今回はのんびりイタチ視点です
前回と同じくHGSS(ポケモン)とのクロスオーバー注意
生まれた時からポケモンに囲まれて育ってきた。
エンジュの北東に位置するうちは一族の屋敷ではブースターやキュウコン、ウインディたちが元気に走り回り、一族の子どもは彼らと一緒に火の扱い方を学ぶ。
「イタチはポケモンに愛されてるのね」
オレの両足にびっちりとくっついている二匹のブースターを見つめながら、母さんがくすりと笑う。
ブースターの鼻の辺りを撫でるように擦ってやると嬉しそうに小さく鳴いた。
「スバルとは大違い。あの子は昔からそこにいるだけでポケモン達が怯えてしまうから……」
「スバル兄さんが?」
驚いて思わず聞き返す。
スバル兄さんのそばにはいつも二匹のポケモンがいる。バタフリーとリオルだ。兄さんがどこに行こうと必ずついていくのがこの二匹で、よく兄さんにすり寄っているリオルと違って、少し離れたところから常に兄さんとリオルを見守っているのがバタフリーだった。
「あの二匹は特別よ」
オレの思考を読んだ母さんが苦笑する。
「バタフリーはトランセルの時からの付き合いだし、リオルは卵から孵ってすぐあの子に出会ったから、絆が出来てるのね」
「絆………」
「とくにバタフリーは嫉妬深いから、お母さんがスバルに近づいただけでも不機嫌になっちゃうの」
ぱちりと目を瞬いた。オレがスバル兄さんに近づいても、バタフリーにそんな態度をとられたことがなかったからだ。
母さんは少し言いにくそうに続けた。
「バタフリーは女の子でしょう?」
察して欲しそうな母さんの言葉の響きに暫く考え込んで、咀嚼して、やっと答えが見えた。
「………バタフリーは兄さんが大好きなんだ」
「きっとそうだと思うわ」
足元でブースターたちが「きゅう」と不満げに鳴く。彼らを撫でる手の動きが止まっていたせいだろう。
「母さん、ブースターたちをお願い」
「どこに行くの?」
母さんにずいっと押し付けたブースターたちが、これがまるで今生の別れかのように激しく鳴いている。
オレはすでに走り出していたけれど、一度だけ振り返って叫んだ。
「スバル兄さんのところ!」
屋敷の裏口を出たところに広がる大きな庭にスバル兄さんはいた。
主に屋敷で暮らすポケモンたちの遊び場になっているところで、遠目にもかけっこをしたり仲良く水を飲んでいるポケモンたちの姿が確認できる。
「…………スバル兄さん?」
芝生の上で横になっている兄さんの目は閉じられていて、胸の上に置かれた本が呼吸に合わせて上下している。
そんな兄さんの頭と身体を支えるようにポケモンが寄り添っていて、一緒に目を閉じていた"彼"が近づいてくるオレの気配に気づいてゆっくりと目を開けた。
起き上がろうとしていた彼―――キュウコンは自分が兄さんを包んでいたことを思い出したのか、くたりと首を芝生に下ろした。
じっとこちらを見つめてくるキュウコンに頷いて、出来るだけ音を立てないように兄さんの隣に腰を下ろす。満足げに小さく鳴いたキュウコンが、すりすりと兄さんの頬に鼻先を軽く押し付けている。
母さんはああ言っていたけれど、スバル兄さんはオレと同じかそれ以上にポケモンに好かれている。
兄さんは生まれつき声が出せないし、ほぼ常に無表情なせいで冷たい人間だと思われてしまうことが多い。でも、オレは兄さんが優しい人だということを知っていた。人の心に敏感なポケモンなら尚更だろう。
道端ですれ違ったポケモンや、屋敷に来たばかりの子たちが兄さんに怯えているところは見たことがあるけれど、少しでも兄さんの心に触れたポケモンたちはすぐに心を開く。彼らは思慮深く、聡明だった。
ぽかぽかとした心地いい陽気に、時々聴こえてくるポケモンたちのまるで歌うような鳴き声。本を読んでいたはずの兄さんがうっかり寝てしまうのも分かる気がした。
ふわりと持ち上がったキュウコンの尻尾がオレの腕を撫でていく。その温かさに一気に瞼が重くなる。不思議な魔力。ぽとりとキュウコンのふわふわな腕に頭を寄せると、大きな尻尾が兄さんごと優しく包み込んでくれた。
ぱちりと目を開くと、どこか心配そうにこちらを見下ろしている兄さんの顔が視界に広がっていた。
「あ…………」
自分の声が寝起きそのものな掠れ具合で、ちょっとだけ恥ずかしい。芝生に手をついて身体を起こそうとすると、兄さんがオレの背中に腕を回して支えてくれた。
「ごめんなさい。寝るつもりじゃ……」
兄さんの手のひらが額に触れる。熱がないことを確認した兄さんが安堵したように息を吐いた。
トンッと膝の辺りに小さな衝撃を受けて、意識をそちらに向ける。そこには寝る前には見かけなかったリオルの姿があった。離れたところにはバタフリーもいる。
「キミが兄さんのそばにいなかったのは珍しいね」
リオルの頭を撫でると、気持ちよさそうにうっとりしていた。リオルの口端には水滴がついている。きっと、水を飲むためにバタフリーと一緒に兄さんから離れていたんだろう。キュウコンは二匹がいない間の見守り役といったところだろうか。
《かえろう》
兄さんが指文字を綴る。差し出された手のひらを握ると、兄さんが微かに笑ったように見えた。
「坊ちゃん、うちは一族の子だろ?」
ポケモンセンターを目指して屋敷を出たところで、見知らぬ男の人に声を掛けられた。
ぎゅっと手に持っていたお弁当を胸の前で握りしめる。
母さんはダメだと言ったけれど、朝からポケモンセンターでポケモンに関する講習を受けに行った兄さんにどうしてもこのお弁当を届けたくて勝手に出てきてしまった。
声を掛けてきた男はオレの服に描かれたうちわマークを確認してにんまりと笑う。オレの背後から別の男が現れて肩を掴まれてしまった。
「おっと、どこにいくのかな。キミみたいな小さい子が1人で出歩いちゃ危ないよ」
「そうそう! お兄さん達がお家まで送り届けてあげる」
オレの肩を掴む力が強くて振り解けない。
1人で外出することを頑なに許可してくれなかった母さんや父さんの言葉の意味をやっと理解して、両目が潤む。
まずは身を守る術を身につけなさい。
うちは一族は口から火を吹くことができる。しかも一般的に火吹き野郎と呼ばれている人たちとは"炎の規模が違う"。過去にはポケモンの技である"かえんほうしゃ"と比べても見劣りしないレベルとも言われていた。
現在のうちは一族にそこまでの炎使いはいないと言われているが、歴代最強と謳われているうちはマダラはその限りではない。
彼はある伝説のポケモンの加護を受けて火の力の全てを手にしたという伝説が残っている。
その話をしてくれたスバル兄さんは《ただの でんせつだから》と興味なさそうだったが、オレは本当のことなんじゃないかと思ってる。同じく伝説と呼ばれている例のポケモンも調べれば調べるほど確かに存在していたという資料がいくつも出てくるからだ。
「……離してください!」
それでもうちは一族の炎が特別だということは変わらない。警備が厳しくポケモンの出入りが制限されている場所で悪事を企む人には重宝されるし、意図は分からないがうちは一族を狙う組織の存在も耳にしたことがある。
「へへ……ついてるぜ。まさかうちは一族の子どもがポケモンも連れずに無防備に出歩いてくれるなんてな」
オレの肩を掴んでいる男と、正面から近づいてくる男。逃げられなかったらどうなるんだろう。最悪の未来を想像するだけで震えが止まらなくなった。こんなことなら、ちゃんと母さんの言いつけを守っておけば………。
心の中でスバル兄さんに助けを求めた時、風が吹いた。
独特の羽音が耳元で響く。怒りを露わにした、威嚇するような鳴き声と共に。
「な、なんだ!? こいつのポケ……」
「おい! こんな時に呑気に寝るやつがい……」
ぐう。今にもそんな音が聞こえてきそうなくらいの、あっという間の入眠だった。
強制的に眠りの世界に旅立った2人の男がその場に倒れる。思いきり顔面を地面に強打していて痛そうだったが、目を覚ますことはなかった。
「…………バタフリー?」
確かめるように名前を呼ぶ。バタフリーは周囲を飛び回り、オレが怪我をしていないか確認しているかのようだった。
「どうしてキミがここに……兄さんのところを離れて………?」
バタフリーはいつも兄さんを少し離れた場所から見守っているが、自分の視界に入らないところまで移動することは滅多にない。
あの全身で兄さんが大好きだとアピールしているリオルですら、兄さんや家族に頼まれたら渋々ながらも兄さんの側を離れる。
バタフリーは家族どころか兄さんに言われても、ツンと顔を背けてしまう。意地でも自分の元を離れないバタフリーに、ついに兄さんの方が折れて好きにさせるようになっていた。
「これからお家の人に連絡を入れるから待っていてね」
優しげな笑みを浮かべるお巡りさんの言葉にこくりと頷く。バタフリーはそわそわと落ち着きなくオレのそばをいったりきたりしている。
交番の中に入るのは初めてだ。
バタフリーの"ねむりごな"によって未だに眠りの世界にいる男2人は別の場所へと連行されていった。
父さんは仕事で忙しいから、きっと母さんが迎えにくる。叱られて当然のことをしてしまったし、何より心配をかけてしまうことが申し訳なかった。
交番の扉が開いて、誰かが入ってきた。その人はここまで走ってきたのか肩で息をしている。何かを探しているのかキョロキョロと周りを見渡して…………こちらを向いた。
「………兄さん?」
視界が一瞬で黒に染まる。荒れた呼吸を整えるように、オレの肩の辺りで深く息を吸う気配がした。
「………………スバル、にいさん」
うるっと一気に涙が溢れて視界が滲む。オレはスバル兄さんに抱きしめられたまま、赤ん坊のように泣いた。
スバル兄さんの手のひらが何度も何度もオレの背中をさする。その優しい手つきに余計に涙が止まらなくなる。
「オレ、兄さんにお弁当、届けたくて…………」
「………………」
そんなことの為にバカなことをと呆れられているかもしれない。
「勝手なことをしてごめんなさ…………」
急に怖くなって身を捩るようにして兄さんから離れる。兄さんの顔を見て、息を呑んだ。
「……………………」
泣いていた。いつもと変わらない無表情のまま、瞳だけはぽろぽろと涙を流している。
兄さんは乱暴に涙を拭った。
《ぶじで よかった》
指文字を綴った兄さんの手は少し震えているように見えた。
あの日からバタフリーはどこに行くにもオレの後をついてくるようになった。
兄さんはオレがバタフリーに《すかれてる》と言っていたが、それは違うと思う。
あの日、はらはらと静かに涙を流し続ける兄さんの後ろで、あのバタフリーが酷く取り乱していたことを兄さんは知らない。
「バタフリーは兄さんの為にオレを守ろうとしてくれてるの?」
うちは一族の中庭に足を踏み入れた途端に庭にいたほとんどのポケモン達にみっちりと囲まれて身動きが取れなくなってしまった。しきりに顔を舐めてくるガーディやウインディに埋もれそうになる。
バタフリーはそんなオレを高い位置から眺めていた。やけに楽しげな様子に見えるのは気のせいじゃない。彼女はちょっと意地悪だ。
「キミは本当に兄さんが大好きなんだね」
兄さんにしていたように遠くから見守り態勢に入ろうとしていたバタフリーだったが、興味をひかれたのか綺麗な羽を動かしてオレの肩にとまった。
そこそこに満足したのか、ウインディ達はオレのすぐ隣で丸くなっている。
「オレもだよ」
バタフリーの大きな瞳を見つめながら、はにかむ。
「オレもいつか、バタフリーみたいに兄さんを守れるようになりたいな」
バタフリーが鳴いた。それが「なれるよ」と背中を押してくれてるように感じられて嬉しかった。
「でもキミは兄さんのポケモンだから、兄さんのそばにいなきゃ」
今度は不満げに鳴いたバタフリーにくすくすと笑う。
立ち上がろうとすると、すやすやと眠っていたポケモンたちが一斉に起き出してバタフリーとは別の意味でブーイングを飛ばしてくる。宥めるように撫で回していると次第に大人しくなった。
「ほら、バタフリー」
差し出した腕に、嫌々ながらバタフリーがとまる。素直じゃなくて、不器用で。どことなくスバル兄さんに似てる彼女を愛おしく思いながら、兄さんのところへと向かった。
同志のようなバタフリーが相棒になり、いつしか唯一無二の親友になるのはこれからもっと先の話。
前回のダンゾウチャレンジ、もっと片方に偏るかと思ってたので意外でした。ちなみに作者はいる(いそう)派です。
ところで、大蛇丸のつれてるポケモンの中に絶対アーボックいそう。白衣着てロケット団のアジトで毎日のように怪しげな研究に手を出してる、絶対に。