柱島泊地日記帳   作:まちた

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教え⑥ 【艦娘side・まるゆ/鎮side】

 仮称イ号特種艇、正式名称三式潜航輸送艇。

 通称、まるゆと呼ばれる潜水艦。

 

 この世界で目覚めたのは、大型艦建造用ドックと呼ばれるカプセルの中でした。

 現在日本は未知の脅威と戦っている、どうか力を貸して欲しい。

 

 誰に言われたのだったか、私はまた役に立てるのだと喜び、元々陸軍の潜水艦だったということもあって新しい体制となったと言われる陸軍へ籍を置くこととなりました。

 陸軍の教育隊に編入され、私が過去から蘇った存在であることや、あの大きな戦争の顛末、私が辿った記憶の最後から伸びる歴史についてなど、多くを学びました。

 鉄の身体では話を聞くというより、知っているという方が正しいでしょうが、あの頃の私は四百隻近くの建造計画があったそうで、しかしながら実際に建造されたのは三十八隻のみである、なんていうことも学びました。偶然にも、私はその三十八隻目であるというではありませんか。

 

 あの凄惨な過去を再来させないためにも、深海棲艦という脅威を退ける一助とならねばならない。粛然として訓練に励みました。いっぱい、頑張ったつもりでした。

 

 しかし私の頑張りというものは陸軍のみならず海軍にとっても期待にそえるものではなく、近海ならばともかく、遠洋で戦う艦娘の方々への物資輸送艇としての能力は著しく低いと言わざるを得ませんでした。

 理由は様々にありましたが、過去のように幾日もかけて輸送するまでに、艦娘の戦線はもたないのだそうです。私の速力が、仇となっているのでした。

 

 正直なところ、学んできた分、私も予想していたところでもありました。

 

 過去の記録をもとに艦娘用に開発された機銃を装備させようにも、私には重くて、運ぶことはできても使用はできず。陸軍の将官であられる壮齢の方が呟いた「戦闘艦艇ではないからな」という残念そうな声が、今でもはっきりと思い出せます。

 私が生まれる前も、生まれた後も、建造ドックからは新たな艦娘さんたちが大勢生まれて日本海軍の拠点へと送られ、日々、深海棲艦と呼称される脅威と戦っています。

 

 その間、訓練も一通り終わった私を眠らせてばかりではいられず、陸軍拠点を転々としていた()()は持てあます存在となってしまい、試験的にでもいいからと海軍へ出向する事となりました。最後に建造された私が、今度は一番最初に海軍へ出向く事となったのです。

 

 日本海軍、舞鶴鎮守府へと出向した私の隊長――これはのちに、提督と呼ぶべきだと何度も怒られてしまう癖なのですが――は、金森殿という方で、艦娘の方々と数多の深海棲艦を退けた知将と謳われる御仁でした。

 まるゆもお役に立たねばと、言いつけられたことならば何だってしました。

 

 身の回りのお世話から、秘書の真似事のようなこともしましたが、()()()と言われてよくお叱りを受けました。

 否定は、出来ません。まるゆは何をするにも遅いですから。

 

 潜るのだって下手くそですし、昔、木曾さんに「お前潜れるのか?」なんて言われたり、知らない船に敵だと思われて体当たりされたことだってあります。

 でもそれは私が不出来で、私が悪いのです。

 

 そういうのには、慣れっ子でした。

 潜水艦が、子、と言うのもおかしな話ですけれど。

 

 だからお叱りを受けても、頬を張られても、絶対にくじけないで頑張るんだって、私はたくさん任務を引き受けました。

 金森提督は海軍におけるまるゆの上官です。言われたことは絶対で、どんなことでもやってみせますと言いました。

 報告書だって、分からないながらも艦娘の皆さんのをまとめたりしていました。

 

 それもいつしか、別の秘書をつけるから要らないと言われました。

 ならば別の任務をくださいと言ったのが、悪かったのでしょう。

 

 金森提督からすれば越権のように思えたのかもしれません。

 その日を境に、私への風当たりはお叱りと言うには強すぎる様相を呈しました。

 

 頬を張られるだけでなく、拳を握るようになり、拳骨を頭に食らうばかりか、高級そうなガラスコップを投げられるようにまでなりました。

 越権と言われたらそれまでで、私が僭越にもさらに任務を求めるなどという真似ができるはずもありません。下がれと言われたら居室へ下がるだけです。

 

 命令を与えられないのならば、命令が与えられるまで別の何かをしなければなりません。陸軍に籍があれど、海軍に出向している海軍の艦娘でもあるのですから当然です。

 

 訓練に参加させてもらえるようにお願いして、組み込んでもらったりして日々を過ごしました。

 それから一ヵ月か二ヵ月経った頃でしょうか。

 

 金森提督が鬼の形相で、その日の訓練上がりだった私のもとへきて、髪をひっつかみ地面へ引き倒しました。

 

『誰が貴様に訓練を許可した! 言ってみろ!』

 

 その声に、一緒に訓練していた艦娘の皆さんも私も縮み上がりました。

 痛がる暇もなく、そこから数度背中を踏みつけられ、昼食だったものが吐き出され、咳き込む私に、さらに金森提督は怒鳴りました。

 

『誰だ! 言え! 連帯責任だ!』

 

 艦娘は丈夫です。ちょっとやそっとのことでは傷つきません。

 それは陸軍で訓練していた頃に学び体感したので確かでしたが、私達艦娘は、どうしてか、直接人に手をあげられると、簡単に怪我をしてしまうのです。

 

 人が手に持った武器では、傷つきません。痛くもかゆくもありません。

 金森提督に投げられたガラスコップが顔で割れようとも、傷の一つもつきません。

 

 けれど、ごつごつとした手で頬を張られると、痛いのです。

 

 建造ドックで不慮の事故が起きた際、ドックを補強するための建材が私めがけて落ちてきたりしましたが、腕に当たろうが足に落ちようが、顔にぶつかろうが、傷の一つもつきませんでした。

 大本営の明石という工作艦のお姉さん達は血相を変えて修復材というものが入ったバケツを私にひっくり返したりしていましたが、後から聞くに、心配だったから、という優しい理由だったことに驚きを隠せませんでした。

 

 金森提督に殴られると、とても、痛いのです。

 

 胸がぎゅっとして、涙がたくさん出て、立ち上がれなくなってしまうのです。

 

 ごめんなさい。まるゆが、全部悪いんです。

 

 そう言って金森提督に謝罪しました。

 そうしなければ、私以外に頑張っている艦娘さん達が叱られてしまいます。

 まるゆが訓練に参加したいと我儘を言っただけで、彼女達はそれを聞き入れてくれただけなのですから、それだけで連帯責任だと殴られてはたまったものではないでしょう。

 

 嘘を言っているわけでもありませんから、金森提督には「まるゆが訓練に参加したいと言ったんです」と正直に申しました。

 それでも金森提督の怒りは収まらず、何度も、何度も、私を踏んづけました。

 

 後頭部を強く踏まれ、がつんと鼻をぶつけた際に、息が出来なくなって、まるで潜航した時のようだと思いました。

 海の中も、胸がぎゅっとして、息が出来ないですから。

 

 それよりもなによりも驚いたのは、まるゆの鼻から、血が出たことでした。

 当然でしたが、自分からそんなものがと思うと、やはり驚くものです。

 

 まるゆの血は真っ赤でした。いつか見た炎よりも、真っ赤でした。

 

 それに続いて、新しく秘書になったというお姉さん、天津風さんの声が聞こえました。

 

『私が訓練参加を許可したんです! 私が! 私が――!』

 

『言うことを聞くようになったかと思えば、貴様も勝手なことを! この愚図め! 貴様は! 黙って! 敵を沈めていればいいんだ! 言うことを! 聞いてな!』

 

 決して海軍の訓練を軽んじているわけではありませんが、それにしたって陸軍の訓練はとてもつらく、厳しいものでした。

 まるゆは、痛みに強いのです。

 

 だから、天津風さんが私を庇って殴られているのが嫌というのもあって、また、我儘を言ったのは私だと叫びました。

 

 金森提督は私の髪をまたも掴み、立ち上がって追いすがる私を引きずって執務室へと連れて行きました。天津風さんが何度も謝っていますが、それでも、止まりません。

 

 そうして、執務室に着くや否や、執務机の引き出しから黒い布を取り出して、私の頭の上からそれを被せました。

 より一層強い、がん、という衝撃が走りました。

 

 私の記憶は、それから、真っ暗です。

 

「……そうか」

 

 助けに来たという海原と名乗った御仁は不思議な人でした。

 暗くてよく見えませんでしたが、心が落ち着くような優しい声でした。

 事情を話せと言ってから暫く、長い時間をかけて支離滅裂に話す私の言葉を聞き逃さないようにじっと片膝をついたまま、私の手を握っていました。

 どす黒く乾いた私の血で軍服が汚れたことも気にしていない様子で、ただ、来い、と言ってから地面に座った私を抱き上げて、それで、

 

「痛かったな」

 

 そう、言いました。

 

「いた、か、った、です……」

 

 どれくらい、ここにいたんでしょうか。

 

「つらかったろう」

 

「わ、か、りま、せ……で、も……」

 

 どれくらいぶりに、声を出したでしょうか。

 

「ま、まる、ゆは、まだ、役に、立ちたい……です……っ」

 

「そうか、そうか」

 

 もう大丈夫だ。

 私を抱き上げたまま座りなおした海原提督は、自分をまるゆの新しい隊長だと言いました。

 隊長というのも変な話です。ここは陸軍ではなく、海軍なのですから。

 

 そんな私の考えを見透かしたように、海原提督は――海原隊長は、言いました。

 

「その方が呼びやすいだろう?」

 

 たったそれだけのことでしたが、隊長の声が私にはどうにも、痛かったのです。

 言い訳ではありません。本当に、とても、痛かったのです。

 

 心臓がぎゅっとして、息が出来なくて、苦しくて、苦しくて、灰色の香りしかしなかった暗闇が、まるゆを抱いていた海みたいな香りに満たされたのが、どうしようもなく、痛かったのです。

 

「ぁ、あ、ぅあ……あぁっ……!」

 

 涙が、たくさん零れました。

 隊長は笑いながら、ハンカチじゃなくて悪いな、なんて言いながら手でまるゆの目元を拭い、鼻元を拭ってくれました。

 汚れますとも言えません。何せ、こうやって考えられているのなんて頭の中だけで、私の身体は初めて言う事を聞いてくれなくなっていたのですから。

 

 どれだけつらく苦しい訓練でも、動かなくなった足を叩けば自然と前へ前へと進んでくれました。

 上がらなくなった腕も、叩けば自然と上へ上へと動いてくれました。

 

 でも、海原隊長の腕の中では何もできませんでした。

 隊長に抱かれて、筋張った体に身を寄せて、胸に顔を埋めて大きな声で泣くことしか出来ませんでした。

 

 隊長は私に問いかけます。

 

「役に立ちたいのか?」

 

 泣きながら頷くと、隊長は言いました。

 

「じゃあ、私と一緒にいてくれるか? 一人じゃ心細くてかなわんのだ」

 

 もう一度頷くと、隊長はまた、優しい声で返事をしました。

 

「それは助かる。まるゆがいれば百人力だ」

 

 慰めるためだったのでしょうが、それでも、そのお言葉だけで、私は、まるゆは――。

 

 ふと、薄明かりが消えました。

 私を抱く隊長が、私の背で何かを操作していて、それから明かりが消えたのだと認識した時、いつもならば何とも思わなかったのに、私は怖くて、隊長へしがみ付いてしまいました。

 

「隊長……暗い、です……たい、ちょ……」

 

「暗いな」  

 

「怖く、ない、ですか……」

 

「ああ、怖くない」

 

 だってまるゆがいるからな。

 

 そんな言葉を境に、瞼が重くなってきて、私は沈んでしまうのかと思って驚いて目を開くのですが、陸でどうやって沈むんだと思ったら、また瞼が重くなり。

 幾度か繰り返しているうちに、それが眠気なのだと気づいた私は、隊長の手前眠ってはだめだと言葉を紡ごうと口を開きます。

 

「怖い、です、よ……ずっと、ずっと、ここで、一人、で……」

 

 長い間ここに居た私が、どれだけ怖かったことか。

 一人にさせるものかと言おうとした私の声を遮り、隊長は静かに私の背を撫でました。

 

「一人じゃないさ」

 

「やっと、来て、くれた、のに……また、人の、役に立てるって、思った、のに……」

 

「少し眠るといい。目が覚めたら――」

 

「めが、さめた、ら……?」

 

「一緒に飯を食おう。温かい飯を」

 

 そこから、私の記憶は、真っ暗です。

 前と違うのは――海の匂いと、ちょっとだけ汗の匂いがしたこと。

 

 力強い鼓動が、耳元にあったこと。

 

 

 

* * *

 

 

 

「……寝たか」

 

 規則正しい吐息が寝息であると安心したのは、まるゆが黙って暫く経ってからだった。

 まるゆを地面に寝かせるわけにもいかず、軽すぎる彼女を抱いたまま立ち上がって瞬きを数度すると、暗闇でもある程度は目が慣れてきて、どこに障害物となろうものがあるかが分かるようになった。

 

 地下室は単純に牢が並んでいるだけにあらず、現在俺の立つ最奥の牢の他にいくつか並んでいる別の牢と、転がる椅子や、古びたテーブルらしきものの残骸があった。

 

「明かりをつけたら……うーん、目が覚めてしまうかもしれんしなあ……」

 

 明らかに閉じ込められたと分かっていながらも、まあ、愉快な胸中である。

 

「脱出ゲームとか苦手だったからな……」

 

 そんな一言から始まる、地下室探検は数分で終わった。

 

 だって狭いもん! と心の島風、ご立腹である。

 

 端から端まで歩いて三十数歩。距離にして三十メートルに満たない一室、暗がりで全貌は明らかではなくとも、おおよそ二十畳程度の広さであると考えられる地下室には、転がっていた椅子とテーブル以外にめぼしいものなど一切無かった。

 トイレもなければ、地下なのだから当然窓すらもない。

 

 辛うじて通気口らしきものがいくつか取り付けられているのが見えたが、そこから音が聞こえてくるわけでもなく、風が吹き込んでくるわけでもない。

 じめじめとしていて暑いことを除けば、過ごすのに問題はないと思えるくらい。

 

 過ごしたいわけじゃないが、しばし過ごすしかない。

 

 椅子とテーブル以外に道具の一つも落ちてない脱出ゲームとか難易度エクストリームか? と言いたくなるが、悲しいかな、金森がファイルを持たせてここに俺を誘導したのだから、出る時もファイル持ってたら行けるだろ! という目論見すら失敗した。そりゃあそうですよ。馬鹿かと。アホかと。

 そんな単純なことで出られたんじゃ意味深長に笑った金森は何だったのだという話である。

 

 金森が何を考えているかなど知りたくもないが、これは要するにあれだろう?

 

 不正調査されるくらいなら艦娘にやべえことしたってバレる前に閉じ込めたるわ! ハッハァー! という見え見えの罠に俺が引っかかったと、そういうわけだろう?

 

 うーん、この、うーん……。

 

「……まいったな」

 

 まいったなぁ本当これ……。

 

 仕事を放りだした挙句に艦娘へ考えられない暴力をふるっていたという事実。

 腕の中でスヤスヤと眠るまるゆから真実が打ち明けられた今、どこぞのゲームが如き大袈裟な仕掛けや地下室なんかを作って現実逃避しながらハードプレイをしていたであろう金森に募るイライラは仕事中のストレスを凌駕し、怒髪衝天といったところ。

 でも静かなのはどうしてかって? まるゆちゃんが寝てるからだよ起きたらどうすんだ! いい加減にしろ!

 

「……」

 

 いい加減にしろってんだ、ほんと。

 

「……クソッタレめ」

 

 いい加減に、してほしい。

 マグマのような怒りが湧き上がり、顔が熱を帯びていく。

 

『まーもる、シワ、できちゃうよー?』

 

 奥歯を噛みしめてまゆるを抱き寄せる俺にかけられる声に顔を上げれば、軍服のポケットから顔を出した妖精――むつまると目があった。

 

「お前――」

 

『わらってっていうときじゃないけど、でも、ね?』

 

「むつまる……」

 

『わたしは、かっこいいまもるのほうがいいな!』

 

「俺と一緒に閉じ込められたのかよ……マジかよ……」

 

『えっ!?』

 

 妖精ならば不思議パワーで何とかできるかもしれないとか一瞬だけ考えてたのに! 考えてたのにこいつ! あっさりとポケットなんかから出てきやがって! チキショウめェッ! 大っ嫌いだァッ!

 

 嘘です。艦娘も妖精も大好きです。

 

『ま、まもる? え? いま、わたし、まもるを元気づけてあげようとしてたよね? なのに、なん、えぇ……?』

 

「妖精の力で扉とか見つけられんのか……」

 

 今の頼みの綱が一瞬で無に帰したんですけど……。

 

『こぉんな暗い部屋でなにを期待してたっていうの!? わたしだってこわいのに!』

 

「暗いのが怖いのか?」

 

『そうだよ? だからまもるに守ってもらって、一緒に励ましあって……』

 

「いっつもポケットの中にいるんだから慣れたもんだろ」

 

『……もう! ばかぁ!』

 

 鼻っ柱を殴られて声が出そうになるも、まるゆから「ぅ、うう……」と声が漏れて慌てて声をひそめる俺。

 

「まるゆが寝てるんだぞ!」

 

『むつまるのこともきづかって!』

 

「お前に何を気遣うっていうんだよ!?」

 

『暗くて怖いだろうが、大丈夫だぞ、この俺がついてるからな……って言って金平糖を食べさせて!』

 

「金平糖食いたいだけじゃねえかよ……」

 

『最中でもいいよ?』

 

「流石に持ってきてないですぅ……」

 

 地下牢でしょうもないやり取りを繰り広げる俺とむつまる。マジ何やってんだ。

 

『……そっちのまもるのほうが、わたしはだいすき。ふふ』

 

「……」

 

 溜息を吐いてあきれる俺の顔を見て笑うむつまる。

 分かってるよ、とぶっきらぼうにしかいえない子供じみた俺だったが、むつまるが俺の中に渦巻くどす黒い感情を霧散させてくれたことなど、認めたくなかったのだ。

 気恥ずかしいのと、情けないという感情がせめぎあっていた。

 

 そうして、それらを誤魔化すように口にする。

 

「……今寝たら怒る?」

 

『うっそでしょまもる』

 

「マジマジ。本気と書いてマジ。ここ最近疲れてるんだよ本当に。書類に追われるどころか出張まで重なって、お前達と大淀に手伝ってもらっても追い付かないくらいには仕事してるしさ……少しだけだから! な!」

 

『えぇぇぇ……』

 

「お前くらいじゃないか、()の前も今も見ていて知ってるなんて。大好きな俺を少し休ませてくれてもいいだろ?」

 

『自分で言ったら意味ないじゃない!』

 

「じゃあどう言えばいいんだよ」

 

『う、うぅぅ……わかんないけどぉ! で、でも、皆心配するよ? ここじゃ連絡取れないし、それに、むつまるもお外に連れて出てあげられないし……というか、むつまるも、出られないし……』

 

 妖精が出入りできない部屋ってなんだよ。

 柱島泊地ではいつどこにでも出現するような妖精である。食堂に行こうが廊下を歩いていようが倉庫整理しながら書類を書きこんでいようがちょっかいをかけて邪魔をしにくる――お仕事を手伝いに来てくださるような妖精が出られない部屋など、想像できない。

 

 あ、別に睨まれたわけじゃないです、本当です、むつまるこっち見んな。

 

『変なこと考えてないでしょうねえ……』

 

「……変な事ではないが、妖精さえ出られない部屋となれば、どんな構造なのかと気になってな」

 

 大丈夫です。これでもまもる、海軍元帥です。冷静です。

 すみませんまた嘘つきました、ちょっと冷静じゃないです。

 

『わかんない、けど……すごく嫌な感じがするの……。うーん、と……あ、そうだ! これ! これね、お外につながってるかも!』

 

 ひゅん、と飛んでいったむつまるは、通気口の付近をふわふわと漂いながら一つ一つ金網越しに向こうを見つめて言う。

 

「そこから出られそうか? 風の流れは感じられんが……」

 

『外して! 中を見てきてあげる!』

 

「いや、今まるゆが腕に――」

 

『むつまるが外せると思ってんの?』

 

 なんでお前が高圧的に要求するんだよ。おかしいだろ。

 でも逆らえない。提督だからね、仕方がないね。

 

 まるゆを起こさないよう、そっと片腕に重心を傾けてから右腕を伸ばし、さして高くない天井付近に取り付けられた金網へ指を引っ掛ける。

 引っ張るように動かしてみたり、スライドさせるように動かしてみるも、よく見れば四方をネジ留めされていて外せそうになかった。

 

「ネジ留めがきっちりされてて、無理だな……まあ、道具があれば簡単に外せそうではある」

 

『じゃあ――!』

 

「なあああむつまるぅぅうう……後で頑張るから、マジで、ほんっとうに後でめっちゃ本気で頑張るからちょっとだけ寝ていい?」

 

 チャンスは今しかないんです、とばかりに言う俺に絶望した表情をするむつまる。

 分かっているとも。むつまるこそ言いたいのだろう。

 

 お前それマジで言ってんのか、と。

 

 日本海軍、全艦娘の指揮官たるこの海原鎮、残念ながらマジである。

 

『大淀さんも心配してるかもしれないのに?』

 

 天下無双の大淀様をなめてんのか? 大淀様の手にかかれば俺の居場所なんざ一瞬でバレるに決まってんだろ。

 いや言い方が違うか……そう、俺をすぐに見つけてくれるはずだ。

 

「大丈夫だ、多少心配はかけるだろうが後で謝るとも。それに大淀の他に長峰少佐だっているし、俺一人が多少サボったところで、見つかったらお説教されるくらいだって」

 

 俺を閉じ込めたのは金森なのだから、金森が怒られたらいい。

 むしろ金森が怒られて俺は被害者なんだと言い張ってやる。

 艦娘を虐げていたとは言葉に聞けど実感の薄い俺だったが、まるゆの有様を見ては擁護のしようもない。擁護する気も一切無いが。

 

「金森の不正についてもきっちり調べさせなきゃならんしな。この部屋も、まるゆも、見てみろ。こんなものを一気に見せられてどうしろってんだ」

 

『……ぁ』

 

「お? なんだよ」

 

 俺を睨みつけていたむつまるだったが、声を漏らしたかと思えば、まるゆと俺を交互に見つめた後に、盛大な溜息を吐き出した。

 

『はぁぁぁぁ』

 

「おう待てよ。なんだよ言えよ!」

 

『……まるゆちゃんの怪我はもう大丈夫だと思う。帰ったら一応入渠させてあげてね?』

 

「お、おう、そりゃまあ……」

 

『艦娘だから、怪我は治るよ。あっという間に治っちゃうけど、でも、それは……まもるじゃなきゃ、治せないもんね』

 

「――うむ。責任をもって、私が治すとも」

 

 艦娘が怪我なんて考えられません! 帰還後即入渠! 修復バケツも辞さない構えです!

 

『なーんかすれ違ってる気がする』

 

「私とむつまるが? ふふ、そんなことはないさ」

 

『だってまもるバカだし』

 

「おいお前」

 

『もう寝ちゃえバカー! バーカバーカ!』

 

「おぉい!? 言い過ぎだろ!」

 

 むつまるは通気口付近から一直線に軍服のポケットへ飛び込み、もぞもぞと動いたかと思えば、ひょこっと顔を覗かせて言った。

 

『帰ったらお仕事いっぱい溜ってるぞぉ』

 

「……起きたら頑張ります」

 

『ん!』

 

 しゅ、と音がするほど素早く引っ込んでいくむつまる。

 そこから、ぱき、ぱりぱり、ぽり、と――

 

「頼むからポケットの中身べたべたにしないでくれよ、なあ」

 

『んー、もご、もがー、わかっはー』

 

「……」

 

 時には諦めも肝心なのである。これは敗北ではなく戦略的静観だ。

 

 俺はまるゆを抱えなおしてから、最奥の牢へ戻る。

 他に眠れそうな場所もない。

 

 この人生において牢屋で眠る体験をするとはと頭の片隅で考えながら、起きたらどうしてやろうかと考えながら。

 

「金森の不正は、これだけじゃないんだろうな……」

 

 謝罪させ、殴って終わり! と呉のように出来ればどれだけ楽だったことか。

 それらが正しい解決法でなかったのは確かであるにしろ、この様子では金森を艦娘の前に立たせることは、筋ではないだろう。

 

 俺は人を裁けるほど出来た人間じゃない。

 海軍の元帥とて肩書が大仰なだけであって、部下の未来を決するほどの権力が手に入ったなどと微塵も思っていないし、そうであるべきとも思わない。

 ならばどうする事が正しいのだろうか。いや、正しさを求めて縋るべきなのだろうか。

 

 とりとめのない思考がまどろんでいく。

 瞼を開いても閉じても暗闇がそこにあるだけで、ふと、船が沈む時はどんな感じなんだろうなんて考えた。

 

 とん、とん、と幼子をあやすようにまるゆの背を撫でながら、考えた。

 

「……約束したからな」

 

 とにもかくにも、これはチャンスである。

 仕事疲れに任せて、思考が停滞し、ゆっくりと沈んでいくのを感じながら、寝言のように口にした。

 

「もう、だいじょ、ぶ、だ……起き、た……ら……一緒、に……帰ろう、な……」

 

 胸元に聞こえるまるゆの寝息が揺れる。

 俺の意識は、そこで静かに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「まるゆの……隊長……海原、隊長……――」

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