“くりみつさん”の話が聞きたい?
へえ。変わった人ですね。
でも違います。“くりみつさん”じゃありません。“ことりさん”です。
お兄さんが言ってるの、うちの村に出るおばけの事でしょう?
あの、足が長いおばけ。
“ことりさん”なんです。今は。
はい。名前が変わるんですよ。しょっちゅう。
そう言うおばけなんです。
誰に聞いたんですか。今は”ことりさん“なんだから、”ことりさん“って呼ばなきゃいけないのに。
…全部説明するとちょっと長くなりますけど。構いませんか。 構わないんですね?
“ことりさん“はモノマネが好きなんですよ。
痰が絡んだガラガラ声で、いろんな物のモノマネをするんです。
私達は“ことりさん”が家に来たら、鳴き声に応じて反応を返してやらなきゃいけないんですよ。
はい。そうです。家に来るんです。
ごつごつした足の感じからしても多分男の人です。
いや。確かな事は分かりません。”ことりさん“の顔を見た事のある人はいないんです。少なくとも、私は知りません。
いえ、いえ。さっき言ったじゃないですか。“ことりさん”って足が長いんです。
膝の位置が私の身長より高いんです。“ことりさん“はいつも窓の外に現れるので、足から上が切れて見えないんですよね。
私達が見えるのはいつも“ことりさん”の長い足だけなんです。
”ことりさん“はいつの間にか窓の外に立ってる。
いつの間にか居るんです。
今は”ことりさん“なので、ぴぃぴぃ、ぴぃぴぃって鳴くんです。スズメか何かみたいに。
ガラガラ声で、ぴぃぴぃって。
”ことりさん”が鳴き出したら、私達はことりさんが来たね、ことりさんが鳴いてるねって反応してやらないといけないんです。
そうすると帰っていく。来たときとおんなじに、いつの間にか居なくなってる。
だから名前がしょっちゅう変わるんです。ややこしいですけど、風習なので。
うふふ。気持ち悪いですか?
でもね。私からすればもう日常の内の一つで。
逆に、朝にスズメだかなんだかが可愛く鳴いてるのを聞くとかなりの違和感があって。
それに、そんなに悪いおばけじゃないんですよ。
付き合ってあげてると、ご褒美というか、お礼というか。くれるんです。
最近は豆とか、松ぼっくりとかが玄関に置いてあるんです。
小鳥のモノマネをしているから、お礼も小鳥っぽい物をチョイスしてるんでしょうね。
“ねこさん”だった時は、玄関に立派な鮭が置いてあったりして。
はい、食べました。いえ、特段、体に異常などは無いですよ。
家族もみんな健康です。私のおばあちゃんなんか、元気に九十七歳まで生きましたし。
それにね。私、昔“ねこさん”に助けて貰った事があるんです。
あ、“ことりさん”が“ねこさん”だった時に助けて貰ったって事です。
多分“ねこさん“には私を助けようとか言う意志は無かったと思うんですけど。
あ、聞きたいですか? じゃあ、その時の話をしましょうか。
ええと。私が小学生、小五くらいの時です。
暑い夏の日でした。その日は家に人が居なくて、私は一人でお留守番してたんですよね。
一人でいる家は普段より広くて、伽藍堂な感じで。子供の頃って、一人で家に入れなかったりした事ありませんか?
留守番をしているのが怖くなったのか飽きたのか覚えてないんですけど、私は家から出て、近くのコンビニまでお菓子を買いに行っちゃいました。
で、アイス買って、帰り道友達に会って話し込んでじゃって。
外に出て結構な時間が経っちゃったんですね。
まあドアの鍵は閉めたし、いいかなって思ってました。
で、家に帰って、ドア開けて。
リビングで買ってきたお菓子食べながらテレビの録画ダラダラ見て。
それで喉乾いて冷蔵庫にお茶取りに行ったんですよ。
そしたらキッチンにおじさんが居たんですよね。家族でもなんでもないおじさんが。
見知らぬ人って訳ではなく。私が通学路に行くときに横断歩道で旗持って立ってて。「気をつけろよぉ」って声かけてくれる人で。
私、窓の鍵を閉めた記憶は無くて。多分、泥棒するために窓から入ってきたんでしょうね。
私はびっくりして声も出なくなって。おじさんが泥棒って事にも思い至らなくて。
そしたらおじさんがいきなり私の胸元を掴んで、私を投げ飛ばしたんです。
多分おじさんも焦ってたんでしょうね。
私は床に叩きつけられて、頭が割れるように痛くて、もう死んじゃうんだと思いました。
おじさんは私に向かって歩いてきてたんですけど、びっくりしたような顔をして急に立ち止まって。
なんだろうと思って後ろを振り返ると、“ねこさん”の足がリビングの大きな窓の向こうに見えたんです。
あんまりにもタイミングが良かったので、おじさんを“ねこさん”が見咎めてるみたいで。
おじさんはうっかり、「ねこさん」って言ったんです。早く帰って欲しかったんでしょうね。ちゃんと声を聞かなきゃいけなかったのに。
その言葉に被せるみたいに、“ねこさん”は「わん」って言ったんです。
この時、“ねこさん”は“ねこさん“じゃなくて”いぬさん”だったんです。
分かりにくいですかね。つまりその時、あれは自分を猫じゃなくて犬として扱って欲しかったんですよ。
怖かったですよ。
“いぬさん”のわんわんって声が、だんだん怒声に変わっていって。
怒ってるんだって事がすごく伝わってきました。
わんわんからギャンギャンって感じで……。
だんだんと、窓の向こうの“いぬさん“の足が、ゆっくりゆっくりくの字に曲がっていったんです。
だんだん膝の位置が下がっていって、腰が見えてきて。
長い体を折り曲げて、家の中に入ってこようとしてたんです。
私はあんまりに怖かったから、そこで気を失ってしまって。
気付くともう外はオレンジ色に染まっていて、おじさんも”いぬさん“も居なくなってました。
次の日から、“ねこさん”は“くりみつさん”に変わりました。
「気をつけろよぉ」って窓の外から声をかけてくるようになったんです。
…お兄さん。
“くりみつさん”の事を誰に教えて貰ったんですか。
今は“ことりさん”なのに、誰が“くりみつさん”って貴方に教えたんですか?
はぁ。学校帰りの子供たちに。
...あーー。あーあー。
多分、お兄さんの身なりが良かったからですね。お兄さんが裕福そうだったからです。
“くりみつさん”はね、お礼としてお菓子をくれたんですよ。
アイスバーのファミリーパックとか。
本当のくりみつさんは、まあ泥棒行為をするくらいですからそんなにお金は持ってなかったでしょうが。
でも大人がお礼として子供に送る物としては、まぁそこまでおかしくないのかな。
たまに、ゲームのカセットとかのまぁまぁ高価な貰える事もあったんですよ。
でも“ことりさん”になってから、お礼もしょっぱくなっちゃったんですよねぇ。
くりみつさんよりも裕福そうなお兄さんなら、どんなお礼をしてくれるんだろう。
その子供達はそう思っちゃったんでしょうね。
一応、お兄さんの名前を教えてください。
念のためですよ。念のため。うふふ。