柱島泊地日記帳   作:まちた

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喚起【鎮side】

 大湊警備府の中枢施設に足を踏み入れながら、俺は背に流れる嫌な汗に表情を歪めてしまわないよう極めて冷静に努めた。

 後ろでじっと俺の後頭部に穴をあけるつもりであろうと分かるほどに睨みつけるソフィアさんは、南方海域で艦娘に救助してもらったお礼を代わりに俺へ伝えていたと思えば、今度は不機嫌そうに睨めつける始末である。

 

 恐らくはとうの昔に限界を超過している俺の脳内がごちゃごちゃの雑炊みたくなっているが故に不用意な発言をしたのだろうが、それにしたって睨みすぎではなかろうか。

 

 美人ならなんでも許されると思ったら大間違いだぞソフィアさんよォッ!

 俺が許すのは艦娘と妖精だけ! その他の奴らなんざ知ったことか!

 願わくば俺の必殺技、海原式ギガンティック土下座が大湊の地を赤く染めない事を――

 

『海原さん』

 

『……なんでしょう?』

 

 食事が用意されている食堂までの道中、背後で足音がぱったりと止んだ。

 数歩進んだ先で振り返った俺はあまりの殺気に気絶しそうになった。

 

『あなたは仕事だから、簡潔な質問の方がいいでしょう?』

 

 口腔内を満たしていた金平糖の甘さとは別に、嫌な酸っぱさが顔をのぞかせる。

 ソフィアさんの大きな瞳が見開かれ、ビームでも出て俺の体を焼き尽くすのではないかというくらいの威圧を醸し出す。マジでやべえ、これ絶対に怒ってる。

 

 しかし俺とて自分が邪魔して起こった現状の収拾を必死に図っている最中で、その最後の仕事たる木曾や龍驤、アイオワ達への労いと謝罪が残っているのである。

 こんなところでへこたれるわけにはいかないと、ソフィアさんが連れていた妖精を見て思わず浮かんだ諦めの笑みを浮かべないよう、鉄壁の無表情を保ち続ける。

 

 ソフィアさんも移動でお疲れでしょう。ええ、まもるだって馬鹿じゃありません、分かっております。ですからどんな質問にだってきちんと答えましょう。

 これ以上にソフィアさんの手を煩わせては井之上さんに頭を撃ち抜かれかねません。

 

『質問ですか。私に答えられることであれば、偽りなく答えましょう』

 

 妖精印の翻訳金平糖のお陰で冗長な口ぶりになってしまうのを疎ましく感じつつも、震えを隠すように後ろ手を組んで浅く顔を伏せた。

 

 いや別にソフィアさんが怖いとかじゃねえから。違うから。

 

『……足止め、とは何でしょうか』

 

 それは井之上さんに事情を説明することであってソフィアさんに詰められるまでもねェよッ!! ちきしょう!!

 

 口をついて出た「足止め食らってたんじゃねえの?」という言葉は既に現実にあり、引っ込みはつかない。

 しかしどう説明したものか。真面目な話をすれば、哨戒中にあった龍驤の言葉だったとは言え軍務の一つ。例え井之上元帥が協力を仰いだ人物であれ素人社畜の俺がおいそれと「実はぁ……哨戒中にトラブっちゃってぇ……まもるの失敗をりゅーちゃんがフォローしてくれた時の話なんですけどぉ……すみませぇん、頭がごちゃごちゃになってましたぁ!」などと白状……――あ、いや、説明、説明ね。説明をすべきではないと、そう思うわけである。

 

『あなたが言っていたのよ? 私達が足止めされているのを何故知っているのか、それを教えて欲しいの』

 

 ああ、それ、そう、そうね。足止めされてたんだね。

 俺が事態を収拾すべく深海棲艦が出たならアメリ艦娘も呼んでその場を切り抜けちまえって言っちゃった件だよね。はいはい……。

 

『……』

 

 どうやって説明しろってんだよッッ!!

 君らが足止め食らってたとか知らんよ!!

 

 正門でいくらかの言葉を交わした時、護衛についていた男ども――井之上さんの差金、もとい部下の方々――がああだこうだと言ってたのは分かっている。

 どうせどっかで渋滞にハマったんだろ!? それはまもるの責任じゃないじゃないですかぁ! 該当の市町村にお問い合わせくださぁい!!

 新聞社がどうこうという文言も覚えております、それについてはまもるだってわかります。そのお気持ち、痛いほど。

 海軍元帥となってしまった俺とは種別が違えど、今や世界の脅威たる深海棲艦の研究者であるソフィアさんの存在を嗅ぎつけてインタビューしようとカバディされたんでしょう!?

 

 いやまぁ、車で移動してたんだろうから、それはそれで危ないことすんなって話であって、それについてどうなってんだという質問の可能性もありますけども……。

 

 と、ここまで考えるのにたったの一秒にも満たなかっただろう。

 

 俺はかさかさに乾いた唇を動かした。

 

『……足止めくらいされるでしょう。我々はそういった存在であり、軍務とは、そういう一面もあります』

 

 無難に答えたところで、これはきっとソフィアさんの望む言葉ではないだろう。

 でも、もうマジで勘弁して……キソーと皆の仲が悪いって言うから来ただけなの……仲裁しようと思ってたら思わぬところで仕事を邪魔してしまったが、結果的にふんわりと熊谷少将とキソー達は仲直りしたの……あとはかき乱したまもるが自分の尻拭いをしなきゃいけないのよ……。

 

 マジで何しに来たんだ俺……?

 

 い、いかんいかん! 自分を見失うなまもる!!

 

 大湊に来て起こった一連の騒動の原因は木曾と熊谷少将、大湊警備府の不仲であるのは言わずもがなだが、それらは極度のコミュニケーション不足によるすれ違いや勘違いだった。俯瞰できる俺という存在が「君ら話し合えば?」で解決する学級委員かな? という簡単な仕事であったのだが、海軍という性質上、または艦娘という性質上、様々な要因とともに複雑化した結果でもあったためにちょっとしたトラブルがあっただけである。

 

 まぁ、そのトラブルこそが、まもるが起こしちゃった事なんですけどぉ……。

 

『あなたはここで戦っていたはずでしょう』

 

『それは違います』

 

 反射的に否定した。戦っているのは俺ではなく艦娘である。

 木曾や龍驤、ソフィアさん達が寄越してくれたアイオワ達が深海棲艦を退けただけで、突発的な事態に対応を急いた俺が多大な戦力によって相手を押しつぶすという、それはもう杜撰極まる……ああ、だめだ涙出そう。

 

 自分でも目も当てられぬ不甲斐なさに、更に顔を伏せてしまう。

 

『作戦については言及を控えていただきたい』

 

 俺の暗く低い声に、ソフィアさんが一歩下がり、息を呑む音が聞こえた。

 ごめんて……お前なに堂々と逃げてるんだって思ってんだろ……でも俺にだって立場があるんだ……俺だけが糾弾されるならば素直に頭を下げて、素直に認めよう。

 しかし艦娘や形だけとは言え部下でもある熊谷少将の手前、簡単には下げてはならぬ頭でもあるのだ。それが彼らのためになるわけでもなく、非難の的になるのであれば尚更に。

 

『っ……違うの、海原さん、私……私はっ――!』

 

 明らかに濡れている声に視線だけを上げると、ソフィアさんは泣いていた。

 え、えぇっ!? ナンデ!? 涙ナンデ!?

 

『ソフィアさん……も、申し訳ない……私が不甲斐ないばかりに……な、泣かないでください、お願いです』

 

 そろりと近寄って、手袋を脱ぎ、必死にポケットをひっくり返しハンカチを探す。

 だが残念なことにイケメン紳士ではないので持っていない。

 ころんと出てきた金平糖がリノリウムの床に落ち、ついでにむつまるも落ちた。

 

 むつまるは何事かという、きょとんとした顔で俺を見上げていたが、ソフィアさんを見て、俺を見て、再びソフィアさんを見て――びっと俺を指差す。

 

『まもるが泣かせたあぁぁぁぁー!!』

 

 おぉい!? やめろお前バカ!! ちっげ、いや、そうかもしれない……い、いやいやいや! 違うよ! 俺じゃねえ!!

 

 むつまるの声に、どこに潜んでいたのか、数多の妖精が誘蛾灯に群がる虫が如き勢いで集まってきた。

 虫は失礼か……。

 

 むつまるを筆頭に、ひっくひっくとしゃくりを上げるソフィアさんの頭を撫でたり、並んで肩に座り慰めはじめる。

 

『酷いよねえまもるって。いっつも一人ひとつだって金平糖ケチるんだよ?』

『りゅーじょーさんにも迷惑かけっぱなしなんだよ』

『ぬいぐるみつくっただけで怒るんだよ。酷いよねえ!』

『てーとくも八つ当たりされたんでしょ! いいよ、わたしたちがこらしめてあげる! いっしょにぬいぐるみ作らせろってストライキだ!』

 

 やめろやめろ!! 話が全部違うしややこしいんだよお前らはよッ!!

 

 わあわあと言い続ける妖精をはねのけるわけにもいかず、涙で顔を濡らすソフィアさんへ手を伸ばそうとしながら、セクハラって言われたら否定出来ないから触れない方が……と、虚空をさまよう俺の両腕。

 それから数秒とせず、不誠実になるくらいならセクハラだとぶっ叩かれた方がマシだと手を伸ばし、ソフィアさんの顔に触れた。

 

 涙を指で拭い、何度も謝罪する。

 

『申し訳ありません、本当に、申し訳ない。不甲斐ないばかりに、私は人を泣かせてばかりだ……』

 

 むつまるが『浮気だぁぁあああ!?』と大絶叫した瞬間、流石にむつまるだけつまみ上げて胸ポケットへ押し込んだ。

 

『あ!? なにするのまもる! やめ――むぎゅうっ』

 

 黙ってろ金平糖オバケ! 柱島に帰ったら伊良湖に土下座してでもお菓子いっぱい作ってもらってやっから今だけは黙ってろ!!

 と、むつまるを胸ポケットに突っ込んだ勢いで何かが指先に当たったのを感じ、無意識につまみ上げた。

 

 取り出されたのは、一つのUSBメモリーだった。

 なんじゃこれ。

 

『あ、ごめんまもる、それソフィアさんに渡しておいて。ほーしょーさんとがんばって撮ったやつ!』

 

 だからてめえはどうしてこうも重要な仕事をほいほいと俺に投げるんだよ!?

 渡したらどうなるのこれ!! 渡していいのか!?

 

 鳳翔と撮ったって戦闘記録じゃねえかよ。深海棲艦の研究には役立つだろうが、それをどうして俺の胸ポケットに突っ込んでおくんだよ。

 

『いのーえさんとこの妖精さんにお願いされたんだもぉん!』

 

 ……なるほどな、とうとう井之上さんどころか井之上さんの妖精さえ俺に仕事を投げつけるんだな。

 ふふ、オッケーオッケー。ノープロブレム。後でぜってえにデコピン食らわす。

 

『……国畜となれば、こうなることも予想出来たというのに』

 

 思わず漏れる俺の本音。

 人はこれを板挟みと言います。今回は俺は悪くありません本当です。

 

 何度拭えど溢れ出る涙に四苦八苦しつつ呟いた俺の声に、ソフィアさんが濡れた瞳のままに顔をあげた。

 驚くほどの美人であろうがパンクした俺は感想すら思い浮かばなかった。

 

『あ、あな、あなたは、声が、聞こえるのでしょう……?』

 

 泣き止ませねばならない上に、質問に答えると言った手前、俺に拒否の意思はなく、はい、と肯定する。

 

『彼女たちは、なんて、なんて言ってるの……? 私に出来ることは、ないかもしれない、もしかしたら、邪魔かも、しれない、それでも、わた、私は、見て、しまったから……!』

 

 見てしまった……? 妖精の傍若無人っぷりをか?

 可哀想に……。

 

『見てしまったのですね、彼女らの本当の姿を……』

 

『ん……うん、うんっ……!』

 

 マジでお前ら節操ねえのか、と流石に妖精にジトッとした目を向ける。

 

『あたらしいてーとくにはやさしくします』

 

 未だソフィアさんの肩に並ぶ妖精たちは口を揃えて言う。

 ちょっと待て、新しい提督、というのは……?

 

『妖精が見え、艦娘と、ともにある……』

 

 合点のいった俺は、新規プレイヤーならぬ妖精に選ばれし新提督となったソフィアさんを見る目が険しいものになってしまう。

 こ、この人を過酷極まる職場に招き入れるのか……!?

 

 待て待て! まだ引き返せるぞ!?

 

 この人は深海棲艦の研究という要職も要職を担っているんだ、それ以上に艦娘を指揮させるなんて荷が重いなんて話じゃねえ!

 

『ソフィアさん……今なら、引き返せる』

 

 真剣に、少し早口で言った俺にソフィアさんは戸惑いを見せた。

 

『この仕事は本当につらく、厳しく、難しいのです。ですから今ならば、私がなんとでも口添え致しましょう』

 

 井之上さんも無茶はさせんだろ! なあ!?

 と視線だけで妖精を見回せば、彼女らは彼女らでどこ吹く風といった様相。

 日本語ならば伝わらんだろうと、俺は声を荒らげないよう注意しながら声に出した。

 

「分かってるのかお前達。遊びじゃないんだぞ」

 

『真面目にやってるよ』

 

 即答され、一瞬だけ言葉に詰まるも、さらに声を絞り出す。

 

「……本気か」

 

 すると、胸ポケットから再び顔を出したむつまるが言った。

 

『まもる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本以外に、提督はいないんだ』

 

「な、に……?」

 

 急に全身が薄い膜にでも包まれたような感覚に陥り、声が遠く聞こえた。

 それでもむつまるや、他の妖精の声だけははっきりと届いた。

 拙さも、舌っ足らずさも感じられない声は、間違いなく妖精のものだったが――同時に、艦娘の声にも聞こえた。

 

 ソフィアさんが何かを言っていても、それだけが浮いて聞こえず。

 

『あなたのお陰で日本はもう大丈夫。どんな事があっても私達と一緒に乗り越えていける。今日、それがはっきりと分かった』

 

 陸奥の声。

 

『我々が手を取り合わねば、どうして脅威を退けられる? 今の提督ならば分かるはずだ。嬉しかっただろう、喜んでいただろう。海外艦娘だなんだとすぐさまロックを掛けてスクリーンショットまで撮っていたではないか』

 

 不機嫌そうで、しかし面白がっているような那智の声。

 

『遺恨など知らん。私はビッグセブンで、あなたの艦娘で、それだけでいい。難しいことは興味もない。だがな提督、戦わねばならん。守らねばならんと言っていたあなたの言葉は、私も頷くばかりだ。だから、守りたいのだ』

 

 力強い長門の声がして、最後に、俺の軍服の襟首から控えめながらもはっきりとした大淀の声がした。

 

『――かつての遺恨など、わかりません。今の私達は妖精ですから。きっと艦娘であっても、同じです。だから……終わらせるんです。止まった時間を、再び動かすために』

 

 ぐらぐらと揺れる頭を殴られた感覚がして、ソフィアさんが泣きながらもまっすぐに俺を見つめ続けているのにやっとのことで気づき、俺は息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソフィアさんの意思を、お聞かせください」

 

 思わず日本語で言ったのだが、驚いた表情をしたソフィアさんが口を開く。

 

「……あ、れ……どうして、海原さんの言葉が、わかっ――!? わ、私、にほ、日本語を……!?」

 

 おうお前喋れたんじゃねえか金平糖と渾身の土下座と懇願を返せよ。

 いやそうじゃねえ!!

 

「妖精の言葉が分からないと仰られましたね。しかしあなたは妖精が見え、艦娘とともにある。あなたは、どうしたいのですか」

 

 正直なところ、無茶苦茶な現状を招いた仕事をとっとと終わらせたい気持ちがこんにちはどころじゃないくらい顔を、いやほぼ全身を出しているところ。

 

「海外に妖精の見える提督はいないのでしょう」

 

 すると、ソフィアさんは頷く。

 

「しかしあなたは、提督になれる」

 

「私、が……?」

 

「そう、妖精が言っています」

 

 問題が解決していないのに新たな問題を持ち込んできたことはこの際置いておく。置いておいてやる。まもるは優しいので。

 社畜の鉄則は、目の前の仕事を片付けることである。

 なら新たに発生してしまったとんでもない仕事を片付けねばならず、木曾達にはもう土下座を披露するつもりでいる。杜撰って言った奴らは後で柱島の武道場に放り込んで空母の方々に可愛がってもらうからそのつもりで。

 

 ソフィアさんは逡巡していた。

 

「……そうすれば、あなたを、助けられる? この子たちを、助けられる……?」

 

 不思議な質問に、俺は眉根にシワを寄せた。

 

『たすけられるたすけられる』

『こんぺーとーくれたらおーるおっけーです』

『ぬいぐるみをつくらせてくれたらべりーぐーです』

『まもるはほっといてだいじょうぶです』

 

 ……そうだね。俺はね、あんまり関係無いからね。

 

 この子、とは妖精を指しているのだろうと察し、妖精を睨み……

 

『なに?』

『もんくあんの?』

『おおよどさんにいいつけるよ?』

 

 ……妖精さんを、見つめたあと。

 

「妖精を助けたいのですね」

 

「……っ」

 

 意を決したように頷くソフィアさんに、新たな女神の誕生を感じつつ。

 

「お優しい人ですね。答えとしては……きっと助けになるでしょう。妖精も、それを望んでいる」

 

 と伝えてあげる。しかしソフィアさんは頬に添えられたままの俺の手に自らの手を重ねて言う。

 

「あなたは……? あなたは、助け――」

 

 いやもう俺のことはいいって……妖精と艦娘で手一杯だから!!

 

「――おやめください」

 

 これ以上触ってたら本当に怒られちゃうかもしれないと手を離し、一歩下がる。

 

「私のことは、気にしないでいい」

 

 おらぁ! 威厳スイッチで有無を言わせぬ最低最悪の技だぁ!

 声を低く、軍帽のつばに指をかけて目元を隠す俺。

 

 別にソフィアさんと妖精の圧力に屈したわけではないです。

 でもお手伝いは大丈夫です。やっとこさ出来たルーティーンが乱れかねないので。

 

「……なる」

 

「はい?」

 

 小さな声に聞き返すと、ソフィアさんは白衣を翻しながら仁王立ちして、震える両手をぐっと握りしめて叫んだ。

 

「世界を救うなんて出来ない! 分からない! それでも、私は大切な人を守りたい!! だから、だからっ……――私は提督になるッ!!」

 

 ついてきていた護衛の将兵たちは口を挟めず、というか恐れおののいて俺の後ろに隠れていた。ふざけやがってテメエらが前にでろォッ! お願いしますってェッ! こわぁい!

 もう将兵は恐怖に屈したように直立不動で俺の背後に立って俺の真似をして顔を伏せていた。お陰で俺は顔を伏せることもできず。

 

 ソフィアさんの絶叫を聞きつけたのか、程遠くない場所にあった食堂の扉が勢いよく開いて多くの者が何事だとやってきた。どうしたんですか? だの、問題ですか? だのと言っているが。一番まもるが聞きたいよそんなの。

 

 妖精は満足げにソフィアさんから飛び立って彼女の周りをくるくると優雅に回った。

 

 最後に駆けつけた熊谷少将は、現場の様相にあっけにとられていたが――流石歴戦の猛者といったところか、俺に事情を問うた。

 

「……元帥閣下、こちらは」

 

 いや知らんよもう。まもるが聞きたいんだってば。

 

「妖精が提督として選定した。以上だ」

 

 端的に伝えると、熊谷少将はぐっと顔を険しく歪めたあと、ふむ、と言ってソフィアさんを見つめた。

 彼女はと言えば多くの軍人に見つめられた緊張と恐怖からか、せっかく止まった涙が再び溢れ出していた。だが、決して顔を伏せたりなどしなかった。

 

「では閣下、大湊警備府に駐在するソフィア女史は――」

 

 あーもう知らない! だめ! 艦娘以外のことですからまもるの専門外です! はい終わり終わり! 撤収! 閉廷!

 

「ここでの私の仕事は終わりだ。艦娘は食堂か」

 

「っは」

 

「そうか」

 

 こうなるともう誰もが分かっている事が起こる。

 

「――熊谷少将。処遇は任せるぞ」

 

 むつまる、もとい井之上さんのところに居たらしい妖精に託されたUSBを熊谷少将に手渡し、これをソフィアさんへ、と短く言いつける。

 

「……っは」

 

 そうだね。他人に仕事を割り振る、だね。

 食堂には龍驤がいるはずだ! 早く、いち早く逃げねば……!

 

 じゃあ、その、妖精には屈しないでくださいねソフィアさん。

 艦娘がいれば大抵のことは何とかなりますけど、書類仕事はゲロほどあるんで、死なないでくださいね。睡眠は大切ですからね。

 

 伝えたいことが多すぎて、しかして伝えても妖精の前には無力……許せ……!

 

 とうとう逃げ出そうとする俺の背に投げかけられるソフィアさんの大声に、俺は足を止めることは無かった。

 もう何を言っているのかさえ聞きたくなかった。怖くて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は――あなたも――必ず助けるからッッ!!」

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