哨戒中、奇襲部隊と思われる深海棲艦に遭遇。交戦した大湊水雷団の旗艦木曾が小破。第六駆逐隊の三名も脚部を小破したと連絡を受けた工廠は緊迫した空気に包まれていた。怒号が飛び交い、すぐに艤装修理と艦娘の入渠が出来るように準備を整えるため各員が奔走する。
工廠部一班の面々は艤装修理用のカプセルを使用できるようにと再点検、再々点検と交代しながら準備を進め、二班は平時では艦娘用の入浴に使われている浴槽へ修復液を流し込み、三班は杉村班長を筆頭にして艤装の損傷が本当に軽微だった場合人の手で迅速に修理した方がよいと木曾達が戻り次第すぐに艤装を回収できるようクレーンを操作していた。
昨日今日に来たばかりの新人工員が戻ってこないことが気がかりではあったが、全員がそれどころではない様相である。
「クレーン準備! かかれ!」
「かかれ!」
「カプセル、使用可能です!」
「おい、工具をここに置いておくな! 邪魔だッ!」
「今さげます! ちょっとそこ開けろ! 修復液の追加が搬入できん!」
大湊警備府にとって大規模な戦闘である。第六駆逐隊ならば目を白黒させながらもきっとすぐに修理に入れるだろうと考えるが、木曾はどうだろうか。そこだけが問題だった。出撃前には海原に掴まれた腕は問題無いかなどと口を利いたが、いつも通りのぶっきらぼうな返答をもらっただけ。
若き工員新井は、数分して準備が整った工廠内を見回したあと、緊張を保ったままで一人呟いた。
「海原さん、戻ってきませんね」
誰にともなく呟かれた言葉に顔を上げて反応したのは、杉村班長である。
「説教食らってるうちに奇襲にあったとありゃあな……執務室……は、無理だろうから、居室待機だろう」
「熊谷少将は?」
「今、通信室から連絡があった。こっちに応援が来るってよ」
「応援ですか?」
「ああ。大方、木曾が戻って来てまた暴れるのを予想して訓練兵を何人か寄越したんだろうよ。前みたいに俺達だけで止めろってのは、流石にな」
「あー……大の大人が数人がかりで押さえ込めるかどうかって、本当にとんでもない話ですよね。ましてや、ただ工廠内に引っ張るだけですよ?」
「……ああ」
「杉村班長、今回は無しですからね」
新井の声に、杉村班長は苦々しい表情を見せた。
「わかってる。二度も怪我しちゃ、木曾に悪い」
「杉村班長のお身体ですよ! 全員が気にしてるのは!」
すると工廠の全員が、各々の作業を進めながら頷いたのが杉村班長の目に入る。
ばつが悪くなって「誰が怪我するかよ」と吐き捨てたが、その言葉を鵜呑みにするような工員がいるはずもなかった。艦娘の怪力を誰もが知っているからだ。
「応援が来るなら、その人に任せましょうよ」
「俺達の仕事なのにか?」
「引っ張り込むことは仕事ではないじゃないですか! 艤装の修理、艦娘の入渠の世話、それが工廠部の仕事だってご自身が口を酸っぱくして言ってたことでしょう」
「そりゃ……んん」
返す言葉も無いといった顔をして腕組みをする杉村班長に、新井はわざと溜息を吐き出す。若手であれ大湊警備府の工廠に就く工員の一人ならば、軍人では無く軍属だと言い訳してでも上司の無茶を止めねばならない。
そうしなければ頑固な彼は止められないと思ったのだ。
艦娘が悪いわけではない。それでも彼女らには超常の力がある。
一歩間違えば大怪我しかねないのは工廠における作業でも同じだが、リスク低減のためならば極力関わらないことを選ぶことは、彼らにとって別段おかしなことではない。故の言葉だが、工廠部の全員が思うところがあるように、新井みたく言葉をはっきりと紡げずにいた。
その原因は、新人工員海原の言葉だ。
彼は艦娘を人と同様に扱う。挨拶し、話しかけ、おかしいと思えば立場を顧みず咎める。木曾の腕を掴んだ時のように。
その光景は、あまりに自然だった。飯を残すなら相応の態度をとれだの、食器を丁寧に置きなさいだのと、ただ叱る大人そのものだった。
あの光景を見てしまっては、艦娘の力や、それによる怪我を恐れている自分達が情けなく思えるのも、また仕方がないところなのかもしれない。
「……海原さんもきっと分かりますよ。帰って来た木曾を見れば」
不満そうに言う新井に、また、工員達から曖昧な返事ともつかない声が漏れ出す。
木曾達はいつ戻るのだろうか、なんて誰かが言おうとした時、工廠の鉄扉が乱暴に叩かれた。
海へ出られる方では無く、工員達の出入りしている大きな鉄扉の方である。
応援に寄越された軍人かとそれぞれの顔が向いた時、さらに扉が乱暴に叩かれた。
ガンガン、と工廠に響く拳を打ち付けるような音。
「入ればいいのに」
新井が小さな声で言うと、代わりに杉村班長がドラ声を上げた。
「開いてるぞ! 所属は!」
大湊警備府付、教育部隊〇〇班――! などと続くと思い込んでいたところに、心臓を穿つような低い声が届く。
鉄扉越しであるというのに、その声は全員を無意識に整列させた。
「――海原だ。木曾の様子を見に来た」
海原? 新人工員が帰って来たのか?
混乱する全員をよそに、鉄扉が開かれ、声の主が姿を現す。
「ぁ、え……?」
本能的に整列した場の雰囲気に呑まれ参列した新井は、口を半開きにした。
海原だ。間違いなく、新人工員の彼だった。
しかし海原は清々しい青色の作業服ではなく、皺ひとつない濃紺の軍服に身を包み、汚れや傷のあった両手には純白の手袋。人懐っこい笑みが覗いていた作業帽子ではなく、重苦しい金色の紋章を輝かせた軍帽のつばの向こうから、大湊警備府にいる教官達が裸足で逃げ出しそうな眼光を放っていた。
新井のみならず杉村班長までもが唖然とする中、海原は軍靴を鳴らし工廠へ足を踏み入れると、右手を後ろへ回し、左手を軍帽のつばに添えて言った。
「みなを騙すような形になってすまない」
「う、海原さん? え? あれ?」
人は驚愕の度合いが大きいと、得てして質の悪い冗談だと思い込む節がある。
現実味が無ければ冗談であると断定し、笑ってしまうのである。
「今は冗談言ってる場合じゃないんですよ海原さん。大湊水雷団が哨戒中に――」
半笑いだが、新人が職場に馴染もうとする冗談にしては本当に質が悪過ぎるとして諫めようとする新井に対し、工廠部二班、
「新井、馬鹿、やめろ! 下がれ!」
ひそひそとした声に新井が振り返るのと同じくして、海原の重苦しい声が工廠に満ちる。
「木曾達が哨戒中に深海棲艦と遭遇し交戦した事は把握している。そのために、私が来たのだ」
「どう、して……」
それでは意味が分からない、といった顔ばかりが並ぶ。
疑問の声を上げた工員の見た海原の胸中は、酷いものであった。
(やっぱ着替えてから行くんだったかなああああ!? でもそれだと邪魔しに来たんですかって思われるかもしれないし、いやそれは間違えてないんだけどまもる的には違うと言わなきゃまずいっていうか龍驤どころか井之上さん繋がりでアメリカの艦娘まで巻き込んじゃっててやばい状況なんです助けてください――なんて言えるかァッ!! 説明できないよ! だって! まもるは! キソーが横柄で困るって言われて来ただけだからぁ!)
もちろん、熊谷少将に多大なる迷惑をかけている自覚があるため慎重に言葉を選び発言する。
木曾達が横柄なのは本人にも問題はあるだろうけど、根本的なところはコミュニケーション不足なんじゃないですかぁ!? などと大見得を切った手前、海原に退路など存在しないのだ。
「どうして、か。説明の必要があるか?」
説明しなきゃダメでしょうか? という海原の言葉は威厳スイッチにより軍人変換がかけられ、体裁を見事に保ったまま。
全員が唖然としているのはきっと自分の見てくれではなく、こいつは工廠に何しに来やがったのだと思い込んでいるに違いない――と、思い込んでいる。
一部は海原の思い込み通りと言えよう。海軍元帥がどうして新人工員のフリをして大湊警備府に来ていたのかという疑問。加えて、今になって本来の役職を明かしてまで現れた理由を知りたがっている。
説明の必要? あるに決まっている。
杉村班長が堂々と、いや、虚勢で大声を上げた。
「海原――! ……元帥閣下、は、その、どのような理由でこちらにいらっしゃったのでしょうか!」
海軍元帥を前にして退かぬ、軍属ながら見上げた根性と度胸である。
まるでその度胸に免じて答えてやろうという風に、海原はゆっくりと言った。
本当のところは、邪魔をして申し訳ないと謝罪の意を込めて。
「具体的な内容については、秘匿事項のため口に出来ん。が、そうだな……大湊水雷団が理由であるとだけ、言っておこう」
(艦娘が横柄だからちょっと見てやってくださいって熊谷少将から書状が届いたから顔を見せに来たんだよ、なんて言えるわきゃねえだろ! 木曾達にもプライドがあるし熊谷少将の立場もあるんだぞ! 考えろ少しはァッ! そうね、考えられるわけがないよね、関係ないんだもんね)
自分でボケて、自分でツッコミを入れる。ある種の自問自答に似た胸中のまま、さらに説明を求められる前にと言葉を紡いだ。
嘘はつかず、相手を納得させるに足る理由と、自分が身分を隠していた理由を述べねば、と。
「秘匿事項とは言え納得がいかんと言われては私も立つ瀬が無くなるので、ここで明かせることだけ……。一言で言えば、視察のようなものであると思ってくれ。大湊警備府が正常に運営されているか見に来たのだ」
大湊水雷団が理由、と海軍元帥が口にした時点で、全員が意味を理解した。
木曾達が軍人に従わないと伝わってしまったのだと。ほんの少し前まで艦娘に対する処遇が酷いものであったと知る工員達は、まさか大湊警備府の艦娘が本格的に処分されるのではと危惧した。
しかし、続く言葉に安堵し、さらに混乱する。
「熊谷少将がいるのだから正常に運営されているだろうと踏んでいたが、それについては、物の序ででな。諸君らの話を聞いてどうこう、とも考えていない。私は私の仕事をしに来ただけだ」
海原を本当に新人工員だと思い込み好き勝手に話していた工員達は喉を鳴らす。
別に目的があったのなら、一体彼はどのような――理由をさらに追及する前に、工廠の各所からブザーの音が鳴り響いた。
「――帰還だ! 水雷団が戻ったぞ! 各員、持ち場につけ!」
一斑から三班の班長らの掛け声。しかし、誰もが動こうにも動けずにいた。
無論、海原が入口に立ったままで、敬礼の一つでもして作業に戻ってよいのか否か考えあぐねているのだ。
待てを言い渡された犬のようにソワソワする工員達に向かって、はっとした海原は数秒経って言った。
「私のことは気にせず、戻ってくれ」
そうして、ざあっと蜘蛛の子を散らすように工員が持ち場へと走っていく。
* * *
大湊水雷団の一同はヨロヨロとした足取りで工廠まで来ると、海面から続く階段の手前に単縦陣の状態で整列してクレーンを待っていた。
先頭にいた木曾は列から離れて、すぐ後方にいた電の背を押し、その後ろの響にも続けと促すように顎を振る。
クレーンが下ろされ爪が頭上までくると、電は手を伸ばして自らの艤装に引っ掛けて声を上げた。
「オッケーなのですっ」
するすると巻き上げられるワイヤー。電から艤装が外され、がこ、という音がして、一瞬だけふわりと足元が浮いたあとに、ぱしゃりとまた海面へ着水した。
同じように、響、雷と艤装が回収されていく。
木曾は、工廠に背を向けたまま「すぐ戻るから、すぐに、出来るだけ、すぐに」と何度も呟き歯を食いしばっていた。
杉村班長から「木曾! 艤装回収だ!」と声を掛けられると、振り返って言う。
「燃料と弾薬の補充だけでいい! まだ航行可能だ! すぐに海域に戻らねえと――!」
工廠に、やはり、という空気が漂う。
別の工員が木曾へ怒鳴った。
「装甲剥離したんだろうが! 高速修復材の使用許可が出てるから一度戻れ!」
「だから! 航行に問題はねぇよッ! 大本営の艦娘が戦ってんのにのんびりしてられっか! 応急修理は妖精がしてくれたから、補給だけで――」
木曾が怒鳴り返すも、声は途切れた。
かつん、かつん、というコンクリートを叩く音とともに現れた影に、瞠目する。
「は……?」
「――修理が先だ。戻れ」
「ぇ、なん、で、新人、お前……っ!?」
「騙して悪いが、新人ではない」
軍服姿の海原に木曾は色を失った。
たったの一言。声に込められた圧に、自分に向けられた言葉ではないのに工員が委縮し、後退る。
「大湊水雷団が傷ついたのは私の落ち度だが、無茶をさせるわけにはいかん。早く修理に戻れ」
自分の落ち度と言い切った海原。木曾は龍驤の言葉を反芻し彼の言葉の意味を解する。
(予測してたんだ……龍驤が来たのも、ギリギリまで手出ししなかったのも、コイツが……。工員のフリをしていたのはどうしてだ? 俺や電達に近づくため……いや、大湊警備府がどういった所か見に来て、もう処分を決めた、のか……?)
「だ、大本営から来たんだろ、龍驤も、お前も……」
「そのようになっている」
(そのように、だぁ? 大本営の考えてることなんざ知らねえが、俺は、この大湊警備府を守るために配属されたんだ。……命令違反をしても飛ばされなかった。今更ここで退けるかよ――!)
空回りを自認する木曾は、それでも、第六駆逐隊と共に大湊水雷団としての責務を果たすべく戦いを望んだ。まだ戦えるのだから、龍驤や、支援に来るらしい艦隊を尻目に修理なんてしていられない、と。
艦娘として素晴らしい戦意と褒めるべきだろう。しかし、それは日本海軍において、海原を除いた場合である。
たとえ偶然がいくつも重なって、奇跡か、はたまた悪夢のように現れた深海棲艦と戦うためであっても、艦娘が傷つくくらいならば逃げ出してしまえと平気で言ってのける男である。彼という歯車もまた空回りを続けている。
「どれだけ深海棲艦がいると思ってんだ……駆逐級も、バカみたいに、湧いて出て……!」
木曾も、第六駆逐隊の皆も、第二次大侵攻を知っている。
人づてに聞き、報告を見て、連日報道されていたのも目にした。
三年戦い生き抜いた彼女らでさえ想像もできない数の深海棲艦を殲滅した艦隊の指揮を執った男であると理解しても、受け入れられない。
工廠に戻ってきたら新人が実は軍人で、まして元帥だった?
だからどうした。戦っているのは俺達だ、と怒鳴り上げる。
「知っている」
「知ってるからなんだってんだよッ! 龍驤が戦ってんだぞ! 支援艦隊が来るまではアイツ一人だ! いくら強いからって放っておけるかよ!」
「それも、分かっている」
クレーンに艤装を回収された第六駆逐隊が、海から工廠へ続く階段から木曾を不安そうに見つめていた。
それよりも高い位置から、後ろ手を組んだ状態の海原が大湊水雷団を見下ろす。
冷たく、凍えそうな声だった。
工廠にいる全員が目を伏せてしまうくらいに。
木曾も続けて声を上げられず、うう、と呻いた。
海原は――
(ぜーんぶ俺のせいだよォッ! 龍驤に任せっぱなしなのも、木曾が怪我したのも、六駆の子達が泣きそうなのもぜーんぶまもるのせいです! ほんっとうに申し訳ありませぇぇええんッ! 仕事が終わったらきりもみ回転式土下座でも何でもします! 殴ってもいいです! 蹴ってもいいですし踏んでも構いません! それはそれでアリです! いや違う! そうじゃないだろ落ち着け!)
――胸中で既に謝罪していた。
それでも今は仕事をせねばと、険しい表情で言う。
「龍驤が戦っているのも、支援艦隊を呼び寄せたのも、全ての原因は私だ。熊谷少将にも迷惑をかけることになったが……木曾、お前が無茶をするのと、これは別問題だろう。戦況によっては撤退も視野に入れている。とにかく、修理を先決しろ」
(ヤバイなら逃げりゃいいんだよ! 木曾達が沈んだら俺は二度と艦娘全員に顔向けが出来んわッ! とっとと修理してくださぁい!)
海原は正直に自分が悪い、と言っているのだが、龍驤や熊谷少将と話していた木曾は言葉通りに受け止められなかった。
修理と補給を済ませて、敵深海棲艦の殲滅に戻らねばならない。装甲剥離と一口に言っても、見た目は右上腕部からべろんと皮膚がこそぎ取られているような状態で、艤装にだっていくつも傷がついてしまっている。
彼女は、心のどこかでずっと理解していて、それを拒んでいた。
海原は木曾にこう言っている。
お前達の戦力を見誤った私が悪かった、と。
もちろん、決してそんな意図はない。
「お、俺の、せいで、撤退するのかよ……」
「そうではない」
「そうじゃねえかッ!! 俺が!! 弱いからッ!!」
「違う」
互いの声がすれ違い、そして木曾が動き出す。
艤装を装着したまま、海面を滑り、工廠へ続く階段へ足をかけた。
がん、と音がして階段にひびが生じる。それだけの重量があるなど、今更のこと。
工員達を割って駆け出そうとした杉村班長の前に歩み出た海原は、艤装のまま階段を上がって来る木曾に向かって近づいていく。
「ま、待ってくださ――」
声も届かず。どんどんと距離が縮まっていく。
「俺は沈んだって構わねえ! それでも! 仲間が沈むかもしれねえのにゆっくりしてられっかよ! 航行出来りゃ戦えるんだ! だったら補給を済ませて――」
悲痛な叫び。戦わせろ、戦わせてくれ、彼女らの元へ行かせてくれ。
その叫喚を真正面から受け止める海原もまた、必死だった。
もう一段と上がれば完全に工廠へ足を踏み入れるというところまで来た木曾が立ちはだかった海原の胸倉へ手を伸ばした。
杉村班長を怪我させてしまった時のように傷つけてしまうかもしれないのに、と考えられる冷静さを欠いて。
「だから俺を行かせろよッ!!」
まずい、と工員達が思ったのも束の間。
下から突き上げられるように胸倉を掴まれた海原は――不動のまま、後ろ手を組んだ状態のままで、衰えぬ眼光で木曾を睨んだ。
「その傷でどう戦うつもりだ」
木曾は確かに、腕も、足も、激痛が走っている。
それが理由で力が出せなくて海原を掴んでもなんともなかったのかもしれない。
その真相は、誰にも分からない。
「お前、どう、して……退けよっ!」
「沈ませるわけにはいかんのだ、誰一人として」
「ど、退け……って……!」
ぐい、引き寄せる形で力を込めたと同時に、木曾へ一歩近づいた海原は彼女の背に手を回し、力強く工廠の方へと押し上げた。
その拍子に、がごんと音を立てて木曾の艤装が床へ落ちた。
「文句ならば後でいくらでも聞いてやる。だが、今は修理だ」
「おわっ!? く、そ……なんで……ッ!」
瞳を揺らして、唇を噛みしめる木曾。
一連の流れを唖然として見つめる工員達。
それから――新たに、工廠へ飛び込んでくる影。
「木曾――戻ったか!」
「熊谷少将……!?」
走って来たのか、乱れた髪に乱れた呼吸の熊谷少将の手にはレシーバーが握られており、そこから龍驤や支援艦隊であろう艦娘の声が途切れ途切れながらに聞こえた。
熊谷少将が現れたことによって息を吹き返したかのように行動を開始する工員達は、床に転がされた木曾の艤装にクレーンの爪をかけて作業を再開する。
海原はゆっくりと木曾から離れ、熊谷少将をちらりと見て、目を伏せた。
邪魔はしない、と言わんばかりに。
「熊谷少将、お、俺、俺の、せいで――」
木曾が震える声を絞り出す。階段で押し退けられた第六駆逐隊が木曾へ駆け寄り、木曾さんは悪くないと口々に言ったが、熊谷少将は意に介していない様子で大湊水雷団の面々の無事を見るや否や、ぶつかる勢いで全員に腕を回し、抱きしめた。
「ぉ、あ……っ」
「良かった……良かった……無事だった……よく、よくぞ戻った……!」
「熊谷少将……?」
「司令官さん……」
「司令官……」
「し、れい……」
「海原元帥もいるから、今は休め。ほんの少しだけでもいいから……な……?」
命令違反をした自分は、嫌われているのではないかと思っていた木曾。
第六駆逐隊も同じ表情をしていた。ぽかん、と。
かすかに震える熊谷少将に気づき、木曾は頷くしかなかった。
「……わかった」