「はぁ──────」
俺は、地面にただ寝そべっていた。オベロンの点を確実に貫いた。だから、俺たちの勝ち。なら、もう、思い残すようなことは、何もない。
この喪失感を、この身体はよく覚えている。この身体、シキはどうやら、生前二回ほど臨死体験を経ているらしい。それがこの肉体を覚えているのか、今すぐ俺が死ぬっていうのだけはわかっていたようだ。
「まったく、それにしても、とんでもないことに巻き込まれたな…………佐々木只三郎は、どこに行ったんだ………?まぁ、いいか、無茶言ってくれるな。この死ぬ瞬間だけ、【俺の身体】を返してくれるなんて」
俺こと遠野志貴は今目覚めた。俺はどうやら佐々木只三郎という男に身体を貸し与えていたらしく、そのときの記憶はもうない。それは彼が持ち帰ったのだろう。英霊佐々木只三郎は死んだ。今、俺がここにいるのは、その残り粕。あと1分もしないうちに、消え去るのだろう。ここは、どこで、今なにが起きているのかも理解できない。
俺が死ぬのはわかっているけど、怖くも苦しくもない。死っていうのはそういうものだ。別に、俺がパラレルワールドから現実に戻されるだけだ。夢から覚めるのなら、時を待つだけでいい。
ある程度は、佐々木只三郎に知識は借りている。憑依に当たって、俺の身体を借りたからか。吸血鬼がいたそうだ。それが、今戦った化物、と。こうして吸血鬼と戦うのは実に三年ぶりか。
「お疲れさま。よく頑張ったわね」
さて、それはどうでもいいとして。
「はぁ………来るの遅いぞ、バカ」
そりゃあ、ないよ。
「開口一番にそれはないんじゃない!?わたし、志貴のためにめちゃくちゃがんばったのに!!あの土台、作ったのわたしなんですけど!!」
「知るかそんなもん!むしろあの土台結局ぶっ壊されてんじゃねぇか!だいたいな、おまえは帰ってくるの遅すぎるの!こっちは三年も待ったんだからな!そっちこそ、三年待たしといてなんか言うことないのか!?」
「わっけわかんない!!わたしだって三年も待ったんだから、チャラよチャラ!!」
「800歳超えてるヤツが言うな!人間は吸血鬼と違って、ちゃんと寿命があるんだよ!100年生きたら超長寿!人間の三年と吸血鬼の三年は違うの!」
うぅ~、とアルクェイドは唸っている。こっちだって三年も待たされた。あの日突然別れてから、まさか会えるとは思わなかったから、今は嬉しい気持ちが勝っているが、それでも三年はない。
「それより、どうなってるんだ。ここどこ!?」
「ここは蝦碑市ってことになってるけど」
「蝦碑市……!?どこ!?」
「いろいろ事情はあるけど、話すと長くなるから簡潔にまとめると、志貴はパラレルワールドにワープしたってこと。もう時間は終わりだから消滅するけど、次、目が覚めたら貴方はちゃんとベッドの上だから安心して。死ぬわけじゃないから」
それは、
「ま、待ってくれ!それじゃあおまえは………」
「うん、またお別れね。でも大丈夫だよ。わたしは貴方の世界のアルクェイド・ブリュンスタッドではないから。けれど、一度でも貴方に会えて良かった。貴方の大変だった役目もこれでおしまいよ。お疲れさま、志貴。また三年後の逢瀬で会いましょう!」
「あ、アルクェイド!!」
「ばいばい、これからも頑張ってね」
アルクェイドはそう言って、どこかへ飛んでいった。
「あ──────」
また森は空っぽになってしまった。
よくわからないけど、俺はとんでもないことに巻き込まれていたみたいだ。俺自身に直接影響があるわけではないけど。
「あの、ばかおんな」
最期ぐらいは看取ってくれよ。今度は、俺が帰らなければならないのか。
三年に一度の逢瀬、か。夜空に浮かぶ星ではないけれど、それはそれで幸福そうな気もしなくもない。
「月がないな」
空にはいつもの丸々として、今にも落ちてバウンドしそうな月は浮かんでいない。そういや、忘れていたが今は昼だった。空に浮かぶのは、元に戻った真っ白な雲だけだ。太陽が雲に隠れているから眩しくないのは助かる。日は出ていないのに、空は真っ青で、呆れるほどの快晴。
せめて、最後に見るのは、あの日のような、青々とした硝子のような月が良かった気がした。
俺も、空のように青い粒子を出して消えていく。これが、サーヴァントとしての終わり、か。
死というには、さすがに
「さて、俺もそろそろ夢から覚めなくちゃな」
夢から覚めるのならそんなに苦労することではない。早く起きないと、また秋葉に呆れられてしまう。
俺は流れる水の波紋のように心を落ち着かせて、流れるように、その身を夢から離した。
────そうして後に残ったのは、空っぽの森だった。
◆ ◆ ◆
「ぎ──────えぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アサシンに死の点を貫かれて、オベロンはオベロンのものとは思えないような悲鳴を上げながら、呪いで出来た蟷螂としての形を崩していく。無論、死を貫かれた以上、オベロンに助かる術はない。このまま時間の経過と共に消えていくしかない。
「なんで、ナンデ、なんでェ!!!俺が、ただのナイフで突かれたダケデ、なんで俺が消えなケレバ、ナラナイ………んだァァァァ!!!」
オベロンの形が融解するように壊れていく。巨大な蟷螂は呪いの泥となって流れていく。それもまた、蒸発していく。
まるで固体が一気に熱され、蒸発していくかのようにオベロンはどろどろと壊れていく。
「マダ、マダ■ダ、オ、オレは、は、ユルサナイ、コノマチ■ヲ、コイ■ツラヲ、ヲヲユ、ユ、ル──ル……■サナ、ナイ!!オレハゼッタイニ、コノマチヲコワス………オレタチ■ヲステタ、コノマチヲ…………!!!ヒトビト■ノ、シアワセヲ、ウバイサル!!!コウナレバ、コノママ、ドロ■トナッテ………マチニナガレコム!!」
オベロンはそれでも歩を止めない。自身を死に陥れた相手に目を向けず、ただ森から出ようと残りの時間を費やす。
「まずいぞ!!オベロンが街に自分の残骸を撒き散らす気だ!!」
いち早くアーチャーが異変に気づく。
「あんなもんを街に持ち込んじまったらえらいことになっちまう…………!!」
「街が呪いに呑まれてしまう!!」
「ど、どうしたらいいんですか!?」
「アサシンの野郎が殺したんだ。これ以上はどうしようもねぇ。オベロンは間違いなく死ぬぜ。体積がでけぇから、時間はかかるがな」
オベロンはあと30秒ぐらいは持ちこたえられる。このまま街に流れ着いてしまえば、街は呪いに呑まれて壊滅するだろう。だが、アサシンが確実にオベロンの死を貫いた以上、これを越えるオベロンの殺害は不可能。これがオベロンに対して繰り出せる最強の攻撃。即死を喰らってもなお生きていたら、往生際の悪かったオベロンの勝ちと言ってもいい。
それをみたセイバーが腰を上げる。
「さぁて、どっこいしょっと。いよいよ俺の宝具の出番だな!!」
「セイバー………?何をする気だ?」
「気にすんな、相討ちするわけじゃねぇよ、ちぃとオベロンの足止めをしてやろうと思ってな。皆、宝具使いまくってんだ。俺も使っとかねぇと、おもしろくねぇ。やっぱり最後は俺が決めねぇとな」
セイバーの左手が金色の輝きを持つ。辺り一帯が強い風に包まれる。
「その、濃厚な魔力………!!貴様、遂に宝具を使うのか!!」
「おうよ、たまには俺も宝具名ぐらい叫んでやりてぇんだよ。さぁて、オベロン!こいつで止めだ、派手に行こうぜ!!!」
そう言うと、セイバーはその右足で地面を力強く踏みつけた。
セイバーの身体から、分厚い冷気が放たれた。しかし、それに寒さという温度は存在しない。放たれたオーラといえばいいか。それは、瞬く間に空間を塗りつぶす。セカイが上書きされる。元々の、日の下に広がる真緑の森は完全に消滅し、そこは夜空に丸く輝く月の浮かぶ、雪の積もった丘と化していた。丘に刺さっているのは、無数の刀。セイバー、岡崎正宗が生前に造り出した、名前のない刀たち。
「これは………!!!」
「固有結界!?」
固有結界は、その心象風景を世界として具現化させて世界を塗りつぶす、ある種の魔法とも言える大魔術。
「いや、精度は固有結界のそれだが、これはただの固有結界ではないぞ……!!これは固有結界というより────陣地を模した宝具………!?」
アーチャーがその結界に驚愕する。雪の降り積もる丘に立つセイバーはいつもとなにも変わらない佇まいだ。だが、いつもと明らかに違うのは、その心持ち。この空間はセイバーにとっては、まさに職場。英霊岡崎正宗の故郷とも言える刀塚だ。この刀塚に存在する無数の刀剣は全てが岡崎正宗の刀。
「これだけ武器があれば………!!」
アンザスは昨日の夜の戦いでセイバーの刀の恐ろしさを理解してしまっている。この数があれば、オベロンを止めるのは容易い。そもそも、固有結界を展開した時点で、オベロンが街に侵入するのを完全に防いでいる。
「いや、そんな【不良品】要らねぇよ」
セイバーの一言で、雪原に広がる刀が全て砕け散る。
「俺には、【この一振】で十分だ」
三度笠の下で、セイバーは嗤っていた。
「オマエ…………オレヲ、タオセルト………オモッテイルノカ!!!」
オベロンの怨嗟は全てセイバーに向けられている。道を封鎖されて、怒りの矛先は最早どこでもよくなっているようだ。
「オレハ、マチヲ………スベテオ、レノ、ノロイデミタス!!マチヲノミコンデ、ヒトビトニフクシュウヲ………リアントアンリのタメニ…………!!!!」
「残念だったな、オベロン。貴様は、自分の失敗を理解できていないな」
アーチャーが冷たく吐き捨てる。
「ナニ…………?」
オベロンがアーチャーの方向を向く。
「貴様の失敗は、私たちを敵にしたからではない。アサシンの奇襲に気づかなかったからではない。ライダーに気を配ってしまったからでもない。貴様の最大の失態は、真っ先に
セイバーの固有結界に存在する全ての刀が消滅し、セイバーの手に、ただ1本の刀が残る。
「────吾が刀塚、丘の上に雪一文字。
───吾が生涯、月の様に菊一文字。
───吾が一刀、其の刃は鉄一文字。
───その意味、華一文目。
月影、吾が塚を照らす。紫電、吾が刃となり果てん。桜花、吾が一生が如く、気高く咲く。草炎、吾が手を還す!!」
セイバーの握った刀は、刃そのもの。柄も鍔もついていない。その刀身は金色に輝いている。
オベロンを含め、セイバー以外の全員が、その様子に息を飲む。全員、前々からセイバーの刀には興味を示していた。セイバーの刀はどれも美しいものばかりだった。だが、これは、他のものとは比べ物にならないほどの燦爛絢爛。美しさでは、この世のものとは思えないほどのもの。
刀身そのものの美しさと滑らかさは言うまでもない。だが、それとはまた別で、その刃は美しさを持っている。
その刃には、
岡崎正宗の刀には、ほとんど名前が残っていない。保管されている刀剣は、いずれも岡崎正宗の作品であることだけはわかっているが、どれも名前だけは明らかになっていない。
その中にひとつだけ、名前が与えられた刀剣がある。それは、岡崎正宗が自身の刃につけた名ではなく、後世に至って、人々が彼の刀に名付けた総称。
人間の造り出した刀剣の中で、最も神域に近いとされた、最高の一振。その刃は、人の技術でありながら、神剣の業とされている。その刃の素晴らしさは美しさも鋭さも、何もかもが剣の神のそれそのもの。
「遺すはただひとつの一刀。吾が果てに生み出されし至極の一振。併し、吾が紀行に果ては無し、此の身に終焉は在らず。一刀、流星!!
ちぃと逝ってな!!俺の刀に、斬れぬ物無し!!」
その剣の名は──────
「
セイバーが自身の握るただ1本の刀を振り下ろす。刀は刃そのもの。金色に煌めく刃は光の断層のように、目映い光を放っている。
その刃は、金色に輝きながら、白い雪原もろとも、オベロンの身体を一刀両断した。
辺り一面が、光に呑まれる。オベロンの巨体も、より一層分厚い光の層の中に飲み込まれる。
「─────ハハ……」
その光の中で、ソレは嗤っていた。蟷螂の姿などどこにもなくなっていて、そこにいたのは、赤髪の青年、オベロンただ一人。オベロンの身体に亀裂が入っていく。最後の核も、ぼろぼろと崩れていく。
「────死ぬのは、イヤだな………まったく、最後に勝つのは、究極の意志なんかではなく、数の暴力なんだな。互いに信じあって、肩を並べて、背中を預けて、か。まったく馬鹿馬鹿しい。思わず反吐が出る。あぁあ、なんて、情けない。これじゃあまるで、俺の心の方が弱いみたいじゃないか」
オベロンは泥となって溶けるのではなく、青白い光の粒となって、少しずつその姿を薄れさせていく。
セイバーの刀の輝きに抱かれ、目映い光を放ちながら、その最後に残った顔すら、消え去っていく。
「宵のともりも、明のひかりも、僕のことは見ていてくれたんだろうな。まったく、感謝しても感謝しきれないね。なんて美しいフィナーレなんだ。さて、観客もいない役者はここからの物語には要らないね。撤収するとしよう。それこそ、夏の夜の夢のように…………ね─────」
最後まで憎まれ口を叩きながら、英霊オベロンは最後の一粒すらも、大空へと消えていった。
いつも読んで下さっている皆さんありがとうございます。マジカル赤褐色です。
長かったオベロン・アルカディア戦も、遂に完結となりました。自分でもその分量にびっくりしました。オベロン・アルカディア人間形態から数えたら、ここまででだいたい3万文字越えぐらいの分量ですね。基本的に質より量で戦うマジ赤ですが、自分がここまで真剣に執筆をすることになるとは思っていませんでした。ここまで付き合ってくださった皆さんには本当に感謝しきれません。
それで、描写のとおり、遂にサーヴァントが二騎、消滅いたしました。非正式アサシンと非正式キャスター。まぁ、この二騎はハッキリ言って、この展開のためだけに用意したキャラと言ってもいいので、彼らが一番頑張って、キャラが溢れ出たのはこのエピソードだったと作者として思います。
いい奴ばっかりだから誰も死なせたくない聖杯戦争。けれども、そこからうっすらと消滅していく感じもまた、聖杯戦争らしくてじーんときますね。英霊の最期のそれぞれの思いとか、哀愁とか、好きですね………
それでは、次回もお楽しみに!
現在登場している内で好きなサーヴァントはどれですか?
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非正式セイバー
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非正式アーチャー
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非正式ランサー
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非正式ライダー
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非正式キャスター・オベロン
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非正式キャスター・妖精妃
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オベロン・アルカディア
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非正式アサシン
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非正式バーサーカー
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正式アーチャー
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正式ライダー
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正式アサシン