黒き王の原罪   作:イテマエ

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第29話 非情な現実

 誰しもが人生において、一度は立ち止まる経験はあるはずだ。

 それが他人にとって微々たるものに感じていようと、当の本人にしてみれば壮絶なものだったりする。

 

 それが何であれ、いずれにせよ乗り越えなくてはならないものだ。

 

 木場という男もその一人である。

 17年という短い期間、彼が経験したのはエクスカリバーに振り回されたものだった。

 多くの同胞は死に、自分だけが生き延び、日本で温かい空気を吸う。

 ゆっくりと時が流れるような錯覚だ。

 

 この何気ない日常が、彼の心を苦しめた。

 同胞は平和の太陽の下で、学を収められず、ろくな生活もできず、自由を奪われ、死んでいった…

 

 そして木場は生かされた。

 同胞が渇望した平和、温かい飯を食い、恵まれた仲間を持ち、学び…自由を与えられた。

 彼にとっての平和の日々は、明確な帰る場所となってくれたが、日が経つにつれて心の奥底に眠る「闇」は深く、濃くなっていく。

 

 いつか必ずこの手でエクスカリバーを。

 

 その考えは平和な時が解決できず、当時のまま置いてきてしまった。

 そして彼は、生かしてくれた仲間のために生きるのではなく、贖罪のために死を急いだ。

 一度タカが外れてしまった彼は、復讐のために奔走し、築いてきた仲間との絆も放棄してエクスカリバーを壊すことを誓った。

 自分の命を救ってくれた部長の手を払いのけ、一人で全てを抱え込み、単身でエクスカリバーに挑んでは負けた…

 

 幾度と挫折した彼は、とうに精神は崩壊し、それでも動かし続けたのは殺意と怒りで塗り固められた復讐心であった。

 

 

 

「君は生きるんだ」

 

「その手は…まだ汚しちゃいけない…

 

 生きよう…彼らのために…」

 

 

 

 恩師と友人が、最後の彼の良心を繋ぎ止めてくれた。

 そこで彼はようやく過ちに気付き、そっと一筋の涙を流すことができた。

 

 そんな彼が帰ってくるのを、皆は待っていた。

 その純粋な優しさからくる温かさに、彼は泣いた。

 

 生きる。そして、過去に確かに存在した同胞の思いを繋ぐため、今の仲間と歩むことを決めた木場。

 悲しみも、怒りも全ての苦境を乗り越え、再び仲間のために前に出て戦う、誇り高き『騎士』が帰ってきたのだ。

 

 

 ザアザアと雨の音がやかましくなり始める。

 風が吹き、ガタガタと家を鳴らす。

 天空では黄金の雷が大砲の如く大音を轟かした。

 

 だが、そんなもので『騎士』の集中を削ぐことはできない。

 研ぎ澄まされた感覚、乱れぬ呼吸が、ブレない真っ直ぐでしなやかな、それでいて鋭い剣筋を生む。

 

(こ、こいつ…前より格段に強くなって…)

 

 フリードがふと目の前の『騎士』に違和感を感じた刹那…

 

 

 

 スパッ…

 

 

 

 思わずフリードは呆然となった。

 彼の視界には、どこからか現れた赤黒い液体スローモーションのように舞い、その影に騎士を捉えた。

 その騎士の表情はとても落ち着き、無骨で、まるで剣そのものだ。

 しかし、その瞳からは心の内から燃え上がる闘志を感じさせていた。

 

 それは、以前のような自分すら燃やそうとする業火ではなく、未来を温かく照らす善の炎だった。

 

 その炎が『騎士』を、木場を滾らせる。

 

 目の前の邪悪を討ち果たすため。

 

 剣は止まらない。

 

「フリード…お前は聖剣エクスカリバーを持ちながら、この僕に手こずっている…それはなぜかわかるかい?」

 

「ああん?何を言っておりますのやら!僕ちんはそんなちんけな魔剣に負けるつもりはないのでございますよ!」

 

 フリードはエクスカリバーを振り回すが、悉く木場の剣筋に軽く遇らわれた。

 

(なんで…なんでこのクソ悪魔を斬れないんだ!)

 

 フリードは動揺し、ガタガタと震えた。

 エクスカリバーの適正に成功したまさに天才。

 相手は適正がなく、『無能』の烙印を押され、殺処分されるはずだったゴミ…

 

(出荷できない家畜のように、他の無能とくたばるはずの無価値野郎がノコノコと…ノコノコと生き残りやがって…)

 

 二度目だ。

 目の前にいるのは、本来取るに足りない存在だった。

 しかし今、フリードは心の奥底で『勝てない』と思い始めていたのだ。

 恐怖し始める自分自身に苛立ちを隠せない。

 

「このゴキブリがぁぁぁあああ!!」

 

 発狂しながら強引にエクスカリバーを勢いよく振り下ろした。

 そこにはもはや、聖剣なんてものはない。

 ただ自我を失った暴走する獣の牙だ。

 

 そんな秩序を失くした暴走機関車に、今更遅れをとるような木場ではない。

 冷静に襲いくる狂気的な一撃を躱し、受け流し、受け止める。

 

「死ねぇぇぇえええ!!」

 

 それでもやはり、聖剣だけ言って威力は伊達ではない。

 悪魔を蝕む光が、フリードの天才的な技と合い、その攻撃力を倍増する。

 そしてついに…

 

 キンッ!

 

 甲高い音と共に、木場が手にしていた魔剣が空中へ弾かれてしまった。

 絶好のチャンスに軽く安堵したフリードは、未だ冷や汗を流す顔で、引き攣ったような笑みを作った。

 

「アッハハア!!これでクソ悪魔君とはおさらばね!!」

 

 これでやっと殺せる。

 エクスカリバーを持つ自分にこれだけの立ち回りをしてくれた『騎士』を、漸く葬れる。

 そう高を括ったフリードは、その慢心が最大の仇となることを知らない。

 死ぬ間際に涼しげな顔の騎士が、絶望にどのような歪んだ表情を浮かべるのか。

 フリードは高鳴る心臓のまま、楽しみにしながら木場の顔を覗いた。

 

「なっ…」

 

 その顔は…

 

「なんで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…笑ってやがるんだ、てめぇ!」

 

 依然として余裕なままの、誇り高き騎士の表情だった。

 

(くそっ…コイツ、ぜってぇ殺してや…)

 

 すぐにでも四肢を切り裂き、悲鳴をあげさせてから殺そうとしたフリードは、剣を振り下ろさないことに焦り始めた。

 どれだけ力を込めようと、ピクリとも剣は動かない。

 

 なぜ…と思いながら、自身の腕を拘束するものを見る。

 手首に巻きつく、不気味な黒い蛇のようなものはかなり長い。

 そして、それを辿っていくと…

 

「へへっ!ようやく俺の神器、黒邪の龍王(ヴリトラ)の出番だな!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、蛇のような神器を伸ばすのは、匙だった。

 彼の神器、『黒邪の龍王』から伸びる、黒い触手でフリードの手を絡め取っていたのだ。

 突然のことにフリードは、先ほどの狂気状態もあって、冷静佐を完全に欠いており、なんとかその拘束を外そうと躍起になっている。

 そこへ、

 

「うらぁぁぁあああ!」

 

 雄叫びと共に現れたイッセーと、表情変わらない子猫が、ありったけの力を込めたパンチをそれぞれ顔、腹に食らわせた。

 口から折れた歯と一緒に、夥しい血を流すフリード、まもなく意識は刈り取られる。

 なんとか拘束は解いたが、戦意は消失しかけている。

 そこへ、剣を構え直した木場が歩み寄る。

 

「答えは簡単さ…」

 

 木場の目は真っ直ぐ、たった一つの忌まわしき獲物だけを捉えている。

 

「僕には頼れる仲間がいる…そして、僕は多くの命を背負っている…そしてその多くの命が僕を強くしてくれた…

 そんな大切なものを持たず、残虐な限りを尽くす君に、僕は負けられない」

 

 淡々と、しかしその言葉そのものに熱がこもっていた。

 木場には今、とある情景が頭に浮かんでいた。

 

 同じ学舎で勉学に励む大勢の仲間。

 

 厳しく、優しく、そして温かく指導する先生たち。

 

 自分を助けてくれた主人と、共に支え合う同じ眷属であり、かけがえのない仲間。

 

 自分を過ちから救ってくれた恩師。

 

 熱い心で彼の心と絆を繋ぎ止めてくれた大切な友人。

 

 そして、多くの同胞の切なる思い。

 

 

 

ー生きろー

 

 

 

「…生きるさ…どこまでも…」

 

 

 

 ガギンッ!!

 

 

 

 様々な思いが込められた木場の一撃は、今までで一番速く、重く、鋭いものだった。

 フリードは訳がわからないと言った様子だった。

 ジンジンと痛む右手…

 この男はなぜ、自分を殺さないのか…

 咄嗟に思い浮かんだ疑問に、目の前の男は答えた。

 

「恩師と友だちの約束でね…」

 

 木場はフリードに、一切後髪を引かれる思いなく、固く握った拳を振り抜いた。

 顔面にクリーンヒットされたフリードは、白目を剥いて仰向けに倒れるのだった。

 

「僕のこの手は、君のような汚い血で汚すわけにはいかない。この手は次の悲劇を生まないために、あの狂った男を止めるためにある」

 

 「そうでしょ?」と言うように、木場はイッセーたちの方を振り向いた。

 それに応えるように、イッセーはニカッと白い葉を見せた。

 

 雨降り(しき)る中、木場はエクスカリバーに打ち勝って見せたのだ。

 

 

 

「いやはや…まさかあの時の不良品がまさか、エクスカリバーを超えてくるとは…」

 

 瞬間、木場は勢いよくその声がした方を向くと、自然と剣を握る手に力が入った。

 

「バルパー…ガリレイ…!」

 

 そう呟いた名前に、イッセーたちも今一度戦闘体制に入り、その男の方を睨んだ。

 その男は、神父服を身に纏い、顔だけ見ると親しみやすそうな老人、しかし、この男がしでかした過去に、あまりにも残酷なものがあった。

 それこそ、ずっと木場が追っていた『聖剣計画』であり、それを企画したのがその男、バルパー・ガリレイであった。

 

 バルパーは、木場から憎しみが込められた口調で名を呼ばれると、不気味な笑みを浮かべた。

 

「その男…フリードは回収させてもらうよ」

 

 すると、空から翼をはためかせながら堕天使たちが降り、伸びているフリードを回収した。

 

「てめぇ!今すぐ降りてこい!」

 

 イッセーは『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を発動し、怒りを爆発させて叫んだ。

 匙も子猫も同様に、煮えたぎる怒りを必死に堪えながら睨む。

 

「そんなに戦いたいかね?そんなに私を殺したいかね?」

 

 バルパーは臆することなく対峙する。

 その目は殺人鬼のように狂気的かつ残忍さと冷酷さが滲み出ていた。

 

「これからコカビエル様の元へ行かねばなるまい」

 

 バルパーより告げられたことに、四人は驚きを隠せない。

 

「なんだと…コカビエルが来てるのか!?」

 

「…この事件の首謀者ですね…」

 

「野郎…俺たちを誘ってんのか…!」

 

 子猫はそうでもないが、イッセーと匙は、バルパーへの怒りと、コカビエル、戦争への恐怖で冷静さを失いつつあった。

 しかし、あと男がここでは一番冷静だった。

 

「イッセー君、匙君、ここは落ち着くんだ。相手はコカビエル、何の策もなく挑めば、こちらの敗北は必須…そうなると、この町を守れない…」

 

「木場…」

 

 イッセーは木場を見た。

 一見かなり冷静に見える。だが、目は血走り、剣を持つ手はもちろん、肩までも震えていた。

 

 殺るか…?

 

 

 

…いや…アイツは今、コカビエルの元へ行くと言っていた。

 下手に深追いし過ぎれば、なんの準備も無しに戦争に突っ込んじまう。

 そうなりゃ、今まで考えてきた対策はパーだ。

 

(ここは部長たちに連絡を取るか)

 

 そして、イッセーが携帯電話を取り出したその時、一人の堕天使がバルパーの元へ降りてきた。

 

「バルパー殿、コカビエル様がお呼びです。今すぐ来るように、と」

 

「そうかそうか、わかった。今すぐ向かおう」

 

 すると、バルパーはイッセーたちに背を向け、ゆっくりとした足取りで歩いていった。

 今、彼らが不用意に手を出せないと知っているからこそできるのだ。

 イッセーはギリッと歯を食いしばった。

 

「来たければ来るといい…」

 

 悍ましさを感じさせる口調で呟く。

 

「今頃、教会の者たちはどうなっていることやら…」

 

 そうして、路地裏へと入っていったバルパーと堕天使たちは、闇に紛れて姿を消した。

 

(アイツら…イリナたちをどうしたんだ…)

 

 バルパーの言葉から察するに、彼女たちに何かあったのだろう。

 最悪なケースは、コカビエルと既に交戦したか、最悪死…

 

「兵頭!しっかりしろ!あの教会の奴らが死んじまった確証はねえだろう!」

 

 匙のおかげで現実に意識を戻せたイッセーは、すぐ状況確認に移った。

 

「子猫ちゃん、アイツらがどこに行ったのかわかるか?」

 

 いち早く正気に戻っていた子猫は、たった今姿を晦ました奴らの気配を追う。

 

「…どうやら、義憤橋に向かっているようです」

 

「ここからそんな離れてねえな…ありがと、子猫ちゃん」

 

 場所を聞き、今まさに行こうとした瞬間、今まで以上の規模の雷が、轟音と共に空を覆ったのを見て、更なる不安を募らせ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ることはなかった。

 あの雄叫びのようなものに、俺は妙に気分が高揚しかけた。

 

 

 義憤橋。駒王町の中でもかなり昔から存在する古い橋の一つで、それと同等のものが他にあるものと合わせて八つあり、ご利益もあることから儒教における八種の徳に准えられた橋だ。

 また、それらの八つの橋の下を流れる川が、大地の守護神を祀る『壬神社』からさながら竜の首のように伸びていることもあって、そこら辺一帯を『壬龍の庭』と言われたりしている。

 

 一応邪な存在を祓うパワースポット的なところになってるけど、子猫ちゃん曰く本当に悪さをしない限り大丈夫なそうだ。

 

 さて、夜になって身体能力が向上した俺らは、全速力でその場所へ向かう。

 

「…なんだ…」

 

 俺はある違和感を感じた。

 そして、他のみんなの方も見ると、同様に感じているのか、訝しんでいる顔を雨と一緒に冷や汗が流れていた。

 

 先程から空の天気が明らかにおかしく、そしてさらに春雄のゴジラが放つプレッシャーもあったりと、まるで駒王町が歪んでいるように錯覚していた。

 しかし、俺たちが『壬龍の庭』に足を踏み入れた途端、全く別なプレッシャーが俺たちの背中をビリビリと刺激してきた。

 そして、ここだけ風の吹き方もおかしい…

 空を見上げると、微かに雲の間から星が見えていた。

 

「どうなってんだ…」

 

 思わず俺は呆気に取られた。

 散々悪魔や堕天使とか色んな奴らを見てきたけど、こうして異形の存在ですら足元にも及ばない自然の力、怒りを前に俺は思い知らされる。

 

 悪魔だろうとなんだろうと、結局はちっぽけな存在に変わりない。

 

「イッセー君」

 

 やべ…飲まれてた。

 俺は心配そうにこちらを見る木場に「大丈夫」と言って、目標の橋まで再び走る。

 

 

 

 俺たちは必死になって走った。

 既に『壬龍の庭』の内部は、いろんな奴の気配がありすぎてカオス状態だ。

 でも俺は、俺たちはこの足を止めるわけにはいかない。

 

 あそこには首謀者コカビエルと、皆殺しの大司教ことバルパーの奴らがいる。

 あのままアイツらを野放しにすれば、間違いなくこの駒王町を火の海にするはずだ。

 そして、この町で活動する上級悪魔かつ魔王の妹である部長を利用して他の悪魔連中を誘き出し、戦争をおっ始めるだろう。

 

 そんなことさせるか!

 俺たちはすぐ部長と生徒会長に、そして神永先生とパイプが繋がっている権藤さんに連絡し、いざコカビエルと対面!

 

 そして、俺は痛感した。

 

 幹部級の堕天使の恐ろしさを…

 

 戦争をこれから始める者の狂った覚悟を…

 

 戦争を止めることしか考えていなかった俺たちの考えの甘さを…

 

 

 義憤橋に到着すると、俺はそのあまりにも神秘的な空間で、で恐ろしく残酷な光景に目を大きく開いた。

 あたりは先ほどとは一変して、風が強く吹き始めた。

 あれほどけたたましく降り注いでいた雨は止み、稲妻を纏った雲は神社の上空のみ晴れ、その隙間から巨大な月が煌々と輝いていた。

 

 その月をバックに、こちらを見下ろす者が一人。

 ウェーブのかかった長い髪が特徴的な男だった。

 

(こいつが…コカビエル…)

 

 そいつの目は、歪みに歪んだ欲がわかるほどに、ギラギラと恐ろしいほど鋭かった。

 ニヤリと不気味に笑うそいつの足元に倒れている女の子が一人…

 

「イリナ!?」

 

 ツインテールにしていた髪はほどけ、腹部からかなりの量の流血、口からもいくらか血が流れていた。

 既に交戦していたらしく、勝負はもうついたのは明白だった。

 

 手を下したと思われるコカビエルの手には、イリナが持っていたエクスカリバーの一つが握られていた。

 

「まずそこにいる騎士よ。よくぞエクスカリバーを持つフリードを退けたものだな。名は何という?」

 

「…木場祐斗…グレモリー眷属の誇り高き『騎士』だ…」

 

 億劫することなく魔剣を構え、睨みながら答えた木場に、コカビエルは楽しそうに微笑んだ。

 

「その顔…その目…素晴らしいな。それこそ戦争をする者の、戦う者の姿。やはり戦争はこうでなくては!」

 

「て、てめぇ…!」 

 

 俺たちも木場に続いて構える。

 

「ほう…お前が此度の赤龍帝…噂に聞く限りは歴代最弱らしいが…」

 

 なんだ…

 こいつ…

 

「ほう…やはり出会ってみなければわからないものだな!噂違わず強くはないが、弱くもない!これほどまでおもしろく、この先楽しみな赤龍帝は居なかろう!」

 

 ハッキリ言って、このタイプの敵とはあまり戦いたくねぇ…

 口ではああ言っているが、実際は俺たちを油断なく冷静に分析している。

 

「これまで見てきた赤龍帝はどれも『犠牲』がなければ強くなれなかった。故に限界もすぐだった。

 だが、お前は違う!戦いとは縁のなかったお前が、この俺が警戒するほど強くなっているとは!そして、『騎士』の木場祐斗とやらもだ!」

 

 この状況を楽しんでんのか?

 アイツが浮かべている表情は心底楽しそうにしており、興奮していた。

 一層警戒を強める俺たちに、コカビエルは尋ねてきた。

 

「なぜ、お前らは強くなれるのだ?」

 

 それは…

 

 

 

 

 

…俺って強いのか?

 

 

 

 

 

…んなわけねえよ…俺は誰よりも弱い…

 

 

 

 

 

…この世に強者と呼ばれる奴らは山ほどいる…

 

 

 

 

 

…なんなら、自然の産物の禍威獣やゴジラ、ムートーとか、純粋に強い奴らはたくさんいる…

 

 

 

 

 

「俺らは強くはねえさ…」

 

 

 

 

 

 思い返すのは、初めて春雄のゴジラと、真正面から対峙した時。

 濃密な殺意と怒りによる圧倒的なプレッシャーと、勝てそうにないと思わされた絶望感…

 いかに俺が悪魔になり、赤龍帝の力を身につけたところで、強者は周りに溢れかえっていた。

 そして、苦労も葛藤も抱える俺を置いてけぼりにするように、地球はいつもと変わらず回っていた。

 

 ゴジラも、地球も、俺には興味ない…

 

 世界がいかに広いのか、現実はいかに残酷なのかを思い知らされた。

 

 それだけじゃない。

 俺はレイナーレにも、フリードにも、ライザーにも一度は敗北を喫した。

 どれも俺の慢心にから来るものだった。

 

 

 

 

 

「それでも俺は戦えたんだ…」

 

 

 

 

 

 ホント…こんな世界、住みづらくてしかたない…

 俺は何度死ぬ思いをすればいい?

 なんで俺なんかが赤龍帝なんて力を…

 

 

 

 

 

「途中何度も挫けそうになったさ…それでも…それでも立ち上がれたのは…」

 

 

 

 

 

 俺の近くにはいつだって仲間が、恩師が、大切な人が、家族がいた。

 俺は彼らから本当に多くのものをもらった。

 立ち上がる勇気、逃げない強さ、人を思いやる心…

 それを教えてくれたみんなのおかげで、俺は強くなれる…

 

 

 

 

 

「みんなが居たからだ!」

 

 

 

 

 

 大切な人のために俺は戦う。

 俺たちは戦う。

 

 例え敵が強くても…

 

 

 

 

 

 みんなで超えてやるさ!

 

 

「ふふっ…そんなくだらない理由のために戦うか…貴様ら…つくづく戦争を舐めているな…」

 

 するとコカビエルはバサっと翼を広げた。

 なんと翼の数は、なんと10!レイナーレなんかとは違うってか…

 

(なんつー威圧感…これが聖書にも記載された堕天使のNo.4!)

 

 俺は目の前の烏を見据える。

 デカい…

 あまりにも壁がデカい…

 内心俺は恐怖しか感じていない。

 それでも表情に表すまいと、奴を睨む。

 不思議と俺は、『怖さ』は感じるが、『絶望』を感じてはいない。

 

「だが…それで強くなれるというなら、その強さに限界はないということ…

 おもしろい…実におもしろいぞ!赤龍帝よ!」

 

 高笑いをあげるコカビエルだが、俺でもわかるほどに隙がない。

 さっきから木場も子猫ちゃんも攻めようと、そのタイミングを模索しているが、あの烏の佇まいは、全方位死角無しの、無敵の要塞だ。

 

「コカビエル様」

 

 すると、どこからか猛烈に嫌悪感を感じさせる声がした。

 そちらに目を向けると…

 

「ほう…バルパーか。どうやらあの木場祐斗と言う騎士は、お前の計画の出来損ないらしいが…お前が作り上げた作品は、お前自身が『無能』と烙印を押した者に敗北したそうだが…」

 

「いえいえ…そこで寝ているフリードがエクスカリバーに振り回されただけなのです。私が作ったエクスカリバーそのものは、あの若造の持つ玩具に負けるなどあり得ません」

 

「聞けば…ここにいる者は『誰かのために戦う』ことで強くなるそうだ。果たして意思も何も持たないただの道具のエクスカリバーが集まったとて、この者たちに勝てるのか?」

 

「今お持ちの擬似聖剣(エクスカリバー・ミミック)を、フリードが使っていた聖剣と組み合わせ、今度こそあの亡霊を倒してみせましょう」

 

 バルパーと会話を交わしたコカビエルは、少々の思案の後にフッと笑った。

 

「お前の聖剣への固執もなかなかなものだな…いいだろう。戦争の余興にはちょうど良い。せいぜいこの私を楽しませてくれるのだな」

 

 そう言ってコカビエルは、イリナが持っていたエクスカリバーを投げ渡した。

 バルパーはそれを受け取ると同時に、堕天使数人とフリードを引き連れていそいそと居なくなった。

 

「さて…お前らは俺を止めたいそうだが…コイツの命も助けに来たのだろう?」

 

 コカビエルは倒れているイリナの頭に足をのせた。

 この野郎!

 

「フフッ…思いの力で強くなるというなら…コイツを殺さなくて良かったな」

 

 相変わらず不気味な笑みを浮かべるコカビエルに、俺はここでハッと気づいた。

 

「他にも聖剣持ちは居たはずだ!その子はどうした!?」

 

「ああ…あの小娘か…ここで寝ている女が逃したさ。なんでもこのままじゃ全滅だって、せめてこのことを教会に知らせるため、こいつが囮になったそうだが…

 馬鹿だよなぁ!俺は戦争をしたいんだ!呼んでくれて結構!大歓迎!

 再び堕天使、天使、悪魔の三つ巴の戦いができるのだ!」

 

 なんて奴だ…

 この烏野郎…どこまでも狂ってやがる!

 そんなに戦争がしたいのか!?

 戦争は失うことしかないんだぞ…多くの命が失われることに、お前は何も感じないのか!?

 

「くそっ!ふざけるな!」

 

 俺は我慢の限界を迎え、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を発動し、力を倍増させた拳をアイツに放つ!

 

「フハハッ!少し遊んでやるとするか!」

 

 すると、俺は気がついた時には吹き飛ばされていた。

 脳が揺れるほどの衝撃。

 頬には鈍い痛みが広がり、口の中は微かに血の味がした。

 

「グハッ…!」

 

 そのまま俺は塀に激突し、内臓の空気全てを吐き出した。

 呼吸もままならぬまま、俺はすぐ立ちあがろうとするが、思いの外ダメージがヤバいらしい。

 

「兵藤!?」

 

「イッセー先輩!?」

 

 俺の元に匙と子猫ちゃんが駆けつけてきてくれた。

 二人の顔を見て俺はつい安心しちまった。

 やべえ…意識が落ちる…

 

「馬鹿!しっかりしろ、兵藤!」

 

 慌てて匙が支えてくれたおかげで、なんとか意識を取り持つことはできた。

 だが、頭も顔も、体もそこかしこ痛すぎて、意識が持っていかれそうになっちまう。

 

「闇雲に突っ込んではダメだとあれほど…」

 

 木場も駆けつけ、俺を守るように3人が構えた。

 

「もう終わりか?赤龍帝?」

 

 そして、目の前に迫り来るのは、どこまでも狂っているコカビエル。

 奴はどこまでも楽しそうにしていた。

 

 あの腹を立たせる顔を一度ぶん殴る思いだけで、俺も赤龍帝の籠手を構え直す。

 

 しかし、ドライグを通して俺は、何かとんでもないものが来ようとしている者に対する、「恐れ」に近いものを感じ始めた。

 

 俺はハッとなってすぐ空を見上げた。

 

 

 

 ヒュゴォォォオオオ…

 

 

 

 急に風が畝り、強く吹き始めた。

 その風は壬神社の境内から噴き出していた。

 鳥居にかかる紙垂は荒れ狂い、木々たちがザワザワと騒ぎ出した。

 

「な…何が…」

 

 先ほどまで抱いていたコカビエルへの殺意も怒りも、今ではすっかり消え失せていた。

 

 神社の上空だけ、生きているような雲が払われている。

 そこら一帯の街灯は途端に全てが消え、月明かりという自然の照明のみが青白く照らすだけだった。

 まるで龍が体に纏わり付くように、独特の動きで風が吹く。

 

 その信じられないほどの神秘を前に、木場や子猫ちゃん、匙も動けずに固唾を飲んだ。

 

 俺も同様に喉を鳴らした。

 しかし、俺はたぶん、今みんなと抱いている感情は違う。

 あの雄叫びのような轟音…恐らくゴジラのものだろうが、俺はそれを聞いてから変になっちまった。

 あれほど嫌悪していた戦いに、今は血が滾っていた。

 したくてたまらない…そんな気分だった。

 でも俺は絶対に表情に出すまいと力を込めた。

 しかし、先ほどから神社から発せられる異様な雰囲気が、俺の闘争心を刺激し続けた。

 

 やめろ…俺はあんな奴なんかと違う…

 

「…我々は歓迎されていないらしいな…」

 

 俺は正気を保つため、バチンと両手で頬を叩く。

 そして、どういうことだ?とコカビエルに問おうとするが、その前に奴は話した。

 

「全く…聖書に記載されていない得体の知れない神がよくやる…日本はとりわけ、このような自然崇拝が多いからな。常に気を遣わねば、我々偉業の存在はすぐ奴らの怒りに触れ、排除されてしまう」

 

 アニミズム的なあれか?

 確か縄文時代とかには結構盛んだったらしいが。

 今では仏教なりキリスト教なり、いろんな文化が入っちまったが、それでも山や海とか自然あふれる場所ではそれなりに信仰しているとか…

 

 今までオカルト的なことを信じていなかった俺だが、もはや神も悪魔も天使も堕天使もいるこの世の中、どんな神がいてもおかしくねえんだな。

 

「早いところここを出るとするか」

 

 コカビエルは手下の堕天使たちに、ここを速やかに離れることを伝えた。

 あれだけ力を持ちながら、ここの神様には下手に出ないあたり、いかにヤバいかがわかる。

 

「おや…ちょうど来たか…」

 

 来た?

 

「私の僕に随分な仕打ちをしてくれたじゃない」

 

 上空から飛んできたのは、部長と、アーシアを抱き抱える朱乃さんだった。

 すぐ俺は、アーシアから治癒を施してもらい、全身打撲と折れた肋骨を治した。

 

「コカビエル、あなたはこれからどうするつもりなのかしら?」

 

「ふん、お前ら悪魔が根城としている駒王学園を中心に魔法陣を展開させ、駒王町を吹き飛ばすだけだ」

 

 なんだと…!?

 そんなことしたら…

 

「ふふっ…この町の人間はもちろん、全てが塵になるだろうな」

 

 こ、こいつ…それを利用して、悪魔を誘き出し戦争をするってか?

 

 たったそれだけのために大勢の人を巻き込むのか!?

 直接魔王に喧嘩売りゃあいいだろ!

 人の命をなんだと思っていやがる!

 

「じゃあなぜ、わざわざここへ来たのかしら?」

 

 確かにそうだ。

 駒王学園を中心に爆発させてえのなら、ここに来る必要はねえはずだ。

 適当にどこかに姿を晦まして、時間になったら現れれば安全だろうに。

 

 そう思っていたが、次に奴は驚くべきことを言葉にした。

 

「ここにゴジラの気配を感じたのだ。あの忌々しい気配をな!」

 

 ゴジラ…春雄がいるのか?

 

「どこからかともなく現れたと思えば、悪魔、堕天使、天使、龍どもを殺し尽くし、あの伝説の龍と称されたグレートレッドすら退けたあの化け物が…」

 

 そう話すコカビエルの表情は、余裕なものから憤怒へと変わった。

 

「奴のせいで戦争どころではなくなった!奴のせいで我々堕天使が全勢力でも上の存在だと知らしめることができなかった!」

 

 ものすごい剣幕だった。

 他を寄せ付けない、圧倒的なオーラに俺は、足を震わせそうになる。

 くそっ!

 俺は強引に震えを抑えようと、そっと鋭い爪を太腿に食い込ませた。

 めっちゃ痛え…だが、恐怖は取り除かれ、痛みが俺を冷静にさせてくれた。

 

 とは言えどうする?

 ドライグを通じてアイツの気配を感じ取れてはいるが、やっぱり戦力差は歴然だ。

 考えなしに突っ込んで行っても、返り討ちにされてお陀仏くらい、想像は容易い。

 

「この俺が取り乱してしまったな…」

 

 コカビエルの野郎も、幾分か落ち着きを取り戻し、発する雰囲気は危険度を増していた。

 

「ま、折角これほどまで揃ったのだ。戦争の前座として少し遊んでやるのも悪くないな」

 

 サッとアイツは右手をあげると、その背後で待機していた堕天使たちがものすごい形相で光の槍を構えた。

 

()れ」

 

 その右手が振り下ろされたと同時に、数十人の堕天使が突っ込んできた。

 

「無茶苦茶しやがる…!」

 

 俺はアーシアを背後に回し、自身の力を倍増させて猛攻を防ぐ。

 

 しかし、流石コカビエルの手下だけあって、一筋縄にいかない強さをしていた。

 俺がかけた倍加は5。

 そこまで強化したが、堕天使は3人で俺と張り合ってくる。

 たぶん、コイツらがただの堕天使なら、俺でも倒せたんだろうが…

 

(一糸乱れない連携…一発一発が重い攻撃…)

 

 やはり戦争したい奴らの集まりだと、否応なしにわからされた。

 ここまで動きが洗練されていれば、単なる動体視力だけで攻撃を捌くのは骨が折れる。

 光の槍は絶対に躱し、ただの殴りや蹴り(それでもめっちゃ痛い)は妥協して受けるが…

 

「赤龍帝がここまでとはなぁ!」

 

「このまま押せば殺しちまうな!」

 

「案外そこまで強くないのかしら!」

 

 顎に一発良いのをもらっちまった。

 飛びかける意識を、舌を噛むことで強引に繋ぎ止め、一先ず距離を取るが…

 

(コイツら…死ぬことをなんら恐れてねぇ…むしろこの瞬間を楽しんでやがる!)

 

 不気味なその微笑み、男は目を血走らせ、その瞬間の生と死の駆け引きを楽しみ、女は戦いに気分を高揚させて顔を赤くしている。

 なりふり構わず突っ込んでくるコイツら、死ぬ恐怖がないために、躊躇いなんてものはない。

 文字通り体が動かなくなるまで、いや、殺されるまで戦うだろう。

 

「ああもう!くそ!」

 

 俺もやけっぱちになって、気合を込めて3人同時に殴り飛ばした。

 アイツら、回避が頭から抜け落ちてたのか、もろに顔に食らった。

 

 俺の目の前には、首から上がない胴体が3人分。

 放物線を描く血飛沫をチラリと目で追うと、赤黒く染まったボールのようなものが、赤黒い液体を撒き散らしながら飛んでいた。

 

 グチャ…

 

 それは地面に落ちると、不快感、嫌悪感を掻き立てる音を出した。

 俺は吐きそうになるのを堪え、再び構える。

 

「アーシア…絶対俺から離れるなよ…!」

 

 泣きかけている彼女はコクリと頷いた。

 悪いな。こんなトコ見せちまって…

 もと聖女のアーシア、敵だろうと酷い最期を遂げる様子はかなり堪えるはずだ。

 

 そんな彼女の苦悩も辛さも知らないアイツらは、また俺らを殺しにくる。

 

 

 

 ()らなきゃ殺られる…

 

 

 

 これまでに感じたことのねえくらいに、俺は癇癪を起こしていた。

 そして、良からぬ感情も露わになろうとしている…

 殴り飛ばした右手が赤く染まっているのを見て、俺はブルりと震え、変に興奮しちまった。

 

 なるべく早く終わらせてえが…数が多い…

 

(俺が俺じゃなくなる前に…)

 

 俺の方にまたも堕天使が数人…

 

 うぜえ!

 

 邪魔だ!

 

「兵藤!」

 

 何か飲まれちゃいけない感覚に飲まれかけたのを、俺を呼ぶ声が引き戻してくれた。

 

「匙…」

 

「なんつー顔してんだよ…加勢する」

 

「おお…悪いな…」

 

 俺はボソッと呟いたあと、魔力を左手に集め、ドライグの力で強化し、それを…

 

「ぶっ飛べ…!」

 

 力一杯投げた。

 怒りのまま…

 何かを振り切ろうとするように…

 

 威力・スピード共に倍増した魔力弾は四つに分裂すると、全て堕天使どもの頭に直撃した。

 

 目の前で命が散っていく…

 血を流して肉塊となって倒れていく…

 

 こんなの…こんなの…

 

 

 

「アッハハ…」

 

 

 

 え?

 俺はこの状況を楽しんでるのか…?

 嘘だろ?

 

『相棒!殺意に飲まれてるぞ!闘争心ではなく、自制心だ!』

 

 ドライグがなんか喋ってるな…

 でも今俺ノ頭ノナカハ…

 

 

 

『調和を乱すものは排除しろ』

 

 

 

 誰?

 

 オレ ノ アタマ

 チョクセツ ダレカ

 ハナシテル

 

 

 

『調和を乱すものを殺せ』

 

 

 

 オウ ヨ

 オオセ ノ ママ…

 

 

 

兵藤ぉぉぉおおお!!

 

 

 俺の脳内に鈍い音が木霊すると同時に、激しい痛みが顔面の半分を走った。

 ハッと我に返ると、俺は横たわっていた。

 そしてこちらを見下しているのは…

 

「匙…どうした…その目…」

 

 匙だった。

 でも、今のそいつの片目はなんか、瞳孔が細くて蛇とかトカゲみたいな…有鱗目だっけ…

 そして、口からは一瞬鋭い牙が見えた気がした。

 

 俺は尋ねると、匙は小さく「馬鹿野郎…」と呟いた。なんだよ、人が柄にもなく心配してやったのに…

 しかし、次にこちらを覗き込んだ人を見て、俺はこの状況の異様さに気付かされた。

 

「アー…シア…?どうし…たんだ…涙流して…誰かに…やられたか…?」

 

 できる限り優しさを取り繕って、小さい子をあやすような感じで接しようとしたが、彼女はより涙を流した。

 俺何かしたか?と思うと、相棒のドライグが疑問に答えてくれた。

 

『起きて前を見ろ…』

 

 なんか、「後悔」とか「自戒」、「悲嘆」が入り混じるようだった。

 重く、くらくらする頭を強引に起こし、ピンボケする視界は徐々にクリアになっていく。

 

「は…?」

 

 何か真っ黒なものが、赤黒い塊の上でコカビエルに向かって吠えていた。

 とんでもねえ圧だ…

 あれがゴジラ…

 

「な…!」

 

 完全に姿を捉えられるようになると、俺は驚きのあまり目をかっ開いた。

 

「ぐぅ…化け…物が…!」

 

 10枚あった翼は乱雑にもぎ取られ、今はボロボロになり、機能を果たせそうにない残骸が申し訳程度についている程度となっており、体全体はズタズタにされ、左腕がなくなっていた。

 

「くっそ!」

 

 ありったけの憎悪と殺意を春雄にぶつけて…って春雄なのか…あれ…

 イリナたちから聞いていた通りとはいえ、実際見てみると恐ろしく、そしてすげえ迫力だった。

 

 コカビエルは忌々しそうに撤退し、遠ざかっていく様子を恐竜のような威圧感ある顔のゴジラ…いや、春雄がコカビエル以上の殺意と怒りをぶつけて咆哮をあげた。

 相変わらず空気を揺らし、俺たちの魂を震わせ、気分を高揚させ…え?エ?ゑ?ヱ?

 また俺はさっきのように闘争心が刺激されたような、戦いに対して興奮を覚えている…

 

「俺は…」

 

 ふと視線を下に移し、水たまりに映った自身の姿を見て、俺は血の気が引いた思いをした。

 体半分が赤黒く染まっていた。

 しかし、俺はどこも深傷を負っているわけじゃない。

 じゃあこの血は…?

 

「ぶ、部ちょ…」

 

 俺は漠然とした恐怖に駆られ、恐る恐るみんなの方を振り向こうとすると、部長に抱きしめられた。

 いろんな思考がぐるぐる頭を駆け巡る。

 軽い混乱の中、俺は部長の背後にいるみんなを見た。

 

「な…みんな…」

 

 朱乃さんも、木場も、子猫ちゃんも、匙も傷だらけだ。

 よく見れば部長もだ…

 みんな俺を見ている。

 その目は…

 

 いったい俺に何が…

 

 みんなに何が…

 

「!」

 

 ふと背後から気配を感じて俺はバッとそちらを向く。

 

 こちらを見て喉を鳴らす春雄…ゴジラが川から上半身だけを出していた。

 大きく裂けた口が不自然に吊り上がり、鋭い牙から糸を引いていた。

 

(笑っているのか…?)

 

 俺の不安を表すように、雨脚は強まっていく…

 気がついた時にはあいつは姿を晦ましていた。

 

「部長…」

 

 俺はあいつが消えてった川を見ながら、部長に問う。

 

「ついさっき…いったい何が起きたんですか…?」

 

 

 ゴジラの咆哮を聞いたのはイッセーと、その相方のドライグだけではない。

 

 放射性廃棄物を食い尽くした、自然の産物である禍威獣は真っ直ぐ駒王町を目指す。

 

「今最も厄介なものが来ているな…」

 

 神永は以前担当した別宇宙の活動を思い出す。

 どうもこの地球と、今の自分を作ったその世界の地球とは生態が似ている。

 そして、駒王町に現れようとしている禍威獣は、その世界の政府をトラウマに陥れた第6号。

 

「パゴス…」

 

 

 

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