柱島泊地日記帳   作:まちた

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※『』は英語「」は日本語でわけています。


北へ④

 海軍再編と同時に日本政府へ働きかけ、周辺諸国、中でも大国アメリカと交渉の機会を設けるのに一年近く掛かった。

 しかし、世界の戦況を鑑みればたったの一年という方が誰しもがしっくりとくるだろう。

 

 井之上は自らが行使できる権限の全てを使い自分と同じ立場まで海原を引き上げ、さらに今までの情報経路や命令系統を一新して構築し、政府ごと陸軍を巻き込み、海原とは違う戦場を整え続けた。

 

 多くをこなそうとして失敗した過去。そこには保身があった。

 部下を守らねばならない。その上で艦娘も守らねばならない。そのためには自分が生きねばならない。求められたものを差し出すのに、井之上の手札は足りなかった。

 

 しかし彼は光を見た。まるで水平線から昇る暁が如き世代を超えし献身を見た。

 そうして、たった一つの事を学んだ。

 

 小賢しく細分化して理路整然とした理屈を以て守りに徹する事が悪いとは言わないが、己が立つ場所が変われば意味を成さないと。

 いついかなる時であれ決して変わらぬ理屈が必要だったのだ。

 

 かの男は言った。国のためであると。

 かの男は言った。艦娘のためであると。

 ならば私はこう言おう。全てのためであると。

 

『十年です。人類が窮地に立って、互いが手の届く距離に近づくまでに、十年掛かりました』

 

 井之上の日本語訛りの言葉がジョシュアへ投げかけられる。

 人間同士の会話であるのにどこか無機質で機械的な、温度の感じられないものだった。それはもしかすると井之上の眼窩に隠された軍人としての冷徹さかもしれないし、ジョシュアやベイリーが近年攻勢に出た日本海軍を警戒しているからかもしれない。もしくは、楠木という失われた日本海軍の闇の中心へ巻き込まれてしまったソフィアの恐怖であるかもしれない。

 

 あるいは、それら一切を関知する立場であるのに無言を貫き、自らの姿勢を崩さぬ海原の異様さがそうさせているのかもしれない。

 

 ジョシュアとベイリーは階級の違いはあれどアメリカ海軍でもトップクラスの戦績を持つ二人として日本へ渡った。

 深海棲艦にいつ襲われるか分かったものではない環境でありながら太平洋を横断するという胆力と強運、戦力を持つ男達である。

 さしものアメリカもさらに上の者を連れるのは渋ったが、この二人をここへ連れられただけでも成果への道。

 ソフィアという非戦闘員を一人連れて海を渡るだけでも相当に危険であるというのにもかかわらず、それを遂行してみせた二人であるが故に、井之上は二人にこそ海原という存在を焼き付けねばならないと、会議室の誰よりも緻密に思考を回転させ続けた。

 

 割ける時間はそう多くない。

 彼らとともに来た艦娘達は大本営近くにある工廠区にて艤装修理と入渠を行っている。リミットはそれらが終了するまで。

 

 この会談の結果によって日本海軍の立ち位置が決定される可能性はおおいにある。

 ここで一切の間違いは許されない、と誰にも悟られないように喉を鳴らした。

 

 間違いが許されない状況は今まで数多経験してきた井之上だったが、ここにきて、状況を左右するスケールの大きさに、柱島泊地の工作艦明石から送られてきた第二次大侵攻の映像記録を思い出して武者震いするのだった。

 

 海原の一言によって別室で資料の整理にいそしんでいる彼女も、海原が作り出した戦況の一瞬一瞬を、このような心持で駆け抜けていたのだろうかと考えた。

 

『十年……そうですね。我々はそれだけの時間を費やしてきました』

 

 ジョシュアの重たい声に、ベイリーは頷いて目を伏せる。

 

『深海棲艦と艦娘が出現し、日本は合わせて二度の()()()()を凌ぎました。アメリカも幾度となく襲い来る波を押し退けてこられた。もう、良いのではないですか』

 

 井之上は相手を丸め込むように、がらついた声で言った。

 

 深海棲艦が出現して、艦娘が人類を救い続けて十年。

 この長い歳月は決して覆らない結果を多く生み出した。負の感情を撒き散らし、深海棲艦という幾重にも重なる謎のベールを血まみれになって剥がし続けた。

 

 そうして得られた情報はどれほどのものだったろうか。

 

 井之上もジョシュアもベイリーも、同じような感想しか浮かばないだろう。

 たったの一握り。ただの薄皮数枚だと。

 

 日本海軍は種類の豊富な艦娘に救われたが故に人間の持つ多くの闇を増大させてしまい、艦娘を傷つけるというあってはならない事態に陥った。

 中途半端な安全が一部の者から危機感を奪い、確実な危険と恐怖が一部の者から戦意を根こそぎ消し去った。ましてやアメリカの非戦闘員を巻き込んで。

 

 多くの艦娘を建造して戦ったアメリカ海軍は艦娘の損耗が激しくも、深海棲艦の研究はかなり進んでおり、駆逐級や軽巡級、重巡級、戦艦級や空母級の弱点を知っているという。外交的有効打として情報を使うべく弱点と言い切っているのか、はたまた本当に弱点で、包囲殲滅において使える情報であったとしても、井之上にとって重要なのはそんな()()()なものではない。

 

 ソフィアという日本海軍の闇に巻き込まれた彼女への贖罪でもあり、井之上の心中にある罪の報い。

 

 研究なんてそっちのけでした。

 今や日本は窮地であります、どうか助けてください。

 

 下手をすればどう繕ってもそう言うしかなかった場面であるかもしれなかったと、井之上はちらりと横目に海原を見た。

 それからジョシュアとベイリーへ視線を戻し、言葉を選ぶ。

 

 もう舞台は整いつつある。我が身を賭して、人類を存続させるのだと井之上は奮起した。

 

『この戦況ですから、あなた方をアメリカ海軍の代表としてとらえ、質問させてもらいたい。日本海軍に所属する工作艦明石――艦娘に対する特殊技術を持つ艦娘に相当する存在が、アメリカにいますか?』

 

 直球。その問いにジョシュアは首を振った。

 

『いいえ、おりません。ですが代わりにアメリカには、多くの研究機関があります。深海棲艦のみならず艦娘の兵装についても研究が進められておりますから、実験的な兵装もあります。それこそが深海棲艦に対する有効打なのです』

 

『ほう。それは艦娘へ装備可能なものなのですか?』

 

『……んんっ』

 

 咳払いしたベイリーに、井之上は『聞き出そうというつもりはありませんよ』と言ってから話を続ける。

 

『こちらが手の内を明かさねば話すものも話せないというお二人の立場も理解しているつもりです。私の目的は貴方達に我々日本海軍が必要であると認識していただくことであり、アメリカ海軍との協力体制を整えることにある』

 

 井之上はゆっくりとした動作で立ち上がった。椅子がぎしりと音を立てる。

 

『皆さんに御覧に入れたい映像があります。どうぞこちらへ』

 

 ジョシュア、ベイリー、ソフィアの順に立ち上がると、海原は最後にゆっくりと立ち上がった。

 同じ元帥とてジョシュアが古くから知る井之上よりも若い軍人が最後に立ち上がるなんて、と表情が曇る。ベイリーに至ってはあからさまに不機嫌そうな顔をした。

 

 井之上はこの瞬間が好きだ。

 ゆっくりと、しかし確実に状況が自らへ傾いていると実感する瞬間が。

 

「海原、第二次大侵攻の際に軽空母鳳翔が記録したものがあったろう。情報部で処理を施した映像を用意してある。お前も来い」

 

「鳳翔が記録したものが? ……わかりました」

 

 海原の目つきが鋭くなり、一気に空気が凍り付く。

 第一種軍装の重苦しい雰囲気も相まって、素性を知る井之上を除く三名からゴクリと音が聞こえた。それもかなりの大きさで。

 

 日本語の短いやりとりはジョシュアとベイリーに重圧をかけ、拒否する意思を奪った。

 映像の内容がどうあれ、連れていかれる場所がどこであれ、自分達に選択権は無いのだと錯覚させる。

 

 アメリカ海軍の二人に万が一でも起これば日本という島国は孤立無援となると分かっているのに、ジョシュアは手の平に汗をかき、ベイリーは抗えない恐怖を覚えた。

 

 軍靴の鈍い音が毛の短いカーペットへ吸われる。

 井之上の先導のもと、会議室を出て廊下を進み、エレベーターホールへ。

 

 井之上の傷が多い指がボタンを押せば、すぐに扉が開いた。

 そしてエレベーターは五名を乗せて地下二階へ。

 

 再び扉が開いた時、ジョシュアとベイリーは感嘆の声を上げた。

 

『これは……』

『おぉ……!』

 

 そこは巨大なモニターを中心に用途不明の機械類が等間隔に並べられた、だだっ広い空間だった。

 

『井之上元帥、ここは技術施設も兼ねていたのですか?』

 

 ジョシュアの問いに井之上は首を横に振る。

 

『我々海軍が技術施設と呼ぶものは別にあります。ここはその一部分にも満たない、ちょっとした……そうですな……忍者屋敷とでも言いましょうか』

 

 ジョークを口にして笑ってみせれば、ベイリーは表情を一変させてアメリカ人らしい反応を見せる。

 一方、ジョシュアは中央のモニター付近で作業している桃色の髪をしたつなぎ姿の女性を見ながら言う。

 

『あちらの女性は、艦娘……ですよね?』

 

『ええ、そうです。ソフィアさんは覚えておられますかな?』

 

 奇抜な髪色をした一見して仮装しているような姿は、大体が艦娘であるとジョシュアも理解しており、それと同時にソフィアに投げかけられた問いに納得する。

 彼女は海原の艦隊に救われ、その時に多くの艦娘を目にしたのだから。

 

『海原元帥のところにいた艦娘と同じ……だけど、違う娘、かしら……? アカシ、と』

 

『そうです。彼女こそ日本海軍に所属する艦娘であり、兵装開発や修理に欠かせない特殊な艦娘――工作艦明石です。しかしソフィアさん、よく別の艦娘であると分かりましたね?』

 

 これは井之上の純粋な感想だった。

 今でこそ同一艦を見分けられる軍人はいるが、未だ見分けられない者だって多くいる。アメリカ海軍は日本海軍よりも多くの艦娘を建造、運用しているから見分けられるのだろうかと考えていたが、井之上の予想は外れた。

 

『だって彼女、妖精を連れていないわ』

 

『ソフィア! ……んんっ、失礼、井之上元帥。その、彼女の精神に異常などがあるわけではなく――』

 

 ジョシュアの狼狽した反応に井之上はまたも首を横に振ってみせた。

 ベイリーも平静を保とうとしているが動揺に一瞬だけ目が泳ぐ。

 

『アメリカと日本の違いは、そこにあると言えましょう。私は決してソフィアさんが異常だとは思っておりません。彼女を否定すれば、これから御覧に入れるものが全て嘘になってしまいますからな』

 

『井之上元帥、あの、それはどういう意味です?』

 

『今に分かります』

 

 井之上は先頭を歩きながらモニターへ近づき、明石へ声をかけた。

 

「待たせたな。映像の準備は出来ているか?」

 

「あ、お疲れ様ですー! もうちょっとだけ待ってもらえますか? すみません、なーんかこの子の調子が悪いみたいでぇ……」

 

「分かった」

 

 機械にこの子と言いながらガチャガチャと音を立てて作業する明石はそう言って再び作業を再開する。

 井之上はこの間にもう少しだけ情報を渡してやるべきか、とジョシュアとベイリーへ身体ごと向け、モニターの淡い光を背に受けながら話す。

 

『これから御覧いただくのは、第二次大侵攻における深海棲艦との戦闘記録です』

 

『それは、アメリカにも知らせが届いた、あの――!』

 

 ベイリーが、まだ何も映っていないモニターと井之上を交互に見て言う。

 

『はい、公式に発表した撃滅数はこの映像をもとにしています。記録していたのは、軽空母鳳翔という艦娘であり、この戦場の艦娘を取りまとめたのは軽巡洋艦大淀という艦娘です。そして、この作戦の最高指揮官が――この、海原なのです』

 

 井之上が海原に目をやると、彼は俯いて咳払いをしていた。

 しかしよく見れば、この男、金平糖を口に放り込んでいるじゃないか。

 

「……っくく、手持無沙汰か、海原」

 

「えっ? いえいえいえ、全然」

 

 素性を知れど、大胆不敵なものだと井之上は隠せず笑みを浮かべてしまう。

 

「この戦闘記録について海原の所感を話してもらいたいんじゃが、可能か」

 

「所感ですか」

 

「全てを話せというわけじゃない。この戦闘における反省会でもないから、ただ見たままを言えばよろしい」

 

「あー……」

 

 井之上はアメリカ海軍の二人に艦娘はこれだけの力を発揮できるのだと見せつけられたら御の字であり、別段、何を話されてもフォローすれば問題ないと考えていた。

 海原に事情も説明せずにつれて来た理由は――海原の持つ状況把握能力と適応能力から生み出される言い知れぬ《説得力》であった。

 

 こと艦娘に関してならば海原以外に人選のしようがないとも言えるが、井之上は自身の勘や目も信用している。海原の愚直なまでに誠実な心根もまた、信用している。

 

 だから存分に発揮してもらおうじゃないかと、ほくそ笑んでいるのだ。

 彼の緊張から生まれる予想外の《勘違い》を。

 

 しかし、海原鎮というどうしようもない提督(社畜)は、常に暁の水平線に一番近い場所にいることを、誰も知らない。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ざざ、という雑音がモニターに内蔵されたスピーカーから流れた次の瞬間、耳を劈く砲撃音がいくつも炸裂した。

 

『うわ!?』

『うっ……!?』

『きゃあっ!!』

 

 ジョシュアとベイリーがビクリと肩をすくめ、ソフィアが耳を塞ぐ。

 井之上は何度も何度も見返した映像が故に動じなかった。

 

 海原は――誰よりも真剣な眼差しで、身じろぎの一つもせずモニターを見上げる。

 

『ほ、本当に戦場の映像ですかこれは!? どうやって撮影を……兵装にカメラを組み込んだってこんなに鮮明には……』

 

 ベイリーの声に、海原が反応した。

 流暢な言葉に、井之上は映像から目を離し、海原を見た。

 

『……妖精の持つ技術ならば可能だ』

 

 掠れた重たい声に、ジョシュアが問う。

 

『では、この、いくつもの声は』

 

『水上打撃部隊、第一艦隊の皆の声だ。途中で割り込んできているのは、第二艦隊の……軽巡洋艦、大井と球磨だな。そうか、戦場は、こんなに……』

 

 海原の意識はただ声を返すだけで、大部分を映像に持っていかれているようだった。

 井之上はここが正念場だと海原を見守る。元のデータは艦政本部にある。いざとなれば途中で映像を停止してでも彼が不利にならぬようにと構え、会話に耳を傾けた。

 

 神に祈るより、この奇怪な男に祈る事になろうとは、なんて胸中で笑いながら。

 それも自嘲ではない。こいつならばと、期待してしまっている。

 

『海原元帥、こんな数の深海棲艦を……それも人型までいるではありませんか! これは本物の映像なのですか!? この指揮を!?』

 

 ベイリーの叫びにも似た声に、海原は顔をモニターに向けたまま、目だけを動かして睨む。

 

『彼女らが命を賭した戦場を疑うつもりか』

 

『い、やっ……そのような、つもりは……!』

 

 海上を縦横無尽に駆け抜け、敵を攪乱する艦娘。盾のように立ちはだかる艦娘。

 まさに戦場がそこに映し出されていた。

 

 ジョシュアもベイリーも、いくつも言葉が浮かんで口を出て行こうとするが、声にならず、溜息にもならない呻きが漏れるばかり。

 

「明石、止めろ」

 

「えっ? あ、はい!」

 

 とある場面で映像が止まる。

 海原が「少し巻き戻せ」と言えば、するする映像が逆再生されたあと、再び停止。

 

『ジョシュア、それにベイリーと言ったか』

 

 二人は無意識に背筋を伸ばし、身体ごと海原に向く。

 

『は、はっ』

『はいっ』

 

 海原は手袋に包まれた指をすっと伸ばしてモニターの一点を指差した。

 上空から撮影されたガラス越しのような映像の端に、人型深海棲艦、軽巡棲鬼の姿があった。憎悪に満ちた目は映像越しであるというのに今にもこちらを睨んできそうな程の不気味さがあり、既に撃沈されているのに身震いしてしまう。

 

 ソフィアは映像を見たくないのか俯いていたが、

 

『あれは無尽蔵に深海棲艦を生み出してきたそうだ。駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦……それに潜水艦や補給艦までもな。合計して百と三隻。彼女らは全て撃滅した。これは一部に過ぎん。この前にも、後にも、夥しい数の深海棲艦と戦い、勝利した』

 

 そろりと顔を上げる。

 彼女の金髪がさらりと流れ、そこから窺い見た海原の目は、複雑な色をしていた。

 表情は変わらないのに、代わりに目の色に全てが映し出されているように見えた。

 

 不安、恐怖、憂い、悲しみ――全てを塗りつぶす、希望。

 

『……負ける要素があるように見えるか?』

 

 ジョシュアとベイリーは気を付けの恰好でモニターを見上げ、海原の声に、首を横に振る。振らざるを得ない。

 それからジョシュアは、一時停止された映像から目を離して井之上とソフィアに問うた。

 

『妖精、とは……本当に存在するのですね』

 

 井之上は頷いて『ええ』と短く言う。

 ソフィアは映像に映る別の艦載機を指差してみせた。

 

 映像には艦載機の操縦席に小さな人が乗っているのが窺えた。

 表情などは光の反射やブレなどで見えないが、確かに人影がある。

 

 艦娘の扱う兵装は想像もつかない破壊力を秘めているが、艦載機などは手の平に収まるサイズだ。その操縦席に人影など、そういった存在がなければ説明がつかない。

 

 ジョシュアとベイリーの目にそれが認識できるかは、分からないが。

 

『十年という長い歳月で、一度姿を消したと思われましたが……妖精は存在します。アメリカ海軍にも、そういった話があったと私は見ておりますが、いかがでしょうか』

 

 井之上の言葉にジョシュアは軍帽を脱いで茶髪の癖毛をかきあげて、ベイリーを見て頷く。

 

『アメリカには多くの艦娘がおりますが、一部からそのような話が挙がっている事実はあります。しかし我が国の……』

 

 言い淀み、咳払いし、ジョシュアは躊躇いつつ話した。

 

『国土の広大さが仇となり、報告全てが正しく把握できているとは言えません。このように映像に残せるようにと手段を講じたこともありますが、深海棲艦との戦闘映像は多くありません。戦闘の激しさ故に持ち帰れなかったり、消失するばかりで、ここまで鮮明なものとなれば……』

 

 海原が明石に「再生を」と言えば、時が流れ激しい戦場が動き出した。

 艦政本部が多少手を加えた映像はあっという間に終わってしまったが、ジョシュアとベイリーには十分な効果を発揮しただろうと井之上は息を吐く。

 

 ソフィアが後押しするように海原を指して言う。

 

『彼が言っているのなら間違いはないはずでしょ? 私はアメリカに戻ってからもずっと訴えてたし、アイオワだって言っていたでしょう!』

 

『……あ、ああ、これを見せられては、な』

 

 ベイリーが両手を胸の前まで上げて、ソフィアを落ち着かせるような声音で言うも、まだ信じていないのかとばかりに今度はジョシュアへ矛先が向けられた。

 

『ジョシュア少将! あなたはどうなの!』

 

『……神の存在を信じていると口にする敬虔な信徒は多いが、神を見たという奴は大体が狂った奴らだ。だが私は今なら、神を見たという奴を信じるだろうね』

 

 腕組みをして言ったジョシュアを見たソフィアはようやく納得したかのように閉口する。

 それに代わって海原が言葉を紡いだ。

 

『神は信じて、艦娘は信じていないのか?』

 

 核心に掠る問い。ジョシュアはぐっと声に詰まった。

 

『っ……そのようなつもりはありませんでした。我々アメリカ海軍は艦娘を信頼し、最大効率での運用を心掛けてきました』

 

『そうか。であるならば、ソフィアの言うアイオワもまた最大限の力が発揮できるようにしてあるのだろうな』

 

 海原からソフィアと呼ばれた事で先ほどまでの興奮が一気に冷却された様子の彼女は再び俯いた。白々しい咳払いつきで。

 

 井之上はここまで来ると手を叩いて喜び、海原を褒めてやりたくなった。

 お前はどうしてこうも核心を突けるのだろうな、と。

 もちろん、ぐっと表情を引き締めたまま沈黙を貫いているが。

 

『……』

 

 口をつぐむジョシュアとベイリーに、海原の言葉はトドメとなった。

 どうしてトドメとなったのかは、本人たちにしか分からない。

 井之上と、ジョシュアとベイリーにしか理解出来ない言葉だ。

 それを言った海原は理解出来ていない。だが、間違いなく心臓を鷲掴みにした。

 

『艦娘の体調、兵装、艤装の調整、戦場に出る前のありとあらゆる準備は勝利を確実にするためのものではない。やっていて当然のことだ――海に出れば、勝利を左右する一瞬の判断は全て彼女ら艦娘に委ねられるのだからな。その上で我々がすべきことは祈ることでもなければ神を論じることでもない』

 

 映像が終わったことで事後処理をしていた明石は、無意識に顔を上げてしまった。

 

『――彼女らを最後まで信じることだ』

 

 ジョシュアもベイリーも、頭の中でいくつもの反論にもならない悪態が浮かぶ。

 そんなもので戦場がどうにかなるものか。深海棲艦という人類の生み出した兵器が通用しない相手と何年戦争をしていると思っているのだ。

 資源ある限り最低限の性能さえ発揮できれば数で圧し潰せば勝てる相手だ。

 空母の群れから艦載機を放ち空を埋め尽くし、砲弾で海面ごと穿つ、それで我が国は勝利してきたんだ。

 

 それらを、一つの映像と、一人の男が否定した。

 まるで冗談みたいな存在を本気で扱って、証明してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

妖精(あいつ)らは甘いものが好きだぞ』

 

 ぽつりと海原の口から零れた言葉に、ジョシュアは、はん、と笑った。

 

『では――最高級のケーキでも用意してみましょうか』

 

 ジョシュアは皮肉を言っているようだったが、その目は来たばかりの頃とは変わっていた。同じく、ベイリーの目も。

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