怪盗283と四月の終わらない嘘   作:キョクアジサシ

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20XX年XX月XX日 PM 13:34

 昼食が終わり、大分元気になった大崎さん、園田さん、幽谷さんは自室へ戻って、俺と八宮さんは再び洋館を歩きながら、現状の調査を続けていた。

 

「館内に目立った変化は……見られないね」

「そうですね。以前の事件になぞらえているなら、ランドリーに忘れ物でもと思ったんですが」

 

 俺の感想に八宮さんは肩をすくめて苦笑する。

 

「まあ、そう簡単にはいかないぞ、ってことじゃないかな? とはいえ、次の事件が起こるのも困るから、監視も兼ねて館内を歩いてるわけだけど」

「未然に防げれば、それが一番ですからね。……とはいえ、気になっていることはあるので、聞いてもいいでしょうか?」

「ん? いいよ、何?」

 

 八宮さんは何気なく頷き、俺は口を開く。

 

「今日に限らずですが、もしかして八宮さんはここの雰囲気が苦手だったりします?」

「えっ?」

 

 事件と直接関係のない質問だったせいか、八宮さんは驚きを見せたが、やがて口をちょっとすぼめて答えた。

 

「苦手ってことはないけど……。どうして?」

「朝のロビーや昼食の食堂にいた時、居心地が悪そうに見えたので。らしくない感じがして、ええと、その、上手く言えないんですが……」

 

 俺の言葉尻が曖昧になっていく中、八宮さんは目を伏せ、首を小さく縦に振って見せる。

 

「……あはは、バレてた?」

「最近は櫻木さんや風野さんと仲良くなってると感じていたんですが、それでもどこか距離を置いているような気がしていました」

 

 俺はそこまで言って、一度目を閉じる。

 そして脳裏に過ぎるのは、みんなが集まったロビーで、彼女だけが一歩引いた位置に立っている光景だ。

 戸惑いがちの笑顔を浮かべ、櫻木さん達に呼ばれてようやく会話へ合流する……そういう場面は何度か目にしていた。

 

「その佇まいが、ずっと気になっていて」

「……そっか」

 

 そうして、八宮さんは足を止め、窓の外へ視線を投げた。

 空は透明な青と薄く滲む白を湛え、音もなく俺達を見下ろしている。

 少し間を置いた後、彼女は話し出す。

 

「……うん、そうだね。そういう感じにはなってたかな。けど、嫌いってことはないよ。ただ」

「ただ?」

 

 八宮さんはこちらへ振り返り、どこか寂し気な表情で言った。

 

「分からないんだ、振舞い方が」

「……? 分からない?」

「うん。昼食の前にも言ったけど、わたしって今まで単独で動いてたから、集団の中の距離感を知らなくて」

「距離感……?」

 

 意外な言葉が出て来て驚いてしまったが、言われてみれば納得のいく理由でもある。

 『怪盗283』として他人の力を必要としない生き方をしてきたのなら、他者との距離感を知らなくても無理はない。

 

「真乃とか灯織とか、他のみんなは自分の色を知ってる。自分の居場所を知ってる。……けど、わたしは知らない。だから、立ち位置が分からないんだ」

 

 そして彼女は眉を八の字にして、困ったように笑う。

 

「自分でもヘンだなって思うよ? 今まで一人だったって気付いたのなら、近付けばいい。……なのに傍へ行くと、却ってみんなとの違いを感じて自分を見失ってしまうから」

「それは……」

 

 そう言えば最初の事件が起きた時、彼女は櫻木さんと風野さんへ、『探偵友達が欲しくて』と話していた。

 あの時は深く考えなかったが、彼女なりに思うところがあっての言葉だったのだろうか……?

 

「でも、ビックリって言ったらわたしの方こそだよ? さっきの昼食とか」

「昼食? ええと、何かありましたっけ?」

 

 唐突な言葉に俺は首を傾げてしまったが、八宮さんは頬にちょっと怒ったような感情を滲ませる。

 

「だって、この状況だよ? 前回は、『A』に毒を盛られて大騒ぎだったのに、警戒もせずにみんな出されたものを食べてるんだもん」

「……あ」

 

 当たり前すぎる指摘に俺は、返す言葉がない。

 大崎さんはマンゴーラッシー、園田さんはチョコ、そして幽谷さんはピザトースト。

 仕掛けを施そうとすれば、どうにでもできる状況だったと八宮さんは言いたいらしい。

 

「う、うーん。仰りたい事は分かりますが……」

 

 そうして俺は頭を抱えてしまう。

 何が困るって多分、それに気付いたとしても取る行動は同じだったと思うから。

 その思考を読み取ったかのように、八宮さんはため息を吐いて見せた。

 

「みんなを疑いたくない気持ちは分かるけど、わたし達探偵だよ? 口へ入れるものには気を付けた方がいいと思う」

「そ、それはそうですが……。あ、でも」

「?」

 

 ふと、思い出したことがあったので俺は人差し指を立てて弁解する。

 

「結局、八宮さんも食べてましたし、オッケーでいいんじゃないですか? 何かあったら、その時は全員で考えればいいということで」

「……みんな口にした後だったから大丈夫だと判断した、とは思わない?」

「それはありませんよ。だって」

「?」

 

 俺はとある発言を思い出しながら、自信を秘めた口調で答えた。

 

「八宮さんは、『敵わないなあ』って言ってましたから。大崎さん達を信頼してくれたんだと思っています」

 

 疑うより信じる方が楽と、判断してくれたのだと。

 俺はそう思っただけなのだが、彼女は肩をすくめて苦笑し、

 

「それも悪くないけど、探偵が疑うのを止めたら事件が終わらないんじゃないかな?」

 

 ともっとも過ぎる返答を寄越し、また俺は困ってしまう。

 

「そ、そうですね……。事件があって、容疑者がいるなら、探偵は疑わなければならない。でも……」

「お弟子さんはみんなをそんな風に見たくない?」

「付き合いが長くなれば、普通そうじゃないですか。とはいえ、そんな黒を白にするホームランみたいな発想が……?」

 

 腕を組んで唸った時、園田さんの言葉が不意に蘇った。

 

『こういう状況だからこそ、ちゃんと食べて元気を出して欲しいって! 何かに気付けるかもしれませんし、逆転の発想です!』

 

 逆転の発想。

 何気なく聞いた言葉だったが、その意味に気付き、俺の膝が震え始める。

 

「お弟子さん? ど、どうしたの?」

 

 不意に立ち止まったせいか、八宮さんが心配そうな表情で顔を覗き込んでくるが、俺の身体の震えは止まらない。

 オセロで角を取った時のように、たくさんの情報の意味が脳内で書き換わり、正しく呼吸のペースを取る事すらできない。

 口元へ手を寄せ、眉根を寄せながら俺は鈍っていた頭を回転させる。

 

「逆転の発想……? じゃ、じゃあ、もし最初のアレが嘘だったとしたら、全ての意味が変わる……? でも、そう考えたら全ての筋が通る……のか?」

「お、お弟子さん? 何か分かったの?」

 

 戸惑う八宮さんの問いを受け、俺は頷く。

 

「……はい、おそらく全てが。この考えが正しいなら、八宮さんへ視線を向けていたのは誰なのか、その理由も説明できます」

 

 その踏み込んだ発言に八宮さんは目を見開き、俺は頬を一筋、汗が流れたことを自覚しつつ、告げた。

 

「みなさんをロビーへ集めて下さい。終わらなかった四月の嘘に、ここで終止符を打ちましょう」

 

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