柱島泊地日記帳   作:まちた

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北へ③

 龍驤が連れられたのは執務室とサインプレートのある部屋――の正面にある部屋。

 そこには作戦会議室と書かれたプレートがあったが、その横に間に合わせのような手書きで第二執務室、というプレートも貼り付けられていた。

 女性士官は一礼すると去って行ってしまい、入って待っていろという事か、と重厚な木製扉に手をかけながら、扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

 扉の向こうから返ってきた声は女性のもの。それも良く知る声で、龍驤は勢いよく扉を開いた。

 

「すみません、海原元帥なら――あら、龍驤さん!」

 

「大淀! おま、何してんねやこんなとこで!?」

 

「何、と聞かれると困りますが……今は海原提督に頼まれた資料の整理をしていたところです」

 

 苦笑しながら龍驤を招き入れた大淀は、両手に抱えた紙束を部屋の正面最奥にある机の上にどさりと置いて「今、お茶を淹れますね」と応接用ソファに座るよう示した。

 室内は整理されたばかりであろう綺麗さだったが、壁と一体化するように設置された本棚には多くのファイルが入れられたままになっていた。

 作戦会議室の名残はあるが、木製の執務机に茶色の革張り椅子、本棚ひとつひとつから綺麗な木目が窺えるシックな室内の雰囲気も相まって、執務室と言われたら納得する内装。だがやはり龍驤は資料室と見紛う膨大な書類が気になってしまい、感嘆するような、物珍しいものを見たといった声を漏らした。

 

「はぁぁ、すごい光景やな。これなんなん?」

 

「作戦会議室兼資料室の一つだったらしいです。私は大本営で資料整理をするのはこれが初めてで井之上元帥に聞いたままですが……ここに集積されているものは全て過去の戦闘詳報です。それと……行動調書ですね」

 

「戦闘詳報、て……それに外に執務室て手書きのプレートかかってたやんか。ほぉ、井之上元帥はここで執務しとるんか……」

 

「あ、いえいえ、違いますよ。ここは資料室の一つだったと言ったじゃありませんか。井之上元帥の執務室はこの正面の部屋です」

 

「ほんなら、ここは?」

 

「海原提督の部屋らしいですよ。ここには柱島泊地の艦娘か元帥の許可を得た人しか入れません」

 

「うわこわ。え? うせやん、こんな部屋もろてたんや司令官」

 

「……そういう反応になりますよねえ。でも海原提督はこの部屋をまだ知らないんです」

 

「ちゅうことは……?」

 

「はい。私と龍驤さんが一番乗りになっちゃいました。不可抗力ですけどね」

 

 大淀は紙コップに入れた冷たいお茶を二つ用意して応接用ソファまでくると、一つを龍驤に手渡して腰をおろした。

 

「さっき司令官と大本営に着いたばっかりなんやけど、井之上元帥と話があるんか向こうの会議室に入っていってもーてや。知らん子ぉに連れてこられてまんま来たのはええけども……な、大淀、大本営ってこんな女性士官働いとるもんなんか?」

 

 紙コップを両手に持ち、コップの側面から伝わる冷たさで涼みながら疑問を口にする龍驤。

 普段から口数は少なくない彼女だが、緊張からくる饒舌さを感じさせる。

 落ち着かせるには機銃のように連発される質問に答えられる範囲で答えるしかないのだろう、と考えて大淀は微笑んでみせる。

 海原に求められた資料は執務机に既に準備済みだが、出来ればこの部屋の片付けを優先したい気持ちもある。しかしこれから海原と大湊警備府へ出向くのだから片付けが遅れて柱島泊地への帰還が多少延びてもすれ違いにはならないか、と結論付けて口を開いた。

 

「いえいえ、ここ最近になって大本営に異動した方が多いらしいですよ。井之上元帥のご意向みたいですけど、詳しくは分かりません」

 

「……趣味?」

 

「んんっ、龍驤さん」

 

「じょ、冗談やん。まあ慣れてる感じが全くせえへんかったからなあ、変やなあとは思ってたんや」

 

 龍驤は口にしないだけでよく人を見ている艦娘だ。

 大淀の言う通り、大本営にいる女性士官の多くは各地から異動となった者ばかりで、主に艦娘の対応を任されているらしいとは大淀の言。

 井之上元帥曰く、出来る限り艦娘には女性を、とのことらしい。

 海軍の体制変更もあって各拠点における現場以外での異性との接触機会を減らしているようにも思えた。真意のほどは、定かではない。

 

「よう大本営と行き来しとるとは思ってたけど、色々と変わってきてんねやなあ。司令官も大本営に執務室持ってるとか言わんしビックリするやん」

 

「聞かれなきゃ言わない人ですし、そもそも知らないですから……」

 

「それもそやな。んじゃあ大淀はここの整理をしにわざわざ柱島泊地から出てるんか?」

 

「ああ、それについては――」

 

 女性士官が多くいる理由は詳しく知らないというのに、機密任務に関して多くを知る大淀は、おかしな環境だと胸中で笑いつつ答えた。

 機密とは言え自分達は今、大本営の執務室にいる。さらに会議室には井之上元帥も海原提督もいるのだからと気は軽いものだった。

 

「陸軍憲兵と同じく、海軍も特別警察隊が編制されたんです。私はそれの補佐を頼まれたんですよ」

 

「……マジ?」

 

「マジです」

 

「うわぁ、なんやろ……()()()()思い出してめっちゃ胃ぃ痛なってきた」

 

「うふふ、そうなりますよね。分かります、私も聞いた時は戸惑いました」

 

 龍驤の言う昔のこととは、言わずもがな。

 しかし彼女が考えている特別警察隊とは意味が違うのだと大淀は言う。

 

「陸軍大臣も認可しているそうです。まぁ、名ばかり部隊という感じですからね」

 

「名ばかり部隊て、なんで編制すんねやそんなもん」

 

 海軍における憲兵たる特別警察隊は、かつて海軍軍法会議などを有していながらも独自の軍事警察機関を持っていなかったことから創設されたものだ。

 陸軍法務部の統括する憲兵は軍事行動の際に作戦区域へ出兵され、軍人の犯罪行為を取り締まる役を担う。時間の経過に伴い占領地が広がり兵力が不足したことで陸軍憲兵から反対されながらも組織されたものが特別警察隊である。

 

 しかしながらこの戦争において占領地という概念は極めて薄く、あるのは制海権、または海域の支配権であり、どちらかと言えば国家同士の経済問題に近い。

 さらに言うならば通商の復帰もしなければならないのだから、憲兵という存在は微妙なバランスの上にある扱いづらい組織でありながらも重要な役割を持つ。

 

 当時の陸軍が反対した理由如何は割愛するが、権力の分断は混乱を招く、とだけ言えばこの場では伝わるだろうかと大淀は簡潔に説明した。

 

「単なる人手不足や命令権の分離が目的ではありません。昔の特別警察隊とは違う組織なんです。海原提督に関連していて――」

 

 たったそれだけで龍驤は理解し、答え合わせが如く人差し指を立てて言う。

 

「あの人の警護やな」

 

「ふふ、流石ですね」

 

「はっはぁ、ま、ウチらの司令官は特別変やからな。特別警察隊の体裁も必要っちゅうことか」

 

「はい、そういうことです。思う所が無いわけではありませんが……」

 

 顎に指をとんとんと当てて言う大淀に、なんで? と直球に問う龍驤。

 すると大淀は真面目な顔をして言った。

 

「柱島泊地以外での任務を安心して遂行出来ると言えば聞こえは良いですが、裏を返せば監視されているということです。海原提督も気が張ってしまうだろうなあ、と……」

 

「あー……」

 

 どれだけ優れた人間であれ個人の時間を失うというのは堪えるものだ。

 柱島泊地ではどこにいたって艦娘がいる。大淀や龍驤を含む彼女らは無意識ながらも気遣っているのだ。それでも一人の時間は殆どないと言っていい。

 それが柱島泊地から出て外部で活動する場合にも特別警察隊の誰かが見ているとなれば、きっと良い気はしないだろう。

 

 そこで、井之上元帥に伝えられたことを龍驤へさらりと言う大淀。

 

「ですから、提督には秘匿したままにしろと井之上元帥が」

 

「んなっ!? じゃあウチに言うなや!」

 

「一人で抱えるのも大変じゃないですか」

 

「大淀、お前ほんっま……! なんや、いつかの仕返しのつもりかこれ!?」

 

「……結婚情報誌の時の仕返しです」

 

「はぁぁ……みみっちいやっちゃ!」

 

「あはは! でも、完全秘匿というわけでもないそうです。ただ、聞かれるまでは言わなくていい、とのことで」

 

 いたずらっ子のように笑う二人だったが、扱う情報の重さはそこらの軍機の比ではない。

 無論、軍機とあればそこに差は無く等しく秘匿されるべきなのだが、こと、海原鎮という男に関しては井之上元帥のほか、軍部中枢全員の許可がなければ情報部すらも触れようとしないものである。

 陸海軍から国内のあらゆる情報を持つ部門ですら不用意に扱わない情報を、お茶を飲みながら口にするのが欠陥品扱いされていた艦娘二人という状況は異常という表現では足りないだろう。

 

 それを理解しているが故に、二人の笑みはさらに深まってしまうのだった。

 

「公表されるんやろし司令官もすぐ気づくんちゃう?」

 

「どうでしょう? 陸軍の反応も昔とは真逆だったようで、スムーズに編制されましたよ。既に公表もされています。しかし特に海原提督からそのような話は受けておりません」

 

「……その先は聞きたないで」

 

「広報部の橘中将が――」

 

「あー言わんとってもー!」

 

 大淀の声を大袈裟に遮って耳を塞ぐ龍驤だが、それだけで言わんとしている事が分かってしまう。

 これもまた情報操作か、と肩を落とし、龍驤は言う。

 

「にしてもや、特警(とっけい)(おか)の人らが、はい、さよですかって認めたってのは何でや? 流石に司令官のことは言うてへんやろ」

 

「これについても詳しいところを聞いたわけではありませんが、陸軍の活動に兵力を割くのが主になると」

 

「……なるほど、井之上元帥も絶妙なとこ突きよるやんか」

 

 龍驤は足を組んでソファの背もたれに寄りかかりながら片腕を乗せ、茶を一口飲んでつらつらと語る。

 

「活動は監視するけどそっちも監視してええよと。ほんで兵力が必要になったら正式に貸し出せる人員を無条件に出したるし手の平は返さんから安心してやって証拠にきっちり編制したわけや。ほな陸の大臣さんも命令権を行使したときに無視されへんから陸軍の兵力を温存出来る……。陸海軍を対外的に睨み合わせる形にしたんは、多分このためやったんかもしれん。腹ん中を覗きたい官僚連中らもウキウキで探り入れてくるやろけど、陸海軍と両方にある同一っちゅうてええ組織にいらんことすれば、どっちも手を噛んでくるかもしらんから抑止にもなる……」

 

「その活動の一環に、提督の護衛があるわけですね。寧ろ、憲兵隊が積極的に活動したって構わない再編のさなかですから、特別警察隊を編制する意味は薄いだろうにとは思っていましたが、わざわざ喧伝するように一斉摘発を憲兵に堂々とさせる意味も、これに関わっているのかもしれません」

 

「悪事がバレたって膿が出て行くだけやからな。そのための再編や」

 

「はい。ですが外部の者は特別警察隊の編制に色めき立っている――」

 

「悪事を隠そうと必死になってるんやと見とるから、陸軍が不自然なくらいにスムーズに編制認可をおろしても、周りは止めへんわけや」

 

「そんな特警が大戦果を挙げた提督の周囲をウロついている事が露呈したとしても、決して邪魔は入らない。二重の抑止力、ということですね」

 

 龍驤はそこまで情報がまとまったところで、空になった紙コップをテーブルに置いて静かに言った。

 

「……井之上元帥の頭ん中どないなってんねやろな」

 

「当初の海原提督に感じていたものと同じ感覚ですよね」

 

「あれはちょい勘違い入ってたやん! 井之上元帥のはガチやろ! ガチ!」

 

「では龍驤さん、これを」

 

 大淀は飲みかけの紙コップを置いて立ち上がると、執務机に置かれた書類の中から一枚の紙を抜き出して龍驤へ手渡した。

 

「大湊警備府の資料やん、なんでウチにこれを――え、ぁ」

 

「大本営付でありながら各拠点を回ったあなただからこそ、選出したのだろうなと入室してきて一目で気づきました。今回のは、勘違いなどではないと思いますよ」

 

 それは戦闘詳報の一つで、一見して、ただ過去に深海棲艦をなんなく撃滅せしめたというだけのもの。

 しかしそこに記されている日時はとても古く、遡らねば辿り着けないものでもあった。

 

 大湊警備府近海における戦闘記録。

 哨戒班旗艦――初期型マルヒト号――軽空母、龍驤。

 深海棲艦が出現して一年も経っていない頃のものである。

 

 海軍として再編されてようやく形が落ち着いた頃でもあり、艦娘の運用について手探りどころの話ではなかった頃のものだった。

 それぞれの拠点が独自の運用で多くの深海棲艦を撃滅しつつ、情報蓄積に躍起になっていた。

 国同士で連携せねば勝てないと薄々感じ始めた頃でもある。

 それが現在において為されているかと問うのは野暮であろう。

 

「……偶然やて。初期型やったから色々なとこ回ったし、大湊警備府もちょっとおっただけで、殆ど覚えてへんよ。最後には大本営に戻った挙句に型落ちやーって柱島泊地やで? 今でこそ井之上元帥が逃がしてくれたんやって分かっとるけどもや」

 

 すぐに書類をテーブルへ置いて「茶ぁのお代わりちょーだい」なんて笑って言う龍驤だったが、大淀は空の紙コップを持ち上げながら言葉を紡ぐ。

 それはまるで龍驤の深層心理と現実を隔てる薄膜に触れるようだった。

 

「本当に偶然でしょうか?」

 

「偶然や偶然、ウチもほんまに殆ど覚えてへんねんから! そら場所くらい分かるけど、それくらいや」

 

「では、私の考え過ぎかもしれません。忘れてください」

 

「ぉ、おん……まあ秘書艦大淀っちゅうてもそれくらいは人間味ぃないとな! 常に完璧やと怖いし」

 

「人間味、ですか。はいどうぞ」

 

 龍驤はへらへらと笑ったままお茶を受け取り、半分程ぐっと飲む。

 

「喉が渇いてたんですか?」

 

「外ちょっと暑かったんやもん。大湊に行くのに温度差で司令官がやられへんか心配やわ」

 

 笑いながら言うも、大淀が「そうですねえ」と返しつつちらりと龍驤の指へ視線を移したのに気づき、しばし無言のあと、

 

「……ああもう、わかったて、言うて。言う! 変なとこで鋭くならんといてよ」

 

 と茶を一気に飲んで紙コップを握り潰して言った。

 

「自分からお話してもらえるなら、それに越したことはありません。是非お聞かせください」

 

 ニッコリと笑って書類を執務机に戻してソファへ座りなおす大淀に、龍驤は隠しておきたかったわけではなくとも、わざわざ言いたくもない気持ちを吐露した。

 

「……人と艦娘って、違うやん。大湊警備府におったんは短い間やったけど確かに覚えとる。ただ我武者羅に戦う場所やったこと、それしか覚えてへんねん。よぉボロクソにされたんも覚えとるよ。片腕取れるわ、飛行甲板ボコボコになるわで最悪の環境やったわ。ただ……そやな、一番、艦娘らしい過ごし方をしとったとも、記憶しとるかな」

 

「ええ、はい」

 

「ウチらは人やないんや。普通に人らは片腕取れたら治らへんし、何度も死にかけるような戦場におったら頭もおかしなる。けどウチらはどないや? ならへんやろ。そういう風に出来とると痛感してまうくらい、時間が経てば元通りになる。恐ろしい想いをしたっちゅう記憶があって怖がってても、海に出たら戦わなって、どうしてか心が奮い立つ。変やと思えへんか? 片腕取れるような戦いしたのに、よっしゃやったろ! って思うねんで? ……普通なわけあらへんやんか」

 

「……ええ」

 

「駆逐艦の子ぉら、そやな……ウチと同じ初期型の吹雪おるやろ」

 

 龍驤の紡ぐ言葉の先を早く聞かせてほしいと逸る気持ちを抑えて頷く大淀。

 

「海で沈む以外で死ぬ事なんて殆どあれへん。ずーっと同じ、ウチならウチ、吹雪なら吹雪、大淀なら大淀のまま、存在し続ける。君、髪切ったことあるか?」

 

「髪、ですか? それは……」

 

 無い。ただそれを口には出来なかった。

 

「そういうこっちゃ。時間が進んでへんねん、十年前から。考えやら性格やらは変わったかもしらんけど、吹雪はずーっと、駆逐艦吹雪のままで、姿はおんなじや。軽空母龍驤も、ずっとこのまま」

 

 ここまで言ってから龍驤はサンバイザーのような艤装を指で弄りながら、上目遣いに大淀を見る。

 

「――変化していないということですか?」

 

「ん……それもある」

 

 どういう意味です? と促せば、龍驤は逆に大淀へ問いを投げた。

 

「大淀は司令官の事好きやろ」

 

「ええ」

 

 恥ずかしげもなく堂々と頷いたのに少し驚き笑ったが、龍驤の笑顔には陰があった。

 

「ウチ、ちょい嫌なこと言うかも」

 

「なんです?」

 

「……ウチらは沈まん限り死ねへんねや。大淀は司令官と、長いこと過ごせたとして――そのあとどうするんかなとか、考えてもうたことがある」

 

「そのあと……?」

 

 自分で口にしてやっと意味を理解して、大淀は手を打った。

 

「ああ……私達は死なないとか、変わらないって、そういう……」

 

 艦娘は――歳をとらない。

 幼い駆逐艦も、少女のような軽巡も重巡も、成人した見た目をしている戦艦や空母も、十年前から変わらないまま。艦娘は時の流れから外れているような存在だ。

 いつか彼ら、彼女らを置いて自分達が沈んでいったように――解体されていったように――今度はそれが逆転して突きつけられるかもしれない現実が横たわっている。

 

 龍驤はずっとそれが心の底に眠っていたのだろう。

 

「あっ、べ、別に自分で沈んだろとか考えてへんで!? いやぁ、でも、なぁ……寂しいやんか、そんなん。勝っても終わってもないのに何言うてんねーん! って感じやけどさ。昔っからそういう事ばっかり考えてまうんよ、ウチ。へへ、めっちゃ根暗やんな、こんなの」

 

「……そうでしょうか」

 

 大淀は目を伏せたが、口元は緩く微笑んでいた。

 

「なんでそんな顔できんねや。悟ってんの?」

 

「悟ってるとか、そんなことはありません。ただその考えはよく分かります。ええ、そうですよね。寂しく感じてしまいます、そんなの」

 

「別に司令官が好きとか嫌いとかあんま考えたことあれへんかったけどやぁ……あんだけウチらの事で必死になってくれる人や。そら寂しくも思うやんか。接し方も分からんようになるて。大湊警備府におった時には、こんなこと考えてても軍人と関わることなんて入渠で身体治す時に物珍しさに見られる時くらいや。関わりっちゅうもんがほっとんど無いとこや、あそこは。大淀が想像しとるよりよっぽど人と艦娘の関わりが希薄なとこやで。当時の司令官にも言われてたからな、バケモンやて。今がおかしいんや……柱島泊地と、司令官が変なんや」

 

 大淀は海原が龍驤を選んだ理由を想像しながら、彼女の言葉を腹の奥深くに溶かしていく。

 人と艦娘の関わりというものを言葉無く考え続けて来た龍驤だから、選んだのだろうかと思いつつ。

 

 ふと、大淀は笑みを隠しながら言う。

 

「だから提督に不器用に甘えているのですか?」

 

「あっ!? 甘えてへんて!? 急に変な事言わんとってよお!」

 

 大淀はようやく、態度が軟化しただけにしては海原との距離が近いと感じていたことへの違和感を呑み込めて、釈然とした。

 

「なるほどなるほど。提督が龍驤さんを選んだ理由は、大湊警備府を知っているだけではなく、打ち解けてくれたように見える龍驤さんならば安心して任せられると――」

 

 龍驤は脳裏で大淀の言葉と海原の言葉が重なり、立ち上がってさらに否定してしまう。

 

「ちゃう!! あんなボケーっとした司令官の事は好きやない!!」

 

「好きかどうかは聞いてませんが? 大湊警備府の調査に龍驤さんを選出した理由の話ではありませんか」

 

「ぐっ、う、揚げ足取るなて! 接し方が分からんっていうた理由とセットやろがい! それとこれとは別! そ、それに、ほれぇ! 指輪を貰ったんも新兵装のデータのためやし、協力せえっちゅうたのは大淀、君やろが!」

 

 相当に狼狽して左手を広げて突き出し、指輪を見せつける龍驤。

 大淀はもうにやにやとした顔を隠せなくなりながら、声だけ平坦なまま頷く。

 

「はい、その通りです」

 

「そやろ!? ほんなら別にこの指輪にもそれ以上の意味はあれへんやんか! そら受け取るのにちょっと考えたんは、あるけど……」

 

 大淀は目で龍驤の左手を見ながら言う。

 

「その兵装の名前を知らないわけでは、ないですよね?」

 

「しっ……とる、けどぉ……」

 

「データ収集の一環として扱うにしたって、好意がない相手から受け取るには重たい名前だと思うのですが……少なくとも、それを受け取れるくらいには海原提督を好ましく思っているのでは?」

 

「……」

 

「それでそれで、龍驤さんっ。海原提督への想いに気づいたのは一体いつからなんです?」

 

 まるで乙女のように期待に満ちた目をして前のめりに聞いてくる大淀の顔を見て、龍驤はとうとう両手で顔を覆って声を上げながらソファに倒れ込み、両足をばたばたさせた。

 大真面目に任務について話していたはずなのに、どうしてこんな話題にシフトしているのだと考える余裕すらも失われた龍驤だが、これは言わば大淀の手中。

 龍驤の深層に眠る本質と現実のズレを、空気に触れるような場所へ晒すべきではないとして大淀はこうして茶化すことで話題の転換を図ったのである。

 

 それを解決するのはきっと私じゃなく、龍驤自身だから、と。

 

「あーっ! 何でそんな平気な顔で突っ込めるんやこの秘書艦はぁーっ!」

 

「隠していても損ですから。特に柱島泊地においては」

 

「なんやねんその意味わからん理屈……」

 

「わかってらっしゃる癖にぃ」

 

「くっそぉぉ……なんで大淀にしてやられなアカンねや……!」

 

「それで、教えてくださいよ龍驤さん。いつからなんです?」

 

 指の隙間からチラリと大淀を見て、また指を閉じて顔を隠した龍驤はぼそりと呟いた。

 

「ウチも、分からへんねん……最初はちょっと揶揄ったろと思っとっただけで、反応おもろいなって思ってただけやってん……でもたまに、歯ぁ浮きそうになるようなこと真剣に言うてくるし、めっちゃウチらに近いやんか。一気に近づかれたら意識すなって方が無理やろ!? 今までどれだけ疎まれてきたと思ってるんや! あれだけ構ってくれるんやから話しかけてまうやんか……」

 

「そして気づいた時には目で追うようになっていた、と」

 

「だぁああもうやめや! やめやめ!」

 

 これ以上は本当にダメだろうと大淀はクスクス笑いながら「すみません」と謝罪にもならない言葉を紡ぎ、立ち上がって新しい紙コップを用意し、茶を龍驤へ手渡す。

 龍驤も何も言わず受け取って一気に飲み干し、一息。

 

「はー……まさか大淀に突っ込まれるとは思えへんかった……油断したわ……」

 

「でも隠したって仕方がないことは確かです。人であるとか艦娘であるとか、私もよく考えてしまいますが……ふふ、つい先日、あきつ丸さんから良い話を聞いてから、遠慮は損だなと学んだのです」

 

 良い話題転換だと、龍驤は白々しく食いついてみせる。

 これもまた大淀の手中とはつゆ知らず。

 

「お、おぉ! あきつ丸! あきつ丸と川内も忙しくしとんなあ。二人は艦娘保全部隊やろ? 柱島泊地におっても駆逐艦と散歩しとるくらいであとは何しとるかわからんし」

 

「呉鎮守府と柱島泊地の連絡役ですよ。電話で済ませられない報告であったりとか」

 

「ほーん……それ以外は? 今の大淀みたいな頻度ちゃうけど、大本営(ここ)にも出入りしとるやろ?」

 

「大本営に出入りしているというよりは、大本営を使っているだけと言いますか……」

 

「使ってるだけぇ?」

 

「情報部とやり取りしているんですよ」

 

「……あきつ丸と川内らしいというか、なんちゅうか」

 

「機会があれば、龍驤さんも話を聞けるかもしれませんね」

 

「なんの?」

 

「秘密でーす」

 

「ちょい大淀ぉ! あんだけウチをいじったんやから隠すの無しやって! なぁー!」

 

 さて、仕事仕事っと、なんて言いながら資料の整理に戻る大淀の背中を見つめて唇を尖らせ、ぼすん、とソファに埋もれる龍驤。

 

 そうしてむず痒い時間を過ごして暫く。

 

「……司令官、戻ってけえへんな。もうちょい時間かかるんやろか」

 

 そう呟いた龍驤に、大淀はきょとんとした顔で振り返った。

 

「提督から聞いてないんですか?」

 

「いいや、特に聞いてへんけど……大湊警備府のことで調べもんするから言うて、井之上元帥のとこに挨拶がてら寄ったんやろ?」

 

「え……? 井之上元帥からも、聞いてないです?」

 

「井之上元帥に会うてもないがな。会議室の前まで来たら司令官はそのまま会議室入ってもうたし、ウチはここに直行や」

 

 てっきり二人きりで話してるとばかり思っていた龍驤は、大淀の反応に違和感を覚える。

 

「あ、あー……そう、でしたかぁ……」

 

「え、もう、なになに、言うてよ」

 

 大淀は左手に資料をいっぱいに抱え、右手で頬をかきながら気まずそうに言った。

 

「アメリカ海軍の上級将校と、井之上元帥、海原提督、それに深海棲艦研究者であるソフィアという女性と会談しておられるかと……」

 

 

 

 

 

 

 

「おぉいッ!? めっちゃ重要事項やんけそれ!? せめて先にそれ伝えてぇや! もぉおおおおッ!」

 

 大本営、作戦会議室改め、海原元帥の執務室に龍驤の悲痛なツッコミがこだました。

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