柱島泊地日記帳   作:まちた

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※『』は英語「」は日本語でわけています。


北へ⑤ 【鎮side/ソフィアside】

『ねーえー、まーもーるー……まだ眠いよぉ……』

 

『もう少し我慢しろ、頼むから……!』

 

『英語で言われてもぉ』

 

『あぁもうっ……!』

 

 むつまるがポケットの中から間延びした声で文句を言う。お前も英語じゃねえかよ流暢に喋りやがって。

 しかもこういう重要な時に限って爆睡かまして翻訳金平糖(妖精印)を出さずに窮地に立たせやがってよォッ……!

 先ほどになってようやく俺の危機を察知し、もそもそと金平糖を差し出してくれたので隠れて食べることに成功したが、多分、井之上さんにはバレてたかもしれない。

 

 オロカモノメェッ……!(自責)

 

 けれどすごく助かったので、俺はジョシュアさんがケーキがどうのと言うのをふんふんと適当な返事で流しながら、不自然に見えないようポケットに手をあてて、ぽんぽんと撫でておく。ありがとうむつまる。フォーエバーむつまる。頼むから起きろ。

 

『んんっ、相手が相手であるならば、味方も味方というわけだ。是非、最高級ケーキとやらを用意して喜ばせてやってくれ』

 

 そうしたらきっと群がってくるぞ。

 

 俺は井之上さんに仕事してますよとアピールすべく妖精についてさらに説明してやろうと、後ろで手を組み言葉を紡ぐ。

 

『……さて、妖精は私達と切っても切れない関係であるのは日本海軍の者ならば知っているが――』

 

 隙を見せれば邪魔をされ、やり返そうとすれば十二倍くらいにして仕返しされる。

 書類仕事で頭を痛める我々提督にとっての天敵であり、重要な鍵である妖精を信じていない様子の二人にむつまるを見せてあげてもいいのだが、やる気スイッチがぶっ壊れたみたいにだらけたむつまるを見せては俺の監督責任を問われかねん。

 

 俺はむつまるを撫でるのをやめ、モニターに繋がったいかつい機械を弄り続ける明石に近づきながら声をかける。

 

『――妖精と無意識に作用しあう関係でもある。だろう、明石?』

 

「えっ? あ、ごめんなさい、英語はちょっとぉ……!」

 

「んんっ。妖精と私達、妖精と艦娘、互いに作用しあっている、と言ったのだ」

 

「あぁ! 言われてみば、最近になって確かに……」

 

 ごめんね明石、社畜も必死なのだ。

 妖精について話を続けようとする俺だったが、井之上さんを見て「違うわこれ深海棲艦との戦闘記録の話だったわ」と思い出して、華麗な話題転換。社畜のなせる技である。別に間違えて英語で話しかけたからと狼狽したわけではない。

 

「すまない。話を戻そう。明石、お前は映像にいた深海棲艦を見てどう思う」

 

 改めて日本語で問えば、明石は井之上さんをちらりと見た。

 

「良い。ワシが許可する。言ってみろ」

 

「でしたら……んー、そう、ですねえ……」

 

 工具を持ったまま腰をくいっと反らし、額に工具をこつこつとぶつけながら考え込む。見てよジョシュアさん、ベイリーさん。この可愛さをよ。

 こんなに可愛くて強い艦娘が深海棲艦に負けると思ってんのか?

 

 ……茶化さずに所感を述べれば、まあ、とんでもない相手だと再認識した。

 艦娘はあんな異形の怪物と対峙していたのかと声も出せなかった。

 艦隊これくしょんの頃だって常に自分達を捻り潰さんばかりの戦力で襲い掛かって来る相手だったのだ、一般社畜の俺が恐怖しない理由が無い。

 未だに戦艦棲姫(ダイソン)とか見たら机をぶん殴ってしまう自信がある。

 

 幽鬼が如き絶望の光を宿した瞳を揺らし、蝋色の装甲から伸びる灰のような腕は今にも掴み掛り深海へ引きずり込もうとしているような、あんな姿を見せられて恐怖するなという方が無茶な話だ。

 

 しかしそれでも、俺は海で深海棲艦と対峙することはない。

 この世界に生きる今でさえモニター越しで、彼女達の戦いを見ているだけなのだから。

 

 故に俺は信じるしかないのだ。どこまでも気高い彼女らの強さを。

 

「端的に言えば、怖い、ですかね。それに……見てるだけで、悲しくて、悔しい気持ちになりました。映像にあった特殊個体だからってわけでもなくて、深海棲艦を見ると、そういう気持ちになっちゃうんですよ。私達って。勝てる勝てないとか、沈むかもなんて考えたりもしますけど、根っこにあるのは……やっぱり、そういう気持ちですかね」

 

 それっきり俯いてしまった明石に「そうか」とだけ言って、話してくれた礼を言えばいいのに、それだけでは自分の謝意を伝えきれない気がして肩をぽんぽんと撫でた。

 

「ぁ、えと……」

 

 彼女の視線が俺をとらえ、しばらくの沈黙が流れる。

 明石は視線をそろりと井之上さんに向けると、目が合った途端に、あはは、と困ったような笑い声を漏らした。

 

 違うんですよ井之上さん、これは謝意であってセクハラではないんです。

 というか日本語で話してもらいましたけど伝わるんですかこれ、とジョシュアさんを見れば、

 

『悲しさに、悔しさ……っは、本当にオカルトだ』

 

 と言って――ちょっと待てや日本語分かるんじゃねえか!

 むつまるを必死にこそこそと起こした俺の努力返せテメェッ!

 

『まだ半信半疑のようだが、お前達はこれらを一笑に付す結果を出したのか?』

 

 棘のある俺の声にジョシュアさん達が身構えるように動いた。

 すみません八つ当たりでしたね。調子乗りました。許して。

 

『映像を見せた後に結果を問うなんて、海原元帥は厳しいお方ですね。このような貴重な記録まで見せられて、何の情報も出さずに背を向けて帰国してはアメリカ海軍の沽券にかかわります。話しましょう、私が知る限りを。これが今の私の誠意であると思っていただければ。……我々アメリカ海軍は、深海棲艦の撃滅に際して残骸そのものや敵機のサンプルを採取し研究を続け、ある発見を――』

 

『クラーク少将……!』

 

『黙っていろベイリー大佐。ここで隠し立てしたところで進展があるか? それとも君は海原元帥のように艦娘を指揮して同じ結果を残せるとでも言うつもりか? 映像に映っていた艦娘の数を見ただろう。半分、いやそれ以下だった! 最終的に倒した数は未確認を含めれば差は十倍近くにまでのぼるんだぞ! これがもう答えじゃないか! そのうえ、一人しか犠牲を出さずに勝利した。妖精という未知の部分を差し引いても、これ以上に君を安心させる要素はないように思うがね』

 

『で、すが……』

 

『かつて拳を交えた相手だからとくだらんプライドを持っていて任務の邪魔をするつもりなら、今すぐ表に出てドーナツでも買って来い。ナッツ入りのな』

 

『……』

 

 すげえ、洋画みたいだぁ……。でもどうしてナッツなんだ。好きなのか?

 ぽかんとした顔でやり取りを見ていた俺にジョシュアさんは言った。

 

『失礼。どこまで話しましたか?』

 

 深海棲艦のサンプルがどうのってところまでだよ。と素で言いかけて、威厳スイッチオン。あぶねえ。

 

『サンプル採取をした、と』

 

『ああ、そう、そうでしたね。サンプルを研究した我々の発見とは、物理的に撃破するための攻撃手段ではありません。そちらの楠木少将が発見した深海棲艦の通信方法である電波を捜索する効率的手段を見つけたのです。奴らは攻撃地点を事前に決め、そこへ出現する。先回りすればどのような相手であれ先手を打てるのですよ。奴らにとっての弱点は、常に我々に後れを取る――というところでしょう』

 

『楠木……か』

 

 日本海軍の一部の軍人達が艦娘を滅茶苦茶にする原因となった男。

 呟いた俺の声に、ジョシュアさん達は胸に手を当てて『お悔やみを』と言った。

 

『それで、発信源の特定は出来たのですか?』

 

 今度は井之上さんが問う。するとジョシュアさんは頷いたが、曖昧な頷き方だった。

 

『ええ、()()()()特定できましたよ。我々がぶつかっている問題は、その電波の発信源が常に動いていることと……大本に辿り着けた試しがないことです。傍受出来ても辿った先からぷっつりと途切れてしまう。その電波というのも人類が発展させた科学に反するようなもので、目標地点に到達した途端に性質を大きく変える。特殊な電磁場が形成されるのです……それも、そのエリアを攻撃する敵艦隊が撃滅されないかぎり、残留します』

 

『撃滅されないかぎり残るか。しかし辿れないとは妙な話だな』

 

 それらが示すのは艦娘からも報告が上がっている結界、という現象だろう。

 日本海軍は今まで結界を艦娘の妄言としていたが、アメリカ海軍は戦場から上がる多くの報告に共通点を見出だし、大真面目に調査したのだろう。

 

 電波とやらが敵棲地から攻撃地点を指していることは理解出来るが、大本がどこにも存在しないなんていうのはあり得ないのでは? と口を挟んでしまう俺。

 

 思えば、一般社畜のミリタリー知識すっからかんの俺ですら現代の科学技術を以てしても十年という長い期間、人類側が耐え続けたとは考えづらい。

 日本のみならず諸外国とてあらゆる手段を講じたはずだ。それらが役に立ったか否かを差し置いても人類が未だ滅亡していないというのはあまりに不自然だった。

 深海棲艦側が意図的にじわじわと追い詰めているのならば話は別だが。

 語弊の無いように言うが決して俺は破滅願望を持つような社畜では無い。

 虚無主義者でもないし楽観主義者でもない。

 

 ちょっとだけ、いや結構な楽観主義者かもしれない。艦娘がいればオッケー! なので。

 

 ……話が逸れたが、要するに人類が危機に瀕しているにしてはコントロールされているように思える、という話である。

 謎に包まれた存在として扱われていた深海棲艦は艦隊これくしょんというコンテンツの運営が長くなるにつれて正体を徐々に明らかにした。明言こそしていないが、そうした表現が増えたと言おうか。

 艦隊これくしょんで言えば敵を生み出しているのは運営だ。

 コンテンツを維持するために史実を基にキャラクターを考え、実装され続けるからこそ戦いが続く。

 

 ではこの世界はどうだ?

 

 歴史に名を残す軍艦が少女として蘇った。そうして、歴史をなぞるように現れる敵と戦うわけじゃない。無限とも思える戦力が深海から湧き出す。

 俺がここに来る前の世界と艦娘と深海棲艦の存在を抜けば殆ど変わらないこの世界が同じ歴史を辿って来たのならば、人類に残されている選択はたった一つしかないはずだ。

 

 滅亡である。それも数年で。

 

 そのゴールに到達するまでの時間が抵抗すればするほどに長引くだけで、最終的には食い潰される。

 史実に沿うなら当然の帰結。

 

『我々は決して他国に技術的に劣っているとは考えておりません。機能的にも組織的にも優れていると自負しています。国土を駆使した工業能力を以てして開発した数多くの手法が尽くそう示すのです。大本に辿り着けないとね』

 

 ……違うだろう。彼女らは軍艦の記憶を持った存在だが、決して軍艦そのものではない。

 記憶があれど、知識があれど、背負う悲しみがあれど、生まれ変わった存在だ。

 また軍艦同士をぶつけ合って戦うのか? 違う。何もかもが違う。

 前提条件が、全くもって違うじゃないか。

 

 彼女らは、艦娘なのだ。

 

 この戦争は過去をなぞる戦いでもない。

 今度の相手は――深海棲艦。

 

 正義だの悪だのは存在せず、ただ彼女らは人類を守らねばと戦っている。

 理由は? 軍艦の記憶を持っていて、戦火の悲惨さを知っているからか?

 

 それだけであそこまで戦えるはずがない。あんな異形の怪物と。

 艦娘が心に持つあらゆる感情の中に、普遍的で、誰にでもあって然るべき思いがあるだけなのだ。

 

 機械的に深海棲艦を見つけ出し、機械的に艦娘を出撃させて戦い続け、十年。

 そこに意味があるとは到底思えなくて、俺は眉根にしわを寄せてしまう。

 

『辿り着くことに意味があるのか?』

 

 俺の声に力がこもる。

 

『はい……?』

 

『発信源が最重要であると見ているようだが、私はそれに意味があるとは思えんのだ。深海棲艦は、何かを示しているのではないのか?』

 

『そのようなもの、考えた事も……』

 

『発信源など、深海くらいしか思いつかんがな』

 

 え、あれ? 違うの? じゃあ分かんねえよ! 社畜の真面目思考を返せ!

 そう胸中で茶化してしまう一方で、ジョシュアさんの顔色が変化したのが分かった。

 

『海原元帥、それは深海棲艦と呼称しているからなどとは、言いませんよね』

 

 そうですけど? なんだよ、そのまんまじゃねえのかよ。

 

『ただの比喩とでも考えていたのか?』

 

 まあ、漫画やアニメのように単純な問題ではないのは百も承知している。

 艦隊これくしょんに限りなく近い別物として捉えるべきだ。

 深海棲艦をより深く知ろうとすれば俺の持つ知識とは全く異なるものであるなど考えるまでもない。

 

『……日本海軍も独自に深海棲艦の研究をしていることは存じていますが、我々とは違う方面で研究を続けていたということですか』

 

 ジョシュアさんの視線が井之上さんへ向けられる。

 井之上さんは俺に代わって言葉を紡ぎ始めた。

 

『我々が深海棲艦と呼称するのにも理由があります。これは後付け、いや、裏付けにもなりましたが……まるで深海から現れた化け物のようだ、と言った人類の感覚が間違っていなかったことにも繋がりましょうな。奴らの堅牢堅固な外殻より内側の組織は、非常に柔らかく、深海の環境に適しているであろう事が判明しております。アメリカ側も似たような研究結果や見解が出ているのではないかと愚考しますが、如何ですか?』

 

 あっあっ、井之上さんやめて、それ以上難しい単語を並べられては俺の両耳に搭載された《右から左へ機能》が起動しちゃう。

 

『深海の感光限界はおよそ千メートル。光をエネルギーとして利用できる深度はせいぜいが二百メートル程度。我々人類は深海の研究をしておりましたが、制海権の多くを失った今では足踏みせざるを得ない状況で、大部分は未解明のままです。数字にすれば絶望的なまでに未開の地だ。潜水可能な艦娘でさえ深度百メートルも潜れば行動制限が掛かってしまう場所を……どうして候補から外せましょうか。我々の戦力をはるかに凌ぐ数の深海棲艦が潜むには十分な場所であるかと』

 

 だめだ起動しちまうよこんなの。

 あー……大淀、書類整理してくれてるかなあ。

 そういえば龍驤も待たせたままだし、さっさと大湊警備府の仕事終わらせて柱島泊地に帰りてえなー! 小難しいことはぜーんぶ井之上さん達に任せちゃってさー! あーあー! 間宮のご飯食べながら夕立と時雨の言い合いでも眺めてたいなー!

 

 話をほとんど聞いていない俺をよそに、ジョシュアさんは井之上さんに一歩近づいて声量を大きくした。

 

『で、であるならば! 敵棲地は文字通り深海のどこかにあるという――!』

 

 深海のどこかってなんだ。深海棲艦なんだから深海そのものに棲んでるんだろ、どれだけいると思ってんだ。無限湧きだぞ。

 そう考えただけのつもりが、あんまりに不真面目な俺の口が滑る。

 

『深海棲艦だぞ? 深海そのものを目標と捉えても良いくらいだ。特殊個体が群れを成して泊地を形成しようが、そんなものは一部に過ぎん』

 

『海原、元帥……それは……っ!?』

 

 や、やべぇ……やっちまった……!

 後悔先に立たずとは正にこのこと。

 自動翻訳金平糖を食べているというのに、仕草だけでジョシュアさんとベイリーさんが「おーまい……じーざすくらいすと……!」とか「まい、ごっど……」とか言っているのが分かる。

 実際には『嘘だろ、そんな……』と聞こえているのだが。

 

 俺の不真面目さにとうとう痺れを切らしたのであろう井之上さんが、にこやかな表情で俺に歩み寄って来て、ぽん、と肩を叩く。

 怒られる、では済まないかもしれないと身構える俺。

 

『……深海そのものが目標、というのは語弊があるだろう?』

 

 えっ、いや、でもこれゲームの話ですから! 井之上さん分かってるだろ!?

 俺の心の声が届いたかのように、井之上さんは「濁せ」と耳打ちしてきた。怖い。

 

 言い訳してもいいんですね!? 責任取ってくださいよマジで!?(他力本願)

 

『失礼した。深海そのものが目標であるのは例え話だ。あー、そこの明石が言っていただろう。特殊な個体のみならず、深海棲艦を見ていると悲しさと悔しさを感じると。無尽蔵に湧き出る敵はどうして一斉に襲い掛かって来ないのだろうな? 向こう側が圧倒的戦力を有しているのならば、敢えてそうせねばならん理屈や理由があるのかもしれん。途方もない悲しみの連鎖を、まるで途切れさせぬようにしているみたいではないか』

 

 ゲームでは、敵がいなくなればサービス終了してしまうからとにべもなく言える。

 そうした歴史を再現して、敵と戦い、可愛い子を愛でるだけのゲームだよ、と。

 

 違うだろう。今を生きる彼女達は必死になって歴史を塗り替えようとしているじゃないか。

 過去ではなく、未来を。

 

 ……ああ、なるほど。

 俺はここにきてようやく納得するに至った。

 

 深海棲艦もまた、変えようとしているのかもしれない。

 自分達が成せなかった想いが反転し、人類へ牙を剥ける結果になっただけなのかもしれない。

 

『途切れてはならぬと、相手も必死になっている。この連鎖の果てを求めているように』

 

 深海棲艦は、きっと過去の影なのだ。

 あるいは悪夢で、いつしか忘れ去られてしまいかねない記憶だ。

 

 記憶を引き継ぐ存在で、その影は忘れられぬようにと足掻く傷そのもの。

 

 俺が口にしようとしている言葉は、言い訳に使うにはあまりに不謹慎が過ぎる。

 かつての戦争で水底へ消えた軍艦が蘇って戦い、歴史をなぞっているのならば、自分達がせねばならないことは何か、それを表現するための言葉を探す。

 

 もっと良い言葉を、と必死に考える俺の背に、井之上さんの硬い掌が当てられた。

 

 あぁぁぁぁぁ! 殴られる!? サーセン! サーセンっした!

 言いますから! 言いまぁす!

 

 

『……清算する時が来たのだろうな。我々の手で。争うのではなく、救うために』

 

 言ってしまった。

 戦争そのものへの理解が浅い俺が決して口にしてはならない言葉を……。

 井之上さんは口元だけニコニコとさせて、俺に言う。

 

「付き合わせてすまなかったな海原。任務へ戻って結構」

 

「えっあっ、井之上さん、あの」

 

「くくく、お前と言う奴は、どうしてこうも……見上げた奴よ」

 

 ぱしん、と背を押されて、エレベーターのある方へ数歩進んでしまう。

 振り返って井之上さんを見れば、頷かれ、ああもうさっさと出て行けと、はい。

 

『私は私の仕事をせねばならんので、ここで失礼する』

 

 せめて礼儀がない奴と思われないように、と俺は軍帽を被りなおして背筋を伸ばし、ジョシュアさんとベイリーさんを順番に見て、最後にソフィアさんに敬礼した。

 深海棲艦研究者なんですよね!! ならもうここはお任せしまーすッ!

 もう、会う事もないかもしれないがな……! と泣きそうになりながら、涙が零れないようにしかめっ面である。なんて情けない。

 

 ジョシュアさん達からの答礼? 無かったよ。

 

 俺は逃げるようにエレベーターへ向かったが、後ろからまた井之上さんの野太い声が届いた。俺は振り向き、重々しく頷く。

 

「警備府の件、頼むぞ」

 

「っは」

 

 この仕事、もう失敗は許されねェッ……!

 人類の存続よりも俺の仕事の存続のが先だァッ! 許せよアメリカ海軍のお二人ぃ!

 

 エレベーターに乗り込んで扉が閉まるまで、俺は手を後ろに組んで俯きっぱなしだった。

 

 帰って来たら井之上さんに怒られるんだろうなあ……。

 

 

 

* * *

 

 

 

 覚悟を決めた顔をした海原の姿がエレベーターの扉の向こうへ消えた後、ジョシュアは情報を欲して声を荒げた。その声量にソフィアの肩が跳ねる。

 

『日本海軍の研究はどこまで進んでいるのです!? 艦娘の研究の他、深海棲艦の研究も続けられておられるのならば、我々はこの戦争に終止符を打つことができるのですね!?』

 

 井之上元帥は絶望に染まる戦況を知ってなお笑っていた。

 海原鎮という大いなる希望を見せておいて、ここからが第二段階だと絶望を叩きつける。

 

『それはどうでしょうな。深海棲艦と十年も戦争を続けて来たのですから、互いに理解しているように思いますが。どれだけの数が存在するか定かではありません。特殊個体は多くの深海棲艦を生み出し続けますが、そちらの言い分であれば物量で圧し潰し続けられる相手なのでしょう? ならば問題は無いかと』

 

 的確に、確実に言葉で絡めとる。

 井之上の予想通りの反応を引き出すために。

 

 ベイリーは軍帽を脱いで脇に抱え、不格好であろうがお構いなしに額に浮かぶ汗を袖で拭って言った。

 

『十年も戦い続けられたアメリカ海軍であれ、果てが見えません。ええ、もう、弱音でもなく、これは事実と認めましょう』

 

 続いてジョシュアが言葉を繋ぐ。

 

『映像を見て……彼を見て確信しました。あの指揮官と艦娘であるから可能である戦術であると深く理解しました。であれば我々にもあのレベルでなくともまだ戦える可能性があるということでもあります。情報共有も前向きに……いや、出来る限り早急に、手を回しましょう』

 

『クラーク少将の一存では難しいことも多くあるでしょうから、私に出来ることがあれば何でも仰ってください。この映像データを持ち帰って頂いても構いませんし、行動調書の一部もお渡ししましょう。それで……アメリカ海軍としては、深海棲艦の規模をどの程度と見積もっておられたのですか?』

 

 さあ吐けと言葉にせず井之上は凄んでみせた。

 完全に委縮してしまい、ジョシュアがぽろりと口にする。

 

『現在の戦力に対して……十倍以上は、かたいとの予測が出ています。敵棲地がいくつも示された結果にアメリカ政府は恐れをなし、艦種を多く保有する日本の情報を欲しているのです。日本政府や井之上元帥が二つ返事で情報の共有を申し出たのに食いついたのだって、今までならばあり得ない話であると井之上元帥も考えてらっしゃるでしょう』

 

『ええ。今までならば、ですが。アメリカ海軍は圧倒的戦力を以て深海棲艦を撃滅し続ける先導者です。そうせねば世界に示しがつかないとお考えだ。しかし我が国は既になりふり構わず戦う事を決意し、実行しております。一騎当千を体現し、何倍、何十倍もの敵勢力を撃滅している指揮官のもとでね。情報の共有一つで人類が存続できるのであれば外部からどう見られようとも、安いものです』

 

『……今後の経済や国家のパワーバランスが大きく変化してしまいますよ』

 

『そうでしょうか? では、アメリカが独自に発見した情報として扱って頂ければ宜しい』

 

『何を仰るのです井之上元帥! お戯れが過ぎます! 折衷案を探しましょう。なあ、ベイリー大佐、ミズ・ソフィア』

 

 二人は何度も首を縦に振るが、井之上は横に振った。

 

『では分かりやすく言いましょう、あの最高指揮官の言葉を借りて。――我々に、清算する時が来たのです。国家間が小競り合いする余裕など何年も前に失われました。如何なるオカルトであれ、未知の存在であれ、薄々気づいていたはずです。これは歴史を繰り返そうとする大きな力のうねりであると。憎悪や痛哭の過去が牙を剥いて蘇ったのだと』

 

 ソフィアは囚われていた過去を思い出しているのか、腕を抱いて震える吐息を漏らす。

 争いという形になっているのを突きつけられては、思い出したくなくとも深海棲艦(彼女ら)の瞳を思い出してしまうのだ。

 どこまでも暗く、光を探し求めているようで、怒りに燃えた目を。

 

『それを世界に向けてどう説明するおつもりですか!! かつての戦火は消えておらず燻っていただけで、また大きな火の手があがったと!? それは我々の過ちであるとでも演説しますか!? 海原元帥のお力も、日本の艦娘の力も今ここで見せていただきましたし認めております! しかしこのような事で世界は納得しません!』

 

 ジョシュアの痛切な叫びを吹き飛ばしたのは、井之上の怒声だった。

 

『かつての戦争に納得があったとお思いか――ッ!!』

 

『っ……』

『うぐっ……』

 

 怒号の飛び交う空間でソフィアはとうとう両手を胸の前に組んで、ぎゅっと目を閉じる。祈るように。そこでふと浮かんだのは、ある友人の顔だった。

 心配し続け、彼女を想い続けてくれた戦艦の顔だ。

 すると淀みが消え、彼女の心の内にあるのは、単純で当然な無垢なる想いとなった。

 

 

 

 争わないで。

 

 

 

 その心に呼応したかのように、ソフィアの着ていたグレーのスーツのポケットが淡く光った。

 ジョシュアもベイリーも井之上も気づいておらず、明石だけが誰にともなく言う。

 

「え……? ポケットが、光って……」

 

『これ……あの人がくれた、キャンディー……?』

 

 ソフィアがポケットから取り出すとそれはさらに光を帯びた。

 ジョシュア達が驚いて視線を向け、二人がそれを確認しようと歩み寄る前に、ソフィアは無意識のまま、それを口に含んでしまう。

 

 

 

 そして世界は、反転する。

 

 

 

『ミズ・ソフィア、なんだそれは!? 待て! それを口に入れるなど――!』

 

 ベイリーの声がかき消される。

 刹那のこと――まばゆい光がソフィアを包み込み――彼女の頭の中に見た事も無い光景がいくつも流れ込んできた。

 地面に立っているのに、彼女の意識は暁の水平線の果てへ飛んでいく。

 

 まばゆい光は全員から視界を奪い、まるでその空間を真っ白に染め上げるようだった。

 

『あ、あぁっ……これ、は……』

 

『ミズ・ソフィア! くそ、見えない……! 井之上元帥、彼は彼女に何を渡したのです!?』

 

「……っくくく、はっはっはっはっは! 海原よ、そうか、そう来たか! 全くお前という奴はどこまでも無茶をしてくれる! はーっはっはっはっは!」

 

 高らかに笑う井之上元帥の姿に、眩しさに目を細めながらベイリーが懐にしまっていた拳銃を取り出して構えた。ジョシュアが叫ぶ。

 

『動くなァッ! 一体何を――!』

 

『ベイリー大佐! 銃を下ろせッ!』

 

『クラーク少将! こんなもの異常です! ミズ・ソフィアという手札を失えば我々アメリカ合衆国の損失に繋がります! 少なくとも再び失ってもいい人ではありません!』

 

『クソッタレめ、そんな事を言っている場合か! お前の早とちりで何度俺が尻拭いさせられたと思っているんだ! いいから銃を下ろせ! やめろッ!』

 

『しかし!』

 

『ここは日本海軍の中枢だぞ! お前が引き金を引けばどうなるかくらい分かるだろう!』

 

『っぐ、ぅぅう……!』

 

 怒鳴りあう彼らをおいて、彼女の頭に流れ込んでくる光景。

 それはかつての戦争なのだとソフィアはすぐに理解した。

 だがそれ以上に理解しようとすると、冷静さはすぐに失せ、ただ、多くの感情が頭を駆け巡る。

 

 喜び、悲しみ、痛み、苦しみ、絶望。

 身体を突き抜ける銃弾。心臓を穿つナイフ。

 四肢を吹き飛ばす爆発、全身を焼き尽くす業火。

 泣き叫ぶ子ども、絶望に暗い空を仰ぎ見る母親。

 骸を抱いて俯く軍人。銃口を向けあう人。

 ソフィアの意識は多くの人々に入り込んでは抜け出していく。

 まるで自分が光の粒になったかのように世界を巡る。

 そうして重油にまみれた真っ黒な海へ飛び込み――底を見た。

 

『ぁ……あぁっ……』

 

 ソフィアの意識は、今にも崩れ落ちそうな真っ白な手が、沈んだ大きな船の残骸から突き出しているのを見ていた。

 しかしジョシュア達には彼女が虚空へ手を伸ばしているようにしか見えなかった。

 

 光る彼女の左手が、そっと不可視のものに触れ――掴み――そして――

 

『そう、だったのね……』

 

 ――掴んだ手を離さないように、大事そうに引き寄せて、両手で包み込む。

 まばゆい光はソフィアの両手に収束していき、ふっと、消えた。

 

『ただ……世界(ここ)に居たかっただけなのね……』

 

 ソフィアが両手をひらくと、そこには小さな妖精が眠っていた。

 ジョシュアは唖然としたまま立ち尽くし、ベイリーは構えていた拳銃を力無く下ろした。

 

 井之上は素晴らしいものを見せてもらったというような満足気な表情で言った。

 

『これもまた、共有事項の一つとしておきましょう』

 

 ジョシュア達は言葉の意味を呑み込もうとしながら、彼女の手のひらに眠る妖精を見て頭を抱えた。

 

『ミズ・ソフィア、それ、その小人は、なんだ……なんだっていうんだ……!』

 

 ベイリーの震える声に、ソフィアは自分の意思とは無関係に流れる涙をそのままに言った。

 

『救いを求める魂、過去の記憶そのもの……妖精よ』

 

 井之上は軍帽のつばに指をかけ、姿勢を正してソフィアに身体を向ける。

 その瞬間、ソフィアの心臓は強く脈打った。

 まるで焼けた鋼鉄が血液となって全身に送り出されたように、熱を帯びる。

 

 揺れる瞳は、妖精を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

『どうやら、艦娘と共に戦う()()()()()()()()()がここにもいたようだ』

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