柱島泊地日記帳   作:まちた

30 / 47
北へ⑩ 【艦娘side・木曾】

「ちっ……」

 

 結局、あの後は眠れやしなかった。海原とかいう工員の言ったことが頭の中を跳ねまわってうるさかったのと、ベッドでもう一度横たわって瞼を閉じたら、夢の続きを見てしまいそうだと思ったからだ。

 睡眠はするに越したことはないが、出来なくとも行動は出来る。任務をこなすにはこれくらいが丁度いいと見栄をはって人だかりの出来た食堂の扉をくぐった。

 俺がやって来たことで怯えてか先を譲るよう一歩下がる訓練兵に一瞥くれてやると、どんと肩で押し退けていく。

 

「おはよう、木曾さん」

「おはようなのです」

「ひどい顔よ? ちゃんと眠れたの?」

 

 食堂に踏み込むと、響、電、雷の順に声をかけられた。

 すでに大勢が食事をしていて、音が耳に痛かった。

 開口一番にひどい顔とは随分じゃないか。言葉にはせず鼻で笑ってそう示した俺に三人がそれぞれにテーブルへ食事の準備をしてくれた。電が箸を、響が茶を、雷が今日の朝飯をのせたトレーを。世話を焼きたがるのは結構で俺も楽が出来る分助かるってもんだが、いつもは遠慮している。が、今日はあいにく遠慮できる元気もない。

 

「はい、お茶」

 

 響になんとか「おう」と返事だけすると、興味すらわかない作業が始まる。

 箸を手に持ち、ただ口に運ぶ。咀嚼し、ドロついた頃に飲み下し、砂を洗い流すが如き勢いで茶を飲む。それを数度、十数度と続けるだけ。

 

 なんたる苦痛か。味なんて感じられたもんじゃなかった。

 そもそも、味ってなんだよ。

 

「……今日の哨戒だが」

 

 くだらないことを考えるな。ただ本土防衛だけに集中しろ。

 たった一つの単純な任務を細分化して、それで頭をいっぱいにしちまえば余計な事を考えずに済むんだ。

 

 食堂の壁にかけられた時計を見れば、時刻はマルナナヒトフタを指している。

 訓練兵でもないからゆっくり食事をすればいいとは分かっていても、俺はこの空気、雰囲気に三年経っても未だ馴染めず、とっととずらかってしまいたかった。

 横並びで食事をする艦娘の俺達の周りだけぽっかりと空間があいていて、その他は人間でいっぱいだった。しかも全員が何かしらの話題に夢中だ。耳をすませば内容も分かろうが、やはり興味が湧かず、ただただ砂のような飯を噛んだ。

 

 俺が生きていた時代――軍艦として海を駆けた時代とは違うこの世界は、また戦争をしていた。

 またってのもおかしいか。俺達が、戦争をもってきちまったんだ。

 

「響には言ってあるが、大本営から戦力の増派があった。哨戒ルートに変更はないが戦闘は少し楽になるかもな」

 

「龍驤さんでしょう? 木曾さんが来る前にここで食事してたわよ」

 

 雷へ顔を向けて、へえ、と言うと、彼女は訊きもしないのに龍驤の様子を語る。

 

「すごいのよ。雷が来る頃にはもうご飯食べ終わっちゃってたんだから! いつもよりゆっくりできて楽って言ってて……やっぱり大本営って忙しいのね」

 

 大本営が忙しいかどうかは知らないが、十年も戦争を続けるくらいには逼迫した世界で大多数が生き残ってる現状を考えれば、それくらいあくせくしてるのも頷ける。

 俺は生まれてすぐに大湊警備府に来たもんだから、よその耳障りな話を聞けど、悪辣な運用方法であれ戦争を退ける賢人がいくらかいるんだという認識で、それだけだ。

 艦娘の酷使に関しちゃ気分が悪いなんてものじゃあないし、それを口々に噂する奴らも腹立たしいから最初の頃こそ「俺の前でその話題を出すな」と言いまわったもんだが……ま、人ってのはどれだけ瀟洒(しょうしゃ)ぶろうが蓋をされた臭いもんの中身を覗きたくなるもんだ。認めはしないが否定もできない。

 

 だからかもしれない、と思考が曇った。

 

「大本営で酷使されてりゃ飯食う暇もないってか」

 

「でも、ニコニコしていたのです」

 

「何が楽しくて笑っていたのかは知らないけれどね」

 

 場繋ぎに紡がれた声に反応しなかった雷が、一拍遅れて虚空を見つめて呟いた。

 

「……早く帰りたいって言ってたわ」

 

 帰りたい? 警備府程度の仕事よりも、大本営でのお仕事の方が大事だろうよ。

 

「お偉方に使って貰えた方が箔がつくってもんなんじゃねえの」

 

 俺は分かんねえけどよ、と、ぬるい味噌汁を啜った。

 

 三年ぽっちとは言え、固有艦隊のない警備府で唯一の艦娘である俺達は長居している方なのだという。俺達を除く殆どが大本営を経由して各拠点へ異動して、大体が鎮守府付の艦娘になってるってんだから、俺はどうにも居心地が悪く感じていた。

 戦うことが本分の俺に居心地なんざ要らねえと言われたら返す言葉もねえが、それでも、いつだったか熊谷少将に言われた言葉が忘れられなくて、きっとそれが俺の居心地を悪くしてるんだろうと、漬物をかじり考えた。

 

《お前達がいなくなれば、誰がこの大湊を守るんだ》

 

 そうだ、はぐれの重巡にくそみそにやられちまった時だ。

 艦娘になって初めて大破して、着底するか否か――人型の俺に着底って言葉が合ってるのかどうかは知らねえ――ってとこまで追い詰められて、雷と電の魚雷に救われ這う這うの体で帰還した時だ。工廠で待ってたらしい熊谷少将が顔を真っ赤にして工員に怒鳴り散らしてたのを思い出す。物凄い剣幕ってのはああいうのを指すんだろう。工員どもが腰を抜かしながらクレーンで艤装を吊って、俺達は放り込まれるみたいにして入渠施設行き。入渠施設で湯船に浸かってても外から聞こえてくる熊谷少将の声に、電が泣き出しちまったんだっけ。

 

《絶対に直せ》

 

 唯一の武器だ。人類にとっちゃ替えのきくもので、増産できるものであったとしても、大湊警備府にとっちゃ違う。俺達しかいないんだから、怒鳴りたくもなるだろう。

 

 意識も朦朧としてたから、修復中の記憶は曖昧だった。

 でもなんとなく、安心できた気がしたんだ。

 ギリギリのとこで助かった安堵かもしれないが、確かに俺は、安心したんだ。

 

 でもそれが、悪夢の始まりだった。

 

《シズメ》

 

 俺に、声が聞こえるようになった。

 遠く海の向こう側から俺を誘うような声だ。

 

《オマエモ、水底ヘ》

 

 そうして悪夢を、見るようになったんだ。

 毎晩のように夢に出るのは、船の頃の記憶なんだろう。

 鉄の身体で記憶もなにもあったもんじゃないのに、どうしてか鮮明に、強烈な感情を伴って俺の夢で暴れ回りやがる。

 

 夕霧が沈んじまった時の夢。

 マニラに沈んじまった時の夢。

 俺に乗っていた奴らの号令、怒声。

 

 熊谷少将の声に似てたんだ。多分、それで思い出したんだ。

 

 そこから、どうしたって深海棲艦を沈めてやりたいって気持ちが抑えられなくて、俺は出撃するたびに雪辱を果たすような奮戦をした……と、思う。

 雪辱も一度果たせば十分だが、深海棲艦って奴らは空気を読まない。無限に湧き出ては、人を襲う。

 世界中のシーレーンは一時全てが断絶されたとまで言われてたんだから、その脅威は語るまでもない。主要となりうるシーレーンを立て直したのは偶然にも新人工員と同じ名の軍人だったと聞く。あの工員の疲れたような目を思い出して、また、誰にともなく鼻で笑ってごまかして飯を口に詰め込んだ。そして、すぐに飲み下してから言う。

 

「今日は、もういい」

 

「え? まだこんなに残って――」

 

「いらねえ」

 

 茶碗の半分ほど残った玄米に視線を落として暫く、俺はトレーを持ち上げて厨房と食堂を繋ぐ小窓に持っていこうと立ち上がる。

 その時、バタバタと落ち着きのない足音とともに食堂の扉が開かれた。

 

「遅れてすみません! まだ食べられます!?」

 

 声にぎょっと振り向く俺。またこいつかよ……と、顔に出ていたことだろう。

 

「おぉ、ゆっくり食っても大丈夫だから慌てんなって。こっち空いてるぞ」

 

 海原に声を掛けたのは、杉村班長だ。

 俺が、怪我をさせちまった人だった。

 

 俺達が座っていた空間の、その向こう側から手招きをして海原を呼ぶ。

 海原は海原で顔を油で真っ黒にしたまま、手の甲で額の汗を拭い礼を言いつつ、俺達の存在に気づいて、にこーっと笑った。

 

「ありがとうございます班長。ああ、皆さんも、おはようございます!」

 

 朝っぱらから快活に挨拶をした海原の行動に、俺だけじゃなく、今度は全員がぎょっとしていた。そりゃあそうだ。食堂に来た時も、飯を食うにも、俺達艦娘に声を掛けてくるような奴はいなかったんだから。

 

「ぉ、はよう……」

 

「なのです……」

 

「おはよう、で、いいの……?」

 

 これまた三者三様に混乱の表情を見せる雷達。

 俺はもちろん無視だ。

 

 とっとと準備を済ませて、いつでも哨戒に出られるように――

 

「あれ、木曾さんもう食べないんですか? 体調でも悪いとか?」

 

「あ、あぁ……? 別に関係ねえだろ」

 

「関係ありますけど……?」

 

 あまりの出来事に周囲は事態の推移を見守って、食堂はしんと静まり返った。

 

「関係ねえよ。俺が飯をどうしようが、俺の勝手だろ」

 

「それはそうですけど、食事しなきゃ任務も大変でしょうし……新人とは言え、俺も工員なんで! 艦娘の体調を気にすることも仕事です!」

 

「そうかよ。見ての通り俺は元気だ、じゃあな」

 

 がたん、とトレーを投げるように置いて背を向けた俺の手首が、掴まれた。

 

「こら」

 

「っ……!? 何しやがる!」

 

 ぐい、と引っ張られた勢いで身体を向かい合わせにさせられた俺が怒鳴ると、海原は俺が置いたトレーを指して言った。

 

「残すなら残すで、ごめんなさい、でしょう。それにトレーを投げるなんてよくありません」

 

「はぁ!? それこそお前に関係な――」

 

「関係あります! 作ってくれた人に悪いでしょう!」

 

 まるで自分が作ったみたいな雰囲気で言いやがるから、ぽかんとしちまった。

 だが海原が続けざまに言った言葉は、ズレているというか。

 

「泣かれますよ。それはもう、すごい泣かれます」

 

「な、泣かれるってお前、それ……」

 

「俺の時は泣かれました!」

 

 どうして泣かれたことを堂々と自信ありげに言うんだよ。

 俺の胸中のツッコミなど露知らず。ちらりと横目に見た小窓の向こう側では、炊事兵が今にも逃げ出してしまいそうなくらい気まずそうな顔をしていた。

 

 俺の手首を離してくれる気配も無い海原を思ってか、小窓越しに炊事兵が小声で言う。

 

「自分らは大丈夫ですから。艦娘さんも食欲がないだけかと……」

 

「食欲がないなら、それはそれで問題でしょう。それと、木曾さんです、木曾さん」

 

「え? あ、ああ、いやあ、そりゃそう、なんですけどもぉ……」

 

 こいつ……周りが見えてねえのかよ……?

 俺の混乱すらも気づかず、海原はあたかも俺を心配しているかのように、残された食事を見て言った。

 

「嫌いなものでも入ってたんですか? なんならそれと俺のやつ交換してもいいですから、せめて食事くらい――」

 

「うっせぇな、いいから離せ」

 

「体調が悪いわけじゃないんですね?」

 

「……ああ、悪くねえよ」

 

「嫌いなものがあるわけでも――」

 

「嫌いなもんなんてねえよ! 全部一緒だろうが!」

 

 振り払おうと手に力を込めた時、俺の視界に映る海原の手に、思考が奪われた。

 生傷だらけだった。呉で工員をやっていた頃に出来た傷だとしても、ただの傷じゃない。硬いものでもぶん殴って裂けたみたいな傷ばかりで、呼吸が止まりそうになった。単純に、ビビっちまったんだ。

 

「お、まえ……この手……」

 

「え? ああ、これは大丈夫です」

 

 ただそれだけでさらりと流した海原は、俺が置いたトレーを取って手渡してくる。

 

「じゃあせっかくなんで食べましょう」

 

「せっかくって……ああ、くそっ! わかった、食べる、食べるよ!」

 

「一緒に食べますか?」

 

「誰がてめえなんかと食べるか! いいから離せ!」

 

 海原はようやく、ぱっと手を離すと、何事も無かったかのように自分のトレーに食事を載せて杉村班長のもとへ行った。

 離れた場所からでも、班長や工員が口々に海原へひそひそと言う内容が聞こえた。

 

「海原、お前朝っぱらからなにやってんだよぉ……!」

 

「朝ごはんは大事でしょう」

 

「お前の胆力すげえな、心臓どうなってんだよ」

 

「普通ですって、普通」

 

「壊れてんじゃねえの」

 

「生きてないでしょそれ」

 

 陰口ではないにしろ、気まずいってもんじゃない。

 改めてトレーを持って席に戻って、すっかり冷えた飯を詰め込む俺に、電が困り顔で声を掛けてくる。

 

「木曾さん、あの、無理はしなくても」

 

「無理じゃねえ」

 

 ここで残したら、また面倒な絡み方してきやがるかもしれねえだろ。

 それに、逃げ出したなんて言われちゃ本当に殴っちまう。

 

「ちっ、なんなんだよ……」

 

 

 

* * *

 

 

 

 食堂での一件から工廠に近づいちゃ絡まれかねないと、俺は警備府の敷地内をふらふらと歩いていた。

 哨戒まで多少の空き時間がある。普段なら艤装の具合を確認しに工廠に顔を出していたんだが、杉村班長を怪我させてからというものの、工廠を訪れるたびにそれが思い出されてイライラしてしまって顔を出さなくなった。

 任務まで自室にこもるか、適当に雷達の談笑に付き合うのだが、今日はそういう気分でもない。

 

 敷地内から浜辺まで来ると、防波堤を伝うように歩き、その先端で足を投げ出して座り込んだ。

 

「……はぁ」

 

 任務以外で海に来るのはあまり好きじゃない。しかし今は別だ。

 いつもなら妙な幻聴に頭痛が起きて数分もすれば吐き気を催してその場を離れたくなるが、今日は不思議と、寄せては返す波の音だけがそこにあった。

 

 ふと、食堂での顔ぶれを思い返してしまう。

 

 俺や海原が原因でもあったが、感情をこれでもかと表出させたくだらないやり取りを思い出すだけで、変な気持ちになってしまって、また溜息を吐いた。

 なんだよ、飯は大事だのと。

 

 それから、ふいに海の向こうを見る。

 

 このままじゃ、また嫌な事ばかり考えてしまいそうだ。

 俺は出来るだけ波の音に集中しようとした。

 だが、それもすぐに終わってしまう。

 

《……シズメ……オマエモ、深ク、冷タイ、水底ニ……》

 

「ぁ……?」

 

 せっかく今日は聞こえないと思った矢先の出来事に、俺の中で感情が膨れ上がる。

 

「うるせぇな……」

 

《アハハ……ハハ……ドウセ、沈ムンダ……ドウセ……》

 

「黙れって……」

 

《鉄屑ノ頃ト、ナニモ、変ワラナイノニ――》

 

「黙ってろよッ!!」

 

 その場で投げ出した足に力を込めて海に向かって飛び、ざん、と海面に立つ。

 艤装が無くとも海には浮かべる。海の向こうから聞こえる声の通り、鉄の身体を持った軍艦の頃から、俺には海以外に何もない。強いて言わば、戦いこそが、軍艦の俺が存在するのを許された意義でもある。

 

「はぁっ……はぁっ……待ってろ、すぐに沈めてやる……!」

 

 胸が苦しくて、声を聞くたびにどうしようもない悲しみに襲われる。

 夢を見るのが怖くて眠れないのに、起きていても思い出される記憶に、身体が言う事を聞いてくれなくなっちまう。

 

「く、ぅぅ……っ」

 

 胸を押さえて海面に膝をついた俺は、暫く、このままじゃだめだと気持ちを落ち着かせるために荒い息を吐き出し続けた。

 

 すると、背中に声が降ってきた。

 

「おぉ、おぉ、大丈夫かいな」

 

「誰だ!?」

 

 振り向いた先には、防波堤の上に立つ小さな影。

 頭に二つの尾を揺らす艦娘――龍驤だった。

 

「誰だ! って、声聞いたら分かるやろ。どないしたんや、いけるか?」

 

 俺を立ち上がらせようとしているのか、その場でしゃがんで手を伸ばす龍驤に、荒い呼吸のままに言葉を返す。

 

「っは……そっから手が届くわけ、ねえだろ……」

 

「はは、それもそうやな」

 

 すっと手を引っ込めた龍驤は、あっさりと俺を心配するのをやめて、先ほどの俺と同じように海の向こうを見ながら言った。

 

「相も変わらず、ここは濃いとこやなあ」

 

 あん? と無意識に聞き返すと、龍驤は語った。

 

「昔と同じ空気しとるんや、ここ。陸奥湾からは流石に薄れたやろと思っとったけど、そんな変わらへんなあ」

 

 龍驤が示す方向は大湊警備府を擁する陸奥湾の先。内陸側。

 

「こっちからは聞こえへんから、任務まで休むんなら向こうにしとき」

 

「なん、だよ……てめえには関係ないだろ……」

 

「出た。関係ないだろ。君ぃ、食堂でも言うてたらしいやんかそれぇ」

 

「っは、海原から聞いたのかよ。新人同士で陰口でも……って、お前、今、聞こえないって……」

 

 龍驤は薄ら笑いを浮かべたまま、おう、と頷く。

 

「そうや、向こうなら聞こえへんって言ったんや。ここは深海魚どもぶちのめして帰ってくるばっかりで陸に囲まれとるし、声が吹き溜まるんやろなあ。せやから、休むんなら官舎に戻るか、人がおるとこにしとき」

 

「龍驤、お前も声が聞こえるのか……?」

 

「いやそれ今言うたがな! 聞こえるて声くらい。ウチら艦娘なんやし」

 

 先ほどまでは考えたくも無いと思っていたのに、俺は矢継ぎ早に質問を投げてしまっていた。

 

「お、俺以外にも声が聞こえるのかよ!? 他の艦娘も、全員か!? なら雷や、電や響も皆――!」

 

「お、おぉう、すごい勢いやな……。聞こえへんっちゅう奴もおるんちゃう? 知らんけど。まあ全員っちゃ全員やろ。聞こえへんって言い張る奴は深海棲艦から目を背けたい奴らや。君は向き合っとるっちゅうことやな」

 

 向き合い方には問題アリやけど、と締めくくった龍驤が背を向けた時、ひときわ大きな声が聞こえた。

 

《キタ……キタノネェ……艦娘ガ……アノ艦娘ガ……!》

 

「ぐっ、うぅ……!?」

 

 耳を抑えて蹲った俺の視界に、龍驤が勢いよく振り返るのが映る。

 

「――っはは! なんや深海魚ども、ウチの事覚えてたんかいな! こりゃ傑作やな……幻聴の癖して言いよるやんけ」

 

 幻聴の癖して、という盛大な皮肉を口にして、龍驤はサンバイザーを目深に被って視線を落とし、俺を見る。

 

「ま、今日は君らに譲ったるけど。アカンなあと思ったらすぐに呼びや」

 

 俺は、言葉を返せなかった。

 軽々しい口調に、ぞくりと背中に電気が走る。

 その代わりとばかりに浮かんだ問いを投げかければ、龍驤はすらすらと答えてみせた。

 

「この声、一体なんだっていうんだよ……教えてくれよ、なあ……!」

 

「不思議なこと言うやっちゃなあ? 分かってるやろ。深海棲艦の声や。ただ、ここにあるのは正確には声っちゅうより、幻聴に近いな。ただの幻聴ってわけでもないし……そやなあ……ウチや君みたいな艦娘が共通で認識しとる意識、やろな」

 

「意味がわかんねえよ! 幻聴に近いけど幻聴じゃない? じゃあやっぱり、俺が狂っちまったんじゃ――」

 

「狂うてへんよ。ウチも君も同時に聞こえとるやろ? そしたらウチまで狂っとることになるやんか。この陸奥湾に広がっとるのも、君がどこぞで聞いとるのも間違いなく深海棲艦の声や」

 

「ここで聞こえてるのと、遠洋で聞く声は違う、ってことか……?」

 

「そうや。ウチらが海に出とる時に聞こえる声はマジもんの深海棲艦の声で、今ここで聞こえて来てるんは……ウチらが背負っとる声や」

 

「背負って、る……?」

 

「ウチが背負っとるもんを、君が聞いた。ほんで君が背負っとるもんを、ウチが聞いた。それだけのこっちゃ」

 

 さらに混乱が加速したが、俺は心のどこかで感謝してしまっていた。

 おかげで頭が真っ白で、声が入る余地がなくなったからだ。

 

「お互いが、別々の声を聞いてるってことか……?」

 

「お、ええでええで、近いやん」

 

 まるで謎かけだ。

 

「それが、ここで重なって、お互いの声が聞こえるようになって……」

 

 そうして、龍驤が言う。

 

「分からんふりもええ加減にしとき。ウチも艦娘、君も艦娘、答えはひとつやろ」

 

 悔しさすら感じられないほどの圧倒的な威圧に負け、声を失っちまった。

 俺よりも前に大湊にいたらしい艦娘なんだから、戦歴が違う。

 貫禄が違うと言えばそうだし、ただそれだけじゃないとも言える。

 

「木曾は沈みたがりで、戦いだけが自分に許されとるもんやと思ってるんやろが……それは違うで。皆、どっかで戦っとる。ウチらは目的がおんなじやから、共鳴してもうた……ただそれだけや。あのクソボケ深海魚どもから大事な人を守りたいだけなんやからな」

 

 龍驤は再び背を向けた。

 深海棲艦に向かって、深海魚と言い張る強気な姿勢を止められはしなかった。

 こんな背中を、昨夜も見た気がしたんだ。

 

「なんで、笑ってられんだよ……!」

 

 あいつは去り際に、不敵に笑ってやがった。

 沈むか、沈めるか、その二択しかないこの海を見て。

 

 背を向けてひらひらと片手を振って去る龍驤は、声を張って言う。

 

「笑ってた方が可愛いやろ! 君もわろとき!」

 

 

 

 

 

 

 

 俺は哨戒に出る時間になるまで、また聞こえなくなった声を探すように、振り返って海を見つめ続けた。

 耳に届くのは、静かな波の音ばかりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。