柱島泊地日記帳   作:まちた

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戦④

《こちらマルフタ、こちらマルフタ。木曾だ。龍驤、聞こえるか》

 

 ざあざあと波を切って進む大湊水雷団は、最大戦速を維持したまま周囲を警戒していた。

 大湊警備府を発ち平舘海峡に差し掛かったあたりから龍驤へ通信を飛ばしたのは、てっきりこの周囲で合流出来るものだと思っていたからだった。

 しかし平舘海峡に差し掛かってからも、少し進んでからも龍驤らしき反応すら見られなかったため慌てて通信したのである。

 

《ザ、ザザッ――こちら龍驤。現在地はどこや》

 

《平舘海峡を北上中だ! 少し前に綱不知海岸(つなしらずかいがん)を通り過ぎたから、もうすぐ津軽海峡に進入する! 状況を説明してくれ!》

 

《さよか。こっちは結界の外周ギリギリのとこで押しとどめとる》

 

 木曾の声に覇気がある。

 龍驤は額を濡らす汗とも海水ともつかぬ水滴を拭って眉間にしわを深く刻んだまま右手の人差し指と中指を立て、印を結ぶような恰好で津軽海峡中央部にある不可視の結界へ突っ込んで行く艦載機を睨みつけた。

 

 結界は外観を一見した程度では違和感すらなく、潮の流れが速い津軽の海が広がっているようにしか見えない。しかし、龍驤の操る艦載機が一定の距離を進んだあたりで、まるで最初から存在していなかったかのように失せる光景があった。

 龍驤は頭の片隅で、これを海原に見せたら「ゲームのバグのようだ」とでも表現するのだろうかと考えて笑って鼻息を漏らした。

 

《艦載機から結界内部の様子を確認しとるけど、えぐいもんや。一向に敵戦力が減る様子があらへん。ま、どう見ても君らとやりあった重巡がこの艦隊の指揮官級っちゅうことやろうが……――》

 

《わかった、すぐに向かう! もう少し耐えてくれ!》

 

《お、ぉぉ……そら、大丈夫、やけども……》

 

 面食らって声に詰まった龍驤に対して、木曾は通信を繋げたまま言った。

 

《熊谷少将に聞いた。この哨戒には二つ、違う点があるって》

 

《……気合入っとるやん》

 

 ぽつりと呟いた龍驤だが、それは木曾に上手く届かなかった様子でノイズにかき消されていく。

 木曾に代わり今度は響が通信に割り込んだ。

 

《海原元帥は、自分が来なければ、この哨戒はいつも通り終わってただろうって言ってた。なら彼は、私達の戦力が最適だって見てたはずなんだ》

 

 それなのに、と続けた響の言葉は、

 

《……なのに、私は龍驤さんに、酷く生意気なことを言ったんだ。ごめん》

 

 小さかったが、しかしはっきりとしていた。

 

《ええよ、気にしてへん》

 

《――ありがとう、龍驤さん》

 

 龍驤の印を結ぶ手が緩んだ。

 少し間を置いて背負った巨大な巻物型の艤装に手をかけ、展開する。

 ばららら、という音を立て空中に固定されながら開いた飛行甲板に、また不可視の壁の内側から飛び出してきた艦載機が向かってくると、寸分の狂いもなく着艦を果たした。甲板の奥まった部分まではどこからどうみたって金属のそれが、妖精が操縦席から出て来た途端にぱさりとヒトガタの紙切れに変わる。

 

 さっと指で挟んで、次々に帰還する艦載機を受け止めながら、龍驤は言う。

 

《ウチにお礼を言うくらいなら、結界の中で言うべき人に言うたりぃや》

 

《結界の中――もう支援艦隊が来たのかい!》

 

《ああ、もう来とる。いやあ、さっすが南方で柱島艦隊とやり合った空母と、アメリカさんの戦艦やで。ウチもおるって言うてもたった二人で結界の内と外から深海魚どもを押し込めとる》

 

《そうか……木曾さん、急ごう!》

 

 間髪容れず木曾の返事が聞こえてくると思っていた。

 木曾の口から出たとは思えない言葉に、龍驤の口角が自然と上がってしまう。

 

《慌てるなって。俺達より強い奴らが押しとどめてるって言ってるんだからよ。それにまだ聞きたいことがある》

 

《ははっ、なんや木曾、そんなコロコロと変わる奴やったんやな》

 

 龍驤の軽口にも反論せず、木曾は問うた。

 

《そんな時もある、とでも思っててくれ。それより、さっき響が言ったみたいに、この哨戒には俺達大湊水雷団の戦力が最適だと考えてたみたいだが、もう一つ……防衛ラインの設置の隙を狙った奇襲艦隊を叩くためだったってのは、間違いないんだよな》

 

 燃料か、念か、龍驤とて科学的理屈を上手く説明できない方法で光の粒子を伴って指に挟んだヒトガタを飛行甲板へ並べ、ミニカーを滑らせるような形で発艦させていく。光に覆われたヒトガタは瞬時に重苦しい金属の光を灯し、操縦席に妖精が飛び込んで――飛び立っていく。

 

《司令官に聞いたんやろ》

 

《聞いたっていうか……熊谷少将がちゃんと理解してるか詰められてたっていうか……》

 

《あ、そう……んんっ、熊谷少将がそう説明して司令官が口を挟んでないなら、その通りと見て間違いないやろ。あの人はそういう人やからなあ……どうしてか知らんけど、書類仕事に関しては間違えたらアカンからってあれこれ言う癖に、作戦に関しては……はぁぁ》

 

《く、苦労してんだな、その、龍驤も……》

 

《前もやでこれ! 前も!》

 

《前?》

 

《柱島艦隊が南方海域開放した時や! ほんっま……大淀がいっちゃん苦労しとるわこんなん。前のは込み入った事情があったけども……》

 

 最後の言葉は通信に入り込まないようにと意識したのか、非常に小さなものだった。

 

やっぱり(・・・・)柱島の龍驤かよ! あーくそ、どうりでおかしいと思ったんだよ……初期型が大本営でくすぶってるはずねえもんな……》

 

《まあ、こういうのは冷静になったらおかしな話やと気づくもんや。それと、ウチを柱島に行かせてくれたんは井之上元帥やけどな。型落ちやって理由付きで》

 

《型落ちが結界から湧いてる深海棲艦を押さえ込めるわけねえだろ!》

 

《ははは! 褒めてくれてどうも! 君らが頑張っとったらウチはもうちーっと楽出来とったけどなぁ?》

 

《返す言葉もねえ……。で、この奇襲してきた奴らは》

 

《……はぐれに紛れて南方から潜り込んできた残存勢力……あの時の別動隊が本隊の壊滅に気づいて独立行動に走ったんかもしれん。ここまで潜り込めたんや、相手側で情報共有がされとるのは間違いない。海軍の体制変更のお陰で佐世保も舞鶴も忙しいからすり抜けて来られた、と。でも司令官は()()()()()()()の話を聞いて一瞬で勘づきよった。決定打は木曾、君や》

 

《あの、手……!》

 

《大湊水雷団が聞いてるんかは知らんけど、前から検証が重ねられてたことやったんや、深海棲艦の声と手ぇについてな。清水中佐の事故以降、これと言った報告があがらんかったんは妖精が見えてる人がまだ限られとるっちゅう理由がでかいやろな。清水中佐もそやけど、呉の山元大佐は知っとるか?》

 

《ああ、反対派の――》

 

《元、反対派な。司令官にどつかれて今は反省しとるから、反対派って呼ぶのはやめてあげてや》

 

《どつ……マジかよ。いや、マジだろうな。龍驤、怒るなよ》

 

《なんや》

 

《早く戦いに戻らなきゃならねえって、必死でさ、その、あー……海原元帥に突っかかっちまって、胸倉を掴んじまって……》

 

《アクロバティックな自殺志願者やな》

 

《不謹慎なこと言うんじゃねえよ!! 俺、艤装展開してたんだぜ、あの時》

 

《へぇ? まさか君、怪我させたんやないやろな》

 

《一歩も、動かせなかった。それどころか背中を押されて、修理しろって叱られて》

 

《……あー》

 

《逆らう気も起きねえよ、あんなの……。だから、山元大佐の話も、盛ってねえんだろうなってさ》

 

《盛ってへん盛ってへん! ……っと、話逸れたわ。山元大佐も、妖精が見える軍人なんや。見えるようになった、やな。ほんでも清水中佐の時みたいに海に出ても足を掴まれるような事は無かったらしい。っちゅうことは、や。ただの予想、予測にしろ――()()()()は人を選んどる可能性がある》

 

 ざあ、ざあ、と水飛沫の音だけがしばし通信を支配した。

 

《人を選ぶか。基準はなんだろうな》

 

《それが分かったら苦労せえへんて。でも、なんとなしに、君は見えてるんやないの?》

 

《対象はどうあれ、まあ、分からねえとは言い切れねえな。破滅に近い……憎悪、とかか》

 

《ウチはノーコメント。そうとはっきりしてもうたら、清水中佐を詰めなあかんやろ。これ以降は熊谷少将を含めた上役の仕事や。君は今、しっかり修理して、仲間と一緒に戻って来たんやから、それでええんちゃうかな。どや、聞こえるか?》

 

 龍驤の言わんとする事を理解している木曾は、未だ遠く見えない津軽海峡の先にいるであろう戦場への航路へ視線を向け、いや、と否定した。

 

《不思議なんだ。波の音しか聞こえない》

 

《……さよか》

 

《あと、うるせえ関西弁くらいだな》

 

《君なぁ……助けたった上に君にたっくさんヒントも出したった大先輩に向かってなんやねんなぁ! もお!》

 

《ははははは! 冗談だって、冗談! いつもと違う哨戒……一つは、俺達の戦力の確認。精査。二つ目が――奇襲部隊の正体の調査、撃滅か》

 

《調査して撃滅って、いっぺんに仕事終わらそうとするのはウチの司令官の悪いとこや。そこは許してや》

 

《あとで文句言っとくよ。熊谷少将もいじめられたしな》

 

《それについては協力したるわ》

 

 ここは、間違いなく戦場である。しかし艦娘の黄色い声は、海を渡っていた。

 通信にさらに割り込んで来たのは――件の渦中にいた艦娘の声。

 

《あの……リュージョーさん? 一応、作戦中で……》

 

《サラトガぁ! 考えてみいて! 作戦の発令は聞いてへん! これは哨戒や、哨戒って頑なに言うしやなあ! 形だけなッ! 君も文句くらい言うてええねんで! きちんと説明して、作戦立てて発令くらいせえて!》

 

 正規空母サラトガの柔らかな声に大湊水雷団、第六駆逐隊の面々の表情は有名人が既に到着していたのかと喜びとも驚きともつかぬものに変わる。

 アメリカ海軍の艦娘にしては流暢な日本語を話している、というのも要因なのかもしれない。

 さらに通信に割り込んでくる声によって、作戦海域で繰り広げられている戦闘はさながら戦争とは思えぬ様相を呈した。

 

《Hey! もっとゆっくり、ゆーっくり話して!》

 

 ぎこちない日本語、しかし明るい声。それは正規空母サラトガと同じくアメリカ海軍の艦娘、戦艦アイオワのものである。

 

《リュージョーの話し方は速すぎるのよ。誰の話をしているの?》

 

 アイオワに対して説明するサラトガの小さな話し声。

 

《Iowa……――》

 

 サラトガが英語で説明している途中であるのに、アイオワは不満そうに言う。

 

《日本語、むつかしいわね……むつか、むつかしい……? Did I say it correctly?》

 

 全速力で進んでいる大湊水雷団の先頭たる木曾は、緊迫した状況に似合わぬ顔で器用に振り向いた。雷と電の二人は木曾と目が合うとぶんぶんと首を横に振ってみせる。分からない、とは口に出さないが。

 最後に視線を向けられた響は、ふふ、と笑って言った。

 

《むずかしい、だよ。アイオワさん》

 

《むつ、ず、ず……むず、かしい、ね! OK! あー、あなたはオーミナトtorpedo corpsの艦娘ね!》

 

《私は響。ひーびーき、っていうんだ。よろしく》

 

 順々に、雷、電、木曾と紹介し一言ずつ「おう」とか「なのです」なんて挨拶代わりに声を交わす。

 そのうち――大湊水雷団の目前に、小さな影が見えた。

 

「待たせたな、龍驤!」

 

「やぁっとや……遅いねん!」

 

「はは、悪かったよ。色々と。結界は――?」

 

 龍驤を囲むように並んでから周囲を見渡す木曾。

 電も電探を起動させてみるが、深海棲艦の反応は見られない。

 通信にノイズ音とともに何度も割り込んでいた戦闘の音は止んでおらず、平舘海峡側に位置する龍驤と大湊水雷団とは別方向から支援をしているであろう正規空母サラトガの姿も見えず。しかしながら、まだ通信から音は聞こえたままだ。

 

「結界はこの先や。見た目じゃ分からへんけど……よう見とき」

 

 丁度攻撃を終えて戻って来た龍驤の艦載機天山が、何もない空間からぱっと姿を現した途端、わあ、と雷が驚愕する。

 

「い、今、いきなり出て来たわよ!?」

 

 電が、じっと海の向こうを見て言った。

 

「まるで見えない壁があるみたい、なのです」

 

「電の感覚が近い……むしろ、体感的にそれが正解なんかもしれん」

 

 誰が名付けたか、結界という現象はまさに海域の一部を現実と切り離すかのような異様なものだった。

 結界の中には既に戦艦アイオワがいるはずで、大湊水雷団もこれから結界に突入しなければならない。いやでも緊張が高まり、喉が渇いた。

 

「帰還用の燃料を考えたら、ここからさらに積極的な攻撃してくれって言われてもきついとこや。その代わりにサラトガが津軽海峡中央部に向けて東側から航空支援してくれとる。火力についても戦艦が出張ってきとるから心配はないはずや」

 

「っし、わかった。準備はいいな」

 

 木曾が第六駆逐隊の全員を見ると、一様に威勢の良い返事が鼓膜を揺らす。

 

「今度は……いや、今度こそ、木曾さんの力になるわ! たーっくさん頼っていいのよ!」

 

「電の本気をみるのです!」

 

「不死鳥の名は伊達じゃないところを見せないとね」

 

 不可視の壁へ進む。衝突も恐れず。

 木曾達の背後から龍驤の声が届いた。

 

「かましたれ! 後輩!」

 

 

 

* * *

 

 

 

 真っ青な空の下を進んでいた大湊水雷団は、肌にまとわりつくような感覚に身震いして瞬きした途端に変貌した景色に、う、とえづきそうになった。

 自分達が居た戦場が、悪夢のままに、そこにあったからだ。

 

 海面を埋め尽くさん勢いで蠢く駆逐級の深海棲艦に、修理の間に湧き出したのであろう軽巡級の深海棲艦まで。黒い丘がいくつも海面へ出現しているようだった。

 恐怖に支配されそうになるのを堪え、木曾が雷声を上げる。

 

「殲滅を開始する! 複縦陣をとれ! 距離をあけろ! 響、俺の後ろに!」

 

「了解っ!」

 

 木曾が駆け出す。海面を滑る、のではなく――本当に駆け出したのである。

 ばしゃん、と水面を踏みしめる光景のなんと異様なことか。しかし木曾は本能でこれでいいと深海棲艦の群れへ走り出した。

 海上を進む艤装の発した推進力に合わせ、一歩、二歩、とその移動距離は物理法則に逆らおうとするかのように広がっていく。木曾の後ろについていく響は瞠目しながらも必死に追従し、砲雷撃戦を開始した。

 

「木曾さん、右舷だ! ハ級が三せ――」

 

「おせぇッ!!」

 

「っ……!」

 

 砲身を突きつけて撃ったのか、はたまた、砲身そのものを突き刺すようにして殴りつけたのか、響の目には捉えられなかった。

 

 一隻目。梯形陣の如く並んでいた三隻のうち、木曾の方へ突出していたハ級に向かって一発。

 

 二隻目。何が起こったのかさえ理解出来ぬままぐらりと先頭が崩れ、木曾の姿が露わになった途端に、ごうん、と真っ赤な炎の華が咲いた。二発目の砲弾が放たれたのは、人ひとり入り込めない程の至近距離である。衝突、それから爆発によって生じた衝撃波を受け止めるしかない刹那の時間。木曾は身体の前面を煽られるが、それさえも利用するかの如く後方へ飛び、海面を蹴った。

 

 三隻目。木曾を沈めんと狙いを定めようとしたハ級の反応速度が間に合うわけも無かった。衝撃と木曾の脚力によってトビウオと見紛う華麗さで離れ行く姿を見ている間に、追従していた響の砲撃が視界を煙らせたのである。

 

 その間、わずか三秒にも満たず。

 

 連続した轟音に蠢く深海棲艦の殆どが反応し、危険度を再認識したように叫喚した。

 

【アァアアアアァアア――!】

 

「ぐっ……」

 

 木曾は顔をしかめるも、蹲らず、前を向いていた。気丈に笑って。

 

「二度目は無いぜ」

 

 黒々とした波間の最奥に見える恨めし気に睨む重巡リ級と目が合うと、木曾はさらに言った。遠回しに、それでいて、ガキ大将のような声音で。

 

「っは……お前らの指揮官は無能だなぁ!」

 

 重巡リ級は猛った。あの時、こいつらを逃がすべきでは無かったと。

 

【ァ、アァァアアァァアア……忌々シイ、艦娘ガ……! シズメテヤルゥゥウウアアアアアアア!!!!】

 

 その一連の流れを離れた位置で見ていた戦艦アイオワは、圧倒的火力を以てして自らの周囲に空間を作り戦っていた自分とは違う空気を感じ取り、通信を繋げたままにしているのも忘れて呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「What a hell――あれが、オーミナトtorpedo corpsなの……? 話と違うじゃない……!」

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