「それで、どうしたの? わたしに聞きたいことでも?」
ロビー右翼の階段を昇り、二階奥へ通じる廊下を歩きながら、隣の八宮さんが俺へ問う。
大崎さんの体調が優れなかったため、幽谷さん、園田さんは彼女へ付き添い、自室へ戻っていた。
だから今は二人きりという気楽さも手伝って、俺は軽めの口調で答えた。
「いえ……正直、行き詰まってまして。八宮さんの意見を聞きたかったんです」
「え?」
ストレートな言葉だったせいか、八宮さんは再び驚きの表情を浮かべたが、やがて苦笑して見せる。
「あ、あはは、直球でビックリだね。……どうしてわたしに?」
「私を含め、みんなの中で貴女が一番冷静だと思ったんです。……全員が容疑者であるなら、正しく客観的な情報をくれそうな人に相談した方がいいじゃないですか」
俺の意見を聞いた八宮さんが、ぷっと吹き出す。
「もー、正直だなあ! 頼られるのは嬉しいけど、それが『A』のやり方だったの?」
「『A』の口癖は、『私は甘くない』でしたけど、人に頼るなと言ったこともなかったですよ。……八宮さんは、『A』の得意分野をご存知ですか?」
「んーと、以前、田中さんが言ってたね、『自分の口で犯行を自白させること』って」
「そうすれば言い逃れできませんからね。そして、そのために必要なのは、『対話』です。相手の人となりも知れますし」
そう答えると、八宮さんがちょっと拗ねたような口調になった。
「えー、ちょっとビジネスライクすぎない? 会話は楽しい方がいいと思うな!」
「あ、いえ」
俺は足を止め、窓の外の青空を見上げながら頭を掻く。
「そういうつもりではないんです。私だって情報を聞き出すためだけに、誰かと話しているつもりはありません」
「あははっ、冗談だよ、冗談! ……で、改めて何が聞きたいの?」
「え、ええ、そうですね……」
八宮さんの促しに俺は頷き、一番気になっていた質問を口にした。
「現段階で、誰が犯人だと思いますか?」
返しの難しい問いだったが、八宮さんは気分を害した様子もなく答える。
「情報が足りないから、何とも言えない……かな。そもそも、はづきさんを狙うメリットがないんだもん」
「……ええ。『A』の持っていた不動産、有価証券、銀行口座などは私が引き継いでいる以上、遺産目的の殺人なら狙う相手は、まず私であるべきです」
「なら、お金目的じゃないってことになるけど……」
八宮さんの指摘に俺は頭痛を覚えながら、ため息を吐いてしまう。
「そうなると、ますます犯人が誰なのか分かりません。八宮さんにも、思い当たることはありませんか?」
「う~ん、わたしにもちょっと……。ほら、前の事件の時は、『A』に毒を盛られて、解毒剤が必要って理由があったんだけど」
「そうですね……。目的、ですか……」
そうして頭を抱えてしまった俺へ、八宮さんは小さく笑った後、ぽんぽんと肩を叩いてくる。
「あははっ、そんなに深刻になっちゃダメだよ~! ほら、笑って~?」
そして朝、そうしていたように左右の指先で口元を引き上げて見せる。
思わず俺も笑ってしまったが、その瞬間、記憶に蘇る言葉があったから、それを口にした。
「『黒という結果が出たら、同時にどうしたら白という結果へ覆せるかを考えろ。それができて、探偵として一人前だ』……か」
「……? えっと?」
不思議そうな顔になった八宮さんへ、俺は表情を緩めて答える。
「これも、『A』の口癖です。何か成果を上げて喜ぶと、この言葉でたしなめられていました」
「う、うわー、厳しいね~……。それって、あらゆる可能性を考えろってことだよね?」
「ええ……。今、『A』の後継者として探偵業をしていますが、それができたと実感したことはありません」
「あ、あはは……それは究極の目標だと思うから、ほどほどでいいんじゃないかな?」
それは意外な返答だったので、今度は俺が驚いてしまう。
「『怪盗283』でも、そう思うんですか?」
含みを持った質問になってしまったが、八宮さんはイヤな顔一つ見せずに答えてみせた。
「う~ん、わたしは個人で動くことが多いから、いろいろ先を予想はするけど……。それだけに終わってから、『考えが足りなかったなぁ』って感じることは結構あるよ?」
「あぁ、確かに。先読みして行動すると、『あ、やばい。全然違ってた』ってなりますよね」
「なるなる! お弟子さんも?」
「ええ、どうにかならないですかね、あのボールがすっぽ抜けたような感覚」
「う~ん、わたしはもう宿命みたいなものだと思って割り切っちゃうよ。次だ、次ー! って」
そうして俺達は探偵あるあるを語り、笑い合う。
そんなやり取りをしていると、ふと八宮さんが言った。
「あ、でも一つ気になってることならあるよ?」
「え?」
驚きを見せた俺へ、八宮さんは言葉を続ける。
「あの事件以来、誰かからの視線を感じることが多くなったんだ」
「視線……? それは今日もですか?」
「う~ん、それが曖昧なんだ。頑張って意識して、ようやく気付けるレベルだから」
「八宮さんでも、ようやく……ですか?」
となると、かなりの訓練を受けた人間の犯行ということになる。
しかし、それがこの事件の犯人と何か関係があるのだろうか……?
「ま、それは参考ていどでいいと思うよ。……それよりさ」
「?」
八宮さんは少し照れたような表情で、お腹へ手を当てる。
「もうお昼だよ? 何か食べに食堂へ行かない?」