大湊水雷団と龍驤、そしてアメリカ海軍の支援艦として海域へ駆り出されてしまった戦艦アイオワと空母サラトガが大湊警備府に戻ったのは、夕刻になろうかという頃だった。
行きは五人で帰りは七人、警備府に勤めてりゃいくらでも珍しいもんは見て来たが……などとしみじみ口にしたのは杉村班長だけで、彼以外の工員はアメリカ海軍の艦娘を初めて見たのもあってか緊張した様子で丁寧に艤装をクレーンにかけて修復作業の準備を進めていた。
しかしアイオワもサラトガも目立った損傷は無く、艤装も汚れている程度。通信を直に聞いてはいなかったが、一度目に木曾達が戻って来た時の損傷を考えれば、それがどれだけ幸運で、あるいは異常であることかを悟るに至った。だからこその緊張、とも言えるのかもしれない。
大事をとって、と修復用ポッドに案内されたアイオワから発された言葉が日本語だったのもそうだが、その内容に興味をそそられない者はいなかった。
「日本も同じなのね?」
何気ない一言だったのだろうが、工員達にしてみれば各国の艦娘の扱いや、準ずる情報は非公開なことも多いために、前線に出ている艦娘の言葉は重みが違った。
聞き流すべきか否かを迷っているうちに、最後の最後まで海を見つめて順番待ちをしていた大湊警備府の面々が工廠へと足を踏み入れた時、迷い、疑問、諸々を払拭するように杉村班長が白々しく言うのだった。
「仕事増やしやがったな木曾」
「うぇっ……仕方がねえだろ、戦闘が激しかったんだからよ……」
文字通り、うぇ、なんて顔をしながらクレーンに引っ掛けられて運ばれていく艤装について行きながら言った木曾だったが、表情の奥に宿る感情は晴れ晴れとしたものだった。
日が落ちるのも早くなった季節に似合う、戦いを知り、それでも前を向かねばと海に出た艦娘らしい顔をしていた。
木曾に倣い、やはりカルガモの親子のように並んで工廠を歩く六駆の面々も似たような表情だった。
「と、塗装、落ちちゃったのです……ごめんなさい……」
「かなり激しく動いたから、そのぉ……」
電と雷が頭を下げると、連動して響も申し訳なさげに目を伏せた。
「私も気を付けていたのだけれど、ごめん」
すると、工員は「いいっていいって、気にすんな」と笑った。
しかし木曾に全員が顔を向けた時、その表情はやっぱり白々しくしかめられていた。
仲違いをしていたと言えばそうなのかもしれない。
仲直りをしたと言えば、それもまたそうなのかもしれない。
だからこそ距離を測りかねているが、互いから突き放すようでいて歩み寄るあべこべな姿勢は、屈強たる大湊水雷団と警備府工廠部らしさ、と言うべきものだった。
「木曾、あのよ」
一歩前に出た工員は、杉村班長をちらりと見てから頷くと、発する前に噛み砕かねばと言葉を口のなかでもごつかせた後に、木曾に急かされるように「んだよ」と言われてから、こう言った。
「色々と言いたい事があるから、一つずつ聞くな?」
「はぁ、さっさとしてくれ。俺達だってとっとと入渠しちまいてえんだから」
「バッカ、お前、助けてくれたアメリカ海軍の艦娘が先だろ。死にゃしねえんだから我慢しろ。それよりだよ」
工員は、びしっとクレーンに吊られた木曾の艤装を指差す。
「なんだ? あれは」
「……」
言わずもがな。それは工員達の知らない艤装だった。
正確には、見覚えがあるものだが、まったく形状の違うものである。
「……ぴかっと光ったら、そうなってたんだよ」
「はぁぁああ!? んな冗談みたいな話あってたまるかッ!! ぴかっと光ってたらあんな模様の塗装に変わって? それで、なんだ? あんなモニターアームみたいなのがつきましたって言うつもりかよ!」
「そうだよ」
「そうはならねえだろ!」
「なってるんだから仕方がねえじゃねえか! 文句なら妖精に言えって!」
「出た、妖精。ああ、ああ、分かってるよ。妖精がかかわりゃ不思議なことの一つも起きたっておかしくねえわな。それでも、妖精が艦娘を怖がってここ数年はまともに姿を見せなかったのはお前が一番よく知ってんだろうが! その妖精が木曾の艤装を? ぴかっと、ってか?」
杉村班長をはじめ、工廠部の誰もが妖精を見たことがある。
偽新人であった海原の次に若手である新井もまた同じく。
しかしながら彼らの知っている妖精は修復ポッドを弄っているか、開発用の仕組みの分からない機械に群がっているくらいで、不可思議な力を用いて艦娘に直接作用することなど皆無。
兵装に宿る妖精がその性能を向上させる、という話も知っているし、実際に目にした者もいくらかは在籍していたが、大湊警備府では一様に目撃さえしていない。
「本当だって! マジ! マジなんだよ! 海域で戦ってたら、いきなりぴかーって光ってよ! そしたら身体が軽くなって――」
工員達と口々に言い合う光景を見て、何事だと修復ポッドに入ろうとしていたサラトガ達がやって来たあたりで、工廠の鉄扉が開かれた。
重苦しい音とともに姿を現したのは、海原だった。
「戻ったか」
短い言葉なのに、全員がそれだけで気を付けの恰好になってしまう。
海原が右手を振ると力が抜けて背が少しだけ丸くなるが、両足は動かないまま。
「皆、ご苦労だった。サラトガとアイオワも、支援感謝する」
すっと頭を下げられてアイオワは慌てて両手を胸の前で振った。
「It's ok! ok! I'm glad that I could help you out! ……じゃ、ないわね。えーっと……やくだてて! 嬉しいわ! ね?」
サラトガは頭を下げるのもそこそこにアイオワに微笑んだあと、海原を見た。
「――助けになれたでしょうか?」
その言葉に込められた意味を知らない者などおらず。
サラトガの言葉に工廠がしんとした静けさに包まれる。
海原はしばし黙っていたが、じっとサラトガを見て頷いた。
「素晴らしい働きだった。話したいことは多くあるが……木曾、改二になったようだな」
海原はクレーンに吊り上げられた状態の艤装を見て言うと、次に各員を見回す。
「本日の哨戒について聴取されるだろうが、報告書の作成は私に任せてもらう。それから、支援に来てくれた二人」
「はい」
「Aye,aye,sir!」
アイオワとサラトガの力強い敬礼に気圧されそうになった海原は、内心でビビり散らかしながらも顔に出ないよう必死に堪え、安心させるような声音で言う。
「……ソフィア女史も間もなく到着するそうだ。それまではゆっくりと休んでくれ。ソフィア女史が来たら食堂に向かってもらえるか? ささやかながら食事を用意しておいた。もちろん、全員の分をな」
海原が全員を見て目を細め口元を綻ばせた途端に、力が抜けたようにへたり込む六駆の三人。そして木曾も、はは、と苦笑した。
これを以て作戦を終了する、と口にされたわけでもないのに、海原の言葉はそれだけの力があった。
「やっと、終わったのです……!」
「たったの半日、だったのに……長かったわ……」
「はぁぁ、本当だよ。今までで一番の任務だったね」
思い思いの言葉を噛みしめる中、木曾は目ざとく海原の動きに気づいた。
「なぁ、海原元帥」
「うむ」
口調こそ変わらないものの、木曾は最大の緊張で全身を強張らせて言う。
「……どうして、俺だったんだ」
海原はしばし考える仕草を見せた。それはたったの数秒ながらも、その他の全員には数分か、数十分にも思える長さだった。
(う、うーん、どうしてって言われましても……妖精が勝手にやったことなんでぇ……まもるは判断基準を知らないと言いますか、むしろ改二にしていただいたお陰でまもるの首が繋がっていると言いますか……。そのまま伝えるわけにもいかんしな……木曾の努力の結晶だ! とでも言うか? いやいや、もとはと言えば木曾達と大湊警備府の問題で呼び出されたんだぞ俺。努力云々なんてのは木曾どころか六駆だってしてる事で、俺が来たから滅茶苦茶になったのを改二で誤魔化しに来ましたと思われてしまいかねん……誤魔化しを誤魔化すために適当な言い訳を――ってもうコレ何しに来たんだか分からんわ! 助けて龍驤!)
龍驤をちらりと見る海原。地雷を踏みぬく行為になるとは知らぬまま。
「ウチに説明せえって?」
「私が説明するよりはよっぽど分かりやすかろう。頼めるか」
「間違えてたらどないすんの。君が説明する方がよっぽど正確やろ」
「何を言うか。柱島泊地で数多の任務をこなすお前が間違えるなど思ってはいない。私を良く知っているだろう」
「……それは、そやけど」
「私は言葉選びが下手でな。それこそ南方海域を開放したあの頃のように
言わずもがな、彼が社畜であった過去を指している言葉に、龍驤は目を細める。
「……今はもう勘違いやないと思うけど?」
「それでもだ」
「はぁ……なーんでウチになすりつけんねんな、こんなことぉ……」
「私が言うよりはるかにマシだからだ」
堂々と言ってのける海原に、ぐっと言葉に詰まった龍驤。
「っ……ウチが言うても同じや! アホ!」
アホ、という声に龍驤と海原以外がぎょっとしたが、それも一瞬だった。
「まだ仕事が残っているのだ。井之上元帥が人員を寄越してくれたから、今のうちにさっさと終わらせねばならん。分かってくれ」
「井之上元帥の名前まで出さんでもええやんか……わぁったて、もぉ……」
海原は重々しく頷いてみせた。それから迅速に工廠を離れることによって窮地を脱した――が、ただ褒めたたえ必要事項を伝えて去ったように見えることなどありえるはずもなかった。
皆の目には不可思議に映っていたのだ。アメリカ海軍の支援艦たる二人に食事を用意したと歓待の意を伝えるだけならば、もう少しくらい雑談の一つや二つ挟んだっておかしくなかったはずだ、と。
ましてや最初から大湊に向かっていたとは言え哨戒とは名ばかりの殲滅戦に打ち合わせさえ無くして戦力として投入されたとあれば、体裁を保つために動くのが通常考えられる行動だろう。
かつて救ったアメリカの空母と、ソフィア女史の友人と称される戦艦。
海原は工廠から出て行くほんの一瞬、二人を見た。
(く、くそっ……もっと話したい……見ていたいのに……仕事がッ……!)
未練がましく見ただけである。
海原が工廠を去ったあと、龍驤は海原の想い以外の全てを察して、ああ、と溜息を吐き出して額を掌で打った。
「なんでウチやねんな……」
「龍驤、教えてくれよ。どうして俺だったんだ」
柱島泊地のご意見番。賢しい彼女はいくつかの食い違いを頭の中で整理して修正しながら、ぽつぽつと話し出す。
「サラトガにアイオワまでおるから、間違いないなこれ……工員らもおるのにここで話すべきかは分からんって言いたいとこやけども、まあ、司令官がああ言うたんやし、ええか……」
「それでは、自分らは席を――」
「ああ、ええて、ええて、気にせず作業してや。妖精が一枚も二枚も噛んどる時点で君らも機密を握ってもうてるんやから」
工員達に手を振ってから、修復ポッドの並ぶ区画へ歩む龍驤。それに続く艦娘一同。
「哨戒と銘打っておいて、国民を安心させるための司令官らしい作戦……それやと語弊がある。この一件はな」
ほれ、と手で先に行けとサラトガとアイオワに修復ポッドを示すと、二人は頷いて制服に手をかけた。
しかし、続く言葉に手が止まる。
「――南方海域開放の後始末やったんや、これ」
* * *
大湊警備府の工廠に妖精が戻って来たと手放しで喜べる状況とは言い難く、工員は修復ポッドの並ぶ区画に間違っても自分達以外の者が入り込まぬようにと目を光らせていた。
別段、工廠部に来るような者など工員以外にいるわけもないのだが、そうでもしなければ国家機密を聞いてしまっている自分達がどうにかなってしまうと荒唐無稽かつ無根の不安が身体を動かした。
制帽を脱ぎながら、声が震えないよう注意しながら言葉を紡ぐ木曾。
「後始末って、もう一年も前の話じゃねえかよ、それ……」
大事を取って修復ポッドに入っているサラトガ達の表情が曇るも、龍驤は終わったことだと言わんばかりに気の抜けた顔でサンバイザーを脱ぎ、すぐに入渠出来るようにと結っていた髪をほどいた。
工廠に吹き込む潮風と、鉄と油の匂いにさらさらと揺れる栗色は、見た目の幼さとは裏腹に、その場の者達に壮絶な戦歴を彷彿とさせるのだった。
「一年も前やからや。サラトガはええとして……木曾は南方海域開放作戦を、どう認識しとる?」
サラトガとアイオワが入渠している間、空きのポッドには先に六駆をと電の背を押しながら木曾は答えた。
「どうって……楠木少将が殉じた海域だろ。会ったこと無いから知らないけど、今の俺達が深海棲艦とやり合うのに貢献したすげえ人ってのは知ってるよ。その人でも抑えきれなくなった海域を、海原元帥と柱島泊地の艦娘がやり合って――」
「おかしいって思わへんの?」
「何がだよ」
「その当時、司令官――ああ、海原司令官な。司令官が大将から少佐に降格して、ほんでまた大将に戻って、一気に海域を攻略したんやで」
「そりゃあおかしいだろ。海原元帥を見て確信したよ。新人のフリして大湊警備府に来るのも変だし、哨戒かと思えば今までで最大規模って言ってもいいくらいの戦闘になるし、おかしいと思わないわけがねえだろ」
「ちゃうちゃう、そっちやなくて。南方海域の開放の方や」
「南方海域の開放も、まあ、そうだな……たかだか一日って、ありゃ人間業じゃねえよ。新人のフリしてる時はなんとも思わなかったのに、軍服姿で出て来た時にゃ心臓が止まったって」
「あー、ウチの聞き方が悪かったわ。南方海域は間違いなく開放された、それもたったの一日や。それがおかしいっちゅうんは誰しもが分かっとることやけど、深海魚どもの規模のことや。ぽこぽこ出てくるあいつらを全部沈めたんも間違いない。ただ、特殊個体がおったような海域で――」
龍驤がそこまで言ったところで、言葉を遮るように木曾は声を上げた。
「あの重巡級――!」
「そういうこっちゃ。あの時、特殊個体が指揮を執ってるようなのと柱島艦隊がやり合ったわけや。確認出来る深海魚を全部沈めたってわざわざ言うたのも、そういうことやな」
そう、龍驤が言うように――あれは南方海域に出現した特殊個体が指揮していた深海棲艦とは別動隊で、戦場にいなかった個体だったのだ。
指揮官を失った深海棲艦は有象無象となって各拠点に撃沈されてばかりだが、それ以外も存在するという証拠でもあった。既に沈んでしまったが、沈めた本人たる木曾はもう声の震えを抑えきれなかった。
「大規模な艦隊を即座に用意出来る……いや、艦隊じゃねえな、龍驤の言ってるように、魚みたいにウジャウジャいやがるんだ……海域の開放で終わりってわけじゃ、ねえんだよな……」
「その通りや。今回のは、前とは違った状況やから司令官も慎重になっとる場合やなかったんかもしれん……せやから、大湊警備府の任務にかこつけて哨戒と言い張ってウチを筆頭に木曾を先行させた……」
「じゃ、じゃあ、俺は」
「司令官がウチに言わせたんは、言葉選びが下手やから、っちゅう以外にも理由がある」
ぴたりと動きを止めた木曾。修復ポッドにすっぽりと身を沈めたサラトガ達も、複雑な表情で聞いていた。
「大湊警備府、もとい大湊水雷団におったとされる艦娘は多くないけど、そんでも日本海軍きっての戦闘集団やと名乗っておかしくない強さを持っとる。井之上元帥直轄の横須賀鎮守府とタメ張れるくらいって言うたら、まあとんでもない強さやと誰でも分かるやろ。殆どが戦闘技術を学んだら各拠点に異動しとるっちゅうのに、三年もおるって言うなら、どれだけ恐ろしい強さなんやろか、と考えるのは、不自然な話ちゃうやろ?」
「……」
木曾は褒められているというのに、押し黙ってしまう。龍驤の言わんとしていることが分かったからだ。
龍驤が言わんとしていることは、言い換えれば――海原元帥が言わんとしていることである。もちろん違うが。
「――君を改二にしたのは、想定の戦力では無かったっちゅうことやで」
「……あぁ」
今度は龍驤が目を剥いた。てっきり反発するか、侮辱するなと吼えるものだと思っていたからだ。
どこか、柱島泊地にいる、とある軽巡洋艦を思い浮かべてしまうくらいには、自分に厳しい一面を持っているのだろうと龍驤は考えた。
「なんや、言い返さへんの?」
「言い返すもんかよ……言い返せる、もんかよ……」
奥歯を噛みしめ、木曾は俯く。
サラトガやアイオワは、何も言うべきではないのだろうと目を伏せた。
六駆の面々は、言葉を組み立てられず。
「ただウチも驚いとるんや」
龍驤は表情をぱっと明るくして、木曾に歩み寄って背をばしんと強く叩いた。
「いッ……てぇなぁ……! 何だよ!?」
「妖精が手を貸したっちゅうことは、改二になれるだけの強さがあったっちゅうことでもあるからや! それにな、木曾」
龍驤は瞳に悔しそうな色を宿しつつも、木曾に再び喜びと希望、驚愕と困惑を与える言葉を紡いだのだった。
「先輩のウチより先に改二て! 凄いやん!」
「いや待てよ!! 改二じゃないのにあの強さなのかお前ッ!?」
生きております。更新が遅くなっており申し訳ありません……全部まもるが悪いです……。