「どうしたの、お弟子さん。急に甘奈達を呼び出して」
陽が沈み、空が群青色に染まり始めた頃、ロビーへ全員を呼び出した俺へ大崎さんが問う。
ロビー中央のソファーに大崎さん、園田さん、幽谷さんが腰を下ろし、八宮さんは暖炉の前で神妙な表情を浮かべていた。
みんなの姿を確認した後、俺は大崎さんへ頷いて見せた。
「ええ、さっき事件の全貌が掴めたので、早めの報告をと思ったんです」
俺の返答に幽谷さんが、「えっ」と声を上げる。
「全貌って……。は、犯人も……ですか?」
「はい。その説明をする前に、要点を押さえておきましょう。その方が分かりやすいでしょうし。……ポイントは三つです」
みんなが息を飲み、俺は続けた。
「一つ、誰がはづきさんを殺したのか? 二つ、なぜそうする必要があったのか? そして最後は、八宮さんを監視していたのは誰か? ですね」
園田さんが不思議そうな表情で、挙手する。
「めぐるちゃんを監視……ですか?」
「言葉通りです。あの事件以降、八宮さんは誰かからの視線を感じていたそうです。初めて聞いた時は私も首を傾げたんですが、それはおいおい、お分かりいただけると思います」
「は、はあ……」
「では順番に説明しましょう。まず、誰がはづきさんを殺したのか? ですが」
俺の言葉を受け、ロビーの緊張感が一気に高まる。
大崎さん、園田さん、幽谷さんは息を飲み、八宮さんは静かに目を細め、耳をすませていた。
俺は一度息を吸い、吐いてから口を開く。
「ここに犯人はいません。『この中に犯人がいる』……その前提自体が間違いだったんです」
誰かの口から、「えっ」という声が漏れ、大崎さんが混乱した口調で俺へ問う。
「ど、どういうことなの、お弟子さん!? だって、現に事件は起きているんだよ!?」
「はい、確かに事件は起きています。ですが、犯人はいないんです。矛盾しているとは思いますが」
俺の言い回しに、園田さんが複雑そうな表情で答えた。
「じゃ、じゃあ……事故だった、とか……?」
「いえ、事故でもありません。この事件は間違いなく人災です」
「……?」
みんなが不可解そうな表情を浮かべる中、腕を組んで考え込んでいた八宮さんが軽く手を上げる。
「えっと、この事件が人災だとして、何が目的でそんなことをする必要があったの? 犯人は随分、回りくどいことをしているように思うけど?」
「いえ、それが案外、そうでもないんです。以前の事件と今回の事件。その中にある一つの嘘に気付けたら、全体が見えてくると思いますよ」
「嘘」という言葉にとある人物の肩が小さく揺れる。
俺はその反応を視界の隅で捉えていたが、大崎さんが声を震わせて言った。
「う、嘘って……誰が、何を?」
俺は、ぐっと下腹に力を入れ、その人物へ視線を向ける。
「嘘を吐いているのは幽谷さん、貴女ですね?」
「……っ!」
その指摘に幽谷さんは俯き、前髪で目元を隠すだけだ。
大崎さん、園田さん、八宮さんも幽谷さんへ視線を向けるが、彼女は何も答えない。
緊迫感の満ちる空気の中、園田さんが動揺を口調に滲ませながら、俺へ問いを投げかける。
「き、霧子ちゃんが嘘って……。お、お弟子さん、あはは……それは何かの冗談、ですよね? 霧子ちゃんに限って、そんな……」
俺は首を左右に振って、唇を横に結ぶ。
「いえ、彼女が嘘を吐いているのは間違いありません。……幽谷さんは医療キットを使う振りをして、はづきさんが死んでいるという嘘の診断をしたんです」
その答えにロビーが、しんとなり、大崎さん、園田さんが「えええっ!?」と大きな声を上げた。
「そ、それはどういうことなの、お弟子さん!? 甘奈達が見た死体は嘘だったってこと!?」
「ええ、特定の薬品を使えば一定時間なら仮死状態になれますし、薬を調合したのは幽谷さん、服用したのははづきさん本人でしょう」
今度は八宮さんがため息交じりに、人差し指で額を叩く。
「うーん、それこそ何のため? メリットが何もないように思えるんだけど?」
「ええ、ないと思います。……今日の事件を単体で考えるなら、何も」
「?」
みんなが不可解そうな表情を見せる中、俺は続けた。
「では二つめの、なぜそうする必要があったのか? です。みなさんにお聞きしますが、前回の事件で、『A』に医療キットを使い、死亡推定時刻を算出したのは誰でしたか?」
記憶の糸を辿るように考え込んでいた大崎さんが、震える声で答える。
「霧子……ちゃん?」
幽谷さんは俯いたまま、反応を示さず、俺は再び下腹へ力を込めた。
「……前回の事件と今回の事件。そのどちらも検死を行ったのは幽谷さんです。ですが、はづきさんの診断が虚偽だったとするなら、どうでしょう?」
その大きな瞳の奥を揺らしながら、園田さんが言った。
「『A』も……? で、でも、それこそ理由が分かりませんよっ! どうして、そんなことを……!?」
俺は眉根をひそめ、声を押し殺して頷く。
「そこが一番巧妙な点だったんです。犯人は私達に、『後継者を探す』という目的を示すことで、本当の狙いから目を逸らさせたんですから」
「甘奈達は目的を勘違いしていた……? じゃ、じゃあ、前の事件はまだ……」
大崎さんが抱いたであろう疑問を察し、俺は目を伏せる。
「終わっていない、ということでしょうね。……話が込み入ってきましたので、ここからは当事者に話してもらいましょう。そろそろ姿を見せたらどうですか? ……桑山千雪さん」
「っ!?」
みんなが息を飲み、ロビーの暗がりから姿を現した人物へ視線を向ける。
その先には、あの事件の犯人、桑山千雪さんの姿があった。