柱島泊地日記帳   作:まちた

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紹介② 【鎮side】

 俺が食堂に到着する頃には既に食事を終えた人がチラホラと見受けられ、工廠班が一塊となって座る一角以外はまばらなものだった。

 入ってすぐに食堂を見渡すも、そこに木曾達の姿はなく、だらりとした食事風景だけが広がっていた。

 

「遅れました」

 

 トレー片手に工廠班のもとへ顔を出すと、手近に座っていた工員が顎をしゃくって下座を示した。

 ここで食事がてらに杉村班長から直接木曾の話を聞き出したかったのだが、流石に新人であれ礼儀を欠いて空いているからと席を確保するのは憚られるか、と示された通りに下座へ。

 そこに着席してようやく食事を始めた俺に、新井さんが話しかけてきた。

 

「掃除用具入れ、どこにあるか分かった?」

 

 気軽に話しかけてくれと言った手前か、多少のぎこちなさは残るものの砕けた口調の新井さん。頷いてみせると、よかった、とこれまた爽やかな笑顔を見せる。

 ただ俺の目に映る新井さんの爽やかさは、どこか白々しく見えてしまう。艦娘への態度、対応、認識を知ってしまったからだろうが、彼らの艦娘に対する認識がどうであれ俺にそれをどうこう言う資格も無いために、愛想笑いで誤魔化すしかなかった。

 艦娘を嫌っていたわけじゃない。寧ろ他の拠点での艦娘の待遇を耳にして無難に挨拶からと動いてくれた人達だ。故に艦娘の側に立ったつもりで俺があれこれ考えようとも独り善がりに過ぎず、彼らにとっては傍迷惑な新人に成り下がってしまうだけ。

 

「はい、すぐに分かりました。皆さんと早く仲良くなりたくて話に夢中になっちゃって、すみません」

 

 一にも二にも「すみません」をねじ込む。下手に出て立場を弁えたフリを続ける、己に染みつく社畜の業よ……。

 

「仲良くなりたいのは悪い事じゃないけど、先に仕事を覚えなきゃね」

 

 新井さんの言葉に「それもそうですよね」と返し、食欲もないのに米を口に詰め込んだ。

 厨房と繋がる小窓から見え隠れする炊事兵をちらりと見てから、美味しいですね、なんて言うと、杉村さんは言った。

 

「どこも同じようなもんだろ」

 

 間宮と伊良湖が作るご飯は二百倍美味いんですけどォッ!?

 もちろん、口には出さない。

 

「飯を食ってる時に仕事の話をして悪いが、昼からの仕事はちょっと変更させてくれ」

 

「え? はい、それは問題ありませんが……兵装の格納庫で何かするんでしたよね」

 

「哨戒前の点検を手伝わせようと思ってたんだよ。呉じゃやってこなかったか?」

 

「あー」

 

 呉鎮守府どころか柱島泊地でも兵器の点検なんてやったことありません。方法すら知りません。

 撃てるかどうかを確認するのか? と思考を巡らせるも、点検の内容なんて素人が思い浮かぶはずもない。知識にあるのは成人男性の上半身くらいあるサイズの砲弾をえっさほいさと装填するといった映画などで見られるシーンくらいのもので、専門的な点検は艦これ提督といえど門外漢である。

 艦娘以外のことは良く知らないんで全部任せますけども、点検の手伝いから変更とはまたどうしてなのかと疑問を呈するのは、不自然じゃないだろうと俺は問う。

 

「呉では別の仕事をしてたので……でもどうして変更したんです? 艤装洗浄の手際が悪かったですかね……?」

 

 杉村班長はしばし逡巡し、持っていたお椀と箸を置くと肘をついて俺へ身を乗り出すようにして言った。

 

「朝っぱらから艦娘に絡むような男だからな。哨戒前の気が立ってる木曾に会わせちゃ何が起こるか分からん上に責任も取れん。だから昼からは艤装修復用のカプセルの清掃と点検に回ってもらう」

 

 朝食時に電達に挨拶しただけでこの言われようである。

 ……た、確かに木曾にはちょっと面倒な絡み方をしてしまったかもしれないが、朝食を残すっていうのも作ってくれた人に悪いと思ったから、ああ言っただけであって……いくら艦娘でも人の作ってくれたものを蔑ろにするみたいにトレーを投げてはいかんと、当然の事を言ったまでだ。

 食事を残すのだって、どんな理由でも「残してごめんなさい」くらい言ってもおかしくないじゃないか。

 柱島泊地で一度だけ間宮達の食事を残してしまったことがあるが、あの時の気まずさと申し訳なさといったらもう……。

 あの時は間宮と伊良湖に泣かれたりして俺もいっぱいいっぱいだったが、ご飯は悪くないわけだからね。

 

 杉村班長が言うように、哨戒に出る前の木曾達に会えば気を付けていってらっしゃいの一言くらいは声を掛けていたに違いない。しかし気が立っているからと、それで面倒が起こるのは些か大袈裟ではないだろうか。

 

「艤装修復用のカプセルですか……了解しました」

 

 逆らっても仕方あるまい。言われた仕事をこなしながらさらなる情報を得て、哨戒から木曾達が戻り次第様子を見てから龍驤を交えて熊谷少将と情報共有するか、と頭の中でうっすらと予定を組み立てる。

 木曾の横柄さと、彼女を慕う第六駆逐隊三名の態度は確認済みなのだ。あとは問題とされる木曾の戦闘帰りが本当に危険なものであるのかを見定めるだけ。出来れば出発前に龍驤ともう一度話せればいいのだが……。

 

 と、俺が考えているのを見透かしたが如きタイミングで龍驤が食堂へやって来た。

 

「邪魔すんでー」

 

 なんて和やかで軽い口調の龍驤は、俺の姿を見るや否や目を泳がせた。

 ここでは新人工員と大本営の艦娘だから、関係があると悟られてはならない故の行動だろうが……うーん、りゅーちゃんちょっと不自然だよそれは……。

 あからさまに俯いて早足になって食事を受け取りに行くものだから、工廠班も不思議そうな顔をして見ている。

 龍驤が工廠班から少し離れた空席に腰を下ろしたところで、杉村班長にじとりと睨まれる。

 

「……海原ぁ、お前、龍驤にも絡んだんじゃねえだろうな」

 

 呆れた声を否定することも出来たが、ここはあえて肯定しようと俺は頷いた。

 

「大湊警備府まで一緒に来ましたからね、いくらか話しましたよ」

 

「お前なぁ……悪いこたぁ言わねえから、あんまり深入りするなって。見た目は人でも俺らとは根本が違うんだ。いつ、どんな話題が逆鱗に触れるとも分からんだろ」

 

「普通の話でしたよ。来る時に食べたおこのみやき弁当が美味しかったとか、そんなのばっかりです。デリカシーの無いことはしてませんって。ここに来てからはそこまで話してません」

 

 これは本当です。

 

「でもお前、朝方は木曾の手首掴んでたろ」

 

「あれは……!」

 

 ご飯を残したのはまだしも、トレーを投げるように置いたから……と言い訳が浮かぶも、手首を掴んだことに違いはないために言葉を紡げず。

 

「そう、なんですけどもぉ……」

 

「あれで引っ張り倒されてたら、軽い怪我じゃすまなかったぞ」

 

 杉村班長がこめかみを指で示して言った。作業帽に潰された髪から見えた傷は決して小さなものでは無かった。人差し指の先から第一関節くらいの長さの傷が、生々しい色を残していた。

 彼は転んで出来た傷であると熊谷少将に言っていたらしいのに、どうしてここでは艦娘につけられた傷と言いたげなのだろう。

 

「木曾さんと他に何かあったんですか?」

 

 ならばその流れに乗るだけだと声を上げれば、杉村班長の他、席についた工員達が唸った。

 

「やめとけ海原、後で言うから、後で」

 

「だな、後にしよう」

 

「今はダメだ」

 

 口々に言った後、工員達の目が一斉に龍驤へ向けられる。それも一瞬の出来事で、龍驤は気づいていない様子で黙々と食事をしていた。

 艦娘がいるから話題を避けようとしているだけなのだが、俺にはそれが陰口を叩いているように思えてしまって、本来は柱島泊地の艦娘である龍驤にそんな事は絶対にしたくないとさらに突っ込んでしまう。

 

「悪口じゃないですよね? 悪口なら聞きませんけど」

 

 棘のある言い方をしてしまったが、これで俺への態度を変えるようならばそれまでだと堂々と背筋を伸ばしてみせる。

 ごめんなさい嘘ですちょっとだけビビッてます。

 何でもないなら話してみろよ? お? おおん? という雰囲気を醸している癖に、手元や口元は正直なもので、緊張を誤魔化すために本日のメニューである南瓜のそぼろ煮をちょいちょいとつまんで、玄米をごっそりと口に入れ込む。

 ハムスターみたいに頬を膨らませている俺が間抜けだったからか、杉村班長はぽかんとしていた。

 

「別に、そういうわけじゃねえけど……お前変わってんなあ」

 

「ほうでふか」

 

「……呑み込めそれ」

 

「んぐ、む……失礼しました」

 

 はっきり言って、今のは俺が不躾だった。しかし悪口ならば認めてしまうわけにはいかない。

 身分を隠していても中身は柱島泊地の提督なのだ。そのさらに深い中身は国畜だが。

 

「あー……木曾が哨戒終わりに工廠に中々戻らないって話したろ? ただの不機嫌なら放っておけば熊谷少将から叱責されるなりで俺達に害はないんだけどよ……損傷が酷い時には引っ張ってでも修復させなきゃ危険なんだ。冗談を抜きにして沈んじまう。俺達だって無為に沈めたいわけじゃねえんだ。でも、熊谷少将が説明したって、俺達が何度説明したって聞きやしねえ。三年だ、三年。海原が来る前から俺達なりに何とか力になってやろうって思ってたんだ。あいつの艤装は、昔の軽巡洋艦の構造と見てくれがかなり変わっちゃいるが、似通ってる部分も多くある。だからもっと丈夫に出来ねえか、とかな」

 

「でも、工廠じゃ皆――」

 

 艦娘なんてバケモノだ、くらいの口振りだったじゃないか。

 俺が言いたい事を察知した別の工員が、半分ほど中身の残っているご飯茶碗に味噌汁を入れながら言った。

 

「海原お前、元は造船業じゃねえだろ」

 

 ぎくりとして視線をやると、汁飯をかきこんでから彼は言う。

 

「見てりゃ分かるよ。それくらい。洗浄一つとってもなっちゃいねえ。船ってのは頑丈に見えて、かなり繊細なんだ。形はどうあれ艤装を背負えばあいつらは船だと俺は思ってる。船なら傷だらけのまま放置するわけにはいかねえし俺のプライドが許さねえ」

 

 誰かが、俺達だろ、と口にすると、彼は残った漬物を齧って同意した。

 

「ああ、そうだな。船が喋るなんて昔なら夢にも思わなかったが、もし軍艦ってのが全員ああいう沈みたがりなら直してやろうって気も起らねえってもんだ。お口を開けば、うるさい、退け、邪魔だ――海原が言われ続けたらどう思うよ? それがお前、年頃の娘みたいな風貌で言われちゃたまったもんじゃねえ。おかしいことか?」

 

「……」

 

 俺は言葉を失った。

 中庸を捉えるのならば、彼らにだって彼らの考えがあるなど当然のことなのに、やはりどうしたって俺は提督で、艦これオタクのまま。艦娘側に立って考えてばかりだったのだと突きつけられる。

 

「おかしく、ない、です……」

 

 俯いて、もそ、と南瓜を食べた。舌に乗せただけでじゅわりと広がる旨味でも、すれ違っているつらさを薄れさせることはない。

 俺より若い新井さんでさえ同じ考えの様子で、それもまた否定にたる考えなどあらず。

 杉村班長が言葉を繋ぐ。

 

「どんだけ暴れたっていい。どんだけ無愛想だろうが、口が悪かろうが構わねえ。でも俺達工員の前で沈むのだけは許しちゃならねえんだよ。木曾が来る前だってこの考えが変わったことはなかった。すぐに異動していった奴らにも、沈むなよ、頑張れよって声を掛けて来た。別れ際の一言だったが、皆、頑張るって言ってくれたんだ。だから俺は……せめて木曾が不利にならねえようにしてきたつもりだ。この傷についても転んだって言い張ってんだ」

 

 湯呑を持ち上げ、杉村班長は離れた位置にいる龍驤をちらりと見た。

 

「俺達と関わるのが嫌なら関わらねえようにするのが最善だ。人の形してるからって、そういう扱いを望んでいるかどうかは別だろ? なら、それはそれでいい。でもな、俺達にゃ心がある。同じような態度を返したって文句を言われる筋合いなんてねえってのが俺達の考えだ。だから海原よぉ、大湊警備府の工廠班なんだからやり方には従ってもらうぞ。これが俺達のやり方だ」

 

「……そうですか」

 

 ただ溝があるわけじゃない。溝ができる理由があった。これもまた、理屈のある自然なことである。

 互いの距離が離れれば離れるほどに、心根が変わらずとも表面的な印象はどんどんと変化してしまう。

 これらを俺が解決する方法など、無いも同然だった。

 

 木曾の態度が悪いだけならば、彼女をどうにかすればいい。

 工廠班の皆の対応が酷いだけならば、彼らをどうにかすればいい。

 ただ、もしもどちらも悪くないのならば、どうすればいい?

 

 ならばせめて、哨戒前に龍驤から話を聞くべきかとトレーを持って立ち上がった。

 

「お、おい海原、どこ行くんだよ」

 

「すみません、ちょっと」

 

 戸惑う杉村班長を尻目に龍驤へ歩み寄り、隣の席へどかっと腰を下ろす俺。

 すると驚いた龍驤が「ぉわあ!?」と声を上げたが、俺の表情を見て小声で言った。

 

「どないしたの。進展あったん?」

 

「木曾の話を聞きたい」

 

「なんでここで聞くんや、工廠の人らもおるのに……!」

 

「彼らには彼らなりの理由があった。それを知った今、既に身分を隠す必要も無いと判断したまでだ」

 

 背後ではひそひそと声が聞こえたが、内容までは耳に届かず、俺は続けざまに言った。

 

「哨戒まで時間があるだろう。彼女から何か聞いたのなら、報告してくれ」

 

「んなっ、急に、今ぁ……!? え、えぇ……!」

 

 残った食事を手早く食べて、お茶で流し込む俺の姿を見て龍驤は「……わぁった」と食事をしながら話した。

 

「艦娘は深海棲艦の声が聞こえる……そんなん言わんでも司令官は分かってるやろ」

 

 俺が龍驤の隣に座った事で一瞬だけ食堂のざわめきが収まったが、すぐに喧噪に満たされる。

 工廠で感じた他人への興味の無さを最大限に利用する俺だったが、龍驤は会話の内容を聞かれるのを防ぐように俺に身を寄せて小声のまま話を続けた。

 

「ああ」

 

「木曾にも聞こえとる。あの娘はそれに苦しんどるんや」

 

「……ふむ。それで周りが見えていないと?」

 

「手一杯って感じやろな。深海棲艦を沈めることでそれが収まる、と思っとるんかもしれん。まあ、間違いやないけども、声に引っ張られすぎや。多分、毎晩夢にも見とるやろ」

 

 引っ張られすぎ――艦娘が深海棲艦の側に寄ってしまうのを指しているのは、理解出来る。

 あらゆる媒体でそういう描写があったから、という前世の知識もある。だがそれよりも強烈な記憶が俺の脳髄を叩いた。

 第二次大侵攻における正規空母サラトガの深海棲艦化だ。

 

 たったそれだけで、脳内に散らばっていた情報が集約される。

 

「引っ張られ過ぎとは、サラトガに近い状態か」

 

 咄嗟の言葉に龍驤はぴくりと眉を動かした。

 

「……今の君は工員やろ。詳しいところは後で――」

 

「いいや、もう結構だ」

 

 がたん、と立ち上がって食事トレーを厨房へ戻しに行く。

 龍驤が「ちょ、ちょぉ!?」と慌てた声をあげるも止まらず、食堂を出て行く。

 嫌な予感が急かしていた。俺の中にある何かが、ほんの少しの情報しか手にしていなくとも、常に万が一を考えている小心者の社畜ならぬ国畜の背を押すのだ。なりふり構わずに動けと。

 

 

 

* * *

 

 

 

 官舎まで戻って来た俺は、作業着を脱いで、持ってきた状態のまま開けられていない大きな鞄を手繰り寄せて中身を引っ張り出した。

 いつもの純白とは違う、ごわごわとした手触りの殆ど黒に近い濃紺の軍服を。

 

『こわいかおしてる』

 

 作業帽を脱いだところで、どこからか飛び出してきたむつまるの声に顔を上げたが、意識しても表情を変えられずに言う俺。

 

「出来る事をせねばならん」

 

『なにをするの?』

 

()に出来ることなど、仕事しかあるまい」

 

 むつまるは暫く着替える俺をじっと見つめていたが、

 

『こわいかお。だけど――いつものかおだね』

 

 そんな事を言って笑った。

 

『まゆげ、こーんな! むーってしわをよせてさ! ほんとまもるって、しょーがないなぁ!』

 

「恰好良いだろう?」

 

『はー? ぜんぜんですけどー?』

 

「っはは、そうか」

 

 着替えた俺はぐっと軍帽を目深に被り、官舎を出た。

 むつまるは『ごわごわだー!』とはしゃぎながら軍服の胸ポケットへ飛び込んだ。

 

 

 それから一直線に執務室に向かい、扉をノックして熊谷少将が「入れ」と返事したのと同時に入室した。

 

「入るぞ」

 

「海原元帥!? 作業着はどうなさったのですか!」

 

「情報は集まった。もう十分だ」

 

「集まったって……これから木曾達が哨戒に出るのですよ!? 哨戒前に情報を集めきるなど……!」

 

 隅々まで調べてたら何日掛かるか分からんだろうが! 早くしないと困っちゃうかも! と俺の心の秋津洲が叫んでいる。

 俺は応接用ソファに腰を下ろして工廠で聞いたことと龍驤から聞いた木曾の様子を話した。

 情報なんてこれしかない。でもこれで十分だよね、と。

 

 威厳スイッチ、オンです!

 

「工廠班と艦娘の間に溝があるのは言うまでもない。私はこれらが互いが極度に話さないために起きたすれ違いが深刻化したものであると見ている。艦娘は戦場で深海棲艦の声を聞くだろう?」

 

「え、えぇ、はい。そのように聞いております」

 

 熊谷少将は執務机から立ち上がって俺の対面へ座った。

 

「木曾も同じく深海棲艦の声を聞いているようだ。それに、夢を見ているのだろうと龍驤から聞いた」

 

「夢、ですか」

 

「ああ。龍驤は昔、軍艦であった頃の夢を見ていた時期があると言っていた。ここは哨戒に際する戦闘が多いと聞く。戦闘による疲弊や深海棲艦の声、夢に見る記憶がもたらす複合的な苦痛によってさらにコミュニケーションが困難な状態にあるのだろう。三年前、木曾がここに着任した頃には挨拶を交わす程度とは言え接点があったらしいが、今や修理以外で顔を合わせることなどないとも聞いた。熊谷少将はどう認識している」

 

「海原元帥が仰る通り、木曾は雷達と以外、殆どと言ってよいほど喋りません。自分も……」

 

「仕事以外での会話は」

 

「……数度、しか」

 

「一朝一夕で変えられることではない問題だ、これは」

 

「……」

 

 きっかけを作ることは出来るぞ、と言えば、熊谷少将は目の色を変えた。

 

「自分に出来ることであれば――!」

 

「しっかり話しかけ、気にかけてやる事だ。互いを知らねば、すれ違いは解消されん」

 

 うーん、なんだかブーメランが脳天にぶっ刺さってる気がしないこともない……が!

 コミュニケーションは本当に大事なんだよ信じてくれイケオジッ!

 強面だから第六駆逐隊の面々には恐れられる可能性があるが、木曾はきっと違うから! 多分な!

 

「話しかける、と言いましても……何を……?」

 

 それは自分で考えてくださいよぉ!? なんでしたらまもるにも話題ください。

 いつも柱島泊地じゃ書類と格闘しっぱなしの俺から提供できる話題なんて呉鎮守府から届けられる雑誌の内容だけだ。あと艦これの話。

 非番で出かけてた艦娘が帰って来た時におかえりと言うついでに楽しかった? くらいしか話せてねえんだからよ! まもるはコミュ障なのだ。許せよ。

 天気か飯か雑誌の内容か。俺の会話デッキは三枚だけしかないんだぞ。

 

 あとは駆逐艦や海防艦のお絵描きやままごとに付き合ったりするくらいだ。幼稚園かな?

 

「……食事」

 

「はい……?」

 

 おう、熊谷少将、強面のまま睨むなこの場で泣くぞ。

 

「まずは食事を一緒にすればいい。艦娘とて飯を食わねばならんのだから、同じ釜の飯を食う仲間として隣り合って不自然ではあるまい。そこから、知らないことを聞け」

 

「き、聞けと申されましても……」

 

 熊谷ァッ! 立場上は俺の部下でも海軍ではお前の方が先輩だろうがァッ!

 自信を持ってくださいよぉ……頼むからぁ……!

 

「着任して三年目と言えど、まだ三年目なんだ。大湊警備府での昔話でも、熊谷少将の個人的な話でも、なんだっていい。お前達は距離があまりに離れているのだ。そっぽを向きあったところで何が分かる?」

 

「……」

 

「互いを知らねばならん。違うか?」

 

 それが出来ないなら第六駆逐隊をダシに――ダシっていう言い方も悪いな――味方につけて、お絵描きでもしながら話せばいいじゃん、と思ってしまう俺。

 しかし調査に乗り出して「問題はこれだけです」なんて都合の良い話があるはずもなく。

 

「深海棲艦の声を聞く艦娘は、常に深海棲艦との平衡を保っている。それは第二次大侵攻で十二分に理解しているところであると考えるが」

 

「っは、それは、もう」

 

「もしも木曾が、あの正規空母サラトガのようになってしまったらどうする」

 

「い、やぁぁ……海原元帥、自分は……そのぉ……!」

 

「沈めるか?」

 

「自分は、海軍少将でありますから……!」

 

「仲間であったことから目を背けて、迷いなく雷撃処分できるのか?」

 

「っ……」

 

「深海棲艦は確かに撃滅せねばならん敵だ。人類に牙を剥くのだから、我々も存続のため身を護らねばならん。大湊警備府で、もし木曾がそうなった場合――別の鎮守府から応援を呼んで雷撃処分させるのが安全かもしれんな」

 

「そのようなこと……! いくら海原元帥とて許されません! 訂正していただきたいッ!」

 

 ばしん、と強く机を叩いた熊谷少将に、俺はにやりとした。

 

「答えは出ているではないか」

 

「……ぁ」

 

「沈めたくないのだろう。私とてそのような事態に陥って欲しくもない。曲がりなりにも艦娘を部下として大切に考えている。だから、体制変更が掛かる前の大湊警備府で、固有の艦隊を持っていないのをよいことにあの手この手を尽くし艦娘を守ろうとしたのだろう? 結果がどうあれ、その行動自体に間違いはなかったと私は考える。木曾の命令違反は前体制ならば解体処分よりも酷い仕打ちを受けていた可能性が多いにある。だがそれをさせぬようにと、木曾を三年も守ったのだろう」

 

「自分、は……それでも、彼女を、再教育施設に……」

 

「木曾はそれをどう思っているのだろうな」

 

「恨まれていても、おかしくはありません……」

 

「そう聞いたのか?」

 

「いえ……」

 

「話題が一つできたな。それを聞くのも熊谷少将の役目だ」

 

「海原元帥……ですが、もし、彼女らが私を恨んでいるのならば」

 

「受け止めろ」

 

 それ以外に方法無いでしょうが。

 熊谷少将は額から鼻筋にかけて走る傷を指でなぞり、呟いた。

 

「……傷が増えるかもしれませんな」

 

「傷が増えて困ることがあるか?」

 

「っはは……考えてみれば、ありません。死なねば安いものです」

 

 この……海軍のブラックっぷりよ……でも艦娘につけられる傷はご褒美みたいなもんだから問題無いね。

 決してそういった趣味があるとかではない。違うぞ。

 

「工廠班や他の者もそうだが、まずは上官たる熊谷少将からその姿勢を見せてやってくれ。哨戒では木曾達と通信するだろう?」

 

「はい、哨戒中は定期的に報告のために通信を行っております。戦闘も多いのでこちらから指示を出すことも」

 

「あまり長々と話すべきではないかもしれんが、一言二言くらい交わしても問題ないだろうし、そこで海の様子でも聞いてみてはどうだ」

 

「……考えてもみませんでした」

 

「何をだ?」

 

「この長い戦争の中で感覚が麻痺していたのかもしれません。大湊警備府に着任する艦娘は木曾達を除けば長くとも一年以内には別の拠点へ異動させておりました。ですから、最低限の会話だけで十分に運営できるものであると、思い込んでいたんです」

 

「ふむ……」

 

「抜本的な運営を改善せねばならないのですね」

 

「そうとも言えるな。今回はそれが、諸君らのコミュニケーションである、というだけだ。哨戒を実施するにあたって私もここで通信を聞かせてもらいたいが、構わんか?」

 

「っは、問題ありません。しかし海原元帥、工廠班の者へはどのように……」

 

「今朝、食堂で木曾の腕を掴んでしまった」

 

「はい!?」

 

 驚きのあまりか、熊谷少将の頭上から軍帽がずり落ちた。

 

「木曾が食事を残そうとしてな。トレーを投げるように厨房に置いていたので、注意したのだ。結局、残すのをやめて食事をしていたが……木曾の腕を掴んだのは多くの者が見ていたはずだ。それについて呼び出しているとでも言っておけば問題ないのではないか?」

 

 言い訳を考えるのは一流だろ? と熊谷少将と目を合わせれば、困った顔をされる。

 

「なんだ、おかしな理由か?」

 

「……はぁ」

 

 どうして溜息吐くんだよォッ!? じゃあお前が考えろよ! まもるだって一生懸命なんだぞ!

 

「海原元帥……どこまで織り込み済みで行動していらっしゃるのですか……」

 

 熊谷少将はぶつぶつと何かを呟きながら立ち上がると、執務机の上に置かれた電話の受話器を持ち上げて操作する。

 

「……執務室、熊谷だ。杉村班長はいるか? ああ、杉村班長、私だ。今、新人の工員の……うむ、そうだ、海原が食堂で木曾の腕を掴んだと聞いてな」

 

 受話器越しに声など聞こえてきたりしないが、熊谷少将がちらちらと俺に視線をやりながら会話する光景が、学校の先生から自宅に電話がかかって来て、悪いことをしたわけでもないのに緊張してしまうような微妙な気持ちを思い出させて気まずかった。

 熊谷少将の視線から逃れるように、するりと執務室の窓へ目をやると――。

 

「……うわぁ」

 

 窓の外にべったりと大量の妖精が張り付いているのが見えた。

 気持ち悪ぅいッ!? 熊谷少将、あれ見て、あれェッ!

 

 俺が熊谷少将と窓を交互に見ていたのに気づいたのか、同じく窓に視線が動く。

 

「そうか、本当だったか。では少し海原を借りるぞ。それについて事情を……げっほぉっ!? ごほっごほっ! あ、ああ、いや! す、すまん、ただ咳き込んだだけだ、う、うむ、うむ……では午後からは海原抜きで作業を頼む」

 

 熊谷少将は乱暴に受話器を置くと、風を切る音が聞こえるくらいの勢いで振り返って俺に詰め寄った。

 

「な、ななっ、なんですかあの妖精の数は!?」

 

 知らないよぉ……まもるに聞くなよぉ……。

 

「私が知るわけなかろう。とりあえず、窓を開けてやってはどうだ」

 

 俺に言われた通りに熊谷少将が窓を開けた途端、ぶわりと飛び込んでくる妖精達。

 

『わぁー!』

『おしごとだー!』

『す、すこしこわいけど……きそさんをさがそう!』

『いけいけー!』

『このへやっておかしあるかな?』

 

 おう最後の妖精ちょっと待て。

 

「艦娘を恐れて隠れていた、のに……どうして……!」

 

 数歩後退ってから、はっとして執務机の引き出しを開けた熊谷少将は、きっとトラウマになったことだろう。

 はたから見ている俺でもちょっと怖かった。

 引き出しから窓に張り付いていたのと同じくらい大量の妖精が飛び出してきたのだ。

 勢いよく尻餅をついた熊谷少将は、あんぐりと口を開けていた。

 

「うわぁぁっ!? こ、こんっ、こんな数の妖精、見たことも――!」

 

 俺はと言えば、いつもの如く。

 

「警備府とて妖精くらいどこにでもいるだろう。大方、隠れていたのが出て来たのではないか?」

 

 知らんけど。どうなんでしょうむつまるさん。

 言葉無く顔を俯かせて胸ポケットを見ると、ひょっこりと顔を出したむつまるが言った。

 

『くまがやしょーしょーがおはなしするなら、みんなてつだうって!』

 

 なるほど。と、俺はむつまるの言葉をそのまま熊谷少将に伝える。

 

「熊谷少将が話をするのならば、妖精が手伝ってくれるだろう」

 

「海原元帥、や、やはりこれは、あなたが……!」

 

『まもるのかわりに、むつまるたちがおしごとしてあげるんだよ』

 

「……私は何もしていないさ」

 

『あとでこんぺいとうね』

 

「……んんっ」

 

 堂々とむつまるにボロクソ言われた気がする。いやそうでもないか。

 情けない顔を隠すためにさらに軍帽を目深に被り、むつまるを胸ポケットに押し込んでから腕組みをする。

 せめて「哨戒まで待たせてもらうぞ」みたいな恰好をしていなければ、ただ全員から話を聞いて飯を食って、艤装を洗いに来ただけのアホになってしまうと思ったのだ。

 

「何もしていない、など、は、ははは……海原元帥、あなたという人は、本当に……!」

 

 

 

 

 

 

 

「なに。飯を食って、少し仕事を手伝っているだけだ」

 

 言葉にするとなっさけねえなあ本当! と、改めて自分の無能さを噛みしめるのだった。

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