じんせい詰め合わせ   作:湯切

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内輪編(クーデター編)のユノ視点


泡沫

 書類に書かれてあることなんて嘘ばかりだ。

 オレは自分を産んだ親の顔すら知らないし、幼い頃はダンゾウ様を自分の親だと勘違いしていたこともある。

 

 根の人間にとってダンゾウ様はある意味親のような存在だった。

 ここにいるほとんどの人間が一般的な家族の温もりを受けたことがない。訓練によって感情を殺され、本で得た知識で人の心を理解した気になっている。

 

 それでも本から得た知識はいつだって正しかった。

 何の感情も伴っていない笑顔でも、貼り付けているだけでみんな馬鹿みたいに警戒を解いてくれるんだから。

 第一印象は大事だ。他人の懐に入り込むには慎重なくらいが丁度いい。

 

「ダンゾウ様の命により本日からチームを組むことになりました。コードネームはユノです。よろしくお願いします」

『……クロネコだ』

 

 あの人の第一印象はなんだったかな。

 いつもお面を被っていて何考えてるか分かんなくて、お面を外したって同じだ。目と目が合っても一切の感情が読めない。

 根の人間らしいっちゃらしい。でもなーんか違うなって思ったんだよ。

 

 オレはユノ。それ以外の名はもうない。この名前だってすぐに別のものになるだろう。

 特に優れた血継限界や秘伝忍術を受け継ぐ一族出身というわけでもなく、ちょっと要領が良いだけの平凡な忍。

 

「ヨル? どうしたんだよ、今日はやけに早いな」

 

 何度も何度も練習した笑顔は、今では意識しなくても綺麗に出てきてくれる。

 主に火影直属の暗部が利用する更衣室。着替えを済ませてあとは狐のお面を被るだけだったオレは、更衣室に入ってきたチームメイトにニッコニコと笑みを向ける。返ってきたのは仏頂面だった。

 

「ツミ隊長はもっと早くに来て鍛錬中なんですよ。部下である私が怠けるわけにはいきませんから」

「あれは仕事人間すぎるんだってば。体壊してないのが不思議なくらい」

 

 オレには無理無理〜とへらへら笑っていたら睨まれた。この辺にしておくか。

 

「あなたも軽薄な態度が目立つわりにいつも早いですよね……ところで、キタはまだですか」

「キタは朝弱いからいっつもギリだろー。つーか、何もかも隊長に合わせてたらオレ達が過労死するぞ? キタが来ても小言はやめてやれよ」

「そうはいきません。朝に弱いなど、ただの言い訳なんですから……」

 

 ブツブツ小言を言い始めるヨル。こうなってはすぐには終わらない。この状態のヨルと密室で二人っきりはキツすぎ。

 狐面を被ってさっさと更衣室を出るとヨルもついてくる。何でついてくんだよと言いかけて、彼女が女だったことを思い出す。

 

「……男の更衣室に顔出すのそろそろやめたら。オレ、慣れてきたせいか一瞬お前の性別忘れてたぞ」

「男女差別ですか? 今時流行りませんよ」

「ちがうから」

 

 あーもーめんどくさ。あーいえばこーいう。オレはやっぱモズさんとかクロ隊長みたいに無口な人がいいな。

 根の任務のためには彼女とも仲良くした方がいいんだろうけど、いまいちマニュアル通りにならないというか。もどかしい。

 そんなことを考えていたらくすくすと小さな笑い声が聞こえてくる。オレの後ろから……ヨルだ。

 

「あなたは子供みたいですよね。心配しなくても、着替えは女性専用のところでしますから」

「……はぁ?」

「すぐに合流するのでツミ隊長にも伝えておいてください」

 

 言いたいことだけ言い切って装備部へと去っていくヨル。

 

「……わっかんねー」

 

 マニュアルに載ってないことは出来ない。理解も追いつかない。それが戦闘に関するものだったらいくらでも応用が利いたはずなのに。

 

 

 

「今日こそは我々四人で親睦会やりましょう!」

[親睦会?]

「そうですよ。隊長、ろ班の人たちとばかりご飯行くじゃないですか! たまにはオレたちに時間使ってくれてもいいと思うんです」

 

 今日の任務が無事に終わり、更衣室にはオレと隊長とタキしかいない。

 まだお面を被ったままだった隊長は、暫く考え込むような素振りを見せて、最後はこてんと首を傾げる。

 

[なぜ]

「なっ、なぜってそりゃあ……なあ?」

「オレに振るなよ。隊長そーゆーの分かんない人だろ」

「薄情者! 一緒に頼んでくれてもいいのによぉ」

 

 返事を間違えたか。すぐに思考を切り替えてタキの肩に腕を回す。頬の筋肉を緩めておくことも忘れない。

 

「まあまあ。隊長も忙しい人だから。メシならオレとヨルとお前で行けばいいだろー?」

 

 社交性なんてもんは絶対にないこの人が、はたけカカシ達のプライベートな誘いに応じてることすら“どうかしてる”。

 お面をつけている時の隊長と彼らの会話を聞いていればまるで友人同士みたいだ。そんなはずないのに。

 

 ぽんっとオレとタキの肩に手のひらが乗る。

 

[そうだな]

「……え?」

[ヨルの着替えが終わったら四人で行こう。それでいいか? タキ]

「はっ、はい!! ぜひお願いします!?」

 

 マジか。いやマジか。行っちゃうんだこの人。

 ろ班は写輪眼のカカシや元根の暗部出身のキノエさんがいるから分からないでもないが……。

 オレ達の班なんて今のところ死傷者は出ていないものの程度の低い集まりだ。わざわざ任務以外の時間を割いてまで交流するメリットなんて一つもない。

 

「……行く店は決まってるんですか?」

 

 やっぱり“オレたち”とは違う。かといって里の奴らとはもっと違う。

 

[だんごや]

 

 隊長はそれ以外はあり得ないとでもいうように即答する。

 

「…………」

「…………」

 

 そういやこの人、顔に似合わず甘党だったような。

 

 

 

 いまいち“うちはスバル”という人間を掴めないまま、うちは一族によるクーデターの件が進展を見せていた。

 

『指文字を?』

「はい。ダンゾウ様から知らせを受けていませんか?」

『……教える相手が誰かは聞いていなかった』

 

 隊長はまだオレが身代わりになる可能性があることを知らない。そもそも決定事項じゃないし。

 うちは一族の件はダンゾウ様といえど慎重にならざるを得ない案件であり、今後どう状況が変化するか読めないからだ。オレは、ただの保険。

 

 その日から隊長に指文字を習い始めた。読むのと実際に自分でやるのとでは随分と勝手が違う。

 まず隊長の指の動きについていけない。人間やめてるだろ、アレ。

 普段オレに見せていた指文字は読みやすいよう配慮されていたのか。

 

 滅多に忍術を使わない隊長が、やけに火遁の印を結ぶのが速い理由が分かった気がした。

 

「あの弟くんが一族抹殺するなんて、本当にそうなるんですかね。当初は隊長がやる予定だったんでしょ?」

 

 隊長のように動かない指にイライラしながら、気になっていた話を振る。隊長はオレの指の動きを目で追いながら『ダンゾウ様が決めたことだから』と興味なさげに言った。

 うちはイタチは優秀な忍だが、情に左右されることなく一族を皆殺しにできるかと言われると微妙なところ。

 オレは隊長がやった方が確実だと思ってる。決してダンゾウ様には言わないが。

 

「隊長もそれでいいんですか? 普通、弟くんが少しでも可愛いならやらせないんでしょうけど」

『…………』

「まあ、隊長はそういうのないですよね」

 

 根の人間は一般的な感情ってやつが理解できない奴が多いけど、この人は別格だと思う。感情が分からないというより、そもそも“知らない”んじゃないかって。

 ……そのわりに急に人らしいことするし、チグハグなんだよなあ。

 

「ところで、ヨル達には上手く言っといてくださいね。ゴズ達が言うには馴染むまで結構かかるらしいんで」

『分かった』

「あーあ。どれくらい痛いんだろ。メズにだいぶ脅されて憂鬱なんですよ」

『……よく喋るな』

 

 少し呆れたように言われた。オレは「そりゃあ」と笑う。この人は知らないだろうけど、オレは普段は無口な方だ。

 

「隊長のこと尊敬してるので。たくさん話したいじゃないですか」

 

 

 

 初めて任務で致命的なミスをした。

 

 うちはシスイの血が付着している忍刀を背中に戻す。

 

「…………やっべ」

 

 手負いで死にかけだったシスイを取り逃した挙句、一瞬とはいえ“素顔”を見られたかもしれないなんて。

 隊長の身代わりとなって死ぬことが確定している今、このミスはやばい。やばすぎる。すでに顔も“そっち”に変えてたってのに。

 

「シスイの捜索はオレよりヨウジさんのが確実。先に隊長のところに……」

 

 もしもシスイがヨウジさんの蟲の追跡から逃れたとしたら、“うちはスバル”に命を狙われたとうちは一族に証言するかもしれない。そうなればあの人の立場が危うくなる。先に伝えておけばいくらでも対処はできるはずだ。

 

 

《なぜ ここにきた》

 

 一族の会合を終えたばかりな隊長の前に姿を現す。少し苛立っているようだ。周囲にうちは一族の人間がいる状況で、暗部の姿をしたオレがここにいるのは不味い。

 隊長は念入りに周囲の気配を探っていた。

 

「すみません。急ぎで伝えなきゃいけないことがあって」

「…………」

 

 オレは隊長に全てを説明した。シスイの姿を見失ったこと、ヨウジさんが追跡を続けていること、シスイに今のオレの顔を見られた可能性が高いこと。

 

《わかった》

 

 隊長はオレを責めることも、この状況を嘆くこともしなかった。むしろどこか安心したような……そんな表情をしてる気がする。

 

《おまえは はやくもどれ》

「はい」

 

 フッと姿を消す。再び走り出したオレの元にブブブと羽音を立てながら何かが近づいてくる。ヨウジさんの蟲だ。

 

 蟲たちが目の前でぐるぐる旋回する。

 

「ヨウジさんの元へ案内しろ」

 

 まずは合流しなければ。ある方向へと進み始めた蟲たちの後を追いかけた。

 

 

 

「良かったー。シスイの死体、見つかったんですね」

『南賀ノ川に浮かんでいるところを一族の者が発見したそうだ』

「へえ」

 

 ダンゾウ様にこってり絞られた翌日、隊長の口から直接『問題ない』と聞かされたオレはホッと胸を撫で下ろした。

 この様子ではシスイは誰に会うこともなく、毒で感覚の鈍った身体で逃亡中にうっかり足を滑らせ――崖から転落したんだろう。

 

「遺体は回収できたんですか?」

『ダンゾウ様は無闇に一族を刺激することを望まれなかった』

「ああ、里側である暗部が遺体を引き取りたいなんて言い出したら、すぐにでもクーデター起こしそうですよね」

 

 ヨウジさんの打ち込んだ毒は、時間経過と共に体内から完全に消えるから問題ない。オレたちがやったという証拠は何一つ残っていないはずだ。

 一族の、それも弟と親しくしていた人物が死んだというのに、隊長は全く動じていないようだった。

 

 ……この人、どんなことになら心を動かすんだろう。

 

 

 

 その日の午後から隊長と入れ替わることになっていた。

 

「スバル」

「…………」

 

 うちはイタチがヤシロ達と揉めているという事前情報を得た上で、警務部隊の前を偶然通りかかったように見せかける。

 建物から出てきたのは、うちはフガク。クーデターの首謀者であり隊長の実の父親でもある男。

 

「お前も任務終わりか」

「…………」

 

 これ、想像よりキツい。いつもの癖で声を出しそうになる。万が一に備えて事前に喉を潰しておいた方が良いのでは。

 オレは隊長よりゆっくりめに指文字を綴った。

 

《はい》

「……一緒に帰るか」

 

 フガクが僅かに眉を上げる。……何か気づかれたか? しかし、彼は何も言及せずに歩き始める。どっちだ。

 

「疲れているようだな。今日は鍛錬は控えて早めに休め」

「…………」

 

 やはり何かを間違えたらしい。隊長の話では、父親とはそれほど交流はないはずだが……。

 

《分かりました》

「……さっきからその畏まった言い方はなんだ」

《分かった》

 

 隊長、まさかの父親に対してタメ口だった。嘘だろ。

 

 

 軽い衝撃を受けながらも、無事にうちはの集落に辿り着いた。

 モズさんや気配を消すのが上手い先輩達ならまだしも、オレはほとんどここに来たことがない。どこに何があるか、誰がいるかなどは全て頭に叩き込んである。でも実際に目で見るのとは違う。

 集落内を歩いてる時に向けられる視線だけで、隊長が彼らに存在を受け入れられてることが伝わってきた。

 

「…………」

 

 ここが、あの人の生まれ育った場所。

 

「…………イタチ?」

 

 漸く家が見えてくるといったところで、隣を歩いていたフガクが異変に気づいた。駆け足になる。それを追いかけるような形になり、家の前で立ち尽くしていたイタチと目が合った。

 

「……スバル兄さん」

 

 彼の前には地面に這いつくばっているうちは一族の上層部が三人。まさか、イタチ一人にやられたのか。

 情けねーなあと思ったが、オレも手負いのシスイにまんまと逃げられてるし人のことは言えないんだった。イタチとシスイは一族の中でも別格だとダンゾウ様も言ってたっけな。

 

 今のオレは一族側だから、彼らに手を貸さなければ怪しまれる。

 できるだけ友好的に三人に向かって手を差し出す。今、表情動いたか? 笑顔でいるより無表情を貫く方が難しい。

 

「スバル……お前の弟はどうかしている……一体どんな教育をしてきたんだ」

「…………」

 

 反射的に知らねーよと言いたくなった。危ない危ない。オレが面倒みたわけじゃないし、当然あの人でもないだろ。まず弟の世話をするような人じゃないから。

 

「…………」

 

 いや、あの人部下の面倒はきちんと見るタイプだからあり得るのか……? 入れ替わる前にも弟たちとの交流マニュアルみたいな紙を渡されたしな……。結局触れ合いがどーのって何だったんだ。

 

 とりあえず今はこの状況を何とかしよう。うちは上層部のイタチへの不信感は十分高まっただろうし、これからはより一層“オレ”に一族の情報が集中するはずだ。

 

 指文字で《ここで なにを?》と尋ねると、ヤシロが先ほどから呆然としているイタチを睨みつけながら答える。

 

「我々はうちはシスイの自殺について知らせに来ただけ。それを、お前の弟が急に腹を立てて襲い掛かってきたのだ」

 

 うちはイタチの反応を見た感じ、それだけじゃなかったようだけど? まったく。大人げねーな。

 

《もうしわけありません》

 

 深く頭を下げる。途端にヤシロ達が慌て始める。さっきはオレの教育がって責めてきたくせに白々しい。あの人もよくこんなのに耐えてるよ。

 

 物言いたげな表情でこちらを見ていたイタチの腕を掴む。

 

《しゃざいを》

 

 イタチは微かに肩を震わせていたが、やがてその場に膝をついた。

 イタチの謝罪に感情が伴っていないのは明らかだったものの、ヤシロたちの気分を多少は良くしたらしい。

 

「……分かりました。今回のことは不問にしましょう」

 

 一族のトップであるフガクにまで頭を下げられては、これ以上掘り下げた方が立場が悪くなる。そう考えたのかヤシロ達は渋々ながらに引き下がった。

 

「…………」

 

 ダンゾウ様は、うちはイタチが一族虐殺をしてもおかしくない精神状態だったと印象付けるようにと仰っていたが……。

 

 ――なんだ。わざわざオレが手を下さずとも、全部上手くいってるじゃんか。

 

 すぐに崩せる。

 

 うちは一族は順調に破滅への道を進んでる。そして、オレとイタチが役目を果たせば、あの人は…………。

 

 

 

「ユノ」

「モズさん」

 

 お面をつけずに根の屋敷を歩いてる時、オレが隊長ではないと瞬時に見抜けるのはこの人くらいだ。

 

「どうしていつもオレだって分かるんですか? クロ隊長ならまだしも、今のところ百発百中ですよ」

「観察していれば分かる」

「まあ、そういうことにしておきましょうかね」

 

 詳しくは聞かされていないが何かしらの能力だろう。この人はやけに気配を消すのが上手く、相手の気配を探ることにも長けている。

 

「任務はどうだ」

「順調ですよ。弟くん達には随分と警戒されてますけど」

「……お前は表情がよく動くからな」

「えっ。マジですか」

 

 ぺたりと自分の頬を触る。そんなはずは。顔を変えてからはとくに気を配ってたのに。

 

「アイツが動かなすぎるせいだが……」

 

 モズさんが何とも言えない顔をする。クロ隊長を“アイツ”呼びできるのはこの人くらいじゃないだろうか。

 

「お前はよくやってる。オレでもアレは無理だ」

「モズさんの口から無理って言葉が出てくるとか冗談キツいですって」

「アイツ、頭おかしいんだよ……」

「…………」

 

 普段なら「またまた〜」と返していたかもしれない。

 オレの頭に浮かんだのは、会うたびに『家を出る前にサスケをハグしたか?』『イタチと何か話したか?』としつこく聞いてくる隊長の姿だった。

 

 

 

 隊長は完璧主義者だ。渡されたマニュアルを読んで改めてそう思う。

 

 人間らしい心とか、そういうのが分からないなりにダンゾウ様に与えられた任務をこなすべく「他人への正しい対応」を全て言語化して厳守してきたらしい。やけに弟二人への対応マニュアルが細かく、意味不明なものが多いのは気になるが、真面目な隊長らしいといえば確かにと納得できる。

 

 でも父親に対して《適当で構わない》はないだろ。

 うちは一族の、しかもトップであるフガクに対してタメ口かつ時には無視が許されてるなんて普通は考えられない。

 律儀に全部反応してたら「今日はやけに会話を成立させようとしているな……」と疑われた。隊長は普段どんなやり取りをしてるんだ。どこに地雷があるのか分からなさすぎる。

 

 

《おかえり》

 

 今日も屋敷ですれ違った隊長に『イタチと挨拶くらいはしてるんだろうな』と凄まれたので、帰宅したイタチを玄関で出迎えてみることにした。

 今更家族らしいことをしたって無意味としか思えないが、あの人のことだから何か考えがあるんだろう。

 

「……ただいま」

 

 オレがここまでしてるというのに、イタチは目を合わせることすらせずに目の前を通り過ぎていく。

 オレがイタチなら、話しかけてくれた隊長を無下に扱ったりなんてしないのに。

 僅かに苛ついていたせいか、オレとイタチの元へやってきたサスケに商店街に行こうよと誘われたのに、素っ気ない態度をとってしまった。

 脳内の隊長がすでに般若化していて冷や汗が止まらない。待ってよ。

 

「……どうして? スバルにいさん、やっと帰ってきたのに……今日はもう任務もないって」

 

 サスケの大きな瞳がうるうると潤む。だから待ってよ!

 

 任務でも滅多に動揺しないオレが、こんな小さな子供の機嫌一つに翻弄されるとは。……屈辱だ。

 

 子供の宥め方なんて分かるはずない。何を言っても火に油を注ぎそうなのに。

 

 せめて表情を変えないようにサスケを見下ろしていたら、怒りを露わにしたイタチに顔を貸せと言われてしまった。

 こんなの隊長にどう報告したらいいんだよ。

 

 

 

 うちは一族によるクーデター決行の前日。

 

 ついにこの日がやってきた。オレに与えられた役目も、ようやく終わる。

 

「聞くまでも無い気もしますけど、いいんですか? 弟くん二人を除く一族全員が死ぬんですよ」

『構わない』

「はは、やっぱり隊長はとんでもないな」

 

 この人はこうじゃないと。オレがあまりに楽しそうに笑ったからか、隊長は不可解なものを見るような目つきになった。

 

「昨日はどうだったんです? 一日だけ()()()になったところで、弟くんたちは気づかなかったでしょう」

『ああ』

「……でも、隊長を見送る時のサスケくん、オレの時より随分と表情が明るかったんですよねぇ。なーにが違うんだろ」

『…………』

 

 隊長は何かを言いかけて、やめたようだ。

 更衣室でイタチに言ったように[イタチの兄は俺だけだ]に近いことを言うかと思ったのに。あれも本音ではないはずだし、そんなもんか。

 

 うちは一族の集落。これから実の両親を手にかけるというのに、隊長の様子はいつもと変わらない。

 

「オレは玄関の前に待機してますね」

『…………』

 

 きっとこれが隊長との最後の会話になる。

 

『ユノ』

 

 ――風が吹いていた。

 

 オレたちがいるのは適当な建物の上で、隊長の実家を見下ろせる位置にある。

 今日はいつもより風が強い。そんな中でも、隊長の声はしっかりとオレに届いた。

 

『今回の任務を受けたのがお前で良かった』

「……隊長?」

『後は頼む』

 

 隊長はオレの言葉を待たずに行ってしまう。

 追いかけることは出来ない。隊長の姿が完全に家の中に消えたことを確認してから、玄関の前に立つ。

 

 頼むって何を。オレは今からイタチに殺される……与えられた役目はそれだけのはずだ。

 

 思考が中途半端なところに着地した直後、消す気もない気配が、こちらへと近づいてきていることに気づいた。

 

 顔を上げる。視界の端で()()()()()()()()()黒髪が束になって揺れた。

 あの人、髪の手入れとか面倒くさがりそうなのになんでこんなに長くしてんだろ、なんて場違いなことを考える。最後なんだから聞いとけばよかったな。

 

 

「……スバル兄さん」

 

 仮初の名前も、結局最後まで馴染むことはなかった。

 一番最初に与えられた名前である“ユウ”ですらオレにとっては記号でしかなく、今はオレの存在を示すものですらない。

 

 腰からホルスターを抜き取り、構える。

 

「オレは……」

 

 血に染まった忍装束に身を包んだイタチが何かを言おうとした。その言葉を遮るようにクナイを投げつける。しかし、イタチからの反撃は飛んでこない。

 今更兄である隊長を殺せないなどと言われては困るので、相手の意図も掴めないまま戦闘状態を解除した。

 

「…………どういうつもりだ」

 

 腹の奥底から絞り出したような声。イタチの顔は悲痛に歪み、今にも縋り付いてきそうな気配すらあった。恐らく、自覚もしていないだろう。

 

《ころせ》

 

 オレの指文字はイタチにどのように伝わったのか。

 彼はまるで親に見捨てられた子供のような顔をした。ズキッと胸の奥で鈍い痛みが走る。

 

「…………?」

 

 己の胸に手を当てる。なんだ、今のは。

 

「…………なぜ、殺せなどと」

《やくめを はたすときが きた》

 

 気をつけたつもりだったが、目元が緩んでしまったかもしれない。

 

《これで おわる》

 

 そうだ。これで全部終わる。オレにはこの感情が何なのか分からない。安堵とも後悔とも違う。似ても似つかない。知らないはずなのにそんなことを考えてしまう。矛盾だ。

 

 指文字を綴り終えた両手を下ろす。

 

 日常的に指文字を使うようになって思ったのは、たったこれだけの動作でも「もう話すことはない」と相手に伝えられるということ。イタチの口が完全に閉ざされてしまったように。

 

 イタチの握る刀が動く気配はない。もう少し背中を押さなきゃダメか。

 

「…………」

 

 ――伏せられていたイタチの瞳はいつの間にか写輪眼になっていた。

 

 隊長や他のうちは一族の写輪眼とは模様が違う。身構える隙すら与えられず、目と目が合わさった瞬間に身体――いや、精神の自由を奪われてしまった。

 

 …………幻覚、なのか?

 

 真っ先に視界に現れたのは、見慣れた顔。隊長だ。今より随分と幼く、まだアカデミーにも通っていないような年頃に見える。

 

 まるで自分がこの場に存在しているかのようだ。

 

 幼い隊長は相変わらずの無表情だったが、オレ――いや、これはイタチだ――がその背中に手を伸ばすと驚いたように目を見開いた。

 

 勢いよく掴まれた腕の僅かな痛みと熱まで伝わってきて、“オレ”は呆然とした。

 

 ――――ここはイタチの記憶の中?

 

 思いきり飛びついてきたイタチを何とか抱き止めた隊長の顔は安堵しているようで、見たことのない表情を浮かべている。

 

 隊長よりさらに幼いイタチが楽しげに笑う。隊長は元の無表情に戻ったかと思えば、大切な宝物に触れるかのようにそっとイタチを抱きしめていた。

 

 そのような日常の些細な一コマを何度も何度も繰り返す。

 

 すれ違っていた隊長とイタチが和解したり、共に出掛けたり、一緒に修行したり。

 

 一般的には“微笑ましい”と思われるような日常はあっという間に過ぎ去っていく。

 

 隊長が根に所属することになったからだ。

 

 隊長が寮暮らしとなって実家に一度も帰ってこなくても時間は流れる。

 より一層修行に没頭するイタチ、優秀な息子を誇らしげに見守るフガク、そんな二人を心配そうに見つめているミコト。

 

 寂しい、という感情が胸に流れ込んでくる。この感情はオレのものではない。オレの理解の及ぶものではない。だというのに、まるでオレが()()()()()()()()()()()()()()全てが鮮明に移り変わっていった。

 

(…………なんで)

 

 気が遠くなるような長い時間の中。だんだん己が何者だったのかすら分からなくなってくる。

 

(…………どうして?)

 

 

 ――――あの人は、弟を愛していた。

 

 両親や他のうちは一族のことだって、人並みに思うところがあったのだろうと……そう感じられるくらいに。あの人はオレが考えていた以上に人らしく、相応の愛を受けて育ってきた人だった。

 

「…………」

 

 暗闇の中、絶えることのない記憶だけが頭の中で鳴り響く。

 いつまでそうしていただろう。……もう随分と長い間ここにいる。

 

 オレは何者だ。オレは、何のためにここにいたんだっけ?

 

 再び流れ込んできた記憶のような――己の人生のような――それをただただ眺めていることしかできない。

 流されていく。

 うちはイタチ越しに、雀鷹面を被っているあの人と、その隣に立つ青年を見た。あれはオレだ。オレだったもの。ユノという名を与えられ、狐面で己の存在を偽り続けてきた……ダンゾウ様のためだけの存在。

 

「…………はは」

 

 乾いた笑いが漏れた。

 

「なんだよこれ……他人に興味なんてなさそうな顔して…………」

 

 それはあの人に向けたものであり、自分に向けたものでもあった。

 

 この記憶は、そうだ。イタチが正式に暗部に入隊した時のもの。ぎこちなく会話する隊長とイタチに、なんだかもどかしくなって「オレの弟でもあるんだから」と軽口を叩いた。

 隊長は食い気味に[イタチの兄は俺だけだ]なんて言ったんだよな。ずっとリップサービスだと思っていた。……何も知らなかったのは、オレの方。

 

 その瞬間、切り離されていた精神が肉体に戻った。

 

 ぐるんっと世界が逆転したかのよう。地面に手をついて何度も咳き込むオレを見下ろしている気配が一つ。

 

「……お前は」

 

 顔を上げれば赤く光る瞳があって、朦朧としつつある意識を必死に手繰り寄せた。

 

 今までのは全部イタチの幻術。オレは()()()()()

 

「万華鏡写輪眼……普通の幻術と違うわけだ。一本取られたよ」

 

 こんなの反則技だろ。どうしようもない状況に笑うしかない。

 

「お前は、スバル兄さんの部下の…………」

「もう言い逃れはできそうにないな…………隊長の弟ならオレの弟でもあるって言っただろ?」

 

 勿論あの言葉は本気じゃなかった。

 

「やっと分かった……オレの役目が」

 

 分かったところでもう遅い。オレは役目を果たせなかった。

 

 オレはここで死ななければならなかった。うちはスバルとしてではなく、イタチの兄として。

 

 ――今回の任務を受けたのがお前で良かった

 

 隊長がなぜ“オレで良かった”と言ったのかは分からないままだが、あの人がオレに何を頼むと言ったのかは分かる気がする。

 

 あの人はイタチの兄である自分をここで終わらせるつもりだったんだろう。

 

 そこにイタチの感情はない。あの人の感情すらも。

 

「……なぜ兄に成り代わる必要があったのか、兄はどこにいるのか、話すつもりはないんだな」

「根の忍は拷問されても任務内容を漏らさない」

 

 口端を持ち上げる。うちはシスイといい、優秀な忍相手の任務はこれだから。

 

 イタチの手に握られている忍刀が鈍い光を放つ。

 オレはここで死ぬ。うちはスバルでもイタチの兄でもなく――ただのオレとして死ぬ。

 だからさ……アンタはまだ何も終わってない。

 

「言い残すことはあるか」

 

 オレは笑った。隊長との任務で何度か聞いたことがあるセリフだったからだ。

 

「ないね」

 




ユノは最後まで自覚すらなかったけどヨル(同期)が好きだったという設定

尊敬する人物(モズ・スバル)への思い込みが激しく「クロ(モズ)隊長はそんなことしない!!(解釈違い!!)」タイプで、こっちはちょっと自覚あった
最後は自分が解釈間違ってたことに気づいて脳焼かれてます
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