柱島泊地日記帳   作:まちた

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北へ⑨ 【艦娘side・木曾】

「……う、ぐっ」

 

 寝苦しい。

 

《ワイヤーをもっと張れ! 強く張らんかッ!》

《ダメです! 艦首が……!》

《諦めるなそこでぇッ! 早くこっちに掛けろ!》

《まだ乗ってる! 乗ってるんだ! 急げ!》

《止まりません、もう……これは……!》

 

「はぁっ……はぁっ……うぅ」

 

 息が出来ない。

 

《認定はまだ下りんか》

《っは》

《そうか……なら、睨み続けてやるしかあるまい》

《……はい》

《気骨を見せつけてやろうじゃあないか、なあ?》

《もう人数は、そういませんよ》

《一人でも二人でも生きとればいい。ここで終わりにするかどうかは――》

 

「……かはっ! は、はぁ……はぁ……!」

 

 電流が走ったように目が覚めた俺は、ベッドの上から転げ落ちるようにして降りて、月明かりに縋って窓辺へ這っていった。

 また、この夢だ。いつもこの夢が俺を眠りの底から引きあげやがる。

 

「ん、く……ぷは……くそ」

 

 窓辺に置かれて冷えた水差しを引っ掴むと、一気に煽ってねばついた口内を洗い、悪夢ごと飲み下す。喉から腹にかけて冷たさが伝うと、ほんの少しだけ落ち着いた。

 額に浮かんでいた汗を拭った時に、全身もまた汗で濡れているのに気づいて頭をかいて独り呟く。時計をちらりと見れば、まだ夜半。

 

「……風呂行くか」

 

 大湊警備府に来て三年目となり、すっかり馴染んだベッドと最低限の家具しかない殺風景な俺の部屋を振り返って見回したあと、寝間着姿のままに部屋を出た。

 ほぼ全員が寝静まっている大湊警備府は静寂に包まれていて、風呂代わりにも使われている入渠施設までの道のりは不気味なほどの静寂が支配していた。

 これも慣れたものだ。それでも、あの夢を見た後だと嫌な想像をしてしまう。

 

 まるで、深海みてえだ、なんて。

 

 深海がどんなもんかこの目で見たわけじゃないから、本当にただの想像に過ぎないが、静かで、今みたいに月の光すらも無い恐ろしい場所なのかもしれないと考える。

 恐ろしいってのもおかしいか。寂しい、が正解なのかもな。

 

「あ……?」

 

 さっさと風呂に入って汗を流したら、もうひと眠りしよう。

 窓辺にあった水差しの傍に置かれた時計で見た時刻は、たしか、まだマルフタマルマルくらいだったか。風呂から上がって寝ても微妙な時間だが、明日のために体力は出来る限り回復させておきたい。

 

 夢を忘れるためにうだうだと考えながら歩く俺の視線の先に、作業着の男が一人立っていた。

 入渠施設までの道のりだ、別におかしくはないが――時間が時間だったから、俺は自然と声を掛けた。

 

「何してんだ、こんな時間に」

 

 目深に被った作業帽は横から見ても表情を窺わせなかったが、俺は一目で昨日来たばかりの新人だと気づいた。

 迷ったのか? とも思ったが、迷ったのならばこんな時間までうろつくはずがないと、眉をひそめてしまう。

 

「ああ、木曾さん。こんばんは」

 

 振り向いた顔に宿る感情は――分からない。見たこともない顔をしてやがる。

 無理矢理に言葉にすれば、悲しそうで、一方で楽しそうな。そしてどこか疲れている顔だ。

 

「海原、だったか? 迷ったのかよ」

 

「夜風に当たりに来ました。大湊警備府の夜は冷えますねえ」

 

「当たり前だろ。新人がこんな時間にうろついてんじゃねえ、さっさと戻れ」

 

「すみません、でももう少しだけ風に当たらせてください」

 

「……ったく、何だってんだお前は」

 

 新人なんざ放っておいて風呂を済ませて戻ればいいのに、俺は海原の近くまで来て、渡り廊下になっているそこで黙って突っ立つ。

 

「初日の緊張で眠れねえのか?」

 

「え? いや、眠れないわけではないですよ。本当に夜風に当たりに来ただけですから」

 

「そうかよ。夜間の無断外出は規則違反だってドヤされんぞ」

 

 面倒な奴だ。ウロつかれるのも目障りだからと適当に言った俺が油断していたのかもしれない。

 海原は不思議そうな顔で俺を見て言った。

 

「木曾さんはいいんですか?」

 

「お……俺はいいんだよ、関係無いだろ」

 

「じゃあ、木曾さんが連れて出たってことにしてくださいよ」

 

「はぁ? なんで俺が――」

 

「そうしたら規則違反も許してもらえるかなー、と」

 

 乾いた笑い声をあげる海原に、本当に面倒な奴だと大きく溜息を吐いてしまう。

 大本営から龍驤とかいうクソ生意気な軽空母が来て、ただでさえ鬱陶しい戦闘がさらに荒れるかもしれないというのに、呉からやって来た工員までもが変わり者だとは。

 熊谷少将に文句を垂れた時にこいつのことも聞いておくべきだったと胸中で舌打ちして、それでもまあ、あの芯の凍るような夢を忘れられるなら適当に相手をしてやっても構わないかと、汗で気持ちの悪い寝間着の胸元をばたつかせた。

 

 熊谷少将のことだ、もしかすると艦娘について多少なりとも話したかもしれない。

 それに工廠の奴らだって……。

 

「命令違反ばっかり起こす艦娘に連れまわされたってか?」

 

「違反したんですか?」

 

「ぐっ……」

 

 こいつ、聞いてなかったのかよ……!

 俺は苦し紛れに「冗談だよ」などと言ったが、海原は無表情のまま、また夜空へ顔を向けた。

 

「聞いた話ですけど」

 

 いきなりそう切り出した海原に、俺は返事もせず。

 

「杉村班長が怪我をした原因は、木曾さんらしいですね」

 

「……てめぇ、誰に聞いたんだ」

 

「誰から聞いたかは重要ではないかと」

 

 まるで俺が告げ口した奴をシメてやろうとしてるみたいで、バツが悪くなって今度は本当に舌打ちをした。

 

「どうして――」

 

「暴力を振るえたか、って聞きてえのか」

 

 艦娘は、暴力を振るえない。それを知らない奴は殆どいないと言っていいだろう。

 だがどうして会ったばかりの海原にそんな不躾なことを聞かれなきゃいけねえんだと、俺は声を低くした。

 

 あれは、殴ってやろうとか考えてたわけじゃない。

 

「呉でどんな仕事っぷりだったのか知らねえし興味もねえけどよ、立場をしっかり弁えて口を利けよ。俺の話をどういう風に聞いたかも知らねえけど、怪我をしたくなきゃ――」

 

「いえ、理由を聞きたかっただけです。すみませんでした」

 

「ぉ、あ……お、おう、わ、分かればいいんだ、分かれば……」

 

 素直に謝られると途端に言葉を失ってしまう。

 海原の独特な雰囲気にしてやられているのか、真夜中で寝起きだから頭が働いていないのか、それとも夢が忘れられなくて、どんな話でもいいから頭を空っぽにしたかったのかは、分からない。

 

「艦娘が暴力を振るえないって話、おかしいですよねえ」

 

 その言葉に視線をやると、海原は自分の頬を撫でながら言った。

 

「自分、思いっきりビンタされた事あるんで」

 

「はっ……!?」

 

 待て。今こいつは、艦娘に暴力を振るわれたっつったか……!?

 面白いもんで、驚愕とは得てしてどのような事で頭を支配されていても、中身をどこかへ吹き飛ばしちまう。その内容が艦娘の行動原理や理屈を根底からひっくり返すようなもんなんだから、なおさらだった。

 

「ま、待てよお前、ビンタされたって、どういう――」

 

「仕事でちょっとした勘違いがありまして。あー、でもあれは勘違いでも無かったかな……?」

 

 うーん、と頬を撫でながら唸る海原に詰め寄り、肩を掴む。

 

「お、おい! その話詳しく聞かせろ! 艦娘が暴力を振るえるなんておかしいだろうが――!」

 

「わぁっ!? お、落ち着いてくださいよ木曾さん!」

 

「ぁ……わ、悪ぃ……じゃなくて! それ! どういうことなんだよ!」

 

 海原の肩を揺らして訊けば、奴は俺の手をそっと肩から離した。

 

「どういうって、そもそも暴力を振るえない理由がないじゃないですか。どんな人だって喧嘩の一つや二つするんですから、気に入らないなら手も出たりするでしょう」

 

 当たり前――だが、当たり前じゃない。

 

「それが出来ないのが艦娘だろうが!?」

 

「出来ますって。暴力を振るえないじゃなくて、振るわないの間違いでしょう。理性の強さが違うとか、そんなレベルの話じゃないんですか?」

 

「な、なんだよ、それ……理性の、強さとか……意味が……」

 

 寝起きの時と違う汗が背を伝い、俺は突っ立った状態から動けなくなった。

 

「意思の問題じゃないですかね」

 

「意思……?」

 

 鸚鵡返しした俺に、海原は背を向けて歩いていく。

 

「ま、待てよ!」

 

「出歩いてすみませんでした、このことはできれば内緒でお願いしますね」

 

「おいっ!」

 

「明日また工廠でお会いしましょう、木曾さん」

 

 追いかけたらいいのに、俺は海原の背中に手を伸ばすだけで、足は動いちゃくれなかった。

 夜の闇に溶けるようにして消えていく姿が完全に見えなくなったあとも、俺はしばらく渡り廊下で冷たい夜風に吹かれ続けた。




本日は短めです。
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