抱き上げたサスケを高い高いすると、きゃっきゃと嬉しそうに笑う。その無邪気な顔を見れば自然とこちらの頬も緩む。
先ほどまで文句一つ言わずにサスケの遊び相手になっていたスバル兄さんは、横になっていた状態から座り直していた。
「スバル兄さん、今日はずっと家にいるの?」
スバル兄さんはじぃっと、オレとサスケを見つめるばかりで何も言わない。
兄さんは昔からこういうところがある。ふとした時に心ここにあらずというか、オレたちを見ているようで別のものを見ているというか。
多忙な人だから、きっと考えなきゃいけないことがたくさんあるんだろう。
「兄さん?」
再度呼びかけると兄さんはふっと視線を逸らす。そして、指文字で《そのつもり》と教えてくれた。
暗部の“根”に所属しているスバル兄さんは、普段は寮暮らしをしている。
今回はうちは一族の会合と中忍試験への参加目的で一時的に実家に帰ってきているが、またすぐに会えなくなってしまう。
「母さんとサスケはそろそろ出かけるんだって」
《きいてる》
「だから……その、あのね」
……今だけでも、ほんの少しだけでも、兄さんと一緒にいられたら。
服の裾を握りしめる。
さっきも言ったように、兄さんはとても多忙な人だ。
アカデミーを卒業してから最近まで一度も実家に帰る時間すら作れなかったところに、やっと手に入れた休暇。
しかも、中忍試験のせいで心と体を完全に休めることは出来ていないはず。
本当は兄さんにはたくさん休んでほしいし、好きなことをして過ごしてほしい。
「スバル兄さんは、家でゆっくりしたいかもしれないんだけど……」
でも……それと同じくらいオレと一緒にいてほしいし、オレとの時間を作ってほしい。
やっぱり……わがまま、かな。
おそるおそるスバル兄さんの顔をみれば、いつものようにその感情は上手く読み取れなかった。
オレの足元で不思議そうに見上げてくるサスケの頭を撫でながら口を開く。
「あ……あのね! 少し気になったから聞いただけで、オレは……」
《どこだ?》
繰り返される指の動きを追いかけて、目を見開く。
スバル兄さんは、気のせいでなければ微笑んでいるように見えた。
《いきたいところが あるんだろ》
「うん……」
《すぐに したくする》
「うん……!」
立ち上がった兄さんは微かに目を細め、オレとサスケの頭を撫でる。その手つきは相変わらず優しくて……温かい。
《なんでも かうといい》
「そんなに高いものじゃないよ。ただ……」
スバル兄さんのズボンの裾を掴む。自然と顔には笑みが浮かんでいた。
「だんごやの新作が美味しかったから、兄さんにも食べてほしくて」
本当はそれすらも口実だ。どこだっていいし、なんだっていい。
スバル兄さんと一緒なら、一緒にいてくれるなら、それだけでオレは満足だった。
がくりとスバル兄さんが床に膝をつく。
「スバル兄さん!?」
兄さんは胸を押さえていて苦しそうだ。どこか悪いのかとオロオロしていたら、すぐに何事もなかったかのように立ち上がった兄さん。
「だ、大丈夫なの……?」
「…………」
スバル兄さんはさわさわと自分の胸元を確認するように触っている。
「どこか悪いなら、先に病院に」
《いつものだから》
「いつもあんなことになるの!?」
大変だ。スバル兄さんが死んじゃう!
遊んでいると勘違いしてはしゃいでいるサスケを抱き上げ、兄さんの手を掴んで走り出す。
「あら、どうしたのそんな急いで」
「母さん! 兄さんが――」
ちょうど部屋の外にいた母さんに「兄さんが死んじゃう」と言い切る前にふわりと身体が浮いた。
「スバルもここにいたのね」
「…………」
サスケを抱っこしているオレごと抱き上げた兄さん。しかも片腕で、だ。兄さんの細腕のどこにそんな力があるのか不思議でしかたない。
スバル兄さんは空いている方の手で指文字を綴った。
「イタチと出かけるの? そう、じゃあ少し早いけれど、サスケはお母さんに任せてちょうだい」
差し出された母さんの腕にサスケを預ける。泣くかもしれないと思ったが、ウトウトしているせいか大人しい。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
兄さんはオレを抱っこしたまま、母さんの言葉に小さく頷いた。
外でもこのままだったらどうしようと心配していたら、玄関で靴を履く時に降ろされた。
「…………」
安堵と共に、物足りなさも感じる。
靴を履き、オレのことを待ってくれているスバル兄さんに声をかけようと顔を上げたら、目の前に手のひらが差し出された。
《はぐれると いけないから》
「……うん!」
差し出された手を握って玄関を出た。
うちはの集落を抜けて、木ノ葉の大通りを二人で歩く。
何度も母さんと通った道なのに、隣を歩いてるのがスバル兄さんってだけで全てが違って見える。
オレたちはだんごやの暖簾をくぐり、店の一番奥の席についた。
「オレは三色団子と、新作の桜餅にするけど……兄さんはどうする?」
《おなじものを》
「分かった」
席まで来てくれた店の人に注文を済ませ、温かいお茶を飲みながらまったりと過ごす。
兄さんは猫舌だから、お茶に何度もふーふーしていた。
……こういう、ちょっと意外というか、ギャップがあるところ。
弟であるサスケならまだしも、スバル兄さんに向けるべき感情ではないかもしれないけど……かわいいな、と思う。
兄さんが聞いたらショックを受けるかもしれないから、オレだけの秘密だ。
「スバル兄さんも気に入ってくれたみたいで良かった」
だんごやで穏やかなひと時を過ごした後は、あてもなく木ノ葉の大通りをのんびりと歩いていた。
スバル兄さんはオレと同じで甘味に目がない。
出されたものには文句をつけずに何でも食べるけど、甘味を食べてる時の兄さんを見ていると特別に好きなんだと分かる。
さっきも桜餅が出てきた時には間違いなく目が輝いていた。……多分、オレも同じ反応をしていたと思う。
「兄さん、少しだけあそこに寄っていい?」
オレが指差したのは、様々な雑貨が並んでいるお店。兄さんの了承を得て店に入る。
兄さんは不思議そうな表情で店内を見渡していた。あまりこういうところには馴染みがないのかもしれない。
「これください」
店番をしていた男性に持っていたものを差し出す。
シンプルな黒い髪ゴムだ。他で買うより少し高いけれど作りはしっかりしている。
以前ここで買ったものも伸びたり千切れたりすることなく、今も大事に使っているところだ。
兄さんが店の入り口付近で何かに見入ってる間に支払いを済ませ、小さな紙袋を受け取る。
兄さんは近づいてきたオレに顔を上げ、オレの持っている紙袋に目をやって、
《おれが かったのに》
と少し残念そうに言った。オレは急いで首を横に振る。
「これ、兄さんに渡したくて」
持っていた紙袋を兄さんの手のひらに乗せる。兄さんは何度か瞬きを繰り返し、オレから手元の紙袋へとゆっくり視線を移した。
《おれに?》
「うん。ただの髪ゴムだけど……ほら、兄さん。今使ってるやつもちょっと伸びてるから」
「…………」
スバル兄さんの瞳は僅かに揺らぎ、何かに耐えるように眉が寄る。
「……気に入らなかった?」
忍具とか、もっと実用性のあるものの方が良かったかな。
そう思っていたら。
兄さんは髪ゴムの入った紙袋を胸の前でぎゅっと抱きしめた。とても大切そうに、目を細めながら。
《いっしょう たいせつにする》
「……一生はもたないと思うよ」
《それでも そうする》
「……ふふ」
渡した髪ゴムは三個入りだから、本当にそうなるかもしれない。
「家に帰ったら、オレが兄さんの髪にそれつけていい?」
《ああ》
改めて差し出された手を握って帰路につく。
家についてから早速兄さんの髪を結ぼうとしたけど……なかなか上手くいかない。
兄さんの髪はちょっとだけ生きてるみたいだった。
イタチ「兄さん、一旦髪解いてくれる? 先に櫛を通すから」
スバル(今使ってる髪ゴムをとる)(ぶわっと広がりまくる癖っ毛)
イタチ「…………」(必死に暴れ狂う髪を何とかしようとするイタチ)
スバル「…………」(弟に髪を整えてもらうのもいいなと思ってるスバル)
本編43話イタチ(里帰り初日)
――その仕草に胸の奥で何かが跳ねた。……嫌というくらい知っている感覚。
→オレの兄さんは実はとても可愛いのだという感覚ッ!
12.5話はこれを説明するためだけの話です