怪盗283と四月の終わらない嘘   作:キョクアジサシ

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20XX年XX月XX日 PM 12:04

「大崎さん? もう身体は大丈夫なんですか?」

 

 お腹を空かせた八宮さんの背を追い、足を踏み入れた食堂にいた大崎さんへ俺は声をかける。

 少し疲れた様子でイスに座っていた彼女は笑顔を見せてくれたが、その表情は頼りなくて弱々しい。

 

「状況が状況です。無理は禁物ですよ」

「う、うん……。ごめんね、心配かけて。でも甘奈、智代子ちゃんに、『ちゃんと食べないとダメだよっ!』って言われちゃったから……」

「園田さんが?」

 

 言われて周囲を見渡すと食堂の奥で幽谷さんと園田さんが、何かの機械と向き合っている背中があった。

 

「ええと、彼女達は何を?」

 

 俺の問いに大崎さんは目を細め、「それはすぐに分かるよ~」と答えて、微笑む。

 八宮さんは食堂の入り口付近に立ち、目を瞬かせていたが、やがて幽谷さんと園田さんが振り返った。

 

「じゃじゃーん! 霧子ちゃんお手製のピザトーストだよ! これを食べれば、元気いっぱい間違いなし!」

 

 満面の笑みで園田さんが宣言し、幽谷さんは少し照れた様子で頬を染める。

 二人の両手にはチェック柄のミトンと大皿があり、オーブンと思われる機械でピザトーストを焼いていたようだ。

 

「しかもっ、とろけるチョコとマシュマロも入っているから、お口の幸せも保証済み! こんな時だからこそカロリーなんて気にせずに――」

 

 園田さんはそこまで言ってようやく俺と八宮さんの存在に気付いたらしく、今度は違う意味で頬を赤く染め上げた。

 

「おおお、お弟子さん!? い、いつからそこに!?」

「……別に恥ずかしがるような発言はなかったと思いますが?」

「あっ、ありましたよっ! か、カロリーがどう、とか……」

 

 急にショボショボした口調になった園田さんが面白かったのか、大崎さんと幽谷さんが小さく笑い、俺も自然と気持ちと口調が和らぐのを感じてしまう。

 

「いいじゃないですか。園田さんはいつも食事を美味しそうに召し上がるので、私もそれが楽しみだったりするのですが」

「そ、そうですか……? そ、それならいい……ような? うーん、あれ? いいのかな?」

 

 首を捻って唸る園田さんだったが、その隣で静かに微笑んでいる幽谷さんへ俺は視線を向けた。

 

「幽谷さんも大崎さんに気を使って下さったんですね。……ありがとうございます、本来私がすべきことでした」

「い、いいえ……。お、お弟子さんは考えることが……たくさんって……」

「頭が回っていないだけですよ。とはいえ……」

 

 鼻を少し、すんと鳴らした俺へ幽谷さんは不思議そうな顔を見せる。

 俺は表情が柔らかくなっているのを自覚しつつ、口を開いた。

 

「……ピザトースト、いい匂いですね。今はチョコレートの香りも心地いいです」

「ふふ……ありがとう、ございます。皆さんが……いつも美味しいって言ってくれるから……」

「皆さん……そうですね」

 

 あの事件以後、食卓を共にした探偵たちへ幽谷さんがピザトーストを振舞ってくれたことは何度かあり、いずれも好評だったことを思い出す。

 こういう時にこそ、ありがたい心遣いで、ここを携帯食料で乗り切って下さいと言われたら気分も荒んでしまうだろう。

 

「じゃあ、甘奈もお腹が空いたし、食べよっか? あ、そういえば冷蔵庫に甘奈が持って来たマンゴーラッシーがあるから、それも飲も?」

「おお~、いいね、甘奈ちゃん! 私が用意するから、ちょっと待っててね~!」

 

 大崎さんの提案を聞き入れた園田さんが、大きめのグラスにラッシーを注ぎ、テーブルへ置く。

 

「智代子ちゃん、ありがと~! チョコとマシュマロも、おいしそう~!」

 

 大崎さんの仕切りもあり、俺達はイスに座り、幽谷さんが切り分けたピザトーストを指先でつまむ。

 生地はまだ熱いが、トマトをベースとしたソースとチョコレートの甘みが心地よく、俺の口から思わずため息がもれた。

 それは続けてラッシーを飲む大崎さん、幽谷さん、園田さんも同じだったが、八宮さんだけは硬い戸惑いの表情を浮かべている。

 

「……? 八宮さん、どうかしましたか?」

「どうかしたの、めぐるちゃん?」

「あ、あの……?」

「も、もしかしてチョコが合わなかった?」

 

 俺に続いて三人も心配そうに声をかけたのだが八宮さんは、

 

「……敵わないなあ、こういうところ」

 

 と小さな声で呟いた後、ピザトーストを口を運ぶ。

 そして、大きくモグモグして見せた後、

 

「うんっ、すっごく美味しいよ、さすがだね霧子ちゃん!」

 

 と満面の笑みを浮かべる。

 よく分からないリアクションに首を傾げてしまったが、とりあえず大崎さんの顔色も良くなったようなので、俺は胸を撫で下ろす。

 そんな俺に気付いた園田さんが、耳元へ口を寄せて告げた。

 

「本当は迷ったんです。部屋でインスタント食品にしようかって……。甘奈ちゃん、すごいショックを受けてたから、軽いモノの方がいいかなって」

「でも、ピザトースト……ですか?」

 

 俺の返しに園田さんは、にこっと笑って答えた。

 

「こういう状況だからこそ、ちゃんと食べて元気を出して欲しいって! 何かに気付けるかもしれませんし、逆転の発想です!」

「それで幽谷さんに頼んだ……ということですか?」

「はい! いい選択だったと自分では思ったりしちゃってます!」

 

 自信満々に胸を張る園田さんへ、俺は目を閉じて頷いた。

 

「ええ、素晴らしい判断です。……大崎さんも元気になったようですし」

 

 ふと、横目で大崎さんを見ると、パクパクと忙しくピザトーストを口へ運び、その唇にはとけたチョコが滲んでいる。

 隣に座っていた幽谷さんがそれに気づき、テーブルナプキンで、それを拭う。

 大崎さんは恥ずかしそうにはにかんだが、それでも幽谷さんは嬉しそうだ。

 

「……いいことです。何よりじゃないですか」

「はいっ、私もそう思います!」

 

 そんなことを言い合うものの、八宮さんの表情から居心地の悪さと戸惑いは消えることがない。

 その佇まいは群れから一匹だけはぐれてしまった稚魚のようで、俺の意識の中で棘のように残り続けていた。

 

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