柱島泊地日記帳   作:まちた

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哨戒 【艦娘side】

 大湊警備府から出立してしばらく。ニヤニヤとした顔の龍驤と別れてせいせいした気分で航路を進む大湊水雷団の旗艦木曾は、カルガモの親子のように後方へ並ぶ雷達に声を上げた。

 ざあざあと海を進む中で声がかき消されてしまわないようにと、地声と通信の両方を使っているため、雷達には二重に聞こえた。

 

「直掩機は来てるか?」

 

「もうそろそろ後方から――あっ」

 

 木曾に返事をした雷が器用に後方の空を見上げた時、ほんの一瞬で頭上を飛び抜けていく機影が一同の目に映った。

 それは物凄い速度で空を滑るように直進し、あっという間に視界から失せた。

 

 木曾をはじめとする大湊水雷団の一同は規模は小さくとも多くの作戦に従事した艦娘達であり、無論のこと艦載機の飛行する姿など見飽きるほどだったが、ここにきてあの軽空母から発艦された艦載機の速さときたらどうだ。

 ふん、と小生意気に鼻を鳴らした木曾が呟く。

 

《大本営で贅沢してただけじゃねえってか。ありゃ艦攻か……》

 

 通信は音声を逃さず、呟きは龍驤へ殆ど遅延なく届いてしまい、すかさず声が返って来る。

 

《ただの先行偵察やがな》

 

《ちっ……話しかけてもねえのに返事すんじゃねえよ》

 

 忌々しそうに舌打ちをした木曾に、龍驤ははるか後方にいるのに通信だけでにやけ面が伝わる声音で言った。

 

《ええ目ぇしとるのだけは褒めたるわ》

 

 天山――だったろうか。木曾は既に見えぬ機影を探すように空を見た。

 木曾の目が確かなら、龍驤の言う通り大本営のみならずどの拠点であれ空母が所属しているのならば手に入れられる艦載機である。現在は、だが。

 

 それよりも、と木曾は艤装にくっついてきた小さな影を睨んで言った。 

 今度は通信に入らないように。

 

「いつまで俺を見てんだよ。鬱陶しいな」

 

 それは妖精だった。

 木曾がいつか見た妖精は姿を認めるや否やぴゅんと飛んで消えた、先ほどの機影のように幻みたいな存在である。

 哨戒準備に工廠へ顔を出したところ、艤装を装着する前には杉村班長を筆頭に工員達に新人工員の海原に掴まれた手首は大丈夫か? だのと心配されて甚だ面倒を被ったというのに、抜錨するまで妖精がひっついていたことにも気づけなかったなどと今更文句を言えようものか。

 

 木曾は妖精を深く知らない。艦娘であるが、彼女に妖精がついて回っていたことなど世に生まれて半年もなかっただろう。いいや、もしかすると数ヵ月程度しか妖精を見たことがないかもしれない。

 すれ違ってきた艦娘達から――姉妹艦だと自称していた球磨や多摩、北上や大井といった艦娘だ――それらは妖精という名で、自分達と同じ軍艦の魂や心といった存在だと教えられた記憶がある。しかしあるだけで、妖精がいるからどうということはなく、化け物と揶揄される艦娘と変わらぬ未知に分類されるものという認識である。

 

 艦娘の本分とは、敵の撃沈にある。故に、妖精などという奇妙極まる小人風情を気に掛ける感情も無かった。戦いに余念が無いのだ。

 

 木曾のみならず、随行する第六駆逐隊の艤装にも同様に妖精がひっついており、木曾と違うところがあるとすれば、不思議そうにしながらも受け入れているところだろう。電や雷は可愛い可愛いとしきりに言って掌に乗せてみたりしており、響は頭の上に乗せて落ちないようにね、と声を掛けている。

 

「遊びじゃねえんだ、集中しろ」

 

「ごっ……ごめんなさい、なのです……」

 

 叱責されしゅんと俯いた電はすぐに顔を持ち上げて周囲を警戒する。

 本日の津軽海峡はちぎった綿雲が少し散らばる晴れた空を抱き、胸のすくような冷たい潮風に満ちていた。普段はもっと重くて、苦しく感じるはずなのにと考えたのは、木曾だけじゃなく、大湊水雷団の全員だった。

 天気が良いからそう感じるだけだろうか? そんな馬鹿なことはない。三年も大湊警備府にいて軍務に従事してきたのだ。晴れた日などいくらでもあった。戦闘のあるなしに関わらず、毎日のように駆け回る海域で初めて感じられる空気に違和感を覚えないほど、愚かでもない。

 

「今日の海は妙だ……貴様らの仕業とでも言うのか?」

 

 木曾の声に、艤装にしがみついて風に揺れる妖精はぎこちない笑みを浮かべた。

 その光景が見えていたわけでもないのに、同じような反応をしたのであろう、雷が、わぁ、と声を上げた。

 

「あなたたちのお陰なのね! とても気持ちの良い海だわ!」

 

 電や響も感嘆の声を上げたが、木曾の背を見てすぐに押し黙った。

 今日、戦闘があったら、また自分達が足を引っ張ってしまうかもしれないと浮かれていた己を律したのだ。

 木曾とともに大湊警備府に着任した暁を除く第六駆逐隊の三名は、木曾と同じく随分と若い。もちろんそれは、建造された年数でもあり、戦闘経験でもある。

 大湊水雷団に所属しながらも単冠湾泊地への戦力増派として単独で出向いたり、横須賀鎮守府が仙台沖で発生した深海棲艦の襲撃に対応した時にも協力した過去を持つ木曾だが、雷達は違う。彼女らは大湊警備府しか知らない。

 しかしながら、大湊警備府は哨戒に際する戦闘が多いため、他の拠点と比べるべくもなく本分たる戦闘は問題無いと言える。木曾と比較するべきではないだけだ。

 

 木曾が舌打ちするまでもなく、雷は慌てて口を噤んだ。

 

 そろそろか、と木曾が片耳を押さえ通信を開始する。定時報告である。

 

《ザッ……マルヒト、マルヒト。こちらマルフタ》

 

 木曾の声から少しのノイズと空白。それから熊谷少将の声が聞こえてきた。

 

《こちらマルヒト。感よし。現在地、送れ》

 

 短い言葉に、木曾はいつも通りに返答した。

 

《現在地、平舘(たいらだて)海峡を北上中。仏ヶ浦(ほとけがうら)に差し掛かる。異常なし》

 

《現在地、了解》

 

 いつもならばここで、抑揚のない熊谷少将の「おわり」という声で通信を同時に切断していた。

 

《木曾……その、どうだ、海の様子は》

 

《……は?》

 

 思いもよらぬ問いに、木曾は頭を真っ白にしてしばし沈黙したが、かろうじて気を持ち直して返答する。ぶっきらぼうに。

 

《さっき言ったろ。異常なしだ。おわ――》

 

《今日は良い天気だから、気持ちもよかろう。雷も、電も、響も……どんな海だ、今日は》

 

 おわり、と言えず。木曾は首だけを動かして後方を見やる。

 通信は木曾以外にも聞こえており、雷達も目を丸くしていた。

 

《熊谷少将、何を言って――マルヒト、雑多し。感明(かんめい)送れ》

 

 きっとノイズの確認だ。木曾はぎゅっと口元を引き締めたあとに冷たく言うも、熊谷少将は変わらずに緊張して、それでいて柔らかな声のままだった。

 

《雑音が酷いか? こちらは明瞭だが、平舘で通信状況が悪くなるなど――》

 

《つ、通信状況が悪いんじゃねえよ! 何やってんだ熊谷少将、今は哨戒中だぞ!?》

 

《そ、そうだな。すまない》

 

《ったく、なんなんだ……一体……》

 

《お前達と、仕事以外で話していなかったと思って、だな……確かに、哨戒中にする通信ではないな。定時報告、了解した。おわり》

 

 そうしてあっさりと切れた通信に、しばし耳に指をあてた状態のまま呆けていると、響の声がして、木曾は航行と警戒に集中しなおそうと前を向く。

 

「木曾さん? 大丈夫かい?」

 

「あ、あぁ……大丈夫だ。通信絞れ、広域のままだ」

 

「ん、了解した」

 

 

 

* * *

 

 

 

 平舘海峡から津軽海峡に差し掛かったところで、通信上に不快なノイズ音が走り始めた。

 今日はどうやら戦闘を避けられず、一仕事しなければならなそうだと木曾が身構える。

 

「工員どもには群がられるし、妖精とかいう変なのもくっついてくるし、戦闘もありかよ……厄日だぜ、まったくよ」

 

 単縦陣で前進していたところ、響と電が自然と離れ、木曾に並んだ。

 警戒網を広げ、目を増やすために複縦陣となる慣れた動きだが、先ほどの通信が原因か気もそぞろな二人に雷が言う。

 

「電、響、集中よ! どこから出るか分からないわ」

 

 頷く二人を横目に前進を続けていると――木曾達の前方の波が、ざあ、と不自然に盛り上がった。

 影よりも黒い丘が出現した、と意識するよりも早くに木曾の声が第六駆逐隊を叩いた。

 

「駆逐イ級を確認! 二隻だ! 響、右舷へ流れろ!」

 

「了解っ」

 

 通信ではなく地声。今度は大声だ。それも木曾の悪態つきで。

 

「龍驤は何やってんだよ! 直掩も出してたじゃねえか、クソッ!」

 

「木曾さん、二隻じゃない! もう一隻……ロ級だ!」

 

 響の報告を受け即座に反応した木曾は、砲雷撃戦を開始する。

 左右にイ級が一隻ずつ、その後方にロ級が一隻。

 大湊水雷団の航行を邪魔するようにして現れた深海棲艦に対して、木曾の砲身が唸りを上げた。

 ごうん、といった重低音を纏った砲弾は放物線を描き、敵艦が反応するよりも前に正確にイ級をすり抜け、ロ級の眼前に落ちる。

 

 挟叉が発した水飛沫によってロ級の動きが止まると、響は木曾とアイコンタクトをとって頷き、電を連れて右舷へ流れる。

 するとイ級の一隻が響達を捕らえんと追いすがり、もう片方のイ級は目標を木曾へ。響が離れたところで空へ高くあがっていた水壁が失せ、ロ級が再び姿を露わにした。

 

 木曾の戦闘におけるセンスはかなりのもので、瞬時に敵を分断し最適な戦力で相手を叩くことができる。そうして三年もの間、大湊警備府を守ってきた。

 深海棲艦も愚かではない。ここで敢えて駆逐艦二人だけの響達を追いかけたところで危険に晒されるなど考えるまでもなく、軽巡の砲撃を受けてでも確実に戦力を削るべきだと、不気味に揺れ動いた。狙いは間違いなく、雷である。

 

「魚雷装填! 木曾さん、お願いしますっ」

 

「ああ! こっちだクソ野郎!」

 

 またも轟音。木曾の十四センチ単装砲から放たれた砲撃は前方のイ級を寸分の狂いも無く捉え、黒煙を噴き上げる。

 それからすぐに二発目、三発目と砲撃が加えられ、派手な水飛沫が上がる。

 

「雷、いけるか!」

 

「当然よ!」

 

 返事を受けてすぐさま進路を確保するべく左舷へ流れる木曾。一秒、二秒、三秒後には、雷の甲高い声。

 

「逃げるなら今のうちだよ? ……逃がさないけどっ」

 

 ぼしゅん、ぼしゅん、と気の抜けるような音がした次には、海へ潜る魚雷。

 間抜けな音からは想像もできない速度でそれは海中を突き進んだ。

 あっという間にイ級へと到達した魚雷が爆発して海面を焼く。さらに後方から追撃の二発目が迫り、爆破の衝撃で海流に流されたイ級を抜けてロ級へ。あっけなく、同じように爆発し、黒煙を噴き上げた。

 

「次だ! 俺に続け!」

 

「わかったわ!」

 

 木曾の動きに倣い雷も進路を変え、魚雷を再装填して瞬く間に残り一隻となった敵艦へ迫る。

 だがそれも、木曾達が追いつく前に――

 

「無駄だね」

 

「ってー!」

 

 響と電のコンビネーションにより、撃沈される。

 時間にして数秒の差をつけて連携した木曾と雷とは違い、響と電はまるでコピーされたような動きで同時に砲撃していた。

 木曾の戦闘センスを筆頭にして、大湊水雷団が津軽海峡、平舘海峡を守護できている理由がまざまざと感じられる戦闘である。

 

 三隻を沈めた後も警戒を怠らず、木曾の「警戒しろ!」という声に第六駆逐隊は周囲を睨め回す。たっぷりと数分間が経ち、雷の声で各々が兵装をそっと下ろした。

 

「敵……感知、無しよ」

 

 響と電が十二.七センチ連装砲に乗った妖精に小さく声を掛ける。

 

「やったね」

 

「いつもより、身体が軽い気がするのですっ」

 

「おや、電もかい? なんだか私も調子が良くて――」

 

 非常に短い戦闘ながらも激しい動きだった。それにもかかわらず妖精は艤装にも兵装にもくっついたまま。不思議に思うも、普段の哨戒での戦闘より随分と楽に終えられた喜びが勝って二人は驚きと笑みが混じった表情をして見つめあった。

 たった三隻、されど三隻の深海棲艦。平舘海峡と津軽海峡が丁度交わる沖合の戦闘で助かったと溜息を吐いたのは雷である。

 

「はぁ……驚いた。龍驤さんがいるからって警戒が甘かったかしら」

 

 深海棲艦が海上に出現するまで気づかないということは無いにしろ、珍しいことだった。

 三年も哨戒を続けている見慣れた航路が故に油断したわけでもない。雷の言葉通り、無意識のうちに龍驤がいるならと頼ってしまったのだろうか。

 響がそう呟くと、木曾が苛立って通信を始めた。

 

《こちらマルフタ、旗艦木曾。こちらマルフタ、旗艦木曾。龍驤、応答しろ》

 

 冷静にあろうとする抑揚のない声は、すぐにがなり声となる。

 

《こちら龍驤。遠くから見てたで! やるやんか! あっちゅう間に終わってもうたなあ》

 

《てめぇッ! 敵艦を発見して報告も無したぁどういう事だ! 言ってみろッ!》

 

《うわっ、声デカいなぁ……一応、直掩機は出しとるやんか。邪魔するなって言うたの君ちゃうんか?》

 

 龍驤は決して煽ったわけではなく、前日に哨戒を邪魔するなと言った木曾の言い分をそのまま返しただけ。だが木曾がそう受け取るはずもなく、がなり声は海に響いた。

 

《戦闘の邪魔になるなって意味だろ! 誰が馬鹿みたいに艦載機を飛ばして遊べっつったんだ、あぁッ!?》

 

《あー、わぁったわぁった、ごめんなあ。そしたら次に戦闘が発生したら参加したらええねんな?》

 

《クソッタ――……!》

 

 直接的な表現で罵倒する前に、木曾は大きく息を吸い込み、吐き出す。

 

《ふぅぅ……戦闘に参加する必要はねえ。ただし敵艦を発見したらすぐに報告しろ。それくらいなら出来るだろ》

 

《はいはい、了解や。まぁ……敵艦発見するくらいはええか》

 

《あ? 感悪し、感悪し、おい、龍驤!》

 

《聞こえとるで。君らの戦力は今ので十分にわかったから、伝えとくわ》

 

《伝えとくって、お前何を》

 

《この先、知内(しりうち)大間(おおま)の中間、丁度、津軽海峡の中央地点に敵艦ありや》

 

《は……お前……?》

 

 ざわ、と胸騒ぎがして、木曾は雷達を呼び寄せた。

 

「お前ら、こっちに来い。すぐに海峡を進む。哨戒ルートから外れるが――龍驤が敵艦を発見した」

 

 またがなり立ててやりたいのをぐっと堪えて、木曾は極めて冷静にあろうと努めた。ここで龍驤にあれやこれやと文句を言ったところで、相手にされないだろうと思ったのだ。そもそも自分が相手にしたくないのもある。

 

「かなり先じゃない……どうして今の敵艦には気づかなかったのかしら?」

 

 雷の疑問に答える者はおらず。電も響も首を傾げるばかり。

 

「木曾さん、敵の規模は? もしかすると、たった今のは三隻だからと優先度を決めかねたのかもしれない」

 

 理由付けにもならない庇うような響の言葉に、ああ、とだけ声を返した木曾は再び耳へ指をあてた。

 

《あとで報告書に書かせてもらうからな。それで、敵の規模は》

 

 龍驤の声は、非常に軽かった。

 

《駆逐ハ級が三隻、それから重巡リ級――計四隻や》

 

 重巡だと? 木曾の表情が曇る。

 勝てない相手ではない。しかし()()()にしてはおかしい。

 

 過去に戦闘になった重巡級の深海棲艦は、はぐれとして分かりやすい特徴があった。艦隊行動をしていなかったのだ。単独で出現しただけでも北海道と青森を繋ぐ重要な海峡で重巡洋艦の火力は脅威となる。駆逐級がいくらかまとまって沿岸部に被害をもたらすのと同等かそれ以上の破壊力を持つ強力な個体だ。

 

 大湊警備府にきて一年か、二年目に差し掛かろうとした頃だろうか。

 水雷団として関わった大きな戦闘となったのも重巡リ級だった。

 

 ()()は相当な戦力を秘めていた。ただでさえ一撃が重く、戦闘に慣れてきたかどうかという程度の木曾達には荷が重かったと言う他ない相手。

 第六駆逐隊の魚雷を受けてなお敵意に満ちていたリ級は、最後の最後まで木曾達を睨みつけ沈んでいった。

 大湊警備府における戦果としては大きなものである。軽巡洋艦と駆逐艦、戦力差があれど重巡級の深海棲艦を本土への被害無く撃沈せしめたのだ。

 

 しかしながらそれは、相手が単独であったが故の話。

 

《それ、はぐれか……? 敵艦隊から流れた、今の駆逐どもとは別……?》

 

 木曾から苛立ちは消え去り、疑念を龍驤へぶつける。

 すると今までの軽い声から予想だにしない冷たい声が返ってきた。

 

《いいや、完全に艦隊行動をとっとる。津軽海峡からそっち側に南下しとるから途中でカチ合うで》

 

《なっ……!》

 

 龍驤はすらすらと語った。

 

《もう警備府には報告しとるから安心しい。今までのはぐれと(ちご)うて明らかに陸奥湾を目標に入れとるみたいや。駆逐三隻と重巡一隻しかおらんのが引っかかるけども……多分、今まではぐれやと思って沈め回っとったいくらかが偵察隊やった可能性がある。大湊警備府の戦力が水雷団一つしかないと見て、ギリギリ上回る戦力で向かっとるんかもしれん》

 

 自分よりも戦歴のある龍驤の予想は、木曾の背に重くのしかかった。

 損傷はない。木曾を含め、先ほど消費された弾薬や燃料は無視できるものだ。

 しかし自分と第六駆逐隊の兵装で駆逐級と重巡級を同時に片付けられるのか?

 

 いや、弱気になるな。行ける。やるしかない。

 

 己を鼓舞するように拳を握りしめ、木曾は言った。

 

「……今の聞いてたな? このまま北上して陸地から出来るだけ離れた地点で迎撃するぞ。重巡を先に仕留めてやりたい……先制出来れば、戦況をこっちに傾けられる」

 

 木曾の視線は電と雷の装備した魚雷へ向けられる。

 それを受けて二人は恐恐とした表情をするも頷き、響もまた、木曾の意図を汲み取って言う。

 

「じゃあ、私は木曾さんに合わせて先頭を潰す……で、いいのかな」

 

「それでいい。重巡から一撃も貰うなよ、痛いじゃ済まねえぞ」

 

「……わかった」

 

 二度目となる邂逅に戦意を高めようと、自然と浅くなる木曾の呼吸。

 

《龍驤、流石にこれは支援が必要になる。さっきも見ただろうが、駆逐級なら問題ねえから、上空から重巡級に――》

 

《悪いけど、それはできひん相談や》

 

 全員が、声を失った。

 任務を放棄するつもりか? いや待て、重巡級に攻撃することに反対しただけだと木曾はすぐに思い直して言葉を紡ぐ。

 

《どういう作戦がいいんだ。採用の可否はこの際どうでもいいから、言ってみろよ》

 

《作戦もなにも、ウチは君らの邪魔をせんって言うてるんや。君らだけで戦うんやで》

 

 放棄、するつもりか。とうとう木曾は冷静さを欠いて大声を出した。

 

《てっめッ……龍驤ッ! 遊びじゃねえんだ、分かってんだろうがっ!!》

 

《分かっとるよ。でも悪いけど、これはウチが受けた命令なんや》

 

《命令、だぁ……!?》

 

《そ、命令や。ウチは君らの戦いを見届ける――沈むその手前まで》

 

 木曾の脳裏に、ありとあらゆる嫌な想像が浮かんだ。

 大本営から急遽増派された謎の艦娘――急に声を掛けてくるようになった工員達に、まるで自分の様子を窺いに来たかのような新人工員――それから、任務と叱責以外で話すことなど無かった熊谷少将の通信――。

 

《は、はは……なんだよ、それ……》

 

 かつて実行された――敵戦力の確認と研究に重きを置いた、捨て艦作戦。

 

《そうかよ……ああ、そうかよ……真面目に戦ってりゃあ艦娘としてそれで十分かと思ってたら、てめぇら軍人のご機嫌伺いまでしなきゃ及第点じゃねえって言いてえのかよ……》

 

《……》

 

 龍驤と繋がる通信からは、ホワイトノイズばかりが聞こえてくる。

 

《なら、俺だけで戦う》

 

《……木曾、君だけで戦うっちゅう意味か?》

 

《ああ、そうだよ、そう言ったんだ》

 

《第六駆逐隊の子ぉらはどうするつもりや。たかが四隻なんて言うつもりや無いやろな? 君だけじゃ戦力不足やで》

 

 冷静な声は、さらに木曾の心をかき乱す。

 

《じゃあ、俺と、こいつらに……沈めってのかよ……》

 

《ちゃうちゃう。君らで、敵艦隊と戦って勝ってくれっちゅう話やんか》

 

 雷達は涙を目元いっぱいに溜めて、木曾を見つめていた。

 またあの苛烈な戦闘をしなきゃならない。その恐怖が彼女らの感覚を過敏にしているのだろうと、頭の隅では冷静に考えられる。だがそれよりも激しい感情の波が木曾を吞み込もうとしていた。

 

《何を考えとるんか知らんけど、君らを沈める気ぃはさらさらないし、見捨てる気もない。ただウチの役目を口にすることも出来んから、堪忍してや。ほんまに危なくなったら助けたるから、まずは君らで戦うて――》

 

 

 

 

 

 

【アァ……】

 

 

 

 

 

 

 木曾の目が見開かれる。同じく、通信から聞こえてくる龍驤の声を塗りつぶすような何かに、雷の唇が震え、電の瞳が揺れ、響の喉が鳴った。

 

 

 

 

 

 

【シズメ……シズメ……】

 

 

 

 

 

 

 ざり、ざざ、ざりざり、という不規則なノイズが近づいてくるようだった。

 脳髄をかきむしり、頭の中を跳ねるたびに黒くどろついた染みを残すかのような重苦しくも細い声が、徐々に、徐々に木曾を蝕む。

 

《――木曾、しっかりしい》

 

《っう、ぁ……!?》

 

《君らはこれから、その声に抗い続けなアカンねや――君らが――ザザッ、ザー……救う――……ザッ……――大湊を……ザリリッ、ザーッ……――きっと――》

 

 龍驤の凛とした声に驚いて身体が跳ねるも、そこからは雑音に塗れ、聞き取れなくなった。

 

「木曾さん……木曾さん……っ!」

 

 肩を揺らされ、はっとして顔を向けると、今にも泣きそうな電の顔が視界を埋め尽くした。

 

「ま、また、また声が、聞こえるのです……! し、しし、しっかり、しなきゃ、電達も、頑張るから、だから……っ!」

 

「ぐ、ぅ……くそ……」

 

 木曾は胸を押さえて頭の中を過る夢か記憶か分からないいくつもの場面を振り払う。

 木曾のみならず、雷も、電も、響でさえも同じように苦しみに呻いた。

 

「今度は、守る、守ってみせるんだ……電も、雷も……」

 

 響の声も、電と雷の声も、互いを向いているのに、届いておらず。

 

「沈まない……絶対に沈まないのです……っ」

 

「置いて行かないわ、誰も……」

 

 同じ艦娘とて見てくれは自分よりも随分と幼い三人を見て、本当に痛んでいるわけではないのに痛いと訴えてくる胸元をどんと強く叩き、木曾は声を上げた。

 

「っ……俺を見ろ! 三人とも!」

 

 三人に対して、ただ強気に言うのだ。

 

「俺が何とかする、だから……だから、心配すんな!」

 

 声は、笑う。

 

【連レテ……行ッテ、アゲル……深ク、深ク、溶ケテイキソウナ、水底マデ……アハ、ハハハ……アハハハハハハ……!】

 

「っぐ、ぅぅう……!?」

 

「木曾さんっ!」

 

 雷が胸元に添えられたままの木曾の手に自分の手を重ねて叫ぶと、木曾は苦しそうな顔のまま無理矢理に笑みを作ってみせた。

 

「この声……うぜぇ、よなぁ……ははっ……」

 

 龍驤が言っていたことを、彼女らに伝えてやろう。木曾がそう考えた時、四人に影が落ちた。

 否、影が落ちたように錯覚しただけで、それは――

 

「なんだってんだ!? 空が、暗く……!?」

 

 

 

 

 

 

 はぐれの重巡と戦った時と同じ、結界によって外界と断絶された瞬間なのだった。

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