柱島泊地日記帳   作:まちた

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戦③

「海原元帥……そろそろ木曾にも説明をしてやってください、どうか」

 

「うむ……」

 

 工廠の最奥にある艦娘高速修復用のポッドに身を浸した大湊水雷団の面々は、自らの指揮官たる熊谷少将と、先ほど本当の身分を明かした海原を交互に見て不安げな瞳を揺らした。

 彼女らの裸体が晒される――などといったことはなく、修復用ポッドの前面はすりガラスのような素材で作られており、影すらも見えない状態である。さらには半身だけが高速修復材に浸かっているだけで頭だけちょこんと水面に生えるようにして出ており、熊谷少将と海原はその傍で工員が持ってきた椅子に座っている状態だ。

 

(説明してやってくださいって、いや、あの……熊谷少将よぉ……。木曾達を前にして堂々と言えるか? 君達が横柄だからって書状を寄越してきたから解決の糸口になれたらと遠路はるばる柱島泊地からやってまいりましたと。大本営で君達が哨戒で戦闘して帰って来たら、それはもう手が付けられないくらいに暴れ回っていたことも知っているから、こうして俺が顔を出したんだよと。言えるかァッ!! ただでさえ戦闘が多くとも今日くらいは平穏無事に哨戒を終わらせて戻って来るだろうなんて淡い期待を抱いてたっていうのに、重巡だか駆逐だか知らんが深海棲艦も邪魔してくるしよぉ! 邪魔者ばっかりじゃねえかよ!! その筆頭は誰だァッ!! そうです、まもるです)

 

 膝に肘をついて指を組み鼻先に持ってきて、ふう、と深い溜息を吐く海原の姿に、木曾がビクリと震えた。

 海原の内心など露知らず、熊谷少将もまた苦悩する。

 

(大湊水雷団の全員、戦闘に際しての能力は決して低いわけじゃない。しかし、この突発的な作戦についていくほどの練度はあれど経験値が足りなかった……それも圧倒的にだ。海原元帥は落胆しておられるのだろう……艦娘という存在を肯定し大いなる希望を見出だしておられる方だ。木曾や雷、電や響――たった四隻の戦力しかないと言った時点で私の能力不足が証明されたと言っても過言ではない。何せ艦種の有利不利を無視して、たった一隻……龍驤のみで深海棲艦を押しとどめているのだからな……。己の未熟さを棚に上げても、木曾達のためになるのであれば、口頭で説明してもらって、これを糧にすべきだろう。立場上の恥は、私が甘んじて受けるべきだ……)

 

 熊谷少将はここまで一瞬で考え、後悔し、口を開く。

 

「木曾達の能力が低いわけでは、ないのです」

 

「木曾の能力が低いなどとは考えていない」

 

 間を置かず言葉を返された熊谷少将は海原を見た。なら、やはり自分の見立てが甘かったとでも言うのか、と。無論、その通りであるとも考えながら。

 ただ言葉にして欲しくないという欠片のようなプライドがあった。それを言われてしまっては大湊警備府の過去が否定されてしまうような気がしたのだ。数多の深海棲艦を退け、北方、ひいては本土の防衛を担ってきた警備府である。立地や立場、仔細な運用が違ったとしても、柱島泊地を預かる海原と熊谷少将の目的は同じなのだ。

 故に、彼は海原の圧倒的な先見性に対して畏怖している。

 

 勘違いだが。

 

「私の口から、これを説明せねばならんのか」

 

 恥の上塗りを避けるべく、海原は最後の希望に縋っていた。熊谷少将助けてくださいお願いします、と。既に胸中ではまもる式きりもみ回転土下座デラックスエディションが繰り広げられているが、表面上はただ気難しそうに眉根にしわを寄せているだけにしか見えない。

 

 お前が説明しろ、いや、説明してみせろと言っているのだと熊谷少将は瞬時に察知して頭を浅く下げた。

 

「……失礼しました。では、この説明の機会を名誉挽回の一助とさせていただきましょう」

 

 壮二郎という物々しくも猛々しい名前に見合う鼻っぱしの強さを見せ、熊谷少将は息を吸い込んだ。一言目の重みに耐えるために。

 そうして木曾も、第六駆逐隊も目を瞠る事となる。

 

「――皆。この哨戒はいつも通りのルートだが……二つ、違う点があるんだ。あった、という方が正しい」

 

「どういう、ことだよ……?」

 

 木曾の声に、熊谷少将は椅子から立ち上がって一列に並ぶポッドに歩み寄って、木曾と雷の間に片膝をついた。

 全員を一人一人見つめながら、言葉をゆっくりと紡ぐ。

 

「現在、北方海域では深海棲艦の増加に伴って防衛ラインの設置が急がれているのは知っているな?」

 

「前に聞いたね」

 

 彼女らもただ哨戒だけをこなす存在ではない。少なからず情報にはアンテナを張っているし、軍事行動に関しては時代の差はあっても彼女らなりの矜持も方法もある。一切が上手くかみ合ってこなかったから十年という長い歳月をかけて戦争を強いられてきたのだが。

 知識も知恵も、戦場において熊谷少将と同程度の認識だろう。

 

 もちろん海原は艦娘に関して言えばこの世界の誰よりも上にある。

 裏を返せば、それ以外は最底辺である。軍事の()の字すら怪しいかもしれない。本人も自覚の上で。

 

「これは誰に責任がある、とは言いづらい事柄だ。敵勢力の増加があれば我々日本海軍はどうあっても防衛ラインを決定し、設置せねばならん。例えそれが有用であれ無駄であれ関係無くな」

 

「無駄なことはないと思うのですっ」

 

 電が起き上がらん勢いで言った。ぱしゃん、とすりガラス越しに高速修復材が滴る。

 

「そう、無駄ではないんだが――無駄に終わる可能性もある。神出鬼没の深海棲艦は今や太平洋、大西洋と、陸地から離れた殆どの海域を支配しているだろう。仮に防衛ラインの設置が完了したとして、それ以降、相手が全く動かなかった場合は戦力を分散させただけに終わるんだ。これがどういう意味か分からんわけじゃないな?」

 

(どういう意味なんですか? あ、えーと……その他が手薄になるってことか……?)

 

 大湊水雷団は理解し、頷く。一拍遅れて、海原の返事ともつかない鼻息。

 

「我々が艦娘を建造するよりも早く、敵は数を増やす。対応が間に合わないなど考えるまでもない。木曾は……実際に目にしたんだろう?」

 

「……ああ。あんなの、悪夢だ」

 

 先刻、海上を埋め尽くした光景を思い出して木曾は歯噛みした。

 あんな数の深海棲艦をたったの一隻で受け持つと言い切った龍驤の無謀さも恐ろしいところだが、やはり一人では無理があると海原が瞬時に判断しアメリカ海軍の支援まで要請した状況であったことも、修理に身体を落ち着けることしか出来ない今だからこそ深く理解できた。

 大湊警備府に所属する木曾の弱みは、頭に血が上りやすいことである。

 そして、暁を除く第六駆逐隊の弱みは、自らが踏み出さず先頭を追うことしかしない点である。良く言えば従順。悪く言えば、たったそれだけなのだ。

 認めなければいけない。だから熊谷少将は、三年もの間大湊を守って来た彼女らと己の無能さを堂々と受け入れねばならないと、心に生じる痛みを覚悟した。

 

 海原は知らないまま、心の中で間抜け面のまま、救ってしまう。

 

「防衛ラインの設置は国民に安心を与えることが出来る。国内の情勢安定は軍事に直結すると言っていいだろう。我々は嫌われながらも、好かれねばならん。有事の際に都合よく使われ、平時には唾を吐かれる存在でなければならないのだ。出来れば、後者がこの先ずっと続くべきだと私は考えている……だからな、我々の仕事など知られるべきでもないんだ。それを失念し、必死になって目先の事だけを処理してきた。私だけではなく、多くの者が……お前達も、そうだ。海原元帥が邪魔をせねば、分からなかった。防衛ラインの設置に勘づくほどの知能があるのだ。尖兵……先触れ……いずれにせよ防衛ラインの設置よりも早くに内部へ潜り込んで戦力を増加させようとした相手の目論見を叩くに至った。本当に、邪魔になったわけだ」

 

 相手方にとっての邪魔、である。

 もちろんその通りに受け取れるはずもない。

 最初から噛み合っているわけじゃないのだから。

 

「っ……そ、れは、俺達も、必死に」

 

「ああ、そうだ。知っている。私が一番近くで見ていたのだから」

 

 互いの欠点を認めた今、では、今度は互いの欠点を補える形であるかを見ねばならない。熊谷少将と大湊水雷団の面々の視線が絡み合う。

 私達は、まだ、戦えるだろう、と。

 

 そんな空気の中――やっと事の状況を掴んだ阿呆が一人。

 

(あ……ぁ、あぁぁぁぁぁッ!? く、熊谷少将テメェッ! 木曾達にチクりやがっ――うーん、だめだ全部まもるが悪いから言い返せねえや。ごめんよ。むつまる達に大人しくしてろって言われた理由が良く分かった。くっそぉ……情けなさ過ぎるだろうこんなの……俺が邪魔しなきゃ分からなかったって、それ、上手い事フォローしてくれてるのかもしれんが、俺の心は大破寸前だよォッ! 邪魔してごめんてぇ……でも龍驤貸したじゃん……アメリカ海軍も呼んだじゃん……きっと後で井之上さんに怒られるんだぞ? しかも俺だけ! だから許せよそこはサァッ!)

 

 否。掴んだつもりの、勘違いをした阿呆が一人。

 しかして艦娘と人の心の本質に寄り添う、一番近い位置にいた。

 

(……でも、熊谷少将も必死で、木曾達も傷ついて帰って来たって、まだ戦えるし、守りたいって、上司に歯向かうくらいだもんな。熊谷少将は気づかなかったんだ――彼女らの必死さの意味に。木曾達も、熊谷少将がどうして自分達を止めるのか、分からなかっただけで……お互いに大事にしようとしてたから、噛み合わなかったんだろうな)

 

 特大ブーメランを全力で投げて、それが弧を描いて戻って来るのにも気づかないまま。

 

(ああもう……こうなったら艦娘のためならどんな責任でも負ってやろうじゃないの! フォローが下手くそでまんまチクりやがった……んんっ、事実をつまびらかにしてくれやがっ……事実を、ありのままにつたえた熊谷少将でも、フォローをしてくれるくらいには上司のプライドをギリギリのとこで守ってくれたわけだしな! 今回はサービスしといたるわって俺の心の龍驤も言ってくれてるぜ感謝しやがれ強面コラァッ! はぁ……これでも、艦娘の指揮官なんだ、俺は。面目躍如を果たさなきゃ嘘になるだろ、こんなの見せられてさ)

 

「邪魔をして悪いとは思っている。本来ならば、私が来るべきではなかった」

 

 海原は素直に認めるも、歯車がかみ合っていないのならば、正しく伝わるわけもない。

 しかしながら決してそれらが悪い方へ作用することは無かった。

 誰もが、誰かのためにと動いているから、かもしれない。

 

「海原元帥……本当に、ご期待に添えず、申し訳ございません――」

 

 片膝をついた状態で、部下たる木曾達を前にして頭を下げて見せた熊谷少将に、木曾も、雷達もぐっと唇を噛んだ。

 頭を下げることになったのは間違いなく自分達のせいだ、と。

 もちろん、そんなことは無いのだが。

 

「何故頭を下げる、熊谷少将」

 

「それはっ……」

 

 体裁だけは保っていたい。平たく言えば、艦娘の前では恰好を付けたままでいたい、例えバレバレであっても。

 海原は自分が大湊警備府の軍務を邪魔したと思っていながらも威厳スイッチ全開。厚顔無恥の一歩手前である。むつまるが今にも飛んで来て鼻っ柱にビンタを食らわせそうなものだが――修復ポッドの周囲にふわふわと寄って来た妖精達は、ニコニコとした表情で――艦娘に寄り添った。

 

「お、わっ……な、なんだよ、いきなりくっついて、くっ熊谷少将! こいつら、いきなり……! や、やめろってくすぐってぇから!」

 

「あははっ! やめてよ、もぉ、ふふふ!」

 

「わわっ、電の髪の毛に潜り込んで、わぁっ」

 

「悪くない……かもしれない」

 

(あ、あぁぁ、妖精もフォローに……すみませんほんと……)

 

 胸中で土下座し過ぎて、既に海原は地中深くにある。

 頭だけを出して号泣した状態の自分を思いつつ、海原は一つ咳払いをした。

 

「頭を下げるな、熊谷少将。私が来なければきっと滞りなく哨戒を済ませ、いつものように過ごしていただろう……時間の前後があっても、熊谷少将の考えを彼女らは知っただろうし、何より、彼女らは熊谷少将をよく好いている」

 

 だろう? と海原が目を向ければ、木曾は目を伏せたが、頷いた。

 雷達は何度も何度も、頭を縦に振る。

 

「ほら、どうだ。必要なのはちょっとした切っ掛けに過ぎなかったわけだ。いずれ工廠の者も彼女達の想いに気づくだろう。だが……そう、だな……一つだけ」

 

 面目躍如を果たすならば、仕事をこなしたと言えるようにするならば、今しかないと海原は苦渋の決断を下した。

 彼にとってそれはこの世の何よりも恐ろしく、苦しく、そして心に激痛を伴うものだった。

 己を棚に上げて艦娘を叱ること――それは海原が一番やりたくないことである。

 

 椅子に座ったまま、背を曲げて膝に肘をついて、指を組んで前傾姿勢で軍帽のつばから眼光を放つ。

 見る者全てを凍てつかせる海原の姿に、大湊水雷団も、熊谷少将も、喉を鳴らした。

 

 声が聞こえぬのを良い事に、妖精はそれぞれの反応をしていた。

 ケラケラと笑う者。じとっとした目で睨む者。お前が言うなと徒党を組んで抗議する者。その徒党は一瞬で、それもあっさりと金平糖を寄越せという意味の分からない抗議になる。

 全てを聞き届けながら、海原は堂々と無視をした。うるせえ、と。

 

「木曾」

 

「お、おうっ……あ、いや、はいっ」

 

「人を守りたいか」

 

「……はい」

 

「ならば、分かっているな」

 

「……」

 

「人を守りたいと言って、どうして人を差し置いて己を優先させるんだ。言わねば分からぬほど愚かなわけでもあるまい」

 

「……はい」

 

「雷、それに電に、響も」

 

「は、はいっ」

「なのです……」

「う、ん……」

 

「木曾があのままでいて、良い結果になると考えたか?」

 

「それは……!」

「考えて、なかったのです……」

「……そう、だね」

 

「仲間だろう」

 

「仲間よ!」

「なのですっ!」

「彼女は、私達の旗艦で、仲間だよ」

 

「ならば、お前達も木曾と同じように考える必要がある。どうすれば互いが良い結果を得られるか。その過程において不利益が生じても、最終的に得るものが多い方を選ぶべきだと助言してやらねばならんだろう。どうだろうか」

 

 第六駆逐隊の面々は、深く頷いた。

 彼は、これ以上は心が壊れると――もちろん海原の――溜息で、言葉を締めくくった。

 

「私が言えたことではないがな。お前達は賢い。誰がどう言おうが、それは間違いない」

 

(それに可愛い)

 

 まるで自身の心のバランスを保つように言ってから、海原は立ち上がる。

 

「これ以上は本当に邪魔になりかねん。龍驤も待っていることだ……熊谷少将と大湊水雷団に任せるとして――私は大人しくしているとしよう」

 

「どちらへ?」

 

 熊谷少将も立ち上がった。そうして問えば、海原はきょとんとした。

 

「歓待の準備をせねばならんだろう。アメリカ海軍の艦娘に手伝わせるだけ手伝わせて、じゃあお疲れ様でしたと追い返す気か?」

 

「海原元帥にそのような事――!」

 

 熊谷少将の言はもっともだが、海原は有無を言わさず。

 

(バッ、お前、バッカ! 本当に仕事の邪魔だけしてましたって井之上さんに言ったら日本海軍から追い出されるわ! 帰って大淀達にも怒られるだろうが! それにアメリ艦だぞ!? アメリ艦! フゥー! ……んんっ。日本海軍の面子もあるしな、ちゃんと彼女らにお礼が出来るように動きますよ! 任せてください! 社畜なんで!)

 

「なに、接待の一つや二つこなせんで何が国畜か。心配しなくてもいい。すぐに修理が出来るように準備しておくのと、食事の用意を言いつけるだけだ。あぁ……そうだな、いくら私と言えど勝手に動くのは憚られるか。熊谷少将、どうだろうか?」

 

「大湊警備府どころか、如何な拠点であれ海原元帥閣下の指揮下で、ありますから……それは、構いませんが……」

 

「ならば結構。では、任せたぞ」

 

「……はっ! 速戦即決で、問題の解決にあたります」

 

「速戦即決か――ふむ、良い響きだ。大湊水雷団の迅速さに期待しよう」

 

 最後の最後まで恰好を付けて、海原は歩いていく。

 

 

 

* * *

 

 

 

 高速修復材を用いた艦娘の修理は、艤装にも影響を及ぼす。

 妖精も手伝うとあれば通常の修理の何倍もの速さで戦線復帰が可能なそれは、この戦争における人類と艦娘の強みである。しかしいくらでも使えるもの、というわけではない。艦政本部の明石達が開発した高速修復材には大量の資源が投入されており、妖精の手も加えられたもの。原理のおおよそは分かれど、修復液に根本が酷似している以外は全くの別物であるために、湯水のように使っては開発より尽きる方が早いなど言わずもがな。虎の子渡しの運用は得策ではない。

 

 しかしここに来て躊躇いなく使わせたということは、そういう事だと熊谷少将は海原が去って行った道の先を見つめて唸った。

 

「な、なぁ、熊谷少将」

 

「うん? どうした」

 

「お、俺、本当に悪かったと、思ってるよ……元帥に言われて、分かったんだ」

 

 木曾のしおらしい声に、熊谷少将は軍服が汚れるのもいとわず、どっしりと腰を下ろしてあぐらをかいた。

 

「そうか」

 

「守りたいだけじゃ、ダメなんだな」

 

「……ああ」

 

「戦うだけでも、ダメなんだ」

 

「……そうだ」

 

「それを熊谷少将が、してくれてるんだよな」

 

「……ああ、ああ」

 

 今にも涙がこぼれてしまいそうな木曾が、ぐっと堪えて視線を向けると、熊谷少将もまた同じような顔をしていて、驚いた。

 

「邪魔だ、邪魔だなどと言って、不器用なお方だよ、あの人は……はは、ああ言って冗談のつもりなのかもなあ。緻密な妨害作戦をこなす傍らで、自分は我々の仲を邪魔している、とでも掛けているつもりなんだろう。本当に、不器用な、はは、は……っ」

 

「なっ、泣くなよ、馬鹿、やめろよ、なあ、ごめん、ごめん熊谷少将、俺」

 

「違うんだ木曾、私はな、本当に良かったと思っているんだ。多くの後悔もあって、また、その後悔を増やすところだった」

 

「後悔……?」

 

「大湊警備府に固有の艦隊が無いのは、私のせいなのだ」

 

 熊谷少将は語った。普通の修復より短くとも多少なりの時間を要する高速修復材がもたらした懺悔の時を、存分に使った。

 大湊警備府に着任する艦娘の多くは捨て艦作戦に使われる前準備として戦闘を強いられる。本当に生まれたばかりの艦娘では攻撃すらも出来ないからと、哨戒に際して戦闘の多い大湊警備府を利用して最低限の装備で戦うことを覚えさせてきたのだ。

 そうして駆逐一隻でも落とせるようになった艦娘を、彼は救うためだと自分に言い聞かせて異動させた。

 

 多くは語らずとも、他の拠点が準備の間も無く戦闘の激しい前線に艦娘を送り込む真似をしていたのは知っていた。

 熊谷少将が出来ることは、捨て艦作戦を反対して時間を浪費する事では無く、人類を存続させながらも艦娘が生き残れる術をなんとか与えることだった。

 

 長く、それが続いた。

 

 いつしか大湊警備府の戦略は形を成してしまった。哨戒にしては戦闘の多いそれを利用した戦略は日本海軍にとって良くも悪くも結果を残した。大湊警備府に所属した艦娘は、強くなるのだ。ただし、強ければそれだけ利用されるということでもある。

 ほどなくして捨て艦作戦が中止された後も、熊谷少将は多くの艦娘を育て、送り出してきた。戦場で少しでも生き残れるようにと様々な戦術を考え、それを実行し、艦娘に実感させ続けた。

 

 それを龍驤はきっぱりと否定した。その時点で、熊谷少将は気づいていた。

 間違ってはいなかった。ただ、正しいとも言えないのだ、と。

 

「俺達が警備府で一番長いってのは、そういう……」

 

「ああ」

 

 ぴぴぴ、と修復が完了したことを知らせる電子音がポッドから響く。

 しかし誰もポッドから出ようとはしなかった。

 

「じゃあ、俺達もいつか、出て行くのか」

 

「……分からん」

 

 木曾の問いへの答えは無い。

 さらに雷が問う。

 

「雷達は、役に立てない?」

 

「そんなことはない!」

 

 続いて、電が問う。

 

「もっともっと頑張れば、ここにいられるのです?」

 

「そ、れは……」

 

 尻すぼみになっていく熊谷少将へ、響がとどめを刺した。

 

「……私達が、嫌いかい?」

 

 熊谷少将はぐっと拳を握りしめ、それから、どんと自らの膝を叩いた。

 

「嫌いなわけがないだろう! 私の……私の仲間だ! 娘のように可愛がってきたお前達を、手放したいわけがない! 他の拠点に異動させるなど、今更……」

 

 くそ、と言葉を無理矢理に切って、熊谷少将は項垂れた。

 己が撒いた種。己が実現させてきた戦術、戦略。きっとまたどこかの拠点が大湊警備府で育てられた艦娘を欲するかもしれない。そうすると、ここに来て拒否をしては大湊警備府の戦歴を否定してしまうことになる。

 熊谷少将の心に根を張った罪悪感と迷いから紡がれる言葉は、ほんの少しの意地と理性に殴り飛ばされた。

 

 それが、木曾がポッドから器用に腕を出して熊谷少将の膝を殴りつけたのだと気づくのに、数秒を要しただろう。

 

「木曾……? あ、ああ、傷が、治ったのだな」

 

 もう時間か、と悔やむ熊谷少将に、木曾は言った。

 どうして今更と言いたげな表情で、驚きの声も無く。

 木曾は哨戒ルートの途中で落としてしまったのだろうと、眼帯の無い目元を撫でて、ああ、くそ、どうして、今になって、と言う。

 

「俺は、異動しねえぞ。大湊水雷団の旗艦は、俺にしか務まらねえ」

 

 だろうが、と木曾が声だけを雷達に届けると、当然ね、当然だよ、当然なのです、と三者三様の声が返ってくる。

 弾むようでいて、力強く、戦意に満ちた声だった。

 

「力が無いのも、よく分かったよ。だからさ……こんな命令違反ばっかの艦隊の面倒を見れるのなんて、熊谷少将だけだろ?」

 

「木曾、お前……」

 

「……頼むよ。俺、ここがいいんだ」

 

 顔を上げた木曾の目には、光があった。

 

「目が、どう、して……! お前、見えないんじゃ……!」

 

「は、ははは、分かんねえ。分かんねえけど、見えるよ……こええ顔してんなあ、やっぱ。なんだよその傷」

 

 名誉の傷だ、と言いながら、熊谷少将は俯いた。

 ぽつぽつと水滴が工廠の床を跳ねるも、他の面々は全員が希望に満ちた顔で、涙の一つも零さない。

 

 木曾の頭の上に乗った妖精が、ぱしぱしと叩いて意識を逸らす。

 

「あ? 何だよ、叩くなって――この目、そうか、お前らかよ」

 

 ありがとよ。木曾から漏れたのは、ただ一言だった。

 今まで、心の底から言ったことのない――何気ない一言。

 

「じゃあ、そろそろ行くかァ」

 

 よっこいしょ、なんて掛け声でポッドを開けて立ち上がった木曾に続き、第六駆逐隊が立ち上がる。

 一糸まとわぬ姿の彼女らの元へ、妖精達がふわふわと飛んできた。

 そこには、新品の制服。

 

「妖精ってすげえなあ! どっから持ってきたんだよこれ」

 

「ぴかぴかなのです!」

 

「スパシーバ、妖精さん」

 

「たまには頼るのも悪くないわね!」

 

 熊谷少将も立ち上がって、すっと背を向けた。

 

「着替え終わったら、出撃を頼めるか」

 

 そして――

 

「あぁ……行くか――」

 

 工廠に満ちる、新たな気配。

 着替え終わって工廠の出口へ移動してきた木曾達に、ドラ声が飛んでくる。

 

「木曾! てめえ次に特殊塗装がボロボロに剥げてたら手伝わせるからな! いいな!?」

 

 工員達の口から飛び出る言葉に、熊谷少将は苦笑するしかなかった。

 戦闘の多い大湊警備府らしいと言えば、そうなのかもしれない、と。

 

「んだよ、俺達にすっ飛ばされるお前らに出来んのか?」

 

 心の中では恐る恐るの軽口を叩く木曾だったが、工員達も同じだった。

 それでも歩み寄らねばならないと、艦娘と人は近づいていく。

 

「なっ、てんめぇ……! 杉村班長、言ってやってくださいよ!」

 

「俺ぇっ!? お前ら、ここで俺になんで……! はぁ……話、少し聞いてたよ。熊谷少将も、申し訳ない。盗み聞きするつもりではなかったんです」

 

 修復中の言葉を聞いていた彼らにも、新たな気配があった。

 身分を明かしてまで仲裁した海原という男の真意に触れたのだ。

 

 もちろん勘違いである。

 

「いや、隠し立てすることではないからな、気にしないでくれ。軍属の者に、などと言うつもりもない。大湊警備府の工廠を任せている君達にしか分からんことだってあるだろう」

 

「そう言ってもらえると、気が楽ってもんです。俺達の仕事は、船を直すこと……なんて、思い上がりだったんだと気づきました。彼女らは……ただの船なんかじゃない」

 

「……そうだな」

 

「だから、工員でも、俺達は――」

 

 既に出撃準備を整え、艤装を装着した木曾から声が上がる。

 

「いつまで喋ってんだ! とっとと出撃させろ! 早く戦いに行かねえと!」

 

「だぁああ木曾てめえ! こんの……戦闘馬鹿がッ!」

 

 杉村班長を筆頭に、ずかずかと艦娘に詰め寄る工員達。

 階段を駆け下りてくる姿にたじろぐ大湊水雷団だったが、続く行動に、ぴんと背筋を伸ばした。

 

 全員が、艤装を叩いたのだ。ばしばし、と。

 

「暴れてこい! 帰ったら俺達が直してやっから!」

「マジでお前次に塗装剥げてたら手伝わせるからな、なあ、マジだぞおい」

「装甲へこませるなよ、今直したばっかだからな。頼むぞ」

「あと出来れば血まみれになるな。汚れ落ちねえし怖いんだよ」

 

「い、一気に言うなよぉ! わかったって! わかった!」

 

「……ほら、眼帯。もういらねえか?」

 

 杉村班長が差し出した新たな眼帯を受け取り、木曾は既に見える目を覆った。

 

「いいや、これが無きゃな」

 

 それから気合を入れるように頬を叩く。

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ……大湊水雷団、抜錨するぞ!」

 

 はは、と笑い合い、そうして、彼女らは海を往く。

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