オリ主とカカシ、テンゾウの三人が居酒屋に行く話
テンゾウ視点です
「スバル! もう来てたんだ。いつも早いけどちゃんと寝てるの?」
欠伸を噛み殺しながら暗部の更衣室に入ると、すでに先客がいた。スバルはちょうど上半身裸でズボンに手をかけているところだった。お面はまだ着けていない。彼は更衣室に入ってきたのがボクだと分かると肩に入れていた力を抜き、こくりと頷く。
「本当に? キミは昔から遅寝早起きだったからね。嘘だったら針千本だよ」
スバルは縦に振ろうとしていた頭を左右に振った。素直でよろしい。本気で針を飲ませようなんて思ってないけど、スバルは意外とノリがいい。ボクはフフッと笑って自分のロッカーを開いた。
根を一緒に抜けるまで、ボクたちはずっと同じ部屋に住んでいた。
スバルの暮らしっぷりときたら酷いものだった。実家でよくやっていたのか、簡単な家事は難なくこなす。なのに、自分の体調にはとにかく無頓着ときた。涼しい顔をしていると思ったら実は高熱を出していたり、普通に体術を使ってるなと思ったら、実は右足の骨が折れていたり。
いくらボクでも四十度以上の熱があれば顔に出るし、任務にも支障をきたす。片足が折れていれば自然とそちらを庇う動きをしてしまうし、そんな状態で相手の股間を潰そうなんて考えもしない。
だから、常にスバルの様子を観察する癖がついた。未だに何を考えているのか分からないことの方が多いけど、少なくともカカシ先輩よりはスバルのことを知っている。だってそれくらい一緒にいたんだから。
トントンと軽く肩を叩かれる。顔を上げると、スバルの指文字が目に入った。
《どうしました》
「ああ……ちょっと昔のスバルを思い出してて」
スバルは「なんでこのタイミングで」という顔をした。多分。表情は変わっていないけど、きっと合ってる。スバルの指は一瞬迷うような素振りを見せる。何かを言いかけて止めたようで、彼の指は文字を綴ることなく、ボクの額へと伸びてきた。
「なっ、なに!? 急にどうしたの」
スバルはボクの額に当てていた手を離して首を傾げる。
《ねつ じゃないですね》
「…………うん」
スバルに看病された時のことを思い出す。
普段は滅多に自分の部屋から出てこないのに、ボクの体調が悪いと必ずそばにいてくれたっけ。まだ実家に住んでいた頃、風邪を引いた弟くんに「どこにも行かないで、そばにいて」とお願いされたことがあるらしく、看病には他人の気配が重要だと思っているようだった。
体調を崩すと少し心細くなるからそれは合ってる。けど、家族でもないボク相手にそれをするのは距離感おかしいっていうか。その、嫌ってわけじゃないんだけど。……根の人間として育ってきたボクには刺激が強かった。スバルとの共同生活は不器用ながらに、家族と暮らすってこういうものかもって思わせてくれたから。
「おっ。なんだ、二人とももう来てたのか」
「カカシ先輩」
「何の話してたの?」
「スバルはボクにとって弟みたいだな〜って話ですよ」
「弟? スバルが?」
スバルは「なんで?」と言いたげな反応をして、更衣室に入ってきたカカシ先輩は「はは」と眉を下げながら笑う。
「ほんと、仲いーよね二人って」
「当たり前ですよ。ボクとスバルなんですから」
「……テンゾウ。今ちょっとキノエが出てたぞ」
「なんです、キノエが出てるって。どちらにせよボクじゃないですか」
「キノエはなにかと、スバル関係でオレにマウントとってくるんだよ」
マウントって。失礼だな、そんなことないのに。
「まあ悔しいですが、ボクの知る中で一番スバルを理解してるのはモ……根に所属していた時の隊長ですかね。ボクらの兄のような存在でしたから」
一人黙々と支度を進めていたスバルが、モズ隊長の話題に手を止める。なんとも分かりやすい。
「つまりさ。今の二人の隊長であるオレにも素質はあるってこと?」
「ボク、カカシ先輩は兄というより悪友だと思ってます」
「悪友ねぇ。じゃー三人でそれっぽいことするか」
「明日は任務ありませんし、今日は朝まで飲んじゃいます?」
「ワルだな」
「悪友ですから」
本来は成人にならないと飲めない酒も、幼い頃から酒に慣らされる暗部なら例外だ。特別なルートから予約すれば、対応している店なら専用の部屋を用意してくれる。
ボクとカカシ先輩が同時にニヤッと笑う。スバルはため息をついていた。
カカシ先輩は「おいおい」とスバルの肩に腕を回した。ついでにボクの肩にも。
「お前はどーなの? なんかしたいことないの」
「…………」
「スバルなら甘味巡りじゃないですか?」
「甘味巡りはワルっぽくない」
「ワルにこだわらなくても」
「茶屋は任務終わりの時間には開いてないだろ」
「そういえばそうでしたね」
ところで何の話をしてたんだっけ。
「で。来るよな? オレとテンゾウとスバルの三人でちょいワル飲み会」
「脅しみたいになってますよ」
スバルの指が動く。どこか億劫そうな、緩慢な動きだった。
《すこしなら》
「なに、予定あるの」
《おそくなると おなじ ふとんにはいれない》
「…………」
「…………」
あーハイハイ。そういう。
スバルのブラコンっぷりが一緒の布団で寝る(ために早めに帰宅する)レベルだとは思わなかったよ。あのスバルをここまで傾倒させる弟たちって、何者なんだろう?
その後、カカシ先輩が冗談のトーンで「オレたちと弟、どっちが大事なのよっ!」と叫んで《おとうと》と即答されていた。
カカシ先輩の自爆にボクまで巻き込まれて、なんだか胸が痛かった。
「忍、とくに暗部の悪いところって酒で酔えないところだと思うんですよね」
火の国の大名がプライベートで利用することもあるという、それなりに良い店で大量の酒と食べ物を注文し、後はダラダラと雑談に勤しんでいた。
ここは全席個室で、全ての部屋に盗聴などを防ぐための術式が施されている。
「暗部で真っ先に慣らされる毒がアルコールですから。そういえば、スバルは慣らす段階でも酔ってるところ見たことないなあ。元から強い方?」
《たぶん》
「でも今日は限界にチャレンジするからね。訓練してても限界はある! ねっ、カカシ先輩!!」
「……テンゾウ。お前もうすでに酔ってない?」
「まさか。これからですよ」
ぐびっともう一杯。今日はたくさん飲むぞ!
休む暇もなく飲み続けて、およそ二時間。一度に飲む量がえげつないこともあって、頬がぽってりと熱くなってきた。自分の手を当てるとひんやりして気持ちいい。
「テンゾウさぁ……もうやめといたら」
「なにを言ってるんです、カカシさん! やめませんよ。これからなんですから……」
「それさっきも聞いた。先輩じゃなくて
「カカシさんは、ずっとカカシさんですっ!!」
「…………ありがとね?」
「どういたしまして」
ボクの手からロックグラスを奪い取ろうとしていたカカシさん。暫く無言の攻防戦を繰り広げたのち、諦めて手を離した。ボクから酒を奪おうなんて、百万年早いんですよ。
「スバル。お前もテンゾウを止めてよ」
「………………」
「それにしても本当に顔色一つ変わらないな。オレより強いんじゃない?」
「………………」
「……オレの存在ナチュラルになかったことにされてる? 大丈夫? 見えてる?」
スバルの目の前で手を振るカカシさん。スバルはそれすらも見えていないかのように何の反応もみせず、ぼんやりと目の前の壁を見つめている。
ボクはカカシさんの手を遮り、スバルを守るように両手を広げた。
「スバルは人見知りするんです! ボクとならまだしも、カカシさんと楽しくお喋りするはずがありません」
「……久しぶりに聞いたな、それ」
「ねっ。カカシさんよりボクと話す方がいいよね」
スバルは変わらず壁を見つめ続けている。ボクは悔しさのあまり歯軋りし、カカシさんは愉快そうに目をニヤつかせていた。
「ふーん。
「…………たまにはこういう日もあります。勘違いしないでください!」
「ぶっ……。なあ、わざとじゃないよな?」
「わざとってなんですか。ボクはいつだって真面目なんですけど」
カカシさんはくつくつ笑って、自分の焼酎を飲み干す。すかさず空いたグラスに次の酒を注ぐボク。カカシさんの笑みはすぐに苦いものに変わった。
「……こうしてると、大蛇丸様の施設でのことを思い出す」
「懐かしいですね」
「オレにとっては忘れられない大切な記憶だ。色々あったが……あれがなければ、こうやってお前たちと任務終わりに酒を飲むような仲にはなれていなかっただろう」
「……ボクもです。ボクは、カカシさんと出会えて変われたんです。『テンゾウ』になれた。そして、木ノ葉の忍に」
カラン、とグラスの内側で氷が崩れる音がする。お互いに干渉し合って、削り合って。少しずつボク達は今の形になっていったんだ。
「オレが変えたんじゃない。お前自身が変わりたいと思ったから、変われたんだ」
「……カカシさんのそういうところ好きです」
「ははっ。それはどーも」
今思い返すと、ボクは元から不完全な根の忍だった。感情を捨てきれず、けれどダンゾウ様の命令に従うことが世界の全てだと盲信していて、何度も手を差し伸べようとしてくれていたこの人に刃を向けたこともある。
「ずっと不思議だったんです。どうしてカカシさんは、ボクとスバルが何をしようと、差し出す手を引っ込めようとしないのかって」
カカシさんは驚いたような表情から一転、ふわっと目を細める。
「分かるからさ。オレも一度は心の弱さゆえにダンゾウ様の手を取ろうとしたことがあるが……止めてくれた人がいた」
「へぇ。ガイさんとかですか?」
「いや」
カカシさんは目を伏せ、それ以上は言わなかった。また、カランッと氷が溶けて沈む音。少しふわふわしていた思考はすでに着地していて、酒を飲む前よりすっきりしている。
「研究施設といえば、スバルが笑ったのが一番の衝撃でした」
「そういえばあれ以来見てないな。あの時もお面のせいで顔を見たわけじゃないが」
「………………」
「…………さっきからスバルはどうしたんだ?」
「…………ボクにも、さっぱり」
一切視線をブレさせることなく、ただただ壁を見つめながら酒を飲み続けているスバル。相変わらずの無表情で行われるそれは、いい加減狂気じみてきている。
「おーい、スバル」
「………………」
「…………スバルくーん?」
テーブル席にボクとスバルが並んで座り、カカシ先輩は向かい側に座っていた。カカシ先輩が立ち上がってスバルの肩を揺する。
「あ、こっち見た」
「………………」
「…………もしかして酔ってる?」
「まさか。根でもスバルが酔ってるところなんて見たことな、」
スバルの横に置いていた梅酒の瓶が空になっていた。しかもかなり度数が高い物が。さらに、杏露酒といった甘めの酒もいくつかやられている。
ボクはサッと顔を青くさせ、カカシ先輩と同じように立ち上がった。
「酔ってます。カカシ先輩、これは確実に酔ってますよ!」
「呼び方は元に戻ったけど、お前もまだアルコール抜けてないだろ」
「ボクはあれくらいじゃ酔わないですよ」
「……ああそう」
カカシ先輩が室内の時計に目を向ける。
「もうあれから二時間は経ってる、か……って、うおっ!?」
「スバル?」
二時間と口にした途端、スバルがバンッ! とテーブルを叩いて立ち上がる。
まさか、酔ったら暴れるタイプなのか。
内心ドキドキしていたボクの予想を裏切って、スバルはごそごそとポケットに手を突っ込んで何かを探しているようだった。
「財布?」
スバルは取り出した財布から、いくつかお札を鷲掴みにしてテーブルに置く。
「ちょっとスバル。ボクら全員分でもこれは多すぎるよ」
「………………」
「ほら、半分は財布に戻しておくね」
《なをみやらわ》
「…………なんて?」
《みたみたみたみたみた》
「怖いからやめて!?」
カカシ先輩と顔を見合わせる。ボク達の間に『笑ったスバル』よりも印象深い『酔ったスバル』が登録された瞬間だった。
「支払い済ませてくるから、お前は先にスバルを外に出してやって」
「分かりました」
ボクも財布を出そうしたら、カカシ先輩の手に制される。
「いいから。これもスバルの財布に戻しといて」
「先輩……ご馳走様です!!」
「次は甘味巡りな。テンゾウとスバル持ちで」
「はい!」
《ばたなさと》
「ウンウン。ありがとうか、ごちそうさまね」
スバルに肩を貸そうとしたら、彼は普通にボクの隣を歩いて店の外に出た。その横顔はいつもと変わらない。風邪を引いた時といい、相変わらず不調が顔に出ないタイプだ。
暫く外の冷たい風に当たっていると、店からカカシ先輩が出てきた。
「スバルはどうだ?」
「いつもと変わらないように見えますけど、意思疎通は無理です」
「ある意味分かりやすいな」
カカシ先輩が感心したように言う。確かに。
先輩は急にスバルの懐に右手を差し入れた。中をまさぐっている。
「ちょっ!? 何してるんですか! スバルにそういう趣味はな……というか、酔ってる人間の弱みにつけ込んでなんてことを――」
「あったあった」
「……お面?」
カカシ先輩の手にあったのは、ツミのお面。先輩はそれをスバルに被らせた。
〔………………〕
「指文字がダメでもこっちならいけるんじゃないかと思ってな」
「なるほど」
「ちなみにオレにもそういう趣味ないから」
「…………すみませんでした」
酔ってる時にさらにお面でチャクラを消費して大丈夫なんだろうか。
「スバル。一人で帰るのは無理だろうから送って行くが、構わないな?」
〔…………うん〕
「うん、って」
お面にもお酒の影響が出ているらしい。スバルは普通に歩き出したが、その方角はうちはの集落とは真逆。ボクはスバルの腕を引っ張って方向を修正してあげた。
「そっちじゃないよ。ほら、こっち」
〔……テンゾウさん。手、冷たいですね〕
「スバルが熱すぎるんだよ」
「スバルが酒に負けるなんてな。意外だった」
〔俺は負けてない〕
「……ふふっ。そうだな、負けてない負けてない」
顔を逸らして肩を震わせるカカシ先輩。ボクも少しニヤついてしまった。
〔カカシも俺と同じくらい飲めばよかったんだ〕
「そう、だな。フェアじゃないもんな?」
〔うん〕
「…………ところで、お前ってオレとテンゾウのことどう思ってるの」
急すぎる。とんだ変化球だ。もうちょっと流れを作ってほしい。
〔どうって、なに〕
「ただの同僚? 上司? どうなの」
スバルのお面は暫く沈黙した。
〔カカシは変な奴だ。テンゾウさんも根の時から話しかけてくれる数少ない人で……〕
なんで俺みたいなのに、とスバルは自虐のように続ける。……そんな風に思われていたなんて知らなかった。
〔俺はときどき、あなたたちが眩しい〕
ぽろっと本音がこぼれたみたいな響き。ボクもカカシさんも何も言えずにいた。
スバルの口からそんな言葉が飛び出してくるなんて、夢にも思わなかったから。
〔
こうまで言われて、照れない人間がいるだろうか。いるはずがない。
ボクもカカシ先輩も動揺のあまり「そっ、そうなんだ」「ありがとう」みたいな返事しかできなかった。どうしよう、あまりにも嬉しい。
心がふわふわする。
ボクとカカシ先輩はスバルをサンドイッチみたいに挟んで、時々おしくらまんじゅうしながら(照れ隠しだ)スバルを自宅まで送り届けた。
翌日。ボクたちは昨日と同じように更衣室に集まっていた。
どうして。今日は休みのはずだったのに。なにもかも急に任務が入ったせいだ。
「二日酔いで頭が痛い…………」
「テンゾウもスバルも飲み過ぎ。まっ、これで自分の限界が分かって良かったんじゃない?」
〔…………俺、昨日そんなに飲みましたか〕
「それはもうがっつり。覚えてない?」
〔梅酒を数杯飲んだところまでは、かろうじて〕
根の時も昨日も、平気そうに見えていただけで、それほどお酒に強くないのかもしれない。
「昨日のスバルはすごかったよ。ボクとカカシ先輩のこと特別だって言ってくれて」
〔…………それはまあ、他の人とは違うでしょう。貴方たちは〕
カカシ先輩とアイコンタクトをとって、にんまりと笑みを浮かべる。
「それがなー。そーゆうニュアンスじゃなかったんだよ」
〔そういうってどういうのですか〕
「ナイショ。ねっ、テンゾウ」
「ねっ、カカシ先輩」
カカシ先輩と共にスバルの肩に腕を回す。スバルはちょっと、いやかなり嫌そうだった。まったく。素直じゃないんだから!
「次の『ワル』は甘味処巡りでどう? おしるこを一人で二つ頼むとか」
「それはワルですね」
「今なら特別にパフェも二つ付く」
「そんな通販番組みたいに」
おしるこもパフェも、二つ頼むことってなかなかない。三色団子やみたらし団子は二、三本頼むことがあることを考えると、少し不思議だ。
あまり自分の甘味好きを公にしたくないスバル(ボクとカカシ先輩にはバレバレだけど)は、少し悩む素振りを見せた。その背中をもう一押しする。
「
〔…………〕
「あまりに人気すぎて看板メニューの生たい焼は完全予約制、よくて半年待ちとかなんですよね」
「テンゾウ……まさかお前」
「そのまさかですよ先輩。今週中に一回使える予約権を持ってます。ここからさらに前日までに予約が必要ですけどね」
懐から出した紙切れをひらりとスバルの目の前に持っていく。勿論、元からスバルと一緒に行こうと思って取っていた予約枠だった。
スバルの視線は完全にボクの手元に注がれている。
〔いつ行くんですか〕
「明日なんてどう? 午後休だったはず」
「今日みたいに急な任務が入らなければな」
「フラグ立てるのはやめてくださいよ」
「で、どうするの。スバルは」
〔行きます〕
「よしきた」
そんな会話をしつつも、任務の準備はすでに終わっていた。ロッカーを閉めて更衣室を出る。
朝日の眩しさが二日酔いの身体に悪い意味でしみた。手のひらをかざして目を細める。
「明日のために、今日の任務も頑張りますか!」