柱島泊地日記帳   作:まちた

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教え③ 【鎮side】

 仕事終わらねえんだが?

 

 なあ、あのさ。

 

 仕事、終わらねえんだが?(デジャヴ)

 

「羽目を外し過ぎないように……と言うと、説教臭いな。せっかくの非番なのだ、しっかり遊んで来い」

 

「うんっ! じゃあね、提督! いってらっしゃい!」

 

「うむ」

 

 広島、呉駅にて最上と別れた俺は、のんびりとした歩調で切符売り場へ向かっていた。

 暑さも寒さもなんのその。純白の軍服に季節感など皆無。ただただ眩しく目立つ格好に慣れてきたのは、自分が一般社畜であることを正直に話してからもうしばらく経ってからのことだった。

 それまでは気にする余裕が無かっただけで、一般常識のうちで考えればスーツや制服とは違って――軍服も制服ではあるのだが――厳めしい印象しか与えない軍服のまま平気な顔をして歩き回るなどただの罰ゲームである。

 ましてや平々凡々な面構えの社畜が軍服を纏ったところで、よくてコスプレ、悪くてやべえ奴にしか見られないだろうに、俺は相も変わらず皺ひとつない綺麗な白を輝かせて歩いている。慣れというのは恐ろしいもの――はい、嘘です未だに慣れてません。

 

「……ひぇっ! す、すみません先にどうぞぉ!」

 

「おっと、失礼。気にしないでくれ。順番は守るとも」

 

 まもるだけにな! へへっ!

 

 券売機へ続く列に並んだ俺の影に振り返った同志(サラリーマン風の青年)が驚いた顔で俺を見つめる。これも未だに慣れてません。はい、悲しいです。

 

 時刻はマルキュウサンヒト。平日の朝ともあれば新幹線口もある程度は込み合っており、券売機の前には長蛇とまではいかずとも人の列があった。

 今日は舞鶴にて前日より出張している大淀と合流し、小難しそうな《在籍艦娘と異動した艦娘のすり合わせ》をわざわざ現場でしなければならず、出来る限り遅れて――んんっ、出来る限りゆったりと余裕を持って行動し、現場へ到着したかった。

 

 艦娘に会えるならいいじゃないかって? 違う違う、違うよ提督!(最上)

 

 ただ艦娘とキャッキャウフフするだけの仕事ならばここまでぐちぐちと考え込んだりしていない。

 大本営、井之上元帥から頼まれている重要な任務なのだ。

 

 俺が出向かずとも舞鶴鎮守府にいる提督が勝手に擦り合わせてくれたらそれで終わりじゃないか! とも思わなくはないが、第二次大侵攻の余波もあり、日本海軍はていを成すので精一杯である、と井之上さんに聞かされている。

 舞鶴鎮守府のみならず、佐世保鎮守府や日本全国の泊地拠点、警備府の長が入れ替わっているというのだから驚きだ。どのような規模であれ、引継ぎも充分に出来ないまま多くの艦娘を運用しろというのも無理な話じゃろう? とは井之上さん曰く。

 

 そうだね。大体は俺のせいだね。

 

 ままま、まぁまぁ待ってもらいたい。

 全てが俺のせい、というわけでもないからこその憂鬱なのである。

 第二次大侵攻から海軍は変革を迎え、大規模な人事異動が起こったまでは良しとしても、その後の対応に不安を残してはいけないのは当然も当然。

 特に、戦力の根幹である艦娘については慎重に慎重を重ねてもまだ足りないくらいだというのも、至極真っ当な見方である。

 ただ「上司が変わったからよろしく」なんていう単純な問題じゃないのは俺が一番分かっている。

 

 うん、まあ、はい。これも俺のせいだね。

 適当な仕事ばっかりして周りに頼ってた結果が、これだね。

 

 ……うーん、全部俺のせいじゃない?(正論)

 

 というわけで、俺はここ数ヵ月のうち「休日? 知らない子ですね……」とブラック戦士と化した正規空母赤城ばりに働きづめなのである。

 柱島泊地の運営だけでなく、呉鎮守府との合同演習や岩川基地との飛行訓練。佐世保鎮守府を任された新人提督という藤田と名乗った男との顔合わせやら軍部での会議やら……。

 それらに加えて新兵装の開発の一環としてケッコンカッコカリの指輪をいくつか作り、柱島泊地にて試験中でもある。

 

 第一号、第二号などと呼んでは失礼にあたるため、あえて一人目と呼ぶが――まずは俺を好いていると言ってくれた大淀に渡した。喜んでくれたのかもっとムードを考えろとぶちかましを食らったのかは定かでないが、教会前で後頭部を盛大にぶつける結果となったものの、しっかりと了承を得られた。今では執務室で二人きりの時は本当にたまにだが「まもるさん」なんて呼んでくれたりする。

 大淀は社畜の扱いバッチリなのである。可愛い。

 

 二人目と三人目はあきつ丸と川内、艦娘保全部隊の二人だ。

 こちらも特に問題無く、あきつ丸からは「自分でよければ協力するであります!」と頼もしい二つ返事をもらい。川内からは「ふーん……?」と意味深な返事とも呼べない言葉を賜った。夜戦忍者怖いぜ。

 突き返されなかったあたり、了承してもらったと思い込んでいる。

 

 四人目と五人目は、鳳翔と龍驤で、こちらは何故か大淀から渡せと命令――じゃなかった。新兵装の試験ですから、データは多い方がよろしいかと、と言う事で渡しに行けと言われた。

 あれ? やっぱこれ命令されてんな……。

 

 まあどのような理由であれ、艦娘とケッコンカッコカリが出来るのに嫌がる提督がいるか? と問われたら、提督諸兄らは首が千切れる勢いで横に振っていることだろう。提督ならそうなる。まもるだってそうなる。

 

 試験というのにも二つの意味があり、一つは《練度九十九に到達している艦娘の能力をさらに向上させられるか》という艦隊これくしょんにもある機能の実証。

 もう一つが厄介なもので……《練度九十九未満の艦娘が兵装を使用した場合の効果の有無》というものなのだ。

 

 柱島泊地に、練度九十九に達している艦娘はいない。

 最高練度たる艦娘ですら、八十にも満たない。

 

 すると試験内容はおのずと二つ目が色濃いわけで、軍部と艦政本部は言葉無く俺をせっついているわけである。

 とっとと艦娘の練度を九十九にもっていけ、と。

 

 全員分の兵装を試作していないのはこれが理由でもあったりするのだ。

 

 常に俺を補佐している大淀には個人的な意味合いが強かったものの、空母筆頭の龍驤や鳳翔、活動が多岐にわたる川内やあきつ丸が選定されたのには真っ当な理由があるのだ。あとまもるの趣味。

 

 拒否される可能性――という最大の懸念もあった。

 しかしながら、それは案外あっさりと解決した。

 

 あのさ……キミ、うちの事どう思ってるの?

 まあ、いいんやけどね。ちょっちさ、気になって。

 あぁいい、いい! ごめん……。

 

 龍驤の表情はしおらしく――はいすみません嘘です。

 

『あぁ!? 新兵装の試験に指輪ァッ!? あ、あんなぁ……司令官、キミ……はぁぁ……ええよ、ええ、ええ。何が? て、ええって言うてるやろ! もう! 仕事も速けりゃこういうんも速いっちゅうことで納得しといたるわ……もぉ……この人は、ほんま……アホっ』

 

 と、呆れられた。

 ……た、ただ鳳翔は優しい艦娘だから!

 もちろん他の娘だって優しい子ばかりだが、空母のお艦の慈愛は別格なのだ!

 それはそれは美しい表情で――

 

 いつか……いつかふたりで、のんびりと船旅を楽しみたいものですね。

 

 という情緒の溢れる――はいはい、そうだよ嘘だよ文句あんのか?

 

『あのぉ、提督……こういうのは、もう少し、こう、期間など……考えたりはしなかったのですか……? 大淀さんにも申し訳が……いえ、こちらは受け取らせていただきますが……し、試験ですものね? データは必要ですもの、ええ。はい』

 

 なんて困り顔をされたよ。これで満足かよォッ! チクショォッ!

 俺が夢見たケッコンボイスなんて無かったんだァァァァッ!

 

 うわぁぁああはっはぁぁあああああん! ああぁあああんッ!

 

「ぁ、あ、あの、うっ、え、っとぉ……!」

 

 いらん事を思い出して泣きそうになっているのが顔に出ていたのかもしれない。

 困惑した表情でおろおろと両腕を虚空にさ迷わせるリーマン戦士に、俺はきゅっと表情を引き締める。

 

「どうした。これから仕事ではないのか」

 

 もしかするとこの社畜さんも大淀よろしく出張から戻る途中なのかもしれないが、おおよそ朝方の駅で券売機に並ぶスーツ姿の戦士は戦場へ赴くためにいるのだから、俺の質問はおかしなものでは無かったはずだった。

 

「は、は、はははい、これ、から、仕事……です、けども……」

 

 エイトビートを刻むような口調は何だそれ。社畜の最新トレンドなのか。

 

「朝から頭が下がる。それなのに譲ってくれようとした心遣い、感謝する。ほら、空いたぞ」

 

「ぁ――は、い……」

 

 朝であろうが疲労困憊なのかもしれない。

 きっと、このリーマン戦士も職場について朝っぱらから上司に怒鳴られたりするのかもしれない。そう考えると俺の切ない状況もまた同じようなものであるため(違う)、柱島の鈴谷と熊野を見習ってフレンドリーに接しておいた。

 後ろから肩をぽんと叩くようにして券売機へと押しながら、微笑みかける。

 

「――辛くとも、負けるなよ」

 

「ぇ、あ……! はいッ!」

 

 リーマン戦士は途端に元気になり、手早く切符を購入すると、小走りで改札へ向かう。

 それから振り返り、どうしてか俺に向かって、大声で言った。

 

「い、行ってきます!」

 

 耐えて、耐えて、耐え抜いて。

 それでも終わらぬ仕事は憎まず、管理の杜撰な上司を憎み。

 負けてはならぬ仕事には、命を賭して臨むべし……

 

「……っふ、頑張れよ、青年」

 

 これ即ち――社畜の魂なり。

 

『まもる。順番きたよ』

 

「あっはい」

 

 胸ポケットからひょっこりと顔を出した妖精に言われ、愉快な現実逃避は終わりを告げて虚しい現実に戻って来る、俺なのだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 数時間とせず、俺は目的地である舞鶴鎮守府へと到着した。

 仕事をしたくない時に限って移動というのはスムーズなものである。切ない。

 

「おはようございます提と――」

 

 舞鶴鎮守府の正門前でピシっと背筋を伸ばして立っていた大淀は、俺の姿に気づくと駆け足でやってきて、ちらりと周囲を確認した後に小さな声で言った。

 

「……おはようございます、まもるさん」

 

 朝から心停止させる気か?

 

「ん、んんっ。おはよう大淀。前日からご苦労だった」

 

「いえ、これも仕事ですから」

 

 にっこりと笑う大淀。

 天使である。今度からエンジェル大淀を名乗っても――

 

『まもるコラァッ! 仕事ォッ!』

 

 はい、本日も一日頑張ってまいりましょう。

 

 今度は胸ポケットからではなく軍帽を押しあげて姿を現した妖精が大淀と俺の目の前に来てぴいぴいと怒鳴る。

 少しくらい許せやい! いじわる妖精め!

 

『もぉぉ! わたしたちには構ってくれないくせに!』

 

「なんだ、構ってほしいのか?」

 

「まもるさん? 妖精はなんと……?」

 

 無意識に口にしてしまった言葉は引っ込められず、素直に「どうやら妖精たちは私に構って欲しかったらしい」と正直に言えば、あらあら、なんて微笑む。

 

「では、本日の仕事の間、お貸ししましょう。ね? 一緒に舞鶴鎮守府でのお仕事をしてください」

 

『おおよどさぁん……! まもる、ほら、お礼言って』

 

「な、何故私が――」

 

『かーわーりーにー! はやく!』

 

「……ありがとう、大淀」

 

「いえいえ。まもるさんは、皆のまもるさん、ですものね?」

 

 ふわふわと飛ぶ妖精に顔を近づけて言う大淀。同調する妖精。

 

『そうだそうだー! もっと言っておおよどさーん!』

 

「ふふふ、何を言っているんでしょうね、妖精は」

 

 微笑みながら妖精と戯れる姿は、それはそれは美しいものだった。が!

 騙されるな大淀……こいつらは、ただ遊び相手が欲しいだけだ……ッ!

 金平糖を奪い、適当に揶揄うだけ揶揄って仕事を邪魔してくるぞ、気を付けろ!

 

「皆のまもるさん……か」

 

「ええ、柱島みんなの、まもるさんです」

 

 妖精ばりに揶揄いまくられるんだろうなあ。最近ずっとそんな感じだもんなあ。

 

「……では、揶揄われぬようしっかりと仕事をこなそうではないか」

 

 泣いてない。俺は、泣いてなどいない。

 

「どんな仕事でもこなせそうだよ、お前達とならば」

 

 ポケットから手品が如き勢いでぴょこぴょこと飛び出していく妖精達と大淀を交互に見て、俺は精一杯の強がりを言った。

 ちょっとだけ視界が滲んでいたかもしれない。チクショウ……チクショウ……。

 

 

 挨拶もそこそこに、俺は大淀と妖精を伴い舞鶴鎮守府へと足を踏み入れた。

 正門の警備が直立不動の敬礼をすると、大淀は流れるような動きで答礼する。

 俺も倣うべきだろうが、舞鶴に来る前からどっと疲れていたため、さっと右手を振るだけで挨拶とした。もちろん、無礼にならないよう営業スマイルも忘れず。

 

「海原元帥閣下に――敬礼!」

 

「……朝からご苦労。楽にしてくれ」

 

「っは!」

 

 気温こそ過ごしやすいが、快晴の下、陽射しに焼かれ続ければ暑かろうに、汗の一つも流さず立ち続けている軍人。

 片や、しゃんとしているのは服装だけで、鞄の中身はカロリーなメイトだのくしゃついたメモだのが詰め込まれている目元の隈が消えない元一般社畜の俺。

 

 頭が、上がらねえ……ッ!

 

「このまま執務室に向かいたいのだが、構わんか?」

 

「ご案内します!」

 

 正門の両脇から迫って来る軍人二人に気圧されそうになりつつ、本日も元気よく威厳スイッチ、オンです。

 

「――そのまま仕事を続けてくれ。この大淀は元舞鶴所属の艦娘だ、案内は結構」

 

「し、しかし……」

 

「よい、と言っているのだ」

 

「「申し訳ありませんっ!!」」

 

 忙しいのに社畜の案内なんてさせられませんから……と、遠慮すれば、二人は凄まじい勢いで定位置であろう場所へ戻り、まるでマネキンのように動きを止めた。

 え、遠慮はしたけど、そんないきなり仕事に戻んなくてもいいじゃんかよ……。

 

 しょんぼりしそうになりつつ、俺はエンジェル大淀に甘やかしてもらおうと――

 

「では、行きましょう。提督」

 

「……うむ」

 

 ――仕事頑張りまぁす……。

 

 

 と、一悶着ありながらも、執務室へあっという間にたどり着く。

 元とは言えここの所属であった大淀はすいすいと複雑な廊下を進み、俺はついて行っただけ。

 その道中に艦娘の声はおろか姿さえ見えなかったのに違和感を覚えないほど馬鹿ではない俺は、執務室の扉をノックする前に大淀へ問うた。

 

「……他の艦娘はどうした」

 

「予定通り、自室待機を命じております」

 

 予定通り? な、なるほど?

 

「調査終了後、舞鶴鎮守府の提督となった長峰少佐が艦娘のケアを行うため、私達は速やかに帰還を――」

 

「そ、そうだな。そうだった。確認漏れが無いようで、なにより」

 

「元々は、ここの艦娘でもありましたから」

 

「……そうか」

 

 やっちまってるよこれ。なあ、やっちまってるって。

 執務室の扉をノックしようと右腕を上げた間抜けな恰好のまま、扉に向かって手の甲を向けた状態でさらに問う。

 

「大淀……今日の仕事は……――」

 

「長峰少佐は軍部お墨付きですから、ご安心ください。不正調査のための記録は既に揃えてくださっているでしょう」

 

 だよねえ! そうだよねえ!

 

「在籍している艦娘のすり合わせも行う……の、だよ、な……?」

 

「在籍している、とは、その、現在いる艦娘達のことですか……?」

 

「う、うむ。そうだ」

 

 ふと右腕をおろして鞄をまさぐり、革製の手帖を開いた。

 びっしりと予定が書き込まれている手帖の日付を目で追う。

 

 答え? 簡単だ。

 

 予定を、見間違えていた。

 

「提督、在籍している艦娘の照合でしたら、明日、佐世保鎮守府で行う予定で――岩川基地と共同で調査すると――」

 

 大淀の声が脳内でエコーがかけられたように響く。

 あ、アカーン! ちょっちピンチ過ぎやぁッ!

 

 このままでは大淀に「予定もしっかり確認出来ないんですか? まったくまもるさんったらぁ! えいっ!」と両目を潰されてしまう。

 な、ななな何か言い訳、言い訳を……!

 

「……明日の佐世保には大淀も同行する、だろう」

 

「は、はい、そうですが……」

 

「いつもその場での対応をさせて、申し訳ないと、思っている」

 

「提督……?」

 

 俺の思考はトップギアである。ここにきて提督業に慣れたから油断してましたと大事な予定を見間違えるような元帥がどこにいるだろうか。

 ここにいます。まもるです。

 

 俺には今、二つの選択肢がある。

 

 ひとつは、耳ざわりの良い言葉(いいわけ)を並べて、難を凌ぐか。

 もうひとつは、素直に「予定を見間違えていたようだ、すまない」と謝った上で俺について仕事をする、ではなく、大淀について仕事をするにシフトするかだ。

 

 言い訳を並べるなど軍人、まして海軍元帥たる男がしていいわけがない!

 その通りだ。一言一句、間違っていない。だが考えてみろまもる。

 

 前日、前々日と日本全国を駆け回る大淀は、それだけにあらず、柱島に戻れば艦娘としての訓練にもきちんと参加している健気で素晴らしい娘だ。

 この舞鶴での仕事が終われば、次の日は佐世保に出向かねばならないのだ。柱島に戻って息をつく間など一瞬で、ともすれば俺よりも働き者である彼女の負担を増やすような真似をしてもいいのか?

 

 そうせざるを得ない理由は俺にあるため、深くまでは言わない。

 だがしかし、ケッコンカッコカリの指輪まで渡した艦娘相手に「ごっめー! あーし予定間違えてたわー!」と北上ばりの可愛さで謝ったとて後悔の深さはマリアナ海溝――大淀に負担? 悪・即・斬である! ダメ、絶対!

 

 ならば、嘘をつくつもりか? いいや違う。

 一流の社畜を超えた国畜まもる、元帥となって一皮も二皮もむけている。

 

 嘘をつかず言い訳する俺のスキル、なめるなよなァッ!

 

「予行、の、代わりになればと思っているのだ」

 

 途切れ途切れに言った俺に怪訝な顔を向ける大淀。

 視線を合わせられず、扉を睨むように前を向いたまま、俺は言う。

 

「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応することは、極めて、難しいだろう」

 

「……」

 

 こくり、と喉が鳴る音。

 

「常に最善の選択をし続け、常に先手を取り、先を見据えて現在の行動の意味を考える――常人には到底無理な話だ。だが、ある時ふと求められる場合が、あるやもしれん」

 

「提督、それは……」

 

 言うな大淀! 分かってるよ!

 求められる時は今だって事だよ! 予定間違えててごめんよおおおおおお!

 

 馬鹿! 俺の馬鹿! どうして舞鶴に来るのに内容は一日ずれたものを認識してんだ馬鹿! ばーか! あほ!

 

『このお湯被り変態!』

 

 そうだこのお湯被り変態提督がッ!

 あれ今むつまるいた?

 

「それらを実現するには、心身ともに万全でなければならん……故の予行、だ。明日の仕事の内容は各鎮守府で行われねばならんものだが、この舞鶴鎮守府も然り。不正調査として記録を確認しながら、在籍艦娘の照合も行う。世間話の一つでもしながらな」

 

「まもる、さん……」

 

 あーあーもう今そうやって呼ばないで罪悪感で押し潰れるゥ!

 

「無理であらば、それでもいい」

 

 やっぱ正直に言った方が良かった気が……と、じわりじわりと後悔の念が鎌首をもたげてきたところで、大淀の声が鼓膜を打った。

 

「優しい人なんですから、もう……分かりました。では、そのように」

 

 あれ? と俺が顔を向けると、そこには瞳を揺らす大淀の姿。

 

「でも、柱島の子以外はダメです。いいですね?」

 

 なんの話……?

 

 ま、いや、まあ、これ、なんとかなった……っぽい?

 俺の心の夕立は戦々恐々である。

 

「では、行きましょう」

 

 意味を汲み取りかねている俺をよそに、身体は自然と扉をノックした。

 すると、扉の向こうから若々しく力強い、高い声が返って来る。

 

 高い?

 

「入れ」

 

 言い訳が通用したのかも分からないまま、ああ、きちんと名乗らねばと混乱甚だしい脳内のまま、勢いに任せて口は回る。

 

「柱島泊地の海原だ。本日の予定通り不正調査並びに鎮守府の視察に来た次第。準備は出来ているか、長峰少佐」

 

 名前聞いといて良かったという気持ちが半分。

 初めましてと言いそびれてしまってすみませんという気持ちが半分。

 

 俺が長峰と呼んだ新任の舞鶴鎮守府の提督は、驚く事に――女性だった。

 

 三十代にも満たなそうな若々しい見た目で、大淀と並べば姉妹とも見える凛々しい顔つき。

 切れ長の目が大淀の丸い目じりと対照的で姉妹のように見えたのかもしれない。

 それにフチなしの眼鏡が良く似合い、さらりと真っ直ぐな軍服ながらも曲線が目立つ様は、やり手の女提督として見本と言わんばかり。

 

 俺の姿に気づくや否や、彼女――長峰少佐は跳ねるように立ち上がって最敬礼した。

 

「ッ!! 本日はご足労いただき、感謝いたします、海原元帥閣下!」

 

 緊張しているのであろう長峰少佐は、俺が声を失って見つめていた数秒間身じろぎの一つもせず、ぎゅっと口元をかたく結んで見つめ返していた。

 

「……気を張りすぎだ。楽にしろ、楽に」

 

 俺の心? うん、そうだよ。初手で折れたよ。だって怖いもん。(島風)

 半ば投げやりに……こそ、ギリギリならなかったが、心が折れると同時に力も抜けてしまい、軍帽を被りなおしつつ応接ソファへ腰をおろすに至る。

 

「今、お飲み物を準備しますので!」

 

「結構だ」

 

「はっ……失礼しました……! お、大淀殿も、どうぞ、おかけください」

 

「ありがとうございます、長峰少佐。お気遣いなく」

 

「すぐに書類を持ってまいります!」

 

 俺は仕事が嫌いである。

 なれば必然、仕事も俺が嫌いである。

 

 嫌な噛み合い方をすると、どうなるか。

 

 どちらも会いたくないし関わりたくないものだから、さっさと終わらせようとする。

 

 そうして、こうなる。

 

 長峰少佐は素早い動きで執務室のキャビネットを往復しながら両手に抱えきれないほどの書類を取り出しつつ、もう持てないよそれ、という量になれど、まだまだとばかりにかさを増していく。

 

 流石にまもる、止めます。

 順番にしないと分からないのでェッ!

 無能社畜って呼んでくれよな!

 

「長峰少佐」

 

「は、はっ! もうしばらくお待ちを! 今すぐに――!」

 

「長峰、落ち着かんか、お前は」

 

「え、あ……いや、しかし……!」

 

 今にも零れ落ちそうな書類の束で両腕をいっぱいにしてもキリリとした表情の長峰少佐。

 一目見れば誰もが振り返ってしまいそうな麗人であろうが、残念、まもるは艦娘にしか興味はないのだ……。

 でも艦娘はまもるに興味ないかもしれない……いかん涙が零れる。

 

「はぁ……長峰……お前……」

 

 呼び捨ては失礼だなと咳ばらいを一つして誤魔化す俺。

 

「長峰少佐。我々の仕事は何だ? 言ってみろ」

 

「っは! 艦娘と協力し、深海棲艦を退け、国民を守る事であります!」

 

 室内に反響するくらいによく通る綺麗な声で素晴らしい言葉を紡ぐ彼女。

 一方、仕事がしたくなさ過ぎて説教じみた文句をたれる社畜。

 

「その艦娘を差し置いてバタバタと走り回って、どうやって提督として指揮を執るつもりだお前は。私もあまり人の事は言えんがな。とにかく落ち着け。お前を手伝うために来たのだ、我々は。いいな?」

 

「し、かし……不正の調査を、せねば、艦娘の子達も……」

 

 気にも留めないことかもしれないが、俺の耳に届く「艦娘の子達」という文言が、さらに力を奪っていく。

 艦娘に優しい子なら何でも許してやると思うなよ!

 

 大淀を怒らせないようにささっと仕事を済ませて帰るんだ!

 

「誠実な心を持っているようで、嬉しく思う。だがな長峰少佐、我々は常に冷静でなければならん。どのような局面であれ、決して隙を見せるな」

 

 うーん耳が痛い。ブーメランが背中にいっぱい刺さってる気がする。ハリネズミになりそう。

 でも隙を見せるなというのは嘘ではない。隙を見せれば妖精にやられる。

 

 妖精に揶揄われ始めたら一環の終わりなのだ。途端に仕事が滞るぞ。

 

「隙を見せれば最後、我々は――仕事どころではなくなる。鬱陶しい小言かもしれんが、分かってくれるな?」

 

「仕事どころでは、なくなる……」

 

「そうだ。艦娘にも申し訳が立たんだろう、そんなことになれば」

 

「……」

 

 俺は立ち上がり、女性にしては背の高い長峰少佐に近づいて、両腕から書類を取ると、さっと整えて応接用のテーブルの上に置いた。

 

「長峰少佐。ここに就いてまだ日は浅いだろう。艦娘とは話しているか?」

 

「え、ぁ、っと……」

 

「ほら、艦娘と協力をするのだと言うならば、秘書艦の一人や二人つけているだろう。その子を呼んでやらんか。世間話の一つでも挟もうじゃないか」

 

 別に俺が会いたいわけじゃないです。本当です。

 

「……失礼ながら、海原元帥閣下」

 

「海原でも構わんぞ」

 

「な、何を仰いますか! せ、僭越ながら、閣下……その……」

 

「うむ?」

 

「……秘書として艦娘を指名してはいるの、ですが」

 

 歯切れの悪い長峰少佐は、おずおずとソファへ歩み寄ると、静かに座ったあと、勢いよく頭を下げた。

 

「申し訳ございません! 私が至らないばかりに、まだ、この鎮守府の艦娘とはうまく話せておらず……秘書に指名した艦娘も、部屋から、出て来ない、状態でありまして……!」

 

「部屋から出て来ない? どういうことだ」

 

「あ、あー! いえ! あの! 違うんです! 違わないですが……いえいえ! 戦意維持に問題はありませんが! そのぉ……!」

 

「……長峰少佐」

 

「も、問題はありません! 私が上手くコミュニケーションをとれていないだけで、任務の方に問題は一切! ありません!」

 

「長峰」

 

「うくっ……!」

 

 待て待て。分からんよ。何がどうして、どうなってるのよ。

 何が起こってるって? ひとかけらも分からんよ。

 

 あまり俺をなめるなよ。柱島を預かるこの海原鎮、稀代の無能社畜だぞ。

 

 一から説明をお願いします少佐。

 

「秘書には誰を指名しているんだ」

 

「……駆逐艦、天津風を指名しておりました」

 

 あまつん? いいよねえ! そういうの!

 

「ふむ……であれば、天津風を呼んで話の一つでもしながら仕事をしようではないか。なあ?」

 

 隠す気もさらさらない本音がこんにちは。

 ここまで来ては大淀も我慢ならなくなったのか、軌道修正とばかりに俺の後ろに立ったまま優しい声音を紡いだ。

 

「長峰少佐。本日は不正調査のほか――あなたを交えた艦娘のケアを行うために来ました。ですから、どうか力を抜いてください」

 

「艦娘、の、ケアを……? あ、お、大淀殿は、元は舞鶴の……!」

 

 艦娘、の、ケア……?

 そんな話したっけ……? した……?

 

「現在、日本海軍内の体制変更に伴い多くの艦娘が混乱のさなかにあります。提督を失い、また、仲間を失った彼女達に必要なのは――揺らぐことのない提督という存在です。ですから長峰少佐がどっしりと構えていないと、不安にさせてしまいますよ」

 

 ……うーん。

 

「それに、不正調査だけならば柱島にいようともできますから」

 

 ね? と言葉を切った大淀に振り返るきょとん顔の俺。

 大淀が言うなら間違いない。きっとそうだ。

 

 よーし! わかった!

 

「大淀……すまんが、頼むぞ」

 

「はい、提督。ではまず、天津風さんから在籍している艦娘の話を聞きましょう」

 

「うむ。長峰少佐、天津風を呼んでくれ。それから改めて、皆で茶でも飲もうではないか」

 

 今回も他力本願で行けってことだな! っしゃあ! やってやるぜ!

 

 ……と、諦めの境地で、どこぞのプロゴルファーよろしく気合だけは十分といった俺の心は、最近清掃業者が入ったらしい舞鶴鎮守府に漂うワックスの独特な香りに消えていく。

 

「ぁ、あぁ……! はい! 閣下! 今すぐに!」

 

 キラキラとした瞳で立ち上がり、提督用の机の上にある電話の受話器を持ち上げるのを見つめながら、ふう、と一息吐き出す。

 

「まったく……大変な仕事だ」

 

「ふふ、提督が言うと変な感じがしますね……でも……――」

 

 大淀に揶揄われ、こいつめ、と揶揄い返してやろうと口を開きかけた瞬間のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまりたらしこむのはやめてくださいね」

 

「……」

 

 

 絶対零度を思わせる声に、閉口するのだった。

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