黒き王の原罪   作:イテマエ

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いやぁ、今回は長くなってしまいました…

すみません…



第9話 吠えろ、宿敵へ

 春雄は奴の姿を目にした途端、これまでにない殺意を放ち、その場はとてつもない緊張感で包まれた。一誠たちは、直接自分たちにその殺意が向けられていないと知りつつも、その圧倒的なものに冷や汗を流す。

 

 

 

…獣か…?

 

 

 

…いや、そんなものじゃない…!

 

 

 

 そして奇怪な姿の黒い怪物は、翼竜のような翼を広げて、威嚇の如く咆哮をあげる。

 

 咆哮が響いた後の礼拝堂は、異常なほど静かになった。

 その静寂の中のドス黒い殺意は、一誠たちはもちろん堕天使どもも震えさせていた。

 一誠はふと視線を感じ、そちらを見ると、春雄が目配せしていた。

 

(なるほどな…)

 

 意図を汲んだ一誠は、木場と子猫に耳打ちをする。一瞬驚いたような表情をしていたが、すぐ頷いてくれた。

 春雄は3人が理解したことを確認すると、その静寂を破るように尻尾を地面に叩きつけた。

 銃撃のような爆発的な音が、重く礼拝堂に響き、尻尾を叩きつけられた地面は粉々に抉れていた。

 その音が合図となり、黒い怪物は宙を舞い、一気に春雄に距離を詰める。

 

「今だ!行くぞ!」

 

 一誠は木場と子猫を連れ、祭壇から地下へと続く階段へ行く。

 ちなみに堕天使たちだが、動こうにも春雄と黒い怪物の殺意に当てられ動けず、ただ目の前で繰り広げられている生存競争(殺し合い)を傍観していた。

 そこには以前、春雄の殺意に当てられた、少し幼い男女の堕天使がいたが、立っていられずその場にへたばった。

 

((こんなの聞いてないよ…レイナーレ様…))

 

 涙目の彼らに目もくれず、2体の発する殺意が高まり、戦闘も荒々しくなっていった。

 

 

 

 一誠たちは長い廊下を歩いていた。

 古い教会の地下に、近代的な施設が備わっていることに驚く一誠だったが、奥に進むにつれ、邪な気配が強まっていくことに気を引き締める。

 

(待ってろ…アーシア…!)

 

 

 暫く進むと、目の前に一つの扉が現れた。

 周りを見ても先に進むにはこの扉以外なく、さらにはこの先に神父たちの気配も感じていた。

 

「イッセー君、この先にたぶんアーシアさんがいると思うけど、その前に神父たちが邪魔してくるだろう」

 

「ですから、ここは私たちが食い止めます。イッセー先輩はあの堕天使と決着をつけてください」

 

 一誠は二人に申し訳なさを感じつつも、頼もしさを覚えていた。

 自分のわがままから始まったアーシアの救出に、木場も子猫も最後まで付き合ってくれた。

 猛烈な感動を胸に、一誠たちは扉を壁ごと突き破って敵地の最奥へ踏み込む。

 

「…!アーシア!」

 

 一誠はまず目に入ったのは、十字架のような装置に貼り付けられ、意識も絶え絶えに苦しんでいるアーシアの姿だった。

 アーシアは自身の名を呼んでくれた大切な人を一目見ようと、精一杯の力を使って顔をあげる。

 

「い…イッセー…さん…」

 

 苦しくてたまらないはずの彼女は、聖女のように微笑んでいた。

 美しい以上に儚いものだった。

 

「ふふふ…もう遅いわ、悪魔さんたち!間もなく儀式は終わるところなのよ!」

 

 黒い翼を広げ、その瞬間を今か今かと待ち侘びるレイナーレ。顔を歓喜で赤く火照させ、目の前で苦しむ者を嬉々として眺める様子は、はっきり言って異常だ。

 狂っているレイナーレと、今にもその命が消えそうなアーシア。

 

「イッセー君、時間がない!行こう!」

 

 木場と子猫が神父の集団に突っ込んでいく。

 鍛え上げられた剣捌きによる速攻と、力強さで溢れる荒い攻撃、タイプの異なる攻撃が神父たちを次々と薙ぎ倒していく。

 しかし、数が数であるため、一誠の援護に回ることはなかなかできない。

 さらに、

 

「イッセー先輩、早くあの堕天使を倒してきてください…」

 

「ここは僕たちがやっておくから、けりは自分の手で頼むよ!」

 

「ああ!すまねえ子猫ちゃん!木場!」

 

 一誠は二人に後押しされ、レイナーレのもとへ行く。

 

 一人で向かっていった一誠の背中をチラリと見る木場。

 本当なら援護に回れるが、ここはひとつ…

 

(ごめんイッセー君、約束だから…頼んだよ!)

 

 助けに入りたい気持ちを堪え、木場は今、目の前の憎き敵だけを斬ってゆく。

 

 

 

 黒い怪物の咆哮が教会を揺らす。

 鋭く尖った鉤爪型の腕を突き出し、春雄に猛スピードで突っ込む。

 春雄は間一髪のところで避けるが、その避けたところを狙って堕天使たちが光の槍を畳みかける。

 光の槍は、特にダメージを負うほどではないが、衝撃により隙を作られてしまう。そこへ黒い怪物が、狡猾にも確実に殺せそうなタイミングで襲ってくる。

 

 春雄は光の槍で目が眩みそうになるが、黒い怪物だけは視線を逸らさなかった。

 黒い怪物は、次に狙うタイミングを伺って礼拝堂内を飛んでいる。

 翼を広げて飛ぶと、この礼拝堂が狭く感じてしまう。

 

(さっき一発もらったが…なんて威力だ…堕天使の比じゃない…)

 

 春雄の腹には大きな穴が開き、鮮血を流していた。

 ついさっき、腹に太い腕が刺さったのだ。それにより、途切れかけていた意識が繋がり、明確に自分が置かれた状況を理解したのだ。

 

 問題はそこではない。

 たった一撃をもらっただけでこの有様なのだ。

 今まで堕天使のレイナーレの攻撃や、フリードの攻撃は耐えてきたが、現在戦っている黒い怪物はそれらの攻撃を軽く凌駕していた。

 それも彼らの使う魔術や特殊な力ではなく、魔力一切抜きの純粋な力、即ち単純な強靭な体と、高い身体能力のみでダメージを与えたのだ。

 

(どういうわけか…堕天使はあの怪物と手を組んでるようだし…)

 

 などと考えていると、再び光の槍が飛んでくる。

 流石に目がチカチカし、鬱陶しく感じてきたので、

 

「ちょっとごめんよ」

 

 光の槍を一身に受けながら、強引に攻撃の雨を突破し、それぞれの手で堕天使二人の首を掴む。

 首を掴まれた堕天使は息ができず、足をバタつかせるが、春雄は力一杯その二人をぶん投げた。

 放られた先には、次の攻撃の準備をする堕天使たちがおり、彼らは仲間が突っ込んでくるのを知らず、そのまま衝突。

 あまりの威力に、教会の壁を突き破ってそのまま外へ放り出されてしまった。

 他の堕天使たちも殴ったり、瓦礫を投擲したりしてリタイア、時には殺していく。

 一瞬春雄の良心が、殺してしまったことに「待った」をかけようとしたが、自分も命を狙われているのでそんな考えは一瞬で消えた。

 

「君もだ…!グッ…!?」

 

 春雄に恐怖して逃げようとする堕天使を捕まえ、そのまま他の堕天使に投げようとするが、それに夢中になるあまり、背後に飛んできた黒い怪物に気づかず、短い鎌のような腕で背中を切り裂かれてしまった。

 思ったより傷が深かったのか、背中からは勢いよく血が噴き出し、たまらず春雄はその場に倒れ込んでしまった。

 チャンスと思った堕天使たちは、恐怖のあまり逃亡を図ろうと、翼を広げて空へ逃げようとするが…

 

 

 

 一誠はレイナーレのもとへ辿り着くと、そこには狂ったように喜ぶ彼女と、ぐったりして間もなく息絶えそうなアーシアがいた。

 レイナーレの方を見ると、何やら淡く緑色に輝くものを手にしていた。

 

「ついに…ついに手に入れたわ!神器(セイクリッド・ギア)……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖女の微笑み(トワイライト・ヒーリング)を!」

 

 その淡い光は一誠も見覚えがあった。

 誰でも助けようと、崇高で心優しい彼女が持っていた、彼女が持たねばならないものだった。

 それが今、無理矢理レイナーレの手に渡ってしまった。

 ぐったりしたままのアーシア…

 

 

 

…彼女はどうなる…?

 

 

 

 一誠はとりあえずアーシアのもとに駆け寄る。

 この時レイナーレが特に興味を示すわけでもなく、すんなり通れてしまった。

 

 一誠は神器を展開し、自身の力を増幅させ、無理矢理アーシアを十字架から助け出す。

 辛うじてだが、息はまだある。

 

「アーシア…」

 

 一誠は彼女の名前を呼ぶと、瞼を震えさせながら目を開いた。

 

「…イッセー…さん…」

 

 こんな時まで、彼女は微笑んでくれていた。

 彼女は視界に大切な友達が映ると、涙を流して喜んだ。

 

「最期に…イッセーさんに会えて…良かっ…た…」

 

 一誠の頬に触れようとしたか弱く細い手は、力無く下に落ちてしまった。

 一誠は彼女から呼吸音がなくなり、心臓の鼓動も徐々に弱まっていくことから察した…

 

 

 

 

 

…彼女を守ってやることができなかった…

 

 

 

 

 

 一誠は腕の中で眠り続ける彼女を、被害の及ばない安全なところへ、そっと横にしてあげる。

 

「どうして…どうしてだ…」

 

 一誠はわからなかった。

 ここまで純粋で、神に祈りを捧げ、教会にも熱心に仕えていた彼女が、なぜこれほどまで追いやられ、挙句には苦しみながら生き絶える必要があったのか…

 

「悪魔や堕天使もいんなら…神もいんだろ…なんでアーシアばかりにこんな…こんな…」

 

 そして一誠は、悲壮感から一変し、彼女を殺した目の前の堕天使を睨む。

 レイナーレは、悪魔にまじまじと見られるのが気に障ったのか、かなりの嫌悪感を示していた。

 

「どうしてアーシアを…」

 

「彼女が持っていたこの神器はね、人はもちろん、悪魔や堕天使でも治してしまう力があるの…」

 

 そう言って彼女は、足首にその力を行使すると、傷が塞がっていき、元通りになってしまった。

 

「この傷は、あなたの兄弟によってつけられたの…ホント、忌々しいわ…」

 

 本当に悔しかったのか、レイナーレはギリッと歯を噛んだ。

 

「でも、神器は手に入ったことだし、これでアザゼル様に…」

 

 レイナーレが楽しそうに独り言を呟くのを遮るように、一誠が尋ねる。

 

「お前は…俺だけでなく、この子の命まで…なんとも思わないのか!?」

 

 するとレイナーレは嘲笑しながら、全く悪びれもなく答える。

 

「ええ、そうよ。神器なんてものは、持っているだけで本来なら忌み嫌われるものだから…それに私達冥界の脅威にもなり得るものだってある。あなたはその可能性があったけど、どうやらただの思い過ごしみたい…」

 

 話を聞く一誠は、これ以上怒りを抑えることができなくなりそうだった。

 レイナーレの勝手な理由で自分は命を落とし、二人目の犠牲者まで出てしまった。

 人の命をまるで尊ばず、ただの道具のようにしか思っていないあの腐り切った根性が、一誠の神経を逆撫でする。

 そしてレイナーレはとうとう言ってはならないことを言ってしまった。

 

「そう言えば、あなたの兄弟…春雄だったかしら?人間のくせに堕天使に楯突けるほどの力があるから、たぶんいろんな勢力から狙われるかもね!あなたの力もそうだけど、春雄君の近くにいたらろくなことが起こらないわ!主人の悪魔に教えてあげたら?危ない駒は切り捨てなさいってね!別に良いでしょ?だってあの子…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その瞬間、一誠は神器を構える。

 そして馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 かつての初恋を寄せた目の前の堕天使に、少し躊躇う気持ちもあった。

 彼女の顔を見るたび、デートのためにコースをしっかり考えたこと、なるべく楽しんでもらおうと必死になったことなど…

 

 

 

…その日のことが全てアホらしい…

 

 

 

 一誠は決意した。

 春雄の過去を知っている一誠、絶対に口外できない、全てに狂わされた大切な兄弟の人生を知らず、のうのうと揶揄うこの女を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…絶対に殺すことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春雄は目の前の光景に絶句していた。

 堕天使と手を組んでいたと思われた黒い怪物が、飛んで逃げようとする彼らを手当たり次第に襲い、次々とその命を摘んでいったのだ。

 

(仲間じゃなかったのか…?)

 

 ふと春雄は視線を移すと、長椅子の陰に隠れて怯えているあの男女の堕天使がいた。

 自身よりも年下で、幼さが残る美少年と美少女は、耳を塞いで涙を流して震えていた。

 陰に隠れている二人だが、あの黒い怪物が気づいていないわけでもない。

 たまにあの赤い目がギロりと二人を見ることはあるが、特に何かするわけでもなく、飛び回って逃げる堕天使の方を攻撃するのだ。

 

(恐らく狙いは僕だけ…堕天使たちは本来眼中にない…だが奴の狩の性質上、飛び回る必要がある…そこに堕天使が下手に飛んで入ると邪魔なんだろうな…)

 

 などと仮説を立ててみると、腕と翼をもぎ取られ、墜落した堕天使が、まだ辛うじて生きていたのを発見。

 だがあの黒い怪物はそれに構うことはなかった。

 

(やはり!)

 

 春雄は性質を理解すると、黒い怪物の隙を窺ってあの堕天使二人に近づく。

 

「ねえ二人とも」

 

 少年少女の堕天使は、抱き合ってビクビク怯えながら涙を流す。

 春雄はそんな彼らに苦笑いだが、飛び回る黒い怪物の咆哮を聞くと、すぐ表情を引き締め、

 

「怪物の狙いは僕だけだ。君たち堕天使はおそらく眼中にない。いいかい、良く聞いて?逃げる時は絶対に飛んじゃダメだよ?」

 

 発する雰囲気が王のような風格もなく、獣以上の殺意を放ってはおらず、ただの「春雄」、人として接する。

 もとより優しく人懐っこい春雄の性格が、二人の堕天使の心を少しは落ち着かせただろうか。

 体の震えは無くなったものの、未だ涙は出続けているが。

 

「泣いてもいいけど…それで助かるわけじゃないからね…今は生き残ることだけ考えるんだよ!」

 

 春雄はそう言うと、黒い獣のような手を出し、人の手で言う小指に該当する箇所だけを出す。

 

「別に君たち、戦うつもりはなかったんでしょ?だったらこんな血生臭いところから逃げるんだ」

 

 堕天使の二人も、小さい小指を出して、春雄の差し出す指にそっと触れる。

 

「約束だよ?ちゃんと生き残って、後で僕と一緒にいたお兄ちゃんとお姉ちゃんに謝るんだよ?」

 

 二人の堕天使はコクリと頷いて、春雄と「ゆびきりげんまん」をしてのだった…

 

 

 

 教会にできた穴から逃げていく二人の背中を見ていると、本能が聞き出す。

 

 

 

ーいいのか?

 

 

 

 何が?

 

 

 

ーお前を殺そうとした奴らの手下であるのだぞ?

 

 

 

 いいよ、本人たちは全くの無害だし。それに、あんな綺麗な心を持つ子たちが、こんな戦場にいちゃだめだ…

 

 

 

ー………次会う時、あの者らは強くなり、敵として現れるかもしれんのだぞ?

 

 

 

 その時は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながら僕は優しくないね…

 とりあえず、あっちも堕天使を片付けてくれたそうだし、いよいよ1対1のぶつかり合いができるわけだ。

 

 たぶん今まで僕の記憶が曖昧だったのは、全て戦いが起きた時、僕の中の黒い殺意を出すものが代わりに戦ってたんだろう。

 でも今は違う。

 僕が黒い殺意の力を使いこなす番だ。

 

 ずっと僕の心の中の呼びかけに応じてくれなかったものが、やっと会話してくれたんだ。

 恐らく僕にこの力を使いこなせるか試すつもりなんだろう。

 

「やってやる!」

 

 僕は意気込んで、目の前に迫る黒い怪物に突っ込んでいくと同時に、話し合う機会をくれた二人の子供の堕天使に感謝した。

 願わくば、彼らが戦場に赴くことがない、平和な世の中になることを…

 

 

 

 俺、兵藤一誠だ!みんなからは「イッセー」って呼ばれるんだけど、何気にこの視点になるの初めてじゃね?

 

 そんなことより絶賛ピンチです!

 俺の大事な兄弟を揶揄ったあの堕天使、もう元カノとか関係なしにぶっ潰すと決意したはいいけど、やっぱり強い。

 飛んでくる光の槍は、俺の神器でパワーアップした身体能力で避けられるが、本当に間一髪だ。

 たまに腕とか足とか掠るけど、これがまあ痛い!

 やっぱ悪魔にとって光って、とんでもない毒なんだなあ…

 

 とか思ってると、右の太ももに一本ブッ刺さった。

 痛すぎて右足の間隔全てがなくなったようだ…光が毒として身体中回ってるのか、意識も少しづつぼんやりし始める。

 

「ちっ…クソ悪魔の分際で生意気な…でもね…」

 

 そう言ってレイナーレは、さっき与えた俺の決死の攻撃によるダメージを、アーシアから奪った神器で回復しやがった。

 

 どこまでもこの女は俺を怒らせる。

 あの力はアーシアのように心優しい人が、困っている人に手を差し伸べるために使った方がよっぽどいい。

 お前みたいな自分勝手な奴に使われると、その神器も廃れちまう!

 

「その神器(セイクリッド・ギア)はお前みたいな勝手な奴が持ってんじゃねえ!」

 

「うるさいわね!こんな素晴らしい神器、たかが人間の分際で持つには手に余る代物なの!この力は我ら堕天使こそが相応しいわ!」

 

「お前の価値観で決めてんじゃねえ!さっきからお前ら堕天使だけ持ち上げやがって…人間だってなあ、みんなこの地球上で頑張って生きてる生命の一つなんだぞ!」

 

「所詮100年生きるか生きれないかの軟弱な存在が、たった一つなくなった程度で?」

 

 我慢の限界だ。

 もう容赦しねえ!

 悪魔も堕天使もいんなら、神様だっているんだろ?

 だったらこいつを、アーシアから神器を奪って殺したこいつを、人の命をぞんざいにするこいつを!

 

(1発でも手痛いの食らわせるくらいの力を寄こせえ!)

 

 すると、俺の左手の、赤い龍のような籠手の神器が光り出すと同時に、俺の全身に力がみなぎってくるような気がした。負傷した足も、痛いことに変わりないが、今なら動く!

 覚悟しやがれ…

 

「レイナーレぇぇぇえええ!」

 

「私の名を呼ぶなぁぁぁあああ!」

 

 

 

 春雄は今、黒い怪物の鋭い腕に肩を貫かれ、そのまま宙をものすごいスピードで振り回されていた。

 黒い怪物は時に急降下し、勢いよく長椅子や壁、瓦礫にぶつける。

 打たれ強い春雄の体は異常なほどの再生スピードで回復しつつあるが、それでも負った傷は深い。

 切り裂かれたり、刺し貫かれたことによる大きな傷と大量出血、何度も叩きつけられたことによる打撲や骨折など、普通の人なら死んでもおかしくないレベルの怪我を負っていた。

 

(やばい…このままだと…意識が…堕ちる…!)

 

 春雄は黒い怪物が地面に叩きつけるタイミングを見計らい、体の全筋肉を使って無理やり体勢を崩し、共に地面に落ちた。

 黒い怪物はそれなりにダメージを負ったが、春雄は強引に体勢を変えたため受け身をとれず地面に激突。

 さらに刺さっていた怪物の腕が、肩を抉り取っていくように外れたので、春雄は今、満足に体を動かすことができなくなってしまった。

 黒い怪物は、防御力がそこまで高くないのか、復帰にはかなり時間がかかったようだが、今の状態の春雄を倒すのには何の造作もないようで、完全に復帰するまでそれなりに時間をかけていた。

 

(くそっ!もう動けるのか!)

 

 止めを刺すため、黒い怪物は翼を広げ、宙を舞う。

 急降下して、あの血に濡れた太い腕を刺してくるのだろう。

 

「動け…こんなところで寝てる暇ないだろう…!」

 

 なんとか立ち上がることはできた。だが足以外は満足に動かすことはできない。

 春雄はどうしようか考えていると、自分の体を支えているのが足だけではないことを知った。

 

(これなら…!)

 

 

 

 春雄がなんとか窮地を脱せそうな中、一誠はレイナーレ相手になかなか近づけずにいた。

 一誠の力がいきなり跳ね上がったことに驚き、用心深くマークされ、接近させまいと光の槍の雨のような攻撃を食らっていたのだ。

 

(別に今の状態なら躱せないことはねえが…)

 

 レイナーレは慌てているものの、やはりそれなりの実力はあるようで、精度の高い攻撃をしてくる。

 次の一手の速さがあちらが上。

 ならば…

 

(こんなところで足踏みなんて、カッコ悪いな!)

 

 自分を気遣って向かわせた部長と朱乃、神父の相手をしてくれた木場と子猫、黒い怪物の相手を買って出た春雄、そして自分を頼ってくれたアーシアのことが頭に浮かぶ。

 そんな彼らのために、そして自分自身のけじめのために、一誠は覚悟を決めると…

 

「な…馬鹿な…!」

 

 迫って来た最後の槍を避けず、そのまま両手で受け止める。

 籠手のない方の手からは焼けるような痛みが襲い、威力を十分に殺しきれず、槍の先端部分が脇腹を掠める。

 

「めっちゃ(いて)え…だが…」

 

 レイナーレは驚くとともに軽く恐怖心も浮かび上がってきた。

 龍のように力強いオーラを発する一誠の顔が、不敵に笑っていたのだ。

 

 レイナーレとの実力差は誰が見ても圧倒的なものだった。

 一誠が1ならば、レイナーレは1000はある。

 これだけ絶望的なまでの差があるにもかかわらず、一誠はただの「気合」だけでくらいつく。

 

(神器は宿主の強い思いに応えてくれるんだろ?だったら…)

 

 一誠の固く握りしめる左手に怒りを込める。

 その怒りはアーシアを守れなかった自分でもあり、命を軽んじるレイナーレにでもある。

 

 

 

…ここで…全てを終わらせてやる!

 

 

 

『Boost!』

 

 ここで突如、赤い龍のような籠手が吠えた。

 自然と力が湧きおこる。

 

「なんなの…その力…」

 

 狼狽えるレイナーレは、一誠に恐怖心を覚え、何が何でも遠ざけようと出鱈目に光の槍を撃ち込む。

 しかし一誠はそんなものに怖気づかず、光の槍が突き刺さろうとも構わず突っ込む。

 

『Boost!』

 

 再び籠手が吠える。

 

(力がまだまだ漲る…)

 

 一誠は握りしめた拳を見つめていると、今までの記憶がドッと頭に流れ込んでくる。

 高校2年生として、今年こそは彼女の一人や二人とは思ったものの、やってきたことが災いし、女子から逃げられる始末であった春。

 それでも青春らしいことはできていた。

 友人や兄弟と馬鹿をやって、先生から怒られる生活は、案外悪いものではなかった。

 

 

 

…こんななんでもねえ生活が続けばな…

 

 

 

 だがそんな細やかな願いは通じず、天は一誠を見放したように試練を与えた。

 ことの発端は彼に接触した初恋の天野夕麻、いや堕天使のレイナーレの、神器を狙った暗殺だった。

 この日を境に一誠の日常は、歯車が外れたように狂い出した。

 気がつけば自分は悪魔に転生し、慣れない仕事や、命のやりとりが行われる戦い…

 そして突如変貌を遂げた兄弟の春雄…

 

 波乱に波乱が続く喧騒の日々の中、一誠は思うように結果を残せないことが続いた。

 

 

 

…悪魔として、俺は部長に何もできてねえ…折角俺を生き返らせてくれたのに…

 

 

 

 だからこそ、部長たちは一誠に託したのだろう。

 

『Boost!』

 

 左手の籠手は、一誠の滾る思いに応えるように吠える。

 

「俺だけじゃねえ…俺の周りに迷惑かけまくってる堕天使レイナーレ!俺が代表してお前を裁く!」

 

 固い決意を叫ぶと、一誠の籠手は光り輝く。

 

『Explosion!』

 

 すると、今まで溜めてきた力が爆発したかのように解き放たれる。

 先程まで狼狽えつつもそれなりに冷静だったレイナーレは、とうとう精神が破壊されてしまった。

 愚鈍で矮小な、取るに足らないと思っていた悪魔が、途端に大きく見え始めた。

 

 レイナーレは驚きと恐怖の目で、一誠の左手の籠手を見ると、明らかな動揺を見せた。

 

「あの力…数十秒で威力が倍増する能力…まさか…神滅具(ロンギヌス)!?それもあの…二天龍の片割れの『赤龍帝』だと…!?」

 

 赤く、怒りを表したかのように燃えるオーラを放出する姿は、まさしく龍だった。

 

 

 

 そしてその頃、春雄にもとある変化が訪れていた。

 あの黒い怪物が、礼拝堂を滑空する姿を見ていると、不意に頭に映像が浮かび上がった。

 それは決して自分のものではなかった。

 

 あたりには知らない、天をつくほどの山々が聳え、今よりもずっと巨大な木々が生い茂る大自然…

 図鑑でチラッと見たことがある。極めて原始的な生物が地上を這い回る時代…

 

 

 

–ペルム紀–

 

 超巨大なシダ植物が天高く伸び、その間を奇抜な昆虫が飛び回り、地面には奇怪な姿の陸上生物が這っている。

 水中では恐ろしい見た目のものや、原始的な特徴を持ちながら現代のものとも似ている魚が悠々と泳いでいた。

 

 

 

 ズシン…

 

 

 

 突然あたり一体を揺らし、池には小さな波が発生する。

 先程まで自由気ままに行動していた生物たちは、恐れをなしたかのように一目散に逃げていく。

 

(みんなどこ行くんだろ…てか僕…大きいな…)

 

 その様子を見下ろすように眺めていたのは春雄だった。

 だが目の高さから、およそ100メートルはあると思える。

 

(誰かさんの視点なのかな?)

 

 などと思っていると、突然この視点の主は勢いよく振り向く。

 見つめる先は天空。

 灰色がかった空から現れたのは、春雄が戦っていたあの黒い怪物だった。それも超巨大だった。

 驚く間もなく、黒い怪物と自分は戦闘を始めた…

 

 鋭い腕が突き刺さろうとも怯まず、強引に黒い怪物の首を掴む。

 

 反対に噛みつかれても、一切攻撃の手をやめない黒い怪物。

 

 

 

 これは戦闘だろうか…いや、これは生き残りをかけた殺し合いだった。

 

 

 

 その後映像は途切れ、また別の映像へと切り替わる…

 

 恐竜が闊歩する時代、そんな彼らにお構いなく再び巨大な怪物は争う。

 その時、空を飛ぶ黒い怪物以外に、それよりずっと大きく、翼を持たず、腹に卵のようなものを持つ別の個体が現れた。

 1対2というアウェイの状況でも、春雄が共有する視点の主は正面から待ち構えた。

 さながら王のような佇まいに、2体は一瞬怯むが生き残るために戦う。

 

(すごい…)

 

 春雄は目の前の壮絶な光景に絶句し、心を奪われていた。

 そこには小細工皆無の、まさしくお互い生存をかけた殺し合いが行われていた。

 お互い傷つき、体力も徐々に消耗しているはずだったが、攻撃は緩むことなく、むしろ激しさを増していく。

 

 春雄は視点の主と通じてわかった。

 2体の怪物は自分を餌、苗床にしようとしている。

 現に視点を借りているこの主からはとてつもないエネルギーを感じていた。

 あの卵を持つ黒い怪物はきっと、エネルギーの補充、もしくは寄生して卵を産みつけようとしているのだろう。

 

 後世へと託すため。

 

 産卵を控え、もともと動きの鈍いメスは、卵を守りつつ戦っている。

 オスはそんなメスを傷つきながらも守っている。

 

 だが主もしぶとい。

 あれだけ攻撃を食らいながら、怯むどころかむしろ向かっていく。

 ここで自分が倒れたら、なす術なく奴らの餌食になってしまう。

 奴らにはない尻尾を使ったり、時に何か口から吐いて応戦する。

 

 全く逃げずに、真っ向勝負を挑むこの姿に、春雄は不思議と怖さを感じず、むしろ憧れに近い感情を抱いていた。

 それだけでない、何か、以前から知っていたかのような懐かしさも感じていたのだ。

 

 そして、いよいよ決着をつけるのか、黒い怪物は鋭い腕を構え、主は青白い輝きを放つ。

 

 しかし、主も黒い怪物からも殺気が一瞬にして違うところに向いた。

 

(なんだ…何がいるんだ…)

 

 春雄もその視線の先を見ると、嵐を纏う真っ黒な雷雲が、轟音と共にギラギラと黄金に輝いた。

 すると主と2体の怪物は、そちらに向かって咆哮を上げた。

 

 

 

 気がつけば、目に映る光景は礼拝堂になっていた。

 そしてこちらに猛スピードで突っ込んでくる、さっきの映像にも出てきた怪物が写った。

 恐らくさっきのは記憶で、僕の中に宿っている『王』の記憶なんだろう。

 なぜ『王』だって?

 わからないけど、なんかそんな感じがしたんだ。

 

 さて、記憶が確かなら、目の前に迫る敵はかつて僕の中の王と生存競争を繰り広げた宿敵になる…王からしてみれば『天敵』かな?

 たぶん目の前の敵は、僕の中の力に気づいているはず。

 宿敵として立ちはだかる僕を、迷いなく殺しに来るだろう。

 

「僕だって生きたい…だから!」

 

 僕だってやるさ。

 相手の殺意に、僕も目一杯の殺意を向けると、尻尾をしならせながら吠えた。

 僕の口から放たれたのは声ではなかった。

 王と同じ、全てを揺るがす『怪獣王』の雄叫びだった。

 

 

 

 一誠は爆発的な力で、一気にレイナーレに距離を詰める。

 逃亡を図ろうとするレイナーレの足首を掴み、握りしめる左手に力をこめる。

 

 春雄はじっと、黒い怪物がこちらに向かってくるのを待つ。

 その瞬間が来るまで待つ。ほんの一瞬の時間が長く感じられた。

 

 一誠は左手を振りかぶる。

 

 春雄は下半身に力を込める。

 

「うぉぉぉおおお!!」

 

「あぁぁぁあああ!!」

 

 二人の雄叫びが木霊する。

 

 迷いなく振り抜かれた一誠の拳は、レイナーレの整った顔にヒットし、彼女はあっという間に意識を刈り取られた。

 鈍い音と同時に、彼女はアーシアが磔にされていた十字架の装置に激突し、動かなくなった。

 

 黒い怪物は、もう少しで鋭い腕が春雄に突き刺さろうとした瞬間、体全体に衝撃が襲いかかった。

 春雄から伸びる尻尾が、黒い怪物を高速で叩きのめしたのであった。

 一撃で黒い怪物は地面に叩きつけられると、気絶し、動かなくなった。

 その動かなくなった頭部へ、春雄は力一杯踏みつけた。

 グチャリと音を立て、一瞬ビクリとその黒い体が動くと、以後礼拝堂内には静かな沈黙が訪れた…

 

 

 

 春雄は痛む体に鞭を打ち、地下室を降りていくと、地面にへたり込む木場と子猫に出会う。

 木場たちは、春雄を目にした途端、目を丸くした。

 

「大丈夫なようで安心しましたよ!」

 

「いや、僕らより春雄君の方が大変じゃないのかい?」

 

 なんらいつもと変わらない元気な、そして隠しきれないバカな感じが滲み出ながら、頭から血を流し、肩が抉れた重傷を負う春雄に、木場は苦笑いだった。

 

「神父たちは?」

 

「…あそこです」

 

 子猫が指差すところには、殺害されたと思われる神父たちが固まっていた。

 改めて春雄は、この人たちが悪魔であることを理解したのだった。

 

「…何か失礼なこと考えてません?先輩…」

 

「いや…改めて戦闘が行われたんだなって思ってね…ホント知識を持った人間も、悪魔も、堕天使も…くだらないことばかりで争うんだから…」

 

「………ホントですね…」

 

「………そうだね…」

 

 春雄の鋭く尖った言葉が、二人には深く突き刺さる。

 

「そう言えば、イッセーは?」

 

「俺はここだよ…」

 

 声のした方を振り向くと、そこには傷だらけになりながらも、それなりに大丈夫そうな一誠が、アーシアをお姫様抱っこの状態で立っていた。

 戦いに勝ったことがわかり、安心した一同だったが、一誠の腕の中で眠り続ける彼女を見ると、重い空気がその場を支配した。

 

「諦めるのはまだ早いわ」

 

 ひどく憔悴した一誠と春雄に声をかけるのは、

 

「部長…」

 

「それに朱乃先輩も…」

 

 リアスだった。そしてその隣ではニコニコ笑顔の朱乃がいた。

 

「まだ諦めてはいけませんわ、イッセー君。春雄君」

 

「何か方法があるんですか?」

 

 一誠の問いに、二人は頷いた。

 しかし、

 

「でも…アーシアさんの呼吸も心臓も止まってます…死亡したんですよ?」

 

 と、悲壮感漂う表情と、悔しさが滲み出ている声で、春雄は絶望的な現実を告げる。

 

「そんなことはわかってるわ。それでも助けられるの」

 

 しかし、二人と違ってリアスは力強く、自信に溢れた様子だった。

 

 

 

 彼女なら何かできるかも…イッセー(俺)がそうだったみたいに…

 

 

 

 二人は可能性にかけた。

 まだ希望は潰えていない。

 

 

 

 

 




次回で、『旧校舎のディアボロス』の章は終わりです。
たぶん…

誤字がありましたら、遠慮なくお教えください。お願いします。

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