柱島泊地日記帳   作:まちた

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紹介 【鎮side】

 日も高くなった昼前になりやっとのことで艤装の洗浄を終えた頃、次の作業は兵装格納庫で行われるのだったかと工廠を見回していると、離れた場所で他の工員へ指示をしていた杉村班長が作業服の袖を捲りながら俺を呼んだ。

 

「海原ー! こっち来い!」

 

「はい! ただいま!」

 

 手持ちブラシから水滴を払うと、俺は小走りで杉村班長のもとへ向かう。

 今の今まで艤装洗浄しかしていなかったが、昼からの仕事も単純作業なのだろうか? などと考えて他の工員をちらりと見ると、彼らは彼らで図面らしき薄青色の紙を手に複雑そうな線を指差してああでもない、こうでもないと呻いていた。

 それが一体どういったものなのかを詳しく覗き見ようとする俺に杉村班長が言った。

 

「お前にゃまだ早い。その仕事は当分先だ」

 

「気になってしまって。すみません」

 

「いいさ、やる気がある分には構わねえよ。っと……そうだ。よし、お前らちょっとこっち来てくれ!」

 

 杉村班長の号令によって集まった工員は総勢で数十名。大湊警備府の工廠における艦娘と直接かかわることの多い軍属達である。一人一人に視線をやって浅く頭を下げていると、全員が集まった頃合いに杉村班長が俺の背をどんと叩いた。

 自然と背筋が伸び、指先まで真っ直ぐになる。

 

「ちょいと遅くなった! 紹介しとくぞ! 昨日の時点で知ってる奴らもいるだろうが、今日付けで呉鎮守府工廠から大湊警備府に異動になった海原鎮だ。ここじゃ新人だが呉での経験もある、仲良くしてやってくれ!」

 

「「「はいっ」」」

 

「おい、海原。自己紹介」

 

「えっ!? あ、はい、えーと、あの」

 

「なに緊張してんだ、ほら!」

 

 こんなオッサン新人に何を期待してるんですかァッ!?

 そうですよね普通に自己紹介しろって話ですね、はい。

 

 しかし「皆に紹介したい」なんて予告も無く連れて来られて、いきなり挨拶しろとも言わず空気を察せと言わんばかりの雰囲気。どことなく懐かしい。

 工廠に流れる和気藹々とした様子こそ真逆だが、体育会系ですと一目で分かるフレンドリーさは一歩間違えれば無礼、不躾になりうる危険なもの。

 そう、まさに――ブラック企業が求めていたであろう環境の完成形であった。

 

 工廠に足を踏み入れた瞬間に自己紹介しておくべきだったとも考えたが、全員が作業している中に踏み込んで一人一人に挨拶しては邪魔になるだろうと、先に言いつけられた作業をしていた。これもまた仕事優先のブラックな感じが懐かしいやら。

 

 アットホームな職場です! が正しい意味で使われてる現場ってこういう所なんだろうな、と先ほどまで艤装を洗浄していた時に見ていた光景を思い返す。

 全員がそれぞれの仕事をこなしながらも互いをサポートしあって作業していた。

 俺の知らない工員が通りすがりに洗浄中の艤装の横に座り込んで、落としきれていなかった汚れを教えてくれたり、さらには、ただ間違いや失敗を指摘するだけではなく、どうしてその失敗をすると困るのかまで単純かつ明快に教えてくれるという完璧っぷり。しかも教えてくれたのは俺より若い工員だ。若者に教えられることに対して躊躇いや嫌悪など微塵もないが相手はどうか。気まずかったり、逆に慇懃に接してしまう場合もあるだろう。

 しかしながら、その時の工員は至って普通の振る舞いで、俺がしっかり聞かねばと洗浄の手を止めて熱心にメモを取ろうと思ったくらいだ。もちろん持ってるわけがないのだが。次から持ってきますね。(持ってこない)

 

 俺はこの世界における艦娘の知識がない故に柱島泊地の工廠では明石に一任し責任者を請け負うという一段飛ばしな方法をとっているため知らないことも多く、彼の話は非常に勉強になった。

 それまでの俺は「艤装って光に包まれてふんわり現れて、また光に包まれてふんわり消えたりする便利なものじゃないの?」なんて認識である。

 パンケーキってふわふわな雲を焼いたら出来るんでしょ? くらいにトンデモ理論で理解していたのだ。結構マジで。

 

 これは一部正しく、一部が間違いだった。

 

 艦娘の艤装とは、艦娘と妖精の両方と深く結びついているのだという。

 洗浄中に声を掛けてくれた若き工員、新井淳(あらいじゅん)は人づてに聞いたことと学んだことを合わせた自分なりの解釈だと言って教えてくれた。

 ちなみに俺より前に艤装洗浄を担当していた人物でもあるらしい。新井くんが洗いますってか。

 

 なんだよ髪の毛引っ張るなよむつまる。

 

 自己紹介を、と言われた手前きちんと名乗らねばと、作業帽の中から『真面目にして』と真っ当すぎる注意をしてくるむつまるを無視して頭を下げる俺。

 

「本来なら昨日の時点で挨拶をしておくべきだったのですが、遅ればせながら本日より大湊警備府工廠で勤めます、海原鎮と申します。右も左も分からないため皆様には多くのご迷惑をおかけすると思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしゃぁっす!!」

 

 完璧じゃん。どうよ。

 本当に右も左も分からなくて、昨日の夜中にトイレ探して迷ってたからな。

 任務の主目的である木曾に見つかって怒られるかもと思って逃げたもんな。

 なんならついでに仕事しようと熊谷少将から聞いた話をちょろっとした時点で失敗したなと判断して逃げたからな。

 

「海軍元帥と同じ名前ってすごいから、すぐに覚えましたよ。よろしくお願いしますね、海原さん」

 

「新井先輩、先程はありがとうございました! 自分は新人なんで、年齢とか気にせずに気軽に話してください! オネシャッス!」

 

「ははは、すごいアクティブな人だ」

 

 ザ・好青年という風貌の若き工員、新井さんは作業帽をひょいと持ち上げて陽気に笑った。

 

 彼が洗浄中に教えてくれた話は俺の知る艦隊これくしょんのアニメや漫画とは少し違い、現実にあればこうだろう、というイメージをも塗り替えるものだった。

 光に包まれて現れる……という現象は、妖精という存在なくしては在り得ないのだという。同じく光に包まれて艤装が消えることも。

 妖精がいない大湊警備府では基本的に艤装は物理的管理がなされており、修理の多くは人の手によるものだという。

 恐らくは先ほど見た小難しい図面は修理の際に使うものだろう。

 

 あまりに損傷が酷い場合は、艦政本部が設置した特殊な装置――これは妖精が作ったものだ――に入れてボタン一つという、不思議極まる修理方法なのだ。

 修理中の中身がどうなっているのかは誰も見られず、ただ修理しているであろう物音が響くだけなのだとか。艦娘を生み出す建造ドックのようなカプセルの中身は一見して空っぽで修理できそうな装置が組み込まれている様子もないというのだから妖精技術はすごいものである。

 俺の帽子の中に閉じこもりっきりのむつまるが『わたしたちの力がつまってるんだよ』と教えてくれたが、言葉尻を捕らえれば妖精自体が直しているのではないみたいだ。妖精パワーが詰まっている装置には夢も一緒に詰まっているのだろうか。

 

 話が逸れたが、では、消失している艤装はどうなっているのかと言えば、その時を止めたままなのだとか。光となって消失した状態を保つため、再度出現した際には損傷などが修復されずに装備された状態で顕現するらしい。

 呉鎮守府ではどうだったの? と問われ、苦し紛れに「ずっと置いてありますよ!」と適当に吹かしたところ、この話を教えてくれたのだ。

 大湊警備府も同じく、いや、現在の呉鎮守府では妖精が管理してくれてるらしいので厳密には違うのだが、嘘も方便ということで見逃してくれ工員達よ。

 

 大湊警備府では哨戒の前後に艤装を洗浄し、海水を洗い流す。

 理由は単純で、塩水によって錆びてしまうから。

 

 艦政本部が開発した透明な特殊塗料で塗装されているため一度や二度くらい洗浄作業を忘れてしまっても問題無いらしいが、戦争に直接かかわる兵器の清掃である。どれだけ単純作業で、誰であろうが出来る仕事と言っても毎日一度は行われる。

 艦政本部が開発したと聞けば大層なものに聞こえるが、大方、それにも妖精が手を加えているのだから任せておけば大丈夫じゃないの? というまもる的な他力本願は大湊警備府では通用しないようだった。誰かがサボれば誰かが割を食う、当然だね。

 寧ろ、サボれば艦娘に影響が出る。艦娘に影響が出れば海軍に影響が出る。海軍に影響が出れば国へ、世界へ影響が出る。洗浄作業の一つでも侮るなかれとは新井さん曰く。正論過ぎて海原元帥に聞かせてやりたかった。

 柱島泊地に戻ったら全員の艤装を自分の手で洗浄しようと思います。すみませんでした。

 

 そして、先の通り工廠では軍属の工員含む海軍が管理しており、大湊警備府の責任者はもちろん熊谷少将になるが、現場管理は杉村班長がしているとのことだった。実はすごい人だったのである。新人まもるが逆らってはならない人だ。

 艤装洗浄は工員ならば本当に誰でも出来る作業らしいが、杉村班長が口にした「技術を磨け」という言葉とは別に新人にさせるものでもあるとも言っていた。

 ただの可愛がりであれば、職場での洗礼のようなものだと納得出来たものだが、理由はもっと別にあるのがすぐに分かった。

 人と艦娘の関係性、である。簡単な作業であればこそ、艦娘と関わらずに済むのならば新人に任せてしまえという風潮があるのだ。

 

 前日に熊谷少将が言った通り、戦闘を終えて大湊警備府に戻ってきた木曾達、いや、ここは木曾本人だろうか。彼女はすぐに入渠や修復作業を任せるわけではなく、戻れという命令を無視して海を睨み続けていた。それをここにいる工員達の殆どが目撃している。

 さらには新井さんもその現場に居合わせており、杉村班長が怪我をしたのも見たというのだから、艤装を洗浄する手も止まるというものだ。

 

 人というのは悲しいかな、得てして噂をするものである。

 朝っぱらから杉村班長に海原元帥のすべらない話……じゃなかった、海原元帥についてのぶっ飛んだ噂話を聞かされたものだから自分も承知の上で聞いたが、真偽はともかくとして艦娘のそういった話は耳に痛いものだった。

 

 暁を除く第六駆逐隊の三名はとかく木曾を慕っているようで、木曾が工員や他の軍人に対して冷たい態度をとっているのを見て、あまり話しかけたりしないようにしているのだという。

 その木曾本人は傍若無人で、任務以外で交流など殆どなく、すれ違おうが、食堂で隣り合って挨拶をしようが全て無視するらしい。

 木曾が着任したばかりの頃は挨拶程度の交流はあったが、それも数えられるくらいで、ある日、哨戒に引っかかった深海棲艦との戦闘で大破して帰還した時から口を利かなくなり、任務で工廠から艤装を引っ張り出す時や食事する時以外はめっきり姿も見せないというのだ。

 原因は熊谷少将が大激怒したからだとか、何度も再教育施設に送られたからだとか様々なことを言っていたが、根本的な問題は別にある気がしてならなかった。

 

 しかし、そこには共通認識が一つある。

 

「その調子で艦娘に絡むなよ? 痛い目見るぞ」

 

 杉村班長や新井さんとは別の工員が野次を飛ばしたところで、俺はむっとしそうになった。

 社畜の業、営業スマイルを駆使して笑顔を保ったままに問う。

 

「ええ? どうしてですか? 呉鎮守府では仲良くさせてもらってましたけど……」

 

 嘘じゃない。那珂ちゃん達と喋ったことあるもん。

 腹の傷跡を撫でられたことだってあるんだぜ!

 潮にはビンタされたけどな!

 

「海原さん、それ本当? うわあ、すごいなあ」

 

 新井さんが驚いた顔をするものだから、一瞬だけ「やっぱ那珂ちゃん以外は艦隊のアイドルになれないんですか?」と口をついて出そうになった言葉を呑み込んでさらに訊く。

 

「すごいって、皆さんあまり会話なさらないようですけど、どうしてです?」

 

 自己紹介をするだけのはずが、いつの間にやら俺の質問タイムになってしまったが、丁度よく昼食の時間だからと各々が作業に使っていた道具を片付けたりしながら話をした。

 

「だって艦娘だよ? 杉村班長のを見たからってのもあるけどさぁ……愛想も無いし、挨拶だって無視。そりゃ他の鎮守府じゃ酷い扱いだったみたいな話を聞いたこともあるけど、大湊警備府(ここ)でそういう扱いしてるわけでもないのに、一括りにされてるみたいに感じちゃうじゃない。あの艦娘は最初からここにいるわけだしさ」

 

「あ、ああ……」

 

 俺の返事とも言えない声に、杉村班長が「まあまあ」と言うも、他の工員からも続々と声が上がった。

 

「まあなあ……せめて普通に接してくれりゃいいんだけどな。哨戒から戻った時も思ったけど、やっぱありゃ人じゃねえって」

 

「大破した時のか?」

 

「そうそう。海原が見たら驚くってもんじゃなかったぞきっと! 完膚なきまでって、まさにあんな感じだよ。全身血だらけで戻って来て、片腕なんて捻じ曲がってたしよぉ……でも次の日に入渠から戻ったら普通の顔して出てくるんだから怖がるなって方が無理だろ」

 

「あれって全身の骨がバキバキになっても治るのかな?」

 

「治るんじゃないか? というかここに戻る前に沈むだろ」

 

「それもそうか。艤装の修理も相当掛かったしなあ……出来れば無傷で戻って来てくれって思うよ」

 

「無傷が一番なのは仕事が減るからだろ」

 

「それ以外にあるのか?」

 

 共通認識――艦娘は、人ではない。

 どれだけの重傷を負えど、入渠すれば元通り。沈みさえしなければ艦娘はまた戦えるようになる。

 

「そう、なんですねぇ……」

 

 ゲームでは軽い「仕方ねぇ、出てやるか」という木曾のボイスも、現実では違うということだ。大破して戻った木曾は声すら上げなかったというのだから、彼らの目にも間違いなく瀕死の状態に見えたことだろう。

 次の日になってピンピンした姿で出て来たのならば、それもまた彼らの言う通りの反応になってしまうことも理解できる。昨日と今日で姿が違えば恐れも感じるものだ。共通認識として人と違う存在である艦娘に、底知れぬ恐怖と未知の恐怖、同種かつ別物である二つの感情が彼らと木曾達の距離を遠ざけているのだ。

 人の姿をしていようとも、横柄な態度で接されては相応の扱いを受けるというもの。これもまた、当たり前だ。

 人から兵器へ、段々と彼らの中で認識が変化していった結果が今である。

 

「呉鎮守府の艦娘はどうだったんです?」

 

 新井さんの声に、無意識に考え込んで俯いていた俺は顔を上げた。

 

「呉ですか? えー、そう、ですねぇ……木曾さんと同じ軽巡洋艦の、那珂って分かりますか?」

 

「ああ、分かるよ。あの、お団子の、二つ結びの」

 

 十年も活躍している艦娘の多くは、その程度の認識。

 大多数が艦娘を保護せよと言えど、建前であると理解させられる反応は、俺にとって言葉では形容し難い悲しさがあった。

 

「那珂……さんは、山元大佐と仲が良さそうでした。それに駆逐艦の曙さんも、毎日楽しそうに過ごしてましたよ」

 

 あぶねえ。癖で呼び捨てにしそうになった。

 本来の性格というと妙な感覚だが、素はこちらの方なのに、いつのまにやら軍人の鎮が形成されて馴染んでしまっているのか、那珂さん、曙さんと呼ぶ方が違和感を覚えてしまう。人って変わるんだね、むつまる。

 むつまるは黙ったままで、作業帽の中にいることは髪の毛がもぞもぞと動くことで分かるのだが、大人しいものだった。

 

「山元大佐は変わり者って聞くからなあ」

 

「反対派だったのがいきなり人権派になったんだろ。絶対お上から圧かかったんだって」

 

「圧って?」

 

「圧は圧だろ」

 

「見た目だけはいいからなあ。世間じゃ艦娘を戦争の道具に使うなって声もある」

 

「じゃあ深海棲艦はどうすんだって話になるだろうよ」

 

「せめて待遇はって事か」

 

「あー」

 

「白羽の矢が立ったのが山元大佐だったんだろ」

 

 うーん……それについてはまもるの独断行動でした。

 ごめんね工員達。ごめんね筋肉達磨。

 山元大佐は曙にクソ提督って呼んで貰えてるからいいか。

 

「そういや海原元帥が艦娘を保護して回ってるって聞いたことあるぞ」

 

「え!?」

 

 そうなんですか!? と、名も知らぬ工員に思わず声を上げてしまう俺。

 艦娘を保護して回っているなんて……どこの海原なんだ……?

 

 柱島泊地の執務室に閉じこもって日がな一日書類と格闘して終わってるはずなのに……きっと別の海原に違いない。

 食堂に顔を出しただけで皆から「大丈夫? 生きてる?」とか言われてるんだぞ。出張にしたって大体が大本営に顔を出して柱島泊地の艦娘の様子を話しながら井之上元帥と飯食ってるだけだよ。あと忠野が人間の身体の強度について研究してるとか話をしてくれるくらいだ。強度ってなんだよ。

 ましてや最近は大淀様に頼りっぱなしなんだからな。頭上がらんわ。お前らも大淀様に会ったらひれ伏すんだぞ。じゃないと書類仕事を押し付けられる。

 最近は提督ラブ勢だと信じていた鳳翔や、隠れ提督ラブ勢かもと思っていた川内やあきつ丸でさえ俺に辛い現実(書類)を押し付けてくるんだからな!

 

「呉鎮守府、佐世保鎮守府、並びに舞鶴鎮守府の運営は問題無しと判断できるかと。岩川基地や鹿屋基地につきましても、自分が見た限り関係性も良好でありました。全て報告書に記載してありますが……不備がないか確認なさるまで、待機していてよろしいでありますか……?」

 

 あきつ丸には報告書の確認が終わるまで監視され……。

 

「提督、今日の演習報告書! 見落としのないようにねぇ? 特にここ、ここは評価できると思うなあ! 絶対に見落とさないようにしてよね! そう! へっへーん、やっぱ夜間演習は私が一番なんだなあ、これが! へへへ……。ねぇねぇ、何か言うことあるよね?」

 

 川内には演習で勝利したのだから気の利いた言葉くらい言えんのかと圧をかけられ……。

 

「あら提督、食事はいいのですか? なんでしたら、私がこちらに食事をお持ちしますよ。一緒に食べましょう」

 

 鳳翔には食事は持ってきてやるから仕事を続けろと……ふざけやがって!

 俺に無茶させやがって! いっぱい好き! 頑張りまぁすッ!

 

 んんっ……違うね。そういう事ではないよね。

 

「なんだ海原、知らないのか? 同じ名前の癖に」

 

 同じ名前の癖にって何だテメェッ!?

 ああすみません杉村班長でしたか。と、冷静さを取り戻す俺。

 

「し……らなかった、ですね……ははは……」

 

「テレビでも新聞でも軍帽で顔を隠すような元帥だからなあ。あんなの会っても分かんねえよな」

 

「そ、そうですねえ。顔くらい出せばいいのに」

 

 話を合わせろ、と本能が告げる。俺のことはいくら言っても構わないんで艦娘に対する認識は改めてくださぁい!

 

「でも元帥直々に艦娘を保護してるって話は初めて聞きました」

 

 軌道修正のために言葉を紡ぐと、手際よく片付けを終えた杉村班長が首にかけたくたびれた手拭いで顔を拭きながら言った。

 

「井之上元帥も保護してたろ? 紫っぽい髪の艦娘」

 

 すると、他の工員も片付けを終えてわらわらと俺と杉村班長のもとへ再集合。

 

「漫画みたいな髪色だよなあ」

 

「青葉って名前だろ確か」

 

 青葉が保護された過去については井之上元帥本人や忠野から話を聞いたことがあるが、こうして末端にも話が届いているのは驚きである。

 それが正しい形ではないなど、今更だろう。

 

「所属の鎮守府から逃げ出したんだって。それで井之上元帥が捕まえて、戦闘させないのを条件に秘書にしたとか」

 

「脱柵でも保護で済むのかよ」

 

「どこの情報だそれ」

 

 笑いながら飛び交う声。俺だけが固まったみたいな笑顔だった。

 

「ま、まあ、噂でしょう? ね?」

 

 かろうじて俺が言えば、全員が噂であると頷く。

 だが噂であろうが話の種がまかれてしまえば、芽吹き、花開くもの。

 

「木曾さんとだってそこまで話したことがあるわけじゃないんですよね? なら、仲良くなれば色々と話を聞けるかもしれませんし、せっかく大湊警備府にいる仲間なんですからこれを機に話しかけてみるのもいいかもしれませんよ! 三年も一緒にいるんですから話したことがない方が変ですって!」

 

 そんな提案に、全員が渋い顔をした。明らかに乗り気ではない。

 俺の見ていない大破帰還の一件や、熊谷少将との一連の出来事、再教育施設へ何度も行っている事実が彼らに尻込みさせているようだった。

 三年も一緒にいて殆ど会話の無い同僚がいる……おかしいが、現実でもありうる話だ。しかしそれが命にかかわる場所なら、意味合いは変わる。

 

「まずは挨拶からでも! ね!」

 

 明るく言ってみたものの、色よい返事があるわけもなく。

 

「ま、まぁ……止めたりはしないけどよ、あんま、な? 海原にやる気があるってのは伝わってるから」

 

「そうですね、やる気があるのは悪いことじゃないですから」

 

 杉村班長と新井さんの反応に、崩れかけた表情を苦笑にとどめた。

 

「んじゃあ、そろそろ飯行くか」

 

 ぱん、と手を叩いた杉村班長に「うーい」とだらけた返事をして工廠を出て行く工員達。俺も続けて出て行こうとしたところで、新井さんに止められる。

 

「海原さん、待った! ほら、あれあれ」

 

「え?」

 

 俺の背後を指差すものだから、振り返れば――放置されたブラシや、特殊塗料を落とさないための洗剤やバケツ。

 

「片付けてからです」

 

「あ……」

 

「昼食の時間は短くないから大丈夫ですよ、でも早く慣れるようにしてくださいね」

 

「すみません、話に夢中で……」

 

「ははは、全員で話してたから仕方がないですけど、あれは海原さんの仕事ですから」

 

「はいぃ……」

 

 若者に窘められるまもる。これでも一応、海軍元帥である。悲しい。

 そうして、彼らが出て行くのを眺めて暫く。静かになってしまった工廠でブラシに付着した洗剤を洗い落とし、バケツを磨き、海へ直接流れないように注意しながら水気を排水溝へ押しやったりと作業を再開する。

 

 十数分くらいしてからだろうか、ごんごん、と工廠の鉄扉を叩く音がしてはっと顔を上げると、そこには龍驤が居た。

 

「お、おぉ、龍驤、どうした?」

 

「切り替え早いなぁ、流石司令官や。仕事はどないなん?」

 

 床にいくらか出来た水溜まりをぱちゃぱちゃと踏みしめながらやってきた龍驤の顔を見てほっとしてしまったのか、大きく溜息を吐き出してしまう。

 

「はぁぁ……」

 

「どないしたんや、あんまよろしくないんか」

 

「いいや……ああ、まあ、そうだな、よろしくないと言えばよろしくない。ただ、お前の顔を見て心底安心してしまっただけだ」

 

「ぉ、う……そ、そうなんか、へへ、りゅーちゃんに進捗を聞かせてみい!」

 

「うむ、そうだな。外に誰かいたか?」

 

「大丈夫や、きっちりおらんの確認してから来たんやから。ほんで? 木曾の話は聞けたんかいな」

 

 この龍驤の有能っぷり……もう全部りゅーちゃんだけでいいんじゃないかな。

 と言うわけにもいかないので、俺は今まで聞いた話を片手間に掃除を続け話した。

 龍驤は俺の話を聞くうちに笑顔が曇り、最後には困惑の表情に。

 

 仕事だからと艦娘である龍驤も聞かされて気分が良いものではないだろう。

 俺ですら耳の痛い話ばかりだったのだから、龍驤の心中は如何ばかりか。

 

「さよか……で、でも、司令官の人当たりの良さで話をぱぱーっと引き出せてるやん! すごいことやで!」

 

「聞きたくない話じゃなければ、さらに良かったのだがな」

 

「う……そら言いっこ無しやんか……ウチかて、そういうもんやって分かっててもちょっち嫌な気分になるし……」

 

 そういうもん。

 

 そう、そういうもんなのだ。

 

 たった一言で片づけられる、艤装の洗浄作業やその後の掃除よりも簡単な現実である。

 艦娘は超常的な力を持つという先入観と、死線をさまよう重傷を負っても一晩で完治する事実。人に暴力を振るえないはずなのに、杉村班長が怪我を負ってしまった事件の衝撃と木曾の振る舞い、真偽が定かではない噂話が固定観念となり、彼らに負の感情を抱かせる結果となった。

 それらは中身を変えればどこにでも見られる普遍的な現象と言えるだろう。

 この世界であれ、俺が生きていた前の世界であれ、人という存在があれば必ず起こるものだ。

 

 あのまま根も葉もない噂に固められた艦娘の話など聞き続けていたら、俺は理由を問い質していたかもしれない。

 見てくれが少女でなくとも同じ反応をしたのか? もっと可愛らしい、それこそ……毛むくじゃらな猫ならばどうだ。言葉が話せないクジラだったらどうだ。自分達のために戦って傷だらけになったそれを見て同じことを言えるのか?

 艦娘を虐げていた奴らと一緒くたな対応をされて嫌なのは当然だろう。なら彼女らにそれを伝え、艦娘側の話を聞いたのか?

 

 頭の中にいくつも浮かぶ疑問符を叩き潰し、残酷ながらも現状を受け止めるしかないと考え直す。

 それこそ変えなければならない問題の核だ。俺の考えだって艦娘に寄ったものだと言われたらそれまでなのだから、互いを尊重すべきで、中庸を捉えねばならない。

 

 それに、あの口振りからして本人たちに重大な認識なんて無いだろう。ただの話題の一つだったのかもしれないし、場繋ぎに軽く口にしただけに過ぎないのかもしれない。

 

 しかし人の言葉は誰かしらに影響を与えるのだ。

 たった一滴であれ波紋が広がる。その一滴に呼応して誰かが一滴を落とせば波紋は複雑になり、波となる。

 負の感情という波が人を呑み込むと、どうなることか。

 

 それを言葉にせねば分からない程、人は愚かじゃないはずなのに。

 

「井之上元帥や山元についても言及されていたからな。先入観からくる噂なんてものは耳にするものじゃないと再認識させられたところだが、木曾の態度のこともある。しかしこれも仕事だ。この大湊警備府にいる者と木曾達の溝を埋めるとまではいかなくとも、橋渡しにくらいならねば私も井之上元帥に報告をあげられん」

 

「司令官……」

 

「山元の時のように解決できればいいんだが」

 

「殴ったらアカンで!?」

 

「殴らないが!?」

 

 暴力的なこと言わないでくださいよ龍驤さん!

 それじゃあまもるがいっつも殴って解決してきたみたいじゃないですかァッ!?

 

 ……いやまあ確かに山元についてはぶん殴ってしまった事実があるから否定できないが、清水については……うーんちょっと似てるかもしれないな。これも無し。

 あ、ほら舞鶴鎮守府の視察は――!

 人は殴らなかったけど天井をぶん殴りましたね……これも無しでお願いします。

 まもるはホワイトな勤務形態を目指す善良な提督なんです。社畜から国畜にダウングレードしてしまっても、皆には笑顔で過ごして欲しいから頑張ってるつもりなんですよ。絶対に前の職場のような部下を突然殴り飛ばしたり、怒鳴りつけたりするようなブラック上司にならないように頑張って――。

 

「……」

 

 前の職場の上司がやってたこと、全部やってるぅ……!

 物に当たるわ、山元を殴り飛ばして、清水の背中もぶっ叩いて、生意気な事言ってた癖に井之上元帥の前ではへこへこ頭下げて土下座までしてたぁ……う、うわぁぁ最悪だぁぁッ!?

 

 今の今まで気づかなかったのかまもる! と言われたら、気づいてたのだが。

 現実逃避していただけである。しかしこうして根も葉もない噂の飛び交う現場に来て、人と艦娘の仲の悪さを耳にしては直視せざるを得ないではないか。

 俺もまた、波紋を広げる人間の一人である、逃れようのない現実。

 

 俺は俯いて奥歯を噛みしめた。

 

「ど、どないしたんよ、なあ? お腹でも痛いんか?」

 

 くそ、俺はなんて最低な上司なんだ……さっきのも全部龍驤に任せればいいんじゃないですかねって他力本願を発動させそうになるし、酷い奴だ!

 俯いてしまったまま、視線の先にいる龍驤を見つめ返していたが、ふとその場で片膝をついて視線を合わせる。

 

「し、司令官……?」

 

「いつもすまないな、龍驤」

 

 膝が水に濡れて汚れようがおかまいなしに、手を伸ばして俺は龍驤の肩をぽんと撫でた。

 どんなブラック上司であってもついて来てくれる艦娘って、やっぱすげえよ……尊敬を超えて崇拝だよこんなの……。

 

「な、なんっ、えっ」

 

「心配ばかりかけて、情けない男だ、私は」

 

「そ、そんなことないて! どないしたんよ!」

 

「昔からそうだった。お前達の姿を見るだけで、やらねばならんと、どんな時だって立ち上がれた。今もそれをひしひしと実感していたのだ。こんな私についてきてくれて、感謝する」

 

「ぇ、あぅ……司令官……」

 

 こうなったらあいつらの艦娘へのイメージを百八十度どころか五百四十度くらい変えてやるぜ! 待ってろよな井之上さん、熊谷少将! 見ててくれ龍驤!

 

「龍驤、木曾を頼むぞ」

 

 ちょっと前日にいらん事言っちゃったんでフォローお願いします! サーセンほんと!

 

「……な、なあ、司令官」

 

 やる気も十分に立ち上がり、片付けをして食堂へ行くぞと意気込む俺を龍驤のか細い声が止めた。

 

「どうした龍驤、気になることでもあるか?」

 

 ちょっとお片付け下手くそかもしれないですけど、新人なんでそこは見逃してください。

 

「艦娘なら、だ、誰でも助けたり、するん……?」

 

 上目遣いに不思議なことを問うてくるものだから、俺はきょとんとしてしまった。

 艦娘なら誰でも助けるのか? そりゃ、まあ、艦娘なら無条件で全てを捧げますけども……。

 彼女が聞きたいのは、恐らくそういうことではない。

 

 分かっているとも、龍驤。

 

「……困っている者がいれば、助けねばならんだろう」

 

 それが軍人だって井之上さんを見て学びました。流石にそこはね。大丈夫ですよ。

 しかし龍驤は小さな声のまま「そうやなくてさ」と言った。

 

「例えば、柱島泊地の子ぉらと、他の子やったら、どっちを……ああ、もう、なんでもない! 最低なこと聞こうとしたわ! ごめん、忘れて!」

 

 え、えぇ……何ですか龍驤さん……。

 

「それは、どちらも助けるが……」

 

 だって海軍元帥なんだもの……きっと俺じゃなくても井之上さんや山元大佐、清水中佐だって同じことを言うだろう。忠野中将や橘中将だってそうだ。

 国が困っているから、艦娘と共に戦っているのだ。人も助ける。艦娘も助ける。そういう話ですよね?

 でもまもるの本音を言うならぁ……やっぱり艦娘ぅ、ですかねぇ……。

 

 それにそもそも柱島泊地の艦娘は助ける必要ないだろうが!

 まもるを助けてくださいよ!

 

「お前達は助ける助けない以前の問題だろう?」

 

「ぇ……司令官、それ……」

 

 龍驤どころか柱島泊地の全員は俺を無能だって認識してるはずだろ。

 いじめるなよ俺をよォッ!

 

「私はお前達が居なければ生きていけないんだ。あまり私から言わせんでくれ、恥ずかしい」

 

「ぁ、ぅ、あ……!」

 

 龍驤は突然口をパクパクとさせて俺を見上げた。

 なんだ龍驤、新手のギャグでも披露するつもりか? 

 俺のダジャレに対抗しようったってそうはいかな――。

 

「と、とっとと片付けて飯食べに行けや、もぉっ!」

 

「痛っ!?」

 

 強烈な裏拳、もとい原因不明のツッコミを左わき腹に食らった。

 そうだね、原因は全部まもるだね。他力本願も大概にせえってツッコミですよね分かってますよすみませんッ!!

 

 艦娘パワーでこれ以上のツッコミを食らっては本気で大破しかねないので、俺は手早くバケツの中にブラシやら洗剤を突っ込んで掃除用具入れに押し込むと、工廠を小走りで後にする。

 

「後でな龍驤。しっかり頼むぞ」

 

 でも仕事は任せちゃう。そうです、私が屑です。

 去り際に、龍驤が胸元で拳を握りしめ何かぶつぶつと呟いていた。多分文句だと思う。後でどついたるとかそんなん。ごめんて。

 

 

 

 

 

 

 

「なんっちゅう恥ずかしいことを平気な顔して……もう、君しか見られへんやないか、アホォっ……!」

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