本編では不採用になるかもしれません
サブタイは【お義兄さん】
サクラ視点の短い話です
多分、これまで生きてきた中で一番じゃないかってくらい、胸がドキドキしてる。頬は紅潮しているし、握りしめた手のひらには汗が滲んでいる。
木ノ葉の大通り。前を歩いているその人の背に向かって、私は叫んだ。
「――あ、あのっ! ス……スバ、スバルお義兄さん!」
規則的に揺れていた長い髪が、その人の動きに合わせて止まる。こちらに向けられた瞳は冷たく、一切の温度を纏わない。なのに、どうしてだろう。私にはその人が瞠目しているように見えた。
「急に呼び止めてしまってごめんなさい! それに……その、呼び方、も」
「…………」
胸の前で指をもじもじさせる私を、スバルさんは何も言わずに見下ろすだけ。最近頑張って覚えた指文字が綴られる気配すらない。
……やっぱり、迷惑だったかな? そうだよね。まだお互いのこともよく知らないのに。サスケくんのお兄さんだし、もっと仲良くなりたいのになぁ……。
私は慌てて首と手を横に振った。
「サスケくんは大丈夫だって言ってくれたんですけど、スバル……さんからすれば、血の繋がりもない急に出てきた女に『お義兄さん』なんて呼ばれるのは気に入らないですよね……! 勝手に呼んじゃってすみません。あの、これまで通り、スバルさんって呼びま――」
スバルさんの反応が恐ろしくて早口で捲し立てていたら、こちらへ手のひらが伸びてきた。
脳裏に過ぎるのは、サスケくんが私の額を指で突いた日のこと。
額への軽い衝撃に備えて目を瞑っていたのに、いつまで経ってもこない。薄らと目を開いた頃、ふわっと頭に温もりが降ってきた。
「……えっ?」
温もりはあっという間に離れていく。自分の頭に触れながら唖然としている私に、スバルさんが微かに目を細めた気がした。
《ありがとう》
***
「ねえ、サクラ。この後お茶しない? 最近美味しい甘味処を見つけたんだ」
「セキ義姉さん!
書き上げたばかりの報告書をひらひらさせる私に、セキ義姉さんが「ふふっ」と口元に手を添えて笑う。
「期待していいよ。甘味に詳しい人からのお墨付きだから」
「わあ、それは楽しみ!」
甘味に詳しい人……誰だろう?
「あ、きたきた。スバル! こっちだよ」
「……お義兄さん!? セキ義姉さん、これってどういう……」
「まあまあ座って。ほら、甘味もきた」
甘味処で注文を済ませて他愛のない話に花を咲かせていたら、なんとスバルさんがやってきた。以前会った時と違って額当てをしている。
今のスバルさんは額当ての裏に例のお面の欠片を縫い付けていて、お面を被ることなく“声を出す”ことができるようになっていた。
「ごめんね、任務終わりなのに」
『構わない』
「折角スバルが勧めてくれたから一緒に食べたくて」
……甘味に詳しい人って、スバルさんのことだったんだ。ちょっと、ううん。かなり意外かも。
「お義兄さん。三色団子はどうですか? みたらし団子もありますよ」
『…………ああ、貰う』
セキ義姉さんの隣の椅子を引いていたスバルさんの動きが不自然に止まり、何事もなかったかのように座る。セキ義姉さんは苦笑していた。
「あの……私のお義兄さん呼び迷惑じゃないですか? 馴れ馴れしかったり……」
「あはは、まさか。凄く喜んでるよ。ね、スバル」
『…………』
スバルさんが無言で頷く。まったくそうは見えない。
「サクラもそのうち分かるようになるから大丈夫。スバルって結構顔に出るから」
『…………』
「……ちなみに、今はどういう……?」
『照れてるね。物凄く』
「ものすごく」
にわかには信じ難くて反芻してしまった。スバルさんが照れてる。……この無表情で?
「サスケくんも同じこと言ってました」
どことなく自慢げに「今のオレはスバル兄さんのことは何でも分かる」なんて言ってたっけ。そういうのも兄弟あるあるなのかな。私は一人っ子だから、そういう関係性は少し羨ましい。
「お義兄さんは――」
サスケくんのこと何でも知ってるんですか? と聞こうとして、固まる。正面に座っているスバルさんが、明らかに幸せそうに三色団子を頬張っていたからだ。
「……? あれ……」
目を擦ってからもう一度スバルさんを見る。いつもの無表情だった。
「……三色団子、お好きなんですね」
スバルさんがうんうんと何度も頷く。その頬は団子で膨らんでいる。しかも、両方。咀嚼するたびに、もきゅもきゅと動く。妙な既視感があった。
「桜餅は?」
『食べる』
「はい」
『…………』
お皿ごと差し出すのかと思ったら。セキ義姉さんは、楊枝に差した餅をスバルさんの口元に近づける。スバルさんはちらりとこちらを見て、恥ずかしそうに(そう見えた)顔を逸らし、最後には根負けして口を開けていた。
な、なんて羨ましいの……。サスケくんもやってくれたら……!
「サクラ?」
「あっ、ううん! 何でもないんです」
桜餅を熱心にもぐもぐしているスバルさんに、頭上に疑問符を浮かべているセキ義姉さん。
私は熱くなった頬をパタパタ手のひらで扇ぎながら微笑む。……うん、もうお腹いっぱい。
『……サクラ』
「は、はい!」
スバルさんが姿勢を正した。
なんだろう、改まって。……もしかして、私とサスケくんのことで何か物申したいことでもあるんじゃ? うちは一族に嫁入りするには髪は黒じゃなきゃ認めないとか、そもそもサスケくんの嫁に相応しくないとか!?
『……サスケと共に歩んでくれてありがとう』
驚いて目を見開く私に、スバルさんが苦笑したのが分かった。相変わらず表情は動いていないのに。
『あの日《ありがとう》と言ったのはそれもあるが、一番は俺自身が……』
限界まで身を乗り出して耳を傾ける。スバルさんはそんな私にちょっと引いていた。
『その……この感情が正しくそうかは分からないんだけど』
「スバルってこういう時くどい言い方になるよね」
『……仕方ないだろ。緊張してるんだから』
スバルさんが子供みたいにムスッとする。今まであまり似ていないなと思っていたけど、その様子はサスケくんによく似ていた。
『俺自身が、妹ができて嬉しかったんだ』
「…………」
――スバルさんが笑った。今度は幻覚だとか、そんな気がするとか、そういうのじゃない。
想像していたよりもずっと幼く、どちらかといえば可愛いタイプの笑み。心臓が止まるかと思った。
そういえば私、サスケくんに対しても、普段はクールなのに結構照れ屋なところとか、所謂ギャップ萌えでやられたところある、かも。……うちはの男の人って、みんなこうなの!?
ぷしゅう、という音と共に全身から力が抜ける。
『サクラ!?』
「ふふ。サクラも苦労するよね」
『……大丈夫、なのか?』
「うん。ほら、こっちにおいで」
言われるがままに、隣の席に移動してきたセキ義姉さんに寄りかかる。よしよしと頭を撫でられた。
「サクラもお団子食べる?」
「……食べますぅ! くださいいい!」
「はい、あーん」
「あ、あーん……」
『…………』
ふと正面を見ると、スバルさん……じゃなくて、お義兄さんが少し羨ましそうな顔でこちらを見ていた。
セキの「あーん」を羨ましがってるわけではなく、妹に「あーん」できるのいいなあ、でも俺がやったらセクハラになるかなぁ……セキいいなぁ……ってなってるスバルです
2024年もよろしくお願いします!