「千雪……さん?」
大崎さんの震える声がロビーに響く中、落ち着いた私服姿で神妙な表情の桑山さんは小さく頷いて見せた。
「……お見事です、お弟子さん。気付くまで、もうちょっと時間がかかると思っていたのに」
「それは……」
俺が返答する前に、大崎さんが口を挟む。
「ち、千雪さん! ど、どうして、ここに……!?」
その問いかけに桑山さんは表情に罪悪感を滲ませながら、答えた。
「いろいろごめんね、甘奈ちゃん……。謝って許してもらえるとは思ってないけど、まずはお弟子さんの話を……聞いてくれる?」
深い疲労の色を感じさせる口調に大崎さんは、ぐっと下唇を噛んで問いかけを必死に飲み込んだ。
俺はその配慮に感謝しながら、話を続ける。
「私一人だったら、気付けなかったと思います。……園田さんのおかげですよ」
「えっ!?」
突然水を向けられ、園田さんはビックリして見せたので俺は後頭部を軽く掻いて告げる。
「言ってくれたじゃないですか、逆転の発想! って」
「そ、それは確かに言いましたけど……。え、でも何が逆転したんです?」
「辛い方向へ考えるのを一度、止めようと思ったんです。……正直、苦しかったので」
「苦しい……ですか?」
園田さんが首を傾げる一方で、俺は深くため息を吐き、胸に溜まっていたわだかまりを口にする。
「はづきさんが殺されたのなら、この中に犯人が……嘘を吐いている人間がいることになる。そう考えるのが辛かった。悲しい事件もあったけど、ここ数か月で仲良くなって、これから上手くやっていける……そう思っていましたから」
みんなは息を飲み、俺は独白を続ける。
「でも死んだ人間はいて犯人がいるのなら、『A』の後継者として真相を明かさなければならない。……そんな時、園田さんが、『逆転の発想』と言ってくれて、考え直してみたんです。『もし黒を白にできるなら、どんな方法がある?』って。……そうしたら一つだけあったんです、説明可能な方法が」
そして、俺は人差し指を一本、立てて見せた。
「そもそも、もし、『A』が死んでいなかったら? って。あの夜の、『後継者探し』は表の目的で、本当の狙いが他にあったとしたら? って」
そこまで言うと園田さんが首を捻りながら、難しそうな顔をしてみせた。
「お、お弟子さん、それはどういう意味ですか……?」
「はい、そのヒントが要点の三つめ。八宮さんを監視する誰か、です。決定打は、それでした」
「?」
俺は頭の中で出来事の順序を追いながら、桑山さんへ向き直る。
「桑山さん、結論を先に聞きますが、あの事件以来、八宮さんを監視していたのは貴女と『A』ですね?」
その問いに桑山さんは天を仰ぐように顔を上げた後、静かに頷いた。
「ええ……。あの夜、部屋へたどり着いた私に、『A』は言いました。『怪盗283の正体を明かしたくないか?』と」
俺は胸に苦いモノを感じつつ、頷く。
「そしてその後、『A』から『後継者探し』を隠れ蓑にした偽装殺人を起こすよう指示を受け、表舞台から姿を消した……。医療の知識がある幽谷さんを巻き込んだのも、『A』ですか?」
「はい……。次の事件を起こす時、彼女の力が必要になるから……って。今回の事件はみんなが寝ている間に私が、『A』の部屋へ行き、はづきと申し合わせて起こした、という形です」
「だから血痕のことを知っていたし、アリバイがある人間なんていなかった、というわけですか?」
「ええ……」
桑山さんが認め、みんなの視線が俯いたままの幽谷さんへ向いたが、俺は努めて口調を和らげながら、彼女の事情を説明した。
「この条件下では幽谷さんが嘘の診断をしない限り、第二の殺人は起きず、桑山さんの誤解を解くチャンスも訪れません。……つまり幽谷さんは殺人の協力をするために嘘を吐いたのではなく、桑山さんを助けるために嘘を吐いた、ということになるんです」
「……っ」
俺はそう説明したが幽谷さんは、虚ろな瞳で少し顔を上げて見せるだけだ。
事情はどうあれ、みんなに嘘を吐き続けることは優しい彼女にとって相当負担だったということなのだろう。
俺は一つ、空咳を挟んだ。
「……では結論を出しましょう。『A』、はづきさん、桑山さんは今も生きています。『A』の本当の目的は、『後継者探し』ではなく、『怪盗283の正体を明かすこと』。……殺人犯は最初からいなかった。そういうことです」
俺がそう宣言すると少しの間、ロビーに重い沈黙が落ちたが、不意な拍手と共に中性的な声が響いた。
全員の視線が、ロビーの石柱に背を預けて立つ八宮さんへ集まる。
「なるほど、あの日手に入れた、『真相ファイル』の私に関する情報が未完成だったのはそのためか……。晴れて、『A』と桑山千雪のマークは外れ、ステージから降りた彼等は自由の身に……というワケだな」
真意の知れない薄い笑みを浮かべながら、八宮さんは続けた。
「私へ視線を送っていたのが彼等であったのなら、気付かなくて当然か。流石の私も死者と殺人犯から監視されていると考えたことはなかったし、普段出さない隙を見せていたかもしれないね」
この状況にあっても、八宮さんの表情には余裕がある。
怒るでもなく、嘆くでもなく、ただ相手を称賛する態度は俺から見ても底知れない迫力があった。
「それで、監視の結果はどうだったのかな? このままだんまりというワケにはいかないと思うが」
その言葉はここにいる人間へ向けられたものではない。
八宮さんは腕を組み直し、俺も彼女にならって問う。
「私も同感です。……聞いているんでしょう、『A』?」