「皆さん、落ち着きましたか……?」
ロビーへ移動し、少し時間を置いた後、俺はそんな問いを投げかけた。
一番ショックを受けていた大崎さんが少し動揺の収まった様子で、こくんと頷いて見せる。
「うん、もう大丈夫だよ。……お弟子さんから話があるんだよね? それはちゃんと聞かなきゃだし」
「無理はしなくていいですよ、大崎さん。辛いなら、部屋で休まれた方が……」
大崎さんは目を閉じ、首を左右に振って答えた。
「ううん、大事なことだから。これから何をするにしても、最初に足並みは揃えておなかきゃいけないし。……大丈夫、甘奈も探偵なんだしさ!」
「それは、そうですが……」
俺は言葉尻を濁しながら、ソファーに座る幽谷さん、園田さんへ視線を向ける。
彼女達も辛そうだったが、八宮さんだけは少し離れた場所に立ち、神妙そうな面持ちを浮かべていた。
どこか居心地が悪そうで、普段あまり見せない表情だったから、俺はつい目を引かれてしまったのだが……?
「お、お弟子さんっ! そ、それでお話ってなんでしょう……?」
やがて、ぼうっとしていた俺へ、園田さんがおずおずとした口調で問い掛けてくる。
我に戻った俺は、こほんと咳払いした後、話し出した。
「難しいことではありません。状況とアリバイの確認です」
「あ、アリバイ……ですか?」
「はい。それは幽谷さんから死亡推定時刻を聞いてからなのですが、その前に状況を確認しましょう」
俺はそう言いながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。
「さっき試してみたんですが、通信機器は使えなくなっているようです。何らかの妨害電波と思われますが、出所は不明です。できればこの洋館へ繋がる吊り橋が、どうなっているのかも知りたいところですが……」
そう言って俺が唸ると八宮さんが答えた。
「あ、それはさっき二階から戻る途中、窓から確認したよ。……まあ、結果は言わずもがな、なんだけど」
苦笑気味の答えは予想通りのものではあったが、俺はやはり肩を落としてしまう。
「橋は落とされている……つまり、以前の事件を踏襲しているということですか。そうすると一つの推論が成り立ちますが……」
俺の呟きにみんなは首を傾げたが、すぐ内容を察したらしく、また俯いてしまった。
……そうはそうだろうと、俺も内心でため息をつく。
踏襲できるのは、あの事件の関係者だから。
つまり、外部犯ではなく内部犯。
この中に、犯人がいるということ。
「で、でもでもっ、外部犯の可能性も捨てきれませんよねっ!?」
半ばすがるような口調で園田さんが言ったが、俺は力なく首を左右に振ることしかできなかった。
「いえ、その可能性はかなり低いと思います」
「え……。ど、どうしてですか?」
「……カーペット裏の、血痕です」
「?」
園田さんはよく分からないという様子で目を瞬かせ、俺は続ける。
「以前の事件で、『A』の遺体が動かされていたことは覚えていらっしゃいますか?」
俺の問いに、幽谷さんがゆっくりと頷いて答えた。
「和泉さんが……可哀そうって……」
「ええ。何かのトリックかと思い、混乱した記憶が私にもあります。……実は、さっき幽谷さんが検死を行っている間にカーペットをめくってみたんですが」
情報の意味を考えながら話を聞いていた大崎さんが、はっとした後、視線を下へ落とした。
「……血痕があった、んだね。そしてそれを知っているのは、当日立ち会った人間だけ……」
「ええ。そうでなければ、ここまでの再現は不可能でしょう……」
自分で言っていて、嫌になる。
八宮さんと話していたとおり、あの事件以後、探偵のみんなはこの洋館へ度々訪れ、交流を深めていた。
情報交換とか、横の繋がりとか、いろんな理由を付けていたけど、単純に仲間と会いたくて来ているように俺は感じていたからなおさらだ。
だからこそ、内部犯を疑わなければならない状況は、堪える。
「自分をしっかり持った方がいい、『A』の後継者」
「っ!?」
いつの間にか隣へ移動していた八宮さんが、俺にだけ聞こえるボリュームの中性的な声で告げる。
「『A』の口癖だったろう? 『私は甘くない』と。……世界唯一の顧問探偵とうたわれた者の後継者を名乗るなら、事件の解決を第一とすべきでは?」
「……っ!」
「そしてそれこそが、謎を目の前にした探偵が持つ、唯一共通の性であるはず」
その言葉は厳しいものだったが、異論を挟む余地はなかった。
冷水を浴びたような気分だが、シャキッとできたのも事実なので、俺は幽谷さんへ改めて視線を向けた。
そして彼女は頷き、答える。
「し、死亡推定時刻は……深夜の2時から3時の間、だと思います……」
「深夜、ですか……。いっそ限定して聞きますが、その時間にアリバイがある……例えば誰かと一緒に居たとか、そういう方はいらっしゃいますか?」
しん、とロビーへ沈黙が落ちる。
八宮さんは日付が変わる前に寝たと言っていたから、当たり前といえば当たり前なのだが、これはこれで困ってしまう。
以前の芹沢さんや市川さんのようにカメラを持って洋館を歩いていた人もいないから、俺を含め全員が犯行可能。
みんなも同じ疑問に突き当たったらしく難しい顔になっているが、俺は一度、パンと手を打ち、
「とりあえず、この場で悩んでいても仕方ありません。なんとかできるように頑張ってみますので、いったん解散しましょう」
「え、で、でもそれは……」
驚きを見せた園田さんへ、俺は答える。
「ええ、非常時ですし、これから先は誰かと一緒にいるようにしてください。……ところで八宮さん」
「ん? なに?」
不意に声をかけた俺へ、いつもの調子に戻っていた八宮さんが少し驚きの表情を見せた。
「気になる事があって、館の中を歩きたいんです。……ご同行、願えますか?」