猫のやつ①
南賀ノ神社の裏には、不気味な雰囲気漂う深い森が広がっている。そこには、何百年という時を生きる化け猫たちが棲みついていた。
「スバル。ついにお前も三歳になった。うちは一族の者は決められた歳になると、
化け猫――妖猫族。彼らは尻尾の数によって猫又もしくは
南賀ノ神社の敷地内。口寄せ用の巻物を広げた父さんが、こちらに短剣を差し出してくる。受け取った短剣を親指の先に走らせ、傷口からぷっくりと出てきた血を、慌てて巻物に押し付けた。
「ここで教えた陣を……そうだ。あとは分かるな?」
巻物に陣を描き、父さんの言葉にこくりと頷く。
パパッと印を結び、余った血液で両の手のひらに血の線を付け足し、先ほど巻物に描いた陣の上に重なるようにのせた。
ボンッ! という、分身を作り出した時のような音と共に、巻物周辺を煙が包み込んだ。
煙が晴れる。
「…………すぅ、すぅ」
「…………」
口寄せした妖猫族、いや、猫は真っ黒な身体を丸めながら規則的な寝息を立てている。
……妖猫族って、通常形態ですでに人間よりデカいんじゃなかった?
巻物の上で丸まって寝ている猫はどう見ても普通の猫だし、黒猫だし、そもそも何呑気に寝てんだよって話だし。
がっかりコースを爆走している俺とは真逆に、父さんは「お……おお……!!」となにやら感動しているらしかった。猫の昼寝がそんなに珍しいか?
「まさか、ダイフク殿を口寄せするとは……」
ダイフクというのがこの猫の名前のようだ。……黒猫なのに?
不満そうにしてるのが分かったのか、父さんは嗜めるように言った。
「一番最初に誰を口寄せできるかによって、その者の妖猫族との相性が分かるのだ。ダイフク殿は妖猫族のNo.2、まさか忍術も幻術も適正のないスバルにこのような才能があったとは……」
最後のは余計だ。それにしても、こんな猫が妖猫族で二番目に優秀ってこと? 下から数えた方が早そうだけど……。
半信半疑で猫を見下ろしていると、ふるふると猫のヒゲが動いた。目を閉じたまま、後ろ足をぐいーっと伸ばし、短い舌で前足を舐め始める。
「ダイフク殿」
父さんに名を呼ばれた猫がぱちりと目を開ける。金色の瞳が億劫そうにこちらを見た。
「…………にゃ〜」
黒猫は、普通の猫のように小さく鳴いただけだった。
ゆらり、ゆらり。俺の肩にしがみついてる黒猫の尻尾が左右に揺れている。その尻尾は一つ。
おかしいなあ、妖猫族の尻尾の数って二つ以上じゃなかった? しかも、人間の言葉を話せるはずなのに、こいつときたら「ニャー」しか言わない。
「…………」
折角だから仲を深めてきなさいという父さんの言葉を受け、猫と一緒にうちはの商店街に来てみたが、注目の的すぎて落ち着かない。すげー見られてる。
も、もしかして、コイツって本当にすごい猫なのでは……!?
内心ドキドキしていると、彼らのヒソヒソ話が少しだけ聞こえてきた。
「フガク様の子もそんな歳になったか……」
「黒猫といえばダイフク様しか知らないが、尻尾が一つということは……ただの猫しか口寄せできなかったんだな」
「妖猫族に普通の猫なんているのかよ? どんだけ才能ないんだ」
「…………」
散々な言われようだったのでシャットアウトした。なんだよ、やっぱり普通の猫じゃねーか。
まあこんなのは慣れっこだ。俺の肩でキョロキョロと興味深そうに周りを見渡している猫を盗み見る。
お前も勝手に期待されて落胆されるなんて、理不尽だよな。悪かったよ。
そんな思いをこめて、猫の額を撫でてやろうと指を伸ばしたら、思いっきり噛みつかれた。
鼻上にシワを作り、牙を剥き出しにしてる猫と見つめ合う。しかも唸ってる。
「…………」
俺、やっぱりお前なんか大嫌いだ。
それから数ヶ月後。最高に可愛い弟が生まれるというビッグイベントがあったりしつつ、相変わらず修行三昧の毎日を送っていた。
「にゃあ」
「…………」
自分の才能が憎い。何度挑戦しようと、毎回あの黒猫を口寄せしてしまっていた。父さんは「さすがオレの息子!!」と毎回ハイテンションだったが、俺のテンションは地面を突き抜けていくばかり。
必ず黒猫を召喚する才能なんていらないから、忍術と幻術の才能をよこしてくれないか?
「ニィ、ニィ」
「うう、あー」
「…………に〜」
「キャッキャッ」
黒猫の唯一素晴らしいところといえば、どうやら赤子が好きということだけ。
その日も異種族交流として黒猫を家に連れ帰っていた。
猫はタタタッといつになく急いで子供部屋へと走り去っていき、俺が追いついた頃にはベビーベッドの端に座って、尻尾をふりふりさせてイタチをあやしていた。
俺の前では「にゃ〜(眠いからあっちいけ)」と「シャーッ!!(消えろ!!)」しかないのに。温度差で風邪引きそう。なんか顔つきまで違うし。俺が何をしたっていうんだ。
さらに数年後。イタチが俺が黒猫を口寄せした時と同じ年頃になって分かったことだが、黒猫は赤子が好きなのではなく、イタチのことが好きらしかった。
猫のくせに見る目がある。さすが俺の口寄せ獣だ。
「スバル兄さん! さっき妖猫族を口寄せしたんだけどね、その子、自分はダイフクの一番弟子だって言うんだ」
《そうか》
「ダイフクも来てたんだね。……あははっ、くすぐったいよ!」
「…………」
我が物顔で俺の膝の上で丸くなっていた黒猫。イタチの気配を察知した瞬間に飛び起き、やってきたイタチが顔を近づいてくると、瞬時に鼻チュンしていた。
ヒゲが顔に当たってくすぐったかったのか、イタチがくすくすと笑って黒猫を抱っこする。
なんて羨ましい。黒猫、その場所代われ。
ついに俺とイタチが忍界大戦に参加することになった。
こういう時こそ口寄せ獣の出番だろうと、いつものように口寄せを使ったら、黒猫ではなくブチ猫がやってきた。なんでだよ。
{よっす! 人間のキッズ}
「…………」
{オレ様はダイフク先輩の一番弟子っす! ワレナシって呼んでくださいっす}
「…………」
ハチワレなのにワレナシなんだなとか、この間イタチが口寄せした猫ってこいつかとか、妙な語尾とか、ツッコミどころが多すぎる。
{なんすか?}
何でもないと首を振る。イタチと会った時に俺のことを聞いていたのか、ワレナシは{声出せないんでしたね〜}と急に口調を変えてきた。
{ダイフク先輩なら来ないですよ! あの方は人間の戦争が苦手なので引きこもり中っす}
「…………」
{代わりにオレたちの長であるミケ様が行こうとしてたんで、必死に止めてたんです}
妖猫族のトップの名前、初めて聞いた。しかも三毛猫ではなく白猫らしい。もう意味が分からない。
{これまでダイフク先輩を口寄せできたのは他にタジマ親子くらいですよ? もっと自信持って!}
タジマ親子が誰かは分からなかったが、最後に雑に励まされたので、適当に頷いておいた。
黒猫は口寄せしても寝てばかりだった。実質初めての共闘だったが……妖猫族、滅茶苦茶強い。
ワレナシは尻尾が二本ある猫又だ。
最初は人間の大人と遜色ないサイズだったが、戦闘になると二倍以上の大きさになり、大きな尻尾を器用に動かして敵を薙ぎ払っていた。あの尻尾、伸縮自在は反則だろ。
その辺の大木を尻尾で掴んで引き抜いて投げつけてるのを見た時は、目玉が飛び出るかと思った。やっぱ反則だって。
{ふう。人間は妙な技を使うから嫌いっすね}
敵の攻撃を避けそこねた俺を、尻尾で掴んで引き上げてくれたブチ猫。……助かった。
{火遁でしたっけ。猫は炎が苦手なんで、近くで使わないでくださいね。ダイフク先輩にならいいですけど}
黒猫にはいいのか。
{あの方は
気がつけば、周りには敵も味方も誰一人いなかった。
ワレナシが伏せた頭を俺に押し付けてくる。
{いつもはやんないスけど、ダイフク先輩の子分仲間として、特別に背中に乗せてやります}
俺がいつ、あのいけすかない黒猫の子分になったって?
とはいえ早くイタチに追いつきたい。恐る恐るブチ猫の背中に乗って、ふわふわの毛を両手で掴む。
{いくっす}
妖猫族の足は速かった。速すぎた。
「に、兄さん!? 大丈夫……?」
「…………」
完全にグロッキー。二度とこいつらの背には乗らない。
本編関係ない独立したバージョンも書いてますが、完成はいつになるやら。多重影分身したい。