柱島泊地日記帳   作:まちた

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哨戒②

「まぁ……ちゃちぃ艦隊だけなわけあれへんわな」

 

 津軽海峡中央部へ向かい始め通信の届かなくなった木曾を追うべく平舘海峡を北上する龍驤は、帰還する艦載機から見えた敵影に嘆息して不可思議な力で浮力を得て展開された巨大な巻物型の飛行甲板を眼前に伸ばした。

 艦載機から見えたのは駆逐級ばかりで、軽空母たる龍驤を相手にするには距離があるためこちらから一方的に攻撃が可能な状態だ。帰還させながらも攻撃を加え、数隻をあっという間に撃沈に至らしめるも――表情を硬くしたまま。

 

《こちら龍驤。津軽海峡西部方面から敵艦隊ありや。向こうさんは十隻はくだらんで……どないするんや、熊谷少将》

 

 大湊警備府の通信室へと声を届ける龍驤の耳を穿つような熊谷少将の声は、さしもの龍驤とて聊か厳し過ぎると言わざるを得ない状況なのだと理解させた。

 

《海原元帥! 大湊水雷()とは言えこちらの戦力は龍驤を合わせて五隻なのですよ!? 龍驤の支援無しでは拮抗はおろか一方的に攻撃されるだけです! 仮に重巡洋艦をおさえられたとしても津軽海峡西部方面の駆逐艦隊への対応まではできません!》

 

《龍驤に支援させても構わんが――いいのだな?》

 

《っ……》

 

《私の責任のもとで指示を出すことになるが、問題はないのだな?》

 

 その声に海上に佇んだまま遠い目をする龍驤は、言葉にしたいのを堪え続ける。

 

(きっと気づいて欲しいんや……熊谷少将も木曾も……捉え方を変えるべきやと……)

 

 相手は重巡リ級に駆逐ハ級が三隻。大湊水雷団と頭数は同じでも戦力の差は言わずもがな。

 このままでは勝てないだろう。手も足も出ずに沈められる可能性の方が高い。

 

(司令官は熊谷少将を仲間やって認めてくれとる。せやから熊谷少将に自分の力で気づいて欲しいんや……! 無理に合わせるんやなく、お互いに納得しあった上で戦わんとアカン……どれだけ無謀やと思えても、どれだけアホらしく思えても、果てしなく信じ合う事で力が発揮されるんやと司令官は知っとるから、でも、言葉では信じてもらわれへんとも考えとるんやろうな……ほんま……ウチら艦娘も、軍人も……)

 

「面倒なこっちゃ……はぁ」

 

 通信では捉えられない龍驤の呟きは、平舘海峡から吹きつける重たい潮風がどこかへ攫っていった。

 過去が如何なものであれ、龍驤は大湊警備府を知る艦娘である。ならば海原に叱責されるであろうことを押し退けてでも熊谷少将に答えの欠片を提示してあげたいと考えた。これでは甘ちゃんと言われてしまうだろうか、などと自嘲した矢先のこと。

 

《現在、津軽海峡中央部に重巡リ級と駆逐ハ級が三隻だったな? それで、津軽海峡西部方面からも敵艦隊が迫っていると。仮に木曾達の支援に龍驤が出張ったとすれば、重巡リ級と駆逐艦数隻程度ならば問題ないと見ているが――では、西部方面の敵艦隊はどのように処理すればいい?》

 

《それはっ……》

 

「どないしてそんな厳しくすんねや……もぉぉっ……」

 

 歯がゆさから通信を一瞬だけ切断して音声が入り込まないようにしてからばしゃんと海面を踏みしめる龍驤。

 海原は知っているはずだ。初期型と呼ばれ十年もの間戦い続けてこられた龍驤ならば、遠方から一方的に攻撃できる今――西部方面の敵艦を一掃できることなど。

 柱島泊地で哨戒任務に就く傍ら、第二次大侵攻を退けた武勲艦揃いの相手に演習し続けている彼女の練度は過去の比ではない。実戦経験に至っては第二次大侵攻を経験した艦娘達と同等以上のものがある。それでも、熊谷少将は海原と龍驤を()()()()()()()()()と見ているからこそ迷いが生じているのだ。

 たった一隻で何が出来る。たった一人で何が成せる、と。

 

 それこそが、大きな間違いであると気づけないでいる。

 

 龍驤は通信を復帰させて、堪えきれず言った。

 

《ウチが西部方面を対応したらええねんな?》

 

 これで気づいてくれと祈る龍驤を見透かしたかのように、答えから引き離すような海原の言葉がノイズを押し退けた。

 

《龍驤一人で十隻は下らんという駆逐艦を相手にするのか? そんな事させられるわけがないだろう。危険過ぎる。熊谷少将にも考えがあるはずだ》

 

《なっ、司令官……なんっで……!》

 

《哨戒に際する戦闘が多いのだから、海域のことにしたって熊谷少将の方が良く知っているはずだろう。ここは熊谷少将の考えに従うべきだと思うが》

 

 絶対に戻ったら一言くらいは言ってやると心に決めて、龍驤は口を噤んだ。

 

《あー、もう、わかった。何も言わんとくわ! これでええねやろ! 指示があるまで待機しとくから、すぐに言うてよ!?》

 

 

 

* * *

 

 

 

 大湊警備府の通信室では、熊谷少将が通信用ヘッドセットを装着した状態で海図を睨みつけており、その傍らでパイプ椅子に腰を下ろした海原が同じように海図を見下ろす。

 海図を指でなぞりながら、これでは、ああ違う、ならばこうすれば、いやしかし、とぶつぶつ言う熊谷少将。

 一方、海原は額に浮かぶ汗を軍帽で隠して、腕組みをする。

 

「明らかに戦力が足りません……」

 

「……そうか」

 

 海原は熊谷少将を見守っている――わけではない。

 

(重巡リ級に駆逐ハ級……数は同じでも軽巡と重巡という差がある。けど……木曾も雷達も練度はなかなかに高いし対応は出来そうなもんだ……。まだ遠方にいるなら龍驤が足止め出来る可能性もないわけじゃない。いやぁぁ、でもなぁぁ……! これは艦これじゃないんだ! 練度と運でどうにか出来る問題じゃないのは重々分かってるだろ俺ぇ……! せめて援軍を……でも哨戒で援軍って呼ぶべきなのか!? いや呼べばいいよ! 寧ろ呼んでいい! 当たりがきつかろうが木曾も雷達も傷ついて欲しくない! こ、ここから近い拠点は単冠湾泊地か横須賀鎮守府――距離はどちらもあるが、それまで耐え抜けば――って、こういう希望的観測がダメなんだろうなぁ……どどどどうすればいいんだよこんなのおおおお!?)

 

 海軍元帥として決して口に出して欲しくない胸中である。

 そも、兵法も戦術も素人である海原に求めるものなど本来ならばあるはずもなく、熊谷少将とて明らかに不利な状況に追い込まれて素人意見に左右されるべき状態ではない。

 しかし海原の考える応援要請は悪い案では無いだろう。

 だが距離がある。到着までに木曾達が耐えられる保証など存在しない。

 

 それでも動かねばならない。海原は言う。

 

「応援要請はしないのか」

 

「応援要請を、すべきでしょう……しかし艦娘がこちらに派遣されるまでの時間は、短くありません」

 

(ですよねぇ!)

 

 胸中で泣きながら頷く海原。実際には無表情で「で、あろうな」というだけ。

 

「ならば、どうすべきだ」

 

「っく、ぅ……」

 

 脳が沸騰するほどに思考する熊谷少将。今の今まで、はぐれ深海棲艦がまとまって攻撃してきたことなど一度も無かった。油断していたのもある。しかしながら、それよりも納得できないのは海域の状態からして、攻め込むには適していないはず、という現実。北海道と青森を繋ぐ広いとは言えない津軽海峡。それに合流する平舘海峡は、深海棲艦側からすれば攻める事が出来れば多大な被害をもたらすことが出来る場所。攻める事ができれば、の話だ。

 舞鶴鎮守府が日本海側への侵入を防ぎ、そこから討ち漏らしたはぐれ深海棲艦を大湊警備府が撃破する。二重構造が活き、日本海側を含め大湊の平穏は保たれてきた。もちろん本当の平穏とは程遠いが、少なくとも大きな被害は出していない。

 敵の立場になって考えようとも、リマン海流の利用は自殺行為だと候補にもならず。単冠湾泊地と幌筵泊地、二つの泊地に必ず察知され叩かれる。

 

 しかし事実として駆逐艦隊が津軽海峡西部に流れ込んでいる。

 

 熊谷少将は撃破するにはどうすべきか考え続けた。

 

「……何故、駆逐艦隊が西部にいるのだろうな。過去にこういう例があったか?」

 

 海原の問いに、通信から声が漏れる。海原も熊谷少将と同じく通信用ヘッドセットを装着していたため、龍驤の声が良く聞こえた。

 

《ぁ……なんやの司令官! ウチには言わさんかった癖に!》

 

《うぉ……!? どうした龍驤、急に……何かあったか》

 

《しっらじらしいわほんっま……司令官が言うたんやからウチかて言うてもええやんか!》

 

 何を? と海原が考えたのは言うまでもない。

 

《……意見具申ならば、遠慮せず言うといい》

 

《意見具申てなんやねん、もう、司令官のいじわる!》

 

 海原は一方的に怒られていると勘違いしている。自分だって一生懸命に考えているんですよと胸中でいくら叫んだところで、役に立っているかと問われたら無能でしたとしか言えないのだから仕方がない。

 だが彼の一言一句が、妙に、運命をくすぐるのだ。

 そうして、人を、艦娘を動かす。否が応でも動いてしまう。

 

(な、なんで怒られてんだ俺……緊急事態なのに無能だから怒られてるのか!? まぁ否定できないんだけども……ごめんりゅーちゃん……)

 

《熊谷少将、この艦隊が流れ着いたはぐれやないのは分かるやろ》

 

 語りかけてくる龍驤に返事をして海図から顔をあげた熊谷少将は、海原を見た。

 海原は気まずくて視線から逃れようと俯くばかり。

 

《ああ、確かにおかしい。北方から流れ込んだのならば単冠湾泊地から報告があるはずだ。しかしそのような報告もないし、向こうとて防衛線の設置が進んでいるのだから抜けて出たならそれこそ問題だ》

 

《それや》

 

《それ、とは……では駆逐艦隊を擁する重巡リ級は――》

 

《――独立艦隊や。隠れとったもんが今になって顔を出した、ちゅう方が分かりやすいか? 遊撃隊か、偵察艦隊かは分からんで。それでも明らかに大湊警備府の戦力をギリギリ超える範囲で、戦闘でも優位に立てる編成としたら何かしら理由があるはずやとは思えんやろか》

 

《理由……?》

 

《生意気言うたけど……ウチが言えるんはここまでや。これ以上は間違ってたら恥ずかしいしな。もう答え合わせしたりいや司令官》

 

 急にバトンをパスされた海原は内容も状況も把握しているが深く理解できないまま、重苦しい声を上げる。

 

《そう、だな……》

 

 彼は決して不真面目なわけじゃない。ただ、必死なのだ。

 

(遊撃隊に偵察艦隊って、大湊警備府を襲って被害を出そうってか!? 駆逐艦と重巡洋艦だけで? あり得ないだろそれこそ……もっと戦艦とか引っ張って来るだろうよ……第二次大侵攻の時なんかガチで被害を出そうとして姫級やら鬼級がわんさか随伴艦を連れて来たってのに……! そもそも被害を出すなら適当な海岸を攻めるんじゃダメなのか? くっそ、社畜の俺に分かるわけがねぇ!)

 

《答えではないが》

 

 海原はそう言って、長考する。

 

(か、会社に例えてで考えよう。そうだ、俺に分かりやすい考え方でいいから、皆の力になるんだ……名ばかり元帥だって、何か考えられるはずだろ……! 大湊警備府という営業敵を目標とするなら、田舎町じゃ利益も上げられん――被害を利益だの商品だのと例えるのは不謹慎だが、営業敵は大湊警備府……だけじゃない。海軍そのものだ。同業他社を陥れるなら同じことをするより差別化した方が客の食いつきがいい。この場合は、他社を困らせ利益を生み出す、または掠め取る……大湊警備府を落として利益が上がるか? ここの仕事ならぬ任務は防衛であって、利益の維持だ。とすれば、相手は利益維持を困難にさせようとしていると見てもいいだろう。しかしそうするとこのタイミングで出て来た理由が分からん……最も効率的に商売敵を困らせるには、同業他社を一つに絞らずに足止めすることにある。うん? 足止め……?)

 

 勘違いの長考。だが、それこそが一番、答えに近い。

 

《この指示については、私が責任を取る》

 

《え? あ、は、はぁ、何を――》

 

 熊谷少将が海原を見つめるも、彼の目は虚空をさ迷うだけで、目が合うことはなかった。

 

《龍驤。津軽海峡西部方面から流れ込む駆逐艦隊を相手に出来るか?》

 

 通信から聞こえる龍驤の声は、ようやく明るいものに。

 同じくして、それはとても力強く、熊谷少将を励ますようだった。

 

《もちろんや。ほんで、司令官。ウチはどうしたらええんや? 足止めするんか、数を減らすんか……》

 

《殲滅だ》

 

「はいっ!?」

 

 熊谷少将は装着したヘッドセットをむしり取って驚愕した。

 いくら空母とは言え、今の長考を含め着実に近づいている駆逐艦隊を相手に一隻で挑めなど自殺行為ではないか! そう、表情に出ている。

 海原はどうしようもなく無能であり、ただの社畜から抜け出せない男だが、誰にも劣らない点が二つある。

 

(足止め……そう、か……ああ、足止めだ! 北方からほど近い場所で艦隊行動をとる敵艦が出現したとなれば、こっちに戦力を割くしかないとか考えてるんじゃないか!? 防衛ラインの設置を邪魔しようとしてるんじゃない!? いや分からんけども! 多分な! メイビーよ、メイビー! 間違ってても深海棲艦は倒さなきゃいかんし、とりあえず龍驤に任せて後で確認しよう、うん、これだ。先延ばしにしたわけじゃないぞこれは。うんうん、決して先延ばしにしたわけじゃない……自分なりに一生懸命考えたから……だから睨むな妖精達よ……ごめんて、社畜には難しいこと分からんて……)

 

 一つは、過程を無視し、答えに到達すること。

 そしてもう一つは、艦娘を信頼していることだ。それはもう、無責任なまでに。

 その無責任に近い信頼は艦娘という存在の奥深くにある心を滾らせ、燃えあがらせる。

 

 熊谷少将は妖精と見つめ合う海原に困惑の表情を向けた。

 

《殲滅な、はいはい……はーもう、ほんまに全部熊谷少将にやらせるんかと思ってヒヤヒヤしたわ》

 

《ま、待て龍驤! それに海原元帥も! いくら駆逐艦隊だとは言え、相手は十隻以上いるのだろう! まだ距離はあるのか!?》

 

《んー、もう少しでウチの目ぇで見られる範囲に来るやろな》

 

《そ、んな……囲まれては、どうにもならんぞ……! 木曾とも通信が出来ないんだ……結界にいる、木曾、とも……》

 

《ま、心配しなやそこは。司令官も考えとるやろから》

 

《龍驤、頼むぞ》

 

《あいよ。ほな、後でな》

 

 困惑する熊谷少将を尻目に、海原は立ち上がって携帯電話を取り出してどこかへ電話をかけ始めた。

 数コール、無機質な音が通信室にかすかに漂う。

 

「――海原です。今、お時間よろしいですか?」

 

 熊谷少将に電話の内容は聞こえなかったが、海原の口調からして相手は井之上元帥だろうと分かった。

 

『おお、海原。丁度良かった。少し前にアメリカ海軍の上級将校が横須賀を発ったところだ。取り急ぎ、いくつか協力できる落としどころを話し合ったんじゃがな――はは、思い出しても痛快だ。お前のお陰でソフィア・クルーズ女史が一時的だが大湊警備府に駐在することが決定したぞ。深海棲艦がほどよく出現し、研究も捗るであろう場所はそこしかないからな。海域の水質調査がしたいとのことで、いくつかのポイントを通って大湊に向かうそうじゃ。入れ替わりになるやもしれんが、もし顔を合わせたら挨拶くらいしてやれ。ずっとお前を気にしておったからな。……それと、ソフィア女史に加え、過去の研究を続けたいと正規空母サラトガも共に駐在が決定した。くっくっく、祖国に戻ればジョシュア少将とベイリー大佐は大目玉を食らうだろうが、貴重な戦力を割いてでも維持せねばならん関係だと理解させられた。文句が出ようとも手は出てこんだろう。大手柄だ。礼を言うぞ』

 

「……そうですか。それは丁度良かった。では急で申し訳ないのですが、津軽海峡中央部を通っていただく事は可能でしょうか?」

 

『津軽海峡を……? それは、こちらから指示出来るだろうが……どうした、問題でもあったか』

 

「はい、そうです。現在、大湊警備府の哨戒に引っかかった敵艦隊がおりまして、大湊水雷団では戦力が不足しているとのことで……」

 

『戦力の不足――ふむ。軽巡と駆逐では足らんか。熊谷少将の指揮は保守的ではあるが、分析、分担ともに悪くはないと見ておる。具体的な戦力差を聞かせてくれるか』

 

「相手は重巡リ級が一隻、それから駆逐ハ級三隻の四隻編成です。津軽海峡西部方面からは駆逐級の艦隊が十隻以上こちらに向かっている、と報告を受けております」

 

『なに……? 大湊で艦隊別に行動をとるような輩が出現するとなると……そうか、海原、万一を考えておるのだな』

 

「万一などとは決して……ですが、戦力は必要です」

 

『そうさなぁ……大規模戦闘にはなるまいが、お前の考えは分からんでもない。すぐにでもこちらから指示を出そう』

 

「どれくらいで到着しそうですか?」

 

『急がせればさして時間はかからんじゃろう。艦隊のみを向かわせればな』

 

「充分です。では、お願いします」

 

『うむ。熊谷少将は……問題無いか』

 

「……ええ、問題ありません」

 

『ほう?』

 

 意味深長な声音を最後に、井之上はまた喉に引っかかるような笑い声をあげた。

 

『海原が責任を取るから問題はない、とでも言いたげじゃな。まあ、構わんが……くく、ではな』

 

「っは」

 

 そうして、携帯電話をしまった海原は、再びパイプ椅子に腰を下ろして海図を見下ろし腕を組んだ。

 通信からは、龍驤が戦う声が聞こえ続ける。

 

(だ、ダメだ、パンクする)

 

 海原は、絶望する。

 

(やっぱり俺は無能なんだ……ただの社畜が、ゲームで艦娘を知っているからって理由で元帥に据えられてることが異常なんだ。深海棲艦のことだって深く理解してるわけじゃない。今、出来ることは……せめて木曾達を助けて、大湊警備府をかき回すような真似しか出来なかったことを熊谷少将に素直に謝ること、だけ……きっと()()()()()()()()()()大湊警備府に俺を送り込んだんだろうな。それでも失敗するかもしれないと構えていたから、俺が全てを言う前に、すんなりと……ああ、もう、くっそ……泣きそうだ……)

 

 海原も同じくヘッドセットを外して、軍帽のつば越しに熊谷少将を見た。

 視線がかち合うと、互いの表情が硬くなる。

 

「熊谷少将。一挙に仕事をこなそうとする私の愚かさを許してほしい」

 

「はい……?」

 

「こうする他ない。今は」

 

「あ、あの、海原元帥、意味が――」

 

 ざ、ざざざ、とヘッドセットから音がして熊谷少将は慌てて応答しようと装着し、声を上げかけた。

 しかしそれは、言葉として構築されず。

 

《――This is USS BB61 Iowa. This is USS BB61 Iowa come in》

 

《ぇ、ぁ……はぁっ!?》

 

《ザザッ――Repeat――ザッ――This is USS BB61 Iowa come in》

 

《こっ……これは……》

 

 この十年で熊谷少将が何度か聞いたことのある声だった。それもたった数度。

 海原は、この声を良く知っていた。彼は額をおさえて事情を話す。

 

 熊谷少将には海原が思考を続けながら話しているように見えた。

 実際には現実逃避をしたいが逃げられない状況が故に、申し訳なさに号泣しそうになっているだけである。

 

 なんと滑稽なことか。

 

 なんと、幸運なことか。

 

 まるで仕組まれていたかのような流れに、熊谷少将の目がゆっくりと見開かれる。

 

「……日本海軍はアメリカ海軍と協力し、艦娘、並びに深海棲艦の研究を再開していたが――この度、派遣される研究員がこの大湊警備府の近隣に駐在することが決定されたそうだ。詳しくは追って説明されるだろう。大本営で会談を終えたアメリカ海軍は横須賀鎮守府を発ち、いくつかのポイントを経由しこちらに向かうとのことだ」

 

 海原は海図に示される横須賀鎮守府に人差し指を立て、するすると沿岸部をなぞった。

 なぞっている指の動きから、熊谷少将はすぐにアメリカ海軍が安全を期して単冠湾泊地や幌筵泊地を経由し、ベーリング海沿いに帰還する予定だったのだろうと予測する。

 横須賀鎮守府を発ったのはたった今か、それとも少し前か。

 重要なのはそんなことではなく、どうして今ここで海原が井之上元帥に確認の電話をしたか、である。

 

 これではまるで、深海棲艦の出現を予測していたかのようではないか。

 

 熊谷少将はアメリカ海軍、アイオワと名乗った相手に拙い英語で通信に答えた。

 

《――こちら大湊警備府通信室! こちら大湊警備府通信室!》

 

《あら、すぐに繋がったわね。ツガルカイキョー? で、戦闘支援が必要だと聞いたわ。私達は今、仙台沖を北上中だけれど、耐えられそうなの?》

 

《なんと……! げ、現在は軽巡洋艦木曾を旗艦とした、駆逐艦を擁する大湊水雷団が重巡リ級、それから駆逐ハ級と交戦中です! け、結界が――》

 

 はっとして熊谷少将は海原を見ると、彼は重々しく頷いた。

 

(不甲斐ない……なんたる、不甲斐なさだ……! ここに来て海原元帥の手を煩わせ、木曾達への指示すら出せず……如何に結界が理由とて、これも重要な情報、アメリカ海軍に情報をやすやすと聞かせるべきでは――)

 

「……助けを求めることも、時には必要なのだ。私とお前達は違う」

 

 海原の言葉に、熊谷少将は脱力した。

 

(……何を、勘違いしていたのだか。そう、そうだ。私は決して海原元帥のように全てを見通せるわけではないんだ。木曾の心の内すらも分からなかった。だからこうした時、窮地に陥る。海原元帥と龍驤はどうだ? ただ殲滅しろと言うだけで、具体的な言葉を交わさずに、まして龍驤さえそれを受け入れて戦っている。自分の力量を理解した上で、倒せるのならばウダウダと御託を並べず、ただ戦うと。っは、はは、実に、軍人らしいじゃないか。そして、龍驤もバケモノと呼ばれて然るべき無謀さ……あれを、艦娘と呼ぶのだな)

 

 ぐっと喉にせりあがる熱を呑み込み、熊谷は頷き返した。

 

(ごめんな熊谷少将。ただの社畜のまもるには荷が重すぎたんだ……考えてみれば分かることだったよ。柱島泊地の艦娘が立ち直れたのは、彼女らが強靭な精神の持ち主ばかりだったからで、きっかけはもしかすると俺だったのかもしれないが、それにしたって、俺が居なくともどこかで立ち直っていたかもしれない。それだけ優秀な艦娘の集まりだったのだ。何を勘違いして、艦娘のことなら任せろと胸を張っていたんだか……熊谷少将と木曾のコミュニケーションが足りない? そもそも俺に脳みそが足りてねえ! だから、俺と熊谷少将は違うんだよ……まもるは素直に井之上さんに助けを求めました……お見通しだったみたいで、アメリカ海軍が助けに来てくれるそうです……会談で忙しかったろうに、昨日の今日で迷惑をかけちゃってほんとサーセン……龍驤が帰って来たら心臓ぶち抜くようなツッコミを食らうだろうから、許してくれ)

 

 どこまでも噛み合わないのに、どこまでも回る歯車。

 熊谷少将は意を決してヘッドセットのマイクを指で引き寄せて言った。

 

《――現在、大湊水雷団は津軽海峡中央部にて深海棲艦が発した結界の中で交戦中です》

 

《結界……オーケイ、大急ぎで向かうわ。艦載機を飛ばしても結界があるのなら支援は難しいかもしれない。でも周囲に敵がいれば攻撃は可能よ。許可はいただけるかしら》

 

《も、もちろんです!》

 

《サラ! すぐに発艦を! 日本のフリートガールが危険よ!》

 

《わかったわ。航空隊――発艦はじめ!》

 

《サラ、とは……まさか……!》

 

 知将と呼んで差し支えない熊谷少将の脳に叩き込まれる情報の数々。眩暈を起こしそうになりながら海原を見れば、彼は彼で、妖精が持ってきたペンを片手に海図になにかを書き込んでおり――。

 

「正規空母サラトガ――楠木少将とともに日本で深海棲艦の研究をしていた艦娘だ」

 

 横須賀鎮守府から伸ばされる赤い線は、沿岸部を通り海流に逆らう形で津軽海峡へと進入する。

 続けて、大湊警備府から平舘海峡を北上する細い線。

 

 全てが繋がった途端、ばちん、と熊谷少将の眼前が光ったような錯覚。

 

(私や木曾の行動など、最初から問題視していなかった……行動調書も、戦闘詳報も、木曾の行動を確認するためのものじゃ、なかった……海原元帥が違和感を覚えたのは木曾の行動が横暴によるものじゃなかったと見抜いていたからか……! ならば木曾の横暴さは別のものを由来と、す、る……ま、待て……そうだ、彼女らは、声が聞こえると言っていた……木曾が工廠に戻らず海を睨んでいたのも、戦いに固執していたのも、深海棲艦の声によるものだとしたら……!? 偶然なわけがない! 楠木少将と共に深海棲艦を研究していた艦娘がたまたま帰還するのに通りがかるか? あり得るわけがないじゃないか……! ここまでヒントがあって、やっと真意の片鱗が見えたなど、なんったる……!)

 

《すぐに向かうわ! なんとか耐えて――お願いよ》

 

《了解、こちらも受け入れ準備を整える》

 

 ぷつんと通信を切った後に、全てが繋がった後だというのに、それらがさらに線を伸ばしていく感覚に熊谷少将の手が震えた。

 そうして海原に問う。

 

「手出しをしない、はずじゃないですか」

 

「手出し? なんのことだ」

 

 ここにきてとぼけるなど、と熊谷少将は皮肉めいた笑みを浮かべて、海原の対面にあるパイプ椅子に腰を下ろした。

 海図を挟んで対峙し、さらに言う。

 

「仰っていたではありませんか。木曾の戦いを見ると。それはきっと自分の指揮を見るためでもあったのでしょう。ですがどうしてここにきて、アメリカ海軍を介入させてまで助けてくださるのですか」

 

 熊谷少将の問いはもっともながら、もちろん、噛み合うわけがない。

 助けてくださる、ではなく、海原にとってただ助けを求めた、であるのだから。

 

「助けたわけではない。ただ、指揮が未熟なだけだ。いいや、指揮にもなっておらんな」

 

 それはもちろん海原本人のことである。

 

「っ……」

 

 熊谷少将はこんな時に叱らせてしまったと自責の念にかられるが、海原は自分が未熟だと吐露して謝罪しているつもりで言葉を紡ぐ。

 

「本当にすまない。だがこれが、私なのだ。こうすることでしか仕事が出来ん……完璧などこの世に存在しないと口にすれば言い訳になるが、私に出来ることなど限られたものだ。艦娘を信じ、任せ……責を負う。単純な言葉にすれば、丸投げだと思われるかもしれんだろう。その通り、丸投げだ。そうとしか見えん」

 

「そのような、ことは……」

 

 熊谷少将の胸中は、嘆きに満ちる。

 

(丸投げにしか見えないなどと、そんなこと思ってもない……大湊警備府を預かる自分も、柱島泊地を預かる海原元帥も、成すべきことは一つだ。海で戦う艦娘を支え、軍人としてともに生きて……国を守ることなんだ。複雑に考え過ぎていただけなのだな、私は……海原元帥が単純だと仰った意味も、ようやく理解できた……海を往く彼女らを信じて任せるしかない。ただ、それだけだ。海原元帥は、今、私の前で見せてくださったじゃないか。信じて任せるしかないなら、自分がどうすべきか。はは、言葉にすれば確かに簡単だ。だが、それは――地獄を地獄とも思わず、出入りするが如き修羅の行い――それら以外の一切を、自分で成さねばならないという意味だ)

 

「これが、海原元帥閣下のやり方……なのですか」

 

 海原はたっぷり数秒、熊谷少将を見つめ、息を吐き出す。

 

「……そうだ」

 

(これこそが俺の……まもるの情けなさの最たる例、他力本願です……)

 

 熊谷少将は今にも溢れてしまいそうな目元の熱を抑えるよう、ぎゅっと目を閉じてから、再び開く。

 

「信じ、最善を尽くす――単純で……私が知る何よりも素晴らしい教義です。海原元帥」

 

 そうして立ち上がった熊谷少将の周囲に、妖精が群がった。

 少しだけたじろぐも、どうしたと声を掛ければ、妖精達は机の上に置かれた海図を壁にぺたりと貼り付けて、先に星マークのついた細い棒で海原の描いた線を示した。

 

『あ、もうまもるは何もしなくていいよ。座ってて』

『がんばったねー、よしよーし』

『あとはきそさんたちと、りゅーじょーさんになんとかしてもらおうねー』

『くまがやしょーしょーのまじめさをみならってね』

 

 妖精の声は海原にしか届かず。

 熊谷少将は力強く妖精に答えた。一方的に。

 

「予測進路、だな……分かった。全力で取り組む。手伝ってくれ、妖精よ」

 

『まもるのらくがきはきにしないでください!』

『おわったらおかしたべましょー』

『ここから、ここにいくとあんぜんかも!』

『だいじょーぶです、わるいことはぜんぶまもるがなんとかします』

 

「責任は全て私が負う」

 

「海原元帥……ありがとう、ございます」

 

『まもるはねー、かんむすのことならねー、がんばれるんだけどねー』

『ちょっとむずかしいことになるとすぐになきそうになるからぁ』

『わたしたちがついててあげないといけないんです』

『できることは、おふろでおゆをかぶることと、どげざです』

『でもいっぱいすきだよ』

『だからいまはすわってて』

『じゃませずにくまがやしょーしょーにまかせようね』

 

 熊谷少将には妖精が口々に応援してくれているように見えた。

 もちろん、海原には真意が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あとは任せるぞ、熊谷少将」

 

「はっ!!」

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