人も走れば銃に掠る   作:赤穂あに

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人は落ちれば箱に埋まる

「何をしてるんですか」

 語尾が上がっていないのは、趣旨が問いかけなんて可愛いものではないからなんだろうな。底冷えした目を携えながらも愛くるしい顔でこちらを睨むバーボンさんは、硝煙を吐き出す鉄塊を握る私を責めている。

 どうやらいつも一緒にいるライさんとスコッチさんは居ないらしく、少しホッとする。正義のお巡りさんである景光くんに、友達が落ちぶれた姿を見せるのは少し憚られた。

 返事をせずにぼんやりバーボンさんの姿を眺めていると、鉄塊の先で男が呻いた。ああ、存在を忘れていた。昔から見たくないものは気がつくと視界から抹消させているので困る。

「何を、しているのかと聞いているんですが」

「今は何も。廊下に突っ立っているだけですね」

「……その男に何をしたんですか」

「発砲しました」

 何を聞きたいのかはよくわかっているが、それを理解しているからといって私がそれに答えてあげる義理はない。ベル様の言い付けだ。一を聞いて十を知るのは、ベル様相手だけでいい。

 所詮飼い猫に過ぎないのに、賢いからといって無駄に疑われては面倒くさいでしょう? 上品な香水とシャンプーの香りに包まれながら、頭を撫でられたのは随分と昔のことのように思える。

「何故」

「この男が発砲されるようなことを私にしたからですよ。命もしくは貞操の危機を感じたら殺しちゃいなさい。ベル様からの言い付けです」

「ベルモットの言い付けなら、人を殺すんですか」

「? おかしなことを言いますね。ここはそういうところでは?」

「……あなたは、自分は殺しを任されるような立場ではないようなことを仰っていましたが?」

「ああ、なるほど」

 そういえばただの猫のミケさんだよ、みたいな挨拶で初対面の時にとんずらした気がする。だって面倒くさかったし。幹部様の面倒見るとか本気の本気で出来ないし。というか幹部になれる実力と能力があるなら私から学ぶことなんてあろうはずもないのに。

 思い返せば思い返すほど、あれはジンさんからのただの嫌がらせだったなと確信して眉間にシワがよる。あの人ほんとうになんなの。

 初対面のやり取りをしっかり思い出して、なんて答えるべきかなと考える。

 まず、バーボンさんは前提を勘違いしてそうだ。ベル様は私に人殺しを命じたりしない。だって私はただの可愛いペットに過ぎないから。

 でも、忙しいベル様は可愛いペットに四六時中構っている時間がない。だから、自分で最低限身を守れと言われている。拳銃も渡されているし、簡単な護身術くらいなら使える。今回は撃った方が手っ取り早いかなと思ってぱきゅんしただけ。

 あと幹部に身体で媚び売ってるって何千回言われたか分からない因縁つけられてムカついた。ふざけんなベル様以外に尻尾振ったことないからな。ちゃんと死なないとこ撃った勤勉さに感謝してほしい。

「もちろん。ベル様はこんな私に撃たれるようなポンコツ、わざわざ殺してこいなんて言いませんよ」

「……急所を外して、それでも出血が多いところを撃ち抜いてますね。随分と手慣れているようだ」

「まあやっかみが多い立場にいますので。ジンさんほどじゃないですけど人に風穴開けてますよ」

 くるくると玩具を扱うように小振りの拳銃を手の中で回す。ここの人たちってガンマン西部劇みたいなことできたりするんですかってちょっとふざけて聞いた時に、じゃああなたがやりなさいと無茶振りされて出来るようになった、人生で役に立たない特技のうちの一つだ。

 因みにこんな不要な特技を身に付けても、肝心の西部劇ごっこに付き合ってくれる人がジンさんとキャンティさんという笑えない面子しかいなかったので、結局ごっこ遊びもやってない。無駄すぎた。

「その男、放っておいたら死ぬのでは?」

「後遺症で苦しむ程度に失血したら手当てしてあげますよ。その前に誰かが助けてあげるっていうなら、止めませんが」

「なるほど、とんだ悪党ですね」

「あなたもでは?」

 じわじわと床に広がる赤い水たまりを眺めながら、あと十五分は平気だろうと結論付けて、それでは失礼しますねと一言断ってその場を離れる。医務室に運んでやる義理はないので、シェリーさんのところから救急箱でもくすねてこよう。

 きっちり十五分後、手当てをしに戻ったらそこにはすでに男はいなくて、なんなら血の跡すらなくて無駄骨だったなと肩を落とす羽目になった。状況的に片したのはバーボンさんだろうけど、何のためにそんなことしたんだろう。加害者の私に必要以上に突っかかってきたし、あの人も案外景光くん側だったりするんだろうか。なんちゃって。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 スコッチさんがNOCらしい。

 まあ知ってた。でもどこからバレたんだろう。

 そりゃあ犯罪者集団には全く馴染めそうにないぐらいの人当たりの良さは発揮していたけど。その人当たりの良さを使って上手く入り込んでたと思ったんだけどなぁ。

 裏切り者絶対殺すマンのジンさんは目をこれでもかと血走らせて、お前も暇なら探して殺してこいと安定の無茶振り。これで乗ったら怪しまれるよな……、といつも通り渋っていると、ベル様が助け舟を出してくれた。

「あなた、彼のこと気に入ってたでしょ? 死に目くらい見てきていいわよ」

 ベル様がそういうなら、とギターケースにライフル担いで出てきたけど、これたぶんベル様にバレてるよなぁ。女優ってすごい。

 しかし、探そうったって景光くんの行きそうなところなんて私には分からない。根っこがお巡りさんだから、地下には潜らない気がするんだよなぁ。と、なると、身内に連絡取って保護要請か。

 ネズミ捕りに回された連中の配置を地図と照らし合わせて、逃げられそうな道を探す。この辺の廃ビル群が妥当かな。

 潜入捜査官を任されるくらいだからきっと優秀なんだろうと、うるさい心臓をなんとかごまかして、バイクを走らせた。

 

 組織の追っ手っぽい人たちを何人か確認しつつ、目当てのビル群にたどり着く。どうやら当たりを引いたらしい。スマホの衛星写真から見晴らし、高さに都合がいいビルを一つ選んで、バイクでお邪魔する。どうせエレベーターなんて死んでいるだろうし、私にはこのビルを上まで駆け上がる体力はなかった。引きこもりの辛いところだね。

 双眼鏡で辺りを見張っていると、ビンゴだ。景光くんが少し離れたビルの非常階段を駆け上がっている。

 あーあー、そんなに焦って。足音聞きつけた追っ手に捕まっちゃうよ。電話で警告をしてあげたいが、私はスコッチさんの連絡先を知らない。どうしたもんかとライフルの準備をしていると、景光くんが通った非常階段を別の人が通った。慌てて双眼鏡を構えると、ライさんだ。圧倒的死亡フラグ。

 どうしよう、撃ち殺しておく? でも理由がない。ここでライさんを狙撃しようもんなら、私が裏切り者の烙印を押されてジンさんにばきゅんされてしまう。それはやだ。

 どうしたもんかと成り行きをスコープ越しに覗いていると、景光くんはライさんから拳銃奪うし自殺しようとするしライさんはそれを止めるしで、あれ、これワンチャンライさんもNOCでは? という疑惑が出てきた。ありがたい。

 ワンチャンに賭けることを決めて、とりあえず自殺されては私も悲しいし、拳銃をライフルで吹き飛ばしたタイミングでバーボンさん追加。露骨にホッとしてる。なんということでしょう全員NOCかあ〜。ジンさん興奮しちゃうね。闇のポエマー全開になるからやめてほしい。

 あ、景光くんこっち見たね。そりゃ狙撃手だしすぐ気付くか。

 元気〜? と親愛を込めて手を振れば、ぽかんとしたまま手を振り返してくれたので、まあ後はなんとかなるでしょうと、私はベル様に連絡して帰った。

「拳銃使って抵抗してたので、ライフルで弾き飛ばしてやりました。そのあとバーボンさんも合流したんで、まあ、死んだんじゃないですか? お気の毒さまですね」

 満足気なジンさんは、優秀ではない私のことは全く疑わなかったので、ありがたい話である。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 あっちこっちで爆発音が響く中、私はどうしたもんかなぁと悩んでいる。景光くんが組織的には死んで二年、ライさんもNOCだってバレたりシェリーさんが脱走したりと、色々あったが、今日ほど騒々しい日はなかった。花火大会かな?

 逃避をしてみるがさらにでかい爆発音がさっきより近くで響いたので素直に足を動かす。ここに居たらぽっくりお陀仏だ。怖い怖い。私も死にたくはない。

 逃げるにしたって私には既に頼る人も場所もないので、とりあえず死んでほしくはないかなと理由でベル様を探す。近付くなって言われてるけど、今行くならボスの部屋だよなぁ。

 本当は知ってはいけない立場の人間だけど、ベル様のおこぼれで場所を把握していた部屋に足を向ければ、道すがら、死体がたくさん転がっていた。綺麗なスーツに身を包んでいる人たちは、きっと警察官なのだろう。使命に殉ずるとはどういう心持ちなのだろうか。私にはきっと一生理解できない。

 

「ジンさん」

「……テメエか」

「手当てします?」

「要らねえ」

 じゃあ死にますね。言われなくても分かっているだろうと思ったので、無粋なことは言わないでおいた。なんとなく楽しそうなので、ライさんこと赤井秀一さんとやり合って負けたんだろうと推測する。

 死の淵で笑うって本当にヤバい人だったんだなと呆れていると、ベルモットはボスのところだと嬉しい情報をもたらしてくれる。最終決戦の地に乗り込むようで、気が進まないがやっぱりそこか。

 なんとも、そこには赤井秀一さん意外にも色々来てるらしい。ベル様がお気に入りのシルバーブレットくんもいるんだろうなぁ。こんにちはー、した瞬間に撃ち殺されそうで怖い。うーん、とんずらしてしまうか。

 急にやる気がしぼんでしまった私に、ジンさんは飼い主が待ってんだからさっさと行けとせっつく。ベル様、待っててくれてるかな。シルバーブレットくんいるなら要らない気が。うだうだ悩んでいる間にボスの部屋にたどり着いた。

 セキュリティはどうやら既に死んでいるようなので、お邪魔しまーすと一声掛けて、ドアを開いた。

 うわあ、地獄絵図。

 ボス(推定)がシルバーブレットくんを人質に赤井秀一さんとベル様とバーボンさんに睨まれている。あれっバーボンさん本当にNOCだったのか……。ジンさんセンサーに引っかからずに普通に組織にいるから私の勘違いなのかなって思ってたのにマジか……優秀……。

「ミケ! いいところにきた、こいつらを始末しろ!」

 ええ……無茶振り……、と困惑しかないけども、ベル様にも長いことボスと私の言うことは聞きなさいと躾けられているので、素直に拳銃を構えておく。ガンマンごっこの弊害で二丁拳銃みたいなことも出来るので、一つはシルバーブレットくん、もう一つはとりあえず一番ヤバそうな赤井秀一さんに向けておく。ボスがにやけ顔で勝利を確信しているが、お前、ベル様にそんな顔させておいてよく私に命令できたな。

 ドォン。ボスに顔は向けないまま、シルバーブレットくんを拘束している左腕に一発撃ち込む。

 ドォン、緩んだ拘束にすぐさま脱出してくれたので、間髪入れずに拳銃を持つ右腕に撃ち抜く。

 ドォンドォン、真っ赤な顔でこちらを睨みつけるので、少しでも血抜きしてやれるようにと両足にも一発ずつプレゼントしておく。

「貴様……! 拾ってやった恩も忘れて……」

「あなたに拾われた記憶はないですね」

 しれっと言ってやれば、ベル様がKitty! と全力ハグしてきたのでまあ正解を選んだんだと思う。いやー、ジンさんがこの場にいなくてよかった。死んでたよね。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 見るも無残な風体になってしまった建物から出て行くと、景光くんがいた。ああ、本当に無事だったんだなぁと、一体何年ぶりかも分からない安心感を覚える。

 二年前と同じようにひらひら手を振って笑ってみせると、今日は振り返してはくれなかった。悲しい。その代わり、ビルの屋上同士のような物理的断崖もないので、大股歩きで近付いてきた。おっとこれはお説教の予感。

「おっまえは! なんで! こんなことしてるんだ!!!」

「ぐええ」

「一体! 俺が!! どんな気持ちで! 警察官になったと思ってるんだよおおお!!!!!」

 肩をガタガタ揺らしながら絶叫する景光くん。そういえば遠い昔に「お前が大変そうでかわいそうだから俺警察官になって犯罪減らすよ」みたいなことを言っていたような気がしなくもない。そんな私が底辺オブ底辺の人間になってたとか確かに笑えないし悲鳴ものだね。

 でも君はそのおかげで生き延びたんだしもっとポジティブにいこうぜ? とサムズアップしたい気持ちになったけど、こういう景光くんだいたい冗談が通じないので大人しく黙った。たぶん英断。

 なんでこんなとこ居たんだと半泣きになりながら聞いてくるので、経緯を話そうとして口を開いて、言葉を発そうとしたけど反射で止めてしまった。

 やけっぱちの最中にお父さんとお母さん死んじゃって、景光くんとも会えないし、何にも悪いことしてないのに相変わらず巻き込まれてばっかりだし。開き直って生きてたらジンさんに拾われてベル様に飼われた。……景光くんのメンタル死んでしまうのでは? とても言えない。私に出来るのはとりあえず素直に自首することだけである。

 スッと静かに握った両手を差し出せば、景光くんは察したようで、困ったように笑って、手錠をかけてくれた。

「詳しいことは、取り調べで聞きます」

「お手柔らかにお願いします」

 乱雑に頭を撫でられて、懐かしさに頬が緩む。ああ、景光くん、本当に生きてたんだなぁ。よかったなぁ。

 そのまま涙腺も緩んで、ポロポロ泣いてしまった。おかしいなぁ、自分が誘拐されても泣かなかったんだけどなぁ。笑えないからやめてくれと、困った顔のまま景光くんは微笑んだ。

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