「何もこのタイミングで定時報告など……」
「邪魔になると? ならば木曾はどう言っていた」
「……もう大丈夫だと言っておりましたが、しかし」
「しつこいぞ熊谷少将。我々には我々の仕事がある」
どうも。まもるです。
「お待ちください海原元帥! 事はここに及び、アメリカ海軍の支援までも投入したのですよ!? 例えどのような状況であれ、これは作戦としてまとめておくべきです!」
「作戦? 作戦だと? これがか? っは、馬鹿を言うな」
情けなさに今にも泣きそうになっておりますが、海軍元帥のまもるです。
熊谷少将は俺が大事にしてしまったこの状況を作戦と言い訳できるようにまとめようなんて言ってくれておりますが、それは無理です。きっと秒でバレます。
食堂にて主計科の者達へ「急遽支援のために航路を変更し哨戒に参加させてしまったアメリカ海軍への歓待準備を頼む」と言いつけて暫く。
ただの哨戒だろ、と高を括る俺の鼻っ柱をぶち折るかの如き大湊警備府の仕事の難易度の高さに心まで折られ、泣きたいのを必死に我慢しているというのに、熊谷少将はカルガモの親子か! というくらいぴったりと俺にくっついてああでもないこうでもないと言葉を背に投げかけてくる。さらに俺の周囲には妖精の包囲網。逃げ場がねえ。
大湊水雷団、もとい艦娘の皆様は周囲の安全を確認してから帰還するとの事で、この地獄はもうしばらく続くのじゃ! 状態である。勘弁して。
「待ってどうしようと言うのだ。ん? 熊谷少将よ」
いい加減うんざり――などとは、どの面下げて言ってんだみたいな顔をする妖精達の前では一ミリも考えられず。さりとて俺の適当さや場当たり的な対応で大事になってしまった現在、予定の何百倍もの仕事が舞い込んでいるわけで。
大湊警備府の一角にある物干場らしき場所まで逃げ……歩いてきた俺は、そこでとうとう振り返って大袈裟に溜息を吐き出した。
なあ、熊谷少将よ、分かってるのか?
俺はお前が「木曾が横柄で……」なーんていう書状を井之上さんに送ったことから端を発したこの仕事を片付けようと柱島泊地から遠路はるばるやってきたんだぞ。
それがなんだ? 木曾は確かに多少横柄な態度だったが、工廠の軍属然り、他の人達が艦娘がどうのと言っていただけじゃないか。しっかり話し合ってみればお互いの認識に差異があっただけで、俺達変わらないね! と良い感じに哨戒にも戻ったろ! それでいいじゃない!
そりゃあ確かに、大湊警備府における哨戒が俺の思ってた以上の難易度だったのは理解したよ。普段から深海棲艦を相手に木曾達がボロボロになるくらいにドンパチしてたんじゃあピリピリしちゃうのも分かる。重々承知したところだ。
帰って来て、それでも戦うんだって木曾を見た時は先に修理しろと焦ってしまったくらいなんだから。
でもよ? でもだよ?
俺が邪魔しなきゃ熊谷少将はすんなり哨戒とは名ばかりのドンパチを普通に終わらせてたかもしれないけどもよ?
「はぁ。アメリカ海軍の支援は、確かに私も想定外だったが、仕方があるまい。それもこれも、全ては私の責任だ」
「海原元帥……」
俺には重大事件だったんだよぉ! 恐ろしいドンパチを少数で繰り広げるな!
そりゃあビビッて助けも求めるわい! まもるが悪いんか!?
責任は取るからお説教は誰も見ていないここでオネシャス!
サーセンほんと屑で役立たずでェッ!
「熊谷少将は、私の出自を知っているな」
「は、はい、それは、そうですが」
「……なら、分かるだろう。私は熊谷少将や他の軍人とは違うのだ。仕事の出来だって良いか悪いかなどと天秤にかけるべくもない」
「……」
ぐっと唇を噛みしめて、熊谷少将は目を伏せた。
むさくるしい男が二人きりで物干場……何も起こりません。ご安心ください。
その代わりに、俺の周囲をふよふよと飛び回っていた妖精とは別の妖精が警備府中枢の方角から紙切れをなびかせやって来ているのが見えた。
あいつら、まーた遊んでやがる……仕事しろオラァンッ!
「アメリカ海軍の支援についても私の独断で、哨戒の邪魔になってしまった責任は全て私が負う。井之上元帥にも大湊警備府には一切の問題は無かったと報告をあげると約束しよう。だから目を瞑ってはくれんか?」
「哨戒など……しかしそれでは――!」
あーあーあー! 分かってるよ! くっそ真面目な軍人めっ……!
こういった人たちが日々、世のため人のためと頑張ってくれてたから世界は崩壊しなかったんだなあ! ごめんよぜーんぶまもるがぶち壊しかけてよォッ!!
「熊谷少将。情けない限りだが、事後処理は全て私がしておくから」
「っ……どうしても、でしょうか」
「どうしてもだ」
まもる、渾身の即答である。ったりめえだろうがよぉ!!
どこの誰が哨戒でボロボロになって帰ってくるんだよ!? 大湊警備府は哨戒に際しての戦闘が多い……じゃねえよクソォッ!
熊谷少将を一目見れば分かるが、顔にある傷も相まって歴戦の猛者とは言わずもがな。そんな指揮官が取りまとめる警備府の仕事におけるレベルの高さなど俺の想像をはるかに上回るものであるなど、ただの社畜に備えを求めることが酷ではなかろうか?
もちろん、俺だって一年近くも軍人としてやってきたのだから、それ相応の場面に出くわした事は幾度かある。
柱島泊地も日々の哨戒は欠かさず実施しているし、抱えている艦娘の数で言わば倍どころの話ではないのだ。しかし、毎日のように遠洋まで哨戒に出る彼女らが今日の木曾達のようにボロボロになって帰って来たことなど一度として無かった。
時に傷ついて帰って来たことはあれど艤装が黒ずんでいる程度で、顔や身体に傷がついてしまって、今にも倒れそう……なんてことは無かったのだ。
工廠で哨戒組を出迎えたことだってある。それでもだ!
ここの木曾とウチの木曾は違い過ぎるのだッ!!
はぁ、ともう一度大きく溜息を吐いて額に手を当て、冴えわたる空を仰ぎ見ながら思い出す。我が柱島泊地の木曾の姿。
ある日、ローテーションの兼ね合いから球磨型軽巡洋艦の大井と木曾の二人が駆逐艦睦月と卯月を連れて哨戒に出たことがある。
特に問題無く大淀に定時連絡もしていた様子だったし、帰って来た時には大湊警備府の木曾のようにボロボロどころの話ではなかった。
『早く行こうぜ大井
『ちょっと木曾! ああもう、卯月も待ちなさい!』
『ぷっぷくぷぅ! 食堂に直行だぴょん!』
『へへ、朝からゼリーだぜ? ゼリー! ラッキーだよなあ!』
『あっ、もう……! はぁ……睦月。真似しちゃだめよ、絶対に。損傷がなくとも明石さんに確認と報告を忘れないように。後で木曾と卯月は説教してやるんだから……!』
『あ、あはは……はぁい……』
……と、このような有様である。俺? 工廠で出迎えるつもりが隅っこで居眠りしてました。すみません。起きたらそんな状態だったのだ。
でも、ゼリーて。報告書は確かに明日でもいいけども、ゼリーて。木曾よ。お前。
工廠を担当する明石や夕張も、木曾達が置いて行った艤装をさらっと見て、
『バリィ、修理の用意おねがーい、あと補給の用意もー』
『はーい。あ、明石さん、先に機関部だけ確認を――』
『おっけーおっけー、置いといてー』
なんて気楽な感じだった。そりゃ油断するって……。
大湊警備府の木曾が眼帯のイケメンの方だとしたら、柱島泊地の木曾は眼帯の無邪気な方である。あれが個性と言われたらそれはそれで可愛いのでまもる的にはオッケーなのだが、そういったイメージがあったが故に油断していたわけだ。
ここに来て大湊警備府の木曾ときたらガッチガチの戦闘狂である。とんでもねえ艦娘を部下に持つ熊谷少将のお怒りはごもっともなのだが、いかんせん軍歴と呼べるほど勤めが長いわけではないまもるに対してあれやこれやと求めないで欲しいところ。
油断してたのは俺が悪い。
だから焦ってアメリカ海軍来てたよねそういえば! などという思い付きで支援を要請したのも俺が悪い。
大湊警備府の哨戒も柱島泊地と変わらんだろうと思い込んで、とりあえず木曾が横柄かどうかは戦闘から戻ってから見てもいいんじゃない? なんて言っていた癖に、ヤバイ状況になったらなったでライブ感だけで乗り切ろうとしたところも、俺が悪い。
井之上さんへ助けを求め、現場を引っ搔き回したのも俺が悪い。
普段の仕事として片付けられたところを俺が邪魔してごめんねと謝罪したが、それでも報告書を出さねばと職務を全うしようとする熊谷少将を言いくるめようとしているのも俺が悪い。
あれ、全部俺が悪いな……?
「普段ならば、報告書をどのようにあげるんだ?」
「通常でしたら、大湊水雷団の旗艦である木曾に哨戒における戦闘の仔細を聴取し、行動調書にまとめます。今までは、それが難しかったため、その……」
「ふむ。ならば今回はどうだ」
熊谷少将に倣い俺が報告書を作成すれば何とかならんか? と淡い期待を抱く。
「大湊警備府だけでは、難しいでしょう。アメリカ海軍の支援もありますから、事、今回における報告書の作成は聴取だけでも時間が掛かるかと思われます」
うーん、無理! まもる、お手上げ!
膝から崩れ落ちてしまいそうになるのを堪えていると、先ほどから紙切れで遊んでいたと思しき妖精がこちらへやって来て――
『えへへ、みんなでおしごとがんばったよ! はい、これ!』
ぱさりと俺と熊谷少将の間に落とされる一枚の書類。
地面に落とさないよう空中でキャッチして書面を見た俺、顔面蒼白。
そこには柱島泊地でも見たことのある文字があった。
陽光に透けて見えた熊谷少将が声に出して読み上げたあたりで、俺はその書類を目にもとまらぬ速さで折りたたんで懐へしまった。
「大規模改装、申請……?」
「ん、んんっ! んん、ごほん、ごほっ! んんっ!」
何度も咳払いをして、俺は熊谷少将に言う。
「私が責任をもって処理しておくから、気にしないように」
「い、いや、あの、海原元帥」
「気にしないように、と言ったのだが」
「……っは。承知、しました……」
釈然としない表情を見せられてもぉ! これ以上はまもるの心が危ないのでぇ!
眉間を指で揉みつつ、うぅ、と呻いてから、熊谷少将には妖精の声が聞こえていないというのに、俺は構わず言葉を紡いだ。
「様子はどうだ」
『ようすー?』
「大湊水雷団の」
『ああ! うん! あのねえ、みんながね、がんばるんだー! まもるんだーってね! すっごかったの! こわいのいーっぱいいたけど、きそさんたちがね、わーって!』
「……要点をまとめてくれるか」
「あ、あの、海原元帥……?」
熊谷少将の声を遮るようにさっと手を振ってから妖精へ顔を向けると、妖精はこれでもかと自慢げに胸を張った。
『きそさんたちがいーっぱいがんばったから! わたしたちもがんばりました!』
「それで、これか」
『うん! むつまるがわたせばわかるよっていってた!』
むつまるが渡せば分かるってね……はいはい、なるほどね、そういうね……。
「……承知した」
それだけで分かっちゃうあたり、俺のダメさが際立つなぁ……ッ!
これ以上に吐き出しては身体がしぼんでしまうというくらいに盛大な溜息が出てしまう俺を見て、熊谷少将が上目遣いになって言った。
オッサンの上目遣いなんて誰が喜ぶんだちくしょうめ。
「海原元帥、そのぉ……」
「ああ、説明するから待ってくれ」
うーむ。勝手に他の拠点にいる艦娘を改装しましたなんて言ったら、この場でぶん殴られそうである。とはいえ、既に木曾達は帰還している途中。黙っていても帰って来た途端に殴られるだろう。やばい。
「……こ、今回の、詫びとして、だな」
「詫び?」
お詫びに木曾を改装しておきました! ご迷惑かけてサーセン! キャハッ! なんて言ったらそれこそ殴り殺されてしまうかもしれん。これが許されるのは艦隊のアイドルだけである。まもるはアイドルでもなくただの社畜だから二度殺されるだろう。
し、しかし改装は艦娘にとって悪い事ではない!
日々ドンパチを繰り広げている大湊警備府にとっても戦力向上になるのだから、俺が恐れる必要がどこにある!
そうだね。資源はどこから出るんだって話だね。
「
出来る限り落ち着いて問えば、妖精はニッコリと笑顔で答えた。
『まもるにいえばいいってむつまるがいってた! あとでね、きそさんたちね、きっといーっぱいごはんたべるからって! それと、ねんりょーとか、だんやくとかも! いーっぱいほきゅうがいるって!』
「ふむ、ふむ……そうか」
この世界での《改二》とはその場で資源を要するものではないらしい、とはぼんやりと知っていた。前例は柱島泊地所属の艦娘、神通がそれにあたる。
彼女は妖精の不可思議な力によってもたらされた改装で一夜にして大幅に戦力を向上させたが、俺の知る艦隊これくしょんのようにその場で資源を消費した、ということは無かった様子だった。その代わり、今しがた妖精が言っている通り、大量の補給を要した。大量、と言えど普段よりよく食べるなぁ……程度の認識だったのだが、柱島泊地の明石曰く、翌日の補給だけは三倍から四倍に跳ね上がったという。
たかだか三倍から四倍、なんてさして問題にもならないように思えた。あの当時は。
よくよく考えれば、艦これよろしくクリック一つでチャリーンと補給されるわけではないなど当然のこと。神通の艤装に異常が生じていないかくまなく検査をしてから、それどこに入ってんだというくらいの量をばんばか補給した神通自身が唖然としていたらしいのだから、改二とは、それだけとんでもない現象であるということ。
「……妖精の力によって改装が施される例がある、とは、聞いているな?」
「柱島泊地に所属する艦娘の多くがそうであると認識しております。改二、と」
改二という現象は、きちんと大本営、井之上さんに報告してある。
大淀が任務にて出張るのとは別に、妖精による改装が施された艦娘は大本営に出向いて検査をしている。神通もそうだ。
妖精の力による艤装の変化は、兵装に宿る妖精が能力を向上させる現象の延長線上にある、あるいはその極致であろうと結論づけられた。
まぁ、だからこそ妖精が見えるようになった軍人の多くが艦娘とのコミュニケーションを見直し、改善しようとしているわけで、熊谷少将も多分に漏れずその一人だったわけだが……。
怪我の功名、とでも言おうか。仕事を増やしやがってむつまるこのやろうと号泣すべきか。助けてくださってありがとうございますむつまる様と土下座するべきか。
「大湊水雷団の旗艦木曾に、妖精による改装が施された」
「……はっ!?」
熊谷少将から続く言葉が紡がれる前にと、俺は一気にまくしたてる。
「熊谷少将と艦娘、いや、正しくは大湊警備府の一同がもとより通じ合っていた証拠だ。艦娘が横柄だの軍人が頑なだのとそれらしい言葉を並べ立てて納得させようと考えていたが、ここに来て言い訳は不要だろう」
すみません実は殆ど勢いだけで乗り切ろうとしてましたと本音がちょっぴりこんにちは。
熊谷少将の表情を見て、流石にばつが悪くなってしまう。
「そ、れは」
「ここで少し休め。私は残った仕事を片付けるから」
「……」
そうして俺は「執務室を借りる」と言い残してその場を去った。
「まったく……ままならんな」
井之上さんにどう話をして納得してもらおうかと考え、そう呟きながら。