《蝦碑市立琴女高等学校》
「あー、ギンコじゃーん!おっはー!」
「おはよう、円堂」
「うん、おはよう二人とも」
ここは私の通う、琴女高校。男女共学の公立学校で、毎年多くの生徒さんがやってくる、比較的レベルの高い高校。……まぁ、すごい賢い、というより、環境が田舎のここら辺では一番いい立地をしているから、競争率が高いといえばいいかな。
そんな私の通う高校には、二人だけ友人がいる。
一人目が私のクラスメイト、美尾 淑恵(みお よしえ)。真っ先に挨拶をしてくれた女子で、まぁ、いわゆるお調子者だ。けれど、ドジが多いだけであって、別段、彼女を鬱陶しく思っている生徒はこの学校には一人もいない。むしろ、あれはあれで、愛嬌を持つことを忘れていないから、結構モテてるぐらいだ。この学校で一位二位を争う成績の持ち主。成績で一位二位を争うとは、成績の良さではなく、成績の悪さの話だ。
さて、二人目が、間淵 楪葉(まぶち ゆずりは)。こんな可愛い名前をしておいて、実際は男子だ。間淵君は淑恵とは対照的に、学年二位の成績をキープし続けている、優等生だ。おまけに生徒会副会長。カリスマ性と優しさを兼ね備えた、最強のモテ男………の筈なのに、本当に顔が勿体なさすぎる。顔さえなんとかすれば、学校全員の女子のハートを撃ち抜く筈なのに、どーーーも顔が残念でしょうがない。マジでどんな親から産まれたらそんなパーツになるのか不思議でしょうがない。普段は整った眼鏡顔だが、目付きが異常なまでに悪くて、考え事をしている顔を見たら、誰かを罵っているかのような顔つきになる。こんなのと幼なじみなんだよ私。酷い人生だよね。ただ、その顔以外は、本当に完成された男であって、彼の顔に失望する女子は数あれど、彼そのものを避ける女子は、一人もいない。
(ギンコ、よく警戒しとけよ、特にその強面の男。こんな詐欺師みてぇな野郎、マスターにちげねぇ……)
セイバーの声が聞こえる。全く、セイバーもセイバーで、ひとのこと言えないぐらいとんでもない男だ。まさか霊体化、透明になって学校に忍び込むなんて。
(そんなことないよ……彼はいい人だから……人を見かけで判断しないであげて)
(あいよ、まぁ、魔力は一般人程度だな。大したことねえだろ。仮にこいつがマスターだったとしても、瞬殺か早期敗退だな)
(縁起悪いこといわないの……!ていうか、魔力って感じ取れるもんなの?)
(いや、できるヤツもいっけど、俺じゃあ無理だ。だけど、その俺が感じ取れねぇ程度。全然魔力ないぜ。そっちの女のほうも大丈夫。だいたい、どっちのほうも、立ち方歩き方、姿勢がど素人。戦う力はねぇな。安心しろ。ギンコ。手前の周りにゃ、 マスターはいねぇぜ)
そう、らしい。ならばオッケーだ。この学校でマスターがいないなら、ひとまず安心。
「間淵、少しいいか」
「はい、あ、会長、どうされましたか」
教室に上級生がやってきた。
「む、お前らも一緒だったのか、丁度いい、話があるんだ。今日の放課後の部活なんだが、例の件もあって、全面的に停止することにした。各部員に伝達しておくように、いいな?」
「はい、了解です」
「わっかりましたー!」
そういって、上級生は去っていった。
淑恵もそういえば軽音楽部の部長だった。間淵君も生活文化部の総合予算管理の仕事も掛け持ちしている。
(いっそがしい連中だな。多分、聖杯戦争関連の事故でもあったんだろうな。ん、そういや、ギンコはなんか仕事はないのか?)
(………うぅ………言いたくないけど帰宅部なのよ……)
昔は薙刀部にいて、まぁまぁガオっていたけど、今じゃ勉強が精一杯で、やってらんなくなって出ていってしまった。
(なぁんだ、つまんねぇヤツだな……)
セイバーの意見はもっともだ。
「ねぇ、二人とも、なにかあったの?」
聖杯戦争による事件だと解っておきながら、私は聞いてみた。
「知らないのかい?昨日、通り魔事件で三人も死人が出たんだ。この町じゃだいぶ有名なものだ。しかもすごいぞ?聞いて驚くなよ?なんと、今回の通り魔事件の犯人は吸血鬼なんだとさ」
「………え?」
なんだ、それは。吸血鬼?
「知ってるー!被害者三名は、全員とも、体じゅうの血液がほぼ全部抜き取られていたんだって。傷は1ヵ所だけなのに、血は全部抜けてる。まさに現代に蘇ったバンパイアね」
(…………ギンコ、そいつぁ、手前が昨日会った赫刀の女じゃねぇか!?)
(そう…多分。でも、会ったなんて言えないよ……!)
(そりゃあな。けどよ、あいつ、本気で人の血ぃ吸ってんじゃねぇのか……?市はどう対策してんだい、まったく、使えねぇ市議会だぜ)
政治に文句を言うほどセイバーは賢い器ではないと思う。
「まぁ、怪物がホントにいるだなんて信じられないな。けど、被害がどうあれ、通り魔で人が死んでいるのは確かだ。どのみち生徒は早く家に帰る選択が賢明だな。部活の一時停止は避けては通れない……かな」
「怖いね……これ以上被害がでないといいけど」
「あぁいうのは、基本的には趣味か娯楽で殺ってるタイプだ。わざわざ血を抜くなんて、手間暇かけてまでやることじゃない。献血なんて、いまではどこでもやってるもんだよ。血を抜いたことに、あんまり犯人の直接の目的とは関与していない可能性が高いな。無論、どうやって1ヵ所の傷口からすべての血液を抜き取ったのかは知らないけど」
すると、授業開始五分前のチャイムが鳴った。
「よし、そろそろ授業だな。まぁ、お前らも気を付けろよ?頼むから、通り魔事件の調査対象になるのだけは勘弁してくれよな?んじゃ、僕はそろそろ自分のクラスに戻るとするよ」
そう言って間淵君は帰っていった。
要するに、間淵君は、通り魔に殺されるなよ?と言いたいワケだね。こーいうことに対して、相手のことを気遣って直接的な表現をしないのは彼のいいところだと思う。
「あたしも席に付くね!」
淑恵も席に付いていく。
(セイバー)
(おう、今日は夜の町をじっくり探索しねぇとな)
(いや、その前に、この町一帯を管理している人のところへ行こう)
(うん?そんなのいんのか?なんでぃ、その地頭みてぇなの)
(千藤っていうお家の人たちのところへ行くの。千藤家は蝦碑市を管理している家柄だから、きっと、なにかニュースにもなっていないことを知っているかも!)
千藤家に相談すれば、即解決だ。ひとまず、今夜はセイバーを連れて、千藤家を訪ねてみよう。
◆ ◆ ◆
《蝦碑市周辺工場倉庫》
おれと會云が対峙してから早三分。おれは永遠に逃げ回っていた。資材の物陰に身を隠しながら、逃亡のチャンスを伺っていた。
「………………………」
會云が近づいてくる。棒手裏剣のような針型の武器を構えて、こちらに迫ってくる。
「チッ……………………………面倒だ。やはりアジア人はとことん生け好かないな…………」
はぁ……玉砕ねぇ……おれらしくないが、当たって砕けるのは比較的得意なほうだ。こいつが相手なら、多分最低三時間は持ちこたえられるな。相手は最強の殺し屋というだけで、魔術が使えるわけではない。魔術師は魔術師らしく、魔術で対抗してやろう。
「いいだろう、引導だ、受け取れ、會云……!」
地面を蹴って、正面から向かう。
會云もおれに対して正面から走る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ウォォォォォォォォ!!!」
そうして、落とし切れない闘いが始まった。
「ハァァァァッ!」
先程までの會云の戦法から、この状況における會云の行動パターンを予測する。予測値から、全体の確率的誤差を有効数値化して、最も確率の高い行動に対処する。生憎と、おれにはそういう異能がある。
この状況における會云の行動はこれ一択に絞られる。
「フン……!!」
「やはりな」
あぁ、計算通りだ。やはりその棒手裏剣を投擲してきたか。それの対策はいたって簡単。相手はクセとして、その投擲は右手から始動する。だから、体勢を低くすることよりも、体の重心を高速でずらすことに体力を使う。
最初の投擲は体を右に傾けて交わす。そして、逃げたおれの重心へと投げられる針だが、これはまるで気にする事はない。傾けた重心を戻すだけの単純作業。
そのまま、武器を一時的に失った相手に勢いよく拳を突き出す。
勿論、これが届くとは思っていない。あくまでも牽制としての一撃。受け流されるのは想定している。
しかし、相手はそれ以上の存在だった。突き出したおれの右腕を手摺にして、おれの首へと肉薄してきた。まったく、体術も一流と来たか。首をへし折る気なら結構。体を前に倒すだけで対処できる。
思いどおりに正面にわざと倒れこんでみた。おれの首を掴まんとした會云の腕が離れる。再び距離が離れる。目測で5メートル。さて、この状況から来るとすれば……そうだな。
「ホァァァ!!」
「よっと!!」
体を後ろに傾けて正解。しかし、まさか青龍刀まで隠し持っていたか。剣にも分があるなんて、一芸特化よりかは、汎用的な輩と言ったところか。
「さて、残念だが、おれの首は持ち帰れると思うなよ。代わりに、おれもお前のことなどどうでもいい。一旦、ここでお別れだ。本気の殺し合いなど、そこらの熊とでもやっておけ。今はお前のお遊びに付き合っている場合ではない」
右腕の魔術刻印に魔力を流す。碧色に光る右手から放たれた青くて丸い球体。攻撃性を手放し、速度だけに全てを費やした魔力の球体。時速は100kmぐらいはある。それを見事、會云に命中させる。それ自体は攻撃にならないが、一度当てればこちらの勝ち。球体の命中と同時に、魔力を帯びて、碧色に光る右腕を、勢いよく振り下ろした。
腕は會云には命中していない。だが、それでも、會云の体は、高速で吹き飛び、倉庫の壁に勢いよく叩きつけられ、そのまま壁に付いていた窓ガラスを突き破って外の彼方へと、【水平に落ちて】いった。
「まったく、手間をかけさせやがって」
今使ったのは、魔術の一種だ。エンケラドゥス一門に伝わる、お爺様から譲り受けた魔術刻印。エンケラドゥスの「物理魔術」。
先程おれが放った球体、「地点(ポインター)」を起点に、地点同士の間の一直線における運動エネルギーを操作する魔術。運動エネルギーの調整とは衝撃や物体速度、落下速度の操作を始め、運動の方向の転換も可能。もとから存在していた運動しか操作できないが、地球には常に重力が働いている。重力の向きを変えるだけで相手と距離を放したり引き寄せたりできる。今回は開始地点を相手にぶつけたものの、終了地点を設定していないため、今頃奴はまだまだ、重力に身を任せて水平に落ちていっているはずだ。重力を操作して相手を吹き飛ばしたなら、それは落ちると言う。落ちるとは、下に向かう運動のことではなく、重力によって位置を変える運動のことを指す。
「さて、しかしどうして、あんな奴がこんな田舎へ……?」
考えていても仕方がない。おれは一時的にピンチを乗り越えたとして、工房へと戻っていった。
そして、アルケード・エンケラドゥスはここで見逃した會云らが、此度の聖杯戦争の行く末を左右する引き金となることを、当時は知るよしもなかった。
◇ ◇ ◇
キャラ紹介【琴女高校生】
美尾 淑恵(みお よしえ)
銀子のクラスメイト。銀子とはよく気の合う友人で、生まれながらの劣等生。軽音楽部の部長で、いつでも快い挨拶を忘れない元気なお調子者。いつも自分の調子に合わせて流れるため、度々ミスを犯す。
間淵 楪葉(まぶち ゆずりは)
琴女高校生徒会副会長。眼鏡が特徴の銀子の幼なじみで、生活文化部の総合予算管理を兼任するカリスマ優等生。性格もよろしいものだから、女子に人気があるものの、顔が酷いと言われており、笑っている時は男前だけど、それ以外は最低の面構えと言われている。本人はまったく気にしていない。兄が警視庁の捜査第一課のため、街で起きている事件には詳しい。
ちょっと投稿スピードが遅くなりましたが、いつもありがとうございます。
今回は銀子の日常をメインとした章になっていますが、今後の展開にも関係する人物も出てこないこともありませんでした。ちなみに、間淵くんは実は幻視同盟に出てきた似志貴をモチーフにしています。もちろん、マイナーキャラですし、間淵くんの情報や見た目の描写が少ないためにわかる人はいなかったとは思いますが、いちおう、表情が「笑顔以外は酷い面構え」というのは結構そこをモチーフにしてたりしてます。
余談が多くなりましたが、次回もお楽しみに!