柱島泊地日記帳   作:まちた

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学び② 【鎮side】

 罰だ、罰が当たった。あれは完全に天罰だ。

 鞄を大淀に持ってもらった状態で歩きながら、きょろきょろと周りを興味深そうに見るまるゆを眺めて現実逃避する俺。

 

「面白いものでもあったか?」

 

「はいっ! 久しぶりに出たので変わってるところも多いなあ、と!」

 

「それもそうか……。よし、まるゆ、アイスでも食べて帰るか」

 

「いいんですか!?」

 

「提督……?」

 

「……んんっ、艦娘は、ほら、甘味で戦意高揚するだろう?」

 

「鎮守府に戻るのに戦意高揚する必要があるとは思えませんが」

 

 正論パンチするな。俺にも心があるんだぞ。

 

 舞鶴鎮守府での一件から二日と少し過ぎた頃。

 地下室から命からがら脱出した俺はそのまま気を失ってしまい、舞鶴鎮守府の医務室で目覚めた。

 右腕は包帯ぐるぐる巻き。頭にまで包帯を巻かれた状態で両目は痛いわ喉も痛いわで散々な目に遭った。

 

 右腕尺骨、橈骨ともに骨折。

 右上腕骨の不全骨折。裂傷、打撲、その他もろもろ……。

 

 目が覚めてから長峰少佐と大淀から聞かされた話によると、あそこは金森提督が秘匿していた部屋で、天津風のみならず多くの艦娘を閉じ込める拘禁室だったという。金森とも電話で話していたからこれはすぐに呑み込めた。

 艦これの同人誌などでたまに見る営倉に似たようなものだろうか、と納得しかけたが、反省を促すための部屋が牢屋になっている上に妙なガスまで噴き出す仕様とか意味が分からん。

 やば過ぎんか海軍。いや海軍自体に責任を求めるものでもないか。金森だ金森。

 海軍が問題に挙げられたら俺にも責任が降りかかってくる。勘弁してください。もう遅いけども。

 

 天津風を泣かせやがってこんにゃろう! と癇癪に任せて行動し金森にそそのかされ、地下室に閉じ込められた上に妙なガスで死にかけましたとか笑い話にもならない。

 地下室に閉じ込められてまるゆを発見した時点で大声でも上げて助けを求めるべきだと言うのに、俺の中にいる悪魔の囁きにあっさりと負けて現実逃避に爆睡をかまして仕事をさぼる始末。

 

 はい、そうですね。完全に自業自得です。

 誰も擁護できません。まもるでもできません。

 

 寧ろ片腕ボロボロになる程度の天罰で済んで良かったのかもしれない。

 しかしエンジェル大淀もこれには激おこで、舞鶴から呉へ向かう道中ではずっと冷たいままである。

 それでも荷物は持ってくれるんだから優しいね。流石大淀様だね。

 

「お、大淀、悪かったと思っているよ。私も油断していた」

 

「へぇ?」

 

 大淀と俺の間を歩くまるゆは気まずそうな顔をして俺達を見上げる。

 

「あ、あのっ、まるゆがあんなところにいたから……」

 

「まるゆさんは悪くありませんよ? 私が我儘を言って困らせているだけです。提督ならば他の方法を思いつきそうなものだな、と。ええ、そう思わなくもないだけですから」

 

「大淀ぉ……」

 

 もう仕事サボらないから許してぇ……ごめんてぇ……。

 

 あんまりに情けない声を上げたからか、大淀は困ったように笑って包帯を首から垂らして支えられる右腕をちらりと見てから言った。

 

「……天津風さんのためでもあったんですよね」

 

「それは――」

 

 天津風のためというか……あまつん泣かせやがってこの野郎という個人的感情というか……。

 

「……し、仕事として、艦娘の扱いに対して、だな、そのぉ」

 

 もごもごと言い訳を考える俺に、大淀は、ぷは、と笑った。

 

「分かっていますよ。あなたの事ですもの」

 

「大淀ぉ……!」

 

 ほっと胸をなでおろす俺。そんな胸のポケットから顔を出すむつまる。

 

『まあ、チョロい提督にバチがあたった感じだよねえ』

 

 誰がチョロい提督じゃい!

 でも仰る通りでございます。異論ございません。

 

 しかしあの部屋でまるゆと同じく妙なガスに晒されたむつまるは大丈夫だったのだろうか、と今になって気になり視線を向けると、むつまるは何故かセクシーポーズ。

 なんだこいつ。

 

『むつまるのみりょくにきづいたんだね?』

 

「……あ、いや」

 

『じゃあなに?』

 

「お前は大丈夫かな、と」

 

 隣を歩く二人に聞こえないよう咳払い交じりにこっそり問えば、むつまるはニッコリと笑った。

 

『うん。だって、まもってくれたでしょ?』

 

 そうだっけ? 掴んでポケットに突っ込んだ覚えしかない。

 必死だったことを除いてもあの状況で周りを飛び回られたら鬱陶しいことこの上なかったであろうことは確かだ。確実に叩き落としてたに違いない。

 

「私は覚えておらんがな」

 

 ただそのまま伝えたら絶対にぶん殴られるので言わない。まもるは賢いのだ。

 

『……ふふっ』

 

「隊長も大淀さんも、喧嘩してないですか……? もう、平気ですか……?」

 

 むつまるが引っ込むと同時にまるゆの声が聞こえ、俺と大淀は顔を見合わせる。

 

「喧嘩なんてしていないぞ。いつもこんなものだ」

 

 いっつも怒られっぱなしです。今回は特に顕著です。

 

「こんな感じです。さ、アイスを食べるんでしたね? まるゆさんはどこか寄りたいですか?」

 

「いいんですか!?」

 

「せっかくですし、提督のお言葉に甘えましょう」

 

「うむ、いくらでも甘えてくれ」

 

 まるゆは正義だからね、甘えてくれたら俺の心の傷も癒えるというものだ。

 わぁ、と声を上げて駆けていく無邪気で愛らしい後ろ姿を見ながら、大淀に言う。

 

「水着のままではないんだな」

 

「はい?」

 

 いやごめん気になっただけなんです変な下心はありませんほんと。

 アイスクリーム屋に駆けていくまるゆは白いワンピース姿である。

 幼子が白いスクール水着のまま駆け回っていたら、それはそれで事案であるからして、ねえ?

 

「入渠して損傷はなくなったが、まるゆは今後、艦娘として軍務に従事できるだろうかと考えていた」

 

 真面目な言葉で塗りつぶす俺に、大淀は帰路につく前までの事を思い返すように空を見上げながら話す。

 

「軍務についても、天津風さんとの関係修復についても、気にしなくても大丈夫でしょう。こういう言い方はあまりよろしくないでしょうが、金森提督という共通の脅威を前にして互いを支えあうという形で舞鶴鎮守府は維持されていましたから。環境が変わった今、長峰少佐の判断はもっともであったかと思います」

 

 俺と大淀がまるゆを連れている理由でもあった。

 長峰少佐は俺が地下室から脱出したあと、大淀と一緒になって艦娘への聞き取り調査を開始したのである。もちろん、翌日になって、だが。

 

 前に所属していた大淀の協力もあって調査は非常にスムーズであったという。

 艦娘の轟沈数の差異も問題無く修正され、情報は大本営に送られた。

 

 舞鶴鎮守府の改築が順次行われる予定も前倒しどころか一気に進めることとなり、舞鶴鎮守府は一時閉鎖された。

 名目上は、俺に下された天罰、もといガス漏れのため緊急改築とするらしい。

 長峰少佐は大淀と同じく仕事が早いもので、その日に大本営を納得させて舞鶴鎮守府の機能が停止してしまわないよう周辺地域に協力要請まで出したというじゃないか。美人なだけじゃなくて有能とかモテそうである。すげえや長峰さん。

 そして行方不明扱いであったまるゆは、今後のことを考えて柱島泊地が引き取るという形に落ち着いた。

 活動範囲然り、潜水艦を有効活用できるのは柱島泊地でしょう、とは長峰少佐の言葉である。艦これの知識を持っている俺より有能である。

 

 かくいう俺は何をしていたか? 寝てました。

 

 いや分かる、言いたい事は分かっているが待ってほしい。

 きっと妖精も艦娘達も長峰少佐も「こいつほんまつっかえねぇ」みたいに思っている事だろう。

 でも変なリンゴ臭が辛かったんだよおおおおお! 仕方ないじゃん!!

 痛み自体は数時間もせず落ち着いたが、あんまりに暴れ回ったせいで俺の身体はボロボロだったのだ。

 当然だね。

 

 あのリンゴガス(まもる命名)は、むつまるから聞くに通称みどり剤と呼ばれるもので、暴徒鎮圧用の催涙ガスだという。

 どうしてそれがあの地下室でばら撒かれたのかは考えるまでもないが、ああして艦娘を苦しめていたという負の側面を知れただけでも収穫と言えよう。

 

 俺が帰ってからの仕事が増えたようなものである。これも俺のせいだね。

 全拠点での艦娘に対する扱いを今一度確認しなければならないのは、やはり最優先事項だ。

 

「忠野中将閣下が現場を確認しに舞鶴鎮守府を訪問するそうです」

 

「そうか」

 

 じゃあもう全部忠野に任せておけばいいよ。俺は帰って寝る。

 

「あの地下室に使われていた建材は、明らかに――」

 

「そんな事はどうでもいい」

 

 ああもうやめて大淀! 分かったから! ぜーんぶ分かった!

 

「分かった上で、あのような行動を?」

 

 分かってる分かってる、大淀が言いたいことも言ってることも全部分かってるから。

 全部分かった。すんごい分かった。これ以上ないくらい分かった。

 要するにあれだろ? うんうん、分かってる分かってる。

 

「ああするしかないと思ったのだ」

 

 そうだね、何やってんだお前って話ですよね。

 慌てふためいてまるゆを抱えて天井を殴るとか狂ってるよね。

 

 今なら忠野や橘が狂人と言っていた理由がわかる。俺、狂ってました。

 

「あなたは一人なんですよ」

 

 アイスクリーム屋の店先でどれを食べようか迷ってワクワクしているまるゆを見つめながら言う大淀に言い返す。

 

「まるゆだって一人だろう」

 

 それにお前も、と付け加えれば、大淀はそっと手を伸ばし――

 

「いっ……!? な、何をするんだっ」

 

 俺の右腕を指で弾いた。こいつ、強硬手段を……!

 

「提督が艦娘を、私達を心配してくれるように……私達も提督を心配してるんです。こうも無茶ばかりされては、いつか倒れてしまいますよ」

 

「む、むぅ……」

 

 ごめぇん……今度から真面目に仕事しますぅ……。

 

「それについては、その、申し訳ない」

 

「もう、そんな顔をして」

 

 大淀は柔らかな笑みを浮かべて、まるゆが離れてひらいた距離を埋めるように近づいてきた。

 それから左肩の上に頭を乗せ、鞄の持ち手を指で撫でながら言う。

 

「すっごく怖かったんですよ、あの時のまもるさん」

 

「……」

 

 めっちゃ言うじゃん。謝ってんのにめっちゃ責めるじゃん。やめて。

 しかもまもるさんって言いながら責めないで。俺の心もボロボロだぁッ!

 

「あなたが傷つくのを見るのは、嫌なんですからね」

 

「ん、んんっ……うむ、そうか」

 

 落として上げるな。まもるはチョロいんだから。そうやって掌握するな。

 帰ったらいっぱい仕事頑張ります!! 社畜はへこたれませぇん!!

 

「隊長! 隊長! この、みんとちょこれーとって何ですか!」

 

 すげえチョイスじゃんまるゆ。

 俺は笑いながら大淀に肘を当てて歩き出す。

 

「まるゆにはまだ早い味かもしれんなあ」

 

「えー、そ、そうでしょうか……で、ではバニラを……」

 

「ふふ、いいじゃないですか提督。じゃあまるゆさん、私がバニラを頼みますので、まるゆさんはミントチョコレートを頼んでください。二人で半分ずつ食べましょう?」

 

「いいんですか? やったぁ!」

 

 あの地下で絶望していたまるゆは、どうして笑えるのだろう。

 ふと考えてしまった俺の表情は、どういったものか分からない。

 

「隊長は何を頼みますか?」

 

「では抹茶味を頼もうか」

 

「し、しぶい……! じゃあまるゆも抹茶を……」

 

「うん? ミントチョコはいいのか?」

 

「隊長と一緒がいいです!」

 

「じゃあ私もミントチョコにしよう」

 

「えぇ!? あぅ……」

 

「はいはい、じゃあ全部頼みましょう。支払いは提督持ちですから」

 

「そ、それはどうなんだ大淀」

 

「あら、いけませんか?」

 

「構わんが……」

 

「まるゆさん、これで提督と一緒に食べられますよ」

 

「やったぁ!」

 

 しかし、艦娘が笑顔ならそれでいいか、と思考を放棄してしまう、どうしようもない俺なのだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 終わると思った? 残念、終わりませんでした。

 

「どれだけ心配したと思ってるの提督!! まったくまったく! まったくだよ! もうっ!!」

 

「す、すまん最上……これは仕方がないことで……」

 

「仕方がないで済んだら海軍はいりませーん! 鳳翔さんと大淀さんから行方不明になったって聞いてどれだけ不安だったか分かるかい!?」

 

「う、うむぅ……」

 

 先程までは和気藹々とした雰囲気だったが、呉鎮守府に到着した瞬間これである。

 しかし反論すら出来ない。一言一句間違ってないし全部俺が悪い。

 

「まあまあ最上殿。こうして海原閣下も戻られましたから」

 

「山元大佐は黙っててください!」

 

「……」

 

 モガミンに負ける筋肉達磨。この役立たずがよォッ!

 舞鶴へ出発した日、広島で別れた最上は柱島泊地へ帰還する前に俺が居なくなったことを聞かされたらしく、万が一があった場合はすぐに動けるようにと呉鎮守府で今までずっと待機してくれていたらしい。

 山元にも迷惑をかける結果となり、まもる消えそうです。

 

「山元も迷惑をかけたな、本当にすまなかった」

 

 ここまで怒られては素直に謝る以外の行動も出来ないというもので、俺は帽子を取って頭を下げる。

 

「いやいやいや! おやめください閣下! ああもう心臓に悪い、頭を上げてくださいって! 自分は大丈夫ですから!」

 

 事情を知っているが体裁もある。

 そんな小難しい立場である山元は大きな身体を縮こまらせて、俺を気遣うように肩をそっと押して起き上がらせる。

 山元お前ぇ……!

 

「話は忠野中将と長峰少佐を通して多少は聞いております。さぞ大変だったでしょうが、海原閣下のことですし心配していなかったわけではありませんが……さして問題にもならんだろうと、どーんと構えていた次第。聞きましたぞぉ、豪腕をふるって、艦娘を救うために天井をぶち抜いたと!」

 

 うーんこいつもダメだ。全然味方じゃねえや。この筋肉バカ!

 天井をぶち抜いたわけがねえだろうが。天井殴って半狂乱になってるところを、大淀と長峰少佐が掘り出してくれたんだよ。なんなんだこの珍事件は。

 

「ち、違うぞ山元、それは――」

 

「山元大佐の仰る通りです。目の前で見せられたら驚くなんてものではありませんでしたよ」

 

 くそっ! だめだ大淀の援護射撃まで!

 こうなると俺の敗北は確定したも同然。

 

 両腕を組んで仁王立ちしていた最上は俺の腕を見て目を潤ませながら怒鳴る。

 

「もお! 馬鹿! 馬鹿馬鹿! 提督の馬鹿!」

 

 俺の心、轟沈。

 

「……すまん」

 

 今にも膝をついてしまいそうなくらい項垂れる俺。

 

「海原閣下、それはそれとして一つ気になる話を聞きましてな。お疲れのところ申し訳ありませんが、ここで話す事ではありませんから執務室にでも」

 

 切り替え下手くそか! でもありがとう山元。

 ぷりぷり怒っていたかと思えばまるゆを見て「新しい仲間だね、よろしく!」と笑うモガミンを連れ、正門から執務室へ。

 通りすがりに敬礼したり手を振ってくれたりする呉鎮守府の艦娘達に癒されつつ歩くと、ああ帰って来たなあ、と実感する。

 

 ほどなくして到着した執務室に入ると駆逐艦曙が出迎えてくれた。しかし――

 

「ああ、おかえりクソ提督――って、う、海原さん! 大丈夫ですか!?」

 

 俺にはクソ提督って言ってくれないんだ曙……。

 

「うむ。問題無いぞ。山元から何も聞いておらんのか?」

 

「聞いてました、けど……クソ提督は、海原さんなら大丈夫だって……ちょっとあんた! 話と違うじゃないの!」

 

「や、やめんか曙、みなの前で……! 私は、海原閣下ならば問題無く軍務に復帰するから心配はいらんと、そういう意味で――!」

 

「誰がそんな心配すんのよ! 普通は怪我の方を心配するでしょ! ほんっとうにどうしようもないわね、シャキッとしなさいよ!」

 

「……うむぅ」

 

「はぁ、ほんっと……お茶でいいの?」

 

「頼む……」

 

 縮こまる山元。ダメだ使えねえ。俺と同じ部類の人間じゃねえかよ。

 気まずそうな顔をしているのは俺と山元だけである。

 どうぞ、という山元の声に俺が応接用ソファに座ると、大淀達は俺の後ろに立つ。

 

「大淀殿はどうか海原閣下の横に。まるゆ殿と最上殿は、そうですな……おい、曙!」

 

「少しくらい待ちなさいよ! すぐにお茶持っていくから!」

 

 ほどなくしてお盆に人数分の湯呑を載せてやってきた曙は、山元の表情を一目見て、俺と山元の前に湯呑を置き、もう一つ余分に湯呑を置いたかと思えば、で? と言う。

 

「二人を案内してくれるか? 最上殿はともかく、まるゆ殿は呉鎮守府を知らんだろうから」

 

「……あ、っそ。分かったわ。じゃあ、二人とも行きましょう?」

 

「えっ、ま、まるゆは隊長と――」

「僕も提督と――」

 

 山元が内密に話をしたいのは俺でも分かったので、二人を安心させるように「すまんが仕事の話だ。帰ったら大淀から話をしてもらうから」と言った。

 すると二人はしぶしぶながら曙とともに執務室を出て行き、ぱたり、と扉が閉まる。

 

 扉が閉まってから暫く湯呑の茶を啜るだけの時間が過ぎたが、ようやく山元が口を開いた時、あるワードに俺の表情が引き締まった。

 

「海原閣下に聞きたい話がありまして……というより、確認ですな。閣下が舞鶴へ行っている間、清水から事故に遭ったと連絡を受けまして」

 

「事故だと? それで、大丈夫だったのか清水は」

 

「ええ、清水は無事です。岩川基地と鹿屋基地で合同演習を行うとのことで、演習海域の巡回をしようと龍鳳を随伴に小型船で鹿児島湾に出た時に、船から落ちたと」

 

「何をやってるんだ清水は……」

 

 船から落ちるって、水面でも覗き込んだのかよ……馬鹿じゃん……。

 

「艦隊これくしょんでは、深海棲艦は喋るのでしたね?」

 

「……山元、何が言いたい」

 

 ぐっと硬くなる俺の表情に、大淀がお茶を飲む手を止めた。

 

「大淀殿も海原閣下の出自をご存じであるが故に同席を願いましたが、広めるべきか否か迷いましてな」

 

 山元の言う通り、俺の出自を知る者は限られる。

 柱島泊地の全艦娘が知っているからと言っても、みだりにゲームの話を現実と照らし合わせるべきではないとして、大淀と世間話でふと触れる以外は話すことなんて殆ど無かった。

 それこそ、大淀と俺が互いを知るとき以来していない。

 

「海原閣下は、深海棲艦の声を聞いたことはありますか?」

 

「……どっちの意味だ」

 

「どちらでも」

 

 俺は湯呑を持ち上げて、ふう、と湯気を吹き飛ばしながら答えた。

 

「――あると言えば、ある。ゲームでも、ここでも。ここで聞いたのは第二次大侵攻の時、大淀達が深海海月姫と戦闘をしていた時だ。通信に入り込んだ声を聞いた」

 

「で、ありますか。ゲームではどのような声を?」

 

「似たようなものだった。シズメだの、カエレだの、おおよそ怨念めいたものばかりだぞ。ボスマスと呼ばれる海域で接敵した時の出現ボイスがそれにあたる」

 

「うぅむ……」

 

 山元は顔をしかめてぱつぱつの腕を組み、唸る。

 

「それで、清水とそれに何の関係があるんだ。あいつも声が聞こえたのか」

 

「端的に言えば、そうであります。しかし深海棲艦はその場におらず、龍鳳の索敵範囲内にはいなかったというのです。清水の聞いた声というのも妙なものでしてな……」

 

「妙、というと?」

 

「助けを求めていたと言うのです。それから、船から落ちて慌てて海からあがろうとした清水が、足を掴まれて引っ張られた、と」

 

「……」

 

 怪談じゃあるまいし、と思う反面、助けを求めていたという声に思い当たる節がないわけじゃない俺も山元のように唸ってしまう。

 大淀の顔は先程から緊張しており、真っ白だった。

 

「大淀殿、申し訳ない。大変だったでしょうに突然このような話を」

 

「い、いえ、私は、その……」

 

 俺は大淀の太ももをぱしんと軽く叩きながら、山元へ言う。

 セクハラじゃないです。まもるは大丈夫です。でへへ。

 

「思い当たる節がある。特に人型であれば、あり得ない話ではないだろう。艦隊これくしょんに出てくる深海棲艦は正体不明の敵として描かれていたが、様々な説があった。その中でも私は艦娘と深海棲艦が対の存在であり、一種の姿であると考えている。映像作品でもそのような描写があった」

 

 俺がこれを初めて伝えたのは柱島泊地の戦艦長門だったか。

 のちに大淀を含む柱島泊地の艦娘達は驚愕に目を剥いていたが、目の前で険しい顔をしたまま腕組みして指をとんとんと動かす山元は――ふむ、と言うだけだった。

 

「そうすると、助けを求めている理由は……沈んでしまった艦娘であるから、という?」

 

「うむ。私はそう考えている。沈んだ艦娘が深海棲艦であり、人型に近づけば近づくほど、それは艦娘と変わらぬ存在であるとな。そうして大淀達は正規空母サラトガを救い出した」

 

「シズメ、と言って攻撃してくるのに、助けを求めているなど……」

 

「難しく考えることはないだろう」

 

 俺は応接テーブルに置かれた新聞紙を指差し、これは何だと問う。

 

「本日の新聞ですが――」

 

「そう、新聞だな。ではこうしよう」

 

 広げ、折り曲げ、裏返して再び問う。

 

「これは何だ?」

 

「ですから、本日の――あ、あぁ……」

 

「そういう事だ。様々な記事の載るもので日付が変われば内容も変わるが、これは間違いなく新聞紙だろう。我々人間も艦娘も同じで、姿形がどうあれ存在の本質は決して変わらん。気にすべきことはもっと別のことではないか?」

 

「ま、待っていただきたい……なら、この戦争は一体なんの意味が――」

 

 山元が言わんとしている事を、俺は痛む喉から声を押し出して止めた。

 

「――言葉を慎め山元、我々が提督であることを失念するな」

 

「っ……し、失礼、しました……閣下」

 

 この戦争の意味も意義も知らないし分からない。

 俺はただ艦娘が好きだから笑っていて欲しいだけで、幸せに生きて欲しいだけである。

 

「大義名分も正義も必要ない。そもそも私はこの戦いに意味など求めていない」

 

「……」

 

「救いを求めているならば救う。それが、私の仕事だ」

 

 まもるとして言えば艦娘が幸せならオッケーです! である。

 鎮として言うならば、それこそが提督としての俺の仕事で、使命である。

 

 しかしこんな空気でどのような言葉を紡ぐべきか分からない俺は、その場から逃げ出すことしか出来なかった。

 情けない限りだが、頭を冷やさねば、それ以上に何も言えなかった。

 

「お手洗いを借りる」

 

「……っは」

 

 立ち上がってその場から逃げ出した俺はやっぱり、最低なのだろう。

 

 

 

***

 

 

 

「はぁ。大淀殿、失礼しました」

 

「いえ……あはは、あれ、おかしいですね、すみません、私」

 

「……どうぞ、こちらを。恰好良くハンカチの一つでも渡せたら良かったのですが」

 

「ふふ、それは海原提督にお願いします。ティッシュ、もらいますね」

 

「ええ」

 

「ぐすっ……私達は、艦娘で、人じゃないのに、ふふ。何を考えているんでしょう、私は」

 

「大淀殿、先ほどの言葉は取り消します。本当に不躾でありました。申し訳ない。海原閣下の仰っていた通り、私が気にすべきは些末なことではありませんでした」

 

「頭を上げてください、大佐」

 

「……しかし、やはり閣下は変わりませんな。お言葉一つで戦争の意味すらひっくり返してしまうとは。忠野中将閣下にも橘中将閣下にも繋がねばならぬ身としては、頭が痛い限りですなあ。海原閣下のように言えば、中間管理職、というやつですかな。どうやって話すべきか……はぁ」

 

「ふふっ、山元大佐も、変わりましたね」

 

「いやなに、反省しっぱなしでありますとも。こうして自分が生きているのも、呉鎮守府の椅子に座って艦娘にせっつかれているのも、全て閣下のお心遣いのお陰です。清水も同じように粉骨砕身しておりますから、私に連絡をくれたのです。郷田先輩も――ああ、いや、岩川基地の」

 

「お話しやすい方で、大丈夫です」

 

「これはこれは、大淀殿にも今後は頭をあげられませんな……郷田先輩にも伝えたそうなのですが、どうやら同じ声を聞いたことがある、と言うのです。それに最近、自分の身体が妙でして」

 

「妙?」

 

「ええ、ずっと調子が良いと言いますか、まるで若返ったかのような……」

 

「それは軍務に励む理由の一つですか?」

 

「ははは、そうとも言えますな。しかし、こう、力が湧き上がる感じがするのです。以前ならばすぐにバテてしまいそうな訓練でさえ、全く疲労せず、今じゃ三倍の訓練でようやく疲れるくらいで」

 

「それは……」

 

「ふと考えれば、妖精が見えるようになってから調子が良いな、と。もしかすると艦娘のように妖精に力を分けてもらっているのかもしれんと考えていますが、海原閣下も同じようなものでしょうか」

 

「提督はいつも倒れるまで仕事していますから、力が湧き上がっているのかどうかなんてわかりません。いくら止めても気づけば仕事仕事と……はぁ」

 

「がはは! 頼もしい限りですなあ! しかし、無茶ばかりされるのも頭痛の種になる、と」

 

「山元大佐からも一言お願いしますよ、もう」

 

「自分は部下でありますから、腑抜けたことを抜かすな! と叱られてしまいます。曙や那珂にも、せっつかれておるのですから!」

 

「困りものですねえ」

 

「……はは」

 

「大佐?」

 

「いえ、こうして大淀殿と話せるくらいには、認めていただけたのかと」

 

「……提督のために動いてくれるのなら、それに越したことはありません」

 

「当然ですとも。この命は、私をお救いくださった閣下と、この国のためにありますから。もちろん、艦娘の皆に報いるためにも」

 

「こちらからもよろしくお願いします、山元大佐」

 

 

 

* * *

 

 

 

 お手洗いどこだっけ、と迷子になりかけた俺は呆れ返ったむつまるの案内によって無事に用を足して執務室に戻って来た。いつもすみませんねほんと。

 ティッシュを丸めてゴミ箱に捨てている山元と、あ、と声を上げて顔をそむけた大淀に訝し気な表情をしてしまう俺。

 

「おお、閣下、どうぞ」

 

「う、うむ……」

 

 え? な、なん、これなんの空気? 大丈夫?

 十八禁みたいな展開ない? 大淀に変な事してない? 平気?

 

「大淀、どうした。大丈夫か?」

 

 俺が顔を向けて問えば、彼女は目を伏せたまま「はい」と短く返事する。

 山元を見れば気まずそうでいる癖に口角の上がった変な表情をしていて、嫌な想像がフルスロットル。

 

「山元、お前大淀に何を――」

 

 立ち上がる俺、驚いて両手も首もぶんぶん振り出す山元。

 俺の足に縋りついて「わ、わあぁあっ! 違うんです提督!」と声を上げる大淀。

 混沌と化す執務室。

 

「構わん大淀、言え! 何があった!」

 

「で、ですから何でもないんですって提督!」

 

「落ち着いてください閣下! 大淀殿のためにも!」

 

「山元お前、大淀のために落ち着けとは何事だァッ!?」

 

 艦娘パワーに勝てるはずもなく座らされてしまい、事情を聞いて静かになるまでに、たった一分の出来事だった。

 

「……と、取り乱してすまん」

 

「なぁに、閣下に心配されて気に入らん者などおりません! 自分の浅慮のせいでありますから! ははは!」

 

 なに笑ってんだ、原因はお前じゃねえか筋肉テメェッ!

 

「落ち着いてください、もうっ」

 

 すみません大淀様。まもるが全部悪かったです。

 と、そんなやり取りもそこそこに、清水の話はどうなったのだと聞けば、かいつまんで説明しなおしてくれる山元。物覚え悪くてごめんね。

 艦娘以外のことはあんま考えてないからね。

 

「――では清水は海に入ると途端に足が動かなくなると?」

 

 俺の言葉に付け足すように言葉を紡ぎ、頷く山元。

 

「ええ、不可視の手に掴まれるようだ、というのです。眉唾とも言い切れません。なにせ我々海軍は艦娘を擁する組織、未知の力を運用しておりますからな」

 

「ふぅむ……お前は試したか?」

 

 単純な問いに山元は首を傾げた。

 

「試したとは」

 

「海に入ってみたか?」

 

「い、いえいえ! いくら自分とて、危険な可能性をおいそれと試すなど!」

 

 そりゃ溺れちゃうような深さでやったら危ないけどよ。

 

「浅瀬で試せばよかろう。艦娘を連れて実験してみればいい。なんなら私が――」

 

「何を仰るんですか提督! ダメに決まってるでしょう!?」

 

「え、えぇっ!?」

 

 大淀に止められて逆に驚く俺。

 いや試さなきゃだめじゃないのそれ!? 仕事でしょこれも!?

 

 確かに話を聞けば恐ろしいが、艦娘がいて浅瀬で試せば溺れたりしないだろうし、何より足を掴まれて動けなくなるというのが想像しづらい。

 海に足をつけるだけの仕事なら任せてください! 重要ですもんねそれ!

 

 すっげえ楽そうじゃん!(本音)

 

「し、しかし仕事で――」

 

「自分の状態を分かって言ってるなら怒りますよ!」

 

「う、腕を海につけなければ足くらい……」

 

「足くらいとは何ですか! 足くらいとは!」

 

 怒ってる大淀怖いって……怒鳴らないでほしいでち……。

 

「ん、んんっ、大淀殿の仰ることはもっともかと。しかし検証せねば分からないのも確かです。それについては自分が安全を考慮して検証し、結果を忠野中将へお伝えします。妖精が見えるようになったという大きな変化に伴ったものであるなら、さらなる調査が必要ですからな。そちらへは、そうですな……あきつ丸殿に持たせればよろしいでしょうか」

 

「はい、山元大佐。危険な検証になるかもしれませんので、どうかご無理なさらず」

 

 待って大淀、それ俺の仕事だよ、大淀ちょっと。

 しかも艦娘と妖精に関する仕事なら一番最初に俺が動かなきゃだめなやつだよ。

 

「では、後日改めてそのように。さ、帰り際に立ち寄っていただいて時間を取らせてしまいましたな! 柱島泊地までお送りしましょう」

 

「お茶、ごちそうさまです」

 

「いえいえ、茶菓子も出さず申し訳ない。おっと、そうだ、土産の一つでもお持ちください。最近ようやく近所の方々と挨拶できるようになりましてな、その時におすそ分けいただいたものでありますが」

 

「あら、すみません、そんな」

 

「なぁに、全員に配布したって余るくらいいただきましたからな。叱咤激励のお言葉はその倍ほど」

 

「ふふふ、良い兆候ではないですか」

 

「住民のご寛大なお心と優しさに触れるたび、自分の情けなさに悔恨の情がわくばかりですよ」

 

 ちょっと、あの。

 

「しばしお待ちを……おお、曙、長々と話し込んですまんかったな。閣下がお帰りになるから護衛部隊を、ああ、そうだ、頼む。それと土産の方を――そうだそうだ、それだ。手間をかける」

 

 スマホを取り出し、ささっと連絡した山元は、さあ帰れと言わんばかりに立ち上がって「どうぞ」などと言いやがる。

 俺? 大淀に連れられて出たよ。必死に「うむ」とか言ってな。クソォッ!

 

 

 こうして、長い長い舞鶴鎮守府の視察は終わりを告げた。ついでに仕事も増えた。

 

 

 柱島泊地に到着してからの話は、語るまでもないだろう。

 泊地近海の哨戒に艦載機を飛ばしていた鳳翔と鉢合わせてしまい、通信を受けたであろう龍驤が全力疾走してきて、どこからともなく現れたあきつ丸と川内に怒鳴られ、その声を聞きつけた艦娘が集まって四方八方から怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、それだけである。

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