柱島泊地日記帳   作:まちた

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北へ⑦ 【鎮side】

 けたたましい起床ラッパの放送が鳴り響く。

 

「総員おこーし!」

 

 大湊警備府のスピーカー全てから野太い声が聞こえてくると、建物が揺れたと錯覚してしまうほど芯の通った軍人達の返事が各所から聞こえ、ものの数分後には全員が制服や揃いの作業服を着用して訓練場の一角にある広場に集合整列していた。

 既に一時間も前から持ち場についていた俺は、その光景を工廠と呼ばれる区画からぼんやりと眺めながら、球磨型軽巡洋艦五番艦である木曾の艤装にホースで水をかけて手持ちのブラシを動かした。

 

「海原、何見てんだお前?」

 

「うぉ!? す、すみません!」

 

「新人だろうが同じ班の一員なんだ、ぼーっとするなよ」

 

「はいっ!」

 

 社畜改め、日本海軍元帥……改め、大湊警備府付工廠の新人技官として調査任務に励む、海原鎮です。

 

「木曾の艤装洗浄が終わったらすぐに兵装格納庫に来い。仕事はいくらでもあるぞ」

 

「了解しました!」

 

「……元帥と同じ名前っつうのも災難なもんだな海原」

 

 出来の良い大きなプラモデルみたいな艤装に向き直り、力を込めてこびりついた黒い油を洗い流す俺に声を掛けて来たのは大湊警備府付工廠の一部を差配する班長の杉村浩二(すぎむらこうじ)という男だ。

 日に焼けた浅黒い肌に、快活さを窺わせる目じりの笑いジワが特徴の典型的ガテン系の見た目をした杉村は、班長という立場でありながら、新人で右も左も分からない俺の教育係に名乗り出た気のいい男でもある。

 

 現在時刻、マルロクマルロク。

 

 艤装洗浄に勤しむ俺の横に座り込んだ杉村さんは「この可動部の溝の部分もよく洗えよ」と指示しつつ工廠の窓越しに、すぐ目の前にある訓練場の様子を見ながらこっそりと話をしてくれた。

 そのまま海に出られるようにと開けた工廠の一角は、軍人達の声がよく聞こえた。

 

「来たばっかりでまだ眠いだろ? 宿舎のベッドはお世辞にも柔らかいなんて言えないしな」

 

「いえ、大丈夫です!」

 

「お前、朝から元気だなあ……やっぱり呉でもコキ使われてきたのか?」

 

「え? いえいえ! そんな事ありません!」

 

 ハキハキと喋るよう意識して声を返す俺に、ニヤリとした杉村さん。

 

「呉の山元大佐は随分と恐ろしい人らしいじゃねえか。可愛がりも相当だったろう?」

 

「自分は要領が悪いんですが、山元大佐はこんな自分にも普通に接してくださいましたよ」

 

 適当にそう返事して、訓練が開始された広場の向こう側に視線をやって、殆ど全力疾走じゃないかと見紛うランニング風景を眺めていると、杉村さんが自分のブラシを持ってきた。

 木曾の艤装とは別に並べて置かれた暁型二番艦響の艤装を洗浄し始める。さらにその横には同型三番艦、四番艦の艤装もあった。

 本日の俺の仕事はこの四つの艤装を洗浄することから始まるわけだが、教育係ということもあってか杉村さんのお手伝い付きらしい。

 

 初めのうちは床掃除でもしてろ! という扱いを覚悟していた俺は肩透かしをくらった。

 

 海軍における重要機密の塊でもある艦娘の艤装を新人に触らせるべきではないだろうと思った俺は「床の掃除などは……?」と訊いたのだけれど、呉から大湊へと異動してきた即戦力――というていである――ならば技術を磨き続けろとのこと。

 杉村さんがついてくれているのは、空気に慣れるようにという気遣いと、失敗してもすぐにサポートできるようにという職務上の気遣いである。

 

 そもそも艤装にホースで水かけて汚れを落とすだけなので失敗もなにも無いのだが。

 

「嘘つけよぉ! 山元大佐って言やぁ反対派で有名じゃねえか。一部の上層部とつるんで好き勝手してたって噂だぞ。もしかしてありゃ本当に噂だったのか?」

 

「ただの噂ですよ。山元大佐は――」

 

 この時間ならば曙か那珂、はたまた違う艦娘に叩き起こされて食堂へ引っ張られてるんじゃないですかね、なんて言えるはずもなかった。

 ――何せ、俺はここじゃ無知の新人、海原鎮と同姓同名なだけの一般人なのだ。

 我ながらややこしい。一般人だけど軍人で元帥。しかし一般人のフリをしなければならないってもうこれ分かんねえな。

 

「えーっと、ほら、新体制でかなり変わったみたいで、優しい人でした」

 

「新体制っつっても一年かそこらじゃねえか。別に俺達はお前のこと小突きまわしてやろうなんて考えちゃいねえんだから吐いとけって、な?」

 

「面白がって変なこと聞きたがってるだけじゃないですか!」

 

「ははは、バレたか! まあここにいる間は肩に力を入れ過ぎんなよ。艦娘が来た時に気合入れな」

 

「は、はぁ……」

 

 大湊警備府に来てまだ一日と少ししか経過していない俺だが、未だ艦娘の姿を直接目にしたわけではない。

 しかしながら工廠――言わば技術工場――で作業する軍人や軍属の者は一人も漏れず気楽に作業している様子のままで、杉村さん然り、立ち話しながらコンクリートの床に水を撒いてデッキブラシで掃除しつつ、傍らでブラシを片手に談笑している者もいるくらいには雰囲気は良かった。

 

 大湊警備府を調査せよ、という井之上元帥の書状を見てから相当の惨状を覚悟してきたのだが……。

 

「にしても本当に災難っていうか、弄られ放題だったんじゃねえか?」

 

「あ、あー……っと、名前ですよね」

 

「そりゃあそうだよ! あの元帥閣下と同姓同名ってお前、本当に同情するよ」

 

「は、ははは……」

 

 作業帽を目深に被りなおして、俺は艤装に意識を向けた。

 当然だが俺よりも手際のよい杉村さんは響の艤装の周りをぐるぐると動き回りながら的確に汚れを洗い落としていく。

 

「……こりゃ失敗だったかな」

 

「あん? 海原、何か言ったかー?」

 

「いえ! 水が掛かっただけです!」

 

「お前が汚れた分、艤装が綺麗になるんだ。しっかり洗えよ」

 

「はい!」

 

 現場の空気を知るという面においては大成功と言って良いだろう。

 俺が海軍元帥としての立場をもってこの場に居れば決して知ることが出来なかっただろうし、気楽に接してくれと言おうがこうした砕けた会話さえなかったに違いない。

 柱島泊地においては明石に任せっぱなしだしなあ……。

 ただ、問題が一つある。

 

「なぁ海原、元帥閣下の訓練の話聞いたことあるか?」

 

「訓練?」

 

「おう。呉の山元大佐に可愛がられただの言ったろ?」

 

 言ってねえ。ああ、いや杉村さんからの話題提供はありましたけども。

 

「あの山元大佐が号泣するくらい厳しいらしいぞ」

 

「えっ!?」

 

 ――こうした根も葉もない噂を聞かされることである。

 訓練したこと無いですけどぉ! 最近は方々を駆けまわる大淀よろしく俺も出張が増えたことで呉鎮守府に立ち寄ることも増えたが、訓練の「く」の字もないよ!

 柱島泊地で書類と格闘してるか飯食ってるかだよ。九対一くらいの割合でな!

 

「訓練の話は聞いたことないですね……」

 

「んだよ海原お前ぇ! 疎いのか?」

 

「疎いと言いますか、訓練自体したことないと言いますか……」

 

「そら呉の民間工場から出向してるだけなら訓練の必要も殆どないだろ」

 

 話が噛み合わねえ……でも嚙み合わせてもダメだしもどかしい……!

 

「広島じゃ誰も逆らえないって噂の山元大佐が号泣して土下座するくらい厳しい訓練って想像も出来ないよなあ。あ、それとこれは長峰っていう佐官の話らしいんだけどよ」

 

「……」

 

 待てよ。工廠に勤めている軍属である杉村さんからどうして長峰少佐の話が出てくるんだ?

 俺の頭に疑問が浮かび、言葉として組み立てられる前に杉村さんの話が耳に飛び込んでくる。

 

「元帥閣下は怪力の持ち主なんだってよ。舞鶴鎮守府って大規模改築されたろ? どうにも、改築の原因はガス漏れだって言われてるが、実は元帥閣下が大暴れしたからって――」

 

「それは違いますよ!!」

 

「おぁ!?」

 

 背びれ尾びれどころかジェットエンジン積んだ大嘘じゃねえかッ!

 真実は俺が手違いで地下に閉じ込められて半狂乱になって大暴れし、それに気づいた大淀と長峰少佐が掘り出してくれたという珍事件なんだ! 決して俺が怪力であるとかそういうわけでは――!

 

 うーん、どっちも頭がおかしいエピソードですね……。

 

「……んんっ、げほ。失礼しました」

 

「海原、違うってどういうことだよ? この話知ってるのか?」

 

「あーいやいやいや! 自分が聞いた話と違うなー……なんて」

 

「ほぉ? どんな風な話だ」

 

 真実は話せない。話したくない。情けないので。

 

「げ、元帥閣下は、えーっと……普通の人だったと聞いてます」

 

「……」

 

 話しながらでも決して止まることのなかった杉村さんの手がぴたりと止まる。

 そして俺に顔を向けて一言。

 

「そりゃ嘘だろぉ」

 

 俺は杉村さんと数秒間見つめあったあと、そっと木曾の艤装洗浄に戻った。

 

「……で、ですかねえ」

 

 この仕事を失敗するわけにはいかないが――

 

「艤装を展開してる艦娘ですら逆らえない男って有名だぞ?」

 

 逆だろそれ。

 

「流石に大袈裟ですって……」

 

「分かんねえぞ。睨まれただけで気絶した奴もいるらしいんだからよ」

 

 ――まもる、心が折れそうである。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 あれやこれやと準備をしていたら、青森駅に到着したのは昼も随分と過ぎた頃となった。

 青森駅に到着してから、案内板を見ながらバス停を探す俺に龍驤が言う。

 

「で、言われた通りに準備したんはええけどやな」

 

 すかさず返事をして、ぱんぱん、と背負った大きな鞄を叩く俺。

 

「うむ。これで調査をスムーズに行えるだろう」

 

「司令官はすごいよなあ。電話一本で身分を用意出来るんやから。一般人やって言われてもだーれも信じられへんのは、こういう突拍子もないことするからちゃうん?」

 

「突拍子がないことはないとも。一般企業でも身分を隠してお偉いさんが現場を視察するなんてことはあったぞ」

 

「君の場合は隠してるんやなくて詐称しとるんやで。しかも情報部を使ってや」

 

「……誤差だ」

 

「なんの誤差やねん!」

 

 井之上さんが用意してくれていたらしい大本営の俺専用執務室にて大湊警備府の様々な記録に目を通した翌日。龍驤と大淀に俺の名前を使っても良いと許可を出して情報部の忠野へ頼み事をした。

 

 大湊警備府を調査するため、一時的な身分が欲しいから用意してくれ、と。

 

 情報部の長ともなれば、井之上元帥が秘匿している任務であれ本人から共有はされていたらしく、頼み事はすんなりと受け入れてもらえたのだった。

 海軍元帥としての立場で大湊警備府を訪れて真正面から調査するのも悪くないのだが、艦娘が横暴を働く現場という情報を加味すればこうする方がより真実に近づけるのではないかと考えたのだ。故に俺は将官用の軍服を脱ぎ、清々しい青色の作業着を身に纏っている。

 

「ホテルでゆっくり出来るんかと思ったら、結局執務室に泊まってもうたしや……そんなんやから皆に怒られるんやで司令官」

 

「まあまあ、私が知りたいことは粗方分かったのだから良しとしてくれんか」

 

「ウチと大淀は別にええよ、部屋借りれたからゆっくり休めたし。問題は君や君。まーた寝てへんやんか」

 

「寝たぞ? 三時間か、四時間か」

 

「仮眠やん」

 

「寝てるじゃないか」

 

「お? なんや喧嘩なら買うで? 言い訳するんか?」

 

「け、喧嘩など売っていない。勘弁してくれ」

 

「冗談やけども……荷物増やして大湊警備府に行って、具体的に何をするつもりなん? そろそろ聞かせてくれてもええやん」

 

 予想より準備するものが多くなってしまい、東京から大湊警備府のある青森まで移動する間もずっと電話越しに忠野と打ち合わせしていたため、龍驤を放っておく形になってしまった。龍驤の言い分はもっともである。

 新幹線から降りて案内板を頼りに歩いて到着した記載数の少ないバス停の時刻表を確認して、まだ次のバスまで時間はあるからと二人でベンチに座り、ようやく俺は龍驤へ言った。

 

「ふぅ……んで?」

 

「まずは龍驤、移動中に放っておいてすまなかったな」

 

「ん……ええけど、別に」

 

「この調査は手分けして進める必要があるため、お前の負担を少しでも減らせるようにと忠野に相談していたんだ。決して龍驤をないがしろにしていたわけでは」

 

「わ、わかっとるてぇ! なんやの、もぉ」

 

 大淀と二人して俺じゃ安心できないって明言したじゃんよぉ!?

 だから見捨てられないように必死に考えて仕事してるんですよ! いい加減にしろ! サンバイザーの位置ずらすぞ龍驤テメェッ!!

 

「君の負担を減らすためにウチがおるんやから、気張らんと力抜きぃな。調査前に疲れてもうたら本末転倒やんか」

 

 こんの……!

 

「……優しい娘だなあ、本当に」

 

 まもるを甘やかさないでくださぁい! これ以上甘やかされては仕事になりません!

 

「あったりまえやん。それで?」

 

 龍驤の一言を皮切りに、俺は調査の内容や方法を再確認すべく言葉を紡いだ。

 

「うむ。これから私は大湊警備府の工廠部門に下級技官として配属される。出撃や遠征、哨戒の際に間近で艦娘の様子を確認できるのは執務室などではなく現場だろうと判断して、忠野に無理を言って身分を用意させたのだ。別名義では本当に詐称になってしまうため、本名のまま仮登録してある」

 

 ポケットから身分証明書のカードを二枚取り出して手渡せば、龍驤はまじまじとそれを見つめた。

 

「これをたった半日……どころか、大本営に届ける時間も含めても数時間で作ったんかいな……はぁぁ、ようやるわ」

 

「忠野に感謝だな。もう一枚はお前の分だ」

 

「ほんまや、ウチのまである。大本営付、登録番号……え、待ってや司令官、これウチが持ってるのと殆ど一緒やで? 所属が柱島泊地になってないだけやん」

 

「見た目はな」

 

 これもまた忠野の準備したもので、見た目に違いはないが内蔵されているチップが違うとのことらしい。

 大湊警備府では所属している艦娘の持つ身分証明書に電子マネー機能が搭載されているらしい。立地もあって現金での買い物は不便なのだとか。警備府内には酒保以外にコンビニがあるとも聞かされている。ちょっと買い物してみたいからとついでにお願いしたわけではない。

 本当に異動したわけではないため買い物出来なくて困ることなどないだろうが、忠野曰く「何事も徹底的に、が情報部であります」とのこと。ありがとうイケオジ。

 

 どのような事態に陥ってもきちんとした身分証明書があれば調査に支障は出ないだろうと気遣ってくれたものだと説明すれば、龍驤はカードを陽射しに透かすように掲げて「ほぉん」と生返事。

 

「大湊警備府は横須賀鎮守府の管轄下だ。とすれば、井之上元帥の膝元だろう? 龍驤は名目上、一時的な戦力の増派という形で大湊警備府に配属されるていとなっている」

 

 龍驤は理解が早く、これだけで「大体分かったわ」と頷いた。

 説明している俺が混乱しそうなややこしい状況だというのに、流石である。

 これまもるいる? 大丈夫?

 

「そしたら司令官は呉鎮守府の工廠から異動する新人技官っちゅうわけや。名前がそのまんまなんは気になるとこやけども……平気なんかそれ?」

 

「この見た目で元帥だと思うか?」

 

 作業着姿のまま両手を広げて見せれば、龍驤は笑う。

 

「おう、全然変わらんな! まんまウチらの司令官や!」

 

「バレはしないさ」

 

「アカンやろッ!? 話聞けや!」

 

「龍驤は私を普段から見ているから変わらんと思うだけだ。私のことを良く知らない者が見れば同姓同名の一般人だと思うだろう」

 

「ほ、ほんまぁ……? 不安なんやけど……」

 

「安心しろ龍驤。仕事はきっちりこなしてみせる」

 

「……もっと不安になってきたわ」

 

 信用してくださいよ龍驤さん。

 軍服の胸ポケットを秘密基地代わりにしていたむつまるは、居心地の違うであろう作業着の胸ポケットからぴょこんと頭だけを出して言う。

 

『やぁらかい! ポケットにもいっぱいこんぺいとうはいるね!』

 

「……」

 

『ずっとコレ着ててもいいよまもる。軍服は硬いから』

 

 それはそれで困るんだよ何言ってんだお前は。

 

「話を戻すが、大湊警備府の司令長官は熊谷壮二郎(くまがやそうじろう)少将で、この調査任務を既に知っているため問題解決に手を貸してくれるはずだ。それに私のことも知っている。私と龍驤が大湊警備府に所属するのは周知されているだろうから、我々はお互いの現場で心置きなく調査できるというわけだ」

 

「熊谷少将って言うたら、前から変わってないんやな」

 

「龍驤が所属していた頃もそうだったのか?」

 

 記録を見ただけに過ぎないが、この世界に深海棲艦が出現したばかりの頃、一人目の龍驤として出現した彼女は国内の拠点を転々としていたという。

 その拠点の一つが大湊警備府であり、彼女が所属していたのは本当に最初期の十年近くも前になる。

 

 その頃から大湊警備府の長として椅子に座り続けている男、熊谷少将はいわゆる人権派――艦娘を一人の軍人として扱う人なのだとか。

 軍人として扱うのと等しく、人としても扱う将官であるという記録を見た時に、俺の中にある謎はさらに深まった。

 現場を未だ見ていないのもあって、人権派が暴力を振るわれている理由を考えられない。どちらかと言えば迎合し仲睦まじく軍務に励んでいる想像をしてしまうのだ。

 

「そやで。熊谷少将のとこが一番マシやったって思えんこともないくらいには悪ぅないとこやったけどなあ。厳しさの度合いで言うたら柱島泊地みたいなとこやで」

 

「……ふむ」

 

 ならばブラックじゃない……と思うのだが。

 

 熊谷少将は第二次大侵攻の際に行われた軍議に参加していた幹部の一人である。

 故に俺が社畜一般人であることも、二人目の海原鎮である事も承知している。

 そもそも、調査せよと書状を送った井之上元帥に問題提起したのは熊谷少将らしいのだ。

 どうして秘匿して調査してもらいたいのか。そこに本質があるのだろう。

 

「帰還したら入渠も出来るし、艤装の修理も出来る。妖精も明石もおらへんかったけど、設備はしっかりしとったから問題っちゅう問題も無かったし……ウチがたらい回しにされたんはそやけど、大湊警備府だけは例外や」

 

「例外?」

 

 俺が鸚鵡返しすると、龍驤は足を揺らしながら言った。

 

「今でこそ正規空母や軽空母やって区別されとるけども、空母は空母やろ? 戦力としては型落ちでも寝かせとくんは勿体ないっちゅうて熊谷少将が異動を大本営に推薦したんや。そっから横須賀に行ったりしたんやけど……まあ、数度の出撃で横須賀は横須賀で過剰戦力になるからいらんってまた異動になって、どこもいらん、いらん、いらん、で、柱島泊地やな。井之上元帥も今とは別の意味でバタバタしとったんやろから、ウチが横須賀鎮守府に一瞬でも所属しとったのは知っとってもどうしようもできへんかったんやろなあ、と今では思っとるけどな。ま、ちゅうことで大湊警備府だけが体裁あっての異動や。杜撰な運用もウチが知る限りしとらんかった。ちっと戦闘は激しい場所やけどな。……別の拠点で出撃に参加したりもしたんやけど、まー、敵を沈められんかったらぶちぶち文句言われるわ、手ぇあげられるわで……っと、ごめん、愚痴になってもうた」

 

 へへ、と笑った龍驤の足の揺れを止めるように俺は彼女の膝に手を添える。

 

「……大湊警備府で問題は起きないだろうとは思っているが、絶対はない。だから万が一があればすぐに私が駆けつける。いいな?」

 

 新体制の今、安心感は増したものの、全拠点が統一されているのかと問われたら俺はノーと言うだろう。例え俺の知る軍人であれ信用はしても熊谷少将以外は分からない。

 もっと言えば、軍人も一般人も関係無い。ルール無用とばかりに横暴を働く輩がいるのはどこだって一緒なのだ。全員がきっちりと規律に準じているのならばそもそも問題など起きたりはしないのだから。

 

「はいセクハラァッ! これセクハラやで司令官!」

 

「えぇ!? ち、違う! 私は邪なことは考えていないぞ!?」

 

「はっはっは! 嘘やって!」

 

 くそ、龍驤のちいちゃい膝可愛いねえ! と思っていたことがバレたのか!?

 いやいやいや、思ってない。いや思うけど思ってない。これ仕事なんで!

 もしやオッサン上司がセクハラとよく言われるのは、こういうことなのか……!?

 

「あんまべたべた触られたら困るやろ?」

 

 はい。仰る通りです。

 

「……すまん」

 

 無意識とは言え普通に触ってしまったのは言い逃れ出来ないので素直に謝罪する。まもるは悪いことは悪いと認められる社畜なのである。

 

「柱島泊地に帰ってからにしてや」

 

「うん?」

 

「なーんでも。そしたらお互いの現場で問題点があったら、ちゃちゃっとまとめて井之上元帥と熊谷少将に報告――で、ええんやな?」

 

「そうだ。我々で解決できる問題であれば、解決してしまえばいいのだがな」

 

「……そういうんが安心できへんのよなあ」

 

 待て龍驤! 問題解決すら出来ない社畜とお思いで!?

 さしものまもるとて遺憾の意である。艦娘だからって許されないラインは存在するのだ。

 

「が、頑張るから」

 

 見捨てないでください! オネシャス! オネシャス!

 

「ウチもおるんやからちゃんと頼ってや。お、バス来たで」

 

「う、うむ」

 

 軍服の詰め込まれた膨れた鞄を背負って立ち上がり、バスに乗り込む。

 それから大湊警備府まではたわいもない会話ばかりで、あっという間だった。

 

 

 到着してから出迎えてくれたのは――軽巡洋艦、木曾だった。

 吹きすさぶ冷たい風に白い制服のスカートをはためかせ、右目の眼帯の位置を指で直しながら歩いてくると、おう、と挨拶代わりとばかりに片手をあげた。

 

「おう、龍驤。と……横のは?」

 

 寒空をものともしないイケメンっぷりを惜しみなく披露する木曾は、柱島泊地にいる木曾とは別の艦娘である。見た目こそ全く同じはずなのに、俺の目にはどこかキツイ印象で映った。濃緑色の髪の毛は、落ち着いているというより鋭さと冷たさを助長するようにも見える。

 

「今日からよろしゅうな。こっちは新人の海原さん。工廠部門で世話になるっちゅうんで途中から一緒に来たんや」

 

「よろしくお願いしますッ!」

 

 帽子を脱いで勢いよく頭を下げる俺。第一印象は大事。社会人の心得です。

 

「へぇ……ま、いいや。じゃ、案内するぜ」

 

「熊谷少将閣下に挨拶しときたいんやけど、かまへんか?」

 

「ああ、じゃあ執務室に行くか」

 

 荷物を背負いなおしつつ同行しようと歩を進める俺に、木曾が振り返る。

 

「お前は工廠の方だろ」

 

 え? と聞き返してしまう。確かに工廠区画に勤めることになっているが、なによりも先に総責任者に挨拶をするものなのでは? と。

 

「ここで働くっつっても軍属なんだ。お前は後で来い」

 

「は、はぁ……挨拶が遅れても大丈夫なのでしたら……」

 

 これが横暴の正体か――!? と思いきや、続く木曾の言葉に思いなおす。

 

「登録は済ませてあるんだろ? そう聞いてるよ。だったらここに早く慣れる事のが先だ。荷物を置いてから来いよ」

 

 ただ気遣われてただけでした。やっぱり艦娘に悪い子なんていないんじゃん!

 

「そうですか、分かりました! じゃあ荷物を置いてからすぐに伺います!」

 

「ああ、後でな」

 

「はい! 失礼します!」

 

「んぐっ……ふふ」

 

 笑ってんじゃないよ龍驤。どっちかっていうとこれが俺の素だよ。

 

 そうして、木曾達とわかれ工廠区画へ向かう俺。

 もちろんのこと、すぐに迷子になった。

 

 工廠区画ってどっちなんだと挙動不審に周りを見ていたところ、声を掛けて来たのは――浅黒い肌の男。俺と同じ作業着姿の男は、ニッと笑って片手を上げて挨拶した。

 

「もしかして今日来るって言ってた新人か?」

 

「あ、はい! 海原鎮と申します!」

 

「おう、俺は杉村だ、よろしく頼むよ。まだ作業が残ってるからあんまり時間割けねえんだけど、とりあえずついて来てくれ」

 

 彼について職員向け官舎まで来ると、施設の簡単な紹介をされ、自分の寝床を教えられる。

 

「ここが今日からお前のベッドだ。トイレは廊下を出て右の突き当りにある。荷物はここのロッカーに入れて管理してくれ、で、これがロッカーの鍵で――」

 

 矢継ぎ早な説明でもついていけます。社畜なんで。

 

「と、一通りこんなもんだが、分からない事はその都度聞いてくれ。作業の見学をさせてやりたいんだが、今日はちょっと立て込んでるんで無しだ。明日の朝一に洗浄作業を一緒にしながら、詳しいとこを説明する。飯はもう少し後になるから、ゆっくりしててくれ」

 

「杉村さん、あの、少将閣下にご挨拶を――」

 

 荷物置いたら来いって言われてるんです、と言ったところで、杉村さんは一瞬だけ怪訝な顔をした。

 

「なら執務室まで案内してやる。挨拶前にここに来たのか?」

 

「はい。木曾さんにまずはここに来るようにと……」

 

「木曾か……なるほどな。まあいい。とりあえず行くぞ」

 

 広い敷地に柱島泊地と違う雰囲気は新鮮なもので、辺りを見ている間に執務室に到着する。

 しかしながら執務室というのはどこも似たようなものだった。

 緊張の面持ちで扉をノックした杉村さんは大声で言う。

 

「工廠三班、班長の杉村です!」

 

「入れ」

 

 静かにドアを開けた杉村さんの後ろからするりと滑り込むように入室すると、そこには木曾の姿は無く、龍驤と熊谷少将だけがいた。

 白髪交じりの忠野と違い、黒々としたオールバックで、額から鼻筋にかけて大きな傷跡のある強面である。でも知ってる人だからまもるは緊張しない。

 

「案内ご苦労だった。杉村班長、戻ってよろしい」

 

「っは!」

 

 去り際に小声で「後でな」と耳打ちした杉村さんに頭を下げて、扉が閉まるまで見送ったあと――大きく溜息を吐いて帽子を脱いだ。

 

「はぁぁ……新鮮な緊張だな」

 

「そのお姿も新鮮ですよ。まるで本当の一般人だ」

 

「正真正銘の一般人だとも。今はな」

 

 俺の呟きにくつくつと笑い声を漏らして立ち上がった熊谷少将は、歩み寄りながら片手を伸ばしてきた。

 握手に応じれば、龍驤のニヤニヤとした顔が視界に映る。

 

「とんだ茶番やんか」

 

「茶番とはなんだ茶番とは。熊谷少将が困っているから来たのだぞ」

 

 短いやり取りに、熊谷少将は笑みを浮かべたままに言う。

 

「ご足労いただき感謝します海原閣下。突然の申し出でしたのに……」

 

「構わん。これも任務のうちだ。それで、井之上元帥と忠野中将から話は聞いているな?」

 

「っは。お心遣い、感謝します。こちらでの手続きは全て滞りなく完了しておりますので、明日からお願いできますでしょうか」

 

「うむ。それで早速なのだがな熊谷少将」

 

「ええ、ええ」

 

 握手と談笑もそこそこに、執務室で目にする馴染みある応接用ソファに腰を下ろすと、正面に熊谷少将が座る。

 ソファとは別に執務机の正面に置かれた一脚の椅子から立ち上がった龍驤も俺の横へ移動してきた。

 

「艦娘の横暴の調査との事だが、一見してまだ分からんのだ。龍驤と正門に到着した時に会った軽巡洋艦木曾も、普通だったようだが」

 

 普通という表現もおかしいかもしれないが、そうとしか形容出来ない普遍さだった。

 強いて言うならば総責任者に挨拶する前に持ち場に行け、と言われた時に違和感を覚えたくらいだ。

 その違和感だって、ここのルールを知らないから抱いただけかもしれない。

 

「今日は哨戒のみで戦闘も無かったので……」

 

 そこまで言って考え込む熊谷少将。

 

「戦闘がある日に荒れる、ということか?」

 

「端的に申し上げますと、そうです」

 

「どのように荒れるのだ。戦闘の興奮で口が悪くなるとか、暴力的になるだとかあるだろう」

 

「いくつか挙げるならば、その点もありましょう。ただ実害が出ても前体制のようにおいそれと異動だの解体だのは出来ませんし、まず解体を視野には入れたくありませんから……どうにか出来ないものかと」

 

「ふーむ……そこまで深刻か。実害とはなんだ」

 

「先ほど仰られたように、戦闘から帰還した際に……非常に、暴力的でありまして」

 

 興奮冷めやらぬ状態で暴力的になる、とは、これまた想像しづらい。

 どういった感じなのかニュアンスでも分かりづらいのは困りものである。

 

「具体的な実害は何だ。色々あるだろう、殴られただとか」

 

「……艦娘は人に暴力を振るえないではありませんか」

 

「まあ、そうだな」

 

「であるならば、暴力とも言えないのです」

 

 う、うーん!? さらに分からんが! はっきり言え熊谷ァッ!

 

「はっきり言え」

 

 俺の低い声に眉をぴくりと動かした熊谷少将は、重たい口を開いた。

 

「近づくな、と言って艤装の脱着に一悶着を起こすのです。それも、毎回と言ってもいいくらいに」

 

「ふむぅ……?」

 

 戦闘後はすぐに艤装を修理に回し、艦娘は入渠施設へ行くものという熊谷少将の話は理解出来たのだが、どうやら大湊警備府の艦娘達は艤装を装着したまま短くとも一時間から二時間は海の方を睨みつけて上がってこないのだという。

 工廠の傍にいる分いなくなる事は無いにしろ、任務に支障をきたしてしまうのは事実であり、数度、命令違反も起こしているらしい。

 

 熊谷少将は解体を避けるために再教育施設での処分で難を凌いできたらしいが、新体制の今、再教育施設に送り続けることも難しくなってきたということで、今回の調査を大本営、ひいては井之上元帥に依頼する運びとなったのだとか。

 

「命令違反とは、出撃拒否か」

 

「逆です」

 

「逆……?」

 

「艤装の修理や入渠もしていない状態で、再度出撃してしまうのです。出て行った艦娘を呼び戻そうにも、難しく……」

 

「それでは轟沈の危険性があるだろう」

 

「はい、その通りであります。今までは幸運に恵まれ大事には至っておりませんが、新体制になってからより激しく、命令違反を起こしております。井之上元帥も報告を受けて自分の調査の申し出を受けてくださったのです。それに暴力的な振る舞いが加速したのも」

 

「新体制になってからさらに、か」

 

「はい……」

 

 俺は腕組みをして背もたれに寄りかかって唸った。

 

「解体処分、異動処分、全て前体制ならば書類一枚で片付けられたのだろうが……艦娘の待遇改善が裏目に出たのだな」

 

「海原閣下と井之上閣下が間違えているとは思ってもおりませんが、ここのところ所属艦娘の行動は激しくなるばかりですので……海原閣下に正直に申し上げますが、私は一度、手をあげてしまいました」

 

「なに……?」

 

 俺が顔を向けると、熊谷少将の目が泳ぐも、すぐに真っ直ぐ見つめ返してきた。

 

「お前達の働きによって助かる人もいれば、勝手な行動で命を落とす結果になることもあると言って頬を張ったのです。これ以上の命令違反は解体も止む無しとなるかもしれんとも言い含めました。海原閣下と龍驤殿が会った艦娘、木曾がその本人です」

 

「頬を張って、どうなった」

 

「分かっている、とだけ言われました。その日は落ち着いていたのですが、やはり戦闘帰りには酷いものです。艤装を装着したままですと我々の力で敵うはずもありません。工廠の職員が戻るようにと浅瀬に立つ木曾の手を掴んだところ、振り払われ……ただ、振り払っただけで、大怪我を」

 

「その者は」

 

「先ほど海原閣下を案内していた杉村という班長です。彼は数針縫うほどの怪我を負ったのですが……これもまた困りもので、彼は原因が明らかなのにもかかわらず、足を滑らせてしまっただけだと言い張る始末でして……。技術班と艦娘の関係が一番の問題とも言えるかもしれません。これ以上は私とて看過出来ませんので、この調査を以て処分を決定させていただければと考えております」

 

「なるほど……」

 

 艦娘の横暴――確かに、話を聞けばそう表現するしかない。

 だがそうすると、張本人の杉村の様子も気になるところだ。

 

「それで木曾は」

 

「深海棲艦は沈めてくるから、行かせろ、と」

 

「むぅぅ……」

 

 俺の唸りがさらに響く。

 これは一筋縄ではいかないだろう。

 

「問題は木曾だけか?」

 

「木曾にあてられたように、木曾の率いる水雷戦隊の全員も、似たような状況になりつつあります。六駆の雷、電、響にも伝播してしまいそうな勢いです」

 

「早急に、ということだな」

 

「っは……ですのでまずは、明日の哨戒から帰還した彼女らを見ていただければと考えております」

 

「承知した」

 

 ガシガシと頭をかいて言うと、熊谷少将は深く頭を下げた。

 

「情けない限り……申し開きもございません」

 

「これが私の仕事なのだから、心配するな。善処する」

 

 安心したように息を吐く熊谷少将に、考え込む俺。

 龍驤は――ちらりとドアの方を見て小声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

「話はここまでにしとこうや。外で誰か聞いとる」

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