黒き王の原罪   作:イテマエ

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第26話 水面下での攻防

 権藤たちが動いたことにより、駒王町を治めるリアスは真実を告げるほかなくなったため、彼らが欲する情報を与えたのだった。

 彼らの質問や疑問には造言なく答えたこともあり、悪魔である自分たちオカルト研究部はもちろん、生徒会のイメージダウンを防ぐことに成功。平和的にその場がお開きになったと思えた…

 

 しかし…

 オカルト研究部の彼らから不安は消えることはなかった。

 こうにも暗澹とし、物々しく感じてしまうのは、ただの雷雨の所為なのか…

 

 

 日は沈み、辺りは暗闇が支配する。

 雨は止むことなく、むしろ強さを増していき、礫の如く有象無象を殴りつける。

 時折総毛立つほどの閃光が、轟音と共に照らす。

 

 その一瞬明るくなったことで、この荒れ模様の中に男二人が喧嘩…いや、その割には互いに本気だ。

 一人は玩具をもらった子供のように幼稚な、しかしそこからは隠しきれぬほどの狂気の殺意をぶつけ、一人は相手をしかと五感で捉え冷静な立ち回りで戦っていた。

 

「ほ〜う。僕ちんもともと強いんで、普通エクスカリバーなんかもらったりしちゃったらすぐ死ぬんでございましょうが…」

 

 飄々としたフリードの態度が、エクスカリバーでの斬り付けを躱される度に変わっていく。

 

「あんた…何者でございますか?」

 

 その声色には微かに「恐れ」も含まれていたのだろうか。

 フリードは今、目の前に対峙するものの異常さに信じられない様子で、内心かなり取り乱していた。

 

「私は…駒王学園に勤める教師。神永だ」

 

 感じる気配は人間。

 だがそんなことは決してあり得ない。

 

 気味が悪い…

 こちらが必死で攻撃を加えても、目の前の神永という男は一切の無表情で捌ききる。

 気味が悪い…!

 プロレス選手のような構えから繰り出されるチョップ、ローキックが素人と思えない。そもそも神や堕天使の祝福を受けたエクソシストである自分が人間に押されている。

 気味が悪い!

 

(なぜ、エクスカリバーを持ってしても、たかだかこの程度の人間に手を焼く…)

 

 フリードはエクスカリバーの鋒を神永に向けて呼吸を整える。

 牽制の意味も込めたつもりだったが、神永は全く意に介していないようで、変わらず機械的な表情のまま、敵を見据えていた。

 その真っ直ぐ曇りなき目に、フリードはゾワりと背中を振るわせた。

 

「!な、なんでやんすか!?」

 

 呼吸を整えるつもりが一向に整わず、剣が震え始めた。

 そして視線を自身の体に移して初めて気づく。

 

 手や足が震えている。

 

 フリードは完全に神永に恐怖した。

 剣を支える手に力が入る。肩にも。足にも。

 まるで呼吸が止まったかのように苦しい。

 

「その剣には聖なる力が宿っているそうだな…」

 

 神永が何か言っているが、今のフリードに聞く耳はない。

 戸惑い、焦り、恐れ…ここまで心身ともに追い詰められたことのない彼は、今本能がとあるものに恐れ始めた。

 

「…だが所詮は模造に過ぎない」

 

 一歩、また一歩と踏み出される度、フリードの思考は、本能は『死』というものへの『恐怖』に変わってゆく…

 

「その紛い物で、君は自身の苛烈な正義を施行し、ひたすら罪なき者を刈り取っていくのだろう…」

 

 鋒との距離がもう数cmとないところまで来た。

 しかし、今のフリードに戦う意志はもはやない。

 

「君の蛮行により、悪魔だけでなく人間までもが多く失われた。それは…

 

 

 

私は()()()()看過することはできない」

 

 フリードは神永から感じる雰囲気に押され、ついに心が崩壊した。

 狂乱状態となった彼は、ひたすら「死ね」を連呼し、エクスカリバーに振り回された。

 

「使う者が彼のようならば、聖なる力を持ってしても、それはただの獣だな…」

 

 神永はそっとすり足で距離を取り、フリードが突撃したタイミングで、彼以上の速さで蹴りを放つ。

 寸分の狂いなく放たれた蹴りがフリードの顔に命中、フリードは吹き飛ばされ、腐敗臭漂うゴミ捨て場に溜められたゴミに突っ込んでいった。

 

「先…生…?」

 

 神永はここで初めて驚いたように目を大きく開いた。

 振り向くと、肩で息をしつつも目の前の光景に信じられないと言った様子のイッセー、アーシア、リアスがいたのだった。

 

「見ていたのか?」

 

 神永の問いに、3人は頷くことで答える。未だその目からは驚きが消えていないようだ。

 

(一体なんなの…神永先生は駒王学園にやって来た時、特別力がない普通の人間だったはず…まさか…ずっと気配を隠していたの…?)

 

 動揺しつつもリアスは冷静に神永を見極める。このあたりは流石上級生と言うべきか、いち早く冷静になって気配を掴む。

 しかし…

 

「嘘…そんな…」

 

 神永の気配を知るや否や、動揺はさらに増したと言える。

 一歩、思わず後ろに引いてしまった。

 

「部長さん?」

 

「どうしたんですか?」

 

 ふらつく部長を支えるように、イッセーとアーシアが並び立つ。

 そして神永に目を向けるも、未だ信じられない様子だ。

 二人にとって彼は担任であり、特にイッセーは様々な意味で世話になっている先生だ。

 イッセーはギリッと歯を食いしばる。

 大好きな先生に、尊敬すべき人と敵対してしまうのか…

 そんな考えが湧き出始めた時、神永が口を開く。

 

「私は君たちに敵意を向けるつもりはない。君たちは私の大切な生徒に変わりない。例え、正体が人ならざる悪魔であってもだ」

 

 その言葉には柔らかさがあった。

 雨降り(しき)る中、神永の言葉からは温かさが感じられた。

 

(神永先生…)

 

 アーシアはついつい手を組んで祈りそうになってしまった。

 あれほど熱心に祈祷を捧げてきた主に、今の神永が重なって見えたのだ。

 

 恐らくいろいろ言いたいことはあるだろう。

 しかし、3人が神永に歩み寄ろうとした時、不意に何者かの気配を感じた。

 いち早くそれに気づいた神永は、イッセーたちを守るように背の後ろにし、ジッととある方向を見つめる。

 イッセーたちも同じ方向を見つめる。

 

 そこは先ほど、神永がフリードを吹き飛ばしてノックアウトしたゴミ捨て場だった。

 そこには未だ気絶して伸びたままのフリードと、その男に近づく複数の黒い影が見られた。

 

「君たちは何者だ?」

 

「我々はただこの男を回収しにきただけだ」

 

「…詳しいことは聞かない。ただ一つ、君たちの目的は()()()()か?」

 

「と、言うと?」

 

「このまま堕天使側、悪魔側が戦争を始めないか、だ」

 

 すると、フリードを肩に担いだ者から黒い翼がバサリと生える。

 

()()しない。そちらから手を下さない限り…」

 

「…ならばサッサと連れて行け」

 

 堕天使と神永が勝手にことを進め、イマイチ状況がよくわからないイッセーたち。

 

「ちょっと、私の領地で何を勝手なこと…」

 

 リアスが堕天使を問いただそうと、悪魔の翼を広げ、「滅びの力」を手にすると、神永がそれに「待った」をかけた。

 

「今は堪えてくれ。彼らは堕天使、この街の人間に対して何をするかわからない」

 

 少々圧を感じさせる無機質で低い声が、とても人のように感じさせない。

 

(…!?)

 

 そして驚くべきことに、「滅びの力」を集めている自分の左手に、神永の手が翳されたことで、魔力放出が急激に減少、遂には消えてしまった。

 先程まで信じられなかったことが、たった今リアスの中で確信に変わった。

 普通の人間が、魔力を操ることはもちろん、一切の特殊な術なくそれを減衰させることはまず不可能だ。

 それができるのは()()()()()()

 

「あなた…」

 

 リアスが神永に迫ろうとした時、堕天使の一人が悍ましい雰囲気を発しながら言葉を吐き捨ててくる。

 

「命拾いしたな、魔王の妹よ…今回は()()()がいる…先程も言ったが、我々も派手に動くつもりはない…それにしても…そちらの騎士が苦戦したフリードを返り討ちとは…」

 

 最後に呟いた部分にイッセーが反応する。

 騎士…それはチェスの駒の一つ…つまり!

 

「木場をどうした!?」

 

 イッセーが鬼のような形相で左手に『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を装着する。

 そして今にも飛び掛からんとするイッセーを、神永が制する。

 

「木場祐斗なら問題ない。私が安全なところで保護している」

 

「は、え?安全なところ?」

 

「ああ…協力者につい先程来てもらった。彼ならばそこで預かってもらっている」

 

 今の神永の言うことは、果たして本当だろうか。

 思うことはあったが、その曇りなき目を信じずにはいられない。

 

 そこへ、堕天使の一人が、ため息をつきながら神永へ忠告する。

 

「これは堕天使と悪魔の問題…傍観の立場である裁定者が出張ってくるのは、こちらとしては言うまでもなく、そちら側でもまずいのではないか?」

 

「私の立場を理解している…と言うことか。誰の知恵だ?そちらの総督か?」

 

「それは答えかねる…だが、今回は総督は基本的に傍観…この件に携わる気はない…」

 

「そちらの首謀者が独断で戦争を引き起こすつもりか?」

 

 神永が単刀直入に切り込む。

 すると、堕天使は不気味にも高く笑った。

 

「どこまでも裁定者であるあなたには筒抜けか…いやはや恐れ入る」

 

「閑談はこの場に必要ないと判断する。私が問うのはそちらの目的のみだ」

 

 堕天使のこの場にそぐわない雰囲気に飲まれかけるイッセーたちだが、異常なほどの冷静さの中に、言い逃れは許されない絶対的な威圧を感じさせていた。

 

「…どのみち引き起こされるのだ…この駒王町でな…」

 

 そのように答えた堕天使からは、悪魔であるイッセーらを震え上がらせるほどの凶相が浮かび、ニヤリとほくそ笑んだ口からは鋭い歯が垣間見えた。

 

()()()()()()…それは裁定者だけでない、そちらが抱える者…ゴジラもそうだ…戦争の原因は至る所に散りばめられている…我々などが特に何もせずともだ、他の勢力、神ですらいずれ貴様らに牙を剥くだろう!」

 

 そう捨て台詞を残し、フリードを連れて堕天使たちは皆いなくなった…

 呆然と突っ立ったままのイッセーたち。

 とりあえず堕天使の気配が完全に消え失せ、一先ず現状の安全が確認されると、神永は3人の前に立つ。

 

「聞きたいことがあるのだろう?だが今は日が沈み、天気も荒れている。早く帰宅し、両親を安心させてあげるといい。続きは後日だ。その方が様々な面で都合がいいだろうからな…」

 

 そう言って神永は立ち去ろうとする。

 

「先生!」

 

 彼をイッセーが呼び止めた。

 イッセーにはどうしても確認せねばならないことがある。

 

「先生は…その…」

 

 イッセーには言えない。

 今までいろんなことを教わった尊敬すべき人に、とてもじゃないが「敵ですか?」などと聞けない。

 それに絶対に敵対したくない。

 日常から「人としてやるべきこと」を教えてくれた先生に、拳を向けたくない。

 同じクラスメイトであるアーシアも同様だが、直接な関わりがないリアスもそう思う。

 駒王学園に勤める先生のほとんどは、リアス相手にどこか態度を変えているのが見られる。

 まるで完全無欠の姫様を相手にするように無遠慮な扱いはせず、手の届かない存在として接している。

 それが彼女は窮屈に思わざるを得ない。

 だが、そんな彼女を全く意識せず、全ての生徒を対等に扱ってくれた神永にはいい印象を持っていた。

 

 全ての生徒が神永先生を慕っていたのだ。

 イッセーたちはそんな先生を失いたくない…

 

 しばしの沈黙の後、神永は答えた。

 

「悪魔の立場の君たちに、明確に味方として立つことはできない。敵として立つことも、可能性は限りなく低いとは言えゼロではない…」

 

 その言葉を聞き、3人は俯く。

 

「しかし、それは裁定者としてだ…」

 

 神永の声に温かさが籠り、かなり人間味のあるものになった。

 

「私は教師だ。()()である君たちは、私が必ず守る。これだけは絶対に揺るがないことだ」

 

 そう言い残して、神永は雨降りの夜の闇に消えていった。

 

 

 目の前で起こったことに俺たちは完全に呆気に取られた。

 

「神永先生…」

 

 あの人は自分の口から言った。

 

 

 

『裁定者』

 

 

 

 それは、突然現れた招かれざる者。

 ある者は神の使い、ある者は神そのもの、ある者は破滅を齎す者など…

 その反応は様々だが、一つ共通点がある。それは…

 

 途方もない力を有する実力者であることだ。

 

 それが、神永先生だったなんて…!

 でも、裏の社会ではどんなに思われようと、俺の先生であることに変わらなかった。

 

『私が必ず守る』

 

 この言葉にどれだけの力が込められていただろうか。

 どれだけの思いが詰まっていただろうか。

 

「部長」

 

「何?イッセー」

 

「俺は先生を疑いたくありません…先生は…」

 

 俺は言葉を詰まらせた。

 いくらあの人の目が信用できると言っても、これと言って信用に値する確固たる証拠はない。

 客観的に見れば、悪魔や堕天使すらねじ伏せられる力を持つ先生が、気配を隠してこの町に住んでいる、と言うことになる。

 部長はこの町を治める領主。ならば先生を排除対象として立ち向かうことになるかもしれない…

 

 それでも、俺は信じたい。

 自分の考えを伝えようとした時だ。

 

「イッセー…」

 

 気がつけば、俺は部長に抱きつかれていた。

 横でアーシアが頬を膨らませるかと思ったが、彼女の目が訴えていた。

 

 なんとも辛そうな、悲しみの目…

 

 すると部長がひどく弱い声で呟いた。

 

「私はもう…何もわからないわ…これからあの人によって何が引き起こされるのか…これから起こることへの私の判断が、本当に正しいのか…」

 

 よく見れば、部長は泣いていた。

 雨で俺たちは全身ずぶ濡れだが、それでも部長が涙を流しているのはわかる。

 

 辛くないはずはない。

 この世界は今、大きな混乱に見舞われている。

 原因不明の異常気象、巨大不明生物『禍威獣』の脅威、そして裏社会も含めれば、堕天使と悪魔による戦争の勃発の可能性、春雄の『ゴジラ』の力、神永先生の『裁定者』の一面…

 

 もうどう収束に向かわせれば良いのかわからない。

 例え裏社会の問題をどうにかできたとして、今の地球は荒れに荒れている。遂には空想の産物と言われた禍威獣が現れる始末だ。

 

(俺なんかが…どうにかできるのか?)

 

 部長の心は思った以上に、いや、これが普通なんだろうな…ずっとずっと、なんら世の女子高生と変わらない繊細な心だ。

 積み重なることが、部長の心を蝕んでいき、遂には決壊寸前まで来た。ひょっとすれば既に壊れたのかもしれない。

 

 ならば『兵士』である俺に何ができる?

 悪魔になってから自問自答を繰り返してきたわけだが、今でも俺は無力さを感じる。

 部長のために何かできるか?

 

…できない…

 

 春雄の力になれているのか?

 

…なれていない…

 

 俺は喉から込み上がってくるものを抑え、目から流れ出るものを雨だと言い聞かせ、不躾にも部長の頭をそっと撫でた。

 

「すみません。部長…俺には今、何もできません…」

 

 このことを言うのがどれだけ悔しいか。

 主人である部長に向かって言うのに、どれだけ情けないか。

 

「俺は悪魔になってから、ずっといろんな人に迷惑をかけてばかりです。部長や眷属のみんなには、いつも先走った俺を止めてくれたり、契約を取れない俺を『無能』と扱わないでくれたり…俺はまだ何もできてない…

 春雄のことだって…俺はまたアイツを止められなかった…」

 

 思い返すのは、濁流の川に飛び込んでいく、豹変した春雄。

 あいつ自身、争いごとは避けたくとも、ゴジラの意思がそうはさせてくれない。

 だから俺は、これ以上春雄に危険なことに巻き込まないよう、契約の仕事と同時に駒王町の見回りをした。

 それでも、今回裏で戦争が起きてしまうなんて…

 

「そんなこと…言わないでください…!」

 

 俺の気持ちが沈もうとした時、雨にもかき消されない高く、そして澄んだ声が届いた。

 その声は言わずもがなアーシアだった。

 

「イッセーさんは『無能』なんかじゃありません!私はイッセーさんに命を助けられました!ずっと一人だった私に手を差し伸べてくれましたし、お友達になってくれました!私にとってイッセーさんは…希望なんです!私を照らしてくれる光なんです!」

 

 そのように強く訴える彼女の目からは涙が流れるが、声や目からもわかるほど真っ直ぐな思いが伝わってくる。

 

「イッセーさんは部長さんも助けてくれましたし、普段から私たちのことをずっと側で支えてくれています!だからイッセーさんは、絶対『役立たず』なわけがないんです!」

 

 そして、アーシアはこう締め括った。

 

「私の知るイッセーさんは!諦めず!逃げず!他の人を思いやる…

 

 

 

 

 

 

英雄(ヒーロー)なんです!」

 

 俺は…そんなふうに思われてたんだな…

 『ヒーロー』か…

 

 目が覚めたぜ、アーシア。

 もう立ち止まるなんて、時期尚早だな。

 

「部長、まだ折れるのは早いです。先生の言うとおりなら、この駒王町を舞台に戦争が起こります。そして、それに絡むのは勿論魔王の妹である部長、そして眷属である俺たち、そしてさっきフリードの野郎が持っていた『エクスカリバー』です。

 木場はエクスカリバーを憎んでいました…今回の戦争は、そのエクスカリバーが、いや、特に木場の過去に纏わることが深く関わっているはずです」

 

 今回の件、堕天使側に付いているフリードが、なぜ恐るべしエクスカリバーを持っていたのか。

 並大抵のはぐれエクソシストが持っていいはずがない。

 

 仮に、誰かが与えた…

 いや、仮にも『聖剣』だ。魔を祓う剣を堕ちた天使たち、裏切りのエクソシストに天使側が間違ってもあげるなんてないはず…

 

『その切れ味を後押しする聖なる力…だが所詮は()()()()()()()

 

 そう言や先生、あのエクスカリバーのことを模造品だとか言ってたっけ?

 あれが偽物?

 とは言え、俺は遠目からしか見えてねえが、アレからは紛れもなく夥しいほどの禍々しい聖なる力が溢れていた。まるで、容量を超えたように…

 

「まさか…作られた?」

 

 

 俺たちは急いで家に帰る。

 ひょっとすれば、先生ならなんとかできるのかもしれない。

 裁定者でもある先生なら何か知っているはず…

 

 残された時間はあまりないと思う。

 だが、エクスカリバーが一方的に封殺されたとなると、作った野郎は勝つために更なる力を加えるだろう。

 フリードとエクスカリバーを失った不利な状況で、すぐ戦争を起こすなんてことはないはず…

 それまでに対策を考えればいい。今は何も浮かばなくとも、その日までに考え抜け。足掻け。諦めるな、俺。

 

 全部わかるのは明日だ。

 俺はとりあえず、木場に何があったかを知りたい。

 木場とエクスカリバー…何があった?

 

 

 

「こんな時間までどこ行ってたの!?」

 

 家に帰るなり、俺たちはすぐ母さんに怒られた。

 まあこの荒れ狂う天気の中、なかなか帰ってこない子供を心配しない親はいないだろう。

 俺たちはすぐ謝ると、母さんもひとまず安心…

 

「そう言えば春雄は?」

 

 とはならなかった。

 やべぇ…どうしよう…春雄のこと言えねえだろ…

 ここは誤魔化すか?

 

「は、春雄なら、今友だちの権藤さんのところにいるそうだ。その、遊んでくるらしくて、迎えに行こうとしたら雨が強くなってきて帰ってきたんだけど…」

 

「は、春雄さんなら大丈夫です」

 

「お、お母様、心配は要りません。先程権藤さんの方から、『今日は天気が悪いから泊まらせていく』と…」

 

 俺の口から流れ出ていくでまかせに合わせてくれたはいいけど…

 

「それは権藤さんの方に迷惑をかけるわ」

 

 こうなるわな。と言うことで…

 

 

『ああ、兵藤さんのお母さん?今春雄なら風呂に入ってますよ。今日は泊めていきますからご安心を』

 

「あらそうなの…でも迷惑なんじゃ…」

 

『いえいえ、私は一人暮らしなもので、ちょうど嵐の夜にいい話し相手になってくれそうですから』

 

「そうですか…それでは今日一日春雄をよろしくお願いします」

 

『はいはい、任されましたよ〜』

 

 権藤さんに協力してもらって騙すことになったんだが…心が痛い。

 母さんは純粋な心配をするし、権藤さんには迷惑かけるし…

 

 それでもとりあえずはなんとかなったな…

 しかし、やけに権藤さんが呑むのが早かったような…

 

 母さんから携帯電話を受け取り、権藤さんに礼を言って切ろうとした時、

 

『…後でもう一度かけ直せ。詳しくは後でだ』

 

 権藤さんがそう言い残して切ってしまった。

 一体何が…

 

 

 今俺の部屋には部長とアーシアが集まっている。

 そこで俺はさっき権藤さんが言っていたことを話す。

 

 あの感じ、何か起きていることを知っていそうな、そんな感じだ。

 木場のことはとりあえずあとで聞くとして…

 

「権藤さんは何か知っておられて、私たち悪魔に伝えなければならないことがある…と言うことですか?」

 

「たぶんな。部長、一旦権藤さんに電話しても?」

 

「ええ、良いわよ」

 

 俺はアドレス帳から、権藤さんの携帯へ。

 早速かけると、コール一回で出てくれた。

 

『ようイッセー、俺のこと勝手に利用したとは、随分と悪魔らしくなったか?ところでお前さんは今回のことをどこまで知っている?』

 

 初っ端から権藤節全開だった。

 しかし、その口ぶりからやはり何か知っていることがわかる。とりあえず答えるか。

 

「…この町で厄介ごとが起こる」

 

『それは堕天使が戦争を起こそうとしている、ということだろう?』

 

「知ってたんですか…」

 

『ああ…言っちまえば、そっちの死にたがりがエクスカリバーを追って戦い、神永先生が裁定者とか言う特殊な立場でお前さんら冥界の方を監視していること、あとは教会側から今回の件の首領を討伐のため、エクスカリバー持ちが派遣されたこととかな…

 まあ今の情報ほとんどが神永先生からの受け売りだがな』

 

 どこまで知って…ってまさか!?

 

「権藤さん、今そっちで誰か預かってます?」

 

『おう、そっちの騎士様だよ。今寝顔撮ってメールで送ったからそれで確認しろや』

 

 そして数秒ほどでメールボックスに写真が送られてきた。

 そこには布団で寝かされている木場が写っていた。

 

『息はしてるし、脈も安定してる。お前ら悪魔の体温は知らねえが、まぁ大丈夫だろ』

 

 写真に添えられたメール文を読んで、部長もアーシアも安堵の息をついた。

 俺もようやく一安心、といきたいが、まだ聞きたいことはある。

 

「じゃあ権藤さんは、今回の事件はほとんど知ってるんですよね」

 

『ああ。と言うのも、お前さんらに接触したのも、事前に神永先生がバックにいたおかげっていうのもあるな。ある程度お前さんらが悪魔ということを知ってた上で協力できそうな人を探していると、ちょうど向こうから声をかけてきてな。

 初めは正気を疑ったが、今の世の中、もはや何がいても驚かねえよ。

 んで、俺たちが悪魔に接触して情報を伝える代わりに、神永先生は駒王町を調査していたわけだ』

 

 すげえな…

 やっぱり裁定者の先生には全部見えてんだろうな…

 

「それで…その教会から派遣された人って…」

 

『明日にでも学園に来るだろ。この町の支配を任されているリアスさんに、教会の連中が正式に動けるための許可をもらいにな。

 あとは明日にならねえとわからんな』

 

「そうか…ありがとう、権藤さん」

 

『な〜に、これくらい別にな。お前さんたちにはこの町で起こるだろう事件を収束してもらわねえと。そのための手伝いくらいなら全然やってもいい。まぁあまりにも面倒くさいのはゴメンだがな』

 

 権藤さんはこれから起こることを知っているはずだが、それでも普段の様子と変わらずだった。

 ただこのことを他人事としか捉えていないのか…

 でも今は、そのおかげで変に緊張することはなかった。

 

 俺はとりあえず、今話したことをまとめ、部長とアーシアに伝えた。

 

「やっぱり明日にならないとわからないみたいね」

 

 部長は深く大きな息をつく。

 今回の事件において、中央で動き全てを把握してるのは首謀者と神永先生だけ。

 

「でも…神永先生は協力してくれるでしょうか?『裁定者』?でしたっけ…その立場のせいで何もできないなんてことは…」

 

「それは大丈夫だろ…」

 

 それについては全く問題ないはずだ。

 

「神永先生は俺たちの先生だぜ?あの人なら、生徒のピンチに駆けつけてこないわけがないからな!」

 

 

 時間は深夜帯。

 あれだけ荒れていた天気だが、雨は耳に障らないほどの小雨となり、稲妻も走ることなく、人々は安堵して眠りについた。

 

 そんな静かな夜だった。

 人気のないとある土手付近、そこは死屍累々の光景が広がっていた。

 

 周囲にはバラバラに引き裂かれた胴や腕、足などの各パーツが散乱し、死体の中には頭や心臓部をぐちゃぐちゃに踏みつけられたような酷いものもあった。

 至る所に血と黒い羽が乱れ飛ぶ様子はまさしく地獄であった。

 

「ぐわぁぁぁあああ!」

 

 堕天使は断末魔と共に川へ投げ出され、濁流に赤黒さが混じって流れていく。

 

「ぐっ…いいのか!?貴様!お前が今ここで我々に手を出したことは、戦争の引き金になるということだぞ!?」

 

 遂に恐怖した堕天使の一人が、殺戮者にロックオンされたことで必死に逃げようとするが、腰を抜かして動けない様子だ。

 

「ひぃぃぃいいい!?」

 

 ジリジリと詰め寄ってくる漆黒の体…

 闇夜の下、その殺戮者の体はただ影で黒いのではない。

 返り血を浴びてもなお禍々しい黒さだけが伝わってくる。

 

「ば…化け物…」

 

 月が雲から顔を覗かせた時、堕天使は見てしまった。

 恐竜を思わせる威圧感ある顔、鋭い猛禽類のような目、がっしりとした胴から伸びる強靭な手足、しなやかな太い尻尾…

 そして、それらをさらに「得体の知れない恐ろしいもの」と印象付けさせる、漆黒のボディに、まるで「頂点に立つもの」を表すかのような王冠の如く並ぶ背中の鰭…

 

 目の前の殺戮者は2メートル程だが、それ以上に巨大なものに見えた。

 

 堕天使たちは漸く姿を捉え、恐れつつも槍を構えて一斉に攻撃しようとする。

 かなり殺された(やられた)が、それでも今残った者は20人に達する。この数から光の槍を叩き込めば、大抵の者にはダメージを与えられるはず。

 そう高を括り、今にも光の槍を投げ込もうとした時だった。

 

 

 

 ゴガぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"!!

 

 

 

 殺戮者から放たれた咆哮が空気を揺らし、堕天使の魂を震わせ、圧倒的な怒りと殺意、そして王たる絶対的なオーラを放った。

 

「あ…あぁ…」

 

 堕天使たちは何も言えず、地面にへたり込んだ。

 ある者は気絶、ある者は股間からアンモニア臭を漂わせ、ある者は発狂、ある者はただ茫然と、何かを悟っては全てを諦めた。

 皆反応は様々だったが、共通しているところが一つ。

 

 

 

 絶対的な王に屈した。

 

 

 

 ただそれだけだった。

 堕天使から敵意が消え失せると、殺戮者は目の前の堕天使に興味を失ったのか、そのまま反転し、川の方へと戻っていく。

 命拾いしたと、堕天使の一人が安堵したその一瞬、目前にまで迫っていた丸太のような尻尾に気づくことはなかった。

 

「え?」

 

 そう短く呟いた瞬間には、体は押し潰され、ただの見るに耐えない肉塊へと変わったのだった。

 殺戮者は一度咆哮を天に向かってあげると、そのまま川へ飛び込み、悠々と泳いでいく。

 

「な…なんという…」

 

「あり得ない…あり得ないわ…あんなのが…あんなのがただの生物だと言うの?」

 

 物陰からひっそりと見ていたのは、協会から派遣されたエクスカリバー持ちたち。

 そのあまりにもショッキングで、常識から何もかも外れた存在を前に息を呑むのだった。

 

 

 後日、この町を治める悪魔が根城としている学園に向かい、今後の行動を決める予定だった。

 しかし夜が訪れると、途端に堕天使たちの気配が活発になり、物々しい雰囲気まで感じ取った。

 慌てて支度し、いざという時も考えエクスカリバーを持って来たものの、ことは既に起きていた。

 

 たった一体の黒い獣に、堕天使たちはなす術なく蹂躙された。

 光の槍を持ち、突撃した者は強靭な腕に阻まれ、ただ引っ掻いた動作だったが、鋭利な爪は肉を裂き、骨を断ち、その堕天使の胴と首を分離した。

 ならばと複数でかかっていった者は、高速で振り回された尻尾の一撃を受け、まとめて全身の骨を叩き折られた。

 遂に事態を重く見た堕天使は、翼を広げ、近・遠距離から全方位へ攻撃を仕掛けた。

 今度はまとめてやられぬよう、それぞれタイミングをずらし、絶え間のないように攻撃した。

 

 その攻撃の威力は凄まじく、爆発のような衝撃波が放たれるほどだった。

 

 堕天使たちは「やったか?」と思ったが、土煙が晴れ、その姿を見た時驚愕するのだった。

 先程まで人型だった者が、形を変えたのだ。

 いかなる攻撃を寄せ付けない頑丈な岩のような皮膚、全てを切り裂く爪がついた太い腕、力士の如く威圧する胴体、そして一番変わったのは顔だった。

 ワニのような、恐竜のような、ドラゴンのような、しかしそれらのどれとも合致しない恐ろしい顔、口を開けば鋭く小さな歯がずらりと並ぶ。

 そして背中から伸びる特徴的な鰭…

 

 得体の知れない化け物は、一度吠えた。

 それは王が君臨したかと思わせる、全てを震わせ、威厳を感じさせる咆哮だ。

 

 そして始まったのは、一方的な殺戮ショーだ。

 腕に掴まれたものは軽く握り潰され、噛み付かれたものは痛みを感じる前に一瞬にして命を刈り取られた。

 世界が終わったかのように錯覚してしまう…

 

 世界の終わりに目覚めた王…

 

 教会の者の一人がフードを取り、濁流となった川を見つめた。

 その目からは明確に恐れが読み取れる。

 それはもう一人からも同様に。

 その体は小刻みに震えていた。それだけ深く記憶に刻まれたであろう。

 

「破壊神か…?」

 

 

 

 駒王町の決戦は近い…

 

 

 

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