり彼女だった)

 

『やはり…彼女に『女王』の資格はあったのか…?』

 

(それは現状で判断しかねる。彼女の優しさがただ行き届いただけの可能性は捨てきれない。事がデリケートかつ危険なものだ、慎重に行くことに越したことはないだろう)

 

『そうか…では、悪魔たち外来種の方はどうだ?』

 

(天使と呼ばれる者たちに動きはない。悪魔側も一触即発の可能性は十分あり得たが、現状維持と言ったところだ…問題は…)

 

『やはり堕天使か?』

 

(…この町で何かしでかすことは明らかだ。だがここは慎重に行く。下手に我々の力を晒すのは好ましくない。ある程度の対処は任せるが、仮に『王』の逆鱗に触れるほどの事態になるのなら、私は手段を問わずにその堕天使の首謀者を排除する)

 

『大きく出るつもりも視野に入れるか…』

 

 

 神永は屋上から何気ない日常を届ける駒王町を眺める。

 これからここを中心に戦火に巻き込まれると思うと、静かに怒りが込み上げる。

 

 なぜ彼らは戦争を望む…?

 

 なぜ容易く命を刈り取る…?

 

 神永は懐からスイッチがついた棒状のアイテムを取り出す。

 

「この町で好き勝手にさせることはできん…」

 

 そう呟く彼の背中をこっそり物陰から見つめる者が一人。

 

(神永先生…)

 

 その正体は春雄であった。

 

 

 

 胸騒ぎが止むことはない。

 

 

 

 

 

 




 これにて『戦闘校舎のフェニックス』は終了です。

 イッセーとライザーの戦闘シーンが無いのは、あくまで春雄メインで行くためです。
 次回は次回なだけにガッツリ絡んでいき、ウルトラマンも本格的に動き出すつもりでいます。
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