黒き王の原罪   作:イテマエ

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第7話 心

 一時的にフリードを退けたものの、更なる脅威である堕天使が迫ってきていた。

 一誠たち悪魔は難を逃れたが、その場に残したままの春雄とアーシアが気がかりで仕方がなかった。

 アーシアは恐らく堕天使側に引き込まれているだろうが、春雄は二度も堕天使を返り討ちにしたこともあり、その命を狙われているかもしれない。

 さらに、突如発現した異形の腕や足、そして尻尾など、神器(セイクリッド・ギア)のようで、また少し違うようなものまであったのだ、堕天使側は決して見す見す逃すような真似はしないだろう。

 

 

 

 オカルト研究部は、そう思っている時期もありました。

 

 

 

 部室で今後の対策を練ろうとした時、不自然にドアをノックする音が聞こえた。

 こんな夜更けで、さらに先程あのようなことがあったのだ。

 リアスたちは最大級の警戒体制をとるが、姿を現した人物に目を丸くしたのであった。

 

「あ、みんな。遅くなりました」

 

 そこには、普段通り暢気な様子の春雄がいた。

 

 次から次へとのしかかる問題、覇気を纏っているわけでもない至って普通の春雄、そして曖昧な戦闘の記憶など、リアスは理解の範疇を越える事態に頭を抱えていた。

 朱乃も木場も興味深そうに春雄を見つめており、子猫は訝しむような目を向けていた。

 

「なあ春雄」

 

「なに?イッセー」

 

「お前、本当に自分の身に何が起こったか知らねえのか?」

 

 一誠の問いに不安そうにコクリと頷く春雄。何か戦っていたような、そんな気がしないでもないが、あまりにもフワフワし、記憶とも呼べない感じであり、ある種の錯覚ではないかとも思っていた。

 そのため、自分の身に起きた変化もイマイチ把握しきれていなかった。

 記憶としてあるのは、フリードにムカついた後、気がつけば学校近くを流れる川から這い出ていたのだと言う。

 

(と言うことは…アーシアちゃんがどうなったかもわかんねえか…)

 

 ひとまず春雄の無事がわかり、安心した途端、アーシアのことが思い浮かぶ一誠。

 出会ってから数日しか経っていなかったが、彼女は友達の契りを結んだ大切な人であることに変わりはない。

 せめて生きていることがわかればいいが…

 

「あ、イッセー」

 

 思い出したように口を開く春雄。

 

「あそこにいた…アーシアさんだっけ?あの人なら大丈夫らしいよ」

 

「それは本当か!?」

 

 春雄から予想だにしていなかった言葉が飛び出し、安堵から一誠は大いに喜んだ。はしゃいだ結果、無理に体を動かすことになり、傷へと響いたが、痛みより嬉しさが勝っていた。

 そこへ木場が不思議そうに尋ねてくる。

 

「記憶が曖昧らしいけど…どうしてそんなに自信を持って言えるんだい?」

 

 春雄は「うーん」と頭を悩ませ、

 

「わかんない」

 

 ときっぱり言うと、そこにいる皆がずっこけた。

 一誠は何か言いたげだったが、

 

「でも、なんか僕の中で『絶対大丈夫』って言うんだ。僕もよくわからないけど、自然と僕もそう思えてきちゃったし」

 

 そう話している春雄の顔は、真剣さと自信で満ち溢れていた。

 一誠はとやかく言うのをやめ、呆れ笑いながら「そうか」と短く応えた。

 

 

 

 次の日、負傷した体はそれなりに回復した一誠だったが、完全に治っていないのと、まだ光の影響でふらつくこともあり、今日は自宅療養のため学校を休んでいた。

 特にすることもなくなった一誠は、仰向けになって天井を見上げている。

 もう一眠りしようかとも思ったが、現在午前10時。普段通りに起床した後だったので、眠れることはなくただうつけていた。

 この所在なげな時間、ただ呆然とすると言うより、変に沢山のことを考えてしまわないだろうか。

 

(悪魔になって…俺自身に宿る力もあって…それでも何もできなかった…)

 

 思い起こされるのは、フリードと対峙した時、全く手も足も出なかったことだった。敵は悪魔を狩ることに特化し、相性は最悪だった。

 しかし、それでもあのふざけた表情に一発は与えられるとも思っていた。

 

(また…俺は驕っちまったのか…)

 

 深いため息が、誰もいないリビングに響く。

 悪魔になって戦う覚悟はできたとしても、目の前で人の死、それも残酷な最期をまざまざと見せられた。

 そしていざ戦いが始まると、とっくにエクソシストの情報が頭から抜け落ち、疎かな対応をとってしまった。

 あの時逃げられたのは、他でもなくフリードを叩きのめし、堕天使を牽制してくれた春雄と、何かしらの理由で命を取るわけにもいかないアーシアがいたからであった。

 

(もっともっと強くならねえとな…)

 

 今回自分は不甲斐なさすぎた。

 体が完全に良くなったら、筋トレでも始めようかと、ひとまず起き上がった時だった。

 

「考え込むなんて、イッセーらしくないね」

 

 一誠はガバッと後ろを振り向くと、そこにはなぜか春雄がいた。

 

 

 

 今僕は、イッセーと河原沿いを散歩している。

 今日は普通に学校だったけど、適当な理由をつけて休んできた。

 もちろん最初は普通に行くつもりだったけど、家を出る直前、イッセーの追い詰められたかのように物思いに沈む顔が気になって気になって…

 

「少しは気分転換になった?」

 

「ああ…ありがとよ…」

 

 うーん…まだ完全に立ち直ったわけでもないけど、今はどことなく楽な感じだな。

 ずっと室内に閉じこもっているより、外に出て空気を吸うだけでもかなり変わってくると思うんだよね。

 

 土手に座り込んだ僕たちは、陽に照らされてキラキラ光る川を眺めていた。

 風が吹くたびに草の匂いが鼻に飛び込み、持ってきたお茶で体内に一緒に流し込むと、なんとも心が洗われたような気分になる。

 駒王町は意外にも自然豊かなところがあるのだ。

 川はそこそこきれいだし、道路も舗装はされてるけど、都会のようなコンクリートジャングルではなく、草木や花が残る、程よい自然があるのだ。

 元から自然が好きだったけど、ここ最近特にそう思うようになってきた。

 思い上がりかもしれないけど、なんだか自然に好かれている気もしないではないし…

 黙っていれば小鳥が頭に乗ってきたり、川に足を入れると魚が寄ってきたり…今も僕の肩に鳥が乗っかっている。

 そちらに視線を移しても、怖がって逃げるどころか、むしろ安心したように休んでいた。そしてその周りをモンシロチョウが天使のようにひらひらと飛び回っている。

 うん、いい眺めだ。目の保養になる。

 

「アッハハ…」

 

 すると突然、イッセーが笑った。

 どうしたの?って聞いたら、

 

「いやな、なんか俺の持つ悩みって、意外と小さかったのかなって」

 

 と言い、雲ひとつない青い空に手を伸ばしていた。

 そして僕はイッセーが悩んでいたことを聞いた。悪魔でありながら何もできなかった自分を憾み、人である僕やアーシアさんに全てを任せたこと。もっと強くならなければと焦燥に駆られたこと。そもそも悪魔として契約を結べず、全く主であるリアスに貢献できていないこと…

 自信を失っていったのだ。わざわざ転生までしてもらったのに、未だそれに見合った働きができていない。そのことに追い詰められたんだろうね。

 

 今は吹っ切れたようだったが、さっきまでは本気で考えていたのだろう。そりゃそうだよね、力があって何もできないのは…僕が思う以上にイッセーは悔しかったはずだよ。

 それでも、地球は一人のために止まることはなく、自然は当たり前のように絶え間なく変化している。

 そんな大スケールの中で、僕たちは生きている一つの生命体にすぎない。この地球上には、僕やイッセー以上に困っている人だっているだろうし、数え出せばキリがないだろう。

 僕たちはちっぽけなんだ。

 確かに、そう言えるかも。でも…

 

「よし、折角だし飯でも食いに行くか」

 

「そうだね。でもバレないようにしなきゃ」

 

 そうやって割り切れるイッセーの心はすごいよ。

 僕?

 僕は馬鹿だからわからないよ。自然を前に、そんな一丁前に悩めるほど尊い思いはない。あるとすれば、ただ「自然が好き」って言う感情くらいかな。

 

「悩みは解決したそうだな」

 

 淡々とした聞き覚えのある声に、僕たちは油がきれたマシンのように、ギギギと振り返る。

 そこには本来いないはずの人物がいた。

 

「「神永先生!」」

 

 二人して驚き、急いで立ち上がって謝ろうとするが、先生は「そのままでいい」と制し、僕たちのように土手へ腰を下ろした。

 

「心の疲れは時に人体に多大な影響を及ぼす。体は元気そのものであろうが、精神が弱りきって崩れてしまえば自然と体も崩壊する」

 

「『病は気から』ですか」

 

 イッセーの反応に先生はゆっくり頷く。

 

「そういった時、私が考える必要なものは、『寄り添ってやれる人間』と『考え事から逸らしてくれるもの』だ」

 

「『考え事から逸らしてくれるもの』…自然とかすか?」

 

「そうだ…それでもなんでもいい…こうしてゆっくりとした時間に身を預けられ時こそが心の保養だ。そこへ、春雄君のような『寄り添ってやれる人』がいればなおさらいい」

 

 先生の言葉を僕たちは真剣に耳を傾けた。

 休んでいることを無理に咎めようとはせず、この人はまず生徒の心に聞くんだ。

 何事も否定ばかりせずに歩み寄ってくれる。心から尊敬できる先生だ。

 

 でも、口調穏やかにそのように言う先生の目は、温かさと憂いを帯びていた。

 先生がたまに道徳的なことを言うとき、大体こんな目をしている。それでも、どこまでも真っ直ぐで光っているようだった。

 まるで流星のように。

 そう言えば、流星のマークのクリアファイルを持ってたっけ。

 

 暫く僕たちは、現れ始めた雲が流れていく様子を見つめていると、ふとイッセーが、

 

「神永先生って、なんで先生になったんですか?」

 

 何気ない質問だったけど、神永先生はずっと遠くを見て、

 

「…私は始め、『心』というものがわからなかった。恐らくそんな自分は周りからしてみれば変であっただろう。だがそんな自分を受け入れてくれた仲間がいた。彼らを通して、自然と人に興味を持てるようになった…」

 

「それで…教師になったんですか?」

 

 僕の言葉にうなずく先生は無表情だったけど、どこか柔和にも見えた。

 

「人はおもしろい。成長していく様子を見守るこの仕事に私は感動している…なにより…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

「なんか宇宙人みたいだったね」

 

「ははっ、なんかそんな感じしたな」

 

 その後僕たちは先生とわかれた。

 先生は「羽を伸ばしてもいいがほどほどに」と言い残していった。さすが、神永先生。わかっていらっしゃる。

 無表情なことが多く、謎だらけの先生は学園で「宇宙人説」があがるほどだった。

 それでもこうして生徒一人一人に寄り添ってくれるから、ものすごく人気だ。

 しかし、チラッと振り向くと、さっきまで歩いていたはずの先生の姿はもうなくなっていた…

 

(不思議な人だ…)

 

 

 昼ご飯を食べようと歩き出すが、いかんせん光の影響が抜けきらないイッセーは、歩くとたまに転びそうになっていた。

 それなりに体調は回復してきてはいるけど、まだ無理はできない。

 僕はイッセーの肩に手を回し体を支え、近くの児童公園のベンチに座らせた。

 

「はい水」

 

「…すまね…」

 

 一誠は水を飲むと少し落ち着いたようだった。

 それにしても悪魔にとって「光」は相当厄介なものらしいな。

 などと考えていると、僕たちの目に見知った金髪美少女が飛び込んできた。

 

「「アーシアちゃん(さん)…」」

 

「一誠さんに、春雄さん?」

 

 

 思わぬ邂逅にお互い驚いたけど、その後何事もなく当たり障りのない会話をしながら、一緒に昼食をとろうと店に入っていく。

 ていうかアーシアさんも神器(セイクリッド・ギア)持ってたんだ。しかも傷を癒す効果だった。

 人はもちろん、悪魔ですら治してしまうその回復力、堕天使も狙うだろうな。アーシアさんには悪いけど、人に持たせておくのはもったいない気もしないではない。

 だけどそんな堕天使側の勝手な都合で振り回される彼女は不憫で仕方がない。

 堕天使は自分たちの命以外の生命をどうも軽んじている気がする。

 

『粛清』

 

 まーた自然に黒い感情が湧き出てきた。ごくごく自然に。

 だけどそんな悪い気はしないんだよな。

 

 聞いたところ、アーシアは特に何もされていないようだったけど、僕が抑止力になってくれたと言うことは初耳だ。何それ。ちょっとこの先怖いんですけど。

 

 ていうか、ホントこういう時悪魔の言語翻訳機能は便利だよなー。耳だけ悪魔になってくれないかな?

 

 そんなこんなでファストフードを扱う店に来たのだが、やはり日本語を話せないアーシアさんは注文に苦戦していた。

 そこへ颯爽とイッセーが助けに入って、事なきを得たんだけど、アーシアさんは自分で出来なかったことを反省していたけど、何もそこまで重く捉えることはなくてもいいのに。

 

「またまた助けられてしまいました…」

 

「まあまあアーシアさん、ほら、冷めないうちに食べましょう?」

 

 やや項垂れていたアーシアさんだったけど、ハンバーガーを頬張った瞬間、目をキラキラとさせて美味しそうにしていた。

 うんうん、仕草も、ソースを口につけている感じも可愛い…

 いーなー、イッセー…ズル休みしてこんな子と一日デートしてたなんて…

 まぁあの時はしょうがなかったしね。彼女に寄り添ってあげられる人物は恐らくイッセーだけだっただろうし。

 やっぱり自然と人のために助けられるイッセーは本当に良くできてる。そんな性格をもっと前面に出していけばいいのに…どうしていつもエロの方ばかり…

 頭を抱える僕を、イッセーとアーシアが心配そうに見てくる。ホントお友達?カップルにしか見えないんだけど。

 

 その後ゲーセンで時間を潰すわけだが、二人のあの仲睦まじい感じを邪魔したくない感じと、ここにいることへの気まずさから、一旦距離を置いて店内を物色している。

 ふと目についた、ガムを左右に動かして上に持っていくゲームをプレイすることにした。

 難関エリアか多い上、細かな作業が必要になるので、深く深く集中する必要があるんだ。

 こういうのは時間を忘れたい人や、悩みを持つ人でもいいかも。たぶん忘れられるよ?僕もこれで些細な悩みは忘れてきたし。

 さて、いよいよ難関エリアの穴ゾーンに突入する。

 ここはある程度の勢いをつけないといけないわけだが、バカみたく勢いをつけると、ガムボールがコースアウトしてしまう。

 

「よっ、このっ、ほっ」

 

 何度も何度も左右に揺らしてガムボールを動かす。

 そして間もなく難関エリアを越えようとした時、

 

 

 

 

 

 ドクン…ドクン…

 

 

 

 

 

 鼓動が早まると同時に、知っている気配が近づいたことに気付く。

 僕はガムボールを無理やり落とし、すぐ口に咥えると、イッセーのもとは走り出した。

 死ぬな、イッセー!

 

 

 

 一誠はまさに危機的状況だった。

 目の前に初恋相手であり、自分の人生全てを狂わした元凶でもある天野夕麻が現れたのだ。

 堕天使の真名としてレイナーレというものがあるが、彼は今それどころでない。

 彼はせっかくアーシアに治してもらったのに、また堕天使の光の槍で足に攻撃を受けてしまった。

 満足に行動できなくなってしまい、あとは殺されるだけになってしまった。

 

「レイ…ナーレ…なぜ…アーシアを…」

 

 激痛と倦怠感による重く感じる頭に顔を歪め、忌々しそうにアーシアに拘る理由を聞こうとするが、

 

「私の名を呼ぶな、薄汚い悪魔風情が。名が汚れる」

 

 と、全く耳を傾けてもらえないままだった。

 どこまでも自分を高貴な存在と自負し、他者を見下し続ける態度に、一誠の怒りのボルテージは高まっていくばかり。

 だがどうすることもできないのは事実である。

 するとレイナーレは、

 

「アーシア、その悪魔とは知り合いなんでしょ?彼を殺されたくなかったら私たちと一緒に来てもらうわ」

 

 槍を構え、冷徹に言い放つ彼女の目は、今にも目の前の悪魔を殺さんとする勢いだった。

 

(一誠さん…)

 

 アーシアの答えは決まっていた。

 自分の過去を嫌な顔ひとつせず聞き、さらには今まで作れなかった友達になってくれた。

 自分にとって一番初めにできた大切な友達。

 

 

 

 そんな彼が自分のせいで殺されるなんて、そんなことできない…

 

 

 

 悪魔だろうと、慈悲深く命を尊ぶ素晴らしき魂を持つ者に、死神の鎌の矛先にはできない。

 

 アーシアはレイナーレにすんなりとついて行った。

 その時、妙にレイナーレが慌てて逃げるようにしていたのは疑問だったが、結果的にアーシアを守れなかったのだ。

 一誠は自分の無力さに苛立ち、爪から血が出るほど地面を握った。

 

 

「イッセー!」

 

 僕はやっとの思いでイッセーを見つけたのは、ゲーセンから数百メートル離れた一通りの少ない裏路地だった。

 結界を張っていたあたり、恐らく狙いはアーシアの誘拐だろう。

 そして結界から感じる力に既視感を覚えた。

 

「あの時の女か」

 

 急いで足を運ぶと、そこには足から血を流して悔しさを滲ませるイッセーの姿があった。

 自分の無力さに怒り、悔し涙を流すイッセーの姿と、アーシアさんと例の女の気配がないことで、僕の中の黒い気はさらに密度の濃いものとなり、僕に訴える心の声は切り替わった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『粛清』から『排除』へと…

 

 

 


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