学校へ向かう途中の春雄と一誠は、ふと考え事をしている際、不注意ゆえ通行人とぶつかってしまった。
二人は慌て、すぐ謝ろうと振り向いた途端、
((か…かわいい…))
思わず見惚れてしまうほどの美しさとかわいさに、思考が停止してしまった。
ふと我に帰った二人は、申し訳なさそうに謝りながらその女の子を立たせる。
春雄はどこも異常がないか尋ねるが、その女の子はわかっていない様子だった。
(外国の方かな…?)
陽に照らされ輝く髪の黄金、透き通るような白い肌、エメラルドのような美しく大きい瞳からは優しさを感じられる。
ぱっと見、おおよそ日本人ではないと思っていたが、ここまで絵に描いて美しいと言えるような人もそうそういない。
などと思っていた春雄は、自身の配慮が欠けていたことを嗜めた。
「こちらの不注意でした。すみません。お怪我はありませんでしたか?」
「えっ…は、はい…大丈夫です」
春雄は気を取り直し、英語を流暢に話してみせた。
突然彼の英語、それもかなりレベルの高いものを聞いて、一瞬驚きを見せた彼女だったが、その後すぐ受け応えた。
春雄は超がつくほどの馬鹿として、学校から指名手配犯級の扱いを受けているが、行動がやばいだけで、普通に学力はトップレベルであり、運動神経も抜群であったりと、本当に評価に困るお騒がせ野郎であった。
そんな小話は置いておき…
「そう言えば、名前は?」
「私は…アーシア=アルジェントと言います」
ふと一誠が何気なく話していることに春雄は驚くが、
(そう言えば、こんなこと言ってたっけ…)
遡ること数日前、悪魔になったばかりの一誠と、グレモリー眷属からいろいろ聞いていた時だった。
話は悪魔になった時に見られる身体の変化だったが、
「悪魔になると、あらゆる身体機能が強化され、五感もよく発達するんだ」
木場が二人にわかりやすく教えてくれた。
悪魔になると、通常の人間とは比べ物にならないほどの筋力を得られる他、暗闇の中でもよく見えたり、普段聞こえない音も聞き取れたりと、一見いいこと尽くめに思える。
しかし、
「悪魔って日光とか大丈夫なんすか?俺自身、夜は体が活性化してる感じがしたんですが、昼とかはちょっと怠いと思ったんで…」
一誠の言うことに頷いて答える木場。
どうやら悪魔になると、やはり夜や暗闇に特化している体ゆえか、日中は一誠のように怠さを覚える者もいると言う。
だがそこまで酷いものはないらしく、直に慣れるそうなので、一誠も春雄も胸を撫で下ろした。
そして次に朱乃が、
「悪魔になると、他の国の言語も理解できるようになりますわ」
と言った。
これには衝撃が大きかった。
「つ、つまり、英語を勉強しなくても英語を話せるように!?」
「その話が本当ならね…」
現代、国際化が進む中、なんともグローバルな話だろうか。
英語だけでなく、あらゆる国の言語に対応できると知った一誠は、面倒臭く思えた英語を必死こいてやることがないとわかった瞬間、有頂天外の如く舞い上がった。
当然必死こいて英語を勉強した春雄からしてみれば、これ以上ないほど癪に障ることである。
ここまでの話、悪魔になることのメリットとデメリットが釣り合っていないように思えるが…
「言っておくがイッセー」
声の雰囲気を変えて春雄は言う。
「さっき部長が言っていたように、悪魔は今敵対勢力がいるんだぞ?そういった奴らと戦ったり、時に殺し合いだって起こるかもしれないし」
そのことに一誠は真剣な顔になる。
実際堕天使と一悶着あったのだ。悪魔になったからには戦いをする宿命を背負わなければならない。
「ああ…わかってる…だけど、一度死んだ俺の命を助けてくれたのは悪魔のこの人たちだ。だったら部長のために戦ってもいいと思ってる…」
戦いを知らないこの間までちょっとエロい高校生が、まるで夢ごとのようにほざくが、その間には確かなものがあった。
そんな目をしている一誠は止められないことを知っている春雄は、
「まあ…好きにすれば?」
やや投げやりな感じで、それでも心の中ではしっかり応援するのだった。
「そして、可愛い子たちを眷属にしてハーレム王になる!」
一誠の最後の一言を聞いた途端、すぐさま前言撤回した春雄だった。
春雄は目の前のアーシアという女性を見る。
一誠と言葉が通じたことで楽しそうに談笑している姿は微笑ましいが、着ている衣服を見て少し警戒をする。
(修道服…教会の人間…つまり悪魔と敵対する者か…)
二人の笑顔を見て、本当に悲しみを覚える。
お互いに素性を知らないからこそ仲睦まじく話せるだろうが、いざ正体を知られた時には…
考えたくもない。
小動物のようにかわいいから傷つけたくないのもあるが、何より根っからの善人を隠せないほど溢れる優しさのオーラ。
一言で言えば「聖女」だった。
願わくばこのまま敵同士にならないことを祈る春雄だった。
「ところでそんなに荷物を持って…旅行か?」
一誠はアーシアが持つ大きな旅行鞄が目に入る。
「いえ、これから教会に行くんです」
アーシアの一言に一誠は少しギョッとする。
悪魔にとって、教会は不用意に近づけないところ。
万が一悪魔対策を施された教会に入ろうものなら、瞬く間に塵すら残らず消されるだろう。
一誠は冷静になってアーシアを見る。
修道服というものを着ていることもあるが、先程から知らぬ間に警戒している自分もいた。悪魔の本能が騒いでいるのだろうか。
春雄は一誠に歩み寄り、耳元でこっそりと、
「アーシアさんは幸いにもイッセーが悪魔であることをわかっていない。ここは僕が何とかするから、面倒ごとになる前に学校に行くといい」
「でもお前も悪魔側についちまってんだぜ?大丈夫なのか?」
一誠の問いに、春雄は影のある寂しそうな笑顔を向ける。
「大丈夫。また学校で」
そして春雄は小さくため息をついた。
(優しいイッセーじゃ、万が一のことが起こっても彼女に手出しはできない…)
春雄は一誠が学校に急がなければならない適当な理由をこじつけ、代わりに教会へ自分が案内することを伝えた。
アーシアは何やら一誠でないためか、少し不安を感じているが、
「アーシアちゃん、大丈夫だ!そいつは優しいから!」
一誠の一言でアーシアは目の前で荷物を持ってくれている男を信じた。
春雄は心配をかけさせまいと微笑んで、アーシアが行く教会へ案内した。
その二人を少し離れたところで見送った一誠。
「大丈夫か…?」
この町に長く住んでいるのもあり、この辺の地理感覚は問題ないが、
「なんであんな顔したんだよ…」
先程見せた意味のある笑顔が頭から離れなかった。
「『優しい』ね…」
ボソッと呟く春雄に「?」を浮かべるアーシア。
そんな彼女を知らず、春雄は物思いにふける。
(たぶん…イッセーが思ってるほど僕は優しくないさ…)
放課後、二人はオカルト研究部としての活動があったが…
「すいませんした…部長…」
「浅はかでした。反省してます」
二人は部長の目の前で立たされ、説教を受けていた。
特に一誠はよほど効いたのか、落ち込んでいた。
「教会にはエクソシストがいるところもあるの。もし彼らの悪魔祓いにかかったら何も感じずに消滅させられるのよ?」
ここまで怒るのも無理はない。
気がついた時には既に時は遅い。誰かはもちろん、自分ですら気がつかないうちに死んでしまうのだ。
どれだけ教会との接触が危険なのか、今一度一誠は肝に銘じるのであった。
「あなたもよ」
リアスは次に春雄の方を向く。
春雄はあの後、アーシアを無事に教会に届けられたわけだが…
「あなたの身柄は悪魔側にあるのだから、今後はそういった行動も控えなさい」
確かに悪魔と関わっていると堂々と公言してしまえば、教会側の人は何をしてくるかわからない。
その上春雄自身の謎の力もある。
以前起きた事件から、堕天使は春雄の力を狙ってきているわけだが、これ以上余計な問題を起こし、敵を増やしたくないはずである。
もっとも春雄の身を案じるものでもあるが、リアスからしてみても自分の領地内で立て続けに問題や争いを起こされるのは嫌なのだろう。
「大丈夫です。万が一のことが起きたらその時は…」
春雄は気づかないうちに口走っていた。
「全て排除しますから」
その言葉に含まれている殺気は尋常でなかった。
取るに足りない存在が自身に楯突くのなら…
―どうする気だ?
僕の中で何か黒いものが渦巻く。
―調和を乱す者は…
こみ上がってくるものが抑えられない…無性に本能が騒ぐ…
―『「殺せ」』
まるで自分以外の誰かが体や思考を支配しているようだった。
(彼女が?まさか…)
溢れ出る善人オーラ、よく言えば優しさ、悪く言えば甘さのある彼女だ。流石に物騒なことは考えていないはずだ。
(『仮にそうなれば刈り取るだけだ…』)
不覚にもまた恐ろしいことを考えてしまった。
今思えばなぜあれだけの殺意が湧き出たのだろうか。
あれほど黒かった情は噓のように晴れていた。
そしてふと我に帰った時、春雄は皆から何か恐ろしいものでも見たかのような視線を向けられている。
(僕が優しい?こんな僕が?)
春雄は苦笑いを浮かべる。
力を持った時から自信は変わっていったと気づいていた。
本当の自分は誰だろうか。
そんな疑問に答えてくれる者は誰もいない…
その日の夜、オカルト研究部は「はぐれ」と呼ばれる悪魔の討伐に向かった。
主人である悪魔に反旗を翻し、自らの自由のために生きた不成者の悪魔をそう呼ぶらしい。
好き勝手に自分の欲を満たす奴らなので粛清せねばならないが、他の悪魔の管轄である土地で起きてしまえば、その悪魔が対処に当たらねばならないという決まりがある。
「それで俺たちが向かうってことですか?」
「ええ。悪魔の戦い方を教えるちょうどいい時間にもなるわ」
そういうわけで、実践経験のない一誠は連れてこられた。
ちなみにここに春雄の姿はない。
「呆気なかったすね」
結果はリアス眷属に被害はなく、はぐれの討伐には成功できた。
悪魔それぞれには駒が与えられ、チェスのように特徴を持って攻めるわけだが、
「あの部長、ちなみになんですけど俺の駒は?」
ボソボソとそれとなく一誠は自分の駒を聞く。
「一誠のは…兵士よ」
「兵士」つまりそれは、チェスの中では最弱の駒であった。
落胆する一誠だったが、先程跡形もなく消されたはぐれ悪魔を思い出す。
身を持って体験した戦いと、その中で行われる命のやりとり…
これほどまで死を身近に感じられ、一誠は不安になる。
(俺には
気を引き締める一誠。それと同時に、春雄があそこまで変わってしまったことに、少し胸騒ぎを起こしていた。
次の日の夜、一誠は悪魔としての依頼を受け、手伝いの春雄と共に依頼主のところまで自転車を走らせた。
ちなみに転送を使えばいいと思うが、残念ながら自力で転送できるほどの魔力は彼にはなかった。
その道中、
「それで、教会へは無事送ったんだよな?」
「うん。特に問題なく行けたけど…」
言葉につまる春雄を怪訝にたずねる一誠。
「どうしたんだ?」
「いや…本当にアーシアさんがただ教会に来ただけとは思えないというか…」
「…何か別な目的でもあるとか?」
アーシアを教会に送り届けた時、あまりにも廃れた様子からもう運営はしていないはずであった。
特別世界的に重要なものでもないし、今更そんな教会に人を派遣するわけない。
きな臭いと言えばきな臭い。
「それで、アーシアちゃんを疑ってんのか?」
「可能性はあるけど、もし僕たちを嵌めるつもりだったらあの接触の段階でもっとアプローチをかけてくるはずなんだよ」
お互いに目を付けられるだけの力を持つ二人を、一網打尽にまではいかなくとも、悪魔である一誠は倒せたはずだ。
「おそらくアーシアさんは僕たちをどうこうするつもりはないはずなんだ」
初対面した時、そういったことを企むような素振りも何も見せなかった。
「じゃあなんでわざわざ…」
それがわかれば苦労しないといった感じで首を振る春雄。
様々な疑念を抱えたまま、気がつけば依頼主の家に着くが、
「なんだよ…これ…」
そこは悲惨な光景が広がっていた。
どこにでもあるような一軒家は惨憺な有様であった。
暗闇でも目視できる血飛沫の跡、派手に荒らされた室内、そして…
…依頼主と思われる肉塊が転がっていた。
つい先ほどまで自分の時間を過ごして我々を待っていたのだろうか。
テレビはつけられたままで、読み終えたと思われる漫画が雑に机の上に置いてある。どれも真っ赤に染められて。
阿鼻叫喚のこの図に、一誠は胃の内容物を全て吐き出した。
その震える背中をさすってやる春雄は、ただ一点を睨みつけていた。
「そこにいるだろ…出てこい」
日本語で呼びかけるも応答なし。ならばと英語でそう言うと、
「あっれえ?どうして人間の僕がいるのかな?」
飄々としているが、どこか狂気的なものを感じさせる声が聞こえる。
そしてノラリと隣の部屋から姿を表したのは、パッと見て美男子とも言える顔立ちと、長めの白髪が印象的な神父だった。
彼の血濡れた手を見た途端、春雄は怒りを露わにし、瞳には人に出せないほどの殺意が込められていた。
「お前がその人を殺したのか?」
ドスの効いた、獣の唸り声のような声で問う。
「あー!そこの
今思い出したかのように声を上げる神父。
教会の者とは思えないほど狂って、そしてふざけた態度が春雄の神経を逆撫でする。
「いやね、俺エクソシストしてるからさ、こういう風に悪魔はもちろん、そんなクズに関わった奴も殺さないといけないわけでね」
「『悪魔に関わっただけ』…たったそれだけか?」
「その理由だけで十分なんだよねー。そこでゲロってる悪魔君と契約結んだ時点でもう魂売っちゃってんのよ」
怒りを必死に堪えるが、もうじき爆発しそうだ。
するとまた黒いものが込み上げてくる。
「『この人は何も悪いことをしていないが…』」
「悪魔は存在自体が邪なの。んでそれに関わった人間も救いようのねえ魂になっちゃうからね」
もう怒りは抑えられない。
黒いものに全てを委ねようとした春雄は、頭の中で一瞬浮かんだ黒い「
「退いてろ!春雄!」
一誠は目の前の腐りきった性根の持ち主を滅さんと、左手に
だが、
「死ね!このクソ悪魔!」
神父が銃を取り出して発砲…したが煙は出ていない。
だが暗闇を切り裂く光が放たれ、一誠はなんとか直線から外れるが頬を掠ってしまう。
「ぐあ!?」
掠っただけだったが、顔半分が激痛に襲われ、次第に体全体に痛みが回る。
苦しみ悶える一誠は思い出す。
(そういや…悪魔にとって、この光は毒みたいなものだったな…)
警戒していなかったわけではなかった。だがその威力を見誤ったのだ。
体が強化されている今なら、掠っただけでは問題ないと高を括ってしまった。
この驕りが、自分を死の淵へ立たせる。
目の前の神父は殺せることへの喜びか、たいそう狂気的な笑みを浮かべている。
そして手に持つ刀が振るわれようとした時、
ゾワァ…
その場の空気を凍てつかせるほどの冷酷な気配が流れ込み、一誠はもちろん、外道神父までもが冷や汗を流す。
二人は揃って同じ方向を見つめる。
そこに立っていたのは…
「春雄…?」
逞しくなった漆黒の両腕からは、凶暴さを窺える鋭い爪が生えた4本の指が伸び、膝から下の足が鎧を着ているかのように極端なまで太くなり、手同様鋭い爪を持つ上、人としてあり得ない強靭な黒い尻尾が生えている。
顔を見れば春雄で間違いないのだが、至る所に不自然なものがあり、放つ殺気は今まで以上に恐ろしいものだった。
溢れ出る威圧感は、まさしく王の片鱗のもの…
…頂点に君臨する黒き王のものだった…