「――ええ、はい。それで大本営にそういった類の資料があれば」
『確かに、大本営ならば全拠点の報告書が集積されておる。ワシから許可を得ずともお前なら自由に使えるじゃろうに』
「いやあ、元帥と言っても自分はただの一般人でして……海軍の機密情報でもありますから、井之上さんの許可を得たうえでちょっと見せてもらえればと思ってたんですが……」
『お前は……いつまで一般人面をするつもりなんじゃ。ワシらからすればそうと言えようが、そりゃあワシらの視点での話じゃろう。艦娘の運用も一年近く続けてきたんじゃ、しっかりせんか。それでどうやって艦娘に顔向けするつもりだ』
「お、親父に怒られてるみたいなんでやめてください……」
『はっはっは、珍しく話せたと思ったらこれだ。小言の一つくらい言わせんか。それで海原、出来そうか?』
「命令でもありますし、最善を尽くします。それにもう龍驤を連れて広島を出ましたから、大本営に着くのも遠くないかと」
『っくく、お前の性格ならば大本営に寄るじゃろうと思っておったわ。で、どれくらいで到着する予定だ?』
「俺……んんっ、私の事ならっていうのは――?」
『まーだその話し方も慣れんのか』
「井之上さぁん、勘弁してくださいって……」
『なっさけない……しゃんとせんか! しゃんと! まぁ、大本営ならば嫌でもそうするしかあるまいからな、楽しみに待っていてやる』
「……」
『ワシとお前が個人で話す分には一人称など問わんし肩の力を抜けば良いがな、対外的には記者会見での自分を思い出して話すよう心掛けろ。いいな』
「はいぃ……」
『情けない声を出すな!』
「ひぇっ……すみません……。そ、それで井之上さん、大淀はまだそちらに?」
『うむ。何か言伝か?』
「でしたら、大淀に大湊警備府からの出撃報告書をまとめておいてくれとお伝えいただければ助かります」
『わかった、伝えておこう。お前も大本営に到着次第、顔を見せに来い。もう一仕事頼みたい』
「もちろんです。あっ……井之上さん、一つ変な質問を……」
『なんだ?』
「衣替えの時期っていつからですか……?」
『はぁ? 衣替え? そ、そうじゃなあ……来月には一斉に冬服になろうな』
「すみません、大湊警備府に行くのに、寒いかなって既に冬服を……」
『もう第一種に戻したのか。暑かろうに』
「や、やっぱりまだ東京は暑いですか」
『暑いぞ』
「失敗したなぁぁ……!」
『はは、まあ冷たい飲み物の一つくらい用意しておいてやる。おお、そうだ海原』
「なんでしょう?」
『東京駅には何時に到着予定だ?』
「ヒトヨンヨンマルまでには到着します」
『……うむ、承知した』
「はい。ではまた後ほど」
* * *
新幹線の喫煙ルームを出ると、一服するために待っていたのであろうスーツ姿のサラリーマンらしき男が表情を強張らせて頭を下げて来た。
井之上さんと電話をするのに車両間のスペースで話していて、通りすがる人が軍服に怖がるものだから申し訳なくて喫煙ルームに逃げ込んだのだが、ここもかえって喫煙者に迷惑になっていたようだ。俺も仕事だったのだ、憩いの場を使わせてもらってすまない、同志よ……!
「入れば良かっただろう。すまないな、待たせてしまって」
うーん、他人相手なら口調変えてもなんともないのになあ。
「あっ、い、いえ……! す、すみません!」
「どこに謝る必要がある。ゆっくり吸ってくれ」
失礼、と恰好つけて軍帽のつばに指をかけて挨拶をすると、俺はさっさと座席で待っている龍驤のもとへ戻った。
龍驤は窓の外に流れる景色を眺めつつ弁当をちょびちょびとつついており、俺が「すまんすまん」と言いながら席へ座ると、おー、と肩の力が抜けたような返事をする。
「誰と電話しとったん?」
ちょっと電話をしてくる、とだけ言って出て行って暫く待たせてしまったからか、手持無沙汰にさせてしまったのだろう。
四時間前後の移動となるのに一人にさせたのは申し訳なかったか、と話題がてらに言葉を紡ぐ。それが気の利いたものであればよかったのだが、俺は軍服を纏って進化しているように見えて、実際は退化した国畜である。話題なんて仕事以外ないんだなあ、これが。
「調べものをするために、大本営に連絡をしていたんだ。大湊警備府へは明日中に到着すれば問題無いから、今日は東京で一泊して行くぞ」
「泊りなんや。ほんなら大本営の――」
職場で泊まる!? やめてくださぁいぃ!
前職でのトラウマが蘇り、俺の心の阿武隈、必死の抵抗である。
「大本営には泊まらん。適当にホテルをとればいい」
「お、おぅ……そか」
即答した俺に気圧された龍驤は気まずそうな顔をしてお好み焼きを箸で切り分け、ふーん、と言って欠片を口に放り込む。
「柱島泊地にいても調べられん事はないが、どうしたって時間が掛かってしまう。ならば自分から行けばいいだろうという話なだけだ。大本営には大淀がまだいるそうだから、大湊警備府の報告書をまとめておいてくれとも頼んだ」
「おお、大淀と話したんや」
「いや?」
「あん? 今、大淀に頼んだって言うたやん」
まもるは賢いので、こういった勘違い、ちゃんと学びました。
俺は龍驤と同じお好み焼き弁当を袋から取り出して、割りばしを探しつつ笑ってきちんと伝えた。
「大本営に大淀がまだいるか聞いて、いると言ってたから言伝を頼んだだけだ。話したのは井之上さんだぞ」
「あぁ、井之上さんなぁ! なーんや、ウチはてっきり大淀と話したもんやと勘違いしてたわ!」
「はは、すまない。言葉足らずだったな。さて、いただきま――」
「――待てやオイッ! 元帥やんけ!? 何を普通に仕事させとんねん!」
「おわぁ!? きゅ、急に大声を出すな龍驤、周りのお客さんに迷惑だろう……!」
龍驤の可愛らしくも海の向こうまで届きそうな声が車内に響き、周りの乗客も何事だと顔を向けている。
俺はすみませんと頭を下げて龍驤を宥めるように「静かにせんか」と言ったのだが、一瞬だけはっとした龍驤はそれでも納得できないという風にひそひそと抗議してくる。
「仕事させてるとは人聞きの悪い。少し頼み事をしただけだ」
「それがおかしいねや! 司令官と同じ立場や言うても君と井之上元帥は事情がちゃうんやから……!」
いや、でも俺が言ったんじゃないし……。
これから一日東京で調べものをした後、翌日には大湊警備府に向かって調査任務だぞ? 会社で言わば監査のようなものだ。それも俺の大好きな艦娘が横暴を働いているかもしれないという見たくもない場面を見せられるかもしれないと考えたら、仕事の一つや二つ、井之上さんに押し付け――んんっ。井之上さんにお願いしたっていいじゃないか!
それもただ大淀に「調べものしたいから資料まとめといてって言ってたよ」くらいの言伝だ。上司であろうがそれくらいはどこの会社もやってるぞ!
ブラックな会社であれば上下関係がはっきりしているため、そういった伝言すらも受け付けないという事もままあるかもしれない。
しかしながら、いくら海軍がブラックだからといって上司に言伝のひとつも頼めないわけがないじゃないか。
龍驤、ブラックに染まるな……いいや俺が染まらせたりしない!
関西生まれじゃないのに関西弁が妙に流暢な龍驤は、まもるが守る!
……っへへ、艦娘のためとあればダジャレも高度でキレッキレになるってもんよ。
「龍驤、落ち着かんか。どのような仕事であれ私や井之上さんの行動は必ずやお前達に繋がる。これも一つの連携だ。決して言伝を頼むためだけに連絡したわけではないんだ」
報告、連絡、相談なのだ!
「そんなん言うてもやなぁ……!」
主に小言でつつきまわされてしゃんとしろと怒られただけなのだが、オブラートに包んで伝える。怒られるために電話したわけじゃないからね。そこはね。
「大本営に向かうのに一言断る理由も分かるだろう。これでも立場は弁えているつもりなのだ。井之上さんも私の行動が分かっているからこそ、大本営に寄るであろうと思っていたと言っていた」
「お、おぉ? そうなんか……?」
「うむ。私も仕事を頼まれた身だ。まあ、しゃんとしろとは言われたがな。東京に到着する時刻も伝えておいた」
「……まあ、司令官にも考えがあるやろから、ウチはついていくけどやぁ」
よっしゃ話逸らせたわ。いやいやいや、逸らしてない逸らしてない。
これ以上龍驤に突っ込みをくらってはボロが出てしまうので、その前に俺は弁当を食べて誤魔化し――美味しい弁当をいただくことに専念した。そう、決して、誤魔化したりはしていない。
「美味いな?」
「せやな」
適当に流された気がしないでもないが、弁当を食い終わる頃には機嫌もなおってるだろ! と俺は龍驤とともに流れる景色を眺めつつ、食事をしたのだった。
そうして、弁当を食べ終わってからのこと。
何か話題は無いものかと考え込んでいた俺を見かねてか、どうせ君仕事の話くらいしかないやろ、と察してくれたように話しかけてくれた。
「大湊警備府のことなんやけどさ」
「ああ」
「司令官はどう見とるん?」
「どう見ている、とは」
「あー……横暴しとるっちゅう話、どう考えとるんかなって」
龍驤の言葉に即応できる考えは、持っていなかった。
どれだけ劣悪な環境にあっても、沈んで来いなどというあり得ない命令ですら受け入れて海に出る艦娘達が横暴を働く理由はいくらでもある。それこそ、一部とは言えど海軍そのものが理由になるだろう。
しかし彼女らは命令を遂行し続けた。その証拠は柱島泊地で今を生きる艦娘達であり、俺が見て来た現場の数々でもある。
仕事の話題が重すぎるよ……とへこたれてしまいそうになるが、恰好をつけたい相手であっても柱島泊地の艦娘である。
俺の全てを知っているのだから、隠す必要性もないか、と正直に答えた。
「本当に想像すらつかん。龍驤は私に艦娘が無条件に優しいと思うのが不思議、と言っただろう?」
「言うたね」
「人の汚いところは多く見て来たし、十人十色なのも理解している。しかし私が見て来た艦娘は全員が健気で、一生懸命で、優しい娘ばかりだった。お前達を知っているようでいて、私が知っていると思い込んでいるだけ、分かっているのは先程言ったような一面だけなのだろう、と考えている」
「んー……司令官も中々にけったいな性格やな」
「ま、まぁ、その、気弱な面があるとは思っているけども……」
「気弱ぁ!? それこそ嘘やろ。ウチが言いたいんは、艦娘のそういうん見たら嫌いになりそやなって話や」
「それはないな」
「即答やん……なんでや? 呉鎮守府でも舞鶴鎮守府でも酷い現場見たやろ。佐世保鎮守府の提督が来たときやって酷い目に
「……うぅむ」
「それともなんや、司令官は艦娘がそういう風に出来とるって考えてるん?」
龍驤の言葉に棘があるような気がして、ふとそちらに顔を向けた。
怒っているのか、はたまた悲しんでいるのか分からない表情だった。
出来てると考えているのか、という言葉の真意を一瞬で掴み、俺は語気を強めて言葉を返した。
「無機質なものであると捉えているつもりは一切ない。そこは決して勘違いするな」
「っ……ご、ごめん、別に変な意味やなかったんやけど、ウチ、その」
驚いて目を見開いたあと、すっと顔を背けて髪を耳にかけながらお好み焼きを食べ進める龍驤。
ちょ、っと……すみません。はい、言い過ぎたかもしれません……。(気弱)
「ああ、いや、すまん龍驤。私が言いたいのは女性の気持ちはそうそう分からんと、そういう事だ。艦娘というくらいだ、女性しかおらんだろう? もしかすると大湊警備府の男が全員鈍感で気の利かない奴らばかりかもしれん。そうすれば気分を害された艦娘が横柄になるのも納得できるというものだ」
セクハラとか働いてるかもしれんしなァッ!
直近で出向いた舞鶴鎮守府の惨状を思い返せば、ありえない話とも思えない。
そういう拠点ばかりだと、艦娘を虐げて君達良く滅亡しなかったねと言いたくなるが、海軍のトップたる井之上さんの胃腸が心配になるばかり。
「なんでそういう風に考えられるんや君」
え? そういう話じゃないんですか……?
俺はかなり間抜け面をしていたに違いない。龍驤は俺を見て、はんっ、と鼻で笑った後にお好み焼きの最後の一欠片を食べてさっさとゴミを片付け、窓の外に顔を背けてしまった。
怒らせてしまった、と思い窓越しに龍驤の顔を見れば――違うあれは怒っているんじゃない、呆れていらっしゃる顔だぁ……!
ニコニコとした表情の龍驤と窓の反射越しに目が合い、龍驤の口が動くのが見えた。
大きく口を開け、それからしぼむ。
明らかにアホって言われています。本当にありがとうございました。
東京に着くまで無言地獄が決定です。
* * *
「っかぁー、腰いたぁー! やぁっと着いたなぁ」
都合数時間の移動。昼も過ぎて東京の雲一つない空から降り注ぐ陽射しは、濃紺の軍服をあぶるようだった。
新幹線を降りた俺は龍驤様の機嫌をなおすべく、柱島泊地に籠もってばかりでどうせ使い道のないもんだと財布に詰まったお札を確認したあと、こっちだ、と龍驤を誘導する。
「龍驤、こっちだ」
「うん? バスで移動するんか?」
ばっかやろう龍驤様にまた硬い座席に座らせるなんて出来るわけないじゃないですか!
国畜まもる、ちゃんと考えておりますとも!
意気揚々とタクシー乗り場を探しに改札を出たあたりで――
「海原元帥閣下、お待ちしておりました」
――大勢の軍人に囲まれる俺と龍驤。
龍驤は「ぉあっ……!?」と硬直してしまっているが、俺に至っては声も出ず。
「……」
無言のままギクシャクとした動きで周囲を見れば、一般人はただならぬ空気を感じて小走りで離れていく者や、スマホのカメラを向けてくる者まで。
普通の会社員だった俺がこのような状況に対応出来るわけがなく、悲しいかな、やはり出来る事はひとつに限られている。
がつっがつっ、と乱暴な足音を立てて俺に声をかけて来た軍人に詰め寄ってから、周囲を取り囲む軍人に指を差しながら、こう言った。
「なんだこれは」
本当に何なんですかァッ!? まだ何もしてないんですけどォッ!
いや待てまもる。井之上さんと連絡をして東京駅に到着する時間を聞かれたじゃないか。もしかすると迎えに寄越してくれたのかもしれない。
だとしても多過ぎるし怖いよぉ! 小心者の社畜のことを考えろ!
俺に声をかけられた軍人の男は額を汗びっしょりにして最敬礼し、何度も噛みながら言う。
「し、しつ、しし、失礼しました! い、いいい井之上元帥閣下のご命令により、お迎えにあがった次第でありますッ!!」
やはり井之上さんの差し金か。いや、迎えか。
ちきしょう、俺が何したってんだ……だめだ思い当たる節しかねえ。
「井之上元帥は何と」
「準備が出来ているから、このまま大本営へ向かうようにと……!」
「……承知した。だがお前、これを見て何も思わんのか」
これからまたお小言を言われるかもしれないと考えた俺、その前に小言を言ってやると最低な選択。さっきまで龍驤と和やかに飯食ってたってのにお前らは!
和やか……? まあ、和やかだったということにしよう。
「ぇ、え……っと……?」
「こんな大人数を伴って交通機関を麻痺させるつもりか? 私以外の者も多くが利用しているのだぞ。迎えというならばお前一人でも十分だったはずだ」
「し、しかし――」
しかしもカモシカもあるかッ! お前らのせいで注目の的じゃねえか!
「我々が任務を優先するように、彼らも生活や仕事を優先せねばならんのだ。良く考えろ」
「っは、りょ、了解しました! では、その、小官が迎えの車までご案内を……」
「うむ」
そうだね。ただの八つ当たりだね。俺もビックリしたからね、仕方がない。
許せよ名も無き軍人よ。驚き過ぎてさっき食ったお好み焼きが全部出そうになったんだからさ。
「総員駆けあぁしッ!」
「ひぇ」
目の前で突然大声を上げられて驚く俺。もちろん俺の悲鳴はかき消された。
俺と龍驤を取り囲んでいた大勢の軍人は嘘のように消えていき、最後には俺と龍驤、出迎え軍人の三人となる。ものの十数秒の出来事であった。
「こちらです、元帥閣下」
「……うむ。行くぞ龍驤」
「お、おぉん」
大本営に到着する前にお手洗いに行った方が良かったかもしれない。
胃が丸ごと出そう。
* * *
そうして黒塗りの高級車に乗せられ、あっという間に大本営に到着した俺と龍驤。
車中で龍驤は「大本営も久しぶりやなあ」と呟いていたので来たことがあるようだったが、柱島泊地の中枢施設以外の大きな建物というのには慣れていないのか、緊張の面持ちだった。
俺は古めかしく大きく立派な建物であろうが「テレビで見る国会議事堂みたいだあ」くらいの印象で、それ以外の感嘆など一切無かった。
仕事で如何に綺麗なビルを見上げても感動しないのと一緒である。仕事だもん、しかもここ大本営でお偉いさんが集まってるだけでしょ? 艦娘がいないなら興味も湧かないよそりゃ。
さらには一部とはいえお偉いさんなんて映像越しに会議で何度も顔を合わせた者ばかり。とすれば、俺をただの社畜と知っている奴がいるのだから緊張もへったくれもないのである。感動が無いのも物悲しいが、艦娘に会えない仕事というだけでやる気スイッチがオンになってくれないのだ。
まあ、井之上さんに会って挨拶出来るし、大淀もいるだろうから……と無理矢理に元気を出して高級車を降りる。
「あ、あぁっ、自分が開けましたのに……!」
運転手の男が困ったように言う。ごめん普通に着いたから出ちゃったよ。
「いらん。ほら、龍驤」
俺が龍驤さんを降ろしてさしあげるんだよ! 邪魔してんじゃねえッ!
「あ、アカンて司令官……ウチは艦娘なんやから……!」
小声で言う龍驤だったが、どうして艦娘にドアを開けてはいけないのか分からず、俺は眉をひそめる。
「変なことか?」
「変やて! 元帥自ら艦娘が降り易いようにって運転手みたいに、それ、そのタクシーの運ちゃんみたいに手ぇ添えてたらおかしいやろ!」
龍驤が指さす先には、リアドアを開けた上部へ添えた俺の腕が。
頭を打ったりしたらどうする、と真顔で言えば、龍驤は自分の額をぺしんと叩いて溜息を吐いた。
な、なんだよ、似合わないって言いたいのかよ! 新喜劇みたいな反応すんなよ!
「お前が怪我をするよりよっぽどいい」
「艦娘がぶつけて怪我ぁするわけないやろ……って、言うても無駄なんやろけど……よっと!」
ぴょん、と可愛らしく降車した龍驤。百点です。
運転手に向かって、
「ご苦労だった」
とだけ言った俺は、軍帽の位置を直して大本営へ足を踏み入れる。
手近にいた女性士官に声をかけ、井之上元帥の居場所を問えば、俺の顔を見てはっとした後に案内してくれた。
そうして、建物内を右へ左へ。複雑な廊下の先に両開きの扉が現れる。
先導してくれた女性士官はどうしてか俺に一礼したあと、龍驤にも一礼し、扉に手をかけた。
開けてくれるのかと思いきや、別の女性士官がやってきて龍驤へ「こちらです」と声をかける。
どういう事だと気にかかるも、もしや井之上さんが個人で話でもしたがっていたのだろうかと考えた矢先、龍驤の背中が見えなくなる前に扉が開かれた。
そこには――
「来たか、海原」
井之上さんと見知った外国人女性が一人。知らない老齢の外国人の男一人と、その横にスーツ姿の若い外国人の男が一人。英会話教室かな?
四名の視線が俺に向けられ、自然と表情がぐっと引き締まるも、ビビッて目も合わせられずに軍帽を目深に被ってしまった。
軍帽のつばで視界が遮られる前に見えた女性は――ソフィア・クルーズという女性だった。彼女と会うのも久しぶりになるが、どうしてここに? など考える余裕もなく。
「海原鎮、ただいま到着しました」
大淀がよく言ってるからこれなら間違いないだろ! と瞬時に判断する俺。
敬礼のしかた間違えてないっけ、これでいいっけ、と脳内大混乱である。
井之上さぁん! 客人がいるなら先に言えってマジでもおおおおおお!
「お話し中に申し訳ない。また時間を改めます」
「いや、海原、いいのだ。こちらへ来てもらえるか」
「……っは」
たっぷり五秒くらい黙ってしまった。行きたくなさ過ぎて。
井之上さんの傍に来た俺は、ちらりとソフィアさんを見て「お元気そうで安心しました」と言う。おもっくそ日本語で。
ソフィアさんは首を傾げていた。そら(日本語知らないんだろうから)そう(いう反応になる)よ。
失礼、と言って井之上さんの横に腰をおろせば、中断していたであろう話が再開された。内容? 分かるわけがない。社畜には難易度高いです。
さらに驚くことに井之上さん、英語がぺらっぺらである。
『間に合って良かった。こちら、前線で指揮を執っていた海原という者です。知らんことはないでしょうが』
井之上さんが何やら俺を指して言っている。紹介してくれたのだろうと老齢の男に向かって軍帽を脱いで頭を浅くさげる。
くそ、妖精出てこい頼む! お前達の出番だ! 自動翻訳金平糖をくれ!
まあ、こういう時に限って出て来ないのだが。
俺の祈りもむなしく、自然にポケットの外側を撫でつけて感触を確認するが、スヤッスヤの様子。
役立たずがよォッ!!
『ええ、もちろんですよ井之上元帥。大切な国民を救ってくれたヒーローですから、我が国ではミスター・海原……いえ、海原元帥の名を聞かない日はありません。ミズ・ソフィアも、久しぶりだろう?』
『はい。まさかお会いできるなんて……でも、雰囲気がいつもと違いますね? 服のせいかしら』
『私はジョシュア・クラーク。アメリカ海軍の少将です。こちらの女性は……紹介しなくとも、覚えておられるでしょう。そしてこちらは補佐のベイリー大佐です』
外国人の身振り手振りというのは見ていて面白いもので、井之上さんの流暢な英語もあってか、本当に映画のワンシーンに迷い込んだようだった。
俺に話しかけてきている様子なので頭を下げる。多分名乗ってくれたのだろう。
ジョシュアと言う老人に、べーりー? ベイリー?さん
井之上さんが俺の軍服を指して言う。
『これは冬用の正装です。元帥となっても海原は前線の癖が抜けないようで、方々を飛び回っておりまして。これからまた移動を』
『お忙しいのにわざわざ挨拶に?』
井之上さんと話していた老人が俺に顔を向けてきて、井之上さんの視線もこちらへ。
慌てて何かを言わなければと姿勢を正し、とりあえず手を差し伸べる。
「……」
無言である。ないすとぅーみちゅーくらい言え俺!
待てよ? こういう時はもっとこう、丁寧な言い方があったはずだ。
ぷ、ぷりしえい? 違うな……ぷれじゃー、みーと……あーくそ、こんな事になるなら英会話教室でも行っとくんだったぁ! 行く時間無かっただろうけど。
社畜時代に培われた多くの技能の中に英語なんてない! 総合商社に勤めていた俺だが、海外取引部門の奴らが喋れるからといって全部署が相当する能力を持っているかと言われたら別なのだ。
俺には書類を消し去る能力しかない……なんて無力なんだッ……!
『……お会いできて光栄だ。私は海原鎮という』
ぼそぼそと「ぷれじゃーとぅーみーちゅー、まいねーむいず……」と言った俺だが、伝わっただろうかと軍帽のつば越しにちらりと相手を見る。
相手は硬い表情でゆっくりと俺の手を握った後、咳払い。
ごめん井之上さん、伝わらなかったのかもしれない。後でいっぱい謝るね。
『さ、流石に、前線を指揮しているだけあって、すごい迫力ですね。はは、こんなに緊張したのはいつぶりだろうか。もう少し歳をくっていたらきっと気絶していただろうね』
老人が苦笑いしており、ソフィアさんも硬い表情である。
あーもうこれだめだぁ! 仕事前だってのに滅茶苦茶だよもう、あーあー!
しかしまもる、これだけは覚えている。女性は困らせちゃだめだと。
そこまで仲が良いわけじゃないが、艦娘が助けた女性であるソフィアさんに冷たい野郎だなんて思われては艦娘のイメージダウンになりかねない。
フォローアップは社畜の得意技よ、任せな!
『……あなたに会えず寂しかったよ、ソフィアさん』
あいみすゆー、は会いたい、だから、あいみすどぅゆーと過去形にすれば会いたかったとなるはずだ!
こうすれば覚えているよと安心させられるだろうし、ソフィアさんも肩の力抜けるだろう! へへ、まもるは馬鹿でも紳士なんだ。
『ぁ、えっ、海原元帥、あのっ、え、あ……』
きょとんとする老人たちウィズ若人。
え? 間違ってないだろうこの英語は。中学英語だよ?
流石に中学英語を間違えるほどまもるだって馬鹿じゃないってー!
『そんなに、想われていただなんて、その、連絡もできないでごめんなさい……自分の事ばかりでいっぱいになってて、それも今日あなたが来ることも知らされていなかったから、私、その……!』
待って待って英語でまくしたてないで。ラップか?
『――感謝しているの! あなたがくれたあのキャンディーのことも忘れたりしてないわ! 本当よ! ……よかった、あの時のあなたのまま、変わっていないみたいで。ふふ、驚いたのよ? そんな真っ黒な服で、怖い顔をしていたから……』
やっとワンバース終わったか……殆ど聞き取れなかったぜ……!
キャンディー、という単語だけは聞き取れたので、とりあえず、とポケットから妖精のおやつ用にと持ってきていた金平糖を一つ取り出して渡す。
ひあゆあー、と忘れずに。
『こちらを』
『……っふふ、あなたって、ほんと、不思議な人ね』
『これはこれは! 海原元帥が扱えるのは銃弾だけじゃないようだ』
ソフィアさんもジョシュアさんも何やら笑ってくれたので良しとしよう。金平糖食べたくて来日したわけじゃあるまいが。
『……んんっ。話を続けましょうか。こちらから出せる艦娘についての研究資料は既に用意してあります。それで、そちらの研究結果は共有していただけるでしょうか?』
急に声のトーンが低くなった井之上さん。
ジョシュアさんの顔も強張り、二人の間に緊張の糸がぴんと張ったようだった。
『もちろんです、井之上元帥。ですがその前に、深海棲艦を押し返すのがやっとであった日本海軍が何故、ここにきて一転攻勢に出られたのかをお聞かせいただけないだろうか? 内容はともかく、それは研究で得た結果なのでしょうか?』
『私は答えを
『と、すると、彼が、ひ、一人で……?』
『ええ、そうです』
『それはあり得ないでしょう! ステイツがどれだけの物量で圧し潰しているとお思いなのですか? 艦娘を大量に建造し、包囲殲滅し続ける事で西海岸も東海岸も沿岸海域の制海権を維持しているのです! 深海棲艦の弱点を突き続けられるからこその結果ですよ!』
『弱点など関係ありません。それは既に戦果が証明しております』
『では、研究結果を求めるのは何故です!』
『勘違いしないでいただきたいのは、深海棲艦の情報も、艦娘の情報も、提供しあうことと共有することは違うということです。我々は艦娘の情報を各国と共有したいと考えており、日本政府もその意向に同意しております。ですから、我々がアメリカに求めるものなどないというのが前提です。我々が情報を共有しているという事実があればこそ、各国の動きを活発化させ、打開の一手をさらに生み出せると考えております』
『それでは確証の無い脅しではありませんか』
『これは確認に過ぎません。アメリカ側が深海棲艦の情報を共有しないと言っても、我々は艦娘に関する研究結果の一切を共有する準備があります』
『井之上元帥……私はあなたを古くから知っている。何があなたをそこまで突き動かしているのですか? どうして、そうも自信に満ちているのです』
『だから言っているではないですか。勝つための方法は既にある、と』
なんだか英会話のビデオみたい、と思っていたらまたもこちらに視線が向く。
井之上さんは期待しているような目をしているし、ジョシュアさんは怖い顔をしているし、ベイリーさんも顔色真っ青である。
ソフィアさんは食べづらいのか、俺と金平糖を交互に見ている。いいよ食べて。
なんだよ。何を言えばいいんだよ!?
新しい仕事でもさせる気か! いいよ俺がやってやろうじゃんよ!
大湊警備府の仕事が終わってからオネシャスッ!!(諦め)
おっけー! のーぷろぶれむ! あいむひあ! おーけい!?
『一切問題ない、私がいるだろう』
何故かソフィアさんが口元を押さえて震えながら泣き始めた。
ジョシュアさんとベイリーさんは目を見開いている。
井之上さんはニヤニヤ笑ってやがる。なんだよもおおおおお!
龍驤ぉおおおおお! 大淀ぉおおおおお! ちょっと来てぇえええええ!
※一部文章を修正しております。
違:「辞令もありますし、最善を尽くします。それにもう龍驤を連れて広島を出ましたから、大本営に着くのも遠くないかと」
正:「命令でもありますし、最善を尽くします。それにもう龍驤を連れて広島を出ましたから、大本営に着くのも遠くないかと」
ご迷惑をおかけしました。