柱島泊地日記帳   作:まちた

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終わりの知るところ
スタートライン【あきつ丸】


 東京、新宿区――大本営。

 

 普段ならば将官しか立ち入ることのできない会議室に、艦娘が一人と、情報部の長である男が一人。

 二人以外には誰もおらず、少し古くなった空調の重低音が良く響く室内で、ばさりと書類が投げられる音がした。

 

「ここ数日の任務、ご苦労だった」

 

「っは」

 

 艦娘に労いの言葉をかけたのは、情報部の部長、忠野良治(ただのりょうじ)である。

 ずらりと並んだ長方形の机に椅子。その一つに座る忠野は斜め後ろに立つあきつ丸へ机の上にある書類を気配だけで指し示しながら軍服のポケットから煙草を取り出して火を灯した。

 机の上には書類以外に備え付けの灰皿が置いてあり、忠野は少しだけ吸った煙草を置くと紫煙を細く吐き出して言う。

 

「今後必要になるであろう大将閣下の身分証まわりと、住民票の写しだ。大将閣下は財布も持ち合わせておらんかったようだったが、免許を持っていたはずと伺ったので普通自動車第一種運転免許を発行しておいた」

 

 本当ならば一級小型船舶操縦士の免許も発行したかったが、と眉間を親指で揉みながら言う忠野の横から「失礼」と手を伸ばして書類の束を受け取ったあきつ丸は、一つ一つを丁寧に確認しながら口を開いた。

 

「大将閣下は前に一度、元帥閣下より住民票などを発行してもらったと仰られておりましたが」

 

「ああ、更新したのだよ。元帥閣下の仕事にケチをつけるわけではないが、情報部を使って徹底的に作り上げた方が不都合も出ないのでね。それに――大将閣下の祖父君の記録が残っていた件で気になるところもあったので、調査のついで、とでも思ってくれ」

 

「……大将閣下のご家族の事でありましょうか」

 

「今更になって隠し立てしても仕方が無いか。そうだ、その通り……海原鎮という軍人が過去にいた記録こそあれど……その先は、無かったよ」

 

 あきつ丸は目を丸くして書類から顔を上げ、忠野を見た。

 

「と言いますのは――」

 

 彼女が想像した事を口にはしなかったが、長い間を置いて、忠野は煙草を指に挟み、さして溜まってもいない灰を落としてから口にくわえて言う。

 

「理論物理を学んだ事は?」

 

「いえ、それは……」

 

「ふむ――出来る限り簡単にまとめて話をしよう」

 

 忠野は革張りの椅子をぎっこぎっこと鳴らして楽な体勢を取ると、足を組んであきつ丸を手近な椅子へ座るよう促した。

 あきつ丸は忠野の横にある椅子を動かし、そこに腰をおろす。

 

「海原大将閣下――ああ、一人目の海原大将閣下と、二人目の海原大将閣下は、我々とは別の世界から来た、と言っていたが……別の世界線、と言う方が正しかろうと私は考えている」

 

「世界、線……?」

 

「うむ。理論物理学には多元宇宙論という論説がある。我々が生きているこの地球という星を含む広大たる宇宙は文字通り無限に広がっているのだが――それがもう一つか、二つか、いくつか存在していると、そういう話だ」

 

「は、はぁ……」

 

 頭上に羊でも飛んでいるような顔をしたあきつ丸の溜息みたいな返事を聞いて、忠野は「……では、多世界解釈なら分かるかね」と続けた。

 

「申し訳ない……そういった話は、初めて聞いたであります……」

 

「いや、分からなくとも問題無い。理論立てられる事実だけを述べるとしよう」

 

 忠野は三分の一くらいになった煙草をまた灰皿に置くと、あきつ丸の持つ書類を指差して言う。

 

「祖父君の海原鎮の記録のほか、祖父君の奥様は亡くなられていた記録があった」

 

「それは、かの大戦の頃の話でありますから――」

 

「違う。奥様は――生き延びていないという意味だ」

 

「え……?」

 

 忠野の癖であろう、眉間によった皺を右手の親指で揉みながら、あきつ丸に、折を見て大将閣下にもお伝えするつもりだと言った。

 

「祖父君が基点となった未来の世界がこの世界であり、今いる大将閣下は行方不明となったはずの祖父君の血を受け継いだ別の世界からこの世界へと飛んできた。要するに、現在の大将閣下はここに存在していないはずなのだ、二つの意味でな。それがどうしてここに居るのかを説明するのに、多元宇宙論か、多世界解釈、いわば並行世界から妖精によって導かれたと考えるのが妥当であろうと情報部では結論づけている」

 

「え、えぇ? 待っていただきたい。頭が……」

 

「ふむ……もっと単純に言おう。一人目はこの世界に生きた人間だ。過去から、現在へと飛んできた」

 

 これは理解できるな? と忠野が言えば、あきつ丸は頷く。

 

「二人目は、別の世界からこちらの世界にやってきた。ただし、時間軸は我々が生きている時間軸と同じである」

 

 これも分かるな? と言えば、あきつ丸は怪しげながらも浅く頷いた。

 

「祖父君はこの世界で時間軸を飛び、過去から未来へとやってきた。残念ながら奥様は戦禍で亡くなられており、子は存在していなかった。という事は、本来ならこの世界に孫にあたる海原鎮は存在していないのだ。海原鎮の父は存在しているが、全く違う女性と結婚しており、違う子がいた」

 

「……はい」

 

「大将閣下にとってここは可能性の《ありえた世界》で、かつ《自分が存在していないはずの世界》という事だ。我々海軍はそんな大将閣下と、オカルトの塊たる艦娘の君達に救われたと……もしも学者が知れば飛びついただろうな。軍の学者どもは飛びついているが……ふん、くだらん話だ」

 

 くだらない、と口にしながらも忠野の口元は緩んでおり、あきつ丸にもそれが嫌味には聞こえたりしなかった。

 何よりも、忠野の肩の上に妖精が座っていて、楽しそうに足を揺らしているのが見えたから、そういう風に受け取れなかったのかもしれない。

 

「今後も我々は存在しないはずの男と、存在している理屈が分からない艦娘によって救われていくのだろうと考えると、どうにもやりきれん。もっと海軍の改革を早め、現実へ組み込み――君らが心穏やかに過ごせる場所を提供したいと考えている」

 

「中将閣下」

 

「なんだ」

 

「お心遣い、感謝であります」

 

「……人類存続という大義名分に盲目となり、身内に目を向けられていなかった阿呆がやっと人間らしい知性を取り戻したに過ぎんよ。むやみやたらに建造している艦娘らの処遇も考えねばならんのだからな。大将閣下に良い事を聞いたので、その前準備とでも言おうか」

 

 良い事とは? とあきつ丸が問えば、忠野はにやりと笑った。

 

「艦娘が解体されたらどうなるのか――という事だ。もちろん、君らが知っている雷撃処分とはわけが違う。艦政本部では新兵装の開発と並行して、新部門を設立した。艦娘が社会生活を送れるようにサポートする部門だ」

 

「解体って――!」

 

「ああ、君らが想像している処分とは違う意味での解体だ。大将閣下から伺ったのだ。ゲームでの君らが解体された場合はどうなるのか? とな」

 

 ゲームでは……あきつ丸は考えたが、ゲームの登場キャラクターとしての自分達の想像など出来ず、また、その扱いだって分からなかったために追及の言葉は紡げなかった。

 

「大将閣下は、ただ消えると言っていたよ。だが、閣下の知識によれば――君らは、普通の少女になれる可能性も大いにあるとの事だった。艦政本部では君らが解体され、少女となれるよう研究し――戦後、人として生きる道を提示できるよう準備を整えている。大将閣下の戸籍を用意しなおしたのは、今後、何百人と用意せねばならん、その予行だ」

 

「っ――!」

 

 あきつ丸の目が見開かれる。

 

「希望を持たせるような事を言っておいて失敗した場合どうするのか……と、問わんのか?」

 

 忠野の言葉に、彼女はゆるく首を横に振った。

 

「……それをあえて口にしたのは、中将閣下のお覚悟でありましょうから」

 

「ははっ、大将閣下の艦娘は察しも良いのだな。我々は君の同族たる艦娘を多く殺めてしまうかもしれんのだぞ?」

 

 研究の過程での話をしているのはあきつ丸にも理解出来た。

 

「嘘をつくのがお下手でありますね、中将閣下」

 

「……」

 

 忠野は目を細める。

 

「解体が成功した事例はある、と顔に書いてありますよ」

 

 あきつ丸の言葉に、忠野は「察しが良すぎるというのも問題だな」と小声で呟くと、まだ長い煙草を灰皿に押し付けた。

 

「……今考えると、彼女は幸運だったのかもしれん。そして、ある男の働きは未来への可能性を、今この時、示唆する事になった」

 

 そうして、語る。

 

「あえて鎮守府の名は伏せておこう。既に我々情報部が闇へ葬った事だ」

 

 前置きからしばらく、あきつ丸の目をじっと見つめていた忠野は、意を決したように口を開いた。

 

「ある鎮守府に配属となった艦娘は、ただ気に食わないという理由で嫌がらせの対象となった。陰険なやり方で、その艦娘は徹底的な虐待行為を受け、周りの艦娘は、日に日にエスカレートしていく虐待行為を止めようとしたが……止められなかったのは言うまでもあるまい。虐待を受けていた艦娘の心が壊れるのも時間の問題で、酷な話だが……一度、彼女は心を閉ざした。何の反応も示さなくなったらしい。それを面白く思わなかった提督が目を付けたのが――解体というものだった。それを調査していたのは……鹿屋基地の提督、菅谷中佐だ。奴は、私の部下だ」

 

 あきつ丸は忠野の視線を受け止めたまま、目を逸らす事なく耳を傾け、頷く。

 

「陰険な男はただ雷撃処分して微量の資源にしては面白くないと、彼女に艤装を展開させ――彼女の目の前で、艤装そのものを破壊したという。その鎮守府に所属している艦娘を利用してな」

 

 う、と喉にこみ上げたものを忠野に悟られないように呑み込んだあきつ丸だったが、忠野はそれに気づいたようで「やめておこうか」と問う。しかし彼女は首を横に振って先を促した。

 

「……艤装を完全に破壊された彼女は、二度と艤装を展開できなくなった。顕現するものが無いのだから、当然だ。外傷を負ったわけでもないから人の身を入渠ドックに浸けても意味は無い。艦娘として残っているのは――常人よりも頑丈過ぎる身体のみ。しかしそれも、日に日に衰え――今や、ただの少女となった。艤装のみが破壊された場合は艦娘は死なない、と情報部に報告をしてくれたよ。その艦娘を表立って助けられるほど無鉄砲ではなかった菅谷は、苦しそうだった。どのような仕事であれ人という種を存続させるのに必要だと割り切っている私も、流石にあの時ばかりは菅谷に酷い仕事を任せてしまったと悔やんだよ」

 

 あきつ丸はここまで話を聞いて、様々な点が線となり、ああ、と目を伏せた。

 

「菅谷中佐は……情報部の人間だったのでありますね。その鎮守府の艦娘は保護したので?」

 

「もちろんだ。元帥閣下が引き取ったよ。自分の秘書艦としてな」

 

「……それって」

 

「重巡洋艦、青葉だ」

 

 同じように井之上元帥のもとにいたあきつ丸は、言われてみれば彼女が艤装を展開しているところなど見たことも無かったし、互いがどのような状況にあったかなど話したこともなかったな、と思い出して呻くような声を漏らした。

 彼女とあきつ丸は短くない時間を共に過ごしたが、そんな様子はおくびにも出さなかった。

 良く言えば艦娘という存在にこだわらず、人を守るためならば仕事を選ばなかったから気づかなかったのかもしれない。

 悪く言えば――彼女は艦娘にこだわる事が出来ないのだから、別の方法で人を守るしかなかった。

 

 井之上元帥の仕事を手伝うことは各鎮守府の仕事を手伝うに等しく、即ち、間接的に深海棲艦と戦おうとしていた――とも受け取れる。

 

「元帥閣下についておられる青葉殿は……会見時にもテレビカメラに映りこんでしまう事もありますから、国民が良く知る艦娘の一人でありますよ? どうしてその、暗部を晒すような――」

 

「危険な綱渡りを、と問いたいか?」

 

 あきつ丸が「当然でありましょう」と怪訝そうな表情を隠すこともせず口にすれば、忠野は鼻で笑ってみせた。

 

「だから元帥閣下の秘書と流布しているのだよ。嘘はついていないぞ? 秘書()か秘書()の違いだ。聞き間違えようがそんな事は我々の知ったところじゃない」

 

 忠野は灰皿に置いていた煙草を指に挟むと、それで空中へ文字を書いた。

 トンチのような事で国民を操っていたのか? と呆れた感情をおさえきれなかったあきつ丸の目が泳いだのを目ざとく見つけた忠野は、人を食ったような笑みを浮かべた。

 だが、その口から紡がれた言葉は自嘲そのものだった。

 

「人間らしい知性を持っていても、愚かではない――という証明にはならんのだよ。人が賢しいならば苦しみを伴う発展などせん。愚かであるが故に発展するのだ。そうして傷つき、歴史に学ぶ。私もまた人を騙し、操り……賢しいフリをする愚か者だ」

 

「青葉殿は……大丈夫でありましょうか……」

 

「まだ経過観察中だが、これといった異常は出ていない。このまま人として過ごせるのならば、社会に溶け込むために必要なものを全て海軍が用意せねばならん。さらには同じ顔の少女が複数人存在する事への混乱を避ける対応策を考え、副次的に発生するであろう問題への対処もある。これが確実に可能なら、世界は大きく変わるだろう――君らが出現した時以上の変化に耐える準備が必要となる。建造とて制限を設ける必要が出てくる上に、それに際して海軍の戦力を底上げしなければならない……菅谷は未来に大いなる希望と大量の仕事を残して逝ったというわけだ。まったく……手のかかる部下だよ、本当に」

 

「中将閣下は、どうしてそれを、自分に――」

 

「弔い代わりの思い出話と、部下の働きを誰かに知って欲しかったという私の欲……と、恰好つけるものじゃあないな。ただの世間話だとでも思ってくれ。私が預かる情報部全体の覚悟を決めるため、それから、絶望ばかり与えていた君らへの償い……失敗した場合の君らが抱えるであろう恨みの矛先、とかな」

 

 あきつ丸は不思議に思った。どうして――かような将官がいて、海軍で内部抗争など起こるのか、と。

 しかし対する答えなど出ようはずもなく、ただ俯いた。

 

「お前達も調べようとしていたのだろう?」

 

 あきつ丸が顔を上げて「はい?」と返事すれば、忠野は新しい煙草を取り出してくわえながら、フィルター部分を軽く噛みしめた。

 あきつ丸に忠野の感情は読めなかったが、不機嫌そうでいて悲しそうに見えた。

 

()はもとより、艦娘の研究も、深海棲艦の研究も、憎悪をぶつけるためのものだったようだが」

 

「奴とは……」

 

 忠野はあきつ丸に渡した書類とは別に、持ってきていた鞄を漁ってからファイルを取り出してあきつ丸に投げてよこした。

 落としそうになりながら受け取ったあきつ丸は、ファイルを開いて――

 

「南方の研究所の、記録……!?」

 

 それは、ある男の研究記録である。

 研究番号、ヒトナナヒトフタ。超長波による深海棲艦の通信傍受と、艤装に関する記録。

 空電の妨害やノイズを艤装によって除去し、微弱な電波でも受信できる……など、つらつらと書き連ねてある文字は、真面目さが伝わるような綺麗な字体だった。

 写真が数枚、書類にクリップで留めてあり、そこには明らかに正規空母サラトガが写っていた。

 

 楠木が開発した受信機によって深海棲艦と思しき声を受信したと記されており、その内容は極めて支離滅裂で、消えてしまえ、沈め、燃えろ、と後ろ向きな文言ばかりが並んでいた。

 艦娘だからこそ、その文言に恐怖を覚えてしまう。

 

「深海棲艦の声、とやらを受信し続けたサラトガは深海棲艦になってしまった……一見すればそれだけに思える記録だが、情報部――もとい、新たな艦政本部での推論はこうだ」

 

 ジッポライターを片手にちゃきちゃきと音を立てていた忠野は、やっとのことで火をつけると、煙草の先端にそれを近づけて深く息を吸い込んだ。

 じりり、と焼けていく音の後に、やりきれない感情が溜息となって、煙と共に吐き出される。

 

「正規空母サラトガが深海棲艦の声と共鳴して、深海棲艦となってしまったという説が一つ……楠木の中にあった感情と共鳴してしまったという説が、もう一つ。後者は艦政本部に所属している明石達の話に上ったものだが、私は前者であろうと言ったんだ。だが……明石達は後者であると考えているようだった」

 

「楠木少将に、共鳴したから、と……?」

 

「……ああ」

 

 暗い話ばかりで悪いから、もうやめようか、と忠野は話を切り上げようとした。

 彼の言う通り、この現状に来るまで多くの苦しみがあったのだから、真実を知ろうとすれば痛苦の記録ばかりが並ぶのは必然である。

 しかし、否、だからこそあきつ丸は知らねばならないと忠野から受け取ったファイルを捲り、挟んであるいくつかの写真を全て目に焼き付けるように見つめた。

 

「義務でもなければ責務でもない。これは……私の義理のようなものだ。義理と呼ぶのもおこがましいかもしれん。情報部として闇に葬って来た事など両手では足りんくらいにあるが、それと同じ数だけ……良くも悪くも、真実を誰かに伝えねばならん。今回は、艦娘保全部隊の隊長であるあきつ丸に真実を伝えるべきであると、そう思ったに過ぎん。聞くも聞かないも自由だ」

 

「ならば、話す話さないも自由でありますよ。それでも中将閣下は話してくださったのでありますから、自分はそれを確りと受け止め、大将閣下に持ち帰るだけであります」

 

 ただの一般人であると判明したあの男にか? と忠野が半笑いで言うと、あきつ丸は同じような笑い顔をしてみせた。

 

「ただの一般人が腹を噴き飛ばされた次の日に指揮に戻るとお思いで?」

 

「いいや、思わん。大将閣下が元会社員であるとは受け止めているが、あのお方は会社員より、軍人に向いているよ」

 

「で、ありましょう」

 

「くくっ」

 

 人間らしい笑い声を堪えるような仕草をしてみせた忠野は、しばらくして、ふう、と溜息を吐いて、あきつ丸が手にしているファイルをめくるようジェスチャーしてみせる。

 

「中将閣下、これは……記録、というより……」

 

「ああ」

 

 日記だ、と忠野は呟いた。

 

「〇月〇日……母と父の、結婚記念日……両親は、記念日を迎える前に深海棲艦の襲撃に……」

 

 小さな声で読み上げるあきつ丸の表情はだんだんと曇り――

 

「〇月、〇日……家族の、ために……深海棲艦を、倒さなければ、家族の魂は報われない……そのために、艦娘を……使い……実験、を……」

 

 ――くしゃり、とファイルを握りつぶしてしまいそうなくらい、手に力がこもる。

 

「〇月、〇日……渚を、歩くなどと……俺の家族は、もう、歩けないのに、ふざけ……」

 

「愚かだろう。我々人間は」

 

「……」

 

「脆く、どこまでも不安定なのだ。風に吹かれただけで折れるくらいに、頼りない」

 

 あきつ丸はファイルを閉じた後、がん、と大きな音を立てて机に置いた。

 忠野は微動だにせず、鞄からさらに違うファイルを取り出してあきつ丸に差し出す。

 

「もう、結構――」

 

 見るのを断ろうとしたあきつ丸だったが、聞くも見るも自由と言った忠野はあえてそれを見ろと言った。

 ここで終われば、彼は本当に人類と艦娘に敵対しただけの軍人になってしまうから、と。

 

「これは記録に隠されたものでもなんでもない、研究所に残された数枚のメモだ」

 

「メモ……?」

 

 しかめっ面でファイルを開けば、確かに、スキャンされたであろうコピー用紙に均等に並べられた紙切れらしき影と文字があった。

 たったの数枚しかないメモだったが――あきつ丸の目に、複雑な色が浮かび上がる。

 

「サラの、好きな、もの……?」

 

 メモには、なんてことはない、サンドイッチだのコーンシロップ多めのアイスだのと書かれており、南方では手に入りづらい材料は本土で、とも書かれていた。

 

「……海軍に家族以外の全てを捧げた男が家族を失った時、深海棲艦という敵性存在に想像もできないほどの憎悪を抱くのは理解できなくはない。何を利用してでも必ずや沈めてやるという恨みがあっただろう……それこそ私も想像しか出来んが、正規空母サラトガは、それを傍で見ていたし、聞いていたし、感じていた」

 

「楠木少将は、サラトガ殿に、少しは救われていた、と?」

 

「私は、そう考えている。故に、サラトガと楠木は共鳴したのではないかと考えているのだ」

 

 なら、どうして――あきつ丸から紡がれそうになる言葉を察知した忠野は、ゆっくりとした口調で言った。

 

「奴は憎悪に目が曇っていたのだろうと思う。サラトガを愛していたのは間違いないだろう……私が否定すべき事ではない。だが、客観視すれば、奴は彼女に依存していたのだ。サラトガを帰国させる際に少し話したが、彼女はとても物腰柔らかで、日本海軍の闇に巻き込まれた被害者であるというのに、まだ、楠木の事を嘆いていたよ。それだけ一途に思われたら、依存もしよう」

 

 それが歪んだ結果になった。

 あっけなく、あまりにも残酷で凄惨な現実に、あきつ丸はファイルを叩きつけたりせず、ぱさりと置いた。

 

「つまらん世間話だったか」

 

 忠野の言葉に、あきつ丸は首を横に振った。

 

「持ち帰り、真実を――共有するであります」

 

「……ああ、是非、そうしてくれ」

 

 そこからしばし沈黙が続き、忠野が紫煙をくゆらす息遣いだけが会議室に漂った。

 不意に忠野から軽い声が上がる。

 

「柱島にはいつ戻るつもりだ?」

 

「うぇ……? あ、ああ……本日のヒトロクマルマルまでには帰還すると連絡してありますが……」

 

「そうか――なら青葉に会えるかもしれんな」

 

「青葉殿と?」

 

「元帥閣下の名義で贈り物があって、青葉がそれを届けているはずだ。陸路を行っているはずだから、今頃、柱島泊地に着いているんじゃないか? 柱島を発っても呉で一日休んで帰るはずだから、会えるだろう」

 

「なんと――! で、では急いで帰還せねばなりませんな!」

 

 話を切り上げるタイミングを作ってくれた忠野に笑いかけながら立ち上がったあきつ丸は、敬礼する。

 

「では、自分はここで」

 

「うむ。今後の活躍に期待している」

 

「っは」

 

 背を向けようとしたあきつ丸だったが、ふと、問う。

 

「元帥閣下が贈り物とは……一体、何を?」

 

「急遽作られたものだが、勲章と、新たな階級章だ」

 

「階級章……? 大将の階級章であれば既に――」

 

「それとは別だよ。軍部によって新たに設立された部門、とでも言うべきかな。近日公表されるぞ。元帥海軍大将、井之上巌と同じく――それを以て、元帥海軍大将、海原鎮となる。混乱させないよう、通称は大将のままだがな」

 

 え、と声を失うあきつ丸だったが、続く忠野の言葉に、ぱあっと顔を明るくした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「正式に、日本海軍は全艦娘の指揮官として、海原鎮を元帥として認めたのだよ」

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