柱島泊地日記帳   作:まちた

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記者会見【海原鎮】

 これは、過日の話。

 

 井之上が開いた記者会見場には、既に多くの報道陣が集まっており、今か今かとその時を待っていた。

 カメラの電子音やノートパソコンのキーを叩く音が響く中で、井之上ら軍人達が扉を開いて姿を現した瞬間から、報道陣は一斉にカメラを構えた。

 

 会見場に現れたのは、海軍元帥の井之上の外、情報部の忠野に、広報部の橘、それから艦政本部の次長を務める白石幸喜(しらいしこうき)という恰幅の良い男の三名である。

 壇上へ一番に上がったのは井之上で、彼は報道陣に向かって一礼したのちに、えー、と一声間を置き、話し始めた。

 

「○月○日、中四国、九州地方の周辺に発生しました深海棲艦出現につきまして、撃滅が完了した報告を致します」

 

 途端に激しいフラッシュの明滅が会見場を照らし、井之上は直接それらを直視しないように顔を顰め、視線を下げた。

 後ろに控える忠野達も同様に視線を下げ、直立不動のまま。

 

「深海棲艦撃滅に際し、警報発令地域の被害状況を確認したところ――」

 

 第二次大侵攻から約二週間経過してようやく会見を開いた海軍に対して、報道陣は今にも食ってかからんと身を乗り出した状態で井之上の話を聞いている。その様相たるや、海軍の杜撰な仕事ぶりに文句しかないと言葉無く伝わってくる程である。

 しかしそれらは、井之上の口から紡がれる隙の無い言葉によって踏みつぶされる。

 

「――鹿児島、肝付町山間部にて一件確認が取れました。飛来した深海棲艦の攻撃機を撃墜した際に被害を最小限にとどめるべく予定されていた撃墜場所、志布志(しぶし)湾沖から十数キロほど墜落地点がずれてしまい、甫与志岳(ほよしだけ)へと敵機が落下、当該地点より半径三十メートル程度が炎上しました。鹿屋基地より速やかに消火班を急行させ消火し、完全鎮火を確認しております。それから、南洋諸島側へと深海棲艦を誘導した際、出現規模の確認を行った日本海軍所属の楠木少将が深海棲艦の攻撃により、殉職したことを報告いたします」

 

 こちらには腐るほど質問があるぞ、という息遣いが一斉に失せた。

 井之上は自分で言っておいて、ここまで有り得ない事を口にする日が来ようとは思っておらず、手元に用意していた原稿を二度、三度と目で追う。

 自分が言っている事に間違いは無いか? と確認するも、原稿に印字された文字が変わろうはずもない。そも、この原稿は自分を含む軍部が作成したものであり、間違いなど一片たりとも無いのだ。

 

 第二次大侵攻と大々的な名となった深海棲艦の大量出現は、この会見を開くきっかけになった通り、西日本一帯に警報が響いた通りに紛れもない事実である。

 マスコミが無茶をしてヘリを飛ばし、現場を見た……などと言った事はなかったものの、深海棲艦出現警報は、日本政府と日本海軍が国民を守るべくして地震警報や気象警報、津波警報と同等の、いやそれ以上の精度で作り上げたものだ。嘘などつかない。

 規模こそ海軍が発表せねば分からないが――正確な数の発表は現場からの情報が無い限りは不明であるため――それにしたって警報の範囲が範囲だったのだから、想像を絶する規模だったはずだと全員が理解していた。

 深海棲艦が初めて出現して各地を襲った時には、自衛隊に多くの被害が出た。

 死者が出たとは言え、たったの一人――それも本土への被害は山が一部焼けた程度で済んでいる?

 

 では、さらに深く、真実を知っている井之上や、後ろに控える忠野達はどうであろうか。

 信じられないというのならば、彼らが一番、非現実めいていると思っている。

 

 記者会見が始まる前までに大本営の会議室にて何度も打ち合わせをしたというのに、原稿の殆どを用意した忠野はここに来て尻込みしてしまいそうになった。

 海軍における数多の闇を抱える情報部の頂点に座す男が、である。

 

 ここからは、どれだけの数を撃沈したかの報告をせねばならない。

 その報告をする男が、これからやってくる。

 

 忠野は自分で提案しておきながらも不安に襲われていた。

 海原鎮――記者会見の場でも井之上が数度名を挙げた程度の、報道陣のみならず民衆にとって幽霊に等しい、かの男を壇上に立たせる。

 

 非現実の象徴たる艦娘や妖精を指揮する、これまた非現実な男を。

 

「現場の指揮を執った海原鎮大将より、撃滅報告を行いたく思います」

 

 同時に入室してはインパクトに欠けるから、自分が報告の合図をしたら入室をしてくれ。

 広報部の橘中将と同様に国民へエンタメじみた嘘をつくなど十八番(おはこ)だった忠野をして、こればかりは緊張した。井之上元帥にまでこのタイミングで壇上から降りてくれと指示していたのだ。

 これが海原鎮という、近い将来には日本海軍元帥の座に就く男が全国民の目に焼き付けられるであろう瞬間なのだから、無理もない。

 

 井之上が壇上から降りたあと、忠野自身が「お願いします」と厳かに呼んだのは、演出でも何でもなく、緊張していたからだった。控える井之上達にも緊張が走った。

 そんな様を見れば報道陣とて嫌でも緊張する。

 

 数度名が挙がっただけの男が、突然、大戦果を引っ提げて現れる。

 

 合図から数秒と経たず、ごつ、ごつ、ごつ、と革靴が廊下を踏みしめる重たい音が会見場へ届いた。

 

 そうして、扉が開かれると――全員が息を呑む。

 

 錨のマークの光る軍帽の下から覗く、目が合えば射殺されてしまいそうな鋭い眼光。

 胸に輝く勲章が霞んでしまうくらいに堂々とした出で立ち。

 白い手袋に包まれ、握りしめられた拳に、迷うことのない足取り。

 

 覇気に気圧され、必要も無いのに思わず敬礼してしまう白石。

 忠野と橘は慌てて最敬礼し、井之上はゆっくりと敬礼する。

 ちらりとそれを見た海原が四名に答礼し、その後、会見場にぽつりとある国旗に向かって軍帽を脱ぎ、頭を下げた。

 

 たったそれだけの所作で、十数秒。

 

 カメラも回っており、じーという電子音が響いていた。

 耳を澄ませてやっと聞こえるような音だったのに、全員がそれを煩く思うくらいに静寂に包まれる会見場に、またも、ごつん、と革靴の音。

 

 壇上に海原が立つと、誰からか、ごくりと音がした。

 

「――日本海軍所属、海原鎮だ」

 

 あっ、と井之上達が気づいた時には、既に遅かった。

 重傷をおしての指揮。軍首脳部と柱島泊地の艦娘達への真実を伝えた一連の出来事。

 それから、大勢の視線にさらされる緊張に――()()()が出てしまっても、もう止められない。

 

 海原節と言えば多少なりとも聞こえはマシだが、海原本人から言わせれば、極限の緊張を乗り切るための――威厳スイッチ、というものであった。

 

 彼の胸中は、それはもう、悲惨なものだった。

 

(んんんんんん! 多いよッ!! 聞いてない! こんなに来るとか聞いてないよ井之上さんよォッ! 打ち合わせと違うぞ忠野テメェッ!)

 

 握りしめた拳は、彼の緊張の証。

 

(なぁにが――病み上がりで申し訳ありませんがちょっとした仕事です、すぐに終わりますから――だよ!! これ本当に終わるのかよ!? 終わらないよなァッ!? 無理だよなァッ!? 見たら分かるヤバイやつじゃん! 皆にお土産でも買って帰るかって旅行気分だったのにクソァッ!! 助けて大淀ぉっ!)

 

 鋭い眼光は――実のところ、誰も見ていない。

 ちなみに会見するのに大本営まで随行していた大淀は現在、控室にてこの中継をテレビで見ている最中である。

 

(し、ししし死ぬ死ぬ死ぬゥゥッ……これなら会社でプレゼンしてた方が億倍マシだよぉ……ひぃん……)

 

 演台の上に用意された原稿を持ち上げるも、海原はその文字列を目で追う余裕すらなかった。

 だが、はたから見れば、それらを読み上げるのが如何にも馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っているようにしか見えない。

 泣きそうになって鼻が鳴っているだけである。

 

「……忠野」

 

「は、はっ……!」

 

 海原は助けを求めるべく、原稿を振って示した。

 

「これを読め、と?」

 

 忠野は忠野で、真実を知っているにもかかわらず、海原から発せられる恐ろしいまでの威圧に屈してしまっており、額に汗を浮かべて両腕をぴんと伸ばした状態で大きな声で返事をする事しか出来なかった。

 

「はっ!」

 

「……深海棲艦の撃滅を報告するのに、これだけ長い原稿が必要なのか」

 

 言葉足らず――のように思えるが、海原からすれば純粋な疑問。

 日本海軍、ひいては公式の場での所作など知るはずもなく、海原が知っているのは一般の企業における報告会のみ。必要最低限、知らせねばならない事を単純明快に、その後の質疑応答で詳しいところを説明するのが通常である。

 しかし、公式の場における報告というものは長ったらしいもので、どこで、どのようにして、どれだけの戦力で、どれくらいの消費のもと、細かくなくとも公表出来る範囲で、どのような作戦を用いて撃滅したのか……端的に挙げてもこれくらいの説明が必要なのだが、海原は――

 

「ほ、報告でありますので……!」

 

「……そうか」

 

 ――原稿をぱさりと演台に置き、一言だけ。

 

「出現した深海棲艦は全て撃滅した。以上だ」

 

 ざわ、と会場がどよめいた。

 ああ、と橘が眩暈を覚え、記者会見を開く前に数度顔合わせをしていた白石は絶句し、忠野は今にも倒れてしまいそうになる。

 井之上は――必死に、笑みを抑え込んでいた。

 

 海原には悪いが、これが必要なのだ、と。

 

「――○○テレビの河野です! し、質問を……!」

 

 勇気ある男が一人、手を挙げて海原に言う。

 

「なんだ」

 

 海原の視線を受け、勇ましく立ち上がった河野という記者はびくりと震えた。

 

「日本海軍が、げ、げき、撃滅したという……深海棲艦は……その……!」

 

 向けられる目が細められ、さらに怯える河野だったが、海原はざわつく記者達を制するように右手をさっと振った。

 たったそれだけの仕草で、しん、と静まり返る。

 

 ただ海原が聞こえづらかっただけなのは言うまでもない。

 

(聞こえないから! 河野さんからの質問なんだから他は黙ってろってェッ! 学校で習ったでしょうが! 他の人が喋ってる時は静かにしなさいってッ!!)

 

 こんな情けない胸中の叫びも、聞こえない。

 

「失礼、河野殿。質問を」

 

 しかし、そんな海原の質問を堂々と聞こうとする姿勢に河野は目を見開き、今度は落ち着いた口調で問う。

 

「……日本海軍が撃滅したという深海棲艦の規模を、詳しくお聞かせいただけますか」

 

 本来ならば原稿を読み上げるだけで済んだそれを、どうしてあえて質問させたのか……話をはぐらかされ、逸らされ、上手く躱され続けて来た記者にとって海原との会話は非常に好印象となった。

 くしくも、忠野が考えていた以上の効果が発揮されたというわけだ。

 

「作戦海域に出撃した空母機動部隊の艦載機で確認出来たのは、駆逐級、軽巡級、重巡級、戦艦級と合わせて二百と三隻、未確認の特殊個体を四隻、これは後発で確認できた数だ。先遣隊として哨戒班と南方海域を開放した第一艦隊が確認した深海棲艦も合わせれば、三百程度であると報告を受けている」

 

「さんっ……!? そ、そんな数――」

 

「正確な報告が出来ず、申し訳ない。規模が規模であったため、確認する前に沈めてしまった深海棲艦も多いのだ。だが、討ち漏らしは無い。南方海域にある各拠点が現在も周辺海域の哨戒もしている。他に質問はあるか」

 

「……い、いえ、お答えいただき、ありがとう、ございます」

 

 力が抜けたようにパイプ椅子へ落ちる河野に続き、別の男が手を挙げた。

 

「そちらの」

 

 海原が顔を向ければ、空気に触発されたようにしゃんと立ち上がって大きな声で名乗る男。

 

「○○新聞社、鈴木です! 今まで多くの作戦に従事しておられた海原大将は今まで一度も会見には参加されていませんでしたが、何故この記者会見には参加なされたのでしょうか!」

 

「必要であると判断したからだ。他には」

 

「いえ! お答えいただき、ありがとうございましたっ!」

 

 まるで回答を貰えただけで満足というように、鈴木はガリガリとメモを取って座る。

 河野、鈴木と勇気ある記者が質問をした事により、会場からどんどん手が挙がる。

 海原が指した者から順番に質疑応答が始まるも、対する回答が短いため、処理は速いものだった。

 

「○○新聞の高谷です! 西日本全体に警報が出た事に対してどうお考えでしょうか!」

 

「西日本全体か。詳しくはどこに出たか把握しているか?」

 

 質問に質問で返されたら、記者としては食い気味に「質問を返すな!」と声を荒げるところだったが、海原の雰囲気に呑まれた会場でそれが起こるはずもなく、高谷記者は立ち上がりざまに椅子へ置いていたパソコンを持ち上げてからいくつもの地名を長々と読み上げた。

 それをじっと聞いていた海原からは、やはり、一言。

 

「――以上の地域で警報が出ました。これには多くの国民が不安を覚えたところですが、どうお考えですか」

 

「警報が正常に発令されていると認識している」

 

「は、はい……!?」

 

 しばしの沈黙から、高谷がさらに口を開こうとした矢先に、海原の低い声。

 

「国民へ不安を与えたのは、私達の発見が遅れた事が原因にある。大変、申し訳ない」

 

 そこで軍帽を脱ぎ、演台の横へ出て深く頭を下げた海原に、カメラのシャッター音はならなかった。

 映像としてカメラは光景を収めていたが、どうしてか、カメラがするりとずらされた。それも、カメラマンの手によって。

 海原が頭を下げたのに一拍遅れて、井之上達も横に並び頭を下げるも、それを収めるカメラは既に存在しなかった。

 

 全員が頭をあげたのち、新聞の一面を飾る事となる質問が。

 

「今後、同等規模の深海棲艦の侵攻が再び発生した場合、海原大将が現場の指揮を執る事になるのでしょうか」

 

「必要ならば、そうなる」

 

「……今回の侵攻に関して、何かコメントはありますか」

 

「コメント?」

 

 ふむ、と記者達を見回した後、海原は軍帽を目深に被り、何でもないような口ぶりで言った。

 

「私の仕事をしたまでだ。君らを守る、それ以外にない」

 

 質問をした記者は、じっと海原の姿を目に焼き付けるように見つめた後、呟くような声量で「ありがとうございました」と言って座った。

 それから井之上が動き出して海原と入れ替わったところで、海軍の体制変更が発表されたものの、攻撃的な質問がその場で飛んでくる事は無かった。

 これもまた、忠野の予想を上回る結果である。

 

 後日、熱の冷めた記者から藪をつつくような取材が何度か申し込まれたものの、海原が主導して体制の変更中であるため回答を差し控える、と言っただけで引っ込むという拍子抜けな事があったりしたのだが、それはさておき。

 

 こうして、海原鎮は表舞台に現れ、護国の鬼神、血濡れの大将といった物々しい異名が世に知れ渡る事になったのだった。

 

 余談だが、この記者会見後、海原は傷の具合とは別に腹を壊したらしい。

 秘書艦の青葉からこれを聞かされた井之上元帥や軍首脳部は、やはりあの人物は良く分からない人だと笑ったのだとか。

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